| それは刀のせいだと思うでしょう。それだけの話です。一度も飾られなかった雛人形ならば、いわく因縁があって当然だと思うように」 筋は通っていた。 だが、どこかが苦しい。刀の時のような潔さがない。 「それでも‥」 なおも言い募りかけた時、私は文字通り飛び上がった。 蔵の外で女の声がした。それを聞いた瞬間、全身から血の気がひいた。 「‥大迫さん?」 沙耶が怪訝そうに尋ねる。 「どうしました?」 女の声が近づいてくる。庭を横切り、蔵に近づいてくる‥ 私は沙耶にしがみついた。
「近所の奥さんでしたよ」 数刻後、戻ってきた沙耶がそう告げた。 「野菜とか漬物とか―――玄関に置いてきました。何も心配ないですよ」 私は床にへたりこんだまま息を吐いた。「‥すみません‥」 まだ心臓が激しく鳴っている。刺すような痛みでしばらく身動きできなかった。 なぜあの声を真弓の声と思ったのか。 俊江尼から聞いたせいか、役場に私の旧姓を告げ、ここにいるか尋ねた者がいた事を。 ―――簡単に見つけられる筈はない。養家には固く口止めしてあるし、前の会社の同僚や友人にも知らせていない。戸籍を動かし、誰にも閲覧させないように手配してある―――でも、もし‥ 「きっと、疲れてるんですよ」 沙耶は私を支えて立たせ、蔵の外へ出るよう促した。 「床をとってお休みなさい。私も泊めて頂きますから」 その言葉が、芯からありがたかった。
―――真弓の玩具になって三年が過ぎた時、私は逃げた。 真弓に告げずに会社を辞め、離れた土地で初めて自活し、新しい会社に勤めた。 平穏な日々が続いた。そのうち養父母から見合いを薦められ、淡々と話が進んだ。 婚約者は地味で穏やかな人だった。やっと普通の世界に戻って来られた、真弓の支配下の暮らしはやはり異常なものだったのだと思えるようになっていた。私はまだまだ、甘かった。
「どうして―――」 婚約者と共に訪れた式場の試着室。そこに真弓が入ってきた時の驚きと恐怖は一生忘れない。 「簡単に入れてくれたわよ、新婦の親友と言ったら」 着付けのスタッフが席を外した直後だった。そのまま戻って来ないように言い含めるのも、真弓には容易い事だった。 「趣味の悪いドレスねえ、それが晴れの日の衣装なの?」 「―――来ないで!」 じわじわと距離を詰められながら、後ずさりながら私は言い返した。 「それ以上近付いたら大声を出すわ。出て行って、私にもう構わないで!」
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