| 大学付属の博物館の学芸員をしていると、妙な展示会の主催もするもので、最初法学部の教授から話を聞いたときは、冗談だろうと思ったものだ。 何しろ、世界中から拷問具、処刑具の本物を集めて展示しようというのだ。 言い出しっぺが、そういう趣味のあるレズビアン教授だと聞いて、なるほど、とは思ったが。 その教授はハバーマス玲奈というドイツ人とのハーフで、三十前の恐ろしいほどの美人だった。 そのケの無い私だって、二人きりで研究室にいて、真正面から見つめられると胸がドキドキするくらい。 「これは……」 教授は台の上に置かれた巨大なノコギリ二つを前に、潤んだ目をして言った。 「何に使うかわかる?」 「木を切るんですか?」 「これは拷問具よ、どう使うかってことを聴いてるの」 「全然、想像もつきません」 「とびきり残酷な使い方をするの。とくに女にとって、よ」 「わかりません」 「これ見て」 教授は本を開いて、古くさい版画のようなものを指さした。 私は思わず息を飲んだ。 逆さに縛り付けられ、Yの字にされた女の、まさにその部分にノコギリが当てられていたのだった。 「頭が下にあるでしょ。だからどれだけ出血しても、脳は失血しないの。最後の最期まで意識は明瞭で、記録によると、胸まで切り進んでも生きて泣き叫び続けたんですって」 私は返事も出来ず、目のやり場にも困った。 「このノコギリはね、こっち、目が粗い方が初期の頃のものなの」 教授はノコギリの歯に指をやり、優しくなでた。 「これだと、あっという間に切り進んじゃって、つまらなかったんだって。それで……」 教授はもう一つのノコギリを指さした。 「こっちになったんだって。目が細かい分、なかなか切り進まない。出血も少ないから、存分に楽しめるの。もちろん、女にとっては、どっちが地獄か……どっちだと思う?」 そんな……いったい何を聴くの? 「私はこっちかな……」 そう言って、教授は目の細かいノコギリに触れた。 「だって、長く楽しめそうじゃない? この感触を、ア・ソ・コで……」 切れ長の目が潤んでいた。 「私は……」と私はやっと言った。 「そういう趣味、ありませんから」 「わかってるわよ。そういう趣味のない子を、徐々に仕立てるから楽しいんじゃないの」 いったい何を? 立ち上がろうとして、立てなかった。 コーヒーに何か入れられた? 意識が飛んだ。 気がつくと、自分の胸が見えた。 脚も。 全裸でYの字に縛り付けられていた。 「気がついた?」 教授も全裸で私の前に立っていた。 「な、何をするんですか?」 「大丈夫よ、まだ殺しはしないから。ただ、あなたのような綺麗な子を一度オモチャにしてみたかったの」 教授の指が、私の…… 「可愛いわ。綺麗ね。処女?」 答えない。 指が優しく嬲りだした。 「処女じゃないわね、この感じ方は」 悔しいけど、声が漏れる。 「声出しても大丈夫よ。完全防音のSMホテルだから」 悔しい、悔しい、悔しい。 なんで感じてしまうの? 「駄目よ、まだ逝っちゃ」 指が離れ、安堵と、それとは別の未練が…… 教授はその指を愛おしそうに舐める…… 「美味しいわ」 そう言って、その口で…… 違う……これまで味わったどの口とも…… 女の唇、女の舌…… 嫌悪感が次第に消え、快楽だけが…… 目の前には教授の草むらが匂い立つように……嫌悪と吐き気と、救いようのない快楽…… 何度も何度も絶頂に至らせられ、もう気が狂うかと思ったとき、もう一人の気配に気付いた。 「あなたに最期に選ばせてあげる。どっちのノコギリがいい?」 ベッドの上には、研究室で見せられたノコギリが二つ、無造作に置かれてあった。 もう一人の全裸の女がニヤリと笑った。 「このノコギリは二人で使うものなの。この拘束台も良く出来てるでしょ。本当は排泄プレイにつかうものなんだけど、血をそのまま流せるからね。さ、どっち?」 恐怖に凍り付いた。 「やっぱり目の細かい方よね。たっぷり楽しめるわ」 「止めて、止めて下さい」 「そうそう、それそれ、この恐怖に歪んだ目が良いの。一度試してみたかったの。返り血を浴びてもいいように、こうやって裸になって、あなたが目を覚ますのをまってたの。じゃ、もう結論は出たってことでいいわね」 教授は女と目交ぜをしてノコギリを持ち上げ、私の脚に通した。 重く冷たい金属の感触がそこに……それだけで充分痛い。 「記録によると、二十五人がこれで殺されてるわ。あなたは二十六人目ってことね」 「やめて……」 無言でノコギリが挽かれた。 焼けるような痛みがそこに走った。 痛みなんてものじゃない…… 叫んだ、ただひたすら。 「痛い?」 叫び返すしかない。 またノコギリが動く。 「もう、性器は真っ二つよ。どう? 痛い?」 血が、腹から胸に流れてくる。 痛いとか、そういう感覚じゃない。 人間の耐えられる痛みじゃない。 「面白くないな、もう死ぬの?」 何度も何度もノコギリが動く。 脊髄が縦に断ち切られ、全身がビリビリと痺れる。 激烈な痛みが…… 耐えられない、耐えられない、 そう思った瞬間、全てが消えた。 「死んじゃったね。つまんないの」 これが私の聴いた最期の声になった。
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