■外伝 第10章 1 
□投稿者/ 昴 2007/10/23(Tue)


今年の夏も猛暑だと 額の汗を拭いながら マキは思う 出入りの庭師に庭の世話を指示する そんな僅かな時間でさえも 汗をかき体力を消耗する そろそろ潮時 きっとそうなのだろう? 私とあの方との出逢いは そう あのコとお嬢様のそれに似ている 先代に見出だされて あの方と出逢った それからの長い時間を振り返っても 後悔など一つもない 私はあの方を愛していた 否 愛している。今でも あの方の幸せを最優先に考えて生きて来た だからあの方と奥様との出逢いを取り持ったりもした これでいい 私の人生に間違いはない 「おはよう真実さん」 『おはようございます』 毎朝このコに声を掛ける 日課のように 他愛のないおしゃべりをして お二人を送り出す いずれ会社の全てに責任を持つのだからと 全ての部署を回り どの部署でも一定以上の成果をあげられたお嬢様 いつも このお嬢さんが傍に居て サポートしていた ご主人様の目に間違いはない そして私も ゆっくりと決意を固めていた頃 ご主人様に打診を受けた
■20314  外伝10章2 □投稿者/ 昴 -(2007/11/24(Sat) 00:44:20) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 『マキ ちょっと話があるから 時間を作ってくれないかしら?』 会社に向かわれる時に そう仰って その時にそんな予感はしていた 「お帰りになられてからで宜しいのでしょうか? いつでもご主人様のご都合の宜しい時に お呼び下さいませ」 そう返事した それは当然のことだから 「お呼びでしょうか?」 『悪いわね こんな時間に』 ソファーに座っていらっしゃるご主人様の横に立つ 『ねぇマキ 久しぶりに隣りに座らない? マキが立っていては話しがしにくいわ』 「はい」と返事して ご主人様の隣りに座る 『話しって言うのはね これからのことなのよ 会社のことを そろそろ愛純に任せたいと思っているの 愛純を社長にして 私は会長として1年位で引き継ぎをして そのあとは引退しようと思うのよ 屋敷(いえ)のことも 愛純に譲って 悠々自適で のんびりと花純との時間を過ごそうかなって マキ そうなったら 貴女はどうする?』 予感は的中した 「そうですね その件に関しては 前々から考えていましたので 長くなりますけど お話しさせて頂いて宜しいでしょうか?」 ご主人様に私は話していた 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20315  ちょっと注釈 □投稿者/ 昴 -(2007/11/24(Sat) 00:45:33) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 今更ながらの年齢設定 薫【ご主人様】と花純【私】が出逢ったのが 花純が学校を出たてって言うことで 22歳 その時に薫はバリバリに社長業をこなしていたので 30代後半の35歳 花純と薫の年齢差は 13歳と言うことになります それから愛を育んで 花純が愛純を産んだのが27歳 その時の薫の年齢は40歳 愛純は現在28歳に成長していますので 現在の花純の年齢は55歳で 薫は68歳と言うことになります またマキは薫と同世代ですので 同じく68歳です 花純が薫の会社に初めて行った時に 携帯電話が出ていますが 今から10数年前のiモードもEzwebもなかった頃の電話としてだけの携帯電話で 小説の中の現在は20年後の2027年の予定です もし その他に小説上の矛盾点がありましても スルーして下さいませ <(_ _)> 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20334  外伝 10章3 □投稿者/ 昴 -(2007/12/02(Sun) 02:01:24) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 「引退については私も そろそろ潮時と思っていました」 言葉を続ける私に ご主人様はただ黙って頷いていらした 「それで 私の後任についてですが…」 お屋敷での日々が感慨深く 溢れそうになる涙を堪えて 努めて冷静に言葉を続けた 「もちろん本人の諒承があってのことですが…」 『ん』 相槌ではなく これから私が話すことを 既に理解していると言うニュアンスで小さく頷かれた 「ご主人様はきっと 全てをお見通しで こうなると言うことを ずっと何年も前から ご存じだったんですよね」 独り言のように前置きをした 私の決意を報せる前に もう一度繰り返す 「私の後任について もちろん本人の諒承があってのことですが…」 RRRRR… ご主人様のデスクで電話が鳴る ソファーから立上がり 前髪をかき上げながら ご主人様は電話に出られた 『そのことは わかっていると言っているでしょ? 