SMビアンエッセイ♪

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■5872 / ResNo.50)  奈落・42
  
□投稿者/ 葉 付き人(99回)-(2009/05/17(Sun) 23:01:15)
    また、あの人が誰かの名前を呼んだ。


    あたしには聞き取れない。さっきのとは違う名前のような気がする。
    「あっ……あ…」
    あの人は優しく、それでも容赦なくあたしの乳首を舌で舐め、どんなに身をよじっても離さない。
    「いや……」
    その間も背筋を撫で上げ撫で下ろされ、こらえ切れずに立てる膝から大腿にも指が這い、抱え上げられる。
    ―――微かな違和感。あたしのお腹の辺りで顔を上げたあの人が、何となく違う顔をしているようで、あたしは目を凝らす。
    「やっ―――あ……」
    けれどもすぐに下腹のさらに下に顔を埋められ、あたしは物を考える力を無くす。


    「……ああ…あ…」
    あたしは泣き声に近い声を上げている。
    あの人は私の脚を肩に乗せ、怖いくらい真剣に唇と舌を動かしてあたしを喘がせる。
    怯えて頭を押しのけようとするあたしの手を握り、身体の脇に繋ぎ留められる。あたしはなす術もなく喘ぐだけだけど、あの人が凄い集中力であたしの反応を感じ取っているのが痛いほどよく分かる。


    (なに………?)
    下半身から駆け上る快感に身体を仰け反らせながら、あたしは目を凝らした。

    (携帯)
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■5873 / ResNo.51)  奈落・43
□投稿者/ 葉 軍団(100回)-(2009/05/17(Sun) 23:56:48)
    ―――突然、部屋の中にもの凄い風が吹き荒れ、部屋いっぱいに敷き詰められた紙や絵皿、絵筆が舞い上がる。


    (…我が身は女なりとも、敵の手にはかかるまじ。君の御供に参るなり…)


    ―――え、何? 誰が喋ってるの?
    あたしは慌てて辺りに目を走らせる。吹き上げられ、舞い散るたくさんの紙しか見えない―――いや、見える。見えない筈なのに、目の前に映画館のスクリーンがあるように、いろんな光景が見える。


    西美濃の山の中、飢饉のさなかに稼ぎ乏しく里から帰った父の傍らで、二人の子供が斧を研ぎ、戸口いっぱいの夕陽の中で父に言う。
    「殺しておくれ」―――


    「だめ」
    あたしは悲鳴を上げて腕を伸ばすが、その光景はかき消える。


    磔柱に縛りつけられ、力なくうなだれる町娘。放火の罪で火に炙られ、生焼けになった亡骸は川に投じられ、流れるままに水妖と化し、時空を超えて不実な愛人の子孫が浸かる湯船に浮上する。


    ―――あたしは言葉も出ない。これは何なの? あの人は気にする様子もなく、怯むあたしを深く抱き込み、あたしの頭と身体を溶かし続ける。


    ……白い砂利が敷き詰められた刑場で、白刃にも怯まず啖呵を切る女。
    「どうせ落ちる首に顔布なんか要らねえよ。それより一目、あの人に逢わせておくれでないかえ、後生だからさ」
    蔑まれ、旅から旅に疲れた六十六部が信心深い老夫婦に宿を請い、惨殺して富と安住の地は得たけれど、知る者全て、子々孫々まで殺め続けねばならぬ定めに鬼と化す。
    落城寸前の越前北庄城天守閣、「汝はどこまで―――」と声を荒げる現夫に向かい、自分を溺愛する兄によって滅ぼされ、金で塗られた前夫の頭骨を抱き締め、その非難を凛然と跳ね返すお市の方。夫が織田信長に背き、自分ら一族郎党を居城に残して毛利領に亡命したと知らされた荒木村重の正室・荒木多志。


    目まぐるしく現れては消える光景―――物語にあたしは目眩がした。
    こんなにたくさんの物語を抱え込まなきゃならないの? そんな場所が、どこにあるの?……


    (無いから)
    あの人がそう言ったわけではない。ただ、あたしを抱きながらそう言っているのが分かった。
    (自分には無いから―――自分の物語は、見たくないから)


    あたしは、あの人をきつく抱き締めた。

    (携帯)
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■5874 / ResNo.52)  奈落・44
□投稿者/ 葉 軍団(101回)-(2009/05/18(Mon) 00:23:54)
    あたしはあの人の頭を胸に押しつけて、力いっぱい抱き締めた。


