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■5705 / ResNo.10)  鎮雛・11
  
□投稿者/ 葉 一般人(24回)-(2009/04/17(Fri) 02:12:40)
    それは刀のせいだと思うでしょう。それだけの話です。一度も飾られなかった雛人形ならば、いわく因縁があって当然だと思うように」
    筋は通っていた。
    だが、どこかが苦しい。刀の時のような潔さがない。
    「それでも‥」
    なおも言い募りかけた時、私は文字通り飛び上がった。
    蔵の外で女の声がした。それを聞いた瞬間、全身から血の気がひいた。
    「‥大迫さん?」
    沙耶が怪訝そうに尋ねる。
    「どうしました?」
    女の声が近づいてくる。庭を横切り、蔵に近づいてくる‥
    私は沙耶にしがみついた。


    「近所の奥さんでしたよ」
    数刻後、戻ってきた沙耶がそう告げた。
    「野菜とか漬物とか―――玄関に置いてきました。何も心配ないですよ」
    私は床にへたりこんだまま息を吐いた。「‥すみません‥」
    まだ心臓が激しく鳴っている。刺すような痛みでしばらく身動きできなかった。
    なぜあの声を真弓の声と思ったのか。
    俊江尼から聞いたせいか、役場に私の旧姓を告げ、ここにいるか尋ねた者がいた事を。
    ―――簡単に見つけられる筈はない。養家には固く口止めしてあるし、前の会社の同僚や友人にも知らせていない。戸籍を動かし、誰にも閲覧させないように手配してある―――でも、もし‥
    「きっと、疲れてるんですよ」
    沙耶は私を支えて立たせ、蔵の外へ出るよう促した。
    「床をとってお休みなさい。私も泊めて頂きますから」
    その言葉が、芯からありがたかった。


    ―――真弓の玩具になって三年が過ぎた時、私は逃げた。
    真弓に告げずに会社を辞め、離れた土地で初めて自活し、新しい会社に勤めた。
    平穏な日々が続いた。そのうち養父母から見合いを薦められ、淡々と話が進んだ。
    婚約者は地味で穏やかな人だった。やっと普通の世界に戻って来られた、真弓の支配下の暮らしはやはり異常なものだったのだと思えるようになっていた。私はまだまだ、甘かった。


    「どうして―――」
    婚約者と共に訪れた式場の試着室。そこに真弓が入ってきた時の驚きと恐怖は一生忘れない。
    「簡単に入れてくれたわよ、新婦の親友と言ったら」
    着付けのスタッフが席を外した直後だった。そのまま戻って来ないように言い含めるのも、真弓には容易い事だった。
    「趣味の悪いドレスねえ、それが晴れの日の衣装なの?」
    「―――来ないで!」
    じわじわと距離を詰められながら、後ずさりながら私は言い返した。
    「それ以上近付いたら大声を出すわ。出て行って、私にもう構わないで!」


