■TIME ∞ LAG  
□投稿者/ Y 2007/07/31(Tue)

 チクタクチクタク……




今日も私の腕で静かに時を刻むのは




あなたからのバトン




あなたがくれた時間




あなたの鼓動




今ここに




あなたは確かに生きています。




友達でも




恋人でも




家族でもない




でも




私は今でもあなたを




愛してる








………愛してた。


新しい季節に咲誇る花が 新しい風に吹かれてひとひらずつ舞い上がる 何もかもが目新しいこの街で 私だけがまだ はじめの一歩を踏み出せずにいた。 だけど 2003年 春 泣けるほど晴れたあの日に 運命の歯車は 静かに廻り出してたんだ。 キーンコーンカーンコーン 新しい学校に来ても この音だけは全国同じ。 職員室の中の、煙草とコーヒーと紙の匂いが入り混じった、どこか酸っぱいような独特な匂いも…やっぱり同じ。 『じゃー櫻井さん、行こっか?』 突然手を取られて ハっと我に返る。 確かにこの人が今まで何か話しかけてきていた様な気はするが……… 誰だっけ。 ぼーっとしていて、実際この人の話は何も聞いてなかった。 とりあえず掴まれた手の行方に困っていると その人は持っていた手を放し、今度は両手を私の肩に乗せかえ、満面の笑みでこう言った。 『そんなに緊張せんでも大丈夫!うちのクラスの子達、みーんな良い子やし、  櫻井さんが転校してくるのをすごい楽しみにしとったけん!』 あぁ、この人担任か。 なんか誤解されてるみたいやけど…まいっか。 どーでもいいし、めんどくさいし。 作り笑いくらいならできるだろう。 『ありがとうございます。』 少し目を細めてこう返すのが、人見知りの私には精一杯。 担任の先生は、色白で背が小さく少しぽちゃっとしていて、笑うと目がなるなる可愛らしい人だ。 私の前をちょこまか歩くその可愛らしい先生は、教室に向かう間も何やら色々と話していたけど、良く喋るなぁ… とか、九州なまりが新鮮やなぁ…とか考えてたら、また話の内容が分からなくなった。 直さなあかんな、この性格。
【2-C】 そう書いてあるプレートの前で先生は止まり、こっちを振り返ってニコっと笑うと、教室の扉を引いた。 『はいは-い、皆ちゃんと座らんね! 転校生の櫻井さん紹介してやらんよ〜!!』 ざわざわしていた教室が静かになる… と思いきや、余計に黄色い声が飛び交う。 『もぉ〜…あんたたちは…;; ごめんねぇ〜櫻井さん、入って!』 教壇から手招きされたので、教室に入ると 一斉にその場が湧き上がる。 先生が黒板に私の名前を書き出す。 さぁ、始まるのはベタベタの自己紹介タイム。 転校は人生でもう4回目やけど、私はほんまにコレが嫌い。 はぁ……ダルイ。 『はい、えっとぉ…今日からA年間同じクラスになる、櫻井 颯(さくらいそう)さんです! お家の都合で大阪から…………』 やっぱりこの人良く喋る。 まぁでも代わりに喋ってくれて助かった… 教室を見渡す ……………あれ? 何やろ?この違和感。 あ、女しかおらん。 え、ほなココって女子校? そういえば、こないだおかんがそんな事ゆーてた様な……? その時 『キクちゃん長いって!!』 一際大きく甲高い声が教室に響いた。 ビックリした。 すると教室には笑いが巻き起こり、先生がごめんごめんと言いながら私の腕に絡みついて 『それじゃあ、颯ちゃんに喋ってもらいまーす!』 と、前フリを出した。 やっぱり私は少し目を細めて 『よろしくお願いします。』 と言うのが精一杯。 『という事で〜す!! 皆、颯ちゃんが分かんない事は優しく教えてあげてね! 先生が沢山喋りすぎちゃって颯ちゃんが話す事なくなっちゃったよね;; 颯ちゃんごめんねぇ〜??』 もう一度だけ目を細めてあげる。 ………つか 【颯ちゃん】って。 さっきまで【櫻井さん】ゆーてなかった? 別にえーけど。 チャイムがなり、朝のHRの終わりを告げる。 指示された席に着くと、周りにはすぐ人だかりができた。
ばり綺麗やねぇ! 顔ちっちゃ〜い! ほそーい! 女の子って褒めたがる。 なんでやろ? 私はフランス人の父と日本人の母とのハーフ、らしい。 【らしい】と言うのは、私が物心のついた時にはもう父はいなかったから。 確か、出張にいく際の飛行機事故で死んだ…とか、とかおかんが言ってたような。 あ、そうそう。 だから背は174cmあるし、色は異様に白いし、髪の毛とか目とかの色素は薄い。 日本人から見るといわゆる恵まれた容姿らしいが、どーでもいい。 むしろ、目立ちたくもないのに目についてしまう自分の見た目が嫌いだったりもする。 次々に湧き起こる質問攻めを適当にかわして、やっと鳴ったチャイムに心で小さくため息をつく。 眠い。 この学校で初めての授業は英語。 幼少時代をニュージーランドで過ごした私にとって、日本の英語の授業なんて必要ない。 私がついた窓際の席は春の陽射しがあたって、生暖かい風が吹いてきてなかなか気持ち良い。 机に頭を伏せてみる。 あ…やば、まじ寝そう。 そう思った事までは覚えてる。 ………? 誰かが私の髪を触ってる。。。? そんな気配に気付いて、目が覚めた。 目だけを開けてみたけど、誰もいない。 気のせいか。 そう思ってもう一度目を閉じると、やっぱりまた誰かが私の髪を触っている。 今度は体を起こすと、前の席に座っていた子がこっちを向いて座ってる。 『綺麗な髪。』 え? 『やなーって思って。』 いきなりの事で静かに固まっていると、その子は微笑みながら 『これ、ついとったよ。サクライさん。』 と、一枚の桜の花びらを私の机に置いて、クルっと前を向き直した。 開いた窓の外を見ると、校庭には沢山の桜が咲いていた。 少し風が強くて 前に座るその子の髪も揺れていた。 直毛な私の髪とは全然違う 細くてやわらかそうな いかにも女の子らしい髪だった。
授業が終わると、さっきの子がまたクルっとこっちを向いたかと思うと 『ねぇ、さっきの桜もらってもいい?』 と、突然言ってきた。 いや、別にいいけど 机の上にはもうさっきの桜の花びらは見当たらなかった。 『ごめん、どっかいっちゃっ……。』 そう言いかけた所に また強い風に吹かれ、窓から桜の花びらが舞い込み、その子の頭に止まった。 だから、それを取って 『これでもいい?』 と言って渡した。 その子は子供みたいな笑顔で大きく頷いた。 『私、かのん。 沢田 奏音やけん、よろしくね。』 へんな子。 苦手な笑顔で軽く会釈を返して、鞄から読みかけの小説を出す。 あまり人付き合いは得意じゃない。 人に興味を抱く事もない。 それなりに男性とも付き合ったりしたけど、依存なんてもっての他。 いわゆるスキンシップも好きじゃないから、大人っぽく派手に見られがちな見た目とは裏腹に、キスもセックスも好きではなかった。 求められれば拒む事もないけど、自分から求めた事もない。 基本、何にも欲がない。 だからいつも一匹狼キャラやけど、それが楽。 面倒な事にも巻き込まれないし、干渉もされないから。 とりあえずこの沢田さんって人ともこれ以上何を話していいかも分からんし、 かと言ってどこかに行くにもこの学校の事なんて知らんから、 鬱陶しがっているのかと誤解はされるかもしれないが、黙って本を開いて読み始める。 そうすれば、この子も気まずくなってどこかに行くやろうし…… …と思ってたのに。 奏音は黙って動かずにこっちを向いたままこの場を離れない。 しばらくそんな状況下で読書をしていたが、しびれを切らして奏音を見ると目が合った。 それだけでも驚いたのに、挙句の果てには 『どうしたの?』 なんてニコニコしながら聞いてきた。 いや、完全にそれこっちの台詞やろ。笑 『沢田さんこそ、どうしたの?』 そう返すと 『沢田さんやけど、かのんだよ。』 と返ってきた。 そして、すぐに 『綺麗な髪やなって思って。』 と続けた。 それしか言えへんのかな? やっぱり変やわ、この子。(笑)
今日は午前だけで学校は終わり。 帰りの支度をしていると、キクちゃんこと担任の菊池先生が私の元に来て 『颯ちゃん、部活はどうするか決めとる?』 と聞いてきた。 小学校から続けてるバスケをしようと決めていたから 『はい、バスケ部に入ろうと思ってますが。』 と言うと 『そっか、じゃあのんちゃんと一緒やね! のんちゃん案内してあげてね?』 と、奏音の頭をぽんっと叩いた。 この子もバスケ部なんや。 なんか女の子らしいのに意外やな。 はーい!と先生に返事をして 『行こっ、さくら!』 と手を引っ張られた。 【さくら】? それを言うなら【さくらい】やし、今まであまり名字で呼ばれた事もない。 部室に向かう途中も、ずっと手は繋がれたまま。 150cmしかない奏音の歩幅は小さくて、私はいつもの半分位の速度で歩いた。 呼ばれ方、つっこみたいけど…別にいっか。 『桜がついてたからさくらね! あ、でもさくらいとカケたとかやないけんね!』 まるで心の声が聞こえてたかのようなタイミングで奏音が私を見上げながら言った。 なんとなく不安だったのだが、とりあえず身の毛もよだつギャグではなくて良かった。 『じゃあアレがもし梅の花やったら、私はうめって呼ばれてたん?』 と聞くと 『ううん、お梅。』 と真顔で言われた。 思わずフっと笑ってしまうと、やっぱり奏音は真顔で 『いや、梅子かな。』 と言い直した。 桜で良かった… そうこうしてる内にバスケ部の部室に着いた。 中に入ると、何人かの部員達が着替えている所で、奏音は皆におはよ〜と言ってその中の1人の所に歩み寄った。 『あや、こちら転校生の櫻井颯ちゃん。 今日から部員追加で!』 すると、笑顔満開で 『まじで!? ばり綺麗やし!! てか背ぇ高っっ!! うちこれでもキャプテンやけん(笑) 3年の池田亜也です!ヨロシクね!!』 さらさらなショートカットでスレンダーな、いかにも女子バスです!みたいな亜也が、いきなりトップのテンションで自己紹介をしてくれた。 そして、奏音が 『とりあえず今日は見学でもしていきぃ?』 と、また手を握って体育館まで連れていかれた。
