第二章

■21223 / 恋唄 第二章 1 □投稿者/ sakura (2009/01/09(Fri) 23:16:20)
ふわふわと、水面を漂っている感じだった なんて心地良い・・・ 遠くから誰かが私を呼んでいる どうしてそんなに悲しそうな声で呼ぶの 泣いている・・・ 誰・・・ 一瞬闇の世界 そして、再び光に包まれた 誰かが私の顔を覗き込んでいる あれは・・・ 美佐子さん・・・・? 「あ、あなたぁ・・・!先生っ!サイが・・・サイが目をっ・・・!!」 その聞き覚えのある声は母さんで、隣に立ち尽くしているおじさんを父親と認識するまで とてつもない時間を要した気がする・・・ ああ・・・そうか・・・・私・・・・・・
■21224 / 恋唄 第二章 2 □投稿者/ sakura (2009/01/09(Fri) 23:42:36) 『サイ、14時にKホテル。橋本様ね』 「了解しましたー」 サイは電話を切り、担任に早退届けを出して学校を出た。 正門を出ると、すぐに電話が鳴った。 さやかからだった。 『サイ、また帰っちゃうの?』 「うん。ちょっと気分悪くてね」 『大丈夫?後でお見舞い行こうかな・・・』 「あー・・・今日はゆっくりしたいからさ、また今度。ね」 『もぉいいっ!』 お見舞いと言う口実を断られ、さやかは不機嫌だった。 「お客より激しいんだから・・・無理だよ。」 サイは一方的に切れた携帯に言い訳した。 家とは逆方向の電車へ乗り込んだとき、ポケットの携帯が震えた。 またさやかかと思い、ギクッとしたが、メールだった。 美佐子からだ。 [今日、サイに食べてもらいたくてアップルパイを焼いてみました。サイ、甘いもの大丈夫だったかな?] 甘いものが大丈夫かどうかも確認せず、よく作れるな、と呆れながら、ニヤニヤと携帯を眺めている。 [アップルパイ、楽しみだね。でも今から仕事だから、明日の午前中、食べに行きます] 美佐子と心を通わせた後も、サイは【仕事】をやめようとは思わなかった。 美佐子も、【仕事】については何も言わなかった。 美佐子の隣同様、【仕事】もサイの居場所だった。
■21229 / 恋唄 第二章 3 □投稿者/ sakura (2009/01/14(Wed) 23:42:18) 「美味しい!ホント、美佐子さんは料理上手だね。」 アップルパイを頬張りながら喋るサイに、美佐子は思わず吹き出した。 「サイって、時々すごく子供みたい。」 「あなたに比べれば子供です。」 「あっ、ひど〜い!」 サイは肩を押す美佐子の手を、そっと掴んで引き寄せる。 肩を抱く。 その手が髪を撫でる事はあっても、そこから降りることはない。 サイは美佐子を抱かない。 抱けない。 唇を重ねるのが、二人には精一杯で、それ以上の愛情表現はなかった。 指を絡ませ、もたれ合って、他愛のない話をする。 そんなひと時が、この上なく幸せな瞬間だった。 「最近ね、娘がとっても反抗的なの。一時は落ち着いてたんだけど・・・。でも、彼女にもちゃんと心があって、きっと何か、壁を越えようとしてるのね・・・。」 「うん。誰にもそんな時期があるよ。美佐子さんも・・・いや、美佐子さんはなさそうだね。」 「あっ。また私を世間知らずだって馬鹿にして〜っ。」 自分よりも年上で、結婚していて、おまけに子供まで産んでいる。 それでも、サイには美佐子が可愛くて愛しくてたまらなかった。 「そろそろ・・・時間だね。」 いつも美佐子が切り出す。 サイの事を、あまり引き止めてはいけない気がしている。 「そだね・・・。また来てもいい?」 「うん・・・たくさん来て・・・。」 お互いを確かめるように、自分に刻み込むように、唇を重ねる。 「じゃ・・・。」 唇を離すのは、いつもサイの方だった。 いつまで続くのだろう・・・ そう思うと、訳もなく恐ろしくなり、サイは振り返ることも出来ず早足で美佐子の家を後にする。
■21238 / 恋唄 第二章 4 □投稿者/ sakura (2009/01/23(Fri) 00:08:31) ピンポン♪♪♪ いつものように、ホテルのドアが開けられ、細い手首が見えた。 「お待たせしました。ご指名ありがとうござ・・・」 言いかけて、サイは驚いた。 「どうぞ。入って。」 新規の客と聞かされて、いつものホテルに来たのだが、ドアを開けたのは希だった。 「希さん・・・ですよね?」 いぶかしげな顔をしているサイを気にも留めず、希はブーツを脱ぎ始めた。 希は、サイと同じクラブに所属している。 しかし、同業ではあっても、異種、つまり、男性専門だ。 「クラブもグルですか?悪ふざけにしては手が込んでますけど?」 サイはドアの前から動こうとしいまま、不愉快な態度を崩さない。 「まあまあ。そんなに熱くならないでよ。」 振り向いた希はそう言って微笑んだ。 