    (携帯)
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■5708 / ResNo.11)  鎮雛・12
□投稿者/ 葉 一般人(25回)-(2009/04/18(Sat) 02:05:00)
    「私は構わないわよ」
    真弓は傲然と言い放ち、間髪入れずに平手で私の頬を打った。
    「人を呼びたければ呼んだら?‥困るのはどっちかしら」
    手加減なしの容赦ない一撃に私はよろめき、鏡台に肘をつき倒れ込んだ。
    抑揚のない低い声と底光りする眼差しに、私は嫌というほど身体と心に焼き付けられた、嵐の前触れを感じ取った。
    「‥私から逃げるのは許さないと言ったでしょ?」
    真弓は私の髪を掴んで引き起こし、更に二発、三発と平手打ちを浴びせかける。
    「我慢強くなったものだわね」
    声を出すまいと唇を噛み耐えている私を鏡台に突き飛ばし、真弓は憎々しげに吐き捨てた。
    「いつもなら自分から股を開いて、許して下さいと這いつくばってる所だわ―――また最初から躾けなきゃいけないわけ?‥」
    「‥無理よ」
    鏡台に手をつき立ち上がりながら、私は声を振り絞った。
    「私には、もう無理‥他の人を探して下さい。私はもう、貴女にはついていけな―――」
    言い終える事はできなかった。真弓は鏡台に飾られていた一輪挿しを掴んで私の顔に水をかけ、私の身体を鏡台に強く押しつけた。
    「‥誰に口をきいてるの?」
    白いドレスの胸倉を掴む手が、ゆっくりと開いて乳房を包む。
    「本当に、思い出させてあげなきゃいけないようね‥あなたの持ち主が誰なのか‥」
    「―――やめて!」
    白いレースの生地の上を蠢く指の感触に、私は芋虫を連想して総毛立つ。
    私の髪や顔から滴り落ちる水滴にドレスの胸元も濡れ、肌にぴったりと貼りついた。真弓は生地越しに冷たく濡れた乳房を撫で回し、指先で乳首を探り始める。
    「嫌っ―――やめて‥」
    真弓は答えず私の首筋に顔を埋めて唇で吸い、もう一方の手でドレスの裾をたくし上げた。
    「いや‥」
    太ももを撫でながら下半身が露わになるまで裾をまくられ、逃げようとした腰を鏡台に抱え上げられる。
    「やめて‥だめっ‥」
    「いい子にしてないと、せっかくの花嫁衣装が台無しになるわよ?」
    片手が背中に回り、ゆっくりとファスナーを引き下ろす。白いドレスは私の肩を滑り落ち、乳房の下まで脱がされた。
    「―――嫌‥やめて‥本当にもうやめて―――」
    「嘘おっしゃい」
    露わになった乳房を見て真弓は笑い、爪先で乳首を弾く。
    「本当に嬉しいです、の間違いでしょ?乳首をこんなに硬くして‥」
    「あっ―――」
    爪先だけで乳首を激しく愛撫され、私は身体を仰け反らせた。


    (携帯)
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■5709 / ResNo.12)  鎮雛・13
□投稿者/ 葉 一般人(26回)-(2009/04/18(Sat) 03:20:45)
    「ああ‥いや‥嫌‥」
    左右の乳首を同時に絶え間なく弄られて私は喘いだ。
    「‥他の人を探せですって?‥」
    容赦なく乳首を責めながら、私の耳元で真弓は嘲る。
    「他にいないわよ、こんなにいやらしい子―――」
    「あああ‥‥あっ‥」
    真弓の唇が首筋から乳房に滑り、大きな音を立てて乳首に吸いついた。
    「ああ―――あっ、あっ、あ‥‥」
    こらえ切れず、私は快楽の喘ぎをあげていた。私の身体を知り尽くした真弓の舌使いや指使いが理性を溶かし、身体を溶かし始めた。
    「‥脚をもっと開きなさい」
    頭を上下させて乳首を舐め、甘噛みを繰り返して真弓が命じた。
    「いやらしいお道具が見えるように、しっかり開くのよ―――どんなになってるか、点検してあげるわ‥」
    真弓の頭がゆっくり下がり、両脚が強く押し開かれる。ショーツの上から陰唇をなぞられ、腰がびくんと痙攣する。
    「溢れてるわよ‥ほら」
    「いやあっ―――」
    「この匂いよ、ああ‥」
    真弓は手をかけてショーツを破り、一気にそこに顔を埋めた。
    「ああっ―――あっ、あっ―――嫌‥‥だめぇ‥」
    「んっ‥ん‥ああ、羽希‥んん‥っ」
    激しく頭を振りながら、真弓は私の秘部の襞を舌で分け、溢れる愛液を啜り飲み、弾けんばかりに膨張したクリトリスに吸いついた。
    「あああ‥‥い‥」
    私はいつの間にか両手を下ろし、秘部を責めたてる真弓の頭を押さえつけていた。
    「い‥‥いい‥ああ‥いい―――」
    涙が頬に流れたが、屈辱や絶望の涙ではなかった。
    あれほど悔やみ、捨ててきた筈の快楽ゆえの歓喜の涙。私はそれをはっきりと自覚して泣いていた。
    「ああ―――いい、いい‥ああ‥いく―――いっちゃう‥」
    私は腰をひくつかせながら片手で乳房を揉みしだき、乳首を弄る。もう一方の手は真弓の頭を、敏感な部分から彼女の唇や舌をずらすまいと押さえつけたまま‥
    「‥‥あああ‥いく―――いく‥っ‥」
    全身を震わせて絶頂を迎えた私に次の瞬間に訪れたのは、現実だった。


