SMビアンエッセイ♪

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■5913 / ResNo.10)  Danse Macabre 9
  
□投稿者/ 葉 軍団(117回)-(2009/05/26(Tue) 22:42:47)
    ……最も古い黒死病の記録は、西暦540年代前半のエジプトから始まる。


    鼠を宿主とするペスト菌が蚤などを媒介して人間に取り憑くこの感染症は、その後19世紀にワクチンが開発されるまで周期的に猛威をふるい、特に中世ヨーロッパでは村や町が壊滅するのも珍しくなく、当時の人口の三分の一を葬り去るほどの厄災となった。


    西欧人が免疫を持たなかったこの病は、西欧に侵攻したモンゴル軍や、中東遠征から帰還した十字軍兵士がもたらしたとも言われる。14世紀の大流行では、臨終の際に赦しを与える司祭や僧侶、棺桶さえもが極度に不足し、埋葬もできないほどに溢れる死者の上には粗末な鉛の十字架が直に置かれて弔いとされた。


    西欧での大流行に歯止めをかけたのは17世紀の「ロンドンの大疫」。疫病を運ぶのが鼠だとは誰も知らぬまま、ロンドン市街を焦土と化した大火事が、汚染された街を浄化した……

    ―――いいのか悪いのか分からないような話だな。
    そこまでPCで検索して知った時、私はひっそりと溜め息をついた。

    (携帯)
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■5914 / ResNo.11)  Danse Macabre 10
□投稿者/ 葉 軍団(118回)-(2009/05/26(Tue) 23:16:16)
    「……この感染症が公になる前に、この町で死者が出ていますね」


    訪問されてすぐに言われた事を、記者は繰り返す。
    「本来ならすぐに保健所に通報するべきだったのに、病院の医師はそれをしなかった。亡くなったのはその女医の友人。二人とも、同じスポーツクラブに通っていた」
    「……それは知りませんでした」
    私も同じ言葉を繰り返す。
    (―――あの時、女医さんはいなかった)
    「私たちはクラブの会員と、その利用歴を調べられるだけ調べました―――この町の初期の感染者のほとんどが会員で、同時期にクラブを利用していた事も分かっています」
    私は何も答えない。
    (―――それでも、感染は人を選ばなかった)


    「あなただけなんです」
    繰り返された言葉だが、込められた苛立ちが私を現実に引き戻す。
    「感染が発生した時期にクラブを利用して、感染していない会員はあなただけです。あと―――」


    あと、恐らくはもう一人。
    あの日以降に出勤したクラブの職員は、全て感染した……

    (携帯)
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■5915 / ResNo.12)  Danse Macabre 11
□投稿者/ 葉 軍団(119回)-(2009/05/27(Wed) 00:21:20)
    平日に休みがある仕事の私は、比較的空いている平日の午後にプールに来る事が多かった。


    その日は留津は受付にいたが、館内には私の好きな曲を流してくれた。一時間あまり泳いだ後、心地よいけだるさの中でシャワーを浴び、ロッカールームに足を踏み入れた。
    くすくす、というくぐもった笑い声がすぐに聞こえた。
    ロッカールームは広い。最初は他に着替えている人達がいるんだろうと軽く思ったが、バスタオルで髪を拭う手が自然に止まった。
    「やだぁ……」
    聞き覚えのある声だった。
    私は無意識に水着の上にバスタオルを固く巻きつけ、自分のロッカーからそっと離れた。
    立ち並ぶロッカーのいくつか先まで息をひそめて歩み寄り、恐る恐る顔を覗かせ、凍りつく。


    「駄目だってば……」
    二人の女性がロッカーにもたれ、戯れている。
    片方はこの間、サウナにいた女性。もう一人は初めて見る。どちらも半裸で乳房は露わ。どちらの手も相手の乳房に伸びている。
    「たまには違った場所もいいじゃない……ほら…」
    「いいけど……早くね」
    一人が相手の胸元に屈み込み、片手で乳首を弄りながらもう一方を唇に含む。そのまま頭を上下させ、指先がやわやわと動き出す。
    「ん……ああ…」
    愛撫を受ける女性がうっとりと目を閉じ、背中をロッカーに押しつける。
    「やだ、冷たい…」
    「すぐに平気になるわよ」
    顔を上げた女性がにやりと笑い、自分の乳房を両手で持ち上げ、乳房と乳房を擦り合わせる。
    「―――あ、あっ……」
    離れた場所からでも唾液に濡れた乳首が尖り、粘りつきながら擦れ合うのが見える。
    「あ……ああ、いい…」
    互いの乳房を捧げ持ち、敏感な部分を擦り合わせるうちにロッカーにもたれた女性の両脚が自然に開き、時折爪先立ちになる。もう一人がゆっくりと相手の腰を抱き、舌でちろちろと乳首を舐め上げ、舐め下ろす。
    「ああ…いい……」
    「早く終わりたい?」
    「いや……もっと…」
    「ほら、やっぱり…」
    舌技をふるう女性はくすくす笑い、すうっと跪く。
    覗き見する私の身体の奥が、ぞわりと疼いた。
    「―――あっ……」
    跪いた女性がロッカーにもたれる女性の脚の間に顔を埋め、乱れかける腰を抱きしめた。その頭がゆっくり動き始めると、漏れる喘ぎが激しくなった。
    「あっ―――あ、あ……はあ…あ」
    耳を塞ぎたいと思ったが、無理だった。頭にぼんやりとモヤがかかったようになり、喉がからからに乾いていた。