意外だと読んだ通り、奏音はバスケ部のプレイヤーではなく、マネージャーだった。 部員達が着替えて体育館に到着する前に、部活動が円滑に始められる様、 奏音の指示でマネージャー陣がテキパキと効率よく準備を進めている。 女子バスのマネージャーは3年生が2人と2年生が3人の計5人。 何でこんなにマネージャー多いんかな…? そんな疑問が解消されるのはこれから約5分後。 ゾロゾロと体育館に入って来たプレイヤー陣の数に圧倒される。 さっきニコニコ挨拶をしてくれた亜也を筆頭に、ざっと40人以上はいそうな大軍隊。 そういえば、体育館広いし、他の部活が使用する気配もない。 九州って、そんなにバスケ部が人気なん? 『全員揃った〜?』 亜也の問掛けに、ハイ!!っと各々元気のいい返事をする。 『じゃ〜今日は始める前に、美人新入部員の紹介するけん! 皆見とれないよーに(笑)』 こっち来て、という様に手招きをされて亜也の隣に行くと、私より少し背の低い亜也が肩を組んで 『はい、今日からうちの彼女の〜…って違うね(笑) 今日2-Cに転校してきた………えーっと…んー……ナントカ颯ちゃんです!!(笑)』 一斉に部員達が笑って亜也の人望のあつさを物語る。 『櫻井です。よろしくお願いします。』 それだけ言って頭を下げると、亜也が始め〜!と言ってウォーミングアップが始まった。 その様子をぼーっと眺めていると、マネージャーの1人が話しかけてきた。 『颯ちゃん…やったっけ? 私は3年の早川まなみ。女子バスのマネージャーリーダーやけん、分かん事があったら何でも聞きぃね?』 妙に大人っぽいというか、ほんまに高校生? っていう位の色気を持ち合わせた人。 透けるように白い肌と華奢な体で、何故か笑顔がどことなく寂しそうなのがまた大人の女っぽさを強調させる。 生まれて初めて 女性に…というか、人にドキっとした瞬間だった。 そしてこの出会いが、最初で最後であろう私の、命をかけた大恋愛の幕開けだった。
私の横に立って 前を向いたまま ゆっくりと、静かなトーンでまなみが喋り出す。 『部員が多くてびっくりしたでしょう? うちの高校はバスケが有名やけんね、お陰様で体育館も占領させてもらいよるっちゃけど、 その分練習はキツイし、朝練だってどの部活よりも早いし、亜也も普段はあんなんやけどバスケとなったら鬼になるけん、 毎年入ってくる沢山の新入生も3ヶ月後には半分残ってたらいい方なんよ…(苦笑) 見ての通りこの大人数やから、レギュラーになれずじまいで高校生活が終わる子達も沢山おるし。 今んとこインターハイ7連覇中やけん、亜也も特に自分がキャプテンをつとめる今年は負けるワケにいかん!って意気込んどるみたいでね。 やけん、練習でキツイ事言われるかもしれんけど、本人も悪気はないけん、颯ちゃんがバスケ好きならやめんでね?』 遠い目をして、そう一通り話すまなみは、まるで亜也の年上の奥さんみたいやった。 確かに、経験者から見てこの学校のバスケのレベルが高いのは一目瞭然で、まなみの言うように、 亜也も先程とはまるで別人の様に大声で怒鳴ったりもしている。 ただ、その分ナイスプレーには大袈裟な位褒めちぎっている。 バスケだと、こういう熱さも苦にならない。 私の人生で、バスケだけは譲れない。 唯一、颯が自分の中に熱いものを感じられるのも、バスケをしている時だけだった。 それでも周りからはクールにプレイしている印象を持たれんねんな。 『安心して下さい。 バスケ好きなんで、やめませんよ。 低血圧なんで、朝は危ういけど。』 私も前を向いたまま返事をする。 すると、まなみは顔だけこっちを向いて、ありがとうと微笑んだ。 時折、亜也がこっちを見てニッコリ笑う。 女子校は初めてやし、ただでさえ恋とか愛とか良く分かれへん上に、同性同士やけど… でもなんとなく 亜也とまなみがお互いに好意を持ち寄っているのは、分かる気がした。 ただ、それ以上の事は気にならないし、知りたいとも思わない。 私には関係ないし 別に同性愛に偏見もない。 もう一度言うけど 私は人に興味がない。 はず やねんけどね。 あの寂しそうな笑顔の理由が ほんの少しだけ、気になったのも事実。
数日後 学校や練習にもぼちぼち慣れてきた頃に、腕試しと言って参加させられた3 ON 3で、颯は部員の度肝を抜く事になる。 颯のバスケの腕前は、もう既にプロチームからのスカウトの声がかかる程の実力。 ゲームが終わると、亜也が興奮しながら駆け寄ってきた。 『颯っっ!すごいやん!! うちにバスケ教えて!!(笑)』 昔から、バスケで褒められるのはほんまに嬉しい。 容姿とか、成績とか そんなんは全然何とも思わんけど、バスケだけは素直に嬉しい。 『ありがとうございます。』 自然と顔がほころぶ。 すると、奏音も寄って来て 『さくらバリかっこ良かったばい!!』 と言ってタオルをかけ、冷たいお茶をくれた。 一休みする為に腰を掛け、汗を拭いて束ねていた髪のゴムを解く。 腰ほどにまであるストレートで綺麗な髪がさらっと落ちる 颯の髪は、いわゆるバージンヘアー。 色は元々、程よく明るめな栗色なので染髪はした事がない。 それに、パーマやエクステなんかもした事がないので、毛先ですら全く傷んでなくて、天使の輪がくっきりとある。 『さくらの髪、やっぱ綺麗やね。』 奏音がそう言った時 のんちゃ〜ん!! と、怪我をした部員が向こうから奏音の事を呼んだ。 『呼ばれてんで、【のんちゃん】。』 麦茶片手に指を差すと 奏音は、丸い目を更に丸くして 『初めてやん!名前呼んでくれたの!』 と照れたように笑って、呼ばれた先に走って行った。 そう言われてみれば 人を呼ぶ時は、大概決まって、なぁ…とか、あのさ…とか。 そもそも自ら話しかける事は滅多にないけど。 せやけど、あんな風に喜ばれたらどこか嬉しい気持ちがしないでもない。 小動物みたいな不思議ちゃんが照れてる所が可愛いかったから、これからはたまに呼んでみよう。 そんな事を、体育館の入口から見える空を見ながら考えていた。 絵に書いたような青と白。 今日は風も弱いから 雲の動きも遅い。 しばらくじーっと見ていると、寝てまいそうになったから あかんあかん、と軽く頭を振って、冷たい麦茶を一気に飲み干した。
『いい顔で笑えるやん?』 背後から突然聞こえた声にビックリして振り向くと、まなみが立っていた。 え?という顔で返事をすると 『バスケしてる時。 いい顔で笑えとったよ? 颯は愛想笑いしかできんのかと思いよった(笑)。』 なんやねん、それ(笑) 『人間なんでね。 そりゃ楽しけりゃ笑いますよ。』 背中越しに答えると まなみはフフっと小さく笑って、私の髪を結わえだした。 『綺麗な髪ね。 颯に似て真っ直ぐって感じ。』 女性の手付きというのだろうか、手ぐしで優しく頭を触れられているのが、なんか妙に心地いい。 こんな風に触れられるのは、初めて。 いや、小さい頃おかんにしてもらってたんかな? だからなんだか懐かしい様な、安らげる様な気持ちになるんかな。 『私、ひねくれてますよ。』 そう言った自分の声が、穏やかな声に感じた。 『真っ直ぐよ、颯は。 羨ましいくらい…。 人って素直な人の前やったら素直になれるのが不思議やね。』 後にいるから確かではないけど そう言ったまなみの手と声は小さく震えているような気がした。 でーきたっ。 そう言って頭を撫でられる。 『ありがとうございました。 無理して笑うのは疲れますからね。 その分たまには泣いてあげないと可哀相っすよ。 先輩しゃがめば私で隠せますから。 私、ここにいますから大丈夫ですよ。』 ………………っ…… ちょっと…ゴメン…… 颯っ…ありがとう… まなみは声を殺して泣いていた。 何があったのかは知らない。 ただ、亜也はご機嫌だから亜也と何かあった訳ではない………と思う。 とか、珍しくちょっと他人を気にしてる自分と さっき柄にもない様な事を言った自分に 少し笑いそうになった。 励ましの言葉をかけたりするのは不得意だ。 だから、もうこれ以上かける言葉は見つからない。 後ろで私のTシャツを掴んで泣いているまなみの為に、温かい言葉ってゆーやつを一生懸命考えてみてんけど、あかんかった。 だから左手を後ろに回して、そのTシャツをかたく握る手を、片方だけ取って軽く握ってみた。 すごく強い力で握り返してきたから 私も力を強めた。 その繋いだ手におでこをつけて泣いているまなみ。 私、最後に泣いたのいつやろう。
帰りの電車で、クラスは違うけど同じ学年で同じバスケ部らしい美帆という子に話しかけられた。 『櫻井さん、今日すごかった〜! 美帆ね、高校からバスケ始めたけんまだ全然ダメダメっちゃんね〜…;; 最初はね、ぶっちゃけ亜也先輩目当てで入ったんやけど(笑) 今は純粋にバスケが好きやけんやりよーっちゃん! 櫻井さんはバスケしよる時別人みたいよね!?』 一見スポーツになんか興味なさそうな出で立ちの彼女。 茶色い巻き髪に、化粧バッチリのつけまつ毛で いかにも女子高生!! って感じの子。 でも、喋ると中身はすごく素直ですれてない良い子なのは分かんねんけど。 『ありがとう。 バスケ楽しいやんな? これからもヨロシク。』 ぶっちゃけ頭の中の半分は空腹が占めてて あとの半分はそれによる眠気がMAXの状態。 今日は変な事もあったし、もう頭とか気を使える気がしなくて、わざと会話が終わるように発言をしてしまう。 最低やろ? うん、私が一番知ってる。 ごめんな、美帆ちゃん…?やったっけ。 ほんの少しの罪悪感を感じながら、フォローするにもどうしていいか分からないから、日が暮れたばかりの窓の外を黙って眺めていた。 すると 『良かったぁ……。』 横から漏れるような声で聞こえてきた言葉。 …え? 聞き間違いかな? 隣にいる美帆に視線を落とすと、美帆もこっちを向いてニコニコしている。 何でこの子笑ってんねやろ? 『本当はね、櫻井さんに話しかけるの少し怖かったっちゃん。(笑) やけん、話しかけても無視されたらどーしようって思いよって…;; でもバスケすごいし、どうしても友達になりたくて、嫌われてもいいけん話しかけてみよう!って思ったと。 でもちゃんと話してくれたけん! 良かったぁぁぁ……って思って。。;;;』 な、なんか… 更に罪悪感。 確かに良く怖いだの、近付き難いだのは言われる。 だけど別に自分では普通にしてるつもりやし、無理して笑うのはもう沢山。 人を避けて生きてきたのは、私だ。 でも、こんなに真っ直ぐ向き合ってくれる子に何て失礼な態度を取ってしまったんやろう… と反省して、今の自分にできる限界の笑顔で笑ってみた。 美帆は何度もありがとうと言っていた。