    慌てふためく式場のスタッフや、扉の向こうで押し止められて何事か分からず不審がる婚約者の声よりも、スタッフに連れ去られる真弓の方が私には恐ろしかった。
    去り際に、真弓は私を振り返ってにっこり笑った。
    艶やかで、晴れ晴れとした笑顔だった。
    私が自宅のバスタブで手首を切ったのは、その日の夜の事だった。

    (携帯)
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■5720 / ResNo.13)  鎮雛・14
□投稿者/ 葉 一般人(27回)-(2009/04/20(Mon) 03:09:21)
    ‥深夜に、私は目を覚ました。
    まだ日のあるうちに横になったのだからと言うよりも、急かされるような気持ちの目覚めだった。
    (‥村役場に行って頼まなきゃ―――誰に問い合わされても、私がここにいると答えないように‥)
    奥座敷は暗く静まり返っている。起きてすぐに時間が遅すぎるのは分かったが、ぼんやりした義務感が私を寝床から引き剥がした。
    沙耶は今夜泊まると言っていたが、私は部屋や食事や布団の支度もしなかった。
    不意に申し訳なさや後ろめたさが胸に湧く―――まさか、ずっと蔵にいるのでは。
    外から射し込む月明かりを頼りに、長い廊下を歩き出す。
    深海を思わせる青い闇をしばらく進むと、立ち並ぶ部屋の一つから仄かな明かりが漏れているのに気がついた。
    そこは仏間だった。そう言えば、昼間に俊江尼が持ってきた雛人形の箱はそこに置いてある―――
    私はほとんど何も考えず、明かりの漏れる障子戸に手をかけた。
    「あっ‥」
    沙耶がそこにいた。
    彼女はとっさに腕を上げて何かを隠そうとしたが、立っている私からははっきり見えた。
    ―――箱から出され、豪奢な十二単を脱がされた雛人形。
    「見ちゃ駄目です」
    沙耶が短く制したが、私は一瞬で全てを見取った。―――裸の雛人形は衣装の下も、乳房や陰部までもが完璧に造られていた。
    私は顔を覆い、その場に座り込んだ。


    ―――翌朝、さし向かいで朝食のお膳をつつく空気は重かった。
    「‥すみませんでした」
    どことなく悄然として沙耶が言った。
    「あれは、ちゃんと説明した上で見て貰うべきでした」
    「いえ‥」
    何と返してよいのか分からず私もうなだれる。‥私にしても、何にそれほどショックを受けたのかを語る言葉を持たないのだ。
    「ああいうお雛様は‥多いんでしょうか」
    「雛人形で見るのは初めてです」
    沙耶はもの憂げに答えた。
    「抱き人形や、子供の背丈くらいの物なら何度かあります」
    「何の為に‥造られる物なんでしょうか」
    重ねて、私は問うた。
    脳裏に浮かぶのは乱歩の『ひとでなしの恋』のように、人目を忍んで性的に愛玩される日本人形だった。
    それを察している様子で、沙耶は答えた。
    「贔屓の役者や愛人に似せて造らせたり、亡き愛人を偲んで造らせたり‥ですね。吉原の花魁が愛人の生人形を造らせて身近に置いていたりとか」
    「吉崎さんは気付いてらしたんですか? ああいう細工があるって‥」
    沙耶は首を振った。


