■Girl Holic  
□エビ


「好きやねん、サキのこと」 昨日 久しぶりに告白された。 私の名前はサキ その人の名前は‥ アキ。 私達は女の子同士なんだけれど アキと付き合うこと やぶさかじゃない私がいたりして‥。 好きに なっちゃいそうです。 アキのこと‥ Girl Holicー (携帯)
「おはようございまーす」 朝8時40分 私の会社での一日は デスクに座り PCの電源を入れることから始まる。 ウィィィン‥ 静かな機械音を放つ PCの起動を待つ時間。 私は机の上の書類を整理したり 土日に届いたFAXに目を通したりー 仕事を始める為の準備に費やす。 やがて “Windows XP”の文字が画面に大きく現れ カタカタ‥ パスワードを入れて ログオン。 電器メーカーの商品開発部設計課 そこが私の職場。 図面とPCに向かう一日が私のウイークディ。 長袖のシャツを少しまくって マウスを握る。 今日やるべき仕事を頭の中で軽く整理して‥ さて、今日も頑張るか! いつもの 月曜の朝。 ‥のハズだったんだけど ‥‥ 今日はちょっと事情が違った。 ちらり 8時45分27秒 28、29、30秒‥ デスクの上のデジタル時計は 無神経に秒を刻み続け。 ‥来る もうすぐアキが来‥ 「おはよーございまーす」 ‥‥ 来たーっ!!!! 聞こえてきたアキの声に 私の唇の端がぴくっと反応。 ドキ‥ 「おはよー」 「あ、おはよー」 ドア付近で 同僚と挨拶を交わしているアキの姿が視界の端に映り。 ドキドキ‥ 再び 唇の端がぴくぴくっと反応。 『ぴくぴく唇』 これは 私がテンパっている時のクセでして。 ‥って何緊張しちゃってんの?私。 あーダメダメっ そもそも何で私が緊張しなきゃなんないわけよ まるで私から告白したみたいじゃん? 違うし‥ 逆だしー!! くそう‥ アキに顔を見られる前に このピクつく唇を元に戻さねば。 机の下で 左手をパーに開き。 右手の人差し指で 人人人‥ アキに動揺を悟られる訳にはいかんのだ‥ んが、と 左手を口に当てた瞬間。 「‥何してんねん」 アキが 私の後ろに立っていた。 この 関西弁で 口の悪い 同僚で 同い年のアキ。 私は昨日この人に 好きだって言われました。 (携帯)
「‥何してんねん」 私の後ろに立っていたアキは 若干あきれたような顔をしていて‥ 左手を口に当てたままの私は 「あ‥くび」 苦しいイイワケ。 「ヘンな顔しとったで、サキ」 アキはそう言うと。 ポーターの鞄をデスクに置き 慣れた様子で身体を屈め、自分のPCに電源を入れた。 この課で一緒に働くようになって一年余りー アキと私の席は 隣同士だったりする。 〜♪♪ 小さく鼻歌を唄いながら PCの画面を見たり 机上の図面を折り畳んだりー 朝の準備をしているアキは。 何を‥ “いつも通りー”みたいな顔してんのよ〜! ケロっとしちゃってさ。 自分が昨日何言ったかわかってるわけ? ‥‥ 『好きやねん。サキのこと』 昨日のアキの言葉を反芻するたび ‥シュボッ。 顔に点火されてる私は何なのよ。 ‥ちらり 隣のアキを横目で盗み見る。 ‥‥ いつも通りの涼しげな表情で キーボードで何か打っているアキ。 ‥フッ。 悔しいやね こ憎たらしいやね。 ‥‥ フガーっ!(心の中で牙をむく) その時 “You've got mail!” PCがメールの到着を知らせ。 んー、誰だ? 見ると 送信者:島田アキ ‥アキから!! 社内のPCはオンラインでつながっていて。 そのメールは何秒か前に 隣のアキから送られたものだった。 本文:今夜あいてる? 昨日のこと、ちょっと話したいねんけど。 ‥‥ ふよふよと 頬が緩む。 カタカタ‥ 宛先:島田アキ 本文:どうしてもって言うなら。時間とってあげてもいいよ。 送信ーと。 私のメールを見たらしきアキは ぴくっと身体を固まらせ‥ カタカタ‥ 本文:社内のメールを私用に使うなコラ。 夜、終わったら待ってるよ。 そう私にメールを残し コピー室に消えて行った。 ‥ふふ。 こういうところ やっぱりかわいい。 つい一昨日まで ただの友達だった私達。 それがちょっと変わってしまったのは 昨日のことだった。 (携帯)
