| 『ダメよ・・・うちにはもう犬がいるでしょ?』 何度その言葉を聞いただろう。 『早く飼い主を見つけてきなさいね?』 いつまでも一緒にいたいのに。 だけど、あなたは私達を引き離す・・・。
目が覚めると病院のベンチで横になっていた。 ついさっきここに来たのだと思っていたら、すでに3時間も過ぎていた。 ララと共に病院に来て、彼女が処置室に運ばれた時に気が抜けて眠ってしまったのだろうか? とにかく、自分のそばにララの姿はない。 どこで眠っているのだろう・・・? 病室を探そうと思っても、どこにあるのかわからない。 そういえば、ララの本名を私は知らなかった。 私が途方に暮れていると、廊下の向こうから女医がやってきた。 「・・・あなたが、ユカを連れてきたのですか?」 「ユカ?」 知らない名前だ。 「首筋に噛み傷のある、肌の白い女の子です」 「あの子は、ユカって名前なんですか?」 「えぇ、あなたはユカを何と呼んでるのですか?」 きっとララのことだろう。 首筋の噛み傷なら間違いない。 この女医はララのことを知っている。 「私は・・・ララと呼んでいます」 彼女は私に自販機のコーヒーを渡す。 「やっと、いい御主人に拾われたんだと思ってました」 長身の美人な女医は私の横に腰掛けると、少しずつ語り出した。 今ララは集中治療室にいるらしい。 面会謝絶だから、会うことはできない。 暗い待合室に二人きりだ。 「あなたの前にも御主人がいたんです。でもその人はユカをひどく傷つける人だった」 度を越えたSM行為を強要されたり、感情にまかせて殴られていた。 白い肌に真っ赤な血が流れるのが好きな人だったそうだ。 ララの手首に傷をつけて、泣き叫ぶララを無理矢理犯す。 ララはいつも苦しみに耐えながら、逃げたくても逃げられなかったという。 私がいうのも難だが、私よりなんてひどい人なんだろうと思った。 キキにもそんなひどいことしたことない。 いや、していたのかもしれないけれど、私は少なくとも反省することができた。 「いつもユカは私のところにやってきて、手首の治療を受けていました。それが3ヶ月ほど続いたんです」 「あれは・・・自分で傷つけたんじゃないんですね」 「私も最初は自殺未遂だと思ってたんですよ。でも親しくなるうちに話してくれるようになりました」 「あなたがララの逃げ場だった・・・」 「えぇ、そのうち私はユカのことが好きになっていたんです」 少しだけ嫉妬が心の中に産まれた。 「だから、私はユカを助けようと思い、私の家にくるように言いました。逃げてきなさいって」 冷め始めたコーヒーのカップに少し力が篭る。 続きを聞きたくなかった。 「ユカは私の家には来ませんでした。・・・いいえ、正確には来れなかったんですけど」 「もしかして、嵐の夜でしたか?」 「酷い雨でしたよ。ララは元の御主人に逃げようとした所を見つけられて、殴られて捨てられたそうです」 ホントに捨て猫だったのか。 「って、元の御主人が私の所に言いに来たんですよ。車に乗せて遠くに捨てたって」 幼い日の記憶がよみがえる。 私も拾った猫を親に車で遠くまで捨てに行かされた。 その時の子猫はララと同じような気持ちだったのだろうか・・・。 2度と会えないとわかっていたから、私はいつも泣いていた。 「その捨てられたララを、私が拾ったんですね」 女医が何を言いたいのか少しずつわかってきた。 こんな日がくることはもちろん知っていたから覚悟はしていたものの、少し悲しいものがある。 「私が拾って、いっぱい愛情をかけてあげました。だけど、今日でそれも終わりみたいですね」 「わかってくれますか?」 「はい、愛情をかけすぎたことが招いた結果ですから・・・平等な愛なんてもの、どこにもないんです」 そう、この日がくることはわかっていた。 だから仕方がない。 昔から言われていたじゃないか、『2匹も飼えない』んだって。 「ララは記憶をなくしていたんです。だけど、あなたのことは覚えていると思いますよ」 コーヒーを一気に飲み干して、立ち上がる。 早く家に帰らなければならないからだ。 平等な愛はどこにもない。 だから、だからこの人に渡さなければならない。 「ララをあなたに返しますね」 「ありがとうございます」 「私には無理だったから、あなたが幸せにしてあげてください・・・」 「えぇ、もちろん」 女医は集中治療室に消えていった。 私は反対方向の病院の玄関ホールへ足を向ける。
そう、この世界に平等な愛なんてどこにもなかった・・・
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