| 「京本先生!」 その日も最終講義のあといつものとおり2年生の吉原真理奈が教壇に駆け寄ってきた。真理奈はいつでも熱心に講義を聞き、必ず質問をしにくる今時珍しく勉強熱心な大学生だ。居眠りとあくびを繰り返し、出席日数だけを稼ごうとする大多数の学生を思うと本当に真理奈は貴重な存在だ。来年は私のゼミに入ってくれるのかなと微かな期待を持っている。
「京本先生、今日の講義でまた質問なんですけれど」 研究個室へと戻る廊下を一緒に歩きながら真理奈が質問をしてくる。 小首をかしげた真理奈、肩先で揺れるウエーブの掛かった髪は薄茶色にブリーチされて、目はくりっと大きい。メイクも服装も今時の学生らしくバッチリと決めているが、遊んでばかりの学生のような下品さが無い。確か実家は大手企業の社長だと言っていたっけ・・・持って生まれた上品さなのかな。金持ちの一人娘らしくちょっと強引で我侭なところも有るけれど全体的には素直で可愛い子だ。
「先生??先ほど仰っていた集団における心理傾向の事ですが、先生?」 「はっ、ご、ごめんなさいね。ちょっと考え事しちゃって。もう一度質問してくれる?」私はすっかり真理奈に見とれていたらしくて、質問を全然聞いていなかった。
「先生、困っちゃうなあ。もう心ここにあらずって感じ。明日はもう週末ですもんね。もしかしてデートですか?」 真理奈はクスクスと苦笑いしながら茶化して言う。 「デートなんて、そんなの無い無い。ごめんなさいね。きっとちょっと疲れてたのよ。それで、質問何だっけ?」
そんな頓珍漢なやり取りをしながら私と真理奈は私の研究個室へと辿り着いていた。いつも勉強熱心な真理奈の質疑応答は長くなるので、私の部屋でお茶を入れながら応じる事になる。
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