■6719 / inTopicNo.1)  水中花と金魚  
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(1回)-(2005/02/17(Thu) 00:26:43) 

−出会いは真夏 今年は記録的な猛暑で、 (毎年毎年“記録的”というが、いまいち信用に欠ける) 何より暑さに弱い私は、 7月初旬からカンペキに参っていた。 「夏ウザイ!セミウザイ!あぁ゛〜〜〜」 「うっさい美樹。だまって歩け」 この日私は、同じ短大に通う香織に付き合って、 日曜の人混みの中、ファッションビルが立ち並ぶ町中を、 日差しに照らされフラフラと歩いていた。 「マジ休ませて。私死ぬかもしれん」 「美樹は夏んなると毎日死んでるよね」 私の2メートル先を進む香織の足取りは、一向に止まる気配がない。 ていうかよくその細いヒールでそんなに早く歩けるよなぁ。 私は絶対ピンヒールは無理。 そしてピンヒールよりこの灼熱が無理。 もう一度香織を呼び止めようと思った時、 30メートルほど先に、アイスクリーム屋の看板が見えた。 もうこれしかない。 おごりをエサに、そのクーラーの利いた冷え冷えの室内に香織を誘おうとした。 「ねぇ、香・・・」 「七美!!」 そう叫んだかと思うと、香織はピンヒールをこぎざみに鳴らしながら、 主に若者が待ち合わせ場所に使う、 銀色に光るやたらでかい、わけのわからないオブジェが立つ一角に向かって走り出した。 ああ香織、違う。 そこじゃないよ。。 そこはクーラーどころか日差しを遮る屋根もないじゃないか。 軽い地獄を体験したような気持ちで、 後を追おうと香織の走り寄る先を見据えた、 −その時 私の視界に、一人の女が映った。
■6731 / inTopicNo.2)  水中花と金魚A □投稿者/ あおい志乃 一般♪(2回)-(2005/02/17(Thu) 17:47:29) 彼女は、 オブジェの周りに数本立つ、銀のポールの一つを背もたれにして立っていた。 彼女の周りの空間だけが、 どこか別の世界のように感じられた。 照りつける太陽を反射して、 その暑苦しさで私を悩ます銀のオブジェも、 彼女の背景と化すと、 涼しげな、何か冷ややかなものに見えた。 灼熱の太陽が照りつける、 日曜の正午、 散り散りに行き交う人混みの中。 彼女は明らかに、 その存在が浮いていた。 それが、彼女が着ていた真紅のキャミソールの色のせいなのか、 「色白」と言うより「白色」に近い、 その透き通る肌のせいなのか。 その時の私にはまだ、分からなかった。 むせかえる熱気の中、 一人涼しげに立つ彼女はまるで、 真夏の都会、アスファルトに流れる逃げ水を泳ぐ、 艶やかで鮮やかな、 熱帯魚のようだった。
■6735 / inTopicNo.3)  水中花と金魚B □投稿者/ あおい志乃 一般♪(3回)-(2005/02/17(Thu) 21:38:14) 「ちょっと美樹〜!ぼぉっと立ってないでこっち来なよ」 香織の声で我に返った私は、 “我に返った”と思ったことで、 今までずっとその彼女に見とれていたことに気が付いた。 なんとなく気恥ずかしくなり、 地面に視線を落としながら、 私は二人の元へ歩いた。 「これ美樹。おんなじ短大行ってる娘(こ)」 香織が私のことを紹介したので、 彼女に笑いかけようと、私は顔を上げた。 そして、 彼女と私の、目が合った。 目が合うというより、 彼女の瞳に、私が映った。 もちろん私自身が彼女の視界を通して自分を見る、 なんてSFチックな体験をしたわけではないが、 この私の存在が今、彼女の視界に映っている、 という意識が、 おそらく0.8秒くらいの間に、 私の頭をぐるぐると回った。 「こんにちは」 そして彼女の声を聞いた。 高くもなく低くもなく、 知的で、それでいて幼さの残る、 そんな音で響いた。 「あ、こんにちは」 「なにどもってんの。この娘、七美ね。私と同中だったんだ」 香織は簡単に私達をお互いに紹介すると、 再び彼女と二人で話に花を咲かせ始めたので、 私は一歩下がったところで立っていた。 ナナミと呼ばれたその娘は、 左手に、財布と携帯をそのまま裸で持っていた。 財布は、キャミソールの赤より少し暗めの赤で、 携帯の色もワインレッドだった。 ストラップを何も付けていないことが、 なんとなく彼女に似合っているように感じた。 5センチくらいのミュールを履いていて、 それでもスニーカーの私が見下ろせるほどだったので、 きっと身長は155前後。 遠目に思ったとおり、その肌は透き通るような白で、 それでも腕に日焼けの線が見えた為、 本当はもっと白いのだろうと思う。 薄い青のローライズジーンズ。 トップスはキャミソール一枚で、 身体の線がよくわかる。 すらりと伸びた長い手足。 細いが腕には適度な筋肉が付いていて、 華奢と一言で言うには相応しくない。 肩に掛かる柔らかそうな栗色の髪を払う為、 時折動かす腕に流れる、首からの筋(きん)の流れが、 絵に描いたように美しかった。 化粧品のCMガールのような眉。 カールした長い長い睫毛。 口角の上がった薄ピンクの唇。 人類最初の女性Eveの容姿が、神の理想なら、 きっとこんな姿だったに違いない。 あ、でもEveは外人だから違うか。 なんて。 思いながら。 途中で香織に止められるくらい、 私は彼女を見つめていた。
