華 ―桜の章―  投稿者:緋蔭 投稿日:2003/08/04(Mon) 16:30:52 No.2054


彼女との出会いは、特別なコトはない。 知り合いがやっているビアンバーで、一人で飲んでいた彼女と一人で遊びに来た私がなんとなく話し始めた。 ただそれだけだった。  「こんばんは☆一人?」 先に話しかけたのは彼女の方だった。 「え…あっ…は、ハイ一人です。」 答えに焦ったのは、不意に話しかけられたせいだけではなかった。 大きく意志の強そうな目に、キュッと口角の上がったスッキリとした口元。 鼻も高くて、まさに整った顔立ちだったから。  彼女は、私に話しかける度、ニッコリと微笑む。 その度に私の心拍数は異様に上昇した。 「そうだ!名前、なんて言うの?いくつ??」 「あの…えっと、桜って言います。19歳…。」 私が答えると、彼女はまた微笑み、何か思いついたように自分のバッグの中をあさっている。 「ハイ、これ。桜ちゃんかぁ〜、カワイイ名前だね。若いなぁ…。あ、私は24ネ。」 そう言いながら、名刺を差し出してきた。 それを受け取り、見てみると『椿』と書かれている。 その斜め下には『出張マッサージ』と。 …そう、彼女は、椿サンはデリヘル嬢だった。  「あ…もしかして…引いた?」 少し心配そうな顔をして、私を覗き込む。 「イ、イイエ!!ちょっと…ビックリしただけですから!!」 本当にそうだった。 椿サンには微塵も嫌悪感など抱いておらず、今はただ、椿サンのアップに動揺していた。 「ホントに?よかった〜。たまに、そんな仕事してるヤツなんて!ってあからさまに嫌う人もいるからさ…。」 少し自嘲気味に笑う彼女を見て、何か言わなければと思った。 「そんな!嫌うだなんて…そんな…むしろ、あの、キレイ過ぎて‥その、なんてゆーか、ドキドキするってゆーか…あっ!!変な意味じゃなくて…。」 …何言ってんだ。私。 自分の頭の悪さに我ながら頭が痛い。 「アリガトーね。もぅカワイイなぁ!桜ちゃんは!!」 そう言って椿サンは私の頭をワシャワシャと撫でまくる。 彼女は既にかなり酔っているのだろう。 そうしながらケラケラと笑っている。 それが酔っているからであっても、なんだか嬉しかった。  偶然出会った見知らぬ女性に、こんなにも惹かれたのは初めてだった。 今まで、一目惚れなんて信じていなかったし、ましてや自分が一目惚れをするなんて、考えられなかった。  これまでだって、キレイな人を見たとしても『キレイな人だな』と思っただけだ。 こんな動揺なんて…感じたコトは一度だってなかったのに…。  それから、椿サンと私はとても仲良くなった。 バー以外でも会って買い物にいったり、ただ電話をしてみたりと、仲の良い友達として。  彼女は私を妹の様に可愛がってくれた。 「普段は年下って苦手なんだけどなぁ〜」 そう彼女が言う度、自分が彼女にとって少なからず『特別』であるような気がして…。 たとえそれが私が椿サンに抱く『特別』な感情とは違ったとしても。  ある夜、私の携帯が鳴った。 「ん…?今、何時…??」 時計を見ると、針はもうすぐ3時を指そうというトコロだ。 寝ぼけた頭が徐々にハッキリとしてくる…。 『この音…椿サンからの電話っ!!』急いで電話に出る。 「もしもし!?椿サン?」 「あ〜、桜ちゃんだぁ〜。でるの遅いゾォ〜。」 …完全に酔ってる。めずらしいな。 「もしもし?椿サン、酔ってるの??」 「酔ってなんか〜いませんよ〜だぁ〜。桜ちゃんもぉ〜ね〜?おいでよぉ〜…。いつものトコだからぁ〜。」 そう言い終わると電話は一方的に切れてしまった。  椿サンは酔うと陽気になる。 けれど今日はいつもと違う。 どこがとか何がというのはわからない。 けれど妙な胸騒ぎがして、私は急いで部屋を後にした。  「お疲れ〜。」 彼女と出会ったバー。 それが私達ね言う『いつものトコ』。 この店をこう呼び始めた時、二人だけの共有物が出来たようでとても嬉しかった…。 「椿サン…?」 椿サンの姿が見当たらない。 カウンターの中に居る知り合いの店員と目が会う。 私を見てから彼女は奥のボックス席に視線を走らせ、椿サンの居所を教えてくれた。 「ありがと」 私は彼女に一言そう言うと、彼女が示した奥の席へと向かった。  「…椿サン…。」 小さく名前を呼ぶ。 反応は無い。 彼女は泥酔状態になり、寝かされていた。  