    (携帯)
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■5916 / ResNo.13)  Danse Macabre 12
□投稿者/ 葉 軍団(120回)-(2009/05/27(Wed) 00:46:41)
    「だめ―――ねえ、もう……」
    下着を足首に纏わりつかせ、淫らに掲げた爪先でもう一人の背中を撫でながら、甘くねっとりした哀願が辺りに響く。
    「ねえ、お願い……もう――ああ…」
    恍惚と上半身を仰け反らせ、その手は自らの乳房を揉みしだき、指先で乳首を擦り上げる。
    バスタオルを掻き合わせていた私の指はいつしか水着の中に滑り込み、彼女と同じ場所をさまよい始める。彼女が自ら与える刺激と、もう一人から与えられる快楽の源に……


    「ああっ―――」
    ロッカーに身体を押しつけた女性が短く叫ぶのと、私が背後から腰を抱えられるのが同時だった。
    振り返りざまに思いがけない女性の顔を見て、私は反射的に身をよじって駆け出した。


    しばらく経って受付のあるホールに出ると、事情を知らない留津が笑顔で手を振っていた。

    (携帯)
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■5917 / ResNo.14)  面白い
□投稿者/ 瑞穂 一般人(1回)-(2009/05/27(Wed) 13:43:31)
    葉さんの小説、大好きです。
    ぜひ、続きお願いします。
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■5918 / ResNo.15)  NO TITLE
□投稿者/ 葉 軍団(121回)-(2009/05/27(Wed) 22:07:00)
    そう言って頂けると嬉しいのと恥ずかしいのとでえらいことになります。

    何とかの一つ覚えですが、ありがとうございます…

    (携帯)
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■5919 / ResNo.16)  Danse Macabre 13
□投稿者/ 葉 軍団(122回)-(2009/05/27(Wed) 22:51:02)
    「―――元気ないね」
    車のハンドルを手繰りながら留津が呟く。


    「誘ったら悪かったかな?」
    「そんな事ないよ」
    よく晴れた日の、日本海沿いの国道をゆくドライブの最中だった。
    陽射しは強いが、まだ海開きはしていない。渋滞もなく人の姿も少ない海辺の景観は、心が晴れない筈がないものだった。
    「……この頃プールにも来ないけど、何かあったの?」
    「何もないよ」
    私は頑なに首を振る。
    「……少し忙しくて、疲れてただけ。もう夏バテしたのかな」
    「それならいいけど……」
    私に向けていた目を前方に戻し、留津は緩やかなカーブをいくつかやりすごした。
    「―――私もさあ」
    不意に口調を変えて留津が言う。
    「あのクラブ、そろそろ辞めようかと思うんだ」
    私は顔を上げ、留津の横顔を見つめた。
    「旅に出るの?」
    「うーん……」
    留津は煮え切らない声をあげた。
    「それもいいんだけど……そろそろ潮時かな、なんて思ったり……」
    一つの職場で過ごすのは、鋳型に自分を嵌め込むようなものでしょう?と留津は言った。
    「勤め始めて、しばらくは鋳型に嵌るように努力して……で、あらかた嵌った辺りで息切れが出てくるんだよね」
    「何となく分かるわ」
    私の呟きに、留津はちらりと笑みを返した。
    「いかにも怠け者の言い訳なんだけどね。大抵の人は息切れしても踏ん張ってるし」
    私は踏ん張っている方だが、仕事や生活の愚痴は留津よりはるかに多い。
    留津はほとんど愚痴を言わない。客や同僚の悪口も口にしない。初めは単に口が固いのかと思っていたが、徐々にそういう性質なのだと感じるようになっていた。だから、潮時だと聞いたのは少し驚きだった。


    「……疲れたの?」
    恐る恐る、私は尋ねた。
    仕事を楽しんでいるように見えていたのに。
    留津はちらりと私を見て、苦笑いした。
    「ちょっとね」
    仕事を―――生活を楽しんでいるように見える人は、その裏では際限もなく神経を擦り減らしているのかもしれない。


    そんな事を、初めて思った。

    (携帯)
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■5922 / ResNo.17)  Danse Macabre 14
□投稿者/ 葉 軍団(123回)-(2009/05/27(Wed) 23:57:43)
    それまでエニグマの伸びやかな「リターン・トゥ・イノセンス」、ひそやかなDeep Forestの「スイート・ララバイ」といった楽曲を流していた留津が、不意に大仰なクラシックを車中に流した。


