| 第一話 「大事なプロジェクトで長くかかると思う。君には悪いと思っている」 そう何度も繰り返して、夫の隆は海外出張に出発した。 隆の出張中、私は彼の実家で、義理の両親、そして美智と一緒に暮らす事になる。 美智は、隆の年の離れた妹だ。 色白で、長い黒髪と大きな瞳が印象的な優しい顔をしている。 派手ではないが、清楚な美しさと気品が、彼女にはある。 旧華族の家柄の令嬢にふさわしい、控えめだが高貴な立ち振る舞いを自然に身につけていた。 貧しい家で育ち、看護師とモデルの仕事で這い上がって来た私にはない、美しさ。 いくら整形手術で顔を変えても、得る事の出来ない、自然の美しさ。 彼女の美しさや気品を、自分にも、と望むのは無理だ。 それなら、彼女そのものが欲しい。 彼女を自分のものにしたい。
5年前、モデルとしての、コネと、自分自身の肢体を武器にして若手財界人のパーディにもぐりこんだ。 目的は「玉の輿」だ。 その時、初めて美智を見た。 まだ高校生だった美智は、制服姿で化粧もしておらず、少し困った表情で佇んでいた。 父が財界の重鎮のため、仕方なく兄について来たらしい。 それでも彼女の美しさと気品は際立っていた。 私を含めて、数人の着飾った娘達が隆を取り囲んだが、誰も彼女にはかなわないと感じた。妹だと分かると、皆で微妙な微笑みを浮かべた。 本来のターゲットの隆より、美智が気になって仕方なかった。
このパーティを機に、隆と私は付き合い始め、一年後に結婚した。 隆は新居の購入を勧めてくれたが、家族との同居を希望した。 嫁として、家になじみたいから、と言ったが本当は、義妹になった美智が目的だった。 美智は、美しいだけでなく、素直で優しい性格だった。 真面目で、音楽大学に進学後も遊び歩く事なく、自宅でよくピアノの練習をしていた。 美智は、義姉になった私を時々眩しそうに見つめる。 「私も、お姉さまのような、スタイルだったらいいのに」 羨ましそうに、隆に言うのを聞いた事がある。 看護師として、必死で働き、貯めたお金で整形手術を受けモデルになった。 モデルで得た、報酬も手術に費やし、見せかけの美しさを手に入れた。 そのおかげで、隆と結婚することができた。 でも、私の美しさは偽物だ。 そう思って、美智を見つめ返すと、はにかんでうつむく。 顔が少し赤らんでいる。 前にも、一度経験した事がある、同性から向けられた視線。 チャンスはあるかもしれない。 せっかく手に入れた、大金持ちの妻の座と贅沢な生活。 それらを失う事無く、本当に欲しい女を自分のものにする。 慎重に、計画しょうと思った。
大学生になった美智はますます、美しくなった。 言い寄ってくる青年も多いはずなのに男性には興味を示さず、週末も自宅で過ごす事が多い。 自分の勘違いかもしれないと思っていた彼女の性癖を、次第に確信するようになった。 自分と同じ、においがするから。 でも、証拠と罠を仕掛けるきっかけが欲しい。 そのため、夫の出国後すぐに美智の部屋に盗聴器を仕掛けた。 美智の部屋はピアノの練習のため、防音室になっている。 鍵をかけられた、防音室の中で、美智が何か秘め事をしていないか? 予感があった。 ある夜、盗聴器がとうとう、とらえた。 ピアノの音ではない、喘ぐような声。 「あーん、あーん、あーん」 甘えるような高い声がしばらく続き、荒い息ずかいが鮮明に盗聴される。 声が一段と大きくなった時、イヤホンを外し、防音室の扉を大きくノックした。 あわてた気配の後、美智がドアを開けた。 「大丈夫?苦しそうな声が聞こえたから心配になって」 「だ、大丈夫です。ご、ごめんなさい。心配かけて」 美智は、顔を真っ赤にしてうつむいた。 防音室の中で声が漏れるはずがないのに、動転している。 にやりと笑うと、美智が不安そうな目で私をみた。 「嘘よ、防音室なのに外で、聞こえるわけがないじゃない」 急に口調の変わった私に、美智が驚いているのがわかる。 「でも、びっくりしちゃった。美智みたいなお嬢さんが、あんな声だすなんて」 盗聴器でとらえた喘ぎ声は録音している。 レコーダを取り出して操作すると、美智の恥ずかしい声と息ずかいが再生された。 「いい声で、歌っているじゃない。お父さまとお母さまにも聞いていただく?」 私の声に、美智は顔を手で覆い座り込んでしまった。
|