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■5946 / ResNo.30)  Danse Macabre 25
  
□投稿者/ 葉 軍団(135回)-(2009/06/01(Mon) 14:02:52)
    2009/06/01(Mon) 21:22:13 編集(投稿者)

    「動かないで」


    低く抑えた声で留津は言い、私を引き寄せて手の平で口を塞いだ。
    「あの人達がそこを通るから、声を出さないで」
    そんな言葉をかけられなくても、声など出なかった。
    どうして、今ここで留津に会わなければならないのか。これならまだ、ぼろぼろになった昨夜の方が百倍ましだった。私は今、自分の意志でここに来たのだから……
    「放っといて」
    頭を振って留津の手を払い、私は吐き捨てた。
    「分かってるんでしょ? 私がなんでここに来たか―――だから放っといて。見ないで」
    「……黙って」
    留津は再び私の肩に腕を回して抱え寄せ、口を塞いだ。
    閉じられたドアの向こうで、複数の女性の気配がした。
    話し声や足音が間近に聞こえては遠ざかり、それが幾度か繰り返される。
    私は思いがけぬ強い力に押さえられながら、ドアの隙間から漏れる非常灯に照らされた留津の横顔を見つめた。


    私はおののいた―――初めてこんなに間近に見るその顔には表情がない。冷ややかで、冷酷と言ってもいいほど醒めていた。
    私は混乱した……これは本当に留津なのか? あの女性達が何かを目論んで、留津に化けているのでは? そんな突拍子のない疑念が湧くほどに、目の前にいる留津はいつもと違っていた。
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■5948 / ResNo.31)  Danse Macabre 26
□投稿者/ 葉 軍団(136回)-(2009/06/01(Mon) 22:12:38)
    「―――帰ろう」


    低く、淡々とした声で留津が呟いた。
    独り言のような声だった。
    「帰って……忘れようよ、全部―――」
    自分の事も忘れろと言っているのが分かり、私はわけも分からず激昂した。
    「そんなの無理よ」
    私は留津に食ってかかった。
    「分かってるんでしょ?……簡単に忘れられるくらいなら、こうしてまた来やしないわ。あなたがいても、いなくても」
    ……そうやってまくし立てながら、私は自分の気持ちを理解した。
    同情されるのは御免だし、誰かのせいにして忘れたふりをするのも誤魔化しでしかない。せめて自分で選んだと言い切らなければ、惨めなのは私自身だ……


    「分かってるよ」
    長い沈黙の後、私は留津の声を聞いた。
    深く沈んだ、恐ろしいほど抑揚のない声だった。
    「………え?」
    私は目をしばたかせる。向かい合って立つ留津の片手が私に伸び、喉にかかった。
    「―――何……」
    私は身体を震わせる。首を絞められると、とっさに思った。
    けれどもその手は私の頬に触れ、乱れかかった髪をそっと払った。
    「留津―――?」
    距離を詰められ茫然と立ちすくむ私の顔を自分に向けさせ、留津は唇で私を黙らせた。

    (携帯)
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■5949 / ResNo.32)  Danse Macabre 27
□投稿者/ 葉 軍団(137回)-(2009/06/01(Mon) 23:29:37)
    「いや………」
    混乱する頭で、私は必死に言葉を絞り出した。
    「やめて、留津―――」
    壁に押しつけられ、キスを繰り返されながら私は懇願した。
    留津はそれを無視して私の唇を塞ぎ、身体を抱き寄せる。
    容赦のない力だった。私は壁と留津の身体の間に挟まれ、時には息もできなくなる。
    「……嫌、やめて……」
    留津は何も言わずに唇を私の首筋に下ろし、荒々しくブラウスの前合わせを引きちぎった。
    「―――だめ……」
    私は怯み、身体をすくめる。けれども留津は私の肩を壁に押しつけて下着を剥ぎ取り、こぼれる乳房を直に掴んだ。
    「嫌―――っ……」
    再び顔がせり上がり、唇を塞がれる。舌で歯をこじ開けられて探られながら乳房を愛撫され、私は身をよじらせた。