瞳が大きく、唇もぽってりとしていて、男性受けする可愛い顔をしている。 クラブの中では、bPかbQ、かなりの稼ぎ頭だ。 「あなた最近、クラブの仕事減らしてるんだって?」 「別に、答える義務はありませんね。」 ぶっきらぼうにサイが言うと、希はクスクス笑い始めた。 「怒らないでぇ。私、今日はお客様よ。しかも、フルコースの。」 「ちょっとクラブに電話します。意味が分からない・・・。」 サイがポケットから携帯を取り出すと、希は猫のような身軽さで、サイの手を掴んだ。 「待って。クラブは知らないわ。知られたら私困るし・・・。」 「じゃあ、何のつもりですか。」 「私、あなたに指導を乞いにきたの。」 「指導・・・?」 サイの手を握りながら、希がまた妖しく微笑んだ。
■21239 / 恋唄 第二章 5 □投稿者/ sakura (2009/01/23(Fri) 00:21:23) 希は冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、プルタブをあけてサイに差し出した。 「説明してもらえますか?クラブへの報告はそれからにしましょう。」 希は、自分のビールをゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。 「最近さぁ、上客も減ってきてるし、この際だから、両方やってみようと思って。」 「両方・・・?」 「そ。あなたの領域に足を踏み入れようってワケ。」 「・・・男も女も、客をとるって事ですか?」 「そ。でも、女の事あんまり分からないし。で、女の事となると、やっぱり『サイ』でしょう。」 希はにっこりと微笑んで、缶を持った手でサイを指差した。 馴れ馴れしく名前を呼ばれ、サイは気分を更に害した。 「そんな事、うちのクラブで出来るわけないでしょう。節操のない・・・。」 「その時は別のクラブに移るまでよ。」 さらっと受け流す希に、ますます腹を立てた。 「そんな事を聞いた以上、クラブに報告せずにはいられませんよ。私も同罪じゃないですか。」 サイが握っていた携帯を開くと、希は、今度は動かずに言葉だけでサイの手を止めた。 「美佐子さん・・・だったかしら?」 サイは携帯からゆっくりと顔を上げた。
■21240 / inTopicNo.8)  恋唄 第二章 6 □投稿者/ sakura 一般♪(13回)-(2009/01/23(Fri) 00:29:34) 「今・・・何て?」 希はゆっくりとビールを飲んで、また繰り返した。 「美佐子さん。可愛らしい方よね。とても高校生の娘さんがいらっしゃるようになんて見えない。」 「あんた、どうして彼女のことを・・・?」 「私、顔が広いのよ。お客と恋愛なんて、クラブも怒るでしょうけど、ご主人も普通ではいられないわね」 サイの手が震える。 「何が目的なんだ・・・。」 「だから、ご指導願いたいって、こうして頼んでるでしょ。」 「どういうつもりで・・・。」 「私、今のままで終わるつもりないの。脅してるわけじゃないのよ。ちゃんと料金も払うし。」 「・・・・」 「私の人生も、美佐子さんの人生も、あなた次第よ。サイ。」 希はサイの前に手を差し出した。 サイは黙って跪き、希の手を取った。 「ご指名、ありがとうございます・・・。」
■恋唄 第二章 7 □sakura 2009/03/10(Tue) サイは希の手を取ったまま立ち上がり、片手で腰を抱き寄せキスをした。 ねっとりとした長いキスが終わると、取ったままの手を引き寄せ、ベッドへ導く。 「シャワーは浴びないの?」希が聞いた。 「もう部屋にいたときに浴びてるでしょう。省きましょう。」 さっきまでの喧嘩腰の口調とは違い、完全に希をお客として扱っている。 ほのかに香る、ボディーソープの香りを、準備万端の合図のように察知され、希は少し恥ずかしくなった。 ベッドに腰掛けた希の前に跪き、サイはゆっくりと希のブラウスのボタンを外す。 スカートは脱がさずに、ストッキングだけを器用に剥ぎ取った。 「どうしてスカートはそのままなの?」 メモでもしそうな勢いで、希は質問する。 「普段から明るいところでお客に足開いてるアンタには、少し変わった方がいいかと思って。」 いちいち質問され、少しイラついてサイが答えた。 その答えにむっとしながらも、希は続けた。 「へえ。初めてのお客さんでも、どんなやり方がいいか分かるんだぁ。」 サイは小ばかにしたような希の言葉を無視して、スカートの中に手を入れた。 手探りで内腿から足の付け根に指を這わせる。 希も黙って、指の行方を追う様に下を向くと、サイと目が合った。 サイは黙って希をまっすぐに見つめ返し、指で探る。 指先がヘアを掻き分け、突起を捕らえると、ヒダをなぞり始めた。 触るか触らないかの距離感を保ち、ヒダの外側から内側までを念入りになぞる。 そのうちに、希はモゾモゾし始めた。 「どうして黙ったままなの?」 「・・・・・・」 「いつもこういうパターン?」 「・・・・・・」 サイは尚も黙って見つめたまま、指先だけを蛇のように這わせている。 「な・・・にか言いなさいよ・・・。私お客なのよ・・・!」 クチュッ サイの代わりに『希』が答えた。
