[]-7027/親
因果なお仕事1 発端
hime

 私のような一介のライターが大手出版社の週刊誌の編集長に直接呼ばれるなんて、滅多にないことだ。
 この出版社の忘年会に顔を出しておいて本当に良かった。
 見慣れたドアなのに、編集部を前に期待と不安とで胸が高鳴った。
 思い切ってドアを開けると、いつものようにタバコの臭いでむせ返るようだった。
 ああ、やだやだ。
 終わったらすぐに帰って髪を洗わなきゃ。
「おお、こっちだ」
 編集長に呼ばれてデスクまで行くと、そこには最近頭角を現してきた外食チェーンの女社長の写真入り記事が幾つも並べられていた。
「知ってるよね、南峰由希子。ボザールグループ総裁の」
「ええ、最近、メディア露出すごいですよね」
「若い女性の憬れって話だけど、ホント?」
 どうだろ。
 正直なところ、ファッションもしゃべり方もきつすぎて、私には苦手のタイプかな。
「微妙なところかね?」
 図星を突かれた。
「ええ。私はちょっと」
 でも、仕事を逃したくはなかったので、すぐに、
「会ってみたい人ではあります」と付け加えた。
「実はね、向こうからの指定なんだよ、インタビュー受けるなら、君って」
「先方が、ですか? 私を?」
 あり得ない。
 キワモノ記事しか書かせてもらえていない、駆け出しのライターなのに。
「そうなんだよ。彼女、夕刊マイニチの『美女が行く! 風俗現場突撃レポート』の愛読者らしいんだ」
 喜んで良いのやら。
 これってタイトルまんまの、下ネタ記事だよ。
 自分で書いてて恥ずかしくなるようなバカ記事で、あんなのの愛読者って、男でも相当のスケベなバカだよ。
 そもそもちゃんとした相手がいれば風俗なんかに行かないだろ。
 モテない男相手のバカ記事を愛読してる女社長って、どうよ。
「それって……」
「内容より、文章が誠実だとか言ってたよ。どう?」
「も、もちろん。仕事はなんだっていただきます」
「よし。先方にはアポ取ってるから、今晩、九時、六本木の自宅マンションに行って」
「カメラはどなたで?」
「先方指定のキャメラがいるらしいから、君は手ぶらで行けば良いよ」
 そう言って編集長はデスクの上の記事やコピーをまとめて袋に入れた。
「これ、資料ね」
 受け取って帰ろうとすると、
「あ、ちょっと」と呼び止められた。
「なんでしょう」
「あの社長、女好きだって有名だから。とくにアンタみたいな若くてスレンダーな美人。今晩はきれいな下着着て行くんだな。とんでもない特ダネがとれるかもな。そうなったら、次はもっと大きな仕事を考えてもいい。とにかく、身体張って来い」
 オヤジめ。
 と心では思いながら、
「はい。心得ました」
 ニッコリ笑って部屋を出る。
 バカな男たち。
 エロ本の読み過ぎだ。
 レズビアンなんてそうそういるもんじゃないんだよ。
 ボザールの総裁だって、若い子に優しいだけの普通の女性に決まってる。
 ああやだ、髪に移ったタバコの臭いが気になる。
 早く帰ってシャワー浴びて、資料を読まなきゃ。(続くよ。次は週明けね)


01/18 09:34
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