    「聴いた事あるわ、これ」
    「フィギュアスケートで結構流れるね」
    派手でどこか滑稽味のある交響曲を、サン=サーンスの「死の舞踏」だと留津は言った。
    「中世ヨーロッパでペストが流行った時の様子を曲にしたんだってさ。La Danse Macabre。英語ではDance of Death、ドイツ語ではTotentanz……リストも、同じ題で曲を作ってる」
    「たくさんの人が死んだ病気で、こんな明るい曲を?」
    訝しむ私に、留津は言った。
    「曲自体はずいぶん後に出来たものだけど、あまりにも酷い事があると、もう笑うしかないって時もあるよね」
    曲に描かれているのは踊り狂う骸骨の群れ。夜明けと共に墓場に帰る―――と留津は続けた。


    「よその国で、似たようなものを見たよ」
    何気ない口調だった。
    「何の病気か分からないけど、流行り病で死んだ人を投げ込む穴があって―――すごい数のね。で、その穴の縁では、賑やかなお祭りをやってるの。強烈だったよ」


    ―――生者は死を恐れて狂騒し、死者は逃れる場所などないと嘲笑し、生者をさらに狂乱に陥れ……


    車に乗っているだけでも汗ばむ陽気なのに、私はなぜだか寒気を覚えた。

    (携帯)
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■5923 / ResNo.18)  Dance Macabre 15
□投稿者/ 葉 軍団(124回)-(2009/05/28(Thu) 23:05:18)
    「……海外に行くほどのお金がない時に、よく来たんだよね」
    敦賀の街を抜けて常神半島に入り、その先端に近い海水浴場でしばらく過ごした。
    「大抵、夜通し走ってここまで来るの。疲れたら路肩で寝たりして」
    砂浜で靴を脱ぎ、足を冷やしながら留津が言う。
    「よく拉致されなかったわね」
    「不審船なんて見た事ないよ、夜釣りの人か、カップルくらい」
    海無し県民の私には、水平線や潮の香りはやはり格別だ。足首から下を波が行き帰する感触と、足の下の砂が心地良い。
    「やっと笑った」
    留津の言葉に顔を上げる。彼女は、こちらを向いていなかった。
    「―――何があったか、大体分かるよ」
    私は息を飲む。
    返す言葉も見つからない。
    「ちゃんと言っておけば良かった。私が悪い」
    私は何も言えずに立ちつくす。
    言いたい事はあるのに、言葉にならない。
    「あの人たちは好きでああしてるから何も言う気はないけれど、奈緒ちゃんは違うでしょ。だから……もう来ちゃ駄目だよ。あそこには」
    「―――あのね、留津」
    私は声を絞りかけた。だが、留津は私に背を向けたままで腰に手を当て、調子外れの大声で歌い始めた。
    「―――波のぉ、まにまにぃ、命の花があ―――」
    私は呆れ、釣られて笑った。


    「頑張って新潟まで北上すると、翡翠の原石が採れる海岸があるよ」
    「行きたい。今度はそこにしようよ」
    海は穏やかに凪いでいた。
    それが、私の知っている留津との最後の光景だった。

    (携帯)
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■5924 / ResNo.19)  Dance Macabre 16
□投稿者/ 葉 軍団(125回)-(2009/05/28(Thu) 23:48:58)
    「―――総理官邸から、緊急会見の模様をお伝えしました」


    私も記者も、喋る気力もなくテレビの画面を眺めている。
    感染者数は増える一方だ。そして明らかに私がいるこの県から、物凄い速度で拡大している。


    聞き覚えのある曲が流れる。

    ―――Carly don't be sad
    Life is crazy
    Life is mad
    Don't be afraid……

    荘厳なグレゴリオ聖歌と硬質なクラブミュージックが溶け合う旋律は、エニグマの「カーリーの歌」だ。

    カーリー、悲しまないで
    人生は狂っているの
    人生は狂気の沙汰なのよ
    怖がらないで……


    「冷静な行動を心がけて下さい」
    ある時点から、どのチャンネルでも同じ言葉が流れるようになった。
    「このウィルスは遺伝的なものではありません。また、特定の地域からしか発生しないウィルスでもありません。感染者には偏見を持たぬよう……」

    迫害が始まる。中世ヨーロッパでは異民族ゆえの偏見が黒死病を広めたとの風評に直結し、多くのユダヤ人が虐殺された。この国でも関東大震災の直後には、マイノリティだった朝鮮人が同じような目に遭った。先進国民と気負う私たちには、死や病を気枯れ(穢れ)とみなす遺伝子が染みついている……


    ―――Carly don't be sad
    That's your destiny
    The only chance
    Take it, take it in your hands……

    カーリー、悲しまないで
    それがあなたの運命
    チャンスは今だけ
    捕まえて、しっかり手で掴むのよ……


    私は、胸のうちでひっそり呟く。
    最後のチャンス―――そうかもしれない。
    でも、何の?……

    (携帯)
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