仮眠室 投稿者:マキ
木曜日の夜十二時に、彼女は必ずやってくる。 当直と言ったって、やることなどは殆どない。ほんの偶に、寝ぼけてベッドから落っこちたご老人を助けるくらい。 一人きりの仮眠室で、ベッドに寝っ転がって私は待っている。 待っているのだろう、多分。待っていると、言ったことはないけれど。 眺めていた時計の針が、ぴったり十二時を刻んだときに、そっとドアが開いた。 ノックはなし。遠慮もなし。滑り込むように彼女は仮眠室に入り、後ろ手にドアを閉めた。 「こんばんは、ドクター。ご機嫌いかが?」 「普通です」 猫のようにくるりと大きな目をしたナースが、何者なのだか、私はよく知らない。 いつからだったか思い出せない。精々数箇月前だろう。 彼女がどうして、私がレズビアンで、しかもセックスに関しては倫理も貞操観念もないことを、知っていたのか判らない。 案外判っていなかったのかも知れない、ただ粉をかけてみたと言うところか。 男好きのしそうな身体で、するりと懐に擦り寄られて、私はあっさり手を出した。 口説く言葉のひとつもなく。 愛の言葉は勿論なく。 彼女は奔放で、底抜けで、ただ純粋にセックスを楽しんでいるように見えた。 私達は相性が良いのだろう、互いの身体を探り合い、相手の好きな場所を覚え、恋人でもないから怯みもせず、無心に快楽を貪り合った。 この仮眠室で。 自分から、誰かにばらすつもりはないけれど、別にばれても良いと私は思っている。 そのとき病院から飛ばされるのは、私ではなく、彼女だ。 「暇なんでしょ、センセ。遊びましょうよ」 いつもと同じセリフを言って、彼女はベッドの横に立った。 裾の短いナース服から、すらりと伸びた脚が美しい。 この女は、女が好きなのだろうか、或いは、女も好きなのだろうか? そんなことさえ私は知らない。 まあ少なくとも、彼女が遊びましょうと声をかけるのは、私だけではあり得ない。 いい女だと思う。 清純とか、可憐とか、そんな言葉からはほど遠いが、 コケティッシュで、悪戯で、そうだ、小悪魔? こういう女を小悪魔と言えばいいか。 欲しいものは何でも欲しい、要らないものは何も要らない、そうやって生きているように見える。 私達は少し似ているかも知れない。 仰向けに寝転がったまま、私が無言で彼女を見上げると、彼女はナース服と揃いの、ピンクのサンダルを脱いで、片足をベッドにかけた。 スカートの裾から、下着が見えそうで、見えない。 自由気儘なストリッパー、この女を恋人にする人間は、男だろうが女だろうが寿命が十年は縮むだろう、カルテにそう書いてやる。 膝立ちで私の身体を跨いで、心底楽しそうな、官能的な笑み。 「逃げても良いわよ、先生。別に餓えてはいないから」 「逃げる気だったら、最初から、ここにはいませんよ」 「あなたは時々、とても可愛らしいことを言うわ」 「あなたは全く、可愛らしいことを言いませんね」 私の身体に覆い被さり、音を立てて軽くキス。 私の唇に移ったルージュを、指先で、丁寧に拭う。 この女は何かを発散していると思う、食虫植物が振りまく甘い匂いのようなもの。 獲物を引き寄せ、一度つかまえたら、最後の一滴を絞りきるまで放さない。 粘つく消化液を頭からぶちまけられて、その体内に、身体ごと吸収されそう。 こんな女、とてもひとりでは面倒見切れない。 例えばあの医者とか、あの患者とか、あの看護師とか技師だとか、彼女を見る目が違うと思う。 もう食い散らかしたあとか。私が骨になるのはもうそろそろ? ピンク色のナース服の上から、覆い被さる身体に触れる。 充実した女の肉体の手触り、慣れるごとに、反射が強くなるように、私は勝手に欲情する。 身体だけの関係が、虚しいものだとは、知識としては知ってはいるが。 「あなた、いつもノーブラで仕事しているんですか?」 「外してきたのよ、先生と遊ぶために」 「ふうん」 気のない声で返しながら、私は自分が、明らかに興奮したのが判った。 