■6750 / inTopicNo.4)  水中花と金魚C □投稿者/ あおい志乃 一般♪(4回)-(2005/02/18(Fri) 02:02:45) 「美樹ちゃ〜ん、見過ぎ」 香織の声で私は我に返った。 本日2回目のトリップ。 顔がカーッと熱くなるのを感じた。 暑い日じゃなかったら、 確実に赤面バレバレだっただろう。 意外なトコで真夏日に感謝した。 「じゃあ竹中さん、私行くね」 彼女はそう言うと、 数メートル先の車道の方を、 ちらりと見た。 「あ、待ち人来たり?もしかしてけっこうさっきから来てたの?ごめん話長くて〜」 「ううん、こちらこそ、お友達暇にさせちゃって」 「あ、こいつ?いいのいいの。ねっ、美樹」 香織が私を肘で突いた。 「あっ、私?うん全然っっ!」 彼女は私を見て、目を細めてくすりと笑うと、 もたれかかっていたポールから背を離し、 車道へ向かって歩いていった。 人混みの中を進む彼女は、 −かきわける と言うよりも、 −人混みが、彼女を避ける そんな感じに私には見えた。 実際、道行く人が彼女の姿を見ては、 まるで触れてはいけないかのように、 彼女に道を開けるのだ。 やっぱり彼女は、 逃げ水を泳ぐ魚みたい。 私はそう思った。 駐停車禁止の表示にもかかわらず、 その車道には数台車が止まっていて、 中でも体格の良い白のメルセデスがひときわ目立っていたが、 彼女はその車の後部座席に乗り込んだ。 すかさず香織が、 「うわっ、ベンツかよ」 「だね」 道路はかなり混み合っていたが、 ベンツは指示器も出さずにするりと流れに入り込み、 その姿を消した。 「誰運転してたか、美樹見えた?」 「あ、ううん。フィルムが貼ってあったから」 「だよね、やっぱ男かなー」 最後の 『かなー』 は、 『だろうな』 に聞こえた。
■6751 / inTopicNo.5)  水中花と金魚D □投稿者/ あおい志乃 一般♪(5回)-(2005/02/18(Fri) 02:03:15) 「ごめん待たせて」 香織はそう言うと、またヒールを鳴らしにかかった。 −あっ、アイス・・ 「香織!アイス食べよ!」 「え?アイス?そだね、待たせたし、おごるよ」 そんなわけで、 おごるつもりだった私のアイス代は、 浮いたどころかおまけが付いて戻ってきたのだった。
■6752 / inTopicNo.6)  水中花と金魚E □投稿者/ あおい志乃 一般♪(6回)-(2005/02/18(Fri) 02:03:46) 暑さのせいだろう。 店内は涼を求めに来たらしいお客でいっぱいだったが、 私と香織は、なんとかオープンテラスは避けられた。 形のいい唇にトッピングのチョコチップをつけながら、 香織が口を開いた。 「びっくりした?」 「びっくりしたって何が?」 「美人だったっしょ」 「あぁ…うん。びっくりした」 「だよねー。私も会うの久々でさぁ、多分、中3の時が最後だから、1、2、3…5年かな、そんくらい会ってなかったはず。でもすぐ七美だってわかったね」 「香織のこと、名字で呼んでたよね」 「そう。香織って呼んでって言ったんだけど、昔からなぜか“竹中さん”だった。私は勝手に七美って呼んでたけどね」 そうして香織は、 香織と彼女の中学時代の話を始めた−
■6753 / inTopicNo.7)  水中花と金魚F □投稿者/ あおい志乃 一般♪(7回)-(2005/02/18(Fri) 02:04:29) 【香織の話】 七美はさぁ、1年の時から浮いたてのよ。 私はずっとクラス違ったんだけどさ、七美が友達と一緒にいるの、見たことなかったもん。 いっつもひとりだった。 月の半分くらい休んでる時もあったし、来ても遅刻してた。 そりゃ私もよく友達とサボってたけどさぁ、 私は私で、そういう友達と一緒にいたし、 でも七美は真面目グループでもなければ、普通グループでもなければ、 私らの不良?(笑)グループでもなかった。 七美は七美ひとりだった。 あ、でも、あったま良かったんだよ! 期末で900点満点とかあったんだ、そうそう。 私と同じでガッコサボってんのにね。 え?私はサボってなくても同じだって? うるさいよ美樹。 んでね、体育ももちろんサボってたの、七美は。 