「あのさ、観たい映画があんねんけど。日曜一緒に行かへん?」 アキにそう誘われたのは 先週の木曜、昼休み。 「うん。いいよ」 その日曜日には何の予定もなかったし 休日にアキと遊びに行くことも珍しいことではなかったので 私は快くその誘いにのった。 「何観に行くの?映画」 「えっ?あ‥まだ決めてへん」 「だってアキさっき観たい映画があるからって言ったじゃん」 「へ?あ?イヤ‥ちゃうねん。観たい映画ができそうやなぁって‥ハハ」 「‥アキ?何か顔赤いよ」 「バっ‥別に何もないわ。とにかく!日曜なっ」 そう言って アキはいそいそと煙草の火を消し 休憩室から出ていったんだっけ。 ‥ヘンなアキ。 まさかアキに “好きだ”なんて言われるとは思ってもなかったこの時の私は。 アキとの日曜を 友達と過ごす休日として 楽しみにしていたんだっけ。 「ごめんーアキ待った?」 約束の日曜日ー 待ち合わせの駅前西口に私が着いたのは 約束の2時を3分過ぎた頃。 「‥‥」 花壇の段差に腰をかけ 駆け寄った私の顔を下から見るアキ。 ‥あちゃー 怒ってるかな? 普段は真剣に怒ることなんてめったにないアキだけど。 この方 とにかく時間にだけはうるさいのだ。 「3分やろうと3時間やろうと遅刻は遅刻なんじゃい」 今までも 何度怒られたことか‥(トホホ) 「ごめん‥ね?アキ」 いつもより若干かわいく言ってみた。 「‥‥」 アキは少し口を尖らせたけれど。 「んや。私も今来たところやで」 花壇からすっと立ち上がり 「行こか、サキ」 そう言ってにこっと笑った。 ‥おかしい アキが時間のことに寛容だなんて‥ “今来たとこ” なんて絶対ウソ。 き、気持ち悪い‥ 今日のアキ やっぱり何かヘン!! 「アキ‥何か悪いものでも食べた?」 私の前をスタスタ歩くアキに尋ねる。 「は?サキと違って私は拾い食いなんてせえへん」 いつもの憎まれ口は健在でホッとしたけれど‥ 今日のアキ 何かウラがありそうだぞ‥
映画館へ向かう途中ー 「ねえ何観るの?映画」 映画なんて久しぶり〜 前に来たのは‥ 別れた彼氏と行った ハリー〇ッターT以来か。 いつの話だよ‥トホ あの映画 私途中で寝たっけ。 趣味じゃない映画に連れてかれるほど辛いこともない。 ‥アキのチョイスはいかに? 「この映画なんやけど、どう?」 そう言ってアキがピラピラとかざした2枚のチケットには “サヨナラCOLOR” の文字。 ‥!! 「これ私観たかったの!」 私が大好きな唄の映画化の! 「サキも好きやろなあと思ってん」 アキはにやっと笑って 嬉しそうに私の隣を歩く。 この人は アキはいつもそう。 何故か 私の好きなものを知っていて。 私と同じものを好きだと言い 同じものを食べては “美味しいやん”って 目を細めるんだよね。 「ふふ‥」 「何笑ってんの、サキ」 「んー?何でもない」 「何やねん気持ち悪いな」 「ふふ‥」 ‥いい友達だなぁって。 そう思ったんだよ? アキ。 新作封切り明け日曜のシネコンは かなりの人出だった。 ベンチに座って開場を待つ間ー 「サキー。ジュース買いに行くのインジャンするで」 アキが言う。 ‥‥ 「アキ‥?インジャンて何?」 そのハジケタ響きの代物は‥何ですか。 「はぁ?インジャンゆうたらグーチョキパーのアレに決まってるやん」 アキは呆れた顔でため息をつく。 「あ!ジャンケンのこと?」 「‥そうとも言うわな」 プスっと横を向くアキ。 そうとも言うじゃなくて それが日本のスタンダードなのっ! 「いんじゃんホイっ」 「じゃんけんポンっ」 二人同時のかけ声の結果は‥ にやり アキの負けー。 「やったー!」 「くそぅぅ‥」 ふふ‥ この人は アキはいつもそう。 いつも私を楽しませてくれて 私と同じことで笑ってくれる。 いつだって私達はー 不思議なくらい 気が合うんだよね。 「あ‥」 アキが両手にジュースと大きなポップコーンを抱えて ふてくされて戻ってきた。 ふふ‥
「すごいよかった‥」 「最高やったな‥」 この日の映画の感想も 私達は同じだった。 映画が終わってやってきたのは 映画館近くの 海が見えるカフェバー。 そこで少し早めの夕食を取ることにした。 「ラストのカメラワークが効いとったな。あれで泣きそうになったわ」 「あ!それ私も思った!」 何で先に言うかなぁ アキめ。 プヒ‥ 「音楽もよかったよね」 「あ!それ私も思っててん。サントラ欲しいわぁ」 ‥にひ 先に言ってやった。 時刻は午後6時 夏の海はまだまだ明るく。 窓の外の青は太陽の光をいっぱいに受け キラキラと輝いていた。 料理を食べながら。 私達は映画の話や仕事の話 互いの昔話なんかをひとしきり楽しんで‥ 「やだ〜アキおかしー。キャハハ」 「にゃはは〜」 お腹がよじれるくらい 笑ったんだっけ。 ねえアキ いつも一緒にいて思うんだけどね。 女の子二人連れって 寂しい奴らーとか思われがちじゃん? こんなナイスビューなカフェは男と来いよ とかさ。 私も割とそう思ってたりしたんだけど‥ でも違うね 全然違ったね。 こんなに居心地がよくて こんなに自分らしくいられて こんなに楽しい。 そういう友達がいてくれるのは。 彼氏がいることなんかよりずっとずっと 素敵なことだよ。 そんなことを考えながら 窓の外を見ていた私は。 「サキ‥」 アキに小さく名前を呼ばれ ん‥? 振り返ると。 ‥‥ アキがじっと 私を見ていた。 照らし始めた夕陽が アキの髪を明るく光らせ 顔に柔らかな影をつくってたりしたもんだから‥ ‥‥ 思わず ドキっとした。 「な‥に?アキ」 私の言葉に 「‥‥」 息をついて 目線を落とすアキ。 な な‥ 何よー!! 何か深刻な話? あ‥ だから今日アキ様子がヘンだったんだ! 「ど‥したのアキ?」 「‥‥」 夕陽が角度を緩め さっきより明るくアキを照らす。 その時のアキは すごく 綺麗だった‥ (携帯)
「アキ‥何か悩みごと?」 聴くよ、私が。 「‥‥」 「会社辞めるとか?」 イヤ〜アキいなくなったら寂しい。 「‥辞めへん」 ホッよかった。 「痔になったとか?」 そんなの気にしないよ! 「‥誰が痔じゃ」 そうか‥ 「じゃあ水虫?」 治るよ、一緒にいい薬探そう! 「違うわいっ」 あ!まさか‥ 「お金は貸せないなぁ」 知ってるよね、うちの会社薄給なの(泣) 「‥誰が貧しいサキに金借りるねん」 ムカ。 「‥‥」 「‥‥」 アキはずっと うつむいたまま。 ‥‥ 「じゃあ何なのっ」 まったく‥ 「‥‥」 再び黙りこんでしまったアキの顔を見ると その頬はいつもより少し赤くて‥ 「ア‥キ?」 私の声に ふっと顔を上げたアキは。 まっすぐに私を見つめー その瞳は真剣そのものだったから‥ 何‥ この空気は。 