あれから美帆は安心した様に喋り続け、気がついたら連絡先も交換していた。 私より2つ前の駅で、しつこい位に手を振りながら降りて行く美帆に手を軽く挙げる。 次の駅に着く頃には、滅多に鳴らない私の携帯が鳴る。 【受信メール】 差出人:佐伯 美帆 件名 :初メール↑↑ 本文 :ちゃんと届いとーかいな(≧▽≦)? みぽりんだよん♪ 今日は勇気出して颯ちんに話しかけて良かったぁ〜☆ 明日も朝練頑張ろうね(^O^)!! メールからでさえ伝わってくるこのハイテンション… 素晴らしいよ。 私も少し位は見習うべきなんかな? ちょい待ってな、想像してみる。 うん、ナイ。 そんな私を私は知らない。笑 悩んだ結果 【そうやな。私朝苦手やからはよ寝るわな。おつかれ。】 と返信をして、携帯を閉じた。 家に着いてリビングに直行すると、珍しくおかんがソファ-に座って寝ていた。 起きてる時とは別人の様な子供みたいにあどけない寝顔。 ブランケットをかけると、目を覚まして 『あ、帰ってたん。 おかえり。』 と、こめかみを両手で抑える。 元々偏頭痛持ちで低血圧やからこの人の寝起きはいつもこんな感じ。 私が朝弱いのも、綺麗にこの人の血を継いだから。 それにしても、久しぶりに見たおかん… また痩せた。 どうせまた無理してるんやろう。 『うん、珍しいやんこんな時間に家おるなんて。 ちょっとスケジュール詰めすぎなんちゃう? もーちょい体の事も考えな、えぇ年やねんから。』 冷蔵庫から取り出したジャスミンティーをコップにふたつ注いで、その内の一つを手渡しながら言う。 『ガキは黙って飯食って育ってりゃえーねん★』 そう言って受け取ったジャスミンティーを一口飲んでテーブルに置く。 煙草の箱が空だったようで 『一本ちょうだい。』 と、16の娘に平気で言う。 これが、私のおかん バリバリのキャリアウーマン 俗に言う新鋭産業の女社長。
まぁ…それで持ってる所が私もさすがこの人の娘。 吸いかけのKOOLを 『あげるよ。』 と投げる。 『さんきゅ〜♪』 と火を点けて一口吸うと 『うわ!これメンソールやん?! 私メンソール吸われへんし!! ほんま16年も娘してんのに親の事何も分かってへんわ〜……はい、これ返す。 煙草カートンで二つ買って来といて? あんたのそのマズイやつも買ってきてえーから。 ほな私自分の部屋でちょっと睡眠取ってるから、ご飯できたら起こしてな♪。』 そう言ってリビングの隣にある自分に入って行く。 。。。。。はぁ。。 どっと疲れた。 大きく一つため息をついて、とりあえずおかんがソファーで飲んでいたらしきワインを片付ける。 まだ結構残ってたから 一口飲んでみると 想像以上に渋みが強くて吐き出しそうになった。 だから嫌いやねん、年代物のワインは。 ラベルを見ると1963年物。 これは、亡くなったおとんの生まれ年だ。 おかんが、しんどい時や寂しい時に1人で泣きながら飲むのを知ってる。 ワガママやし、自分勝手やし、デリカシーないし、子育て放棄してるし、無理ばっかりするどうしようもない女性やけど 本当はすごく繊細でもろい人なのも分かってるから、私もできるだけ心配をかけないようにやってきたつもり。 よし、しゃーないから今日はあの女性の好きなフレンチにしてやろう。 なんか凹んでるみたいやし。 料理の腕ならその辺のシェフには負ける気がしない。 なんてったってうちの女王様は舌が肥えていらっしゃいますからね。 そりゃあ鍛えられましたとも、自分は卵焼きひとつ作られへんくせに。 小さい頃から、いつも沢山の料理本を買ってきては、これが食べたい♪って言って来る。 まぁ… 食べたい イコール 作れ なわけで、勉強するには不自由ない程の教科書が揃ってるという訳ですよ。 テキパキと主婦業をこなし、久々に親子でディナーなんてしちゃって、晩酌に付き合わされた後、お風呂に入ってやっと就寝。 こう言うのもなんやけど、学校から帰っておかんがいると私のいつもの生活ペースが乱れる。笑 ベットに入って時計を見るともう2時近かった。 もうムリ… 眠い。
AM 5:50 携帯が鳴ってる。 アラームや。 起きなあかん… ………あれ? アラームってこんな音やったかな? 目を閉じたまま、手探りで携帯を探す。 見つけて画面を開くと、やはり鳴っていたのはアラーム音ではなくて着信音。 でもコンタクトを外しているから誰からの着信か見えない。 こんな時間に電話をかけてきそうな知り合いなんて1人もいないので、 まだ8割方脳は眠っている状態で、とりあえず不審に思いながらも出てみる。 『はい』 「もっしぃ〜♪」 『………。』 「あれ?もしもし〜? もしもぉ〜し??」 『…だれ?』 「あ、起きてた!美帆だよぉ〜(笑) 分かるぅ??」 ………ミホ? 何か知ってるけど誰やっけ? ………………… あぁ、昨日の。 『何?』 「モーニングコール♪ 朝苦手っちゃろ〜?? やけん起こしてみたと!」 あと10分寝れたのに。 つか頼んでへんし… いや、でも昨日遅かったからいつものアラームの音じゃ起きられへんかったかもしれんしな。 とりあえずお礼言っとくべき所やろ、ここは。 『あぁ、そーなん。 ありがと。ほな。』 電話を切ると 大きく背伸びをしてベットを出る。 身支度をしてリビングに行くと、テーブルの上に走り書きのメモが置いてあった。 【煙草吸い過ぎ注意! 今日の夜は中華がいい! あと、会わせたい人がおるからご飯多めに作っといてな!】 昨日私が寝てからも1人でまだ飲んでたくせに、もういないとは……ほんまタフな人。 つか、会わせたい人って… 彼氏かな? とうとう来たか。 別に父親の記憶があるわけではないし、親やからって恋愛するのは自由やと思う。 おかんが再婚したいと言うなら別にしたらえぇと思うし、反対はせーへん。 けど、なんやろうこの気持ちは。 寂しいとかじゃなくて、心のどこかで拒否したくもなる。 きっと一番の理由は この家に他人が一緒に住む事になるのが嫌なんやと思う。 ずっとおかんと2人やったし、おかんはバリバリに働く人やから、家では1人で過ごす事が多かった。 小さい頃は寂しいと思った事もあるけど 今はそれが心地良い。 男性と住んだ事がない私。 上手くいく訳ない。
朝からちょっと既に疲れ気味。 学校に着くと、奏音が膨れっ面でやってきた。 『さくらのアホ!』 ……はい? 状況が全く理解できない。 とりあえず携帯で時間を確認してみたが、朝練に遅刻しているわけじゃないし。 すると 『ノンが一番にさくらの番号聞こうと思いよったのにぃ!!! 美帆に先越されたし!!!』 そう言って私の手から携帯を奪い、奏音が自分の番号とアドレスを登録している。 あっけに取られていると、美帆がやって来て 『朝起こしちゃってごめんね…;; もしかしてもう少し寝れる時間やった…? さっき颯ちん起こした話をしてたら、ノンちゃんヤキモチ妬いちゃったんだよね〜(笑)』 奏音は登録した自分の携帯にワンコールをして、今度は自分の携帯に私の名前を登録している。 ストレッチをしながらその作業を見てると、必死な姿が面白くて笑けてきた。 『なん笑いよーと! 笑いごとじゃないっちゃけんね!!』 と、顔を真赤にして携帯を私に返し、他の部員に自分の携帯を自慢気に見せていた。 オンナノコって、分からない。 もくもくとウォーミングアップをしていると、まなみが 『朝からモテモテやぁ〜ん☆』 と冷やかしてきた。 『良く分かんないです。』 正直に言うと、まなみは笑いながら 『颯らしい♪』 といって、私に背を向けた。 『昨日は…ありがとう。 颯の手暖かかった〜。 突然でビックリしたでしょ?! ごめんね…もう大丈夫やけん!』 そう言って振り向いた顔は、やっぱり寂しそうに笑っていて… 『心が冷たい人は、手が暖かいらしいですよ。』 そう答えると、今度は本当に楽しそうに笑った。 『今、いい顔で笑ってますよ。』 昨日、まなみに言われた台詞をそのまま返す。 まなみは、ありがとうと言って亜也の元に走って行った。 皆、それぞれ色々あるんやろう。 私も、朝から色々考えたしね。 中華かぁ…… おかん、まさか今度は中国人とか? まぁそれは冗談として…… あの女性、確か中華はそない好きではなかったはずやねんけどな。 恋ってすごいですね。 私は誰を好きになってもニンジンは好きになれへんと思うけど…なんて考えていると 『始めるよ〜!』 と亜也の声が響いた。
朝練のある日は、大体2限目まで寝る。 今日の3限目は体育。 たっぷり寝て、ちょうど体を動かしたかったからちょうどいい。 更衣室に行こうとすると、奏音に呼び止められた。 『ちょっと!さくら! どこ行きよーと?!』 え。だって体育やろ? 『着替えやけど。』 すると、やっぱり…みたいな顔をして席に連れ戻された。 『今日の体育は5月の球技大会についての話し合いって朝のHRでキクちゃんが言いよったやろ!? さくらって、もしや天然?(笑)』 えーまじで。 つか、天然ちゃうし 朝のHRとか寝てたから知らんし。。 まぁ…昨日寝んの遅かったからもう1限分寝ろって事かな。 『そうやっけ。』 そう言ってまた机に顔を伏せると 『またそーやってスグ寝る!! やけんそんな背伸びるんよ!!』 関係ないと思うけど。 でも確かに私、良く寝る方やったかも。 『そーかもね。』 そう適当にあしらうと ほら、開き直ってないで起きるっ♪ と言って頬をつねられた。 渋々体を起こすと、周りにいた何人かのクラスメイトが【夫婦みたい】と笑っていた。 『どうせもらうならもっと色気のある嫁がいいな。』 と珍しくノってみると、奏音にパカパカ殴られた。 これを期に 【櫻井さんは怖くない】 という噂が広まり、今まで話したかったけど怖くて話しかけられなかったという人達が、次々と話しかけてくるようになった。 球技大会はもちろんバスケで参加。 奏音はじゃんけんに負けてバレーらしい。 部活が始まってまでブーブー言ってる奏音を横目に、今日もひたすらバスケに打ち込む。 帰りにまた美帆と同じ電車に乗り合わせて、色々と質問攻めにされた。 ネタが尽きたらしく 美帆にも質問出して♪ と頼まれたので 『中華料理で何が好き?』 と聞くと 『え!?そんな質問!? え〜っとねぇ、炒飯にエビチリかえて食べるのが好き!』 という事で、我が家の晩ご飯は炒飯とエビチリになった。 野菜がないから、もう一品八宝菜か青椒肉絲でも作ってスープでも作ればえーかな。 なんでなんで?? と聞かれたから 今日の晩ご飯決めてなかったから、と言うと それは質問じゃない! と拗ねていた。
