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「わ・・・・私は・・・・・」
「ま、先輩に選択肢なんてありませんけど。 生憎私には、何もせずに黙ってあげるほどの優しさはないんで。 最初から先輩は私のペットになるって決まってるようなもんですよ」
やっと微笑みを浮かべた後輩は、私の口の端に唇を落とした。 そしてそのまま唇を滑らせ、顎や首にも唇を落としていく。 肌と唇が触れるか触れないかぐらいの距離で移動する唇。 私はそれだけでぞくぞくとした快感を感じてしまった。
「あっ・・・・」
「先輩も乗り気みたいですね・・・・。 だけど、今日はシてあげません。 代わりに明日は空けておいて下さいね? 週末は先輩とお泊り会するんで」
またもやトイレでぼーっとしていた私に拒否権はない。 後輩はここに来て初めてニコリと満面の笑みを浮かべた。 そのままあっさりと離れ、私を彼女から解放する。
「さ、先輩、仕事に戻りましょう!みんなに気付かれちゃいますよ!」
そう言うと、自分だけさっさと行ってしまった。 私はしばらく立ち尽くしたまま動けなかった。
(東雲さんにもばれてしまうなんて・・・・)
今までの生活が、180度回転してしまった。 今日1日で5人もの人にばれてしまった。 これからどうなるかが一切分からない。
(退職した方がいいのかな・・・・・でも・・・・・)
この会社を辞める気には到底なれない。 それに今は就職難の時代のうえ不況。 転職しようにも転職出来る可能性は低い。 きっと辞めてしまったら生活に困るだろう。 辞めたくても辞められなかった。
(とりあえず仕事を終わらせて菖蒲さんたちと落ち合わなきゃ・・・・)
トイレから戻ると、あと30分で終わる時間だった。 後輩は何事もなかったかのようにパソコンに向かっている。 周りの人はラストスパートをかけているようだ。 自分も仕事を片付けてしまおうと、席に着く。 後輩の方を一瞥したが、視線が合うことはなかった。
(もう嫌・・・・最悪・・・・早く5人とも飽きてよ・・・・)
憂鬱な気分で書類をまとめ、パソコンにデータを打ち込む。 その後は、近々自分が出席する会議のための資料を保存した。 丁度保存したUSBを抜き取った時、終わる時間になった。 スピーカーからはそれに合わせてチャイムが鳴り響く。 途端に社員は全員仕事を切り上げ、片付けをし始めた。
「お疲れさまー」
「お疲れさまでしたー」
私も近くの人に声を掛け、会社を後にする。 これから向かうのは、勿論、待ち合わせ場所のレストランだ。 コートの前を留めると、レストランの方向へと歩き出す。
(寒くなったなあ・・・・)
すっかり風が冷たくなり、暗くなるのも早くなった。 これから本格的に冬が始まろうとしている。 もうそろそろ雪が降り始め、もっと寒くなるだろう。
「どこだろ・・・・」
きょろきょろしながら4人の姿を探す。 すると、それらしき人が視界に入った。 イタリアンレストランの前だ。
「お・・・・遅くなりました・・・・!」
携帯から顔をあげたのは、倉本さんだった。 他の3人はまだ来ていないらしく、姿が見えない。
「私も今来たところよ。他の3人はまだみたいね」
微笑んだ倉本さんは、綺麗なお姉さんだった。 美人という言葉が似合うような、そんな容姿だ。
「渡瀬さんは遅くなるかもって言っていたわ」
「・・・・そうですか・・・・」
「ふふっ、そんな寂しそうな顔をしなくてもいいじゃない」
「そ、そんな顔してません」
「あら、無意識?」
「倉本さん、相崎さん、待った!?」
そこに小走りで渡瀬さんがやって来た。 何やら大きめの紙袋を手に提げている。 ロゴを見ると、ある古着屋のロゴだった。 古着屋をよく利用するのだろうか。
「そんなに待ってないわよ、2人とも今来たし」
「そう、そうならよかったー!」
その後、菖蒲さんと海原さんもやって来た。 揃ったところで、レストランに入る。
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