■winter song □秋 (2007/01/15(Mon) 14:40:12) はらはらはらはら、雪が舞う。 それは涙か、悲しみか。 はらはらはらはら、雪が舞う。 それは記憶か、弔いか。 -winter song-
愛した人は土の中。 【バイバイ、ハニー】 冬は嫌い、彼女の口癖だ。 何でも、雪の匂いが昔の記憶を喚起させるらしい。 よほど嫌な事でもあったのだろうと、こちらも詳しくは尋ねない。 ふとしたきっかけで不意に何かを思い出す、それは私にも覚えがある事だから。 匂いや場所や季節に、一瞬間の残像が刻まれているのだ。 強く、強く。 いつかはこの時さえも「思い出す」符号の一つとなるのだろうかと、軋むベッドの上できつく彼女を抱きしめた。 髪に残った煙草の香りが鼻に。 くすぐったそうに笑う声が耳に。 滑らかな肌の感触が指先に。 彼女が私に与えてくれる温度が体中に。 「──…真昼」 縋るように出てしまった掠れる声に、応えてくれた微笑みが目に灼きついて。 あぁ、残ってしまう。 それから数年、案の定彼女のすべては私の中に遺っている。 結局最後まで冬嫌いの理由を訊く事ができなかった。 毎年同じ時期に訪れる場所で白い息を吐き出した。 苦笑だったかもしれない。 私もあなたのようなものだ、と。 墓石をそっとなぞる。 それでも冬の記憶は満更ではない。 「私は、冬好きだなぁ」 嫌いだ嫌いだと聞かされていたので、最後まで言えなかった。 寒さをしのぐようにして自然に寄り添う。 互いの距離がいつもよりも近くなるから、そんな風にして真昼と過ごしたこの季節が好きだった。 幸福な記憶だ。 だから冬が来ても、ひとつひとつ蘇る思い出に顔をしかめたりはしない。 たとえ隣にあなたが居なくても。 もう一度墓石をなぞった。 指先から伝わる滑らかな感触は、彼女の肌とは似ても似つかない。 分け合った体温も、もう私には届かない。 あなたにも。 真昼が眠るのはこの足元だと知っているのに、ついつい私は空を見上げてしまう。 見守っているよと言うからには私の事がよく見える場所に居るんじゃないかと思うのだ。 そうして白い息を吐き出して、今日もまた彼女の影を探している。
憶えていてね。 ずっと、ずっと。 【snow drop】 冬は嫌い。 口癖のようによく彼女に言ったものだ。 雪の匂いが、愛しい人が土に還った記憶を蘇らせる。 忌々しくも、季節は年に一度必ず巡ってくるから、私に忘れる暇を与えてくれない。 だからこそ今愛する人には、そんな苦い記憶を植え付けたくないと思う。 けれど世界は、どうやら私を中心に回ってはくれないらしい。 他者に対してあれほど負の思い出を残したくないと危惧していたのに、思い返す事は喜びや愉しみであってほしいと思っていたのに、この 季節が来る度に彼女は私を思い出す事になるだろう。 それが事もあろうに冬だなんて。 なんという皮肉だ。 私も彼の人と大差ない。 彼女を遺して、私は逝かなければならない。 「真昼、気分どう?」 いつものように私の病室を訪ねてきた朝貴。 すたすたとこちらへ近付く彼女の鼻の頭は赤く染まっている。 そう指摘すると、「外、雪降ってるんだよ」と笑った。 ─道理で、彼女から雪が香るはずだ。 「真昼?」 知らず知らずの内に顔をしかめていたらしい。 私はすぐに笑顔を作った。 朝貴を誤魔化す自信はないけれど、それでも笑ってみせた。 忌々しいのは雪じゃない。 雪の記憶を刻みつける私自身だ。 引きずらずに楽しく生きてくれないかと思う傍ら、どうか忘れないでいてほしいと願ってしまうのは身勝手だろうか。 