そして ドキドキしてしまってる私は 何‥? それはまるで 今から告白されるんじゃないかみたいなレロレロ‥ ああ 思い出すだけでドキドキして 舌がうまくまわりません。 「サキ、聴いて」 な‥んで私 聴き慣れたアキの声に こんなにドキドキしてるんだろう。 「サキ‥ずっと言いたかってんけど。言われへんかってん」 「‥‥」 「サキ、あんな‥」 あんまり そのハスキーな声で 私の名前呼ばないで、アキ。 何か 心臓が 痺れそう。 「私な‥」 痺れそ‥ 「好きやねん、サキのこと」 痺れそう‥ って‥ ん? ス‥キ? ‥‥‥ ‥‥ ‥‥ えええええええ〜!!! パリーン アキの突然の告白に驚いて。 手をすべらせ 持っていたグラスを割ってしまった私。 お店の人 ゴメンナサイ。 ビンテージのジーパンを濡らしてしまって ゴメンナサイ アキ。 でも でもね? 私本当に びっくりしたんだよ? アキ‥ (携帯)
アキと私が初めて逢ったのは 一年前の六月だった。 元々 大阪支社で営業の仕事をしていたアキ。 本人の強い希望で 私が働いていた本社の開発部に、転勤という形でやってきた。 アキと私の入社年は同じ。 入社二年目での開発への異動は異例のことだが 営業時代に重ねたアキの実績で 問題なく進んだという。 アキが 今の本社に初出勤した日のことー 今もよく覚えている。 「大阪支社から来た島田アキさんだ。今日から設計課に入ってもらう」 部長に紹介されるアキの姿を 私は座って見ていたんだっけ。 第一印象はー 『綺麗な子』 真っ白な肌と 肩までの茶色い柔らかそうな髪。 身長は160弱の私と同じくらいかな? でも 小さな顔がスタイルを良く見せていて‥ パンツスーツがよく似合う、中性さも備えた風貌。 黙っていると冷たそうな印象を受ける猫目もー アキにはよく似合うように感じた。 ‥クールな人なのかな? そんな私の予感は すぐに的外れなものだったと判明する。 「じゃあ島田君、皆に挨拶を」 部長に促されたアキは一歩前に出ると。 「島田です。よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げたんだけど。 ‥あら? ふふ‥ 思わずほころんでしまったのは 私だけじゃなかったと思う。 だってそのイントネーションは バリバリコテコテの 浪速節ー 関西弁だったから。 ‥‥ かわい〜♪ クールな外見と声のギャップが‥ かわい〜かも♪♪ 「谷村、ちょっと」 部長に呼ばれた私は。 ふよふよと笑いを含んだ頬を押さえて 「何でしょう」 部長の元へ歩みよった。 隣には アキがいて。 「島田君に色々教えてやって欲しい」 ぽんっと 部長に肩を叩かれた。 当時私も入社二年目。 業務ではまだわからないことだらけだが 大阪から来た彼女に教えてあげられることもあるだろう。 「はい、わかりました」 部長に伝え アキの方を向く。 私の視線に気づいたアキは 鋭い目をふっと和らげ にこっと笑った。 あ やっぱり 綺麗な子‥ そんな風に思ったんだった。 (携帯)
異動してきたアキは 新しい環境になじむのにそう時間は要さなかったようで。 上司同僚、そして私を含め、 何故かいつも アキの周りには人が集まった。 サキ分析によると それには2つ理由がある。 1つめー アキは仕事がよくできる。 彼女は自分のやるべきことにいち早く的を絞り時間を有効に使うタイプ。 そして仕事には時間を惜しまない。 そんなアキは 皆からの信頼という強い武器を持って あっという間に今の環境にとけ込んだ。 そして2つめー あの口の悪さ‥ 「なんやねんコレ!なめとったらあかんで」 「ほんま自分な、しまいには淀川沈めたろかコラ」 ‥‥ その美形な顔にはおよそ不釣り合いな 巻き舌の関西弁。 