    「見ちゃだめ」
    だって―――こんなの、耐えられない。
    好きで見る映画やドラマとは違う。自分のものでもない物語を、際限もなく溜め続けるなんて、疲れてしまう。壊れてしまう……


    波の音。
    それに混じって、櫓の音。
    あたしはそちらに目を向けた。
    舟に乗った女の人だ。すごく綺麗で、お雛様みたいな綺麗な着物を着ている―――
    あたしははっとして視線を戻した。あの人があたしの胸から顔を上げて、舟に立つ女の人を見つめている。その手が床に伸び、転がっていた絵筆に伸びるのを見て、あたしは叫んだ。


    「―――だめ!!」
    自分でも、どうしてそんなに焦るのかが分からない。
    でも、いけない―――描いてしまったら、何か取り返しのつかない事があの人に起きるような気がしてならない。
    あたしは怯えた顔であの人と、舟の女の人を見比べた。
    綺麗な人だ。夢のように綺麗で、儚げで……でも、何かが普通じゃない。当たり前かもしれない、絵の中に―――物語の中にしかいない人なんだから。


    女の人は無表情のまま、すうっと片手を上げて手招きした。
    あたしはぞっとする―――この人、あたしやあの人を見ていない。目はこっちに向いてるけれど、あたしやあの人を透かしたもっと遠くをしか見ていない。

    (携帯)
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■5875 / ResNo.53)  奈落・45
□投稿者/ 葉 軍団(102回)-(2009/05/18(Mon) 00:45:44)
    「だめだってば……」
    あたしはあの人にしがみつき、絵筆を走らせるのを止めようとする。
    しかしあの人は何も聞こえていないようで、しつこく縋るあたしは腕のひと薙ぎで振り払われた。


    「だめだよ、ねえ、お願い……」
    あの人の筆の進みは早く、みるみるうちに舟の女の人の姿が写し取られていく。
    あたしは涙を流していた。そのせいで視界がぼやけ、あの人の姿が二重にだぶって見える。まるであの人が二人いるみたいだ。どうしたらいい、どうしたら―――


    視線をさまよわせる先に灰皿とライターがあり、あたしはそれに飛びついた。
    あの人は怒るだろうけど、きっとこうした方がいい。こんなふうに描かなくたって、もっと普通に描けると思うもの。


    あたしはあの人の描きかけの画布をひったくり、火をつけて自分の胸に抱き込んだ。
    熱いと思ったのは一瞬で、火に巻かれてしまえば気にならなくなった。


    舟の女の人は知らない。
    あの人が火柱を上げるあたしを引き寄せ抱き締めようとしたが、あたしはあの人を突き飛ばした。


    あの人が抱き締めようとしたのがあたしだったのか、描きかけの絵だったのかは分からなかったけど、あたしは少し、嬉しかった。


    (携帯)
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■5877 / ResNo.54)  奈落・46
□投稿者/ 葉 軍団(103回)-(2009/05/19(Tue) 00:03:54)
    「―――ふん」


    私が放った財布から取り出したレシートを一瞥し、環は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
    「スーパーのレシートまで、主婦みたいに溜め込んでんじゃねえよ」
    「何とでも言え」
    投げ返された財布を文机に放り、私はごろりと横になる。
    最初から見せれば良かったが、しつこく繰り返されるまで忘れていた。
    「西屋も東屋も中抜けは出来ない。入店時刻と退店時刻しか残らない。知ってるだろ」
    「信用したわけじゃないからな」
    「勝手にしろ」
    環に向けた背中に丸めたレシートをぶつけられたが、立つ腹も立たない。本当に、私は西屋には行かなかったのだから。


    ただ……
    口にすれば話が更にややこしくなるだけだと思って黙っていたが、似たような出来事はあった。
    東屋の二階の角部屋で、おおっぴらにはできない見世物を垣間見たのは本当だ。環が見たと言う女二人と少女一人の絡みだったのも、その後に露天風呂でからかわれていた少女を庇った事も。


    しかしその後、少女とは浴場の外で別れたきりだ。興行主も帰ってしまったと言うその娘に、嘘かもしれないと思いつつ、幾らか渡してそこで別れた。環があまりに見て来たような事を言うので、西屋から中抜けして東屋に来たのはあんたじゃないのかと何度も言いかけ、面倒になって止めた。