    「……あ、あっ―――」
    混乱と羞恥に溢れる頭でも、自分の漏らす声の質が変わるのが分かる。
    「だめ……やめて……」
    昨夜の酷い蹂躙は、私の身体をたやすく溶かす毒を植えつけた。理性では拒んでいるのに与えられる愛撫に身体が勝てず、性急に私を責めたてる留津を突き飛ばす気力さえもが萎えていく。


    「あ……ああ……」
    いつの間にか下着が膝の下まで脱がされて、そこに指先が滑り込んでいる。
    「嫌……あっ―――ああ……」
    唇がかわるがわる乳首を含み、舌で刺激し、甘く噛む。その間も指先が身体の芯を弄り、離れない。
    「んっ―――あ、あああ……」
    私の両脚が緩やかに開き、力の抜けた身体をむなしく支える。見聞きしたり、触らなくても乳首が尖り、脚の間から蜜を溢れさせているのが分かる。


    「留津………」
    私はかすれた声をあげ、乳房に埋まる頭を抱き締めた。
    「ああ……留津……」
    容赦のない慌ただしい愛撫だが、そのひたむきさは指や舌の動きで分かる。怖いくらいに真剣に愛撫されていると思うだけで背筋が痺れ、身体の奥から溢れるものを感じる。


    「……約束して」
    私の脚の間に跪き、大腿をきつく抱え込んだ留津が、初めて口を開いた。
    「明日から、もう絶対にここには来ないで―――近付いてもいけない……約束して」
    砕けそうになる腰を脚を踏ん張って支えつつ、私は必死に頷いた。
    「―――あ……」
    私は上半身を折り、脚の間で上下する留津の頭を両手で掴み、髪をかき乱した。
    「あ―――あっ、あっ、あ………」
    熱い舌に掻き回され、執拗に芯を擦られ、私は悲鳴に近い声をあげた。


    下から伸びた留津の手が口を塞ぎ、私の叫びを封じ込めた。

    (携帯)
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■5954 / ResNo.33)  Danse Macabre 28
□投稿者/ 葉 軍団(138回)-(2009/06/03(Wed) 00:27:37)
    「……まだ、確定してはいませんが」


    短くなった煙草を小皿に押しつけて、記者は淡々と呟いた。
    「10年前、中東の難民キャンプがこれと同じような伝染病で壊滅しました―――あちらでは珍しくない事だし、孤立した集団内で短期間に発生して終息したから、ほとんど報道されませんでしたが」
    私はゆっくりと顔を上げる。
    彼女は、私を見ずに言葉を続けた。
    「……そういう感染症は、稀にあるそうです。発生した原因も終息した原因も分からない。何かの要因で無害化したり、潜伏するうちに別のものに変異したり……」
    「―――10年前に発生したウィルスが、形を変えてこの国で活動し始めたと?」
    私はぼんやり問いかけた。
    似たような話は、ついこの前の新型インフルエンザ流行の時にも聞いた。古くから存在したウィルスが年月をかけて分岐し、変異を繰り返して満を持して人に感染したのではないかという推察だ。


    彼女は頷いた。
    「酷似する症例がある以上、可能性は十分にあります……変異を重ねていれば遺伝子データは別物になりますが、そもそもウィルス自体が変異の過程のさなかにあるものだし」
    私も頷いた。専門的な話は分からないが、ウィルスが生き物であり、変異と呼ばれる進化の途上にある事だけは分かる。
    彼女が不意に顔を上げ、私を見つめた。
    「もし、この感染症の元凶のウィルスがかつて中東で発生したものと同一だとしたら……」
    私はひそかに息を飲む。
    暗く平坦な声、無表情に近い顔……それは、あの時の留津によく似ていた。