ナース服がはち切れそうな、豊かな乳房を両手で測る。 軽く揉み、ぎゅっと強く握る。 私は多分今、とびきり好き者の目付きをしているだろう。 「あん、ん」 「乳首が勃ってきましたよ」 「あ、いじって、いじって」 「服を着たまま?」 「うん…」 乳房を揉みしだく両手の、指の間に、服越しでも判る尖った乳首を挟んでやる。 そのまま少し揺さぶっただけで、彼女は甲高い声を上げて歓んだ。 「あ…ッ! は、あ」 「外に聞こえますよ…。あまり大きな声を出さないで」 「気持ちいい…もっと強くして」 「こう?」 「んッ」 両手の親指と中指で、左右の乳首をきゅっと摘み上げてやると、彼女の身体がびくびくと震えるのが判った。この淫乱め。 人差し指の爪で、先端を引っ掻く。 淫乱で結構、私も同じだ、それで何かいけないことがある? やりたいことを存分に楽しまなくちゃね。 虚しいことは、知識としては知っている。 私は多分、解りたくないのだろう。 「はあ…、ぞくぞくするよ…」 「身体の位置、もうちょっと上に来られません? 噛んであげますよ?」 「ん、噛んで…」 彼女は、シーツの上に肘を突き、私の頭を抱きかかえるようにして、口元に乳房を差し出した。 薄明るい部屋、ナース服の生地を突き上げる、つんと尖った乳首がとてもいやらしい。 絞るように右側の乳房を掴み、服越しに乳首に軽く口付けた。 「あっ、」 「静かに…」 「は、んん…、」 唾液を服にしみこませて、口いっぱいに乳房を頬張る。 てのひらからはみ出る肉に食らいつき、乳首を噛む。 彼女の乳首は少し小さめで、こんな所ばかり可愛いのだから憎たらしい。 直接吸い付きたいと思うけれど、こういう焦れったさも偶には良いか。 押し付けられる胸の谷間に顔を埋め、彼女の匂いを嗅ぐ。 彼女の体臭はとても淡いけれど、私はこの数箇月ですっかり覚えてしまった。 身体だけ? そう、身体だけ。 好きだとか嫌いだとか、お付き合いしましょうだとかあなただけだとか、言ったことはないし、勿論、言うつもりなどもありはしない。 彼女は私で遊んでいるのだ。 事実、彼女はいつも、遊びましょうと言うではないか。 私は女の身体が好きだ、彼女の身体が大好きだ、だから一緒に遊んでいるのだ、一体それの何処が悪い。 気持ちいいことをしたい、時々溢れる欲を誰かに塗りつけたい、女の身体をまさぐって、私は充分満足だ。 虚しいだって? 知るか、そんなこと。 「あ…、もっと強く、して、」 「痛いでしょう?」 「痛くして、痛くして…」 「ヘンタイ」 言われるがまま、尖った乳首に、きつく歯を立てる。 彼女の体温、手触り、歯触り、身体が熱を帯びてくる。 鍵もかけていないドアを、今、今、誰かが開けちまえばいいんだ。 そうだ、ばれちまえばいいんだ。 こうして重なり合っている私達の姿を見て、悲鳴のひとつも上げれば良いんだ。 そうすれば私はもう、木曜日の夜が来る度に、彼女を待ち続ける必要もなくなるのに。
仮眠室 2 投稿者:マキ ストッキングははいていない、素足の太腿を撫で回し、さっと粟立つその感触に興奮した。 このところ、彼女としかセックスをしていないから、なんだかもう判断基準が判らない。 快楽が感染するみたい、触れる歓びってこういうものだったっけ。 彼女は、私の腹のあたりに跨り、上体は起こして、自分の乳房を両手で掻き抱いていた。 指先が、唾液で濡れた服の上から、乳首を擦っているのが見える。 髪を乱して身悶える彼女は、確かに官能的だった。 魔性? 魔性の女というのはこんな感じか。 「ね…、意地悪、しないで…、」 「意地悪なんかしていませんよ」 スカートの裾から僅かに忍び込ませる指先で、内腿に爪を立てて引きずる。 この女、仮眠室から出たら、太腿には引っ掻き傷、ナース服の胸は湿っていて、どうするつもりなんだろう。 慌てて更衣室に飛び込む? 廊下で誰かに見られない? 情事の痕を見付けられ、慌てる彼女を想像してぞくりとする。 