SMビアンエッセイ♪

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■5811 / ResNo.20)  奈落・15
  
□投稿者/ 葉 付き人(69回)-(2009/05/06(Wed) 23:05:16)
    高岡秀生
    久我芳雪
    前者が私の、後者が環の父親だ。


    「昔は気にもしなかったけど、何であんなに仲悪かったんだろうな。お袋様は」
    「会わなきゃいいのに、どっちかが喧嘩売りに行ってたからな」
    私の父と環の父は同じ師について日本画を学んだ同門だが、私の父が僅差で兄弟子の立場にあった。環の父は破門されて野に下ったが、それでも住まいは近かった。
    父―――高岡秀生と環の父の久我芳雪は取り立てて不仲という訳ではなかったが、親しく付き合う仲でもなかった。浮世絵の名残りを色濃く残し、優美な画風で知られた父は、同じ画風でありながらも題材に扇情的な責め絵や無惨絵、枕絵を選ぶ芳雪と関わるのを極力避け、破門後には黙殺していた。


    「……それでも、女房子供が行き帰するのは止めなかったよな」
    「口で止められた事はなかった」
    私は子供心にも気難しく近寄りがたい父よりも、環の父の芳雪の方が好きだった。
    凄惨極まる無惨絵や、白い肌に縄打たれのたうつ裸女を描く時でも、いつでも懐に猫を抱いていた。端正で神経質な父とは違い、顔も身体もごつくて立ち居振る舞いも粗野だったが、飄々とした表情や物言いで他人を和ませる人だった。
    「あんたの親父さんの方が、絵師としては上だ」
    「贔屓がきついね。あのエログロの大家がか?」
    「うちの親父にはあれは描けない。描きたくても、描けなかった」
    父が環の父を黙殺したのは、それ故にだと私は思っている―――描く技量はあったのだ。描いて、自分の名前と共に晒す覚悟があれば。


    「……うちの親父は、あんたの親父が好きだったよ」
    環がいつか、ふっと漏らした事がある。
    「だから、悪気はなかったんだ。自分も描くから、描いてみなよと言うつもりで……」
    落款なしで、秀生とも芳雪ともとれる絵を描いた。
    秀生の真骨頂とされる優艶な美人画は大きな賞を獲り、秀生作と見た画商が高値をつけた。しかし秀生は自分の絵ではないとそれをはねつけ、既に転売先を決めていた画商と揉めに揉めた。


    それが、数年に及ぶ真贋論争と訴訟沙汰の始まりだった。

    (携帯)
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■5812 / ResNo.21)  奈落・16
□投稿者/ 葉 付き人(70回)-(2009/05/06(Wed) 23:40:20)
    「馬鹿にされたと思ったんだな、あんたのお袋は」
    これだけは、環と私は同見解だ。
    「芸妓上がりのうちのと違って、あんたんとこのは士族の血を引くお嬢様だ。発禁物御用達のエログロ絵師に、旦那の仕事を汚された―――そりゃあ腹も立つわな」
    真贋騒動の直後だけなら、そうだろう。
    しかしその後も延々と、よく飽きないものだと感心するほど、女の闘いは続いていた。


    「……やれ芝居の席で肘打ちされたの、茶会で陰口叩いたの、目当ての反物を先に買われたの―――」
    「火種は無尽蔵だったな」
    大抵、私と環のどちらかが、どちらかの家に来ている時に修羅場が始まる。
    どちらかの母親が飛び込んで来て、まずは矢合わせに罵声を交わし、太刀抜きにどちらかが平手打ち。そしてどちらも勝ち名乗りを上げる事なく戦が終わる。


    「当の親父共はそっちのけ。最初のうちこそ一喝したり宥めすかしたが、しまいには出ても来なかった」
    「その頃には、自分らより上手い仲裁役がいたからな」


    私も環も京都の生まれだが、意識して京言葉は使わない。
    京言葉で罵り合うと互いに母を思い出すし、あれ以上の京女にはなれないという人を知っているからだ。

    (携帯)
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■5817 / ResNo.22)  奈落・17
□投稿者/ 葉 付き人(71回)-(2009/05/07(Thu) 23:33:11)
    2009/05/07(Thu) 23:51:28 編集(投稿者)