「また眉間に皺」 朝貴が苦笑しながら私のベッドに腰を下ろす。 ふわりと香る雪の匂いに紛れて── 「はい、これ」 そう言って差し出された彼女の手には、綺麗な綺麗なイエローのクロッカス。 知ってか知らずか、花言葉は『私を信じなさい』。 思わずベッドが軋むほど笑ってしまった。 「ねぇ」 最後のわがままだと思って、聞いてほしい。 「私が死んだ後は気にせずに他の人を愛してね」 「………」 「だけど憶えてて。私のこと」 朝貴は複雑な顔をして、その後笑った。 ──…ありがとう。 突き刺すような寒さが続くようになった頃、いよいよだと思った。 明日は仕事で遅くなるけれど少しでも顔を見に寄るから、そう言って笑った昨日の朝貴の顔がぼんやり浮かぶ。 どうやら間に合いそうにないよ。 泣かないで。 愛する事をやめないで、私でなくても構わないから。 それでも憶えていてね。 私はあなたを愛し──… ─────…声は、散った。
重ねた唇はいつか離れるのでしょう。 呼吸が止まってしまうから。 【白い闇】 真昼と出逢って何度目の冬だったろう。 よほど急用だったのか、珍しく私の職場へと電話が掛かってきた。 しばらく連絡が取れなくて不審に思っていた矢先の事だった。 「──…朝貴」 何週間か振りに彼女が私の名を呼ぶ。 いつもの通る声が、渇いて響いた。 「どうしたの?しばらく連絡取れなかったから心配したよ」 受話器の向こうで真昼がぎゅっと唇を結ぶ気配がした。 「真昼…?」 「──朝貴、私…っ」 生きて、とは。 言わなかった。 言えなかった。 遺される側と、遺して逝く側。 どちらがより辛いのだろう。 そんな考え自体、愚かしい事なのだろうけれど。 そう遠くない未来、私は彼女を失う。 真昼の最期の言葉通り、私は今も彼女ではない誰かを愛して生きている。 それでもこの季節は、あなたの元へ。 引用返信/返信 削除キー/ 編集削除 ■17677 / inTopicNo.5) winter song─4 ▲▼■ □投稿者/ 秋 一般♪(8回)-(2007/01/15(Mon) 14:45:19) 彼女の影には私ではない誰かが居る。 そんな事は最初から承知していた。 【風花に乗せて】 墓石を見つめる朝貴を、私は見つめる。 雪がちらつくこの季節に、この場所へと足を運ぶのは毎年の恒例だ。 彼女は隠す事なく私に全てを話してくれている。 だからこれは、私も了解している事だった。 墓石に刻まれた名をなぞる指先からは、愛しさが滲んでいる。 これも了解している。 地面に視線を落とさず、空を仰ぎ見る。 これは解せない。 「何で空?」 ¨居る¨のはそこでしょ?と、足元を指し示す。 朝貴はそれに答えずに、曖昧に笑って応えた。 そうしてまた、視線を宙へと向ける。 上空ではひらひらと雪片が舞っていた。 私はその形の良い顎を見ながら、綺麗な輪郭だな、なんて。 そんな事をぼんやりと思うんだ。 彼女はというと、私の視線など気にも留めない。 祈るでもなく捧ぐでもなく、ただ空を見上げている。 まるで何かの儀式のように。 「悲しい?」 何の気なしにぽつりと呟きが漏れた。 朝貴はこちらを向かずに、「んー…」と逡巡した。 「悲しくはないよ。けど」 「けど?」 「寂しい」 私がしたように、ぽつりと呟く。 それきり会話は途絶えた。 彼女は私に全てを話している。 私はその上で彼女の隣を選んだ。 そうやって3年間付き合ってきたのだ。 それでも。 頭上に広がる空をじっと凝視している朝貴の横に並ぶ。 そっと、コートの裾を引っ張った。 