■恋唄 第二章 8 □sakura 2009/03/10(Tue) 希は、サイが指でなぞるだけで濡れている事が恥ずかしくなり、質問をやめた。 クチュックチュッ・・・ 「ん・・・・」 溜息を漏らしながらも、負けず嫌いの性分から、希はサイから目を離さない。 その瞳も、どんどん潤み始める。 ふいに、サイが希の足を掴み、ゆっくりとベッドに四つん這いにさせた。 「あっ・・・」 急な事に、希は驚いた。 クチュクチュクチュ・・・ さっきよりも大胆に、サイの指が希の突起とヒダの中を弄る。 「んっんっ・・・あっ・・・」 指で弄りながら、サイは唇を希の腰から肩へと滑らせる。 「ふぅぅ・・・ん・・・」 希は、男性とは違う、滑らかで繊細なサイの愛撫にどんどんはまっていく。 希の首筋や耳を唇で弄びながら、片方の手で、ブラの上から乳首を刺激する。 サイはもうすっかり目を閉じて、試合放棄している希に囁いた。 「ヤリ慣れてる相手なら、少し焦らしたり刺激を与えた方が飽きなくていいんだ。」 「ん・・・ん」 「どうしたいかを察知して、その急所はすぐには攻めない。」 「・・・・ん」 「聞いてんの?」 おざなりな相槌に、サイは手を止めて聞いた。 「やめないで・・・やめて・・・」 「は?」 「指導は・・もういいわ・・・・やめて・・・でも・・・やめないで・・・」 サイがぽかんとしていると、希がキレた。 「だから、早く続きをしてよ!もっと・・・やらしく・・・」 そう言って、希は更に腰を突き出した。
■恋唄 第二章 9 □sakura 2009/03/10(Tue) 「仕事・・・?」 サイがサイドテーブルの携帯を取ると、隣でうつ伏せになっていた希が聞いた。 「いや、今何時かなと思って。」 「何時?」 「12時・・・夜のね。」 「まだ帰さないわよ。フルコースなんだから朝まで・・・。」 「いや、そういう訳じゃないけど・・・朝までって・・・。」 結局、あれから希は何度も絶頂を迎え、サイは奉仕しすぎて二人とも眠ってしまった。 サイは服さえ脱いでいない。 「私の事、憎いんでしょう・・・。」 うつ伏せのまま、また希が聞いた。 「最初はね、正直殴りたいほど。でも、まぁ、今は・・・」 「許せるの?」 「んー・・・ただの性悪じゃなさそうだし。でも、何で美佐子さんの事知ってるの?」 「ああ・・・」 希は体を少し起こし、タバコに火をつけた。 「あなた、しばらくクラブに出てこなかったでしょ。みんなが辞めたんだと思ったわ。」 「ああ。・・・だから?」 「それで、あなたが休み始めた頃のお客を、クラブの人に聞いたのよ。それで、携帯番号から色々調べて、そしたら、美佐子さん?彼女が浮かんだの。」 「調べた?アンタ、何企んでんの?」 「何も。ただ気になっただけ。」 「何で?」 「さあ。」 「さあって・・・好きなの?」 希の動きが止まった。 サイの動きも止まった。 「もしかして・・・自分の気持ちに気が付いてなかった・・・とか」 サイが冗談めかして言うと、希の耳が赤くなってきた。 「マジ・・・?ありえない・・」 「・・・・ありえないよねぇ・・・」
■恋唄 第二章 10 □sakura (2009/03/10(Tue) 23:45:43) 「だけどさぁ・・・」 希はタバコをもみ消して続けた。 「専門を転換しようと思ってるのはホント。この業界、結局若い娘に持ってかれちゃうじゃない。」 「でもまだ希さんは若い方でしょ。」 「テクニックより、やっぱピチピチの肉体よぉ。その点、サイの方はおば様ばかりでしょ。見た目より質を問われるじゃない。」 「はあ。まあ・・・。」 「だから・・・ね。近い将来って感じかな。」 そう言って希はベッドから起き上がり、ビールを取りに行った。 冷蔵庫の扉を開けながら、希は言った。 「本当はね、美佐子さんって人のこと、どうこうするつもりなんか全然なかったのよ。」 「・・・そう。」 「もしサイが乗ってこなければ、それでおしまいにしようと思ってた。ごめんね。」 サイは意外に素直な姿に、少し面食らった。 ベッドに戻ると、ビールを一口飲んで、希が言った。 「ね・・・また濡れてきちゃった・・・。」 「えっ・・・えええ!?」  希の瞳はまた濡れ始めていた。