私は静かに横に座った。 ただ、黙って座っているとしばらくして彼女が目を覚ました。 「…あ…桜ちゃんだぁ…。」 まだ、ひどく酔っているのだろう。 体を起こしたと同時に、バランスを崩し私へと倒れ込んでくる。  「エヘヘ…桜ちゃんはぁ〜、こんな酔っ払いでも受け止めてくれるぅ〜?」 私に抱き付いた型になったままの不意の質問。 「…はい。」 私は、一言そう答えるのが精一杯だった。  椿サンの酔いがなかなか覚めないので、タクシーで家まで送る事にした。  マンションの前まで着いたが、彼女はまどろんでいた。 「椿サン、椿さん…!!着いたよ、ちゃんと部屋まで行ける?」 「…ん〜?402号室…」 部屋番号は言えるが、体は一向に動こうとはしない。 私は料金を払い彼女をおぶって部屋を目指した。  苦労しながら椿サンを運び込み、ベッドへ寝かせ帰ろうとした。 「じゃあね。」 その瞬間、椿サンの手が私の腕を掴んだ。 「………ヤ…。」 彼女はほぼ無意識の状態での行動だったのだろう。 もう次の瞬間には寝息をたてていた。  椿サンの手を置き、そのまま帰ることだって出来た。 けれど、私は出来なかった…。  心から好きな人と二人きり、そして彼女は眠っている。 そんな状態で理性を保つのは、頭がおかしくなりそうだった。  椿サンは相変わらず、規則正しい寝息をたてていたが、確かに彼女は泣いていた。 涙が一筋、頬につたっている。 「椿…サ…?」 「…さく…ら…ちゃ…ん…」 眠ったままの彼女の唇に自分の唇を合わせた。 酒と香水と彼女の吸っている異様に甘い匂いのタバコが入り混じった匂い…。 涙を指で拭うと、彼女の手を置き、私は彼女の部屋を後にした。  あれから、何日が経っただろう…? これまで、どちらからともなくしていたと思っていた電話もメールも、本当は全ては私からだったのだろうか?  …何度も連絡を取ろうとした。 けれど最後のボタンが押せない。 自分の中で限界が来ているのを感じる…。 「―会いたい―」  【これから、会いたい。】これが精一杯だった。 震える指で送信ボタンを押す。 『送信されました』と言う表示を見て溜め息をついた瞬間、全てが崩れ落ちていく音がした。  …エラーメールが返ってくる…電話も…通じない…。  …どうして…?わかんないよ。私、椿サンに会いたいだけなのに…。  彼女は今、一体何をしているのだろう…? 何度か部屋を訪ねてみても、居る気配はなく、郵便受けには訪れる度に新聞や郵便物が増えていくばかりであった。 会いたい・会いたい・会いたい・会いたい・会いたい・会いたい・会いたい・会いたい・会いたい・会いたい。  …あのときの私は、ほとんど狂気で動いていたのかもしれない。  私はホテルの一室居た。 誰かが《コンコン》ドアをノックする音が、静まり返った部屋に響き渡る。 私はゆっくりと無言でドアを開いた。 「こんばんは〜☆私……っ!!」 その声は、明らかに動揺していた。 「入って…。」 私の声は、自分でも驚く程落ち着いていた。 彼女は言葉を失いながらも、私の後を着いてくる。 しばらくの沈黙。ようやく言葉を取り戻した彼女が口を開く。 「…桜ちゃん、どうして…?」 「…会いたかったから。」 「でも、どうしてここに??」 私は、初めて出会った時に渡された名刺をポケットから出して言った。 「私が頼んだから。」 「でも、ウチは男の人しかお客に…」 「そんなの簡単だよ。そこらへんの男のコつかまえて、1000円アゲルから電話してって。電話一本でお金貰えるんだもん、喜んでやってくれたよ…。」 クスリと私は笑った。 私はいつから、こんなイカレタ奴になったんだろう…。 私の理性が無くなる前に…。  自分の思いとは裏腹に、口が勝手に動いていく。 「会いたかったよ…椿サン。」 彼女の顔から、感情が抜け落ちていくのを見た。 「そう。」 彼女がポツリと言った。  「じゃ。お風呂入ろ☆ね、ホラ早く!!」 やけに明るい声でそう言うと、椿サンは私の服に手をかけた。  違う。体を求めていたんじゃないのに…。ただ…。 「どしたの?あ、恥ずかしいんでしょ〜?わかった!!先に入ってるから、後からちゃんときてネ♪」 彼女は笑い、そう言うとバスルームへと向かう。  「ちょ、ちょっと待ってよ!!なんで?なんでそんなことになるの!?違うよ!私は椿サンとそんなことしたくて呼んだんじゃないよっ!!」 