これはネイティブの関西弁を聴いたことのない東京人には‥ なかなかの衝撃。 そして 「ハァ、大阪のうどん食べたいわぁ‥」 ボソっと呟いて西の空に向ける遠い目や 「ふふーん。観た?昨日の阪神戦」 阪神が勝った翌日にはやたら機嫌がよかったりする 素直さ。 色んな要素が アキの周りに人を集めたんだと思う。 私の密かな自慢は‥ そんなアキと私が 一番仲良くなれたこと。 隣同士の席ということもあって 私達はよく色んな話をした。 アキと私は 大人になってからの出逢いの中では希有なことに。 すごくすごく 気が合ったんだよね。 好きな作家 好きな俳優 好きな車 好きな食べ物 ブランド物には興味がない点、 驚いたのは 身長、体重、視力と足のサイズまでぴったりー 私達は同じだったんだよね。 アキといて私がとても心地いいように アキもまたそう感じてくれてるという自信もあった。 昼はよく一緒にランチを取り 互いの家にも何回か泊まったりしたっけ。 アキといると 本当にいつも楽しくて。 笑ってた気がする‥ “親友”なんて言葉を使ったら 「はぁ?クサいねん、そんな言葉」 って怒られそうだけど。 友達 友達‥ うん、 最高の友達に出会えたなぁって ずっとそう思ってたんだよ。 そんなアキからの 突然の告白だった。 『好きやねん、サキのこと』 ‥鼻血出そうだった。 (携帯)
再び時計を日曜に戻しー 夜のカフェにて。 「好きやねん‥」 アキからの告白の後。 私達はしばらく黙ったまま‥ カラン‥ グラスの中で氷が溶ける音が イヤに大きく聞こえてきた。 いやー‥ なんていいますかね ふよふよ‥ ねえ? “好きだ”と言われて嬉しくない人間は あまりいないわけですよ姉さん(誰?) ふよふよ‥ 現に私も 複雑な表情を装ってはいるけれど。 アキの言葉は すごくすごく すごーく‥ 嬉しかったわけで。 アキ 私嬉しいよ そんな風に思っててくれたこと。 すごく嬉し‥ 「ごめんな」 突然 アキの口から謝罪の言葉が漏れ。 え‥? 私の心はますますかき乱される。 「ごめんな。びっくりしたやろ?」 仲間からはぐれちゃった子猫の様な アキの瞳。 「女の子を好きになるなんて私も初めてやから‥戸惑った」 アキ‥ 「でもな私が惚れんのも仕方ないで。 サキ、いい奴やから」 アキはそう言って 少し寂しげに 少しいたずらに。 ふっと笑ったんだっけ。 アキの横顔 こんなに意識して見たこと 今までなかった。 ‥‥ この人かなり 素敵かも‥ その時ー え‥ あ ‥‥ あ゛あ〜っ!! なんてこと‥ ぴくっ こんなシリアスな場面で ぴくぴくっ 私の持病 “テンパるとピクつく唇病”がー 発症(ずどーん‥) んがっ 慌てて左手で口元を押さえる。 ブサイクな顔を‥ アキに見られる訳にはいかんのだー!! 「‥サキ?」 私の顔をのぞきこむアキ。 だ、だめー! 今見たらダメぇぇ‥ ぴくっ。 「どうしたん?サキ」 どうもこうもないんですよ このバカな唇がですね‥ 「サキ‥?」 突然の告白に私が困惑してると勘違いしたんだろう。 アキはいつになく優しい顔で 「大丈夫?」 そう言って 私の頭をぽんぽんっと撫でた。 ‥‥ キュ キューン‥ こんなにも簡単に トキめいてしまう自分が恨めしい‥。 (携帯)