『ねぇ。 もし美帆が女の子が好きって言ったら、颯ちんはどう思う……?』 いつになく大人しいトーンで真面目に聞いてきたから、私が答えるまでの時間、美帆が緊張しているのが伝わってきた。 『別に。 ふーん、って思う。』 すると驚いたような顔をして 『本当に?! 引かない?!?』 と問い詰めてくる。 『なんで引くの?』 と聞き返すと 『気持ち悪いって思う人もいるから…。』 と悲しそうな目で呟く。 『別に誰が誰好きになろうがその人が幸せならいんちゃう? 同性同士でも、年が離れてても、犬とネコでも、本人らが好きならそれが恋愛やろ。』 美帆の頭をクシャクシャっと撫でながらそう言うと、美帆は目に涙をいっぱい溜めて 『これ、嬉し涙やけんね!!』 なんて言いつつ 鼻を真赤にして、泣きながら笑ってた。 『髪も顔もぐちゃぐちゃやで。』 電車の窓に映る美帆を指さすと 美帆は急いで髪を整えながら 『私ね、やっぱり亜也先輩が好きっちゃん。』 と、小さい声で言った。 私が無言のまま頷くと、美帆はそれを窓越しに確認して話を続けた。 『昨日も言ったように、バスケを続けてるのは純粋にバスケが好きやけんったい。 でも、亜也先輩が他の人と戯れてたりすると…どっかで苦しくなっとる自分もおると。 美帆なんて先輩の何でもないのに、ヤキモチ妬いてしまいよーっちゃん。 …おかしいよね。。?』 部活中に亜也が戯れてる姿を見るとしたら、相手は1人しかいない。 『まなみ先輩に?』 そう聞くと、美帆は目を丸くして私を見上げ 『なんで分かると!? 美帆、まなみ先輩に変な態度取りよる!?』 って聞いてくる。 『いや、そうじゃなくて。 亜也先輩が戯れてんのなんてまなみ先輩とぐらいやん? 私はまだ苦しくなる程人を好きになった事がないから美帆の気持ちは分かれへんけど、別に好きでいたらいいと思うよ。 好きになったらあかん人なんてこの世におらんやろ。』 そう言ってもう一度美帆の髪をぐちゃぐちゃにしてみる。 もぉ…っ…やめてよぉ………っ……。 と言いながら大粒の涙をぽろぽろと流し、必死に髪を直す。 そして美帆の最寄駅に着き、降り際に笑顔で 『颯ちんカッコイイよ! ありがとう!!』 と言ってまた大きく手を振っていた。 さ、帰って中華だ。
家に着く頃に、美帆からのメールが来た。 差出人:佐伯 美帆 件名 :おつかれ♪ 本文 :今日は本当にありがとう! 美帆ね、今日初めて人に女の子が好きって告白したっちゃん。。 イケナイ事なんかと思ってずっと言えんやった。 でもね、なんか、なんとなく颯ちんには言えるような気がしたんよ。 颯ちん、たいがいの事じゃ驚かなそうやし(´`●)*・。゜★(笑) なんか、颯ちんって空気みたい!! スッキリさせてくれて本当にありがとう☆ 亜也先輩の事、頑張るけん応援してね! カミングアウトか。 そういえば、色んな人に数々のカミングアウトをされた気がする。 どうやら私の性格上 【黙って聞いてくれる人】 が欲しい時には最適らしい。 まぁ、確かにその全てに驚きはしなかった。 それにしても、美帆が何に感謝しているのか全く分からない。 まーいっか。 つか、空気みたい…って……。 存在感ないって事か? まぁ…なくていいねんけど。 ごちゃごちゃ考えてる内に料理の下準備ができた。 温かいものを食べさせてやりたいから、調理は帰ってきてからにしよう。 で。おかん…達、はいつ帰ってくんねやろ? 電話してみるべきか… いや、その内帰ってくるやろ。 下準備した材料を冷蔵庫に入れてソファーに寝転がる。 携帯を開いて美帆に何てメールを返そうかな…と考えていた所に電話がかかってきた。 着信 : 沢田 奏音 『どしたん?』 「でたっ!!」 『いや、そりゃかかってくりゃ出るやろ。』 「そっか、そやね(笑)」 『で…どしたん?』 「んっとね〜……… さくらの声が聞きたかっただけ!」 『…………。』 「なんちって☆ 明日の朝練なくなりましたの連絡ばい!(笑)」 『あぁ…そなんや。 わざわざありがと。』 「本当は本当やけど。」 『え…?』 「本当は、少しだけ本当。 さくらの声、聞きたかったんよ?」 返事に困る。 ノるにノれへん。 ボケか?本音か? 九州ギャグか? 「あ〜!返事に困っとーやろ!!(笑)」 『うん、困ってる。』 「ばか正直。 じゃあ明日ね! おやすみ!!」
おやすみ、と言おうとした時にはもう電話は切れていた。 時間にして、3分もない。 まさに嵐…… やっぱ変わってるよ、アイツ。 まぁ…私も人の事言われへんけど。 で、私何しようとしててんっけ? 忘れた うん、眠い。 まだ9時前… んー…ちょっとだけならいっか。 どーせおかんが帰ってきたら起こされるやろうし。 目を閉じる前に、とりあえず一度おかんに電話してみたけど出なかった。 寝よ。 少し肌寒くて起きた。 それもそのはず。 もう4月やけど、さすがにTシャツ一枚で布団もかけずに寝ていたから。 今、何時やろ…… つか、やば… 寝過ぎたかも。 携帯を見ると、朝の5時― おかんからの連絡は来てないようだ。 薄手のパーカーを羽織ってリビングに向かう その前に… 恐る恐るおかんの部屋を開けてみる。 いない。 リビングに入っても姿はなく、帰ってきたような形跡もなかった。 またか。 昔から良くある事だ。 今日は早いから一緒にご飯食べよう、とか 次の休みに一緒にどこかへ行こう、とか でも、実際は急な仕事なんかで流れる事がほとんど。 仕方ないし、慣れてる。 女手ひとつで子供を育てる苦労は、並大抵なものじゃないやろうからね。 おかんも悪気があるわけじゃないのは分かってるし 気にしてないようで 一番気にしてるのはおかんだっていう事も昔から知ってる だから、どんな約束を破られても責めた事や憎んだ事はない 至っていつも通りに接してきた。 昨日の下準備したものを調理して、メモと一緒にテーブルに置く。 【温めて食べて。おつかれさん。颯】 今日は1人分多かったから、お弁当箱に詰めて学校に持ってこう。 昨日は晩ご飯を食べてなかったから、炒飯を少し食べた。 久々に、なんか空しくなって ちょっと早いけど、学校に向かった。
何も考えずにいつも通り体育館に向かうと、やっぱりまだ誰もいなかった。 軽く体をならしてから 3ポイントシュートの練習をしていたら、亜也が来た。 『お〜ディゾンおはよ! てか…あれ? もしかして今日朝練ないって連絡いかんやった?!』 あぁ…そう言えば。 つか、ディゾンって誰やねん? 『あーなんかそう言えば奏音から夕べそんな電話があった様な… でも、忘れてました。 つか、ディゾンって誰ですか?』 すると亜也は笑いながら 『忘れとったって(笑) それにしても早かね! ディゾンは1年生の中での颯の呼び名♪ 2年生にディゾンそっくりの先輩がおる!って有名らしかよ(笑) でも確かに似とるけん、今日からウチも颯の事はディゾンって呼ぶと♪♪(笑)』 あぁ、最近何回か言われた。 なんちゃらディゾンに似てるって。 私知らないけど… 『やめて下さいよ…(苦笑) 今日はたまたま早く起きたから早く来ただけですよ。 で、なんで先輩は朝練ないのに来てはるんですか?』 その問い掛けに、亜也はストレッチをやめてこっちを見た。 『フラれたけん。 うさ晴らし?(苦笑)』 ………え。 先輩、付き合ってた人おったんや。 『そうですか。』 何て言っていいか分からんから、それしか出てこんやった。 『それだけかい!!(笑) もっと慰めるとかしてみてよ(笑)』 と突っ込む先輩の目は、良く見ると確かに赤くて少し腫れてた。 『すいません。 言葉で慰めるのって苦手分野なんで… 私で良ければ…バスケ、付き合いますよ。』 すると亜也は立ち上がり、よしやるか!と言って、私が持っていたボールを奪った。 ひたすら汗をかいて、2人してヘトヘトになった所で、体育館に大の字で並んで寝転ぶ。 息が落ち着いてきた頃に、窓から見える空を見ながら亜也が喋り出す。 『今日、天気よかね。』 「そうですね。」 『学校、さぼりたくならん?』 「そうですね。」 『さぼってみる?』 「そうですね。」 『笑っていいともみたいやね。』 「そうですね。」 亜也はそのくだりがツボやったらしく、1人で転げ回って笑っている。 私は、そんな先輩が面白くて笑ってた。 先輩はこれでもかという位に笑って、大きなため息を一つ、ついた。
『ねぇ、ディゾンってどんな人が好きと?』 「せやから、その呼び方やめて下さいって。」 『やだ(笑)』 「恋愛とか、好みとか、まだ良く分からないです。」 『そっかぁ…。 今は好きな人とかおらんと?』 「いてませんね。」 『ウチね、どうしても男を好きになれんったい。』 「そうですか。」 『驚かんと?(笑)』 「別に驚きませんけど?」 『そっか。(笑) でね、一年の時から好きやった子に、二年の時に告白したんやけどフラれてね。 そこでなんと、ウチを好きって言ってくれよったその子のお姉ちゃんと付き合ったんよ。』 「はい。」 『その人は、ウチが妹をずっと好きやった事も知っとってさ、尚且、妹の事好きでもいいけん付き合って欲しいって言ってきたったい。』 「そうですか。」 『でも、そんな失礼な事は出来んし、そもそもその人とは親友というか、  めっちゃ仲良かったけん、恋愛対象として好きって思った事がなかったと。 それでも、フラれたショックが大きかったのと、必要としてくれる事が嬉しくて、結局付き合ってしまったんよね。』 「元々お姉さんとも仲が良かったって事は、お姉さんもこの学校やったんですか?」 『そう。 2人とも同じ学年。』 「双子…?」 『いや、そのお姉ちゃんの方は、高校一年の時に体を壊して3年留年したから、年はウチの3つ上なんやけど、同学年なんよ。』 「へぇ…。 三年にそんな人がいたんですね。」 『まぁ…それがまなみなんやけどね。』 「…………あぁ。 そうやったんですね。」 『これでも驚かんと?(笑)』 「亜也先輩とまなみ先輩がそういう仲なんかな…ぐらいは気付いてたんで。 でも、年の事は少し驚きました。」 『肝っ玉やなぁ〜ディゾン。』 「せやし、ディゾンちゃいますって。」 『でね、ディゾンちゃん(笑) 付き合ってくうちに、ウチはどんどんまなみに惹かれてった。 …というより、まなみとおると心から安心できる様になって、まなみの妹の事もだんだんふっきれてきよったんよ。 今ではまなみが一番大切やし、かけがえのない存在って言い切れる。 それで、昨日が付き合ってから一年記念日やったっちゃけど、部活始まる前にいきなり向こうから別れたいって言われてさ。』 「理由は?」 そう尋ねると、亜也は体を起こして座った。
読んで下さってる方々、初めまして<_<)o>> 今回小説に初挑戦しているYですが、果たしてこれは読んでて面白いのか、客観的に見る事ができないので不安です…(ΘoΘ;) まだまだ長くなるとは思いますが、最後まで頑張りたいと思っています!! よろしければ、感想を書き込んでもらえたら嬉しいです♪♪ 読み難い感じなら、アドバイスなんかももらえると助かります(笑) では、これからもTIME ∞ LAGをヨロシクお願いします(*^_^*)