    ……留津は、あの日から姿を消した。
    家はもぬけの殻だった。何もかもそのままで、姿だけが消えていた。探す手だてもなく困惑している最中に私の住む町から死病が生まれ、広がった……

    (携帯)
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■5955 / ResNo.34)  Danse Macabre 29
□投稿者/ 葉 軍団(139回)-(2009/06/03(Wed) 01:19:27)
    「あなたのお友達は10年前に、インド―パキスタンを経由して、中東方面に滞在していましたね」


    私は身を固くする。
    訪問されてすぐに言われた事だが、口調が違っていた。
    「私もバックパッカーだった時期があるんです。その頃はインドにいましたが、バックパッカーの間にはけっこう詳細な情報網があって、疫病の話を聞いた記憶はありました……難民キャンプのボランティアに、日本人が何人かいた事も」
    「―――だって」
    私は声をあげた。
    「だって、それなら感染して、死んでいてもおかしくないでしょう?」
    彼女はしばらく黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。
    「―――感染しても発症しなかったら?……」
    ひとたび喋り始めると、言葉がとめどなく流れ出すようだった。
    「HIVが感染即発症するものではないのはご存知でしょう。肝炎やMRSA、結核でも後から重大な疾病が出る事がある……ただ」
    彼女は私を正面から見据え、ほんの少し苛立ちを滲ませた。
    「ただ不可解なのは、感染が始まる前にあなたのお友達が出国した事です―――勤め先にも連絡せずに、着のみ着のままで」
    出国先で発症していれば、そこでの医療検問に引っかかっていない筈がない。知らぬうちにウィルスの宿主になって免疫ができているなら発症しないのも理解できるが、それならば感染の始まりを予測できる筈がない。
    「……死者を捨てる穴を見たと彼女は話したそうですが」
    「どこの国でとは聞いてません」
    私は言い返したが、自分でも情けないほど弱々しい声だった。
    「……もちろん、本当の事は分かりません」
    彼女は首を横に振り、新しい煙草に火をつけた。
    「いろんな可能性があります。彼女は無関係だとも、無自覚にウィルスを持ち帰り育んだとも、意図的に持ち帰って秘匿していたとも―――」
    「……どうやって?」
    「その気になればいくらでも。死体の一部や、持ち物でも」
    彼女は無造作に吐き捨てた。
    「それが簡単なのは知っています……検疫や税関が厳しくない国がある事も、百人単位の難民が死に絶えても誰も気にしない国がある事も……だから」
    煙をくゆらせ、彼女は言った。
    「だから知りたかったんです―――なぜ今になって、それを撒かなければならなかったかを」


    私は返す言葉をなくし、茫然と彼女を見つめ返した。

    (携帯)
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■5956 / ResNo.35)  Danse Macabre 30
□投稿者/ 葉 軍団(140回)-(2009/06/03(Wed) 01:57:46)
    つけたばかりの煙草を揉み消し、彼女はバッグを引き寄せた。
    「……閉ざされた女の密室から死の病が!!、なんてね」
    苦笑いと共に、彼女は呟く。
    「いいネタだと思ったんですが、世間様はもう、他人事を楽しむ余裕はないでしょうね」
    「―――帰られるんですか」
    私は驚いて彼女を見上げる。彼女は悪戯っぽく私を見つめ、
    「居てもいいんですか?」
    とからかった。
    私は少し鼻白んだが、それよりも感染の方が気にかかった。町はとうに封鎖されている。ここを出たところで……
    「―――あなたと居れば、感染しないかもしれませんね」
    彼女は呟いた。
    「図々しくお邪魔し続けようかとも思ったんですが……天気もいいし、やっぱり空の下がいい」
    バッグを肩に掛けながら、彼女はふとテーブルの上に視線を向けた。
    「死の舞踏」
    どこか明るい、さばさばした声だった。
    「……確かによく似ていますね、今のこの世界に」
    彼女は立ち去り、私は残された。