2年の時にクラスが隣になってさ、 体育は女子2クラス合同だったから、 私、熱ある〜とか言って見学する時は、ひとりじゃ寂しいから、 七美の横にくっついてたんだ。 ほとんど私が喋ってたんだけどさぁ、なんとなく居心地良かった。 ある日、いつもみたいに二人で見学してて、 私が、 「なんでサボってんの?やっぱ体育ダルいし?」 って聞いたら、七美、何て言ったと思う? 真顔で、 「病気」 って。 私それ聞いて笑い止まんなくなっちゃってさ、 ゲラゲラ笑ってたら、七美も、笑ったんだ。 その時、初めて七美が笑う顔見た。 めちゃくちゃ可愛くてね、なんかそれでよけいテンション上がっちゃって、 ヒィヒィ笑ってたら、 「そんなに元気ならやれるだろ〜」 って向こうで先生が叫んでて。 それ聞いて、また二人で笑った。 この時からかな、私が七美とよく居るようになったの。 七美、無愛想だし、サボってるし、 で、あの容姿でしょ? いろいろ噂あったんだ。 援交してるとか、夜働いてるとか、いろいろね。 だから私の友達も、七美のこと良く思ってなかった。 私も、直接七美に真相聞いたりはしなかったけど、 てか、学校外のことは何にもお互いに触れなかったし、 私が勝手にぺちゃくちゃ自分のこと喋ってたのは別にしてね。 七美のこと私ほとんど知らなかったけど、 でも、 私は七美のことなんか好きだったんだよね。 だから一緒にいた。 あ、でも1回だけ、見ちゃったことがある。 その日七美はガッコ来てなくてね、 もしかしたら遅刻かなーと思って、 もうその頃には私かなり七美といるの癖になってたし、 寂しかったから玄関で待ってたんだよね。 そしたら、校門の前にでっかい車が停まってさ、 七美が中から出てきたの。 で、運転席の窓が開いて、 中の男と、長い間ちゅーーーって。 いやぁ、私もその頃はまだカレシとベロちゅうなんてしてなかったからさぁ、 なんか見てはいけないようなものを…って気がして、 その場を離れちゃった。 でもあの七美だし、男の1人や2人いるだろなぁって、 しっくりした感じだったよ。 その後も、七美との関係は変わらなかったよ。 でも、中3の2学期に、 七美は突然学校からいなくなった。 私らは仲良くなっても、 相変わらず予定を話したりする習慣はなかったし、 だから七美が続けて学校休んでも、 特に気にしてなかったんだ。 でも、その時は、2週間来てなくて。 さすがに気になって、七美の担任に聞いたら、 彼女は都合で外国に行った そう言われた。 もちろん行き先なんかの手がかりもなくて、 七美との縁は、それっきりなくなっちゃったんだ。 寂しかったけど、 なんか、こうなるのが決まってたように感じた。 ここは、七美がいるような場所じゃない。 そんな風に、どこかで感じてたから。 七美はきっと、七美の本当の場所に、 行ったんだろうなぁ。 なんて、ちょっと思ったりしてね。
■6791 / inTopicNo.8)  水中花と金魚G □投稿者/ あおい志乃 一般♪(8回)-(2005/02/19(Sat) 01:56:17) 2005/02/19(Sat) 01:57:07 編集(投稿者) 「ま、そんな訳で、さっきの再会はかなりの偶然だったね」 話を聞き終わる頃には、 店内の冷房で身体はすっかり冷え切っていた。 けれど。 胸の奥に、 何か熱い熱いモノが流れ込んで、 それがジワジワと、 ココロいっぱいに広がっていくような、 不思議な感覚を私は感じていた。 その熱いモノに、 自分が呑み込まれてしまいそうな、 根拠のない不安にかられた私は、 残りのアイスを全部口に含むと、 くすぶる炎を消すように、 一気に喉に流し込んだ。 「あ!!!!」 香織が突然大声を出すもんだから、 心の不安を悟られたのかと、 一瞬ドキッっとした。 「七美に携番とメアド聞くの忘れたぁ〜・・・」 香織は抜けてるからね。 そんなトコも好きなんだけど。 香織の中学時代のことも聞けたし、 アイスもおごってもらえたし。 彼女に会ったのは、 こういう小さな幸せの為だったんだ。 きっと。 偶然の再会も、 香織のドジのおかげで、 再び彼女と香織の繋がりを作るようなことにもならなかったし。 もう二度と会うことはない。 私はそう自分に言い聞かせた。 炎天下を再び歩き始めた矢先、 香織が言った。 「七美って、どうゆう漢字かわかる? 『七つ 美しい』って書くんだよ。ピッタリだよね」 そうだね。 そう思うよ。 でも、もう私には関係ないことだから。 その日は一日中香織の買い物に付き合って、 夜ベッドに入る頃には、クタクタだった。 おかげでぐっすり眠れた私は、 もちろん昼間の熱帯魚の夢など見なかった。