    ―――背後から、あたしはふわりと抱き込まれた。


    「いない、いない、ばあ」
    あたたかい手に目を塞がれ、耳元に微笑みを含んだ息がかかる。
    「……こうしてな、目ェを閉じといやす」
    それまでとは違う、ふんわりした優しい響きの声がした。
    「何のお話しましょうなあ―――お父はんが描いてはる、平家語りは知っといやす?……」
    身体を預けて聞いていると、身体が溶けてしまうような心地になる。背中に当たっているのは柔らかい乳房だと、あたしは唐突に思い出す。


    ……諸行無常の理で幕を開け、鎮魂で結ぶ長い叙事詩。一介の武士が帝を凌ぐ権力を持ち、美しい白拍子の姉妹は寵愛の頂点を極め、失い、流刑者から関東の雄にのし上がった兄は、やがて自ら滅ぼす弟を都に放つ。
    功労者でありながら同じ源氏から討たれる武将の想い人、女なれば生きよと言われた巴御前は、「最後のいくさして見せ奉らん」と単騎で敵中に駆け、敵の大将の首級をあげひとり東国へと落ちのびる。
    退けられた帝に仕えた俊寛は、せめて九州まで乗せてくれと孤島の波に船を追い、船は去り、栄華を極めた梟雄は滅した者達の怨霊に焼かれ死に、いくさ場を離れて久しい、貴種に変形した一族は、都を追われ西へ西へと、西方浄土へひた走る。
    「身の悲しさは、読み人知らずと書かれしこと」―――都落ちの際に和歌を託すも、清盛の末弟故に歌集に名を残せず討ち死にする平忠度。
    源氏方の武将ではあるが平家の血を引き、我が子と同年ほどの平敦盛を手にかけいくさの非情さに慟哭する熊谷直実。
    海のいくさの無残絵、貴人は軍船に、雑兵は貴船に。しかし溢れる手負いの兵は味方に拒まれ、海にふるい落とされる。
    幼帝を抱き海中に沈む二位の尼御前。華麗な十二単をひるがえし、それに従う数多の女御。
    「見るべき程の事は見つ」―――船上で一門最後の武将となり、我が身に錨を巻きつけて、海底に消える平知盛。死にはぐれた幼帝の母は父祖の罪業は子孫に報うと涙を流し、浄土をひたすら請い願う……


    あたしはあの人の腕に抱かれ、あの人とは違う声を聞いていた。
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■5818 / ResNo.23)  奈落・18
□投稿者/ 葉 付き人(72回)-(2009/05/09(Sat) 01:13:44)
    「……主上今年は八歳にならせ給へども、御年の程より遥かにねびさせ給ひて御かたち美しく、辺りも照り輝くばかりなり……」

    あの人の唇が耳の後ろに押し当てられ、吐息がうなじを撫で下ろす。

    「『尼御前、我をばいづちへ具して行かむとするぞ』と仰せければ、二位殿、いとけなき君に向かひ奉り、涙を押さへて申されけるは、」

    あの人は両腕であたしの肩を抱え寄せ、あたしの肩に頭を乗せてうなだれる。

    「……『君は未だ知ろしめされ候はずや。先世の十善戒行の御力によって今は万乗の主と生まれさせ給へども、悪縁に引かれて、御運既に尽きさせ給ひぬ』」

    声は不思議な艶が消え、あの人の声に戻っていた。
    あたしはこちらの声の方が好きだと思い、そう言いたいのだけど、いい言葉が見つからない。

    「主上、御涙におぼれ、小さく美しき御手を合わせ、まづ東を伏し拝み、伊勢大神宮に御暇申させ給ひ、その後西に向かはせ給ひて御念仏ありしかば……」

    振り向かなくても、あの人が目を閉じているのが分かる。
    あたしの肩に子供のように頭を預けて、あたしと同じようにあたたかく、心地良いと感じていてくれればいいなと思う。

