■和美のBlue  
□つちふまず 
http://www.hamq.jp/i.cfm?i=tsuchifumazu 

私の好きな人を…。 紹介します。 歳は六つ上です。 バイト先のオーナーです。 多忙の為か、一週間に一度位しか会えません。 背が高くて。 頭のサイズはこれくらい(掌を広げます)しかありません。 大抵スーツで現れます。 滅多に笑う人じゃないし、 仕事に厳しい人みたいだし。 (社員さんはよく怒られています。) 全然読めないというか、 住んでいる世界の次元が違うとしても。 でも好きなんです。 どうしようもなく好きなんです。 届かない想いだとしても。 絶対に諦められない予感があるから。 計画を練ります。 あの人の中で私は少しでも。 素敵に映りたいから。 だから。 この夏。 ちょっと頑張ろうと思います。 近付きたい。 伝えたい。 この海と。 空の青さに。 私の想いを乗せたいです。 (携帯)
p.m 20:00 「カズ、一番テーブルね。」 「はーい。」 海沿いのレストランバー。 R134沿いの。 鎌倉と逗子の中間に。 私のバイト先はある。 ウッドのテラスと。 大きなオウムがいるお店。 店内はアジアンな家具でまとめられている。 御要望があれば、 奥に個室もある。ゆったりしたソファで、寛げる。 「お待たせしました。」 料理をテラス席のカップルへと。 海風が心地良くて、 だからこのお店で働いているって言っても…。 過言ではないんだけど。 特に夏場には。 このテラス席からは花火も楽しむ事が出来る。 もっとも私は。 花火なんて見る暇もないんだろうな…。 「和美、ちょっと5番。」 「あ、うんわかった。」 和美、が私の名前。 カズ、と呼ばれる事も多い。好きなように呼んで下さい。 「お待たせしました。」 オーダーを取る為に。 サロンのポッケから、 ボールペンを取り出して。 かち、と芯を出した。 「はい。シャンディーガフを御一つ…、コロナ…、」 ふと目に。 車道から店へと入る。 赤いアルファロメオ。 …来た。 「あ、すみません…。もう一度お願いします。」 ボーッとしてしまった。 だめだめ。 「…はい。」 オーダーされたメニューを。 一つ一つなぞる。 一品一品確かめる毎に。 胸が。 ドキドキしてくる。 「お待ち下さいませ。」 ボールペンをノックして。 サロンにしまって。 伝票を裏にして。 テーブルに静かに置いた。 聞こえる。 バタンと地下で、 ドアの閉まる音。 うちのお店は裏口はないから、 トントン、と。 ウッドの階段を歩く音。 ブラウンのショート。毛先に緩いウェーブ。 大きめのサングラス。 パンツにインされた体にフィットされた七分丈の白いシャツ。 細身のパンツに巻かれた、ヴィトンのベルト。 全てがナツさんを彩るラグジュアリーで。 ナツさんの歩く道は、 日本ではないような。 デッキに座る全ての客が。 振り返る瞬間。 「おはようございます。」 頭を下げると。 足早にナツさんは。 私の声に。 小さく右手を上げて。 何も言わずに店内へと入った。 (携帯)
ナツさんは同性愛者だという事は。 結構前から知ってる。 「ナツさんならアリだよね…。」 バイト仲間はいつかそう言ってた。 私にしてみれば。 同性愛など。 考えた事もなければ、 人生の内で意識するはずもないと、思っていた。 何故、好きになったのか。 …そんなのわかんない。 いろんな事が理由として上げられるけれど。 どれも取ってつけたような理由になりそうで。 口にしたくない。 でも何処か浮き世離れした雰囲気と。 ビジュアル的なものと。 あまりにも完璧な存在として、私の中に入り込んで来たから。 好きにならずにはいられなかった、と言うのが…、 私なりのイイワケ、かな。 いつか聞いた事がある。 凄くドキドキしながら。 「オーナーみたいな人って…いるんですね。」 って。 確か開店三周年の、 打ち上げの時だったと思う。 ナツさんはその時。 テキーラを口にしていた覚えがある。 グラスに口を付けながら。 「一県に一人は、いるよ。」 と。 口の端を持ち上げながら。 その言葉を聞いた。 “一県に一人” どういう基準かはわからないけれど。 ナツさんの交遊範囲が想像出来てしまう気がして。 ほんのちょっと寂しかった。 完璧にナツさんを意識したのは。 去年の夏だった。 その日は金曜日で。 ナツさんが現れるとは思っていなくて…。 嬉しかった。 でも悲しかった。 何故なら。 「個室空いてるよね。」 「……はい。どうぞ。」 ナツさんの隣には。 見たことのない。 でも何処かナツさんと同じ雰囲気を纏った。 綺麗な女性。 “彼女” の存在を初めて実感した夜。 料理やドリンクを。 運ぶたび。 重なり合った指。 絡まっていた視線。 目に入らない訳がなかった。 私はデザートを運んだ後に。 トイレに入って、 鍵をかけて泣いた。 好きなんだと。 実感した夜だった。 あれから一年─ 私は勝負に出ようと思う。
