| 「綺麗な刺繍ですね」 私がそう言うと、夫人は肩をすくめて笑った。 「素人の手すさび、ボケ防止のようなものよ」 引き寄せてテーブルに広げると、そこに蓮池が現れる。淡い藤色の生地を池に見立て、ほのかに紅い睡蓮とたなびく雲、精緻な紋様などを丹念に刺繍したものだった。 「―――これはね、外からは見えない細工なの。どこに使うと思う? 靴の裏よ」 「裏?」 私は首を傾げた。 「そう、靴底にね。それもこんなに小さい靴の裏」 夫人は片方の手の平を広げてみせた。そしてつと立ち上がると、箪笥の引き出しを開けて取り出したものをテーブルの上に置く。
「……まあ」 私は目を見張った。 それは小さな靴だった。踝を包むほどの深さで爪先まで滑らかなカーブを描き、先端が細く尖っている。 ヒールは無いぺったんこ靴だが、靴底もまた爪先から踵にかけて弓形になっており、真紅の布地にあしらわれた唐草模様も、靴自体もハンドメイドだとひと目で分かる。本当に手の平に載るような、可愛らしい靴だった。
夫人が靴底を見えるように傾けると、私は再び目を見張った―――地面を踏むべき靴の裏には、側面に刺されたものより更に細かく、優美な刺繍が施されていた。 「これは婚礼用の靴。実際に履くためのものよ」 夫人は柔らかく言った。 「昔の中国にはね、足が小さい事が女の美の基準だった時代があって、そういう女性達が自分の履く靴を作ったり、贈り物にしたりしてたのよ」 ……話には聞いた事がある。でも、初めて見た。 「纏足―――ですか」 「そう。よくご存じね」 夫人は、にこやかに頷いた。 「纏足と言うとどこかグロテスクな印象だけど、あちらでは金蓮とも言ったわ……三寸金蓮、十センチくらいの足が最も美しいってね」
幼児のうちに足の親指だけを残し、他の指を内側に深く折り曲げて布で緊縛し、足がそれ以上成長しないようにする慣習。 そうして完成した小さな足を、蓮の花びらに喩える時代があったのだと夫人は語った。
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