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■6050
/ 親記事)
妄魂、還る処
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□投稿者/ 葉
ファミリー(193回)-(2009/07/09(Thu) 23:39:36)
2009/07/09(Thu) 23:57:51 編集(投稿者)
『 人生七十 力囲希咄
吾這寶剣 祖仏共殺
我が得具足の一太刀
今此の時ぞ天に擲つ
―――天正十九仲春廿五日 利休宗易居士 』
「………これが?」
観光客の一団が通り過ぎ、静けさを取り戻した回廊に声が響いた。
「そうです」
暑さと湿気にうだる頭で私は頷く。
傍らの庭園は緑鮮やかで涼しげだが、梅雨のさなかの束の間の陽差しはきつく、温められた湿気が肌にまといつく。こんな時期に出歩くのは観光客だけだ。
「色彩が淡いね、もっと生々しいと思ってた」
若い映画監督は天井に目を向けたまま、独り言のように呟いた。
「四百年前の血ですから」
私は腕を上げてあれが手の平、あれが鎧と指し示した。
「慶長五年、徳川家康が会津の上杉征伐に向かった時には、伏見城には鳥居元忠ら少数の武将と、千八百あまりの兵しか残っていませんでした」
「しか、と言うのは、もっと大勢の兵に攻められたから?」
私は頷く。
「総勢四万。城攻めの総大将は宇喜多秀家、副将は小早川秀秋―――他には吉川広家、島津義弘、長曽我部盛親など」
「いかにも、関ヶ原の戦いの前哨戦らしい面子だね」
彼女は面白そうに目を細め、再び血天井に目を凝らした。
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■6051
/ ResNo.1)
妄魂・還る処 2
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□投稿者/ 葉
ファミリー(194回)-(2009/07/10(Fri) 00:40:24)
2009/07/10(Fri) 01:16:49 編集(投稿者)
京都には、血天井を持つ寺院がいくつかある。
そのどれもが伏見城の戦いで籠城の果てに自刃した兵士の血を吸った廊下の板を天井板として遺築し、供養とした。
養源院、宝泉寺、源光庵、正伝寺……とりわけ生々しいと言われるのが、この養源院の血天井だ。
「西軍は関ヶ原の戦いでは惨敗しましたが、前哨戦は大勝でした」
私は続ける。
「鳥居元忠は徳川家康の人質時代からの重臣で、伏見城を包囲され開城を要求されてもそれを蹴り、討ち死にを覚悟していると家康に伝えて十日間持ちこたえました」
「たった千八百人で?」
「城攻めには強制的に西軍に組み込まれた兵が多くて士気が上がらなかったのと、籠城する東軍が思いの他奮戦したからだと言われています……けれども最期は城内での自刃により全滅。伏見城の廊下を埋め尽くした死体は、秋口まで放置されていたそうです」
「………酷いね」
淡々とした声が回廊に響いた。
その時は落城直後の惨状に対してだと思っていたが、それは多分、あらゆる事へ向けられた独白だった。
「もう、匂いも無いんだね」
よく見ないとそれとは分からない、かつては鮮やかな血の海だったものに、彼女は声を投げかけた。
(携帯)
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■6055
/ ResNo.2)
妄魂、還る処 3
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□投稿者/ 葉
ファミリー(195回)-(2009/07/11(Sat) 12:29:39)
2009/07/15(Wed) 23:27:48 編集(投稿者)
養源院血天井での一時から遡ること半月前、その映画監督は激しいバッシングの最中にいた。
「サブリミナル?」
つけっ放しのテレビニュースに振り返り、環姉が声を上げた。
氷を浮かべた素麺の硝子鉢、夏野菜の天麩羅、切り分けられた西瓜が並ぶ、遅い午餐の席だった。
「昨夜からずっとやってるよ」
向かいの席で、団扇をはためかせながら友里姉が言う。
「ちょっと前にも、東京で中学生が一家惨殺したろ。それとも関連あるんじゃないかとさ」
「あらまあ」
環姉は首を振る。
「黒沢組も災難だな―――あたしと違って、違法すれすれをやる手合いじゃないのにな」
その時、麦茶のグラスを載せた盆を掲げた六道が入ってきた。
「環姉はん、アニメの監督はんともお知り合い?」
冷えたグラスを配りながら六道が尋ねる。
「今これ、えらいこと人気あるんでしょう?―――ねえ、映画館に長い行列できてたよね、三五はん」