    (携帯)
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■5721 / ResNo.14)  鎮雛・15
□投稿者/ 葉 一般人(28回)-(2009/04/20(Mon) 04:56:43)
    「今も言いましたが、雛人形でああいう細工の物は初めてです。人形の大きさから言っても、あんなに精密に造るのは難しいし―――」
    沙耶はそこで少し黙り、言葉を選んでいるように見えた。
    「‥何かを、感じられた?」
    この手の質問で昨日は沙耶を苛立たせた。だから少し遠慮がちに、私は尋ねた。
    「どうか率直におっしゃって下さい。私は構いませんから」
    沙耶は物問いたげに私を見た。
    本当にそうなのか、と言いたげな表情だった。
    「‥何でも見えるわけではありません」
    ぱっと見の印象で、具物に残るもの―――それの持ち主や、関わった人間の執念や想いらしきものが伝わるだけだ、と沙耶は言った―――それ自体が邪悪な具物なぞ滅多にない、と。
    「あの雛人形は、生きていました」
    沙耶の言葉に、私は息が詰まった。
    「分かりやすく言うと、人形自体が生きているように見えるほど、人の念が籠もっていました」
    私はわずかに身を乗り出した。
    「それは、どんな‥?」
    沙耶は目を反らした。
    「女、です」
    「‥えっ?」
    「女の持つ様々な情念―――愛憎や肉欲、嫉妬や喜怒哀楽―――『業』と呼ばれるようなものです」
    ‥しばし、私は放心した。


    「庵主さんは昔は一式揃いだったと言われましたが‥」
    私が正気づくのを待って、沙耶が続けた。
    「肝心の女雛だけ残していくような馬鹿はいない。恐らくはあの女雛だけか、あったとしても対の男雛までだったんじゃないでしょうか」
    「‥男雛だけ、盗まれたと?」
    沙耶は視線を落とし、独り言のように呟いた。
    「‥盗まれたか‥流されたか‥」
    「‥流された?」
    「雛人形のはじまりは、川に流す紙人形です」
    沙耶は続けた。
    「災いや穢れを紙人形に託して、自分の身代わりとして流すんです。ひょっとしたら、あれはそういう類いの人形なのかも‥」
    いずれにせよ確かな事は分からない、と沙耶は締め括った。
    「ただひとつ確かなのは、貴女のお母様があの人形を封じて、お寺に供養を頼まれた事だけです」
    ―――何の供養。何を弔って欲しいと言うのだろうか。
    私は昨夜はっきりと目に焼きついた女雛の裸形を脳裏に浮かべた。
    ‥微かに紅が残る乳首、密毛まで丹念に描き込まれた、露わな陰部。
    母もまた、私と同じものを忌まわしく思い、捨てたいと望んだのか。
    夫―――私の実父と早くに死に別れ、静かに暮らしていたとしか聞いていない。そんな母に、どんな修羅があったのか。


    (携帯)
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■5722 / ResNo.15)  鎮雛・16
□投稿者/ 葉 一般人(29回)-(2009/04/20(Mon) 06:30:48)
    私は無意識に呟いた。
    「‥どうして‥」
    母は、あの人形を寺に納めた。
    焚き上げたりするのではなく、保管を依頼した。あくまでも遺した。
    (捨てたいなら、何故―――)
    そう言いかけて、口をつぐんだ。
    (捨てられないから業と呼ぶんです)
    私が尋ねたら、そう答えただろう。
    沙耶はそれ以上語らなかった。


    村役場に出向いた帰り、私は迷いに迷いぬき、意を決して携帯の電話帳を開いた。
    真弓と出会った会社―――前の前の職場の同僚の一人に電話をかける。
    出なかったら二度とかけまいと思っていた。が、あっけなく相手は出た。
    「どうしたの? 久しぶり―――」
    勿論、彼女は真弓と私の事を知らない。いきなり会社を辞めて引っ越した同僚として挨拶を交わし、落ち着いた頃にさりげなさを装い、真弓の消息を尋ねた。
    「‥辞めちゃったよ、あの人‥新聞で見てない?」
    それまでの明るい口調から急に声をひそめて彼女は言った。
    「何か‥傷害かなんか、事件起こしたらしいよ。それで自己都合扱いで辞めてったの。羽希が辞めてひと月くらい後だったかな」
    私は礼もそこそこに電話を切り、道端にうずくまった。
    思いもよらぬ情報だった。私が逃げてから間もなく、真弓も会社を辞めていた。しかも、事件を起こして―――
    (何か‥傷害かなんか)
    同性ならば罪名に強姦といった文字はつかない。単なる暴力沙汰ではないように私は感じた。
    ―――いや、それよりも‥
    「ああ、女の人でしたな。丁寧な物言いの‥」
    今しがた村役場で確認した事、私について問い合わせた電話の声の主は、やはり女だった。
    (真弓‥なのだろうか)
    心当たりは他にない。既に汗ばむほどの陽気なのに、肌寒さに私は震えた―――リストカットの傷跡を隠そうと、長袖の服を着ているのに。