■6795 / inTopicNo.9)  水中花と金魚H □投稿者/ あおい志乃 一般♪(9回)-(2005/02/19(Sat) 03:14:58) 学校も夏休みに入り、 『学生生活最後の夏を有意義に』 という、いかにもな名目のもと、 短大の仲間達と私は、休む暇もなく、 合コン → 海 → ナンパ待ち → クラブ → フリダシに戻る ってな具合に、忙しい毎日を送っていた。 仲間のひとりいわく “夏にカレシ持ちもフリーも関係ない” らしく、 みんな若さでみなぎる肌を惜しげもなく露出して、 楽しそうに、はしゃぐはしゃぐ。 私の周りには昔っからいつもこんな子たちばかりで。 もちろんそのうちの一人である香織に至っては、 罪悪感無く遊ぶ為に、半年付き合ってたカレシと別れまでした。 「倦怠気味だったし、いい機会だったね」 だそうだ。 『類は友を呼ぶ』 そう私も、彼女たちと変わりはないのだけど。 遊ぶのは楽しい。 男が混ざるとお金が浮くし。 でも、特定の恋人はもう長い間いない。 香織がカレシと別れたような理由ではないのだけれど。 8月も毎日そんな調子で、 今日も太陽が沈む頃に起きて、クラブにお出かけ。 のはずが。 なぜか− 朝日が眩しい午前8時。 私はリクルートスーツに汗ばむ身を包み、 青々とした快晴の空を壁全面のガラスに映す、 高層ビルの前に立っている。 この建物は大手自動車メーカーの副本社。 そう、就職活動。 短大2期生の私達にとってこの夏は、 学生最後の夏、つまりは、 社会人生活への追い込みの夏なのである。 そこにきて遊びほうけている私達は、 ある意味大物かもしれないなと、 目の前にそびえるビルを見上げながら、 少し笑えた。 でも私は実は、内定がすでに決まっている。 今日は “一応” の面接に来ただけ。 母親の弟が、この会社の人事を扱う人と知り合いらしく、 いわゆる コネ だ。 この不景気のさなか上々企業であるこの会社は、 早くも来年の人事として短大卒(予定)の私を採用してくれたのだ。 とは言っても、私が優秀とかではなくて。 私の部署は、カウンターサービス。 つまりは、 “受付嬢”。 何の苦労もしないで手に入れた、容姿という才を買われての抜擢である。 人よりちょっと脚が長くて、 日本人にしてはメリハリのある顔立ち。 あとは適度に体重管理していれば。 ただそれだけのこと。 ただそれだけのことで、 こうしてすんなりと就職先が手に入るのだから、 少しはありがたく思うべきかも知れないな。 一呼吸して、いざゆかんと自動ドアに踏み出す。 そんな私を最初に迎え入れてくれたのが− エントランス両側にそびえる、巨大な二つの水槽だった。 無数の熱帯魚が私の周りを泳ぐ。 その時ふと、初夏に出会った熱帯魚の姿が頭をよぎった。 −七美− 私は、その思いを振り払うように、 背筋を一層伸ばして、 案内カウンターに足早に歩き出した。 そしてカウンターでは、 受付嬢の美人な二人のお姉さんが、 私を迎え入れてくれた。 巨大水槽のインパクトにも負けないくらいの、 素敵な笑顔で。
■6974 / inTopicNo.16)  水中花と金魚I □投稿者/ あおい志乃 一般♪(12回)-(2005/02/23(Wed) 22:06:18) 面接は1時間ほどで終わった。 担当者は二人で、 一人は愛想のいい40代半ばの、長谷川という愛想のいい男性、 もう一人は、ばりばりキャリアという感じの30代前半の美しい女性だった。 名は高瀬という。 面接というより社の説明で、 全体として、来年からよろしく、というイメージだった為、 自分は本当にこの会社で働くんだなぁという実感が、 沸いてきた。 どうやらこの二人は、 それぞれ私に対して抱いている感情が正反対のようで、 会話の途中で、 好意とあからさまな敵意の両方を感じた。 「受付嬢という軽い気持ちで働かれると、社全体の内面風紀を乱すことになるわ」 と言う高瀬さんに対し、 「仲井さんは成績も悪くないようだし、徐々に慣れていってくれればいいよ」 と長谷川さん。 「身だしなみを整えるというのと、ケバイというのは違うのよ」 「いやぁ、君みたいな綺麗な娘が入ってくれて、男性陣は嬉しい限りだ。化粧のことはよくわからんがね、さっき下で君を案内してくれた、現役の受付嬢にあとのことは頼んであるから、分からないことがあれば、彼女たちに聞くといいよ」 なんだって初対面の人にメイクの文句言われなきゃなんないのよ。 高瀬さんはおそらく、コネで内定した私が気に入らないんだろう。 いくら私が、メソメソしない性格だからって、 慣れない場に少なからず緊張してるんだから。 もうちょっと思いやりが欲しいもんだ。 長谷川さんが絶えずフォローしてくれたおかげで、 面接はなんとか和やかに進んだ。 それなのに、 面接が終わって立ち去ろうとし、 「あ、僕はもう行くけど、仲井さんはもうちょっとだけ残って。追加説明があって、高瀬さんが話してくれるから」 と言い残して長谷川さんが部屋を出ていった時には、 さすがに胃が下がる思いだった。 