| 私のような一介のライターが大手出版社の週刊誌の編集長に直接呼ばれるなんて、滅多にないことだ。 この出版社の忘年会に顔を出しておいて本当に良かった。 見慣れたドアなのに、編集部を前に期待と不安とで胸が高鳴った。 思い切ってドアを開けると、いつものようにタバコの臭いでむせ返るようだった。 ああ、やだやだ。 終わったらすぐに帰って髪を洗わなきゃ。 「おお、こっちだ」 編集長に呼ばれてデスクまで行くと、そこには最近頭角を現してきた外食チェーンの女社長の写真入り記事が幾つも並べられていた。 「知ってるよね、南峰由希子。ボザールグループ総裁の」 「ええ、最近、メディア露出すごいですよね」 「若い女性の憬れって話だけど、ホント?」 どうだろ。 正直なところ、ファッションもしゃべり方もきつすぎて、私には苦手のタイプかな。 「微妙なところかね?」 図星を突かれた。 「ええ。私はちょっと」 でも、仕事を逃したくはなかったので、すぐに、 「会ってみたい人ではあります」と付け加えた。 「実はね、向こうからの指定なんだよ、インタビュー受けるなら、君って」 「先方が、ですか? 私を?」 あり得ない。 キワモノ記事しか書かせてもらえていない、駆け出しのライターなのに。 「そうなんだよ。彼女、夕刊マイニチの『美女が行く! 風俗現場突撃レポート』の愛読者らしいんだ」 喜んで良いのやら。 これってタイトルまんまの、下ネタ記事だよ。 自分で書いてて恥ずかしくなるようなバカ記事で、あんなのの愛読者って、男でも相当のスケベなバカだよ。 そもそもちゃんとした相手がいれば風俗なんかに行かないだろ。 モテない男相手のバカ記事を愛読してる女社長って、どうよ。 「それって……」 「内容より、文章が誠実だとか言ってたよ。どう?」 「も、もちろん。仕事はなんだっていただきます」 「よし。先方にはアポ取ってるから、今晩、九時、六本木の自宅マンションに行って」 「カメラはどなたで?」 「先方指定のキャメラがいるらしいから、君は手ぶらで行けば良いよ」 そう言って編集長はデスクの上の記事やコピーをまとめて袋に入れた。 「これ、資料ね」 受け取って帰ろうとすると、 「あ、ちょっと」と呼び止められた。 「なんでしょう」 「あの社長、女好きだって有名だから。とくにアンタみたいな若くてスレンダーな美人。今晩はきれいな下着着て行くんだな。とんでもない特ダネがとれるかもな。そうなったら、次はもっと大きな仕事を考えてもいい。とにかく、身体張って来い」 オヤジめ。 と心では思いながら、 「はい。心得ました」 ニッコリ笑って部屋を出る。 バカな男たち。 エロ本の読み過ぎだ。 レズビアンなんてそうそういるもんじゃないんだよ。 ボザールの総裁だって、若い子に優しいだけの普通の女性に決まってる。 ああやだ、髪に移ったタバコの臭いが気になる。 早く帰ってシャワー浴びて、資料を読まなきゃ。(続くよ。次は週明けね)
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