作戦その壱─ テーマ。 “まずはコミュニケーション” 「お疲れ様です。」 店内のフードとドリンクが全て配膳済みである事を確認して。 ナツさんの座る、 店内では奥まったテーブルに。 私はアイスティーを置いた。 竹で出来たトレイを持ちながら。 「サンキュ。」 売り上げのデータが入力されている、端末のPCを。 ナツさんはジッと見て。 目を反らす事はない。 やっぱり…。 素敵だな。 私はこの人の。 目尻が凄く好き。 鋭いようで、でも…。 「どうした。」 フッと私を見上げた。 PCを睨んでいた目と同じ。 鋭い目。 凄く濃い睫毛…。 思わず目を反らした。 「あ、あの…。」 言わなきゃ。 「?」 手を休めてナツさんは。 頭を傾けた。 「あの、オーナー?」 「何?」 「オーナー、時間のある時でいいんですけど…。」 「ん?」 鋭い目が。 ふと優しくなった気がして。 ほら、やっぱり。 この目尻が好きなの。 睫毛が触れるか触れないかの。 「カクテル、教えて頂けませんか?」 作戦の具体的内容─ 小さなテーマその壱。 “教えを乞う” ナツさんはうちの店では。 客が多い時に。 シェイカーを振る。 その技術には。 バーテンダーも舌を巻いていて。 「カクテル?」 「はい。私もフロアだけじゃなくて…、ドリンクも手伝えたらなって。」 これは本心。 「ん。」 ナツさんは腕を組んで。 バリ製のチェアに背をもたれた。 だめ、かな。 やっぱり…。 するとナツさんは、 背もたれから体を離して。 「カズ。」 「は、はい。」 「フロアも大事。ほら。」 ナツさんは外の。 テラスを指差した。 「あ…すみません!」 見ると男性客が。 手を挙げていた。 「すみません。失礼します…。」 私の言葉には答えずに。 ナツさんはまた、 PCに目を向けた。 作戦その壱─ さっそく失敗(涙) 教訓─ 『コミュニケーションはタイミングを考える。』 全然駄目じゃん私…。 はぁ……。
作戦その壱─ 『教えを乞う』─× ふう。 やっぱりダメ、か。 ふに(涙) どうやって近付けばいいんだろう…。 困ったなぁ。 早いな、くじけるの。 ─11時を過ぎて。 客もまばらに。 静かな店内へと。 私は土曜日はラストまで。 (ナツさんが来るから) でもナツさんは。 日付が変わる前には。 大抵帰って行く。 でもこの日は。 新メニューの確認もあったせいか。 ナツさんは日付が変わっても。 厨房にいた。 私にしてみれば…。 ラッキー♪ 話せなくたっていいの。 同じ空間に居るだけで…。 ドキドキする。 凄く嬉しい。 テラスをクローズにして。 店内のお客だけを、 接客していた。 サウンドをアップテンポな物から、メローな物に変える。 私はお気に入りの、 ダイアナロスのベストをオーディオにセットした。 「好きだな、それ。」 バーテンダーのヤスさんが、ニコニコしながら話し掛けて来る。 「はい。すんごい好きなんです。ダイアナロス。」 「若い子からそういう言葉が出るのは…いいね。」 モミアゲと繋がったヒゲを。 ヤスさんは撫でた。 店内に流れる、 古き良きラブソング。 ふとナツさんが、 厨房から出てきた。 店内をグルっと見渡して。 長い足を優雅に。 こちらに向かって来る。 …なんだろ。 「ヤスさん。もう上がっていいですよ。」 ナツさんの。 低くて良く通る声。 「ん、いいの?」 ヤスさんは磨いていたグラスを、棚に戻した。 「後は私が。お疲れ様でした。」 ナツさんはそれだけ言うと。 頭を小さく下げて、テラスに出た。 「ふっふ。やったね。」 ヤスさんは嬉しそうに。 私に笑いかけた。 「お疲れ様でした。」 「珍しいな…。オーナー残るのか?」 あ、そっか。 確かに珍しい…。 「ですね…。」 「言葉に甘えて。お先に。」 ヤスさんは私に手を振りながら、カウンターから姿を消した。 店内にはあと一組…。 外に目をやると。 ナツさんは店の看板である、 オウムに餌をやっていた。
─am1:00 「ありがとうございました。」 最後のお客を見送って。 テーブルの食器を厨房へと下げる。 あれ? 電気が…消えてる。 見るとキッチンには誰もいなくて、 ウォッシャーの電源だけが着いていた。 帰っちゃったんだ。 クスン。 ひどいな…もう。 カチャカチャと。 食器をウォッシャーの