「なに、夕妃」ようやく彼女がこちらを向いた。 黒目がちな瞳に私の姿が映される。 「私を見て」 「…見てるよ?」 「そうじゃなくて」 首を傾げる彼女よりも早く、ふるふると首を横に振る。 振りながら墓石を指差す。 「この人を忘れなくていいから。忘れる必要はないから」 そして彼女の目を真っ直ぐに見つめた。 「私をちゃんと見て」 私の事も心に置いてよ。 朝貴は何も言わない。 けれど目も逸らさない。 代わりに私の手を取った。 両手で包むようにして優しく触れる。 「……うん」 短い返事の後、引き寄せられた私は大して背丈の変わらない朝貴の腕の中だった。 「ごめん」なんて謝られたら張っ倒してやろうと思ったけれど、それでなくても平手の一発でもお見舞いしてやろうと思っていたけれど、 この体温で帳消しだ。 引用返信/返信 削除キー/ 編集削除 ■17678 / inTopicNo.6) winter song─5 ▲▼■ □投稿者/ 秋 一般♪(9回)-(2007/01/15(Mon) 14:46:27) 許された気がした。 赦された、と思った。 【朝の光は昼に溶け込み、夕日に帰す】 あなたを消さなくていいと彼女が言ってくれたのは、昨年の事だ。 何も咎められなかった。 すべて受け入れられていた。 ただ隣り合っていただけの二人が、初めてふたりになれた。 今年もこうしてまた、あなたの墓前に立っている。 違うのは見つめる先。 「空、今日は見ないの?」 夕妃の声にうんと小さく頷く。 その必要はもうない。 改めて墓石に向き直り、静かに瞼を下ろした。 浮かぶのは愛した人。 忘れてなどいないのに、忘れる事などありはしないのに、日に日にあなたの顔が薄れていく。 それでいいんだよと、瞼の裏のあなたが笑った気がしたのは、私の勝手な幻影だろうか。 それでもあなたならば、そう思わずにはいられない。 目を閉じたまま立っている私の手に温かい手が添えられる。 その温度を、私はよく知っていた。 握り返しながら「ありがとう」と言うと、隣に立つ夕妃は更に強く、繋ぐ手に力を込めた。 いつまでも刻まれているよ、ずっとずっと。 共に在る人もいる。 あなたを想う時、死の記憶は免れないけれど。 それでも時折、こうして思い出したいと思う。 ─真昼。 私の過去に、今に、存在してくれてありがとう。 ひとつ大きく鼻から息を吸い込んでから、ゆっくりと目を開けた。 冬の匂いが胸の内側に染み込んで、思わず咳込んだ。 「どうしたのー」と笑う夕妃を見て私も笑った。 重ねた手の温度を確かめるように指を絡める。 「行こっか」 隣の夕妃を向いて言うと、彼女は真っ直ぐに真昼を見据えて一度深々とお辞儀をした。 そして私に向き直り、 「うん、行こう」 微笑んだ。 手を繋いで歩く姿は姉妹のようだろうか。 すっかり私に熱を奪われ、冷え切った夕妃の手。 帰ったら温めてあげたいな、何気なく思う。 すると夕妃が、 「今年、雪降るかなぁ」 空を見上げてぼんやりと呟いた。 動く視線の先、どうやら飛行機雲を追っているらしい。 「んー、どうだろ」 私も彼女に倣って、頭上を仰いだ。 よく晴れた昼下がりの冬空。 雲間から漏れる陽射しに目を細める。 「降るといいな」 「寒いの嫌いなのに?」 「冬は好きだよ」 「…私も、好きだよ」 今年も、来年の冬も、ふたり並んでいられればと願う。 自然とふんふんと鼻歌が漏れた。 「何、その歌」 さぁ?、私も首を傾げてみせる。 でたらめなメロディ。 口ずさむのは遠き日の冬の記憶。 ─fin─
完 面白かったらクリックしてね♪ Back PC版|携帯版