私は歪んでいるかも知れない。 だって彼女は恋人ではない。 彼女が慌てようと困ろうと、知ったことじゃない。 大体、彼女は厭がっていない。 「ねえ…ッ、触って、触って」 太腿で遊ぶばかりで、それ以上奥に触れようとしない私に焦れたのか、彼女が腰をくねらせて言った。 安っぽいベッドが、ぎしぎしと音を立てる。 私はにやにやと笑いながら、揺れる彼女を見上げている。 文句があるか、何かおかしいか? 私と彼女の目的はただひとつ、性的快楽。 「何処に触って欲しいの」 「は…、私の、あそこ、あそこに触って…、スカートの中」 「スカートが邪魔で触れませんよ、自分で捲ったらどうです」 「もう…っ」 自分の乳房を弄っていた彼女の片手が、震えながらスカートの裾を掴み、引き上げた。 ヒップに引っかかって、なかなかうまくいかないのを手伝いながら、私は、徐々に露わになっていく、彼女の下半身を眺めていた。 サイドリボンの、白い下着を着けている。 股間が濡れて、染みになっているのが、この薄明かりでも判った。 アンダーヘアを剃った跡の残る、ビキニラインが、生々しくていやらしい。 「触って…ハヤク、」 小さいけれど、切羽詰まった彼女の声が聞こえた。 下着の上から触れた彼女の性器は、ひんやりとした太腿よりも温度が高くて、ああ、ここから内臓に、直接繋がっているんだなと思った。 どれだけの獲物を食らってきたんだ? いつ人が来るかも判らない、こんな場所で、こうやって触られて、体液を溢れさせる、欲張りな器官。 「もう、凄く濡れていますよ。意地汚いですね。まったく、恥ずかしくないんですか?」 「恥ずか、し…」 「ねえ、恥ずかしいですね。実に恥ずかしい。そうやって、おっぱい握って、スカートめくって、触って触ってとはしたない」 「あっ、あっ、言わないでよお…」 濡れた下着を押し込むように、ヴァギナに指先を立てる。 彼女は腰を揺らめかせながら、すすり泣くような声で言った。 恥ずかしい? 言わないで? どのつら下げて? 恥ずかしいことを言われるのが、とっても気持ちいいくせに。 ヴァギナをまさぐっていた手を、前に滑らせ、下着の上からクリトリスを探る。 少し力を入れて、指先に触れる突起を、押し潰すように刺激する。 「や…ッ、直接、触って、」 「いいんですか? あなたのいやらしいあそこを、私に見られてしまいますよ」 「見て…見てもいいから…」 「見て欲しいんですね」 片方のサイドリボンを解き、下着を引きずり下ろした。 途端に、彼女の匂いが強く、濃くなって、私は密かに呼吸を喘がせた。 女の身体が好きだ、女が好きだ、それは間違いないけれど、こんなふうになるものだっけ、 こんなふうに欲情して、こんなふうに興奮するんだっけ? 彼女以外の女とセックスしたときは、どうなったっけ。 最初から、遊びましょうと声をかけてくるような女、遊ぶ以外に、何をしろというのか。 好きではない、彼女が好きなのではない、私が好きなのは彼女の身体、猥らがましくて、貪欲な、彼女の身体。 それから、その、猫みたいにくるりとした大きな目とか。 そう、精々そんなものだ。 それだけだ。 愛のないセックスで結構、快楽があれがそれでよい。 むしろ、愛なんてない方が良い、もっと、もっと、徹底的に。 感情なんて邪魔だ。 「ああ、もうぐちゃぐちゃになっていますよ、あなたのあそこ」 指先で軽く擽りながら、言う。 「あなたの襞は少し小さめだから、ぱっくり開いて、よく見えます。 真っ赤に充血して、ひくひくしている。ここだけ何か別の、下等生物みたいだ」 「あ…っ、駄目、もっと触って」 「このあたり、こうやって擦られるのが、あなた結構いいんでしょう?」 「ん…! いい、いい…ッ」 尿道口を中指で弄ると、彼女は股間を私のてのひらに押し付けるようにして、身体を波打たせた。 ヴァギナから零れる体液が、私の手の甲を伝い落ちていく。 他の誰かの前でも、この女はこうしているのだろうか、と思った。 