    今ここで真弓と対峙したら、私は毅然と振る舞えるだろうか。
    ここでまた屈したら、私は本当に居場所を失う。帰ってきたとあれほど実感したのに、その場所でさえ生きていけなくなる。生家でさえ、故郷でさえ。


    蔵に入るなり刀の箱に手をかける私に沙耶の声が飛ぶ。
    「何の真似ですか」
    私は箱を開き、刀を納めた袋の紐を解く。
    「教えて下さい」
    息せき切って、私は言った。
    「刀の扱い方―――あなたなら分かるでしょう? どうやって使うのか、教えて下さい‥」
    「何に使うんですか、銃刀法でとっ捕まりますよ」
    呆れ顔で、しかし思いがけない強さで私の腕を掴んで沙耶が言った。


    (携帯)
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■5727 / ResNo.16)  鎮雛・17
□投稿者/ 葉 一般人(30回)-(2009/04/22(Wed) 00:08:08)
    「それでも、使わなきゃならないんです」
    私は言い募った。
    「ここに居られなくなったら私、もう行く所がないんです―――それにもし、また駄目だったら‥」
    「だったらどうするんです、また切るんですか?」
    私ははっとして口を噤んだ。
    沙耶の手は、私の手首の傷跡を直に掴んでいた。
    「‥大体の想像はつきます」
    取り上げた刀を床に放り、沙耶は呟く。
    「だから、あの人形も見せたくなかったんです。あなたは‥暗示にかかり易すぎる。自分で逃げ場をなくしてしまう」
    「自分で?‥」
    反射的に声が上ずった。
    「私が、わけもなく一人で騒いでると言うんですか」
    「被差別の家系と、あの人形」
    沙耶は冷ややかに切り返した。
    「―――それであなたは信じたんじゃないですか? 自分もそうだ、と」
    淫楽に流される、浅ましい、業にまみれた人間だと。
    「しっかりしなさい」
    苛立たしげに沙耶は言った。
    「殺生の家系が穢れと呼ばれたのは古い迷信です―――そんな物に縛られないように、あなたは養子に出されたんじゃないんですか? 何故それを考えず、家系や自分を卑しいもののように思うんですか」
    「………………」
    「理性でどうにもならない事なぞ誰にでもある。でも、それは個人の持ち物です。形も、扱い方も」
    私は言葉が出なかった。
    ずけずけと非難されたのは分かるが腹は立たない。いや、確かに腹も立てているが、目頭が熱くなるのは怒りや悔しさのせいばかりではなかった。
    「―――ずっと…」
    これだけは言わなくては、と私は声を振り絞る。
    「…ずっと言われていたんです。玩具だと―――」
    「馬鹿らしい」
    沙耶は吐き捨てた。
    「どんだけ世間知らずなんですか」
    あたたかく、乾いた手が頭に触れた。


    初めて生家に帰り、仏間で流したのと同じ涙がしばらく流れた。
    私が落ち着くまで自分の肩に頭を預け、沙耶はじっと動かなかった。
    やがてその手が頬に下り、唇が額からまぶたに下りるのを、私は恍惚として受け入れた。

    (携帯)
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■5734 / ResNo.17)  鎮雛・18
□投稿者/ 葉 一般人(32回)-(2009/04/23(Thu) 23:15:35)
    沙耶は二、三度ついばむように私の唇を吸い、黙って私の頭を肩に引き寄せしばらくじっとしていた。
    性的な匂いのない、赤子をあやすような動作だった。
    「…………」
    私はひどく安心し、それに慣れた頃に顔を上げ―――凍りついた。