視線を向けられ、私は頷く。
「新京極が秋葉原になってたろ」
環姉が面白そうに言い、私はまた頷く。
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■6066
/ ResNo.3)
妄魂、還る処 4
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□投稿者/ 葉
ファミリー(197回)-(2009/07/16(Thu) 00:58:15)
2009/07/16(Thu) 23:19:25 編集(投稿者)
「知り合いか?」
友里姉が、画面に映った女性を目で指す。
「同じ名前の監督のVシネマを観た事があるけど、実写だった」
「もともと実写畑だもん、こいつ」
素麺をすすりながら環姉が言う。
「この作品にも途中参加だよ。テレビシリーズの途中でなんか揉めて、投げ出されたのを引き継いだら確変大当たり―――あ、そうか」
環姉はぽんと手を叩いた。
「内輪のゴタゴタも関係してるかもな。世間ではもう、『黒沢のスティグマータ』になっちまったから」
私はぼんやりとテレビ画面に目を向けた。
……大人しい中学生がある日突然に両親と妹を惨殺し、フリーターの青年が常連だったパチンコ店に放火した。
中学生はあるアニメ作品のファンで、フリーター青年はその作品を基盤にした機種を好んで打ち……
「確かにカットインは多いわな」
環姉が喋っていた。
「そいでも、市川版『犬神家の一族』でもあんなもんよ。サブリミナル効果があると言われるのはもっと短い―――知覚できないくらいの映像だよ」
テレビには、件の映画監督がインタビューを受けている映像が映し出されていた。
業界人には見えない。
その時はただ、怜悧な、研究者のような人だなと思っただけだった。
(携帯)
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■6067
/ ResNo.4)
妄魂、還る処 5
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□投稿者/ 葉
ファミリー(198回)-(2009/07/16(Thu) 22:47:33)
2009/07/16(Thu) 23:20:19 編集(投稿者)
「三五はん、これ」
午餐が終わりかけた頃、六道が風呂敷包みを畳に滑らせた。
「ありがとう」
受け取り開くと、雪輪模様や波に鯉、優美な裂(きれ)の細工物が現れる。
「お弟子さん用の注文か?」
環姉が身を乗り出す。
「太っ腹だな、あんたの親父さん―――習い始めの素人にも、こんな上物を使わせるのか?」
「最初からいい道具を使った方が、上達は早いだろ」
友里姉が穏やかに口を挟む。私は丁寧に包み直し、脇によけた。
「別に上物やおへん」
小さな声で六道が言う。
「ほんまもんの上物は千家十職の職家のお人らが作るものやし……いつも言いますけど、三五はんとこからは、お代も頂きすぎですわ」
"千家十職"とは三つの千家(表千家・裏千家・武者小路家)と強い繋がりを持つ茶道具作りの家々を指す。
掛軸や屏風を作る表具師、茶碗や香合を作る茶碗師、袋物を作る袋師などの十の家があり、世襲名を持つ職人がそれを支える。
京都に職人は数あれど、千家十職の茶道具はほぼ千家からの注文生産のため、素人には入手困難なのが実状だった。
「高値をつけられたなら、貰っときゃいいのさ」
環姉があっからかんと言った。
(携帯)
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■6068
/ ResNo.5)
妄魂、還る処 6
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□投稿者/ 葉
ファミリー(199回)-(2009/07/16(Thu) 23:58:35)
「あたしには高値つける余裕はないけどな―――三五、今度はこっちの商いだよ」
私は頷き、鞄を引き寄せ台紙を取り出す。
「濡れるよ、ちょっと待ちな」
友里姉がグラスやガラス鉢を隅に寄せる。私は畳んでいた台紙を広げ、組み立てた。
「……ほう?」
環姉が覗き込み、目を細める。
起こし絵図―――折り畳み式の立体的な図面で、建絵図とか立て起こし絵とも呼ばれるものだ。
「御祖堂か」
友里姉が呟いた。
裏千家が利休百回忌に際して建立した茶室―――それを基にした茶室の設計図だが、一目で見抜かれ私は落胆した。
「悪くはない」
友里姉が見抜いたのなら、環姉も見抜いたという事だ。笑みこそ浮かべていたが、環姉の目は厳しかった。