    「……二位殿やがて抱き奉り、『波の底にも都のさぶらふぞ』と慰め奉り、千尋の底へぞ入り給ふ」

    淡々と語りぬき、あの人はしばらく動かなかった。
    内容はよく分からなかったけど、何だか無性に悲しかった。

    黙っていると目頭が熱くなり、視界がぼやけた。
    あたしを抱き込んでいた腕がふと上がり、指先があたしのまぶたに触れる。


    その指はあたしの頬に降り、優しく顔を振り向かせ、唇と唇を触れ合わせた。

    (携帯)
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■5820 / ResNo.24)  Re[3]: ありがとうございます
□投稿者/ tango 一般人(1回)-(2009/05/09(Sat) 20:14:18)
    横浜市内で欲求不満な女性.

    夫、彼氏、ビアンの恋人に満たされない人
    欲求不満はありませんか?
    私が貴女の欲求を満たしてあげます、
    お互いに楽しみたいと思います.
    激ポチャ、ポチャはお断りです、
    清潔な人を求めます.
    年齢は私が50歳ですので40-50代の
    人が希望です、
    たくさんの人からのメールお待ちしています
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■5821 / ResNo.25)  奈落・19
□投稿者/ 葉 付き人(73回)-(2009/05/09(Sat) 23:25:56)
    名は雪香。本名のままで座敷に出ていた。
    あのひとの手は白絹の滑らかさ。あのひとの声は、口に含んだ途端に跡形無くとろける落雁の甘さ。


    「脱いどくれ」
    無造作に言い放つ親父の前に立ち、あのひとは短い音をたてて帯を解き、肩から一息に襦袢まで滑り落とした。
    弟子や母は追い出され、画室には親父と猫ばかり―――うすく開いた障子の陰に、二人の子供がいたけれど。
    「―――何でや」
    そう呟いたのは私だったか友里だったか……しかしどちらでも同じ事。ほんの数日前にあのひとは、友里の家に来ていたからだ。
    「あんたとこの絵、終わったんか?」
    「まだ」
    囁き交わす言葉も余裕がない。互いの母以外に、双方の家で同じ女を見るのは初めてだったのだ。


    私達は呆然と、こちらに背を向けて立つあのひとを見ていた。
    一糸纏わぬ白い身体にはしみひとつなく、ほっそりしているのに輪郭が柔らかく、美しかった。
    「そのまま、舞ってくれるかい」
    畳にあぐらをかいた親父が懐手で呟くと、あのひとはすっと一歩退いて膝を折り、三つ指ついて場を定めた。微塵の乱れもない動作だった。


    三味線の助けもなく全裸で静かに舞うあのひとが、目を閉じれば今でも浮かぶ。……多分、生涯忘れる事はないだろう。


    お前は女らしゅうない。情の薄い所があると親父によく言われたが、淫画に責め絵に血みどろ絵を枕に育ち、モデルと称する無数の女に遊び半分に子守をされて、どうしてまともな情を育めようか。


    けれども確かに、私はどこか壊れている。
    そうでなければ、乱闘の果てに庭石で頭を打って死んだ母の死に顔よりも、裸で舞うあのひとの思い出の方が鮮明な筈がない。

    (携帯)
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■5822 / ResNo.26)  奈落・20
□投稿者/ 葉 付き人(74回)-(2009/05/10(Sun) 00:41:08)
    「―――最近、冷たいじゃない」
    上京して7年目の冬だから、女優を廃業した頃だ。