いくら美人でも、こんな恐い人と二人キリはきついなぁ。。 そう思っていると、 「そんな不安な顔しなくてもいいわよ」 と、困った顔で高瀬さんが少し笑った。 よかった。まだ人間味はあったみたい。 仕事ができる女なんて、ただでさえ男が敬遠するんだから、 せめて今みたいにいつも笑ってれば、 美人だしモテるのにね。 高瀬さんがこの会社で同僚にどう思われてるかなんて、もちろん知らないけど、 右中指にしか指輪をしてないのはチェック済み。 多分結婚はまだ。 「アルバイトしない?」 高瀬さんは唐突にそんなことを言った。 「え?バイト?何のですか?」 「面接に来てるのに他の職場紹介するわけないでしょ」 「あ、そうです、よね。。」 どうやら嫌味なしゃべり方は、 悪意ではなく、この人のオリジナリティらしい。 「公のインターンシップがもう時期始まるから、それに参加してもらおうかとも思ったんだけど。 「この会社は職種柄、男性社員9割、女性1割なのよ。だから、新人採るにしても、ほぼ全員男の子なのよね。それにあなたの仕事は全然別分野だし。 「それなら、学校が空いた時間でいいから、アルバイトとして仕事になれてもらった方がいいんじゃないかしら、と思ったんだけど」 −もしかして、気を遣ってくれたんだろうか。 「ありがとうございます。予定ちょっと見てみないと・・・」 「ええ、急な話だから、返事は今じゃなくていいのよ。でも今、夏休みよね?あなたみたいな子は、学期よりお休みの方が忙しいのかしら」 「え?・・・そんなことはないですけど」 当たってるんだけどね。 むかつくね。 気を遣ってくれたらしいことを、差し引いて、ゼロにしとこう。 結局返事は後日ということになり、 「決まったら連絡して」と、高瀬さんは電話番号とメールアドレスを走り書きした紙を渡した。 そして「ちょっと待っててね」と言って、部屋を出て行った。
■7071 / inTopicNo.22)  水中花と金魚J □投稿者/ あおい志乃 一般♪(16回)-(2005/02/25(Fri) 21:57:34) ようやく一人になって、 ふぅ〜〜〜〜っと、 息をついた。 手の中にある高瀬さんがくれた紙を見た。 番号もメアドも、携帯のモノだったので、きっとあの人が個人で私の対応をしてくれるんだろう。 メールなんかしなさそうにない彼女が、番号だけじゃなくアドレスまで教えてくれている。 多分良い返事じゃなかった時に、私が言いやすいようにという配慮なのだろう。 やはり、口ほど悪い人ではなさそうだと思った。 「ガチャッ」 背後でドアノブの音がしたので、 私は気を抜いていた背筋を、伸ばした。 「失礼しまーす」 −あれ? 椅子に座ったまま振り向くと、 そこには高瀬さんではなく、別の見覚えのある顔が。 「こら〜、振り返る時は椅子から立って、体ごと、でしょ」 言葉遣いと声のトーンが全然違った為、一瞬気付かなかったが、 そこに立っていたのは、エントランスで受付をしていた一人だった。 「あの、高瀬さんは?」 「私、女王から頼まれたの。だから女王はもう来ないよ」 −女王。 「とりあえず、えっと・・・仲井さん。ありがと!あなたのおかげで午後まで仕事しなくてよくなっちゃった」 165ある私より少し背が高く、正当派美人という感じで、 1階で会った時は、営業スマイルの奥に近寄りがたい雰囲気を感じたが、 今はまるで人なつっこい。 早口でよく喋る。 「私、橋脇真知っていいます。マチって呼んでくれていいよ。でも仕事中は名字でね」 「よろしくお願いします。仲井美樹です。私これから何をすれば・・」 「ああえっとね、とりあえずお昼まで社内案内するから。ひっろいからね〜ここ。1年以上経つけど未だに私迷うモン」 一つ質問すると答えがプラスアルファで返ってくる。 そんなおしゃべりな彼女と一緒に、午前中いっぱい社内を見学した。
■7171 / inTopicNo.28)  水中花と金魚K □投稿者/ あおい志乃 一般♪(19回)-(2005/02/28(Mon) 00:21:32) 会社は本当に男の人ばかりだった。 橋脇さんを見掛けると、大抵の人が忙しそうな手を止めた。 顔を少し赤らめてドギマギする人。 気付かない素振りをしていても思いっきり意識しているのがバレバレの人。 私にまでやたらフレンドリーに声を掛ける人。 橋脇さんはそれらを笑顔でかわした。 「私達は社のアイドルだからね。みんなに公平にしなきゃね」なんて、言うことは憎らしいが、 誰が相手でも、ブラない彼女に私は好感を覚えた。 愛想がよく声のトーンも上がるが、 それは決して相手に媚びるようなものじゃなく、一線を置いている表れだと思った。 モデルのように美しいフォームで歩きながら、橋脇さんはお喋りを止めない。 