    「……あんたは持ってないのか、レシート」
    環は肩をすくめる。
    「税金の計算なんざ、とうの昔に若いの任せだ」
    気楽なものだと私は呟く―――あんたはいいな、掻き回したいだけ掻き回せて。
    環は時々、東京からわざわざ、わけの分からない言いがかりをつけにやって来る。慣れるまでは辟易したが、ひょっとしたらこいつは寂しいのかもしれないと思い、そう思う自分を老いたと感じた。


    このまま更に年を取り、牙を抜かれ、永久に失われたものを再現できず、それを互いに受容する日が来るのだろうか。


    考えた事もない。
    考えたくもない。だが……

    (携帯)
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■5878 / ResNo.55)  奈落・47
□投稿者/ 葉 軍団(104回)-(2009/05/19(Tue) 00:46:10)
    玄関の引き戸が開く音。


    「ただいまぁ―――姉はん、お鍋、どうしやはったの?……」
    無邪気な、語尾がふうわりした京言葉。
    あのひとの娘。私の……私と環の妹の、六道だ。
    「イヤ―――何やのん、これ……」
    食材の買い物でもしてきたのか、直行したとおぼしき台所から悲鳴が響く。
    「やばい」
    環が畳を蹴って立ち上がり、暖簾をくぐって台所に向かう―――どうせ私のせいにするのだ。六道と過ごす時間が長い分、それくらいは目をつぶる。


    畳に転がる紙きれを拾って屑籠に放り、私はふと考え込んだ。
    別々の場所にいて、もしも自分達も知らぬ間に、同じものを見る事があるのなら……


    使えるかもしれないな。
    ほんの一時の手間賃稼ぎ、一枚いくらの物語には。





    (携帯)
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■5879 / ResNo.56)  奈落・48
□投稿者/ 葉 軍団(105回)-(2009/05/19(Tue) 01:16:36)
    ―――姉は血を吐く、妹は火吐く、可愛いトミノは宝玉を吐く。
    ひとり地獄に落ちゆくトミノ、地獄くらやみ花も無き……


    他にする事もないから、覚えてしまった。
    あたしは気付いたら、狭いのか広いのか分からない、深い深い真っ暗闇の底にいた。


    ぼんやりと思い出した事を順序立てて繋ぎ合わせると、どうやらあたしは死んだみたいだ。


    あの人はいない。いないって事は、死んだのはきっと、あたし一人だ。火の勢いが強くなった途端に分からなくなったけど、突き飛ばしたあの人は死ななかったんだ。


    良かった。


    描きかけの絵を燃やしちゃったけど、あたしはこれでいい。あの人が生きていれば、それでいい。


    ……暗いなあ。ここは暗い。
    ずうっと上の方には、仄かに青く揺らめく光がある。今なら分かる。あれは水面だ。
    どこかから、木の軋るような音。舟を漕ぐ音かな。死んだら舟に乗って、川を渡るんだったっけ。


    ―――別に、乗らなくてもいいや。
    川を渡るより、海の底にいると思ってる方が気持ちいい。あたしはあの人が描こうとしてた舟の女の人みたいに綺麗じゃないけれど、海の底にいるみたいだったあの女の人に、なれるような気がするから。


    それに確か、川を渡るにはお金がいるよね。
    あたし、持ってないし。





    (携帯)
完結!
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■5880 / ResNo.57)  感想
□投稿者/ 真理 一般人(5回)-(2009/05/19(Tue) 02:02:43)
    とっても面白かったです♪
    次の作品も楽しみにしています^^
引用返信/返信 削除キー/
■5886 / ResNo.58)  喫煙所
□投稿者/ 葉 軍団(106回)-(2009/05/19(Tue) 23:09:40)

    ぬるいな。


    濡れ場が足りねえんだよ、濡れ場が。



    ………お付き合い下さった方々、どうもありがとうございました。

    (携帯)
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■5887 / ResNo.59)  Re[3]: 喫煙所
□投稿者/ momo 一般人(2回)-(2009/05/20(Wed) 10:53:24)
    2009/05/27(Wed) 15:00:42 編集(管理者)

    お疲れ様でした。
    今回はかなり難しくて何度も読み返してしまいました。

    結局私は話を把握しきれたのかしら?と、少し苦笑いです。
完結!
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