■恋唄 第二章 11 □sakura 2009/05/25(Mon) バタン ドアが閉まる音と同時に、リビングから声がした。 「さやかなの?」 その声に、さやかは舌打ちをした。 「こんな時間までどこ行ってたの?携帯にも出ないで・・・」 階段を上るさやかの背中を母親が追いかける。 「さやか!」 「うるさいな!一人にしてよ!!」 さやかは怒鳴りながら部屋のドアを閉めた。 ドアの向こうで、まだ母親が何か言っていた。 鞄をベッドに投げつけ、オーディオのスイッチを入れた。 さやかはイラついていた。 原因は、菜だった。 最近はデートはおろか、ろくに話もできないでいた。 『あんまり放っとくと、浮気するんだから!!』 いつかの電話で、あまりにも菜が面倒くさそうなので言った一言に 『妊娠しない程度にね』と軽くあしらわれた。 それ以来、さやかは更に荒れていた。 実際、今日もさやかは合コンで知り合った大学生とSEXしてきたのだった。 しかし、決してさやかの欲求を満足させるだけのテクニックは持ち合わせておらず、結局相手だけが満足して帰るという、一番最悪な浮気だった。 ♪♪♪ メールが届いた。 いつも、菜かと思って携帯に飛びつくが、菜から連絡をくれる事はなかった。 相手は、さっきまで一緒にいた大学生だった。 『さやかちゃん、今日は楽しかったね♪今度は俺の部屋に泊まりにおいでよ。いっぱいHしようよ(ハートマーク)』 「もおぉぉぉ!どいつもこいつも・・・ムカつく!!」 さやかは携帯を壁に投げつけた。 「もお・・・菜のばか・・・!」 さやかは呟きながら、手をゆっくりとスカートの中へ忍ばせた。 「菜・・・」 クチュッ・・・ 菜の代わりに、スカートの中で【さやか】が返事をした。
■恋唄 第二章 12 □sakura 2009/05/29(Fri) バタン 菜は無言で靴を脱ぎ、リビングのソファに携帯を放り投げ、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲み干した。 久しぶりの自宅は懐かしい匂いがした。 実際には、毎日着替えに戻っているのだが、ゆっくりとソファに座ることはなかった。 いつも、帰ってくるとそのまま泥のように眠っていた。 このところ、菜は学校へは行かず、【仕事】に専念していた。 指名が途切れることなく入っていたわけではないが、何となく学校へ行く気がしなかった。 指名のない日中は美佐子と会うことが増えた。 その事も、菜を学校から遠ざける原因の一つだった。 美佐子には高校生の子供がいることを、初めてであった時に聞いていた。 菜は、自分も高校生である事を美佐子に話していないし、話すつもりもない。 自分が高校生である事を、思い出したくなかった。 今夜はやけに静かだな・・・ 珍しく、さやかからの電話もなく、クラブからの【仕事】の呼び出しもない。 ふと、テーブルを見ると、何かメモが置いてあった。 菜へ 先生が面談したいと言ってました。 今、戻っているから連絡してちょうだい。 090-×××××××× 母親からの置手紙だった。 いつからあるのだろう・・・ そう思いを巡らすと、プッと菜は吹き出してしまった。 今時、置手紙なんて・・・ 確かに、娘のメルアドを知らないどころか、親子で携帯の番号すら知らないのだ。 その上、『今、戻っているから・・・』と書いてあるくせに不在なのが、菜には妙に面白かった。 「いいキャラしてるよ」 独り言を言って、菜はテレビのスイッチを入れた。 アナウンサーがニュースを伝えている。 元政治家の誰かが病死したと伝えている。 その名前に少し聞き覚えがあった。 確か・・・タニグチ様のお相手って・・・ タニグチ様は菜がクラブに入ってからの顧客で、クラブにとっても上得意中の上得意で、独身だが、元政治家の愛人だと人づてに聞いていた。 本当に静かな夜だった。 菜は明かりもつけず、暗闇に光るテレビの画面をボーっと眺めていた。
■21466 / ResNo.20)  恋唄 第二章 13 □投稿者/ sakura 一般♪(5回)-(2009/05/29(Fri) 23:26:37) 菜はあのニュースから、タニグチ様に電話してみた。 しかし、何度電話しても、すぐに留守電になった。 まさか・・・ね 菜はふと頭をかすめる悪い予感に気付かないふりをした。 2週間が経った頃、学校に来ていた菜に、クラブからいつもの電話が入った。 『タニグチ様。16時にいつものホテルね。』 菜は心底ほっとした。 「分かりました。」 嬉しそうに電話を切る菜に、さやかが鼻息荒く近づいてきた。 「今の誰?」 いつも以上に殺気を帯びた目つきに、さすがに菜もひるんだ。 「誰って、お世話になってるヒトだよ。」 「どんな人?年上なの?浮気してるんでしょ!!」 どこかの安っぽいカップルの修羅場だな・・・ ウンザリしながら菜が言った。 「あのさ、この前から浮気浮気って・・・私が仮に他に誰かと付き合ってたって、さやかにとやかく言われることじゃないじゃん?」 「ちょっ・・・何よ、それ!