「女王にいじめられなかった?」 「高瀬さんですか(笑)。あの人話し方イヤミっぽいですね」 「そう!さっきもさ〜・・・」 私に社内を案内する役は、受付嬢のどちらか一人が任されるもので、 本来はもう一人の受付嬢がその役目だったらしい。 しかし、ジャンケンで勝負をつけたことを知ると、高瀬さんは勝ったのはどちらか尋ね、 嬉しそうに名乗り出た彼女に、 「おめでとう。勝った方が、名誉ある自分の通常業務よね」 そう言って有無を言わさず、ジャンケンに負けた橋脇さんを私の元へ向かわせたという。 話を聞きながら笑えたが、もう一人の彼女にとっては笑い事ではなかっただろうなと思った。 でも、高瀬さんの印象は、私の中ではもう悪くなることはないようで、 ジャンケン事件を聞いても、むしろそんな彼女にさらに好印象を持った。 −女王・高瀬 なかなか面白い人ではないか。 そんなこんなで、見学中ずっと喋りっぱなしだったおかげで、あっという間に12時になった。 「お、もうお昼だ。せっかくだから、仲井さんも一緒に食べない?すぐ横にコンビニあるから、買い出し行こーよ」 「あ、いいんですか?じゃあそうします」 そうして二人でコンビニに向かった。 橋脇さんは、哀れな相棒に差し入れをすると言って、お弁当にお菓子にジュースに・・・ 大量に買い込んでいた。 私も挨拶にと思って、新製品のプリンを、彼女の為に買った。
■7603 / inTopicNo.39)  水中花と金魚L □投稿者/ あおい志乃 一般♪(23回)-(2005/03/11(Fri) 00:47:52) 私と橋脇さんと、もう一人の受付嬢は、社内3階にある、 『コミュニティー・エリア』という開けた一角で合流した。 エアコンも利いていて、気持ちのよいソファベンチに、観葉植物もあり、 その上滅多に人が来ないこの場所は、二人のオアシスらしい。 「佳未さんおつかれ〜」 とおどけた調子で橋脇さんが言う。 「新しく入ってくれる仲井さん?坂本佳未です、ヨシミって呼んでね。名字はダサイからやめてね」 坂本さん、じゃなくて佳未さんは、橋脇さん無視するようにして私に話しかける。 「よろしくお願いします。仲井美樹です。あの、これ差し入れに、プリンです。よかったらどうぞ」 「あ♪ありがと〜♪新しいの!おいしそ〜」 佳未さんは嬉しそうに受け取ってくれた。 「ちょっとっっ、無視?無視?佳未さんに私いっぱい買ってきたよ!ほら、佳未さんの好きなハムサンド、あとちょこも、これもこれも食べていいよ!」 橋脇さんが慌ててコンビニの袋からドサドサと買ってきた中身を開ける。 「ふ〜ん。午前中長かったな〜。真知は案内とか楽しかったよね〜。ジャンケン勝ったの私なのにな〜」 佳未さんは本当に悲しそうな顔をする。 どうやら演技派のようだ。 「う・・ごめんて。でもそれは女王が・・・いえ、言い訳しません。食べてください」 「仕方ない。食べてあげよう」 佳未さんがふんぞり返る。 「ははーーーー」 と橋脇さん。 二人のやりとりは、見ていてすごくおかしかった。 佳未さんは、小柄で華奢で、ほんわりした雰囲気で、髪もふわふわくるくるで、 いかにも天然な感じの、すごく可愛い人だ。 容姿的には、橋脇さんと対照的。守ってあげたくなるタイプ。 でも、実際はどちらが優位に立っているのか、このやりとりでだいたいのことはわかった気がした。 お昼を食べながら、話題は自然と女王・高瀬に流れた。 イヤミだとか仕事出来過ぎだとか、橋脇さんが早口で愚痴る。 佳未さんはマイペースに相づちを打ち、おとなしいかと思えば、 時々、橋脇さんよりもキツイ一言をさらりと言う。 穏やかな口調に騙されそうになるが、意外と毒舌だ。 そのギャップがまた愉快で、見ていて飽きない。 話を聞いていて感じたが、 橋脇さんも佳未さんも、口ではずいぶん文句を並べるが、 高瀬さんを嫌っている風ではなさそうだ。 辛口でも、どこか、角が丸い。 きっと、性根は悪い人ではないと、感じているのだろう。 私がそう思ったのと同じように。 「でも咲坂さんと社で一番親しいのって、女王だよね」 「そうよね〜姫は一匹狼だもんね」 −姫? 女王の次は姫の登場か。 この会社にはいろんな王族がいるみたいだ。 高瀬さんは女王で、サキサカというお姫様も、存在しているのかな? 話に付いていけないでいる私に気づいた佳未さんが、橋脇さんを軽く蹴った。 「いた!なに!?ん、ああ。 んもう、普通蹴るかなぁ。。 仲井さん、てか私も美樹ちゃんって呼ぶ。あのね、この会社にはもう一人仕事のでき〜る女がいるのよ」 橋脇さんの説明では、そのでき〜る彼女は某有名一流大学の現役生で、私と同い年の二十歳。 去年の春に、高瀬さんがいきなり彼女を社に紹介したらしい。 彼女は普通の社員とは別格で、特に所属している課もなく、学業の合間に出勤しているという。 