『好きな人が出来た。…らしい。』 「そう…すか。」 『全然そんな素振りしてなかったけん、急過ぎて受け入れきらんというか、理解できんでさ。 一晩考えたけど、考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうで、気付いたら家飛び出してた。 バスケするしかないって。』 その気持ちは分かる気がする。 私も小さい頃から、考えたくない事を考えたくない時、ひたすらバスケに打ち込む癖がある。 今でもそう… つか、今日も多分…… そう。 「バスケしてる間は、忘れられますもんね。」 『そうっちゃんねー。』 「でも、ほんまですかね?」 『………え?』 「ほんまに、理由はそれだけなんですかね。」 『何度聞いても理由はそれしか言わんやった。 ウチが別れたくないって言っても、もう聞く耳持たないというか…かなり意志は堅かったみたいやけん。 なんでそう思うん?』 「いや、特に理由はないんですけど…。」 私は、一昨日まなみが流した涙を思い出していた。 声を殺して 存在ですら消してしまいたいかの様に泣いていたまなみ。 あの出来事を亜也は知っているのだろうか? 言うべきかな。 いや、言わない方がいいと思う。 なんとなく、直感でそう思った。 『ま…理由どうあれ、まなみが決めた事やけんね。』 「もう、諦めるんですか?」 『潔く受け入れてあげな、あいつが別れに踏み出した勇気を無駄にしてしまうやろ。』 そんなもんなんかな。 「難しいですね。」 『難しかよ。』 私は立ち上がって亜也先輩の前に立つ。 「先輩、授業始まりますよ。 着替えましょ? で、また放課後。 一緒にバスケしましょ。」 そう言って手を差し出す。 その手をがっちり握って立ち上がる亜也。 まだ笑顔は弱いままやけど。 『もうディゾンにしか見えん!(笑)』 なんて言えてるだけまだマシなんかな、と思う。 着替えを済ませ それぞれの教室に向かう別れ際。 あ、そうや。 『これ、良かったら食べて下さい。』 朝作った中華料理を詰めた弁当箱を亜也に渡す。 亜也は一瞬不思議そうな顔をして… でも、それを笑顔で受け取り 『ありがと! そう言えば昨日から何も食べとらんやった!ディゾンのおかげでお腹空いた!』 ディゾンちゃうし。 まーいっか。
午前中の授業も、珍しく今日は眠くなくて 奏音が何度も後ろを向いては物珍しそうな顔をして前を向き直す。 意外と多いもんやねんな… 心から笑ってない人。 無理に笑うのは 心配をかけたくないという思いやりがあるから。 それは どんな人でも、どんな場合でも同じだと思う。 でも私からしたら その人の涙を見るより その人が苦しそうに笑う顔を見た方が悲しくなる。 まなみ先輩も 亜也先輩も 素直な心で話し合えばきっともっと違う【終わり】があると思うのに。 別れという事実は変わらないとしても あの2人は きっとお互いに一番言いたい事を隠してる気がする。 言葉がなくても通じ合える仲も素晴らしいとは思うけど やっぱり時には言葉にするのも大事なんやろう。 私が言うのも何やけど 物分かりが良過ぎるのも、考えもんやな。 一番大切なものでさえ失ってしまうから。 窓の外を見ると この学校に来た時には満開だった桜が、今はもうほとんど散っていて。 風が吹くと、下に落ちていた花びらが一度舞い上がり、またすぐに土の上に戻る。 それを繰り返して あの花びらは一体どこに行くんだろう。 私達は、何度出会いと別れを繰り返したら 永遠になれるのだろう。 授業が終わり、部室に向かう途中 『今日、一日中ずーっと何考えよったと?』 奏音が隣から見上げて聞いてきた。 『ん〜…多分答えはどこにもない様な事。』 そう、きっと正しい答えなんてない。 『じゃあ。 その答えのヒント、のんが教えてあげる。』 何とも意外な答えに奏音を見下ろした瞬間に たった一瞬の短いキス。 その後で 『愛だよ、愛♪ 世界の平和に必要なのは愛!』 と言って、スキップしながら【先行ってるね〜】と行ってしまった。 ツカメナイ。 でも、あながち 間違ってはいないかも。 鞄で鳴った携帯を見ると 【受信メール】 差出人:おかん 件名 :無題 本文 :昨日はごめん!やっぱりあんたの中華が一番やわ!今日焼肉行くから早く帰ってきや〜! 埋め合わせのつもりですか? 一番高い肉食ってやる。
その日の部活に まなみ先輩の姿はなかった 体調が悪くて早退したらしい 亜也は、一見普段通りに見えるが 目が合うと苦笑いを浮かべていた 家に帰ると、おかんが焼肉に行く気まんまんで待っていた。 『さ、今日は食べるで〜♪♪ はよ着替えておいで、チビ♪♪♪』 おかんは昔から今も変わらずに私の事をチビと呼ぶ。 そんな当本人は160cmあるかないかだから、こっちから言わせりゃおかんこそチビな訳だが… 案外、嫌でもない。 普段生きてて他の人に言われる事ないからね。 ロンTにデニムのラフな格好にキャップを被る。 普段フェミニンな格好はしない。 スカートを履くのは制服だけやし、パンツもデニム地がほとんど。 ヒールがあるミュールやサンダルもあまり履かない。 基本スニーカーか低いパンプス。 だからこの長い長い髪がなければ、きっと結構な確率で男に見られるやろう。 だから髪は昔から長いままなのかもしれない。 大阪に住んでた頃は、いつも行く焼肉屋さんがあったけど 福岡で焼肉屋に行くのは初めて。 適当に見つけて入るのかと思ったら、乗込んだタクシーでおかんが場所と店名を伝えた。 『知ってる店なん?』 何気なく聞くと 「人に教えてもらってん。」 と返ってきた。 少し間をおいて 『昨日、紹介したいってゆーてた人?』 と尋ねると 「まぁな、私も行くのは初めてやねんけど。」 『へぇ。』 沈黙になって変な空気が流れる。 なんだか妙に落ち着かない。 その時おかんの携帯に着信があり、会話の中で【私らも、もーすぐ着くわ。】と言った。 え。誰か来るん? その疑問が解消されないまま、車は指定された店に着いてしまった。 おかんは会話を続けながら私に財布を渡し、先に降りてしまった。 残された私がお金を払い、おかんの荷物も持って降りる。 辺りを見渡すと、お店の入口付近でおかんが手招きしている。 その隣には 見た目、まだ20代といった様な若い男性が立っていた。
焼肉の味は覚えてない。 ただ、覚えてるのは その男と楽しげに話すおかんが 【自分の母親】とは別人に見えていた事。 自己紹介をされたけど、名前も年も覚えてない。 いつもの癖で違う事を考えていて聞き逃した訳じゃなくて 多分 聞かない様にしてた。 別にその男が気に食わなかったとかじゃなくて こういう風に… いわゆる母親の彼氏と会ったりするのは初めてで 今までもおったんかもしれへんけど どちらかというと おかんはそれを隠したがっていたから 何故、この人には会わせようとまで思ったのかが分からなかった。 いかにも仕事が出来そうな爽やかな青年。 何度も笑顔で話しかけてくれたけど 私は一度も笑いかけてあげられへんかった。 目を細めるだけの作り笑いさえ出来ひんかった。 なんやろう、この感情は。 母親を取られた子供が拗ねてるのか? 違う。 【女】である母親を 初めて知ったショック。 きっと、両親のSEXを見てしまった子供の気持ちはこんな感じだろうか。 挙句の果てに その会食の後、お金を渡されて先にタクシーで帰らされた。 きっとあまりにも私が無愛想やったから 相手の男が気を落としてるんやろう。 でも、こっちにもそうなったのにはそれなりの事情がある。 おかんが、今後も家族を…私を巻き込んでその男と付き合っていきたいのなら 今フォローするべきなのは、あの男より私やと思う。 つか、そうであってほしかった。 やけどあの女性は 【母親】ではなく 【女】を優先した。 そうなるのは当たり前なんかな? 確かに私とあの女性は切っても切れない縁な訳やし、16年そばにいた私とは多少の事で崩れたりする関係でもない。 多分私は、彼女にとって一番の理解者やと思う。 せやけど いくら血で繋がっていたって 失うものはある事を知った。 恋愛とは、こういう物なのか。 時には家族まで犠牲にするもんなのか。 世界平和に必要なのは愛だと言った奏音の言葉を思い出した。 でも、人を苦しめるのも【愛】が存在するからやと思う。
私は本気で人を好きになった事がない やから おかんとあの男がどれだけ愛し合っているかなんて、言葉にされても分からんし 今日みたいに態度で示されても分かれへん。 その感覚自体が、分からないから。 【母親】だって恋愛するのは自由やと思う。 むしろうちのおかんは、今まで良く1人で頑張ってきてくれたとも思う。 陰で支えてくれていた男性はいたのだろうけど、それを私に気付かれないようにしてくれていた事を 今 すごく感謝できる。 私が【愛】に対して無知すぎるんやろう。 だからこんなに受け入れられないのだろう。 初めて会わせたおかんにも、きっとそれなりの理由があるんやろう。 親離れはとっくの昔に出来ていたはずやのに いざ子離れされるのを身を持って実感すると 寂しいものなんやね。 タクシーを降りる時に届いた一通のメール。 【受信メール】 差出人:おかん 件名 :無題 本文 :ごめんね。 ………………なんで罪悪感を感じるんやろ。 自分の中にあるいくつもの矛盾が 絡まりすぎて解けない。 気付いたら 泣いていた。 なんで泣いたのかは良く分からない。 でも、きっと苦しかったんやろう 解ってあげられない自分が。 男に負けた自分が。 愛を知らない自分が。 ガキな自分が。 今ここで1人で泣いている自分が。 何年かぶりに感じた 涙が頬をつたう感覚。 最後に泣いた記憶があるのは、小学生の時、初めてばかりのバスケの新人戦で負けた時。 あの時流した涙の記憶は、もっと体中が熱くなって悔しい気持ちが溢れてきていた。 でも、今の涙は 温度がない。 込み上げてくるものが何なのかも分からない。 はっきりしているのは 今、1人でいたくないという事。 でも、こんな事を思うのも初めてで こんな時、誰を求めたらいいのかも分からへん。 今まで、漠然とした寂しさを感じた時は バスケをして無理矢理かき消していた。 だけど…今は 人の温もりが、欲しい。 何もしてくれなくていいから ただ、そばにいてほしい。
