| 相変わらずの雨音がBGMとなって、小さな部屋の小さな居間の小さなテーブルで向かい合ってスパゲティを食べた。
茜は、箸やスプーン、お茶を飲む仕草に至るまで全てがさり気なく、清潔感を漂わせていた。 なんとなく、全てが茜の周りではスマートに完結している様に見えた。容姿は特別大人びているわけでもなく、しかもなんと言ってもまだギリギリ未成年の身。それはそこはかとなく内側から漂うその人しか持ち合わせない徳なのかもしれない…
「そんなにジと見ないでよ…」
あ
「ご・めん…つい」
困った様な、少しはにかんだ顔。大学では決して見せない素直な一面である。 たまらなく可愛くて可愛くて…愛しさに似た、感情を覚える。それは生まれた子供が自分にだけは縋り抱きついてくる、その瞬間に湧き上がるというなんとも言えない喜びに近いかもしれない。
午後を共に過ごす時間は増えていった。決して外には出ない。出ようと思えば出られる、緩い檻の中で私達は同じ空気を吸いながら言葉を交わす事を選んだ。 茜は意外な事に、博識な上物事をよく考えていた。花の事、空の事、政治の事、香りの事、昔の事、先の事、今の事、静かな声で沢山の事を話してくれた。 こんな質問もしてみた。 「絵を描けなくなる時はある?」
睫が動く。
「…あるよ」
「そんな時どうするの?」
「…」
「答えたく…ない?」
「描かないよ。描かないで、ジッとしてる。そしたら…いつか描きたくて描きたくてどうしようもなくなってくる。」
「それ…」
「ぁ、バレた?魔女の宅急便に出てくる森のお姉さんの言葉。あのお姉さん、絶対シャガールの影響受けてるよね」
「…そうね。私はどちらかと言えばシャガールよりクリムトの方が好みだわ」
「華らしいね。クリムトは自分の生き方に常に意味を見いだそうとしてる気がする。華も…そう見えるよ、華の絵も」
誠実な瞳で、冷静に諭されてしまった。
「そうかなあ?」
首を傾げた私の中で誰かが小さく頷いていた。 そう、私は分析し過ぎてしまう。全てを。世の中に分析仕切れない何かがあるとしたらそれを知りたい。 結局の所私はそれが目的で絵を描き続けていた。この感情が人を動かす世界を知る事で、自分を動かせたい。
茜は、それはメロンパン。と言う事と同じくらいに私について悪びれもなく語った。 不思議と気持ち良かったのだ。
「私自身」という殻を破られるコトが。
(携帯)
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