| 2009/07/03(Fri) 01:18:03 編集(投稿者)
私より早く、絨毯に寝そべっていた瑞雪と雪亮が気配を察した。 居間の扉に二頭が飛びつき、嬉しそうに尻尾を振る……音もなく扉が開き、私は息を飲み込んだ。
「待ちきれなかったのね、愛琳」 ソファに身を沈めた夫人が呟いた。 「少しだけ待ってちょうだい―――今、支度するから……」 夫人がもの憂げに身を起こし、のろのろとソファから起き上がるのを私は見てはいなかった。 愛琳―――小柄な身体に豪奢で重たげな衣をまとい、歩き始めたばかりの幼児のようなぎごちない足取りでこちらに近付いて来る少女を、私は見つめた。
「そんな――――」 口の中で舌が凍りつく。血染めの瑞雪と雪亮を従えた少女は、私にちらりと目を向けて微笑んだ。 私はぞっとした……その笑顔はとろけそうに美しかったが、古風な濃い化粧でも隠しきれないほどの高慢さに満ちていた。
「……日本に来てから、この子は泣いてばかりだったの」 居間の片隅で背中を丸め、煙膏や煙槍を盆に整えながら夫人が言った。 「あまりにも従順に、妓楼の生活に慣れさせられたのね。この子は燕華の命令しか聞かず……それなしには生きていけない子だったの」 夫人は急に貧相に、十や二十も老け込んだように見えた。 「……二年目に、この子は一度死んだのよ。どんなに手を尽くしても食べなくて、みるみるうちに衰弱して……止めさせていた阿片を与えるしかなくなって」
誰に聞かせるためなのか、夫人は早口に喋り続けた。
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