じゃあ、私は何なのよ。」 ますます安っぽくなってきた・・・ 「私の事、好きだって言ったじゃない!」 「うん、さやかの事好きだよ。でもさ、好きなのはさやかだけじゃない。」 「なっ・・・!!」 「その中で、一番も二番もないよ。言っとくけど。だから・・・私こんなんだからさ、もし、さやかを傷つけちゃったんなら、ごめん。」 「・・・・・」 「もし、一対一の普通の恋愛をしたいなら、私じゃ無理だよ。ほんと、ごめんね。」 しばらくの無言が続いた。 しかし、さやかには、こういう事は気付いてはいた。 ただ、そうじゃないことをずっと願い続けていた。 「・・・・分かった。」 搾り出すように、さやかが言った。 「でも、学校へはなるべく来るようにして。一緒に卒業したいし・・・、まだ諦めき・・・」 最後は涙声で、聞き取る事は出来なかった。 菜はとても胸が痛んだ。 カラダ目当てではないにしろ、真っ直ぐな思いに気付きながらも、ズルズルとここまできたことを申し訳なく思った。 (むしろ、カラダを欲したのはさやかの方だったが・・・)
■21473 / ResNo.23)  恋唄 第二章 14 □投稿者/ sakura 一般♪(7回)-(2009/06/02(Tue) 23:27:56) ホテルの部屋のチャイムを鳴らそうとすると、もうドアが開いていた。 それでも、鳴らすかどうかをためらい、菜は顧客の名前を呼びながら部屋に入った。 「タニグチ様?サイです。入りますよ・・・。」 部屋の中は薄暗く、少しだけ開いたカーテンから漏れる光で、ようやく室内の様子を伺えた。 サイの顧客は、その開いたカーテンの隙間から外を眺めているようだった。 薄暗い部屋の中で、遠目でも分かるほど、顧客は痩せていた。 振り向いた顧客を見て、菜は言葉を呑んだ。 目は窪み、頬はこけ、立っているのが不思議なくらい衰弱しているような印象だった。 「タニ・・・グチ様?」 ようやく、菜の口から言葉が出た。 菜の様子を見て、顧客は静かに笑った。 「すごい驚きようね。まあ、分からないでもないけど。」 「あ・・・すごくお痩せになったな・・・と・・・。」 「すっかり老け込んじゃったでしょう・・・。」 本当に、今までの年齢を感じさせない、凛とした姿はそこにはなかった。 年相応、いや、それ以上に老け込んでいた。 それほど、愛人の死がショックだったのだと、サイは悟った。 「ニュース、見た?噂は聞いてたと思うけど、私の彼氏、死んじゃったのよ。」 「あ、はい。どうなさっているかと思ってました。」 顧客はソファに座ると、タバコを取り出した。 すかさず火をつけようとしたサイを片手で制した。 「不思議なのよ。全然涙が出ない。」 そう言って、タバコを思い切り胸に吸い込み、深く煙を吐き出した。 「今までだって、頻繁に会ってた訳じゃないし。生活も変わりない・・・。」 自分の吐き出した煙を目で追いながら、更に続けた。 「逆に・・・安心した気がするの。もう・・・奥様のものでもないってね・・・。」 この人は、長年愛人生活を貫いてきた。 結婚も望まず、ただひたすら陰に徹してきた。 世の中には、それで満足できる人もいる。 この人は、まさにそういう女性だと思っていた。 自分のスタイルを崩さず、冷静で、自分の世界を持っていた。 でも・・・ 心から相手を愛していた。 クールな立ち振る舞いの中に、愛情と嫉妬を激しく燃やしていたのだ・・・。 相手がいなくなって、ようやく解放されたのかもしれない・・・。 菜は、目の前の、自分の母親よりも遥かに年上のこの女性を、とても愛おしく感じた。 菜がすっと手を肩に伸ばすと、その手を柔らかく握った。 「このまま・・・手を握っててくれない?少し眠りたいの・・・。」 そう言って、そのままソファに横になった。 菜はその傍らで、彼女の寝息が聞こえても、ずっと手を握っていた。
■21870 / ResNo.24)  恋唄 第二章 15 □投稿者/ sakura 一般♪(1回)-(2010/05/28(Fri) 23:28:12) 朝を迎え、ソファで規則正しく寝息を立てているタニグチ様の手をそっと外して、菜はホテルを後にした。 深く深く人を愛する事は、どういう事なのだろう・・・ 物心着いた頃から、菜の両親の間に愛情はなかった。 父親の仕事上、離婚すると言う選択肢もなく、お互いに他に恋人を作りながらバランスを保っているようだった。 菜自身、人を本気で好きになることもなかった。 美佐子と会うまでは・・・ 美佐子に対する自分の気持ちが『愛』なのかは分からない。 それに気付くのが怖い。 その『愛』の先に未来はないから・・・。 色々なことを考えながら歩いていた。 気が付くと、美佐子の家へ向かう電車に乗っていた。