今 とても大切な話をしているのよ ええ そのことは明日 社の方で聞くから 他のメンバーにも 今日は電話しないように伝えておいて』 受話器を戻し 『ゴメンね マキ』 振り向いた笑顔は まだご主人様とメイド長ではなかった頃の あの頃と同じ 優しい笑顔だった 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20431  外伝 10章4 □投稿者/ 昴 -(2007/12/23(Sun) 23:45:41) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 「真実に… 真実さんに 私の後任を譲りたいと思います」 『うん』 予想通りだったのか 当然のことと言ったご様子のご主人様 「このお屋敷で仕えるには 特にメイド長としてお仕えするには 何よりもご主人様の 私には薫様の 後任の方には愛純様のことを 最優先に考えることが大切で 真実さんにはその一番の資質が 充分に備わっていると思いますので ずっと毎朝見ていればわかります 真実さんがどれ程愛純様のことを愛しているかが…」 『そうね 私もその意見に賛成よ』 「お屋敷のいろいろなことを引き継ぐには やはり1年 私にお時間を頂けますか? そのあとは田舎に帰って 母の菩提を守っていきたいと思います 私にとっては幸せな日々でしたけど 母にとっては親不孝な娘でしたからね」 『ええ 残念だけどわかったわ それより田舎に帰って 大丈夫なの?』 「大丈夫ですよ薫様 このお屋敷で勤めさせて頂いた50年近い間に 相当貯め込んでいるんですよ私」 わざと冗談めかして言うと 『そうよね 長い間ずっと ありがとうマキ』 『1年で真実を仕込んで 貴女に負けない位の立派なメイド長に仕立ててね』 そう仰ったご主人様の瞳に光るものがあったのを私は見逃さなかった 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20444  外伝 10章5 □投稿者/ 昴 -(2008/01/06(Sun) 02:12:14) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 翌朝 真実が愛純様を迎えに来る頃には ご主人様は全ての手筈を整えていらした 愛純様を迎えに来た真実に伝える 「大切なお話しがあるのよ 私の部屋に行きましょう」 『えっ? でも愛純様が…』 戸惑う真実に続ける 「大丈夫よ お嬢様のことは ご主人様が一緒にお出かけになられるから それにご主人様もお嬢様に大切なお話しがお有りなご様子だったし 仕事の一環だと思ってくれて構わないわ 遅刻にも欠勤にもならないから安心して」 そう言うことならと 有無を言わせず部屋に招き入れた 『なんでしょうか?お話しって』 部屋に入るなり尋ねる真実を 「とりあえず座りましょう」と制した 小さなテーブルを挟んで 正面に座る 「お話しを始める前に 一つだけ確認しておきたいことがあるのよ いいかしら?」 『はい』 真剣な眼差しの私に真実も真剣な眼差しで応えた 「愛純様を愛している?」 単刀直入に聞く しばらく間があって 『はい!もちろん』 誠実な瞳で答える 「これからするお話しは ご主人様の会社やお屋敷にとって とても大切なお話しなのよ 貴女のこれからにもね まだ内示も出ていないようなお話しだから そのつもりで聞いて欲しいの」 そう前置きをして話し始めた 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20499  外伝 10章6 □投稿者/ 昴 -(2008/01/25(Fri) 00:19:19) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ それから ご主人様とのお話し 私が最近思っていたこと そして長い間ずっと見て来たお嬢様と真実さんのこと そんなことを話して そして唐突に聞いた 「私の後を継いでメイド長になりなさい」 全体の話の流れで気付いたのだろう 真実はそれほど驚いた顔をしなかった 「もちろん貴女の人生は貴女のものだから 決して強制はしないわ このまま会社に残れば多分貴女には重役クラスの椅子を用意されるでしょう お嬢様をサポートする為にネ そう言う意味では 社長秘書にだってなれる 貴女が望むポストに就くことが出来るわ だけど敢えて お嬢様の為にメイド長になって欲しいのよ」 「とても重大なことだから 返事はすぐにとは言わないわ 一週間 うーん そうね 今月の末までに返事をくれるかしら? 貴女がメイド長を選んでくれたら 会社の仕事の引き継ぎをしてもらって そのあとはここに住み込みよ 一年掛けて四季折々の様々な行事のことを 私の持っている全ての知識を貴女に教えてあげる」 『少し考えさせて頂いていいですか?』 