[戻]-1982/親
合図で始まる恋
遥
新宿から山手線に乗り込むと心の中だけで溜め息をついた。失敗した。朝8時半の車内は肋骨のきしむ音が聞こえてきそうな混み具合だ。
窓の向こうにむけた視線の端に写った鞄。胸に抱えられた鞄のポケットにぶら下がっている安全ピンに、私は目を奪われていた。
ピンクのゴムに通された赤、青、黄色の安全ピン。レズビアン・サイトの掲示板で見かけた「ビアンの合言葉」として身につけようと提案されたアイテムそのものだ。
ピンクのゴムはネコの目印……。サラリーマンに埋もれるように、ドアの前に立つ少女の顔を覗き込んだ。
……可愛いな……
化粧っけのない肌、染めたこともなさそうな黒い艶髪。気付かれそうにないのをいいことに、みつめ続けた。
はるか背後でドアが閉まる気配。電車は降車駅を出た。それを合図に私は、行動に移るべく、少女の真後ろに体をねじ込む。
……何? 不自然な腕。挟まって動けないの?……
私に押されて少女の真後ろから押し出された男の腕だけが、私と少女の間に残る。不自然に力がこもっているような感触。腕を引く方向ではなく、そこに留まる方向に働く力。
……痴漢、か。……
「プレイ?」
少女にだけ聞こえるように、ほとんど音のない声でささやくと、少女はハッと顔を上げ、そしてまたうつむいた。目は開いたまま、潤んだ目で小さく、本当にわずかに首を振って答えた。
合意の痴漢行為ではないようだ。
「おはよう、レン」
今度ははっきり、少し大きめの声で言って、右手で男の腕を押しのけ、左手で彼女の肩を叩いた。混雑した車内での、迷惑な動きと声に周囲が注目するのがわかる。しかし注目がそれるのもすぐだ。誰もが誰かと関わりを持ちたくない場所、だから。
「降りるの次だよね?」
私の言葉に、振り向けないまま、彼女はコックリと頷いた。
06/08 18:03
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さなか
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遥
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合図で始まる恋(10)
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れん
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遥
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