■21871 / ResNo.25)  恋唄 第二章 16 □投稿者/ sakura 一般♪(2回)-(2010/05/28(Fri) 23:53:37) さやかは今日もイライラしていた。 菜に決定的にフラれてから荒れていた。 昨夜も、合コンで知り合った男とホテルに行き、帰りが深夜になって母親を怒らせていた。 しかし、いくら母親が叱ったところで何一つ応えはしなかった。 フラれたものの、やはり菜の事を諦めきれず、毎日学校には顔を出していた。 今日もいない・・・ 昼まで待っていたが、それでも現れないと言う事は、もう見込みはない。 何もかもやる気が失せて、さやかは早退した。 誰彼構わず電話をかけてみた。 体目当てだろうが何だろうが、一人で時間を持て余したくなかったのだ。 しかし、こういう時に限って誰もつかまらなかった。 「何なのよ!もう絶対ヤらせてあげない!!」 さやかは留守電にそう怒鳴ると、仕方なく家へ帰ることにした。 こんな時間に家へ戻れば、また母親が口うるさくなるのは分かっている。 それでも無視していればいい。 そうは思っていても、気が重かった。 家が見えてくると、自然に足取りが重くなった。 突然、さやかの足が止まる。 家のドアが開き、中から誰かが出てきた。 さやかは息を呑んだ。 「菜・・・!」 さやかの家から出てきたのは菜だった。 目の前の光景が信じられず、心臓が高鳴った。 『もしかして・・・私の事心配して来てくれたの・・・?』 さやかの頬は赤く染まり、笑みがこぼれる。 しかし、次の瞬間、その笑顔は凍りついた。 菜はドアの向こうから伸びる、白くほっそりとした手をとり、掌にキスをした。 手の主は、さやかの母親だった。
■21872 / ResNo.26)  恋唄 第二章 17 □投稿者/ sakura 一般♪(3回)-(2010/05/29(Sat) 00:04:01) 少女のようにはにかみながら菜に手を振る母親。 さやかはその光景を、さっきとは比べ物にならないくらい信じられない思いで見つめていた。 状況が把握できない。 自分の母親と、自分をフった同級生がどうして自分の家に・・・? 自分よりも親密そうに見詰め合っている・・・? さやかの顔からは血の気が引いてきて、足もガクガク震え始めた。 貧血の時のように、生汗が出て吐き気もする。 倒れそうになったとき、菜が振り向いた。 さやかは瞬時に意識を取り戻した。 しかし、菜の眼差しはさやかに向けられたのではなく、さやかの家に、母親がドアを閉めてしまった家に向けられていた。 優しい、愛おしそうな眼差し。 初めて見る菜の表情だった。 普段なら、決して美佐子の事を振り向きはしない菜だったが・・・。
■21873 / ResNo.27)  恋唄 第二章 18 □投稿者/ sakura 一般♪(4回)-(2010/05/29(Sat) 00:22:54) さやかは這うようにして家に帰った。 さっきからどれだけ時間が経ったのか、どうやってここまで辿り着いたのか分からない。 ドアの開く音がして、慌てて奥から美佐子が出てきた。 さやかを見て、少し驚いたが、娘の顔が青ざめているのに気付き、駆け寄った。 「どうしたの?すごく気分が悪そう・・・それで早退してきたの?」 さやかは憎悪の視線を送った。 美佐子は、さっきの少女のような顔など嘘のような、母親の顔をしていた。 「少し・・・休むね」 自分自身も動転していて、今問いただすのは得策ではないと思ったのだ。 きっと直接聞いたって本当の事は言わないはず。 カマかけて、警戒されても困る。 確実な証拠を掴んで、二人に突きつけてやらなくちゃ・・・。 何もないはずはないんだから・・・。 お母さん、絶対許さない・・・。 あまりのショックに、さやかは逆に冷静に考える事ができた。 手っ取り早く証拠集めが出来るのは携帯。 さやかは美佐子の家事中、入浴中、とにかくスキを見ては携帯をチェックした。 両親の寝室も細かく調べた。 シーツに鼻を押し付けて菜の残り香を探す様は、もう病気としか言いようがなかった。 メールを調べれば調べるほど、母親が菜に愛されている事を思い知らされた。 嫉妬が産む憎しみは全て母親に向けられた。 また、菜を取り戻したいと言う未練も、どんどん膨れ上がっていた。