店を出た私達は 地下鉄で帰ることにした。 私より駅ひとつ先に降りるアキと別れるまで。 その車内ー 私達に会話らしき会話はなく。 「‥‥」 「‥‥」 互いに自分の足下を見つめ 隣合い座る。 無言‥ ‥アキちゃん? アキちん アキ助 アキブー。 ‥‥ アキ‥私 アキの笑った顔 好きだよ。 “次は‥駅‥駅” アナウンスが響いて。 あっという間に 次はアキが降りる駅。 もうバイバイなんだ‥ って明日会社で会うんだけどさ。 電車はゆっくりと減速を始めー アキ。 こっそり隣のアキの表情を盗み見‥ ぬおっ! ‥‥ 盗み見たはずなのに目が合った(トホホ)。 アキは 「今日はありがと。また考えといてな」 そう言って。 ‥‥ かかか、か 考えるってのはつまり つつつ、つ 付き合う云々ってことレロレロ‥ だよね? 「じゃあまた、明日」 私にそう残して。 プシュー 開いたドアの向こうに消えて行った。 ‥‥ 家に帰った私は ベッドで大の字になり。 化粧を落とすことも 着替えることもせずー ぽかーん‥ ‥‥ バックから携帯を取り出す。 メール、着信 ナシ。 アキにメールしようかと思ったけれど うーむ‥ 何を入れたらいいのやら。 私は受信ボックスを開き 今までにアキと交わしたたくさんのメールを見返した。 『明日の会議なんやけどー‥』 『早くCD返せアホサキー』 『うまい焼酎バーあるらしいねん。明日行こうや』 『皐月賞で万馬券とった!何かオゴっちゃる』 ふふ‥ アキからもらった たくさんのメール。 今まではただの友達‥ だけど今日 私の中でアキの存在が 変わっちゃったよ。 “考えておいて” アキはそう言ってたけれど‥ 考える余裕なんて 私にはないみたい。 私をこんなにドキドキさせた人 アキが初めてだよ。 その夜は あまり眠れなかった私。 ‥‥ ぎゃあっ! クマができてる〜! そんな月曜の朝を迎えたんだった。
そんなことがあって迎えた月曜日ー うちの会社 定時は6時だけれど 6時で帰れる人はいない(涙) 皆パタパタと忙しそうに 8時か9時までは会社に残っていて。 かくゆう私もアキも。 今日月曜日は 納期前ということもあり 仕事を終えたのは8時過ぎだった。 「んんー」 「んがー」 私とアキ 同時に両手を伸ばしてノビノビ〜。 「‥マネしないでよアキ」 「こっちのセリフじゃい」 悪態をつき合った後。 「帰るで」 アキの一言で 私達はおもむろに帰る準備。 「お疲れ様です」 上司や同僚、後輩に挨拶をして 私達は会社を出た。 ビルの17階が 私達が働く会社が入るフロア。 1階に降りるのは もちろんエレベーターで。 チンー すぐにやってきた下りエレベーター 夜のこの時間 その密室の箱には 私達ふたりきりだった。 「‥‥」 「‥‥」 会話ナシ。 ‥‥ なんかしゃべれっつの アキ助。 13、12、11‥ 階数の表示が8か7に変わった頃。 「サキんちでええ?」 隣のアキが目線を前のまま ボソっと呟いた。 「え?」 「もう結構遅いし。今から店行ったら遅くなるやろ」 アキは左手のオメガを見てもう一度ー 「サキんち行っていい?」 そう言って 私より先にエレベーターを降りていった。 ‥やっぱり 照れてますね?アキさん。 ええそりゃ 私もですとも‥。 アキの後を追いかけた。 パクっ パクパク‥ 私の家にてー 今夜はもう遅いということもあって 夕食はコンビニ弁当で済ませることに。 8畳ワンルームの私のマンション 部屋の半分はベッドが占める。 残りのスペースに置かれた丸いテーブルを囲む 私とアキ。 ちらり‥ 私の向かいに座るアキをチラ見。 パクパクーっと 口いっぱいに卵焼きをほおばるアキ。 ‥ふふ いつもごはん美味しそうに食べるよね、アキ。 そういうところ 好きだなあ‥ ‥や。べべつに 好きって別にそういう意味じゃなくてレロレロ‥ でもやっぱり 好きだなぁ‥ (携帯)