とりあえず気持ちを落ち着かせる為に ベランダに出て煙草を吸ってみたけど 余計に涙が溢れてむせてしまう。 携帯のアドレス帳を開いてみたけど やっぱり誰に言ったらいいのか 何て言っていいのか分からなくて そのまま閉じてしまった。 その時 手元で着信音が鳴る。 画面を開いて確認してみたけど、知らない番号。 でも、誰かと会話するだけでも気が晴れるかもしれない。 『はい。』 泣いている事がバレない様に、小さい声で出る。 「颯…?分かるかな?」 この独特な雰囲気の声。 優しさと穏やかさと強さを持つこの声は… 『まなみ先輩ですか?』 「すごい、良く分かったね。」 耳元でも人の温度を感じると、止まりかけていたのに…また喉の奥が狭くなって目頭を熱くする。 やばい 早く喋らなきゃ。 『……っ…。 どうしたんですか?』 必死に絞り出した声に 「今、どこにおると?」 と返って来た。 『家…ですけど?』 「家、どのへん?」 『福岡タワーのすぐ近くです。』 「そうなんや、じゃあ家から近いったい。」 『そうなんですか。 …何で私の番号知ってはるんですか?』 「のんちゃんに教えてもらったと。 この間のお礼…したかったけんさ。」 『そんな、私何もしてへんし…。 気にしんといて下さい。』 静かなのに、すごく癒される声 きっと今私が泣いている事も悟ってくれて、尚且敢えて触れないでいてくれる感じも やっぱり年上やな、と実感する 私の4つ上やもんね。 「ねぇ、今から少しだけ会えんかいな?」 『………え?』 きっと今まなみに会うと、泣いてしまう気がする。 だけど、今だから この人に会いたい、と何故か本能が動いた。 はい、と返事をしようと思ったら 「ね、会おうよ。」 と、もう一歩歩み寄ってくれた。 『はい。』 「実はね、今福岡タワーの下におるっちゃけど、出てこれる? 用意してからでもいいよ、待っとーけん急がんでいいけんね。」 何でもう着いたんやろ? まぁ…いいや。 『いや、すぐに出ます。』 そう告げて電話を切ると、焼肉の匂いがする服を着替えて、泣いてた事がバレへん様に、深くまで被れるキャップに変えて向かった。
福岡タワーに着いて周りを見渡してみたが、それらしき人が見当たらない。 電話をかけようとすると、短い車のクラクションの音がして 振り向くと、その車の運転席の窓からひらひらと手を振って笑っているまなみが乗っていた。 車…? あ、そうか、4つ上やった。 小走りで駆け寄ると、乗って?と助手席を指差した。 乗込むと、いつもつけてるまなみの香水の匂いがした。 何かしらんけど、人のそばにいる事に、やたら安心している自分がいた。 『早かったね。』 「先輩こそ。」 『実はね、海が見たくて1人でドライブしとったんよ。』 「そうなんですか。」 『で、何故か颯の顔が見たくなってのんちゃんに番号聞いてかけたと。 で、そしたら何故か颯が泣きよったと。』 「…………。」 『バレバレだよ、お姉さんには。(笑)』 「5〜6年ぶりなんです。」 『そっかぁ。』 まなみは車のエンジンをかけて 『どこに行きたい?』 と聞いてきた。 「福岡のこと、まだ分からないんでお任せします。」 そう言って、シートベルトを締める。 『じゃあ、ちょっとブラブラ走ろっか。』 ゆっくり動き出した車は、広い道を抜けて行く しばらくお互いに何も話さないまま窓の外の流れる景色を眺めていた。 やがて何色何通りにも光る大きな観覧車が見えてきた所で、車は止まった。 その観覧車を見つめるまなみの遠い目から なんとなく、そこが特別な場所である事は分かった。 『そう言えば。 大丈夫ですか?体調。 今日、体調悪くて早退したって聞いたから。』 「あぁ…うん、ありがと、もう平気。 軽い発作やけん。」 『発作…? どこか悪いんですか?』 「うん、心臓がちょっとやんちゃなんよ。」 そう言えば、亜也先輩が朝言ってたな 体調崩して留年してるって。 『そうですか。 無理はしないで下さいね。』 「無理か… できたらいいのにな。」 『できたとしても、しんといて下さい。』 「はぁーい…。 あんね、私、留年しとるっちゃん。」 『…はい。』 「しかも3回も。」 『はい。』 「あれ?何で驚かんと?!」 知らんかったフリするべき? いや。 『知ってたんで。 今日の朝、亜也先輩に聞いて。』
亜也の名前が出てから しばらく沈黙が続いて 『どこまで…聞いたと?』 と聞かれたから、今日の朝の出来事を 思い出せる限り話した。 亜也先輩から聞いた話も それを聞いて私が思った事も。 まなみは最後まで黙って聞いていて、私が全てを話し終えた後 『そっか。』 と消え入りそうな声を漏らし、ハンドルに頭を伏せて肩を震わせていた。 元々華奢な体を更に小さくして また、声を殺して泣いていた。 背中をさすってみると 声をあげて泣いていた。 ひとしきり泣いて 息が落ち着いた頃 『また泣いちゃったよ。 亜也の前じゃ、今まで一度も泣けんやったのにね。 てゆーか…今日は颯を励ましに来たのに。 ごめんね…すぐ泣く先輩で。』 「素直に泣いてくれる先輩で良かったです。 美帆いわく、私空気みたいな存在らしいですから。 先輩が私で息できるんやったら、いつでも呼んで下さい。」 『颯って…すごかね。』 「何もすごくないですよ。」 『よし、移動しよう!』 車が走り出す。 福岡タワーの近くまで戻ってきた所で、車を駐車場に入れ、歩いてすぐの砂浜まで来た。 煙草を吸おうと思ったらもう入ってなかったので まなみにちょっと待ってて下さいと言って、近くのコンビニまで買いに行った。 4月の夜の海は少し肌寒かったので 煙草と、温かいコーヒーを二つ買って戻った。 体冷えたらあきませんから、とコーヒーを渡すと 彼氏みたい、と笑っていた。 そのコーヒーを2人で飲みながら ゆっくり波が打つ音をBGMに 他愛もない話を沢山した。 まなみが引き出してくれたかの様に 気付くと私は今日の出来事や複雑な想いも話していた。 口に出している内に 何となく心の整理もついてきて 暗くて広い海を見ていると、なんだかすごく小さい事の様な気がしてスッキリした。 自分の事を人に話すのは、初めてだったけど まなみが優しい目で 優しい声で聞いてくれていたから 安心しきっていた。 そして、静かにまなみが私の手を取って 『颯の番だよ。』 と呟いた。 その手はとても温かくて、涙は自然と出て来た。 今度の涙には 温度があった。
手に汗をかく位、ずっと握られたままの手。 涙が引いても離れる事はなかった。 煙草に火を点けると 『私にも一本ちょうだい。』 と言ってきた。 「体の事知ってもーたんで、無理です。」 と言うと、頬を膨らませていた。 『煙草、吸ってはったんですか?』 と聞くと 『煙は好きじゃないけど、味は好き。』 と返ってきた。 味なぁ…。 苦いもんが好きなんかな? 吸い終わって、コーヒーを飲もうとすると 『颯、それ飲むのちょっと待って?』 と手を止められた。 え? と思った瞬間― まなみの柔らかい唇が私の唇に重なる。 奏音とは違う 長い、長い、大人のキス。 気付くと、まなみはあぐらをかいていた私の膝の上に乗っていて 両手は私の首に回されている ビックリしてはいるけど 気持ち良くて、唇が離せない。 こんなに気持ちいいもんなんや、キスって。 でも多分これは お互いに心を開いているからだろう。 どの位の時間そうしていただろう 2人の息が少し切れる位。 一瞬離れてはまた勝手にくっついてくような、不思議な感覚やった。 暗くてお互いの顔は良く見えなかったけど、きっと今、すごく照れた顔をしてるんやろう。 いわゆるディープなキスをしたのは初めてでもないのに 生きてきた中で、多分今が一番ドキドキしてる。 『やっぱり煙草の味、おいしい。』 と言って笑うまなみを 無償に抱き締めてみたくなって、手を背中に回して力を入れた。 まるでそれに応じるかの様に、まなみも私に回した手に力を込めて、しがみつくように首に顔を埋めた。 『分かった。 颯に足りないのは心の温度だったんだよ。 今、颯の心温かい?』 「うん、めっさ温かい。」 『良かった… 私も、ばり温かいよ。』 愛しい、というのはこういう事を言うんやろうか。 離れたくなかった 離したくなかった 満たされていた。 永遠に今が続けばいい。
帰り際 『気をつけて。』 と言うと 『もう一回キスして。 明日まで、颯が私を忘れんように。』 色気が漂うお姉さんから、こんな可愛い台詞が出て来るのはズルイ。 不覚にも一瞬 男ゴコロらしきものが理解できた私、どないやねん。(笑) そんなに長くもないけど、心が通うのを感じる事ができる熱いキス。 『誰に習ったん?』 と意地悪な顔をして私を見るまなみ。 「先輩にさっき。」 と言うと、幸せそうに笑っていた。 今までみたまなみ先輩の笑顔の中で、一番綺麗やった。 車に乗り込もうとした時、もう一度まなみはこっちを向いて 『また明日。おやすみ。』 と私の目を見て言った。 『また後で。』 と返すと、朝練遅刻しちゃいかんよ〜と言って帰って行った。 まなみの車が見えなくなるまで目で見送ってから、私も家路につく。 帰ってきた自宅では、さっきと何も変わらずに1人やけど 何ていったらいいかな。 言うならば、世界の色が変わったと言うか さっきまであんなに理解できずに苦しんでいた【愛】が、今なら少しだけ分かる気がした。 具体的に言うと 好きではなかったスキンシップが、人によって…心によっては、こんなに気持ち良くて、幸せなものなんだと分かった。 冷静に考えたら 相手は同性やし まなみはまだ亜也の事が好きで、亜也もまなみの事が好きなんやろうけど 今日の事がまなみにとっては寂しさを紛らわす気紛れだったとしてもいい ぶっちゃけ 今の私にはそんな事関係なかった。 【初恋】 そう、きっと あなたが私の初恋の人。 生まれて初めて、心が躍るような恋をした日。 煙草を吸ったら さっきのキスを思い出した。 明日まで私を忘れない様に。 そう言って交わした今日のキスが 明日どころか 一生忘れられないキスになった。 寝る直前に、おかんにメールを返信した。 【送信メール】 宛名:おかん 件名:Re 本文:こっちこそ。あの人にも謝っといて。 【送信完了しました】 今日はいい夢が見れそうな気がする。
