[]-7714/親
ノコギリ
omame

 大学付属の博物館の学芸員をしていると、妙な展示会の主催もするもので、最初法学部の教授から話を聞いたときは、冗談だろうと思ったものだ。
 何しろ、世界中から拷問具、処刑具の本物を集めて展示しようというのだ。
 言い出しっぺが、そういう趣味のあるレズビアン教授だと聞いて、なるほど、とは思ったが。
 その教授はハバーマス玲奈というドイツ人とのハーフで、三十前の恐ろしいほどの美人だった。
 そのケの無い私だって、二人きりで研究室にいて、真正面から見つめられると胸がドキドキするくらい。
「これは……」
 教授は台の上に置かれた巨大なノコギリ二つを前に、潤んだ目をして言った。
「何に使うかわかる?」
「木を切るんですか?」
「これは拷問具よ、どう使うかってことを聴いてるの」
「全然、想像もつきません」
「とびきり残酷な使い方をするの。とくに女にとって、よ」
「わかりません」
「これ見て」
 教授は本を開いて、古くさい版画のようなものを指さした。
 私は思わず息を飲んだ。
 逆さに縛り付けられ、Yの字にされた女の、まさにその部分にノコギリが当てられていたのだった。
「頭が下にあるでしょ。だからどれだけ出血しても、脳は失血しないの。最後の最期まで意識は明瞭で、記録によると、胸まで切り進んでも生きて泣き叫び続けたんですって」
 私は返事も出来ず、目のやり場にも困った。
「このノコギリはね、こっち、目が粗い方が初期の頃のものなの」
 教授はノコギリの歯に指をやり、優しくなでた。
「これだと、あっという間に切り進んじゃって、つまらなかったんだって。それで……」
 教授はもう一つのノコギリを指さした。
「こっちになったんだって。目が細かい分、なかなか切り進まない。出血も少ないから、存分に楽しめるの。もちろん、女にとっては、どっちが地獄か……どっちだと思う?」
 そんな……いったい何を聴くの?
「私はこっちかな……」
 そう言って、教授は目の細かいノコギリに触れた。
「だって、長く楽しめそうじゃない? この感触を、ア・ソ・コで……」
 切れ長の目が潤んでいた。
「私は……」と私はやっと言った。
「そういう趣味、ありませんから」
「わかってるわよ。そういう趣味のない子を、徐々に仕立てるから楽しいんじゃないの」
 いったい何を?
 立ち上がろうとして、立てなかった。
 コーヒーに何か入れられた?
 意識が飛んだ。
 気がつくと、自分の胸が見えた。
 脚も。
 全裸でYの字に縛り付けられていた。
「気がついた?」
 教授も全裸で私の前に立っていた。
「な、何をするんですか?」
「大丈夫よ、まだ殺しはしないから。ただ、あなたのような綺麗な子を一度オモチャにしてみたかったの」
 教授の指が、私の……
「可愛いわ。綺麗ね。処女?」
 答えない。
 指が優しく嬲りだした。
「処女じゃないわね、この感じ方は」
 悔しいけど、声が漏れる。
「声出しても大丈夫よ。完全防音のSMホテルだから」
 悔しい、悔しい、悔しい。
 なんで感じてしまうの?
「駄目よ、まだ逝っちゃ」
 指が離れ、安堵と、それとは別の未練が……
 教授はその指を愛おしそうに舐める……
「美味しいわ」
 そう言って、その口で……
 違う……これまで味わったどの口とも……
 女の唇、女の舌……
 嫌悪感が次第に消え、快楽だけが……
 目の前には教授の草むらが匂い立つように……嫌悪と吐き気と、救いようのない快楽……
 何度も何度も絶頂に至らせられ、もう気が狂うかと思ったとき、もう一人の気配に気付いた。
「あなたに最期に選ばせてあげる。どっちのノコギリがいい?」
 ベッドの上には、研究室で見せられたノコギリが二つ、無造作に置かれてあった。
 もう一人の全裸の女がニヤリと笑った。
「このノコギリは二人で使うものなの。この拘束台も良く出来てるでしょ。本当は排泄プレイにつかうものなんだけど、血をそのまま流せるからね。さ、どっち?」
 恐怖に凍り付いた。
「やっぱり目の細かい方よね。たっぷり楽しめるわ」
「止めて、止めて下さい」
「そうそう、それそれ、この恐怖に歪んだ目が良いの。一度試してみたかったの。返り血を浴びてもいいように、こうやって裸になって、あなたが目を覚ますのをまってたの。じゃ、もう結論は出たってことでいいわね」
 教授は女と目交ぜをしてノコギリを持ち上げ、私の脚に通した。
 重く冷たい金属の感触がそこに……それだけで充分痛い。
「記録によると、二十五人がこれで殺されてるわ。あなたは二十六人目ってことね」
「やめて……」
 無言でノコギリが挽かれた。
 焼けるような痛みがそこに走った。
 痛みなんてものじゃない……
 叫んだ、ただひたすら。
「痛い?」
 叫び返すしかない。
 またノコギリが動く。
「もう、性器は真っ二つよ。どう? 痛い?」
 血が、腹から胸に流れてくる。
 痛いとか、そういう感覚じゃない。
 人間の耐えられる痛みじゃない。
「面白くないな、もう死ぬの?」
 何度も何度もノコギリが動く。
 脊髄が縦に断ち切られ、全身がビリビリと痺れる。
 激烈な痛みが……
 耐えられない、耐えられない、
 そう思った瞬間、全てが消えた。
「死んじゃったね。つまんないの」
 これが私の聴いた最期の声になった。


07/22 14:22
編集 削除
続き・感想を書く
レス無し
Menu 初頁
Child K-Tai