トン。 ご飯を終えたアキが お茶の入ったコップを置く。 「まだるっこしいのは苦手やから‥」 ‥うん 私も。 「昨日のことな」 言葉の最後に顔を上げたアキが 鋭い目で私を見る。 「本気やから。サキを好きやって気持ちは、本気」 「‥‥」 「‥‥」 「アキ?」 「ん?」 「先月だったよね?サトシ君と別れたの」 私の言葉に アキは少し驚いた様子を見せた。 サトシ君とは アキが数ヶ月前から付き合っていた彼氏で。 先月 「別れた。」 アキにあっさり聞かされて 私は随分驚いたんだっけ。 アキが東京に来てから1年ー 2、3人かな‥? 彼氏がいたと思う。 それは当然の話で。 アキは誰が見たって魅力的だし‥ 男の子がほうっておくハズはない。 でも当のアキは 恋愛に関してはドライな印象を私は持っていた。 ふよふよ‥ もしかして‥? 「サトシ君と別れたのって。私の‥」 ワタシノコトガ スキダッタカラ? 「うん‥」 アキはコクリと 首を縦に振った。 ‥‥ にや‥ やけてしまいます。 「女の子同士で付き合うって、どんなんかようわからへんけど‥」 「うん」 私も よくわかんないけど。 「でもな、一緒におりたいねん。サキと」 「‥‥」 ああ神様 私のこのだらしなく緩む頬を引き締める特効薬は ありませんニヤ? 「付き合って欲しい、私と」 核心をつく アキの言葉。 「‥‥」 「‥‥」 答えなんてもう決まってるんだけど。 ちょっと困ったフリしてみたり ワタシどうしたらいいの?的な顔してみたりー。 だってだって 本とに 嬉しいんだもん。 へへ‥ 「どう‥しよっかな」 サル芝居。 アキを困らせちゃえ〜♪ 「芝居こくな、アホサキ」 は はら? さっきまでの優しいアキの声とは対照的な どすのきいた関西弁。 タハ‥ バレてた? 「さっきからニヤニヤニヤニヤしよって」 アキは意地悪に でもすごく優しい目で。 笑ってた。 (携帯)
「ふふ‥バレてた?」 「当たり前やろ。サキのことは、私が一番よくわかるんや」 ちょっと得意気に アキはにやり。 ふふ‥ そうだね そうだったね。 アキはいつでも 私のことを一番よくわかってくれてるんだよね。 2人の笑顔がいっぱいで 部屋の空気が柔らかい。 「付き合っちゃう?アキと私」 「付き合ってみる?」 「楽しいかな」 「そら楽しいやろ」 「甘い感じになれるかな?」 「んー‥それは厳しいかもなぁ」 「じゃあヤだ」 プヒっ。 「えっ!?あ、ウソウソ。もう激甘やで」 「‥本とに?」 「ほんまに」 軽い冗談の中ににじみ出る 居心地のよさと アキの優しさ。 「お面がいるね」 私はもう少し この甘い冗談を続けたい。 「お面?」 アキがきょとんとした顔で尋ねる。 「そ、お面が2枚」 「なんで?」 「だって‥」 だってさ 「笑っちゃいそうだもん」 「あ、エッチの時?」 ロコツに言うなよ〜! 「ふふ‥」 「にゃはは〜」 こうして “友達”から“恋人”に 関係を変えた私達。 正直 まだピンとこないんだけどね。 親友と恋人の境界線って。 でもね これからアキともっと一緒にいられて楽しいこと。 私の知らないアキを これからもっと知れるのが嬉しいこと。 それは 間違いないと思うんだ。 「もうこんな時間や‥」 部屋の時計を見上げるアキ。 「帰るわな」 そう言って私を見るアキの目は とても優しい。 ‥‥ 「泊まってってもいいよ?」 私のこの言葉にはー 今までとは違う意味があるのかもしれないけれど。 一緒にいたいなぁって そう思うから‥ 「いや、今日は帰るわ」 腰を上げるアキ。 ブー‥ 「明日会社行くの、イヤになりそうやん?」 アキはにやっと笑って 「二人してサボる訳にはいかんやろ」 ぷにぷにっと私の頬をつねった。 ‥ふふ そだね 課長が泣いちゃうね。 アキの少し冷たい手が私の頬から離れ 私達は玄関へ向かった。 (携帯)