昨日はなんやかんやで寝たのが3時過ぎだったにも関わらず、アラームがなる6時のちょい手前で 何とも爽やかに目覚める事ができた。 ついさっきまで見ていた夢がどんな内容やったかは覚えてへんけど 穏やかな目覚めが、きっといい夢やったであろう事を裏付ける。 携帯を見ると 【未読メール 3件】 と表示があった。 一通目は、昨日返事をしたおかんから。 【受信メール】 差出人:おかん 件名 :Re;Re 本文 :さんきゅ!伝えといた!喜んでた! それは良かったですね。 もう何でもいいから、上手くやってくれって感じ。 あとの2通は知らないアドレスからだったけど、その内の一つの件名に名前が入ってたからまなみだとスグに分かった。 一つ目は 【受信メール】 差出人:manamail@.. 件名 :まなみだよ★ 本文 :今、無事に家に到着したけん(*^_^*) つい楽しくて遅くまで付き合わせちゃってごめんね(・_*) また明日…後でね♪ おやすみ★ 意外と乙女ちっくなメールの文面なのがまた見た目とミスマッチで可愛い。 これが俗に言うギャップってやつなんかな? 二つ目は、そのメールから30分後に入って来ていた。 【受信メール】 差出人:manamail@.. 件名 :(●。_。) 本文 :もう寝とる?…よね。。。 なんか、寝ようとしても颯の顔ばっか浮かんで眠れんっちゃけど…(´A`) どーしてくれるん!?(笑) はぁー…。さっきまで亜也の事で泣きよったってゆーのに、私ってゲンキンな奴やんね↓↓ でも、理屈じゃないけんこればっかは仕方ない(笑) だって…もう颯に会いたいもん。。(照) 私だけかな(*_*) テンション上がらずにはいられへんやろ。 つか、可愛すぎるやろ。 ほんで、人間の頭ってのはこんなにも単純に出来てるもんなんですね。 昨日泣きまくったから少し目は腫れてるけど そんなのお構いなしで急いで用意を済ませると 朝はゆっくりしたい派の私が、気付いたらいつもより15分も早く家を飛び出していた。 電車の中でまなみのアドレスを登録して、返信をする 【送信メール】 宛名:早川 まなみ 件名:おはようございます。 本文:起きれました? 先輩だけちゃいますよ。
ビックリする位返事がすぐに返ってきた。 【受信メール】 差出人:早川 まなみ 件名 :勝った♪ 本文 :私もう着いちゃった(笑) 会いたい気持ちは私が勝ちやね〜♪♪(笑) 全くこの人はどこまで本気なのか… つか、勝ち負けなんすか? 駅から学校までの道を 自然とダッシュしている自分に驚く 正門の所で、奏音らしき後ろ姿を発見して一度立ち止まった。 あ、そうや。 『はよ。』 奏音の軽く肩を叩くと 『さくらっ!? 何でこんなに早いと? いっつもギリギリに眠そ〜っな顔で来るとに。』 「世界平和に必要なんは、愛なんやろ?」 『そうやけど… それがどうしたと?』 「いや、ヒントありがとう。ほな。」 そう言ってもう一度肩を叩くと、体育館まで走った。 後ろの方から奏音の呼び止める声が聞こえたけど、私の足は止まらへんかった。 意気揚々で体育館に着いて中に入ったが、最初に目に入ったのは まなみではなく、1人でスリーポイントの練習をする亜也だった。 『おーおはよ〜ディゾン!!』 なんとなく…気まずい………かも。 『おはようございます。』 「あ、そーだ! 昨日の弁当! あれディゾン母が作ったと?!」 『いえ、私ですけど。』 「まぁーじで!? ばりすごかやん! ばーりおいしかったし!! ウチんとこに嫁にこん?(笑)」 『先輩の嫁だけは嫌です。』 「真顔でゆーなって!地味に傷つくけん!(笑)」 そんなやりとりをしていると、まなみがおはよ〜と言いながら間に割って入ってきた 『颯は私のやけん亜也にはやら〜ん。』 そう言って私の腕に自分の腕を絡ませてくる。 一瞬フワっとまなみの香水の匂いがして またもや昨日がフラッシュバックする。 亜也は、久しぶりにまなみと話すのか…一瞬固まって 『なんバカ言いよーとやって! ディゾンがこんなオバチャン相手にするわけなかろーが!!(笑)』 「このお姉さまの色気に気付かん亜也がバカやし! てゆーかそもそもディゾンって何よ!颯の方が綺麗やし!!」 『ほらっディゾン! この勘違い姉ちゃんにハッキリ言ってやり!(笑)』 亜也は笑いながら まなみは真剣な目で 私の顔を見つめる。 こういうの……めっさ困る。
ばりよか!!! ばり面白いっちゃけど。。 早く先が気になります☆彡 頑張ってください♪ 私も地元福岡なんでなんか読みやすいです。
でも 真っ直ぐに私を見ているまなみの目を見たら 変な緊張がスっと解けて 考えなくても、言葉は自然と口から出て来た。 『素敵ですよ。 私は、素敵だと思います。』 まなみの澄んだ目を見ながら、そう言う。 それを聞いたまなみからは 照れたような、嬉しいような何とも言えない笑顔がこぼれた。 『おいディゾン!! 目は確かか?!(笑)』 この期に及んで 未だにふざけている亜也の言葉が、私には精一杯の強がりにしか聞こえなかった。 『亜也先輩? たまには素直になんないと、傷つくのは亜也先輩なんですから。 もっと自分大切にしたって下さい。』 目を細めてそう言うと、その場を離れてストレッチを始めた。 朝練が終わって教室に戻ると、一気に眠気が襲ってきた。 今日は4月最後の日 五月病かな? いや、いつもの事か。 昨日寝不足やしな… あ〜…気持ちいい。 この寝る瞬間がたまらなく好き。 ブーブーブー… ポケットで携帯が鳴っている。 せっかく気持ちいい所やったのに…… 誰やねん。 渋々開いてみると 【受信メール】 差出人:早川 まなみ 件名 :(`ω´♯) 本文 :こら!今、寝ようとしとったやろ?!(笑) …………!? 思わず周りを見渡す。 おるわけないよな? ここは二階で窓の外は校庭やし 教室にいるはずもない じゃあ…何で分かったんやろ? 【送信メール】 宛名:早川 まなみ 件名:Re;(`ω´♯) 本文:なんでわかったんですか? やっぱりまなみの返信は早い。 【受信メール】 差出人:早川 まなみ 件名 :(^O^) 本文 :愛の力ばい♪以心伝心♪♪ エスパー…? 本当ならば、凄すぎる でも 窓の外をもう一度見て、すぐにやっぱりまなみが人間だと分かった。 外では3年の学年カラーのジャージを着た生徒達が、このぽかぽかの空の下で体育をしている。 その校庭の隅にある一番大きな桜の木の下に座って、悪戯な笑顔を浮かべてこっちを向いてるまなみがいた。 左手を挙げてフッと小さく笑ってみると 大人びた顔立ちがクシャっと崩れて 子供みたいになる。 その笑顔が眩しくて、眠気が飛んだ。
何通かメールのやりとりをして、1限の終わりを告げるチャイムが鳴る さ、寝よ。 いつもの様に机に顔を伏せると 『はい、寝な〜い!』 と言って奏音が私の頭をぽんっと叩く 『なんやねん。』 目だけを開けて奏音を見ると 声からは想像できない様な、とても悲しそうな顔をしていた。 体も起こして、ちゃんと向き合って奏音を見ると 奏音は目を下に逸らして小さく深呼吸すると、もう一度私の目を見据えて言った 『私、本気やけん。』 そして、呆気に取られている私を前にこう続けた 『私、先輩譲らんけん。』 …コイツ、まさか。 『今日からさくらとはライバルやけど、でも友達やけんね♪』 マジかよ。 昨日やっと初恋が来たと思いきや、もう一波乱くるなんて… でも 『手加減せーへんで。 ま、正々堂々と戦おうや。』 そう言って奏音の頭をぽんっと叩き返した。 『昨日…2人っきりやったんやろ?』 不安そうな顔で私の顔を覗きこむ奏音。 ……まなみに聞いたんかな? 『まぁ…そやな。』 どこまで言ったんかな? 『先輩達…別れたとやろ?』 お…それも知ってるんや。 『そうみたいやな。 まぁ私は付き合ってた事も別れた事も昨日初めて知ったけど…。』 「さくらは… いつから先輩の事、好きと?」 『昨日というか、半日前くらい?』 「そっか。 さくらがライバルとは強敵やなぁ〜………。」 誰がライバルとか、関係あるんかな? 私は、誰がライバルでも別にかまわへん。 好きな気持ちに変わりはないから。 『がんばれ乙女。』 そう言って軽くデコピンすると 「痛っ…!も〜! さくらのその余裕がムカつくっちゃけど〜!!」 と、おでこを両手で抑えながら 泣きまね顔をしていた。 あ…そうや。 『なぁ、まなみ先輩の妹ってどんな人なん?』 なんとなく、どんな人なのか気になる。 似てるんかな? 『ゆう先輩の事?』 「名前知らんけど。」 『う〜ん。。 一言で言うなら、つかみ所がない人かな?』 「漠然すぎるやろ。(苦笑) 顔は?まなみ先輩に似てるん?」 そう聞くと、さくらが人の事聞いてくるなんて珍しい〜!と驚かれた。 確かに。
昼休み、奏音に誘われて中庭でご飯を食べる事になった 向かう途中に廊下で美帆に会ったから、3人で。 この学校の中庭は学食と隣接していて、テラス席の様になっている ギリギリで席を確保してお弁当を広げる。 寝不足な事もあってか、あまり食欲はない… つつく様に昼食を食べながら、話題はさっきのまなみの妹の事になる 『ゆう先輩はね、まなみ先輩とは見た目も中身も真逆って感じなんよ。 剣道部の部長で、県大会とかでも優秀な成績を修めとるらしい! 見た目はボーイッシュな感じかな? いっつもテンションが高くて、誰にでも優しくて、ゆう先輩を狙ってる子も結構多いみたいよ? 身長は低いけど、色白で目がクリっとしとって、髪の毛はショートでさらさらやけん、美少年って感じ! 亜也先輩と2人でおったら兄弟みたいっちゃん(笑)』 奏音が口に卵焼きを頬張りながらモゴモゴと説明する。 へぇ…意外。 いつもアイドルを見ては可愛いと連発してる亜也先輩がずっと片思いしてたってゆーから、何か勝手に女の子らしい子を想像しとった。 『まぁボーイッシュとは言っても、やんちゃ好きな少年って感じ。 成績はいつもワースト争いで、亜也先輩とまなみ先輩からはスポーツ馬鹿って言われよる(笑) バスケの試合とか、たまに見に来よるよ!』 今度は美帆がモゴモゴ喋る。 ………………つか。 『美帆ってよー食べんねんな。 そない食って吐きそうになれへんの?』 美帆の前には 家から持って来た3段弁当と、購買で買った2つのパンと2つのおにぎりがある。 『本当はこれでも足りんくらいとよ?(笑)』 この細い体のどこに行ってんねやろ? と、感心して見入ってる内に 涼しげな顔をしてペロッと完食していた。 私はというと、やっぱり食欲がなくて全然箸が進まず。。 もういいや、と蓋を閉じようとすると美帆に遮られて 『もう食べんと!? それなら美帆にちょうだい♪』 と、弁当箱を奪われた。 わーい!とか言いながら ルンルンで一口食べて、おいしい〜!!!と感激していた。 作った物を美味しいと言われるのは嬉しい こんだけ喜んでくれるなら、作りがいもあるもんやね。 『今度颯ちん家でご飯食べたい♪』 と言うので 『いつでもどーぞ。』 と返した。