いや、こうしているのだ。間違いなく。 私でなくとも濡れるし、他の誰かのほうが、もっと濡れるかも知れない。 嫉妬なんてしない、だって、遊びだもの。 「入れて…、もう…っ」 「本当に、あなたは我慢を知らないんだから」 掠れた声で言う彼女の、スカートを掴んだ片手を左手で掴み、濡れた右手でヴァギナの入り口を少し乱暴に掻き乱した。 身体をのけぞらせる彼女を、掴んだ片手と立てた膝で支え、ゆっくりと指を挿入していく。 人差し指と、中指の、二本。 彼女のヴァギナは、苦しそうでもなく、ぬるりと私の指を飲み込んだ。 まるで食われているみたい。 このままにしておいたら、彼女の消化液で、私の指は溶けているかも。 「あ、あ、いい」 支える膝に、彼女の戦慄きが伝わってきて、引きずられそうになった。 この指は自分のものなのか、彼女のものなのか、この指に犯される性器は、彼女のものなのか、自分のものなのか。 生温い体内は、羊水の温度、ああ、この女にだったら、食われちまってもいいかも。 好きなんかじゃないけれどね。 「んッ、もっと、もっと…」 「あなたの中、気持ちいいんだ、ちょっと触らせてくださいね、このまま」 「ウ…、は、熱い…」 「ぬるぬるに濡れていて、その向こうに、襞の寄った壁がある。 ぎちぎち擦るよりも、こうやって、奥でバイブレーションをかける方があなた好きみたい」 「ああっ、あっ」 根元まで突き刺した指の先、細かい振動を与えると、 もう、ここが何処だか忘れたのか、そんなことはどうでもいいのか、彼女は高い、鋭い声を上げた。 私の指を咀嚼するように、腰を前後に振り、きゅうきゅう締め上げる。 彼女の貪る快感が、私の指から私に伝わる。 「もっと…、もっと、入れて…ッ、揺さぶって」 「この体勢で、痛くないかな? 痛かったら言いなさいよ…」 「は…、気持ちいい…、私の、中、先生で、いっぱい」 一度抜いた二本の指に、薬指を足して彼女のヴァギナに差し入れる。 私に跨った姿勢で、無駄な力が入るのか、最初に少し抵抗があったけれど、すぐに慣れて、彼女は私を咥え込んだ。 「揺すって、揺すって」 「あんまりきつくやると、粘膜に傷が付きますよ…」 「大丈夫…、そう、ああ、いい」 三本の指で、やや強引に、彼女の身体を揺すり上げる。 彼女は、私の右手首を強く掴み、もっと入れてと言うように引き寄せて、びくびくと身体を震わせた。 彼女の内部が、更に強く、ぎゅっと私の指に食らい付く。 私は目を細めて、絶頂に溺れる彼女を、見詰めている。 「ああ、いく…ッ」 そうだ、こんなふうに感じるものだっけ。自分の指で、唇で、舌で、女が愉悦に藻掻く姿を見るときは。 私は女が好きだし、女の身体が好きだし、女とセックスするのが好きだが、 もしかしたら今まで、本当に好きな女と、愛し合ったことがないのかも知れない。 愛し合う? そんなものは知らないね。 私はただ、快楽、快楽が欲しいだけ。 「は…」 長いエクスタシーを味わったあと、彼女は私の指を自分で抜き、私の身体にふわりと覆い被さってきた。 彼女の淡い匂いが、少し濃くなっている。 良い匂いだと思う。 「ねえ先生…、来週の木曜日も、当直?」 「そうでしょうね」 「また、遊びましょうね」 「機嫌が良ければね」 まだ収まらない呼吸のまま、彼女は私の耳元に言った。 せめてなおざりに答えると、彼女はすっと顔を上げ、私の白衣の襟を掴み、その裏側に唇をつけた。 淡いピンクのルージュが、くっきりと白衣に移る。 何を残したい? 遊びじゃないか。 その唇が、遊びと言うのだろう? 安っぽいベッドを軋ませながらサンダルを履き、片方の太腿に絡まっていた下着を潔く脱ぐと、 それをポケットに突っ込んで、仮眠室を平然と出て行く、その彼女の背中を、私はただ見ている。 木曜の夜十二時。 私はまだ待たねばならないか。 判っている、身体だけだ、身体だけだ。 虚しいだって? そんなことは。 だって、私が欲しいものは。
完