    「ここ辞めてよそで助監やるんだって?……ひょっとして、踏み台にはもう用無し?」
    事務所の片隅で屈んでブーツを履く首筋を、背後から素足でつつかれる。
    筋金入りの女好きで、起用する女優は寝てから決めると公言して憚らない女監督に、足掛け3年は身体を好きにさせていた。
    「……監督が約束してくれたんじゃないですか。経験積めば紹介してくれるって」
    足が臭えんだよ婆とは口にせず、私は声に媚びを含めた。
    「言ったけど、何人かのおまけつきで紹介するとは言ってないわよ」
    背後から触手のような腕が伸び、頭と腰を抱き込まれる。この女監督の性癖を知る他のスタッフは、これが始まると別のフロアに避難する。
    「他の連中が辞めるのは、私が誘ったわけじゃないし」
    せっかく羽織ったコートを剥がれ、首筋を舐められながら身体を撫で回される。はっきり言って不快だが、退社するまでは逆らわないのが筋だと思っていた。
    「沈む船から逃げるのよねえ、鼠って」
    大仰に音をたてて首筋を吸われ、背後からセーターをたくし上げられ、肌に爪を立てられる。
    「だめ………」
    我ながらようやるわと思いつつ、女優業とお務めで鍛えた甘え声が出る。
    「捨てないでよ」
    無理やり頭を後ろに向かされ、口に舌を突っ込まれる。
    「ここで撮ればいいじゃない……何でわざわざ移籍しなきゃならないの…?」
    ―――ここで撮っても、あんたの名前で売られるからだよ。色狂いしすぎて撮れなくなったあんたの代わりに、何本撮ったと思ってるんだ……
    (色も打算も、お互い様かもしれないな)
    それならいっそ清々しい。私はくるりと振り返り、喜びの表情を浮かべる女監督を居並ぶデスクの上に突き倒した。
    しばらく付き合って分かったが、手荒に扱われるのが好きな女だった。外まで追って来られるのも面倒だしとブラウスを破り、下着も剥ぎ取って投げ捨てる。
    「優しく、して…」
    口先だけはしおらしい。尖った乳首をひねり上げ、噛んでやるとたちまち腰をくねらせ脚を絡みつけてくる。
    「もっと……」
    頭を乳房に押しつけられ、乳首を責めろと強要される。態度こそ強要だが喘ぎや身体のうねりに演技を感じ、この人も卑屈になったと思えばなけなしの情が湧かない事もなく、私は指と舌とで奉仕をつとめた。


    (携帯)
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■5823 / ResNo.27)  奈落・21
□投稿者/ 葉 付き人(75回)-(2009/05/10(Sun) 01:07:44)
    「環ちゃん、お座敷―――」


    ドア越しに遠慮がちにな声を聞いたのは、手指が粘りつくのは御免だと、そこらにあった張り型を使っている最中だった。
    「……助かった、感謝」
    「あんたも大変だね」
    事務所の若い娘はしみじみとそう呟くと、びっくりしたよとつけ加えた。
    「何が?」
    「だって環ちゃんが上にいるの知ってるのに、外から入って来るんだもの」
    「……へ?」


    訳も分からず階下の事務所に降りた時、私はしばし絶句した。
    こんな所にでかい鏡なんてあったっけ?―――いや、服が違う。髪型も…
    向こうも同じ思いのようで、顔を合わせた瞬間に、ぴくりと動揺したのが見てとれた。
    今いる場所と私への微かな嫌悪が入り混じる目の中に、見覚えのある色がある。
    「………友里……?」
    にわかに言葉には出さず、相手は小さく頷いた。
    その時自分が何を思ったかは分からない。私は身体を二つに折って、弾かれたように笑い出した。

    (携帯)
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■5824 / ResNo.28)  奈落・22
□投稿者/ 葉 付き人(76回)-(2009/05/10(Sun) 14:32:01)
    夢のように美しいだけでなく、不思議な人だった。
    花に喩えれば桜とも藤とも、牡丹とも菖蒲とも言える。口数少なく儚げでありながら、子供二人に和菓子を与え、物語を語る時には童女めいた華やぎが現れた。