昼休みが終わって 午後は爆睡していた おかげで部活では思う存分走り回れて、【バスケの鬼】こと亜也にも絶賛された。 ハーフタイムの時、まなみが走って来て 『今日の夜も…会えない?』 と聞いてきたので 『もちろん、待ってます。 何ならうちで一緒にご飯食べます? どうせ私1人やから。』 と、返事すると パっと顔が明るくなって 『本当に?!じゃあ美味しいシュークリーム買ってくけん♪』 と言って、持っていたタオルで汗を拭いてくれた。 奏音…ごめん 抜け駆けってやつかもしれへん(笑) 当の奏音を見ると、亜也先輩とキャッキャ言いながらはしゃいでいた。 部活が終わると、いつの間にか美帆と帰る様になっていて 美帆が電車の中で 『ここ何日か、亜也先輩とまなみ先輩…あんまり一緒におらんよね!? 喧嘩したとかいな…?』 とボヤいている。 そっか、美帆は2人が付き合ってた事も別れた事も知らんねやんな。 『そうかもな。』 とだけ言って、来週に迫った練習試合の話に話題を変えた。 今日レギュラー発表があり、私は選ばれていた。 戦う相手校の実力を聞くと、まだうちの学校が勝てた事のない相手らしい。 いーね そういうの燃える。 美帆と別れて私も最寄駅に到着した時 まなみから着信があった。 『はい?』 「あ、颯? いまどこにおる?」 『姪浜駅ですけど?』 「じゃあそこで5分だけ待ってて。」 『え、はい…分かりました。』 ちょうど5分後 まなみが乗った車が私の前で止まる 昨日は暗くて良く見えなかったけど、まなみの愛車は黄色いビートルだった。 助手席の窓を開けて 『お待たせ!乗って?』 と促す。 『おじゃまします。』 車に乗ると 今日もまなみの甘くて妖艶な香りが漂ってる。 『すみません、こんな早いとは思ってなくてまだ買い物行けてないんです。 スーパー寄ってもらえますか?』 「こっちこそごめんね… 早く2人になりたくて来ちゃった。 年上なのに、みっともなかね……。」 『年とか関係ないでしょ。 それに私、今、先輩が隣にいる事がすごく嬉しいんで、先輩も笑ってて下さい。』 こんな事言えるのは きっと恋の力ってやつだろう。
スーパーに着いてカートを押しながら野菜のコーナーに行く。 『あ、春キャベツやん! 甘くて美味しいよね♪』 そう言って いくつかのキャベツを手に取り選ぶ姿が なんか、いい。 新婚気分というか… 普段食材の買い出しは1人やし、すごく新鮮だ。 まなみは次々に食材を持って来てはカゴに入れる。 お菓子やフルーツなんかも一緒に選んで 一回り終えた所でまなみはすごく満足そうな顔をしていた。 レジを待つ時間に聞いてみる 『そんなに楽しいですか?スーパー。』 「スーパーが楽しいんじゃないよ? 颯と一緒やけん楽しいと。」 『乙女ですね。(笑)』 「あ、今、ちょっとは年考えろって思ったろ………?」 横目で睨むまなみの頭を撫でて 『思ってません。 怒った顔も可愛いですね。』 と言うと、まなみは腕を絡めて頭を寄せて来た。 きっと周りから見たら不思議な光景。 大人っぽいお姉さんが 背の高い制服を着た女子高生と戯れてる図。 言ってる事や やってる事はただのバカップル。 でも、もしどんなに冷やかされたとしても 今の私は誰よりも幸せな自信があるから、痛くも痒くもない。 会計を済ませ、袋に詰めて車で家まではスグだった。 車は来賓用の駐車場に止めて エントランス・エレベーター・フロアにある3つのオートロックを解除して家に入る。 まなみは、このマンションのセキュリティーに驚きながらもスゴイ!とはしゃいでいた。 気付けば19時を過ぎていて、外はもう暗かった。 17階建て最上階のこの部屋からは、綺麗にライトアップされた福岡タワーと街並みがバランス良く見えて、夜景のスポットとしては申し分ない。 まなみは 天井から床まで一面ガラス張りのリビングの窓からしばらくその景色を楽しんでいた。 その間に私は部屋着に着替え、とりあえず一服する為に煙草に火をつけてソファーに座った。 それに気付いたまなみもソファーに腰掛けて 『いーなぁ…毎日こんな綺麗な夜景が見れて。』 と私の肩に頭をコテっと乗せる。 『こんなの1人で見ても意味ないですよ。 余計、空しくなるもんです。』
まなみはその体制のまま私の手を握って 『ねぇ、颯… 私、時々こうしてここに来てもいい?』 「もちろんですよ。 なんなら、毎日でもどうぞ?」 『颯のお母さんにも会ってみたいな。 颯の話聞くと面白そうな人やし(笑)』 「まぁ…度が過ぎてますけどね。」 『颯が寂しい時、一番に思い浮かぶ様な存在になりたい。』 「もう、なってますよ。」 『他の人で埋められたりしたら、ヤキモチ妬いちゃいそう。』 「そばにいてくれるのが先輩じゃないなら、寂しいまんまでいいです。」 『ねぇ。』 「はい。」 『もし…』 「はい。」 『もしも 私がもうすぐ死ぬって言ったら、どうする?』 一瞬、頭が真っ白になる。 でも、もうこの気持ちは後戻りできひん。 「………っ…! 最後まで一緒に生きます。」 『………嘘だぁ。』 「嘘は嫌いです。」 『………それでも。 それでも…っ…そばにいてくれるって…言うと……っ?』 「いますよ。」 『それでもっ… 愛してくれると?』 私は繋いでいた手を離して 肩にもたれるまなみの頭を撫でる。 「不安ですか?」 『颯がいなくなるのは…… こわぃ…っ。』 今日は私から 長い長いキス。 まなみは泣いているから、息継ぎが上手く出来ていない。 その度にゆっくり一緒に深呼吸をして、もう一度。 何度も繰り返して きつく抱き締める。 『私だって同じですよ。 でも先輩、先を信じるのが怖いなら せめて今この瞬間を信じてみて下さい。 その【今】を続ければ、それが【永遠】やと思いませんか? 私は、ここにいます。 まなみ先輩と今こうして繋がってます。 これは現実でしょう? 今が永遠に続けばいいと思うなら、今を続ければ永遠なんです。 先輩のそばにいさせて下さい。』 「きっと…苦しいよ? 重くなっちゃうかもしれないよ?」 『それが、愛なんじゃないかと思います。』 「………そ…ぅ…っ。」 『終わる事が怖いなら 終わりのない関係でいたらいいと思いませんか?』 「え…?」 『恋人に訪れるは別れが怖いのなら、そんなカテゴリに当てはめなければいいじゃないですか。 私と先輩は、私と先輩。 先輩というか… 【颯とまなみ】 それでいいと思います。』 「颯……!」 私が泣くわけにいかない。
偉そうな事を言って、両腕で強くまなみを抱き締めている私やけど 本当は…まなみがいなくなるなんて事を想像する事さえ怖くて 心が大きく震えている。 だけど 一番怖いのは 一番不安なのは 一番苦しいのは 紛れもない、まなみ自身だ。 まなみはどんなに逃げたくても逃げられへん。 なら、私が逃げるわけにはいかない。 代わってあげる事も 全てを理解してあげる事もできひんかもしれん。 やけど、愛する人が求めてくれる限り 最後までそばにいる事なら、出来る。 それしか出来ひんけど 今の私に出来る事は全てしてあげよう。 『大丈夫です。 絶対に、1人にはしませんから。』 この言葉に この誓いに 嘘はない。 『怖いよ……颯…。 私、まだまだ死にたくないよ。』 「生きましょう。 一緒に今を生きましょう、先輩。 離さないから 離れないで下さい。 ちゃんと私を見て、ちゃんとこの手を握っていて下さい。」 だめだ、限界。 今日で終わりにするから。 今日だけ 今だけは許してほしい。 この涙は、誓いの代わりです。 抱き合って、2人で泣いた。 ただ、ただ 泣いた。 お互いに目がパンパンに腫れて お互いの顔に笑って お互いの涙を舐めた。 『お腹空いたね。』 「そうですね。 何が食べたいですか?」 『温かいもの。』 「お安いご用です。 ちょっと待っててください。」 『私も手伝う!』 「ダメです。 泣きじゃくって心臓が疲れてますから、私の部屋で横になってて下さい。」 『えー…1人で……?』 「すぐに作り終わりますから。 もう先輩1人の体だと思わないで下さい。 私の為にも、先輩は自分の体を大切にして下さい。」 『………はぁい。 一秒でも長く、一緒にいたいもんね。 大人しく寝てます…。』 私の部屋に連れて行って、楽な部屋着を貸して着せてみると 『袖も丈もブカブカなのに…ウエストはギリギリって……。 颯、どんな体しとーとよ?!』 とショックな顔を浮かべて ベットに寝かせると 『颯の匂いがする…。 安心するなぁ。』 と幸せそうに笑っていた。
私は一度ベットの端に座って、泣き過ぎて汗をかいたまなみのおでこにかかる前髪を掻き分け 『少し、眠れそうですか?』 と聞くと まなみは 『寂しいけん、早く夢まで迎えに来てね。』 と言って目を閉じた。 電気を消して、キッチンに立つ。 気を抜くと、また涙が出そうになるから 料理に集中した。 温かいもの、か。 よし― 私はできるだけゆっくり作った。 できるだけ丁寧に、想いを込めて作った。 出来上がったのは まなみが選んだ春キャベツを始めとした野菜たっぷりの味噌煮込みうどんと、炊き込みご飯。 まなみを迎えに部屋に入ると、安らかな寝息が聞こえてくる 寝顔が、すごく綺麗。 白くて細い手を握ると、気がついたまなみが起きた。 そして私を見るなり、穏やかな笑顔を浮かべて 『寝ても、起きても 颯がおった。 どうしよう……幸せ者やね、私。』 そう言って起き上がり、目覚めのキスをしてきた。 幸せなのは、私の方だ。 『おはようございます。 体調、どうですか?』 「絶好調です♪ お腹空いたよ〜。」 『温かいご飯 できましたから、一緒に食べましょう。』 まなみは、一口食べるごとに大袈裟な位【美味しい!】を連発していて 今度アレも作って、コレも作って、と食べたい物リストを数々口にしていた。 この笑顔が見れるなら、何でもします。 神様、小さい頃からしていた沢山の【一生のお願い】は撤回して下さい。 これが最後の 本当の一生のお願いです。 私から、この人を奪わないで下さい。 それが無理なら 私達に、一瞬でも長く時間を下さい。 食べ終えると いいと言っているのに、どうしても後片付けはさせてほしいと聞かないので、一緒にお皿を洗った。 小さい頃の話 中学校時代の話 流行の微妙なジェネレーションギャップの話 いつも1人でいるこの家が、まるで別の場所みたいに暖かく感じた。 時計を見ると、23時を過ぎてしまっていた。 『もうこんな時間…。 帰らないかんね。』 寂しそうにまなみが呟く。 『家は、泊まっていってもらっても全然構いませんけど。』 「本当に?!」 『嘘は嫌いだって言ったでしょう?』
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