    ふと視界に入った天井板の隙間から、こちらを見下ろす目と目が合った。


    私が悲鳴を上げるのと、沙耶が身を翻すのが同時だった。
    「吉崎さん―――」
    「そこから動かないで!」
    床から刀を掴み上げ、沙耶は蔵の二階に続く階段を駆け上がった。
    二階を歩き回る音がしばらく響き、私は息を詰めて立ちすくむ。やがて降りてきた沙耶は、私を見て首を振った。
    「誰もいません」
    「えっ…?」
    「隠れられる場所もない。出入り口はこの一階しかない。見てみますか」
    私は沙耶の後について二階に上がり、その通りだと確認した。
    「でも―――確かに目だったわ」
    一瞬仰ぎ見ただけだが、限界まで見開かれた、爬虫類じみた目だった。
    「あなたも見た…?」
    沙耶は首を振った。
    「見てません―――でも、誰かいた」
    鞘に納めた刀の先を床につき、沙耶はしばらく黙り込んだ。
    それから、真弓について知っている事を教えてほしいと静かに言った。


    「なんとまあ―――」
    夜半、私の話を聞き終えた沙耶は溜め息混じりに呟いた。
    「とんだサディストに見込まれたもんですね」
    湯上がりの肌に夜気が心地よい、月見と夜桜に格好の縁側で、私は赤面してうなだれた。
    沙耶は昨夜から裸にしたままだったあの雛人形を手の平に載せ、あちこち調べながら言葉を続けた。
    「傷害沙汰を起こした、というのが不吉な感じですね。あなたがいる間はそんな事はなかったんでしょう?」
    「ええ―――私と違って、表と裏をきちんと分けられる人でした」
    だからこそ、白昼でもいきなり現れる裏の顔が怖かったのだ。それがいつ現れるか分からないから。
    「それはどうかな」
    不意の沙耶の一言に、私は弾かれたように顔を上げる。
    「えっ…?」
    沙耶は雛人形を畳に下ろし、庭に目を向けたまま呟いた。
    「あなたがいたから、表と裏のバランスが取れていたのかもしれない―――あなたが逃げてしまって、その人はバランスが取れなくなったのかも…」
    私はその言葉の意味をしばらく考え、そして首を振った。
    「まさか…」
    私の知っている真弓はそんなに弱い人間ではない。私を玩具にしていた頃にも、馴染みの相手は何人もいた…

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■5735 / ResNo.18)  鎮雛・19
□投稿者/ 葉 一般人(33回)-(2009/04/24(Fri) 00:30:19)
    「その中で、あなただけが『玩具』だったなら」
    冷えたビールのグラスに手を伸ばし、沙耶が言った。
    「本当なら『精神安定剤』と言うべきだったかも―――それがなくなったから、彼女は壊れたのかもしれない」
    (私の本当の顔を知ってるのは、あなただけよ)
    機嫌の良い時の真弓の口癖が脳裏に甦る。私は不意に、震えた。
    「―――私が…?」
    沙耶は小さく笑って首を振った。
    「全部、仮定の話です―――けど、そう考えないと警察沙汰を起こしたり、あなたの縁談をぶち壊したりする理由にならない。ましてや、ここまで追ってくる理由にも」
    しばしの沈黙。
    庭も静まり返っている。
    「―――斬り捨てられますか?」
    突然、沙耶が呟いた。
    「…多分、その人は今の話の通りの人です。そう思えば、哀れな人です」
    静かな口調だった。
    「哀れと思えば情も湧きます。許す事も―――あなたは断ち切りますか。彼女との縁も、業も」
    私はしばらく黙り、庭と沙耶とを交互に見つめた。
    言外に問われている事を理解し、それからきっぱりと答えた。
    「断ち切ります」
    私はここで、真弓から逃げるのではなく、自分の人生から切り捨てるという選択肢を初めて持った。


