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■5897 / 親記事)  Danse Macabre
  
□投稿者/ 葉 軍団(108回)-(2009/05/22(Fri) 22:43:01)
    「―――県の発症者は二百人を超え、政府は隣接する県境に医療検問所を設置し、さらなる感染拡大を防ぐため……」

    もう珍しくもなくなったが、番組の最中に画面が臨時ニュースに切り替わり、私と来客の視線をそちらに向けた。
    「……異常を感じた方は、まず地域の保健所の相談センターにお電話して下さい。みだりに治療機関や人が集まる場所へ行かず、冷静な行動を……」
    私はリモコンに手を伸ばし、テレビを切った。
    「怖くないんですか」
    私の動作を目で追っていた来客が呟く。名刺は貰ったが名前は覚えていない。週刊誌の記者とだけは覚えているが。
    「……実感がないだけです」
    思ったままの事を私は呟く。怖いと言うなら、東京からはるばる爆心地にやってきた記者の方が怖いのではないだろうか。
    「早く帰られた方がいいですよ」
    まだ噂に過ぎないが、県境が封鎖されると聞いている。この県は東京からは離れているが、ここで発生したウィルスは異常に伝播が早い。国土のほぼ真ん中にありながら隔離されるのは当然であり、脅威だった。
    「飛んで帰りますよ、この取材が終わったら」
    記者は笑顔で答えるが、少し無理のある笑顔だった。
    「もう終わっているでしょう? 私、知ってる事は全部お話しましたよ」
    私は少々うんざりして言い募る―――食糧や日用品の買い出しも済ませている。会社にも行く必要はない。望まぬ来客を前にして、外出する口実がないのは不便な事だった。
    「……本当に、ですか」
    私と同じくらいの年齢だろう。垢抜けた身なりの女性記者は、声に少し力を込めた。
    「本当に、全部話して下さったんですか……?」
    私は無言で彼女を見つめる。


    互いを隔てるテーブルには、一枚の絵葉書が載っていた。

    (携帯)
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■5898 / ResNo.1)  Danse Macabre 2
□投稿者/ 葉 軍団(109回)-(2009/05/22(Fri) 23:43:58)
    「……<死の舞踏>。ハンス・ホルバインの木版画ですね」
    記者は絵葉書に目を落とし、呟いた。
    「15世紀のヨーロッパで蔓延した黒死病から生まれた概念―――死には老若男女・貴賤の区別はないという観念であると同時に、死を恐れ生への執着に我を忘れた人々の集団ヒステリーを描いたもの……でしたよね」
    「詳しいんですね」
    「美術史専攻でしたから」
    私たちは再び絵葉書に目を向ける。
    そこには、墓場で楽しげに踊る骸骨の群れが描かれている―――町人や貴族、若い娘……その衣装や装飾品、持ち物でしか素性が分からない。見ようによってはコミカルで、微笑ましい光景だ。
    「……似ていますね、今のこの国に」
    私が考えていたことと同じ事を、記者が口にした。
    「この感染症にも似ています。発症して3日から5日で敗血症を起こし、全身を黒い痣に染められて死ぬ―――ウィルス自体は未解明ですが、黒死病と呼ばれたペストにとても似ている」
    「よく似ているけど、どこかが違うらしいですね」
    気のない返事を私は返す。識者の推測なら、聞き飽きるほどテレビで聞いていた。
    「ウィルスは生き物だから、置かれた環境に適応するために変異を繰り返す。だから、従来の治療法で死滅しないウィルスも現れる……きっと、きりがないんでしょうね」
    「現れた時の対処を誤らなければね」
    記者は、私の呟きを遮った。
    私はぼんやりと彼女を見つめた。
    「感染症が発生した時、その発生場所を知るのが重要だとはご存知でしょう?」
    「感染の広がり具合から、それはもう不可能だとニュースで言っていましたが」
    「不可能でなかったら、感染の拡大を防いだり、感染者の致死率を下げる役に立つのかも」
    私はうなだれ、首を横に振る。


    「……私では、お役に立てません」
    記者は勢いを削がれてきれいに描いた眉をひそめ、恨めしそうな目で私を睨んだ。

    (携帯)
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■5899 / ResNo.2)  Danse Macabre 3
□投稿者/ 葉 軍団(110回)-(2009/05/23(Sat) 22:16:42)
    私の周囲のみならずこの国、そして世界が死神の引く黒い裳裾に覆われる予感の中にあっても、私の脳裏に浮かぶのはまったく別の光景だ。


    灼けつく陽射し。入道雲が浮かぶ青い空。陽射しを跳ね返して輝く濃緑の葉の群れ。白いTシャツにブルージーンズとスニーカーをつっかけた留津。


    「―――労働の後は、これしかないでしょ?」
    ダイエットの為に通い始めたスポーツジムの玄関だった。プールで泳ぎ疲れ、自販機で何を飲もうか迷っていると、横から出た手が硬貨を投げ入れ缶ビールを取り出すと、気持ちよい音をたてて蓋を開け、きゅーっと缶を傾けた。
    それがつい先刻まで、プールサイドの梯子イスに座っていた監視員だと気付くまでには時間がかかった。あまり泳ぎが得意でない為、恥ずかしくてそちらを見ないようにしていたからだ。