    「……また始まった」
    私の家に来ている時は、子供の盗み見も叶わない。時には縄で吊したり、絡みのために弟子が同席する環の父とは違い、父の画室は他者を拒絶していた。
    「阿呆、また怒鳴られるわ」
    庭から響く女の罵声より、襖に取り付く環の方が気が気でない。
    「そんならあんた、あっち行ったらええやんか」
    環は自分の家よりも、私の家の画室に執心する。何とか覗こうと苦心しながら、裾を引っ張る私の手を払う。
    「―――やかましなあ」
    時折、馬のいななきのように高まる罵声に顔をしかめる。
    「せやけど、今行っても藪蛇やし」
    どちらも声が枯れ、力尽きるまでは手出しはしない。環の家でもこちらでも、それがいつしか習いになっていた。


    「―――先生、ちょっと……」
    襖の向こうで声がして、空気が動く気配があった。
    私達は慌てて襖の前から飛びすさって身を隠す。すらりと開いた襖からあのひとが現れ、私達に目を向けてにっこりと笑いかける。
    「……さ、目ェ閉じといやす」
    慕い寄る私達の頭を撫でてほんの一時目隠しすると、白縮緬に花唐草を散らした御所解の振袖をひるがえし、あのひとは庭に向かう。


    私の母も、環の母も普段から和装だ。着こなしに堅気と粋筋上がりの違いはあるが、ひとしきり掴み合い脱力し、地べたに座り込んでしまえば襟元や裾の乱れは変わらない。
    環は忌々しげに鼻を鳴らし、私はいつものように目を背ける。あのひとが静かに母らの前に腰を折り、何やら語りかけながら、着乱れを直してやっている。


    猛り狂った余韻に脱力する母達は、やがて幼児のようにしゃくり上げ、手を差し伸べるあのひとの胸に縋って身を預ける。
    「―――またや。着物が駄目になる…」
    不快感むき出しで環が呟く。


    そんな光景を、果たして何度繰り返して見た事か。

    (携帯)
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■5825 / ResNo.29)  奈落・23
□投稿者/ 葉 付き人(77回)-(2009/05/10(Sun) 17:06:59)
    父はあのひとをモデルに源氏物語の夕顔や空蝉といったたおやかな王朝の美女を描き、環の父は玉藻前や鬼女紅葉、四谷怪談のお岩や累ヶ淵の累など、流血と情念にまみれた女を描き続けた。


    描き上がった絵は子供などの目に触れる暇なく、弟子や画商に持ち去られる。だから、描きかけでもそれをいかにして垣間見るかが苦心の元だった。
    「子供の見るもんやないで」
    環の父の芳雪は割に気前よく、描き上がった後なら画室に入るのを許してくれた。
    「こんなん真似したらあかんで。儂が秀生はんに顔向けできんようになる」
    今でも鮮烈に思い出す一枚は、炎に巻かれる天守閣で白装束の帯に懐剣をさし、横座りの裾を乱して金箔を施された前夫・浅井長政の頭骨を抱きしめるお市の方を描いたものだった。
    越前北庄城が落城する寸前を描きながら、現夫の柴田勝家を描き込まない意図に気付くのは後の事。炎上する天守閣で虚空を見つめるお市の方に表情はなく、そのうつろな眼は見ていると背筋が凍るほどに他者を拒み、自己完結していた。


    十になるやならずの私と環に父達の技量の程が理解できる筈もなく、主題となる物語さえ知らないものが殆どだった。しかしなまじモデルも目にするために、この女性をどう描くのか。この女性はどんな女御や姫君に昇華され、どんな毒婦姦婦に堕ちるのか―――ひとたび知った快楽を、更に更にと求めるような気持ちが常にあった。それは環も同じだったと思う。


    「―――あたしなら死装束を諸肌脱ぎにして、絵の端に刀の先を描く」
    長じて再会した後に、環と話した事がある。
    「目の前に現在の夫がいるって趣向か」
    「これ以上の修羅場はないだろ。これから自害するってのに、かみさんが前の旦那のドクロを離さないんだぜ? あんたならどう描くよ」
    「……肌は出さずに、他者は入れない。ただ、懐剣は抜いて片手に持たせるかな」
    「分かりにくいなあ」
    「あんたが過剰なんだよ」


    そんなやり取りを交わせるようになったのは再会してさらに数年後、私に妹ができてしばらく経った頃からだ。

    (携帯)
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