    私は長い間テーブルの前に座り込み、呆けたように一枚の絵葉書を眺め続けた。
    (………あなたなの?)
    何処にいるかも分からない留津に、声に出さずに語りかける。
    (真っ先に感染したのはあの人たちだった……あなたなの?)
    留津はあの晩、もうあそこには来るなと言った。近付いてもいけないと。
    私はそれを、忘れるためにだと思っていた。あそこで起こった事の全てを。私に起こった変異を。


    留津自身が病毒だったのか、病毒を持っていたのかは分からない。しかし私が感染しないのは、留津が意図的に私を選別したからではないだろうか……消印のはっきりしない絵葉書を受け取った時、私はそれを確信した。
    あのサウナ室に何かを投じる留津がいて、そこに私を近付けなかった留津がいたのだと。

    (携帯)
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■5957 / ResNo.36)  Danse Macabre 31
□投稿者/ 葉 軍団(141回)-(2009/06/03(Wed) 02:37:13)
    ……冷酷と言ってもいいほどの無表情。それまで知っていた留津とは全く違う、冷たく冴えた顔が脳裏に蘇る。
    先刻の記者にもそれはあった―――人は一体何を見たら、あんな顔をするようになるのだろうか。あれだけ穏やかに、世界を善きもののように見る顔とは裏腹に。


    (……罰したの?)
    踊り狂う骸骨の群れを見下ろして、私は留津に問いかける。
    この骸骨は、何の比喩なのか……あの女性たちへの罰なのか、それとももっと広い意味なのか。断罪なのか、慟哭なのか。
    (どうして、私を残したの?)
    私はそれほど単純ではない。留津もまたあの女性たちに私と同じ経験をさせられたかどうかは分からないが、それに耽溺するのを自分に許せるような人ではない。あの時私を抱いたのも、ただあれ以上奥へ行かせたくなかったためだと理解している……悲しいけれど。
    (復讐したと伝えたかったの? あんな事は馬鹿らしいと言いたかったの? これで忘れられると言いたかったの?……どうして、連れて行ってくれなかったの?……)
    問いかけは後から後から溢れ出るが、答えてくれる留津はいない。他国の話や映画や音楽、いろんな事を教えてくれたのに。
    (………疲れたの?)
    (ちょっとね)
    耳の奥に、苦笑い混じりの声を聞いたような気がした。
    はにかむような、繊細な響きの声だった。


    (行かなきゃ……)
    もうずっと以前から、急き立てられる感じがしている。
    もし私がこのウィルスに感染し、留津から受け取った抗体によって発症していないなら、ここで世界が滅ぶのをじっと待っているわけにはいかないのだ。私の身体に、死病の感染を食い止める手だてがあるのなら。
    (でも………)
    私はテーブルに肘をつき、ゆっくりと顔を覆ってうなだれた。


    ……でも、もう少しだけ時間が欲しい。
    無くしたものを悼む時間を。

    (携帯)
完結!
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■5958 / ResNo.37)  Re[1]: Danse Macabre
□投稿者/ 真理 一般人(7回)-(2009/06/03(Wed) 02:51:17)
    一気に読んでしまいました。
    わくわく、ドキドキでとても面白かったです^^
    ぜひ次も素敵な作品お願いしますm(_ _)m
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■5963 / ResNo.38)  NO TITLE
□投稿者/ 葉 軍団(142回)-(2009/06/03(Wed) 19:19:37)
    読んで下さってありがとうございました。もう少し短くまとめたかったのですが…

    これを書いている最中に、昔よく読んだ栗本薫(中島梓)氏の訃報に触れました。

    氏の昔のSFの短編に、黴による疫病の作品があったのを思い出しました。

    好きな語り手がいなくなるのは、寂しい事ですね。

    (携帯)
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■5966 / ResNo.39)  感想
□投稿者/ あき 一般人(1回)-(2009/06/06(Sat) 02:01:22)
    この小説の話に引き込まれました(・ω・*)更新ファイトです!

    (携帯)
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