なにしろIQが高いとかで、主にプレゼンアドバイザーの役目や、 語学力を生かした通訳の役目を担っていると。 まあ、漫画のようなシナリオだ。 その年で実際にめざましい功績を挙げているというから、驚きだ。 会社側も今では手放せない存在だとか。 「へぇ。漫画チックですね。だから “姫” ですね?」 「ん〜それもあるけど。それより見た目かな。ねっ、佳未さん」 「そうよねぇ、あれは姫よねぇ」 佳未さんが同意する。 「今は夏休みだし会える確率高いよー。美樹ちゃんも運が良ければ今日会えるかも?」 「運とかあるんですか?」 「だってさぁ、顔見れた日はいいことありそうな気がするもん」 「確かにねぇ。今日は来てるのかなぁ。咲坂さんいつも重役出勤だからわかんないのよねぇ」 「ねーー毎日会いたいよね〜」 「ね〜」 お菓子をぽりぽり食べながら、二人で「ねー」「ねー」と盛り上がる。 この二人にそこまで言わせる人か、それは確かに姫かもしれない。 見てみたいなと、興味が沸いた。 昼休みも終わりに近づき、私達は携帯の番号とアドレスを交換した。 そして私は帰る為、橋脇さんと佳未さんは持ち場へ戻るため、 三人でエントランスに向かおうと歩き出した。 この会社はオシャレな作りで、前6階建てのうち、下3階の一部が吹き抜けになっている。 私たちが歩いている、吹き抜けに面した廊下からは、2階の同じ作りの廊下と、 広々としたエントランスが一望できるようになっていた。 巨大水槽は、ここからだと奥まった部分に位置するが、その一部はここからでも見ることができた。 吹き抜けの手すりに手を滑らせながら楽しそうに歩く佳未さんの後ろを、私は歩いていたが、 ふと、2階廊下の二つの人影が目に留まった。 −あ、高瀬さんだ。一緒にいる人は・・・ !? 【   パシャッ   】 私の心で水が跳ねた。 − ナナミ − − 七美 − あの初夏の日から、私の心に住み着いて離れない、 その人が、 そこにいた。
■7605 / inTopicNo.40)  水中花と金魚M □投稿者/ あおい志乃 一般♪(24回)-(2005/03/11(Fri) 00:49:26) 「あ、女王と姫!」 橋脇さんが手すりから身を乗り出した。 「え〜どこぉ?あ、ほんと。美樹ちゃん、あそこにいる高瀬さんの隣の人が、噂の咲・・」 「七美・・・」 「え?」 「え?」 橋脇さんも佳未さんも、私の発言に驚いた表情をしている。 でもそんなことどうだっていい。 どういうこと? 七美が、噂の姫? べつに、おかしいことではないけれど。 でも、こんな偶然って。 私はいきなりの再会に、少し混乱気味だった。 だって、七美の存在は私にとって、ほとんど夢の中の登場人物のようになっていたから。 「美樹ちゃん、咲坂さんと知り合いなの?」 佳未さんが言う。 −知り合い。 どうなんだろう、この場合。 確かに私は七美を知っているけど、 でも、いったい七美の何を知っているというのだろう。 香織から聞いた中学時代のこと? 赤色が好きらしいこと? いや、そんなの、彼女を知っていることにはならない。 それに、彼女は私を知らない。 この間会ったことを、覚えているかどうかもわからない。 だからといってなんだ 。 知っていようといまいと、どうだっていいではないか。 初めてあったあの日も、そう思ったではないか。 もう二度と会うことはない。 私には、関係ないと。 でも、 こうして、 私は七美とまた出会った。 知りたい。 彼女のことを知りたい。 この気持ちが何なのかはわからない。 −けど 「知り合いです。これから知り合いです!」 そう言って私は駆け出した。 後ろで橋脇さんと佳未さんの声が聞こえたが、私は止まらなかった。 駆け出す脚を止められなかった。 走り出す気持ちを、 止められなかった。
■7606 / inTopicNo.41)  水中花と金魚N □投稿者/ あおい志乃 一般♪(25回)-(2005/03/11(Fri) 00:50:34) エレベーターは使わなかった。 七美を見失いたくなかったから。 階段を一気に駆け下りた。 私が2階に辿り着くと、高瀬さんと七美はもう吹き抜けの廊下を離れて、 各部署が並ぶ廊下の方に歩き出していた。 −七美、待って。 「高瀬さん!」 意外にも私の口から出たのは、女王の名だった。 動転してはいても、いきなり七美の名前を叫ぶほど、分別を失っていたわけではないらしい。 二人が振り返って、私の方を見る。 七美が、私を見る。 −あ、ほら、跳ねる。私の心の中で水が跳ねる。 私は早足で二人の元へ向かった。 「社内、案内して貰った?」  「はい、橋脇さんに」 七美が私を見ている。 「ええ。仲良くできたのかな?」 「はい、佳・・坂本さんも一緒にお昼食べました。楽しかったです」 私の答えを聞いて、高瀬さんは優しそうに微笑んだ。 