その場でしばらく考え込んでいた 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20545  外伝 10章7 □投稿者/ 昴 -(2008/02/04(Mon) 02:20:00) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 真実が考え込んでいるその沈黙は 何時間にも感じられ でも時計の長針の移動は僅か30度 5分程の時間で真実は答えを出した 『わかりました そのお話をお受けします』 「そんなに早く答えを出さなくても もっと考えてくれていいのよ」 反ってこちらが慌てる程に その決断は早く 『ご主人様も全てご承知のことですよね? ならば大丈夫です あの方の御判断に間違いはありませんから』 潔い印象を受けた 詳しい事情も発表されないまま 真実が引き継ぐ相手の移動があり それから1ヶ月 約束通りに引き継ぎを終え 真実が屋敷にやって来た 『真実です これから宜しくお願いします』 引越しセンターのトラックに大きなベッドを載せて 真実がお屋敷にやって来た 平日のお昼前 ご主人様もお嬢様も会社にいらっしゃる 「随分大きな荷物ね」 搬入を見届ける私も思わず言ってしまった 『はい。思い出が多くて これだけは手放せなかったんですよ』 そんなやり取りを傍らから 奥様はニコリとただ微笑んで御覧になっていた
■20665  番外編 マキの旅立ち@ □投稿者/ 昴 -(2008/03/01(Sat) 16:12:52) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ やっと卒業出来るわ 母さん 仕事の引き継ぎを終え 明日はこの屋敷を出て行くと言う前の晩 最後の暇乞いにご主人様の部屋ではなく 薫様の隠居部屋を訪ねる コンコン 「薫様 マキです 最後のご挨拶に伺いました」 どうぞの声に中に入る 「長い間ありがとうございました 明日の朝故郷(くに)に帰ります」 お辞儀した頭を上げると目の前にはご主人様がいらして 『ホントに長い間ありがとうマキ』 ご主人様に抱き締められた 薫様と私は幼馴染みなんて言葉で足りない位に生まれた頃から一緒だった 薫様は先代がお産みになられた実のお子様 先代のおなかに薫様を宿していらした頃 薫様のお父様は何か大きな事故に巻き込まれたらしい 詳しいことは聞いていない お父様が創られた小さな会社を引き継ぐことになった先代に 私の母は拾われた 産まれたばかりの私を連れて困っていた母の目の前に 『乳母募集 〇月中頃出産予定 委細面談…………』の張り紙 思い切って飛び込んだ母を先代は快く受け入れて下さって 先代を父親のように 母を母親のようにして 薫様と私は母の乳房の左右を分け合い育った 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20746  番外編 マキの旅立ちA □投稿者/ 昴 -(2008/03/22(Sat) 20:01:28) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 薫様と私はずっと一緒だった 二人で一つだった 薫様が光りなら私は影 薫様が太陽で私は月 まるで正反対だけど だからこそお互いを補い合って一緒にいた 年頃になって 薫様に告白されて 私達はごく自然に一つになった 本当に一つになった時嬉しくて涙が出た その涙を『痛かった?』って気遣って下さる薫様の優しさが余計に嬉しかった 私達の手が離れたあとも 母はお屋敷の切り盛りをして いつの間にか手伝ってくれる人も増えて その采配も任された母は私の先輩のメイド長と言うことになる 学校を出て しばらくは薫様と一緒に働いた でも私はこのお屋敷で 薫様を支えることが好きだったので 先代にお願いして 薫様付きのメイドにして頂いた お屋敷で薫様のお世話をして 薫様をお仕事に送り出して 薫様のお帰りを待つ 薫様のお嫁さんになったみたいで幸せだった その時間が永遠に続けばいいのにと願ったけど 先代が現役を退かれた時に母も引退して 同時に薫様が社長に就かれた 『メイド長になって 私とこの屋敷のことを支えて』 薫様に請われてメイド長の職に就いた 記事No.17833 のレス / 返信ページ / 関連記事表示 削除チェック/ ■20795  番外編 マキの旅立ちB □投稿者/ 昴 -(2008/04/16(Wed) 00:01:12) http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/ 全てのことに薫様の幸せが優先する これがメイド長としての私の基本理念だった そう 全てのことに だから花純様とのことを取り持ったのだ 花純様と愛を育む薫様を見守っていた やがて愛純様が生まれて 愛純様の成長を見守る 愛純様が真実さんを連れて来た時には 事の経緯(いきさつ)を薫様から聞かされていた 私だけでなく もちろん花純様も 愛純様と真実さん お二人のご様子を拝見して そして確信した 確かに薫様の目に間違いはないと 「薫様 マキです 最後のご挨拶に伺いました」 「長い間ありがとうございました 明日の朝故郷(くに)に帰ります」 『ホントに長い間ありがとうマキ』 「薫様 今生の別れではありませんので そんなに感傷的にならないで下さいね 何かあれば 薫様からお声が掛かれば いつでもすぐに駆け付けますので」 そう言っていたのに その次にお屋敷に伺ったのは 薫様の訃報を聞いた時だった 薫様 やっぱり貴女はいつも私の前を歩いていらっしゃるんですね
完 Back PC版|携帯版