玄関での別れ際ー 「気をつけて帰ってね、アキ」 「ん。」 靴を履きながら アキが答える。 「じゃ」 と二人の顔が向かい合い。 「‥‥」 「‥‥」 多分 考えていることは二人とも同じ かな‥? 「チュウ、しよっか」 恥ずかしそうに天井を見上げて アキの一言。 ふふ‥ やっぱり同じだった。 「‥いいよアキ。チュウしてあげても」 ふ。 恥ずかしいやんけ‥ あ、関西弁が感染った。 「あん?したってもいいとは何や」 私の言葉に アキがムスっと頬を膨らませる。 あれ‥? 怒っちゃった? 「チュウなんてしたらへん」 アキはプイっときびすを返し ドアノブを握る。 ちょ ちょっと待ってよアキ 怒らないでよ〜(涙) 「アーキっ」 私はアキのカバンを引っ張り アキの背中がふわっと私に近づいた。 「アキー‥」 ごめん‥ね。 うつむいた私の耳に聞こえてきたのは。 なんでー 「なんでサキみたいなんに惚れてしもたんかなぁ」 アキの 優しい、 優しい声。 キュン‥(古い) 次の瞬間ー 振り返ったアキが 両手で私の頬をそっと包み‥ チュ。 ぺロっ‥ 短い短いキスの最後に ペロっと唇を舐められた。 ‥‥ 「‥ほいじゃな」 照れ隠しか。 唇を離したあと アキはさっさとドアを開けて帰っていってしまい。 パタン‥ ドアが閉まって サキひとり。 (劇団ひとり) な‥に‥ 今の‥ びっくりした。 すっごい びっくりした‥。 女の子の唇って あんなに柔らかいんだ‥ アキとのキス というよりも。 初めて交わした女の子とのキスの柔らかさは 私にとってすごい衝撃で‥ 少し触れられただけの私の唇は アキが帰った後も。 いつまでも 熱を帯びていた。 (携帯)
「アキ、部長に頼まれてた件なんだけど‥」 「ん、今日中に出しとく」 「サキ、今から打ち合わせ行くから。電話あったらお願い」 「わかった。任せて」 付き合い始めた私達ー 会社ではもちろんそれは秘密だけれど。 席が隣同士 ずっと仲もよかった私とアキのことを まさか“恋人同士”なんて疑う人がいるわけもなく。 仕事中はお互い ほぼ画面に向き合っているだけだし‥ 例えば。 私が廊下を歩いていて 向こうからアキが後輩と一緒に歩いてくる。 そんな時も お互い涼しい顔をして通り過ぎるだけ‥ でも‥ でもね? ゆっくりその距離を縮めながら歩いていって。 すっと 真横を通り過ぎる一瞬。 そのほんの一瞬にー 二人して 漏れる笑顔は隠せなかったりするんだよね。 ‥ふふ。 玄関でキスを交わした翌日。 電話に出ているアキの唇を見て 顔が熱くなった。 『この人の唇の柔らかさを、私は知ってるんだ‥』 不思議と 勝ち誇ったような気持ち。 それは今まで 男の子と付き合ってきた私の中には 生まれてこなかったものだった。 仕事で遅くなる日が続き キスをした日以来 二人で会う時間も取れなかったけれど。 毎晩決まった時間に 「や、別に用事はないんやけどな」 そんなかわいくないことを言いながら アキがかけてくれる電話や。 ‥一度だけ。 残業で遅くなり 給湯室で休んでいた私のもとにアキがやってきて。 チュ‥ 「お疲れ」 こっそり交わした二回目のキスなんかで。 “私達は恋人同士なんだ”っていう 幸せな実感を 私は噛みしめていた。 仕事もよく頑張った 朝起きるのも苦痛じゃなくなっちゃった。 恋愛における 初期衝動。 私はまさに その中にいたんだと思う。 付き合い始めた月曜から一週間が過ぎた 週末の金曜日。 そんな私に アキからのプレゼントがあった。 仕事の書類にまぎれた小さなメモ用紙に “デートしよう? 来週、海行こうか” キャー‥! 嬉しい嬉しい アキからのお誘いだった。
続く