    その時はいい印象を持たなかった。一日千メートルだとか躍起になっていた頃だから無理もないが、もともと人見知りする方だった。
    しかしある時、泳いでいる最中に流れたBGMがやけに気になり、帰り際には受付にいた留津に声をかけた。
    優しく短い女性の歌声がイントロの、ヴァイオリンを基調にした流麗で美しい曲だった。
    私の問いに、留津は瞳を輝かせた。
    「ア・リトル・スコティッシュ・ファンタジー。ヴァネッサ=メイの」


    その時から、私は留津と親しくなった。

    (携帯)
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■5900 / ResNo.3)  Danse Macabre 4
□投稿者/ 葉 軍団(111回)-(2009/05/23(Sat) 23:50:25)
    郊外のスポーツクラブの近くの一軒家が留津の家だった。


    「もとは廃屋だったの。だから安かった」
    郊外と言っても元々が片田舎。さらにその外れだから、街よりも山や川が近かった。
    「夜は静かだし、ちょっと前までは蛍も出たよ。じきに鮎釣りの解禁だから、車が増える」
    私は最初は呆気にとられ、それから妙に納得した。小さいながらに縁側もある川べりの木造の平屋には不思議な温かみがあり、それは留津によく似合っていた。
    「家族は?」
    「いない。気楽なもんよ」
    留津は清々しくそう答え、働いては金を貯め、貯まったらバックパッカーをしていると語った。
    「昔は南米とかヨーロッパも行ったけど、ここ最近はもっぱらアジア専門。手近だからね」
    「……危なくない?」
    「危ない時もあるけど、好きだから。本当に危ない所はさすがに避けるよ」
    「すごいね、あたしには無理」
    「全然すごくないよ。普通に過ごしてる方がすごい」
    何の皮肉も、気負いも感じさせずに留津は言った。
    ―――普通に過ごしていく方が大変なこと。事あるごとに留津はそう言った。
    平凡に会社勤めして何とか自活している私には、目的のために働いて、リスクを負って好きな事をしている留津が羨ましく思えた。それを誇示せず、むしろ卑下するような態度にさらに惹きつけられた。


    「……またどこかに行く時は、今のジムは辞めるの?」
    CDやDVDを借りるついでに、ただぼんやりと過ごすために留津の家に行った時、そんな問いかけをした事がある。
    「どうしようかな……けっこう融通はきくんだけど、長くいるといろいろあるしね」
    「前に言ってたわね、ジムにいる綺麗な人がオーナーだって」
    その時に留津が目を反らした意味を知るのは、もっと後の事だった。
    「奈緒ちゃんはプールにしか来ないから、分からないと思うけど……」
    後から思えば妙に歯切れの悪い口調で留津は言った。
    「ジムには来ない方がいいよ。常連のサロンみたいになってるから」
    「行けないわよ。そこまで払えるお金ないもの」
    乾いた声をたてて留津が笑った。


    ……そんなやりとりも、あるにはあった。

    (携帯)
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■5905 / ResNo.4)  Danse Macabre 5
□投稿者/ 葉 軍団(112回)-(2009/05/25(Mon) 00:17:03)
    沈黙に耐えかねてテレビをつけると、見覚えのある顔が大映しになっていた。


    「どうして―――」
    プールの小学生向けの水泳教室に来ていた若い母親だ。これもまた見覚えのある病院の待合室でマイクを向けられ、悲鳴に近い声をあげている。
    「どうして大学病院にも行けず、お医者さんも来てくれないの?―――うちの子にはもう黒斑が出てるんです。こうしてる間にも……」
    その背後には、これまで映画でしか見た事がないような防護服の人々が右往左往し、それ以上の普段着の外来患者――老若男女問わず――がひしめいている。
    怒号や、何かを急かすも聞こえる。見覚えはあるけれど、それが近所の病院という気がしない。
    カメラが視点を切り替える際に、防護服姿の看護師たちが押すストレッチャーがちらりと映った。
    ……あの人も重症に陥ったのか。ジムの奥のサウナでは、女王のようだったのに。


    「あ……」
    ニュース速報を伝える短い音声に、記者が低く息を飲む。
    ―――隣接する三県に、それぞれ十数人ずつの感染者が確認された。
    そのうちのひとつには、国際空港がある……

    (携帯)
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■5906 / ResNo.5)  Danse Macabre 6
□投稿者/ 葉 軍団(113回)-(2009/05/25(Mon) 01:04:38)
    「若い子はいいわね、肌が綺麗で」