■21874 / ResNo.28)  恋唄 第二章 19 □投稿者/ sakura 一般♪(5回)-(2010/05/29(Sat) 00:37:11) 菜はその日、校舎の屋上に呼び出された。 久しぶりの、さやかからのメールだった。 今度は何だろう・・・と気が重くなってはいたが、きちんと向き合わなければならないことも分かっていた。 ドアを開けると、もうさやかが待っていた。 「久しぶりだね。」 以外にも晴れ晴れとした顔をしているさやかが言った。 「うん・・。元気だった?」 少しほっとして、菜も微笑む。 「ごめんね、呼び出して。」 「いいよ。私も話しなくちゃと思ってたし・・・。」 詫びようとしていた菜に、驚くような言葉が飛んできた。 「菜、また私と付き合って。」 「えっ・・・。」 言葉に詰まる。 さやかや続ける。 「もうさ、子供みたいな事言わないから。他にエッチ友達いてもいいし、私もエッチ友達でいいし・・・。」 「ちょ、ちょっと待って。それは・・・無理だよ。」 珍しく焦っている菜を見て、またさやかは微笑む。 「どうして?1対1なら他の人にしなって、菜が言ったんじゃない。私、体だけでもいいから・・・」 近づいてくるさやかを、菜は両手で制した。 「言ったけど、でも、もうそういうのやめたんだ。だから・・・ごめん。」 さやかの顔が豹変した。 「お母さんならいいの!?」 「・・・え?」 「美佐子よ、アンタの大好きな、桧垣美佐子!!」 【みさこ】という名前だけ、頭に飛び込んできた。 美佐子の名字がヒガキだと結びつくまで、かなり時間がかかった。 そして、目の前にいるさやかもヒガキだということも・・・。 美佐子・・・ヒガキ・・・高校生の娘・・・さやか・・・桧垣さやか・・・・ 菜の頭の中で点と点が一つに繋がった。 その瞬間に、菜は屋上の手すりを握って嘔吐していた。
■21875 / ResNo.29)  恋唄 第二章 20 □投稿者/ sakura 一般♪(6回)-(2010/05/29(Sat) 00:56:57) まさか・・・まさかそんな・・・・! 美佐子さんがさやかの母親・・・? 何度も肌を重ねた・・・その上一方的にフってしまったさやかの・・・? 「ま・・さか・・・」 袖口で口を拭い、声を震わせながら菜が言葉を搾り出した。 「見たのよ、この前。うちから出てくる菜を。母親の携帯も調べたわ。ま〜、アツアツよねえ!!」 意地の悪い顔で、蹲っている菜を見下ろしながら、さやかが言った。 「母親ともヤってたんでしょう?うちでヤってたの?ねえ、いつからよ!!」 確信はなかったが、カマをかけてみた。 「し・・・てない。何も。美佐子さんには触れてない。」 「はあ?あの菜がぁ?信じられるわけないでしょ?あーんなにエッチ大好きなアンタが。」 「本当だよ・・・。あの人は、美佐子さんはそんなんじゃない。」 その一言に、さやかは体を震わせて激怒した。 「そんな人じゃない!?よくそんな事が言えるよね!じゃあ私は何なのよ!」 「ごめん・・・だけど、ホントに・・・。」 「あの人には家庭があるのよ。私も、父もいるの。菜といちゃいちゃしながら、しゃあしゃあと良き妻、良き母親を演じてたのよ。絶対に許せないわ!!」 「本当に申し訳ない・・。でもあの人が悪いんじゃない。私が全部・・・。」 菜が美佐子を庇うほど、さやかの怒りは増していった。 「償ってもらうわ。家族を裏切ってた罰よ。まずお父さんに報告ね。菜だって退学になっちゃえばいい!!」 「どうしたら許してもらえる?私が退学するから・・・、美佐子さんは本当に関係ないんだ。」 青ざめて、おどおどしている菜を初めて見たさやかは、余計に苛立った。 自信たっぷりで、気まぐれな菜が好きだったのだ。 「死んでよ。そしたら許してあげる。」 冷ややかな目でさやかが言った。 菜はその場に立ち竦んでいた。 しばらくの沈黙を破ったのはさやかだった。 「できないよね。いつでもアンタは自分が可愛いんだから。」 そう言って、菜に背中をむけて歩き出した。 「さやか!」 ドアに手をかけた時、菜が呼んだ。 鬱陶しそうに振り向くと、菜は手すりを乗り越えていた。
■21876 / ResNo.30)  恋唄 第二章 21 □投稿者/ sakura 一般♪(7回)-(2010/05/29(Sat) 01:09:05) 一瞬、さやかはたじろいだが、また強気に戻って言った。 「脅しなんかに乗らないわよ。情けないわよ、菜!」 菜は手すり越しに、力なく微笑んだ。 「さやかを傷つけてしまったこと、本当に悪いと思ってる。ごめんね。」 「今更遅いよ。私の気持ちは変わらない。」 「ん・・・。私を許してもらおうとは思ってない。だけど美佐子さんは・・・さやかのお母さんは、許してあげて欲しい。」 また苛立ちが増して、さやかは顔を歪めた。 「お母さんとは、人の紹介で出会った。家庭のことで悩んでいて、励ましていると、私の方が穏やかな気持ちになれた。だから、私から一緒にいたいと思った。」 「アンタ、のろけてんの?私を馬鹿にするのも・・・」 罵るさやかを遮って、菜は続けた。 「話にはいつもさやかの事が出てた。娘の態度に一喜一憂して、彼女の娘さんは本当に愛されているんだと思った。それがさやかだったなんて・・・思いもしなかったけど。」 風が強く吹いた。 その風にのって、菜の香りがさやかの鼻をくすぐった。 懐かしくて愛おしい香り。 「さやか、美佐子さんは本当にさやかを愛してるよ。羨ましいくらい。それだけは信じて欲しい。」 「だから何なの?関係ないでしょ!」 「さやか、本当にごめんね・・・。」 菜が少しずつ後ずさる。 さやかは不安になった。 『戻ってきて』 そう言おうとした瞬間、菜の姿が消えた。 「菜ーーーーー!!!!」