「悪くはないけど、まんまだな―――雰囲気を出すだけなら、四畳半で済む」
私は息を吐き、言葉を探した。
「四畳半で済むんなら、それで撮れば?」
「妥協すりゃ撮れるさ」
友里姉の助け舟を、環姉は鼻先であしらった。
「企画物のAVなら、セットで茶室作るだけでも超贅沢だ。でも、今回はAVじゃないからな」
―――はい、やり直し。そう言って環姉は手を振った。
(携帯)
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■6072
/ ResNo.6)
NO TITLE
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□投稿者/ ゆう
一般人(3回)-(2009/07/21(Tue) 11:23:38)
かなり惹かれる文章です。
楽しみにしてますね♪♪
(携帯)
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■6094
/ ResNo.7)
NO TITLE
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□投稿者/ 葉
ベテラン(200回)-(2009/08/10(Mon) 12:50:31)
ゆうさん ありがとうございます。
ちょっとサボってましたm(..)m
また頑張ります…
(携帯)
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■6139
/ ResNo.8)
葉様へのファンレター
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□投稿者/ ぐるぐる
一般人(1回)-(2009/10/08(Thu) 23:21:29)
初めまして。葉様がお休みを取っておられるスキにファンレターなど認めてみようと思います。
葉様の作品はどれも、しっかりしたプロットと豊富な知識に支えられた読み応えのあるものばかりですね。幻想、ホラー(いえ、怪談と言うべきでしょうか?)風味に彩られているのも、私には嬉しいところです。
今回の「妄魂、還る処」も楽しみにしております。お体に気をつけて、執筆をお続けくださいませ。
それでは失礼いたします。
あ、ひとつ忘れておりました。白藤堂さん、素敵ですね。
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■6171
/ ResNo.9)
今更ですが‥
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□投稿者/ 葉
一般人(1回)-(2009/12/01(Tue) 22:38:03)
ぐるぐる様
大変遅くなりましたが、ありがとうございました。
少し忙しくなり書けずになり、これは消去されても仕方ないと思っていましたが、残っていた上にコメントまで頂いていて、死ぬほど驚きました。
なかなか進めないと思いますが、また覗いて頂ければ嬉しいです。
ありがとうございました。
(携帯)
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■No6068に返信(葉さんの記事) > 「あたしには高値つける余裕はないけどな―――三五、今度はこっちの商いだよ」 > 私は頷き、鞄を引き寄せ台紙を取り出す。 > 「濡れるよ、ちょっと待ちな」 > 友里姉がグラスやガラス鉢を隅に寄せる。私は畳んでいた台紙を広げ、組み立てた。 > 「……ほう?」 > 環姉が覗き込み、目を細める。 > 起こし絵図―――折り畳み式の立体的な図面で、建絵図とか立て起こし絵とも呼ばれるものだ。 > > > 「御祖堂か」 > 友里姉が呟いた。 > 裏千家が利休百回忌に際して建立した茶室―――それを基にした茶室の設計図だが、一目で見抜かれ私は落胆した。 > 「悪くはない」 > 友里姉が見抜いたのなら、環姉も見抜いたという事だ。笑みこそ浮かべていたが、環姉の目は厳しかった。 > 「悪くはないけど、まんまだな―――雰囲気を出すだけなら、四畳半で済む」 > 私は息を吐き、言葉を探した。 > 「四畳半で済むんなら、それで撮れば?」 > 「妥協すりゃ撮れるさ」 > 友里姉の助け舟を、環姉は鼻先であしらった。 > 「企画物のAVなら、セットで茶室作るだけでも超贅沢だ。でも、今回はAVじゃないからな」 > > > ―――はい、やり直し。そう言って環姉は手を振った。 > > > (携帯)
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