    いつもはシャワーを浴びるだけだが、たまにはと思って入ったミストサウナで、初めて『常連のサロン』の一人に声をかけられた。
    「ここでもエステはやってるけど、あなたは見ないわね。よそでお手入れしてるの?」
    他人を褒める必要がないほど艶やかな肌の女性にそう言われ、私はたじろいだ。
    ……幾つくらいなんだろう。雰囲気は三十代後半から四十代の初めくらいだが、恐ろしいくらいスタイルが良く、それを自覚している。
    「……何もしてないです」
    「あら、羨ましい」
    小さな声で答える私に向かって手を伸ばし、彼女は私の肩をつるりと撫でた。
    ―――悪寒が走った。単に撫でると言うものでなく、手の平で舐め上げるような触り方だった。
    「やめなさいよ」
    彼女の隣から、もう一人の女性が口を挟んだ。そちらも妙に艶があり、一見して普通の主婦や勤め人には見えなかった。
    「怖がってるじゃないの、可哀想に」
    「嫌ねえ。苛めたりしてないわよ……ねぇ?」
    私は身体を小さくすくめ、曖昧に頷くのが精一杯だった。
    「赤くなってる。可愛いのね」
    しかし後から口を挟んだ女性は、最初の女性の膝越しに身体を乗り出し、巻きつけたバスタオルがはだけるのも構わずにこちらに手を伸ばした。
    「肌が水気を弾いてる……やっぱり、若いと違うわね」
    身体を退く暇もなく、私はバスタオルを引き下げられて乳房を撫でられた。


    慌ててサウナ室を飛び出る背中に、淫靡な含み笑いが投げかけられた。
    無性に恥ずかしく、悔しかった。

    (携帯)
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■5907 / ResNo.6)  Danse Macabre 7
□投稿者/ 葉 軍団(114回)-(2009/05/25(Mon) 01:37:04)
    サウナ室での顛末を話すと、留津は呆れた顔をした。


    「だから、行くなって言ったじゃん」
    「あんなんだと知ってたら行かなかったわよ」
    留津は、しょうがないなあと呟いた。
    「それだから、知ってる人はあの時間帯にはジャグジーやサウナには行かないんだよ。苦情もあったけど……でも、あの常連はオーナーの友達だし」
    「どういう人達なの?」
    触られた不快感がまだ消えない私が眉をひそめて尋ねると、
    「有閑マダム」
    と留津は一言で言い切った。
    「いろんな人がいるよ。美容院のオーナーとか、スナックのママとか……うちのオーナー、エステもやるじゃん。そういう付き合いの人達だろうけど」
    「……何か、嫌な感じだった」
    溜め息をつく私の膝に、留津は色鮮やかな布―――インド在住の知人を介して買って貰った生地―――を投げかけた。
    「お金も暇もある人達の中には、そんな人もいるって事だよ」
    納得したわけではないけれど、私はしぶしぶ頷いた。



    (携帯)
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■5908 / ResNo.7)  感想
□投稿者/ 真理 一般人(6回)-(2009/05/25(Mon) 20:26:04)
    また続き、楽しみにしています^^

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■5909 / ResNo.8)  NO TITLE
□投稿者/ 葉 軍団(115回)-(2009/05/25(Mon) 22:27:26)
    いつもありがとうございます。

    なかなかまとめて書けませんが、お暇な時に見てやって下さい…

    (携帯)
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■5911 / ResNo.9)  Danse Macabre 8
□投稿者/ 葉 軍団(116回)-(2009/05/25(Mon) 23:16:01)
    梅雨が来て、細かい雨が静かに降る日が続くと、留津の家は水の中にあるようだった。
    「川の音が凄いね」
    普段から水音はしているが、雨が続くとせせらぎが濁流になる。滝の近くにいるような感じだった。
    「洗い流されるような気がして、気持ちがいいよ」
    縁側でのどかに切り花を活けながら留津は言った。
    「出口のない水は濁る。流れる水はいつか海に着く……」
    「何かの詩?」
    「適当に言っただけ」
    留津は紫陽花を活けた小さな水盤を持ち上げ、奥に運ぶ。中古の家についてきた小さな古い仏壇に、留津は律儀に供花を欠かさなかった。


    「立派なお墓や仏壇を作っても、いつかは世話する人がいなくなる。そう思うと切ないよね」
    供花を置いて戻って来た留津が呟いた。
    「自分の時は、灰を川に撒いてもらえりゃいいや」
    「海まで行けるかしら」
    まぜっ返す私に、大真面目に留津が答える。
    「蒸発して大気に混じって、また雨になって降ってきて、その繰り返しかな。それも悪くない」
    「酸性雨になって降って来るかもよ」
    家を訪れてもこうした他愛もない話しかしなかったが、そういうひとときが何故かひどく心地よかった。


    「天気のいい時なんかはさ」
    縁側から見える山の木立を指差し留津は言う。
    「ああいう葉っぱがざわざわ揺れてると、今度生まれる時はああなりたいと思ったりする」
    「自分で動けなくて嫌じゃない?」
    「意識も自我も、もう要らない。それならいいよ、ああいう人生も」
    そして互いにぼんやりと、雨に煙る景色を眺めた。


    厭世的な口調ではなかった。そういう物言いをする人ではなかった。ただあるがままを肯定し、同化を願うような人だったと、今でも思う。


    今でも……



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