■21877 / ResNo.31)  恋唄 第二章 22 □投稿者/ sakura 一般♪(8回)-(2010/05/29(Sat) 01:17:31) ふわふわと、水面を漂っている感じだった なんて心地良い・・・ 遠くから誰かが私を呼んでいる どうしてそんなに悲しそうな声で呼ぶの 泣いている・・・ 誰・・・ 一瞬闇の世界 そして、再び光に包まれた 誰かが私の顔を覗き込んでいる あれは・・・ 美佐子さん・・・・? 「あ、あなたぁ・・・!先生っ!サイが・・・サイが目をっ・・・!!」 その聞き覚えのある声は母さんで、隣に立ち尽くしているおじさんを父親と認識するまで とてつもない時間を要した気がする・・・ ああ・・・そうか・・・・私・・・・・・ 死ななかったのか・・・。 ぼんやりとあたりを見回す。 じわじわと痛みが上ってくる。 父と母が泣いていた。 私の事なんか関心ないと思ってたけど・・・まだ親だったのか・・・。 意識が戻って、数日が経ち、菜の担任と教頭が見舞いにやってきた。 「どうしてあんな事したの・・・?」 涙目で担任が聞く。 菜が心配なのか、自分の進退が心配なのか、定かではない。 それからまた数日が経ち、おどおどしながらさやかがやって来た。 「菜・・・私・・・。」 伏目がちに、消え入るような声でさやかが話そうとしたとき、菜が言った。 「同じ・・・クラスの人ですか?」
■21878 / ResNo.32)  恋唄 第二章 23 □投稿者/ sakura 一般♪(9回)-(2010/05/29(Sat) 01:42:28) さやかは凍り付いて、菜を見つめた。 すると、隣にいた母親が慌てて言った。 「ごめんなさいね。記憶障害で・・・ところどころ覚えていないみたいなの。あなた、桧垣さんでしょ?あなたが見つけてくれたから・・・本当にありがとうございました。」 さやかは、まだ身動きが取れないでいた。 「命の恩人なのに、覚えてないなんて・・・本当にごめんなさいね。先生の事も覚えていないの。」 溜息混じりに、菜の母親は言った。 さやかは、菜をこんな風にした張本人なのに、母親にお礼やお詫びを言われるのが心苦しかった。 「私・・・帰ります。」 いたたまれなくなって、さやかは帰ろうとした。 「まあ、もう少しいてやって下さい。何かの弾みで記憶も戻るかもしれないし。今、飲み物を買って来ますから。」 断るさやかを気にも留めず、菜の母親は病室から出て行ってしまった。 仕方なく、傍にあった椅子に腰掛け、遠慮がちに菜を見つめる。 「ごめんなさい。えっと・・・名前は・・・?」 「あ、さ、さやか。桧垣さやか・・・です。」 「桧垣さん・・・。」 菜に【桧垣さん】と呼ばれたのは初めてで、別人のようだった。 「桧垣さん、わざわざ来てくれたのに・・・ごめんなさい。」 「い、いいの・・・。ホントに・・・覚えてないの・・・?」 「うん・・・。」 菜の穏やかな顔を見ていると、さやかの目に涙が溢れてきた。 「私、菜に謝らなくちゃ・・・。あんな・・・つまらない事・・・ごめんなさい・・・。」 ポロポロ涙がこぼれ、さやかは次の言葉を吐き出すことが出来なかった。 すると、菜が包帯を巻かれた腕を伸ばし、さやかの膝に置いた。 「私の方が、あなたの事を傷つけてしまったんじゃないかな・・・ごめんなさい・・・。でも、きっとこれでおあいこですね・・・。」 はっとして、さやかは顔を上げた。 「菜・・・もしかして、記憶は・・・。」 「いつ戻るのか・・・戻らないのか・・・分からないんですが、これからを頑張って生きていきますよ。」 菜が微笑んだ。 さやかは暫く菜の微笑を見つめ、納得したように小さく頷いた。 「私、帰るね。お大事に・・・。」 さやかは病室を出ようとして、振り返った。 「それから、うちのお母さん、色々心配していたみたいだけど、大丈夫だから。」 菜の瞳の奥を覗き込むように、さやかは言った。 「お母さん?面識があったのかな?とにかく、ありがとう、さやかさん。」 【さやかさん】と聞いて、さやかは少し笑って病室を後にした。 菜は窓の外を見つめながら、苦笑した。 「またリセットしなくっちゃ・・・」 愛するという事には、意味も形もない 胸の高鳴りも、胸の苦しさも それは それとして大切にすればいい 手放す事も 時として必要 それは 消えない 生き続けるから いつまでも
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