「あの娘達、明るさだけが取り柄だからね。  そ、れ、で、どうしたの?息切らして、それを報告しに来てくれたの?」 「いえ、あの私・・・アルバイト、アルバイトします。やらせてください。明日からでも来れます!」 一瞬驚いたように高瀬さんは目を開いた。 が、すぐに元の表情に戻り、 「そう。そんなにあの二人と意気投合したのかしら。仲良くやるのはいいけど、仕事とのけじめはきっちりね」 と、意地悪そうに笑った。 「はいっ、がんばります!」 「ええ。でも一応準備もあるし、明日からってわけにはいかないのよ。なるべく近いうちに連絡するから」 「ありがとうございます」 「それじゃあ、気を付けて帰るのよ」 高瀬さんはそう言うと、踵を返して歩き出した。 今まで私と高瀬さんのやりとりを、側でじっと見ていた七美も、 高瀬さんと並んで歩き出した。 遠ざかっていく七美の後ろ姿を見ながら、私は、 初めて七美と会った日に味わったのと同じ、得体の知れない不安を感じた。 胸の中に熱いモノが広がって、呑み込まれそうになる気持ち。 何とも言えず切ない気持ち。 私はどうしたいのだろう。 わからない、けど。 彼女のことをもっと知りたい。 彼女にもっと近付きたい。 その気持ちだけは確かだ。 この会社の存在が、唯一、私と彼女を繋げるものになる。 ここに来てさえいれば、七美に近付くチャンスを手にできる。 でも、 果たしてそれで彼女に近付くことができるのだろうか。 実際彼女は、私のことを覚えてすらいなかったのに・・・ その時、 20メートルほど先にある、七美の背中がピタリと止まった。 そして、クルッと私を振り返ったかと思うと− 「あの時会ってるよね」 −泣きそうになった。 覚えていてくれたんだ。 というか、忘れていたけど、今思い出したのか。 どっちだっていい。 「うん!香織と・・竹中さんと一緒にいたから!!」 私の返事を聞くと、 七美は歯並びのいい白い歯を見せて、満足そうにニッっと笑い、 不意のことに驚いて立ち止まっていた高瀬さんをするりと追い越して、 再び向こうへ歩き出した。 もう七美の後ろ姿は眺めずに、 私も踵を返して帰路に向かった。
■7608 / inTopicNo.42)  水中花と金魚O □投稿者/ あおい志乃 一般♪(27回)-(2005/03/11(Fri) 00:54:03) その日の夜、お風呂からあがって部屋で髪を乾かしていると、 メールの着信音が鳴った。 サブディスプレイの送信者表示を見ると、 【橋脇さん】 だった。 昼間、会社で七美と別れた後、私は気恥ずかしかった為、 橋脇さんと佳未さんに挨拶もせず、そのまま帰ってきてしまったのだ。 きっとそのことを言われるのだろうと予想しながら、携帯を開くと、 やはり。 < 件名:初メ〜ル☆  今日はびっくりしたよ〜。  美樹ちゃん姫と知り合い?「これから知り合い」??  詳しく聞かせてもらわないとね〜 > う〜んと少し考えてから、返信メールを打った。 < 件名:初メールがえし  今日はありがとうございました。とごめんなさい(_ _ ;)  七美は友達の友達で、しかも1回会ったことあるだけで。  橋脇さんに聞かせるようなことなんてないんですよ〜。 > すぐに返事が来た。 < 件名:女王から伝言  そうなんだ〜まぁそういうことにしとくか。  高瀬さんが、美樹ちゃんに連絡するって言ったのはいいけど、  自分の連絡先だけ教えて、美樹ちゃんの訊くの忘れたんだって。  女王の失態見たり!!  適当にメールでも送ってあげて。  それから、私のことも真知って名前で呼んでよね〜(泣) > メールでも賑やかな人だなと、思った。 < 了解です、真知さん♪ > 時計を見ると、23時を過ぎていた。 初めての人にメールをするには少し遅い時間に感じられたので、 高瀬さんには明日の朝にでも連絡を入れることにし、携帯を閉じて私はベッドに入った。 今日はいろいろあったな。 単調な毎日を送っていた私にとっては、少し新鮮で慌ただしい一日だった。 橋脇さんに佳未さんに高瀬さん。 新しく携帯にメモリも増えた。 合コンで知り合った人達と、お決まりのように交換したアドレス。 そのほとんどが、一度も使わないまま、私の携帯に溜まっている。 今日手に入れた3つは、そんなものより、ずっとずっと価値のあるメモリに感じた。   枕元にある携帯をもう一度開いて、 【橋脇さん】 → 【真知さん】 と編集した。 それからふと思い立ち、新規登録の画面を開いた。 そしてそこに、 < 咲坂 七美 > と入力してみた。 番号も何も知らないから、特定の着メロも選べない。 住所も誕生日も、画像の登録欄もあるのに。 今は、名前以外は、すべて白紙だ。 でもいつか。 いつか、これが全部埋まるといいな。 そう願って、私は眠りに就いた。