    沙耶はややあって小さく息を吐き、ふと思いついたように畳の上の雛人形を指差した。
    「腰の辺りを見てごらんなさい」
    言われるままに人形を手に取り、背中を向ける。
    微かに墨の跡が残っている…薄いのと達筆のため、なかなか読めない。
    「『俊子』だと思います」
    沙耶が言った。
    「朝からこちらの系図を見てたんですけど、それに当たる名前はない…で、その文字の下にも、もっと古い墨の跡がある」
    これもまた推測の域を出ないけれど、と沙耶は前置きした。
    「この家の何代か前までは、厄除けのために作られては流される人形があったんじゃないかと思います―――それがある時、出来が良すぎたか惜しくなったかで女雛だけ残されて、出すに出せないまま蔵に眠っていたのかも」
    もう読めなくなっている古い墨の跡が、流されなかった厄除けの先祖の女名ではないかと沙耶は言った。
    「全身くまなく造られているのは性的な意味でなく、リアルさを求めたからだと思います。婦人病や性病を含めた病や、夫婦の不和といった厄災を全部人形に背負わせるための…でも、流されなかったから、要らぬものを溜め込んだ」
    私は首を傾げた。
    沙耶はこれに、人形が生きているように見えるほどの女の業が詰まっていると言っていた…


    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■5736 / ResNo.19)  鎮雛・20
□投稿者/ 葉 一般人(34回)-(2009/04/24(Fri) 01:36:41)
    2009/04/24(Fri) 01:50:51 編集(投稿者)

    「出したかったでしょうね」
    淡々と沙耶は言った。
    「これだけの見事な雛人形なら、年に一度の雛祭りくらい飾りたかったと思いますよ―――でも、出さない家だった」
    「牛馬を殺して栄える家だったから…?」
    私は人形を見つめた。
    今の感覚では、自虐に等しい慎みを理解するのは難しい。
    「当家はともかく、風評もきつい時代だったでしょうしね―――また『家』での女の立場も、今よりずっと低かった」
    言いたい事も言えず、身を飾る事もままならず、忍従する生活にさらに身分階級の縛りが重なる。
    蔵の片隅で、女雛がこの家の女の象徴になっていく。長い長い月日をかけて…
    「この『俊子』というのは?」
    私は顔を上げて呟いた。
    「家系図にない名前と言われたけど、よその女の人の名前を書き入れたのは…?」
    沙耶は少し黙り込み、遠慮がちに答えた。
    「…庵主さんの、俗名じゃないかと思うんですが」
    「あ……」
    俊江尼の―――私は息を飲んだ。
    「じゃあ、これを書き入れたのは…」
    しばらく、どちらも言葉がなかった。
    (だから、母はこの人形を寺に納めたのか)
    流すこともせず、焼いて灰にすることもせず―――
    普通の人間なら雛人形の衣装を脱がせて何かあるか調べたりしない。だから、いや、だからこそ?
    「素人さんは、時々とてつもない事をします」
    口調に皮肉をにじませて、沙耶は言った。
    「最強のKYとでも言うのか―――勿論、悪気も何もない。無邪気な人です、あのひとも」
    その形容に、私はくすくす笑う。
    確かにあの俊江尼にこれを打ち明けるのは酷であり、また母の遺志に背く事のように思われた。
    「…昼間は、刀を振り回すと騒いでたのに」
    沙耶は呆れた顔でグラスを空ける。
    「だいたいね…真剣なんて素人には木刀以下なんですよ。あちこちぶっつけて刃こぼれさせるのが落ちだし、研ぎ代も馬鹿みたいに高いし…聞いてます?」
    私は身を折って笑い続けた。
    何故だか、笑いが止まらなかった。
    「このお雛様、やっぱりお寺にお納めしましょう」
    落ち着いてから、私は言った。
    「母がそうしたいと思ったなら、そうしなきゃ…それで私も親孝行したつもりになりますし」
    「二度と出されないように包みを新調しましょう。知り合いに職人がいます」
    人形に丁寧に着付けを施しながら、沙耶は頷いた。


    二度と露わになる事のない小さな裸体に、私はそっと手を合わせた。
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