彼女の行動に、徐々に私は正気を取り戻しつつある。 しかし、もうそれは手遅れであった。  私の声を聞き、椿サンは私の目の前に立った。 「違う?私をここへ呼んだのは桜ちゃんでしょう??それに…そんなことってどんなコト??」 うっすら笑みを浮かべ、真っ直ぐ私の目を見つめる。 身動きが…とれない。 それどころか、目をそらすことすら出来ないでいる。 「例えば…。」 椿サンの顔がどんどんと近付いてくる。 私の頭の後ろで手を組み、顔を引き寄せられ、唇を重ねた。 その唇を耳へとずらし彼女は囁く。 「こんなコトとか?」  その後の私は、思考回路が完全に停止していた。 「おいでよ。」  彼女は私の手を引き、ベッドへと連れて行った。  もう一度キス。 椿サンの舌が何かを探るように、口の中を動き回る。 腰にあてられた手は、服の上から体の線をなぞり、胸を覆うと、ゆっくり、優しく動き始めた。 「こんなの…邪魔だよね。」 器用に私のシャツとブラを取り除いていく。 「桜ちゃんの胸、キレイだね。」 耳にぴったりと唇をつけ、そう囁くと耳のふちを舌でなぞる。  その感覚にビクッと首をすくめると、椿サンは柔らかに笑う。 そして、胸全体を包み込んでいた手は胸の頂上にある突起を親指で刺激し始める。 「…っ…!!」 声にならない声が思わずこぼれる。 「我慢しなくてイイよ…。そのまま…体で感じるままに…。」 キスが首筋から鎖骨へと下がり、ついに固さが増した突起へ…。  軽くそこへキスをすると、その周りを焦らすように舌が這いまわる…。 「んっ…ぁ…」 少しずつ声が漏れてきてしまう。自分からこんなに甘ったるい声が出てくるなんて、今まで知らなかった…。  彼女は私の手をとり自らの胸へと運ぶ 「私も…触って…?」 私は彼女が私にしたように彼女に触れた。 「…ぁあっ…ん…イイよ…」 椿サンの胸の先を口に含み、その中で舌を小刻みに動かす。 「はぁ…ん…ぁっ…ダメぇ…」 彼女が私の頭をギュッと抱き締める。 彼女は今、どんな気持ちで私を抱き、私に抱かれているのだろう…?  私の頭を抱き締めていた手が下へと伸び、はいていたままのパンツのベルトを外しジッパーを下ろす。 下着の上からスーッと敏感な部分を一撫でする。 「ん…ィヤ…ぁ…」 「こんなに感じてくれてたんだ…嬉しい」 自分のソコがどうなっているのか、もう、イヤという程わかっていた。 けれど、椿サンにそう言われることで全身がゾクゾクする。  「桜ちゃんをこんなにしちゃったのは、私のせいだね…。ちゃんと責任とってキレイにしてあげるから。   …でも…私をこんなにしたのは、桜ちゃんのせいだからね…。」 私の下着を器用に脱がせ、彼女は自らも一糸纏わぬ姿となった。 私はただ目の前にある快楽を貪る獣となっていた。  椿サンの中から溢れ出てくるモノを味わい、飲み下し、敏感になっている部分に触れ刺激する。  椿サンは、甘い吐息を漏らしながら、それに応えるように私を刺激し、部屋中に淫靡な音が響き渡っていた。  「も…ダメ…」 「さ・くらちゃん…イッて…。私も・・イキそ‥ぅ…」 そう言って彼女は更に激しく刺激した。 椿サンの唇、舌、指先の動き全てが鮮明に感じられる。 それとは裏腹に意識は朦朧としていく。 「やっ…あ‥あぁぁ…っ」 私の中でうごめく彼女に、私の体は絶え切れなくなり、私は一際大きな声を響かせは果てた。  グッタリしている私を抱き起こし、椿サンは私にキスをした。 「疲れた?」 やわらかな微笑みを浮かべ私に聞く。 「ん…。」 コクンと頷き私は彼女にもたれかかった。 「じゃあ、少し休みなよ。ね?」 「…椿サン。」 「何??」 「…好き。」 そのまま、彼女の腕の中で眠りに墜ちた。  夢を見た。 悲しいくらいに幸せな夢。 あまり覚えていないけれど、椿サンと私、二人は手を繋ぎ、私が笑うと椿サンも笑う…そんな夢だった。  私が目を覚ますと、そこにはもう彼女の姿はなかった。 けれど、私は彼女に自分の気持ちを伝えた以上、後を追いかけることなど出来なかった。  椿サンと私が知り合ったことすら、夢の中でのことだったように、完璧に彼女は私の前から消えてしまった。  それからしばらく、椿サンを忘れようと必死でもがき苦しんでいた。 しかし今は、無理に忘れようとせずに、歩いて行こうと決めた。  私は椿サンが好き。今でも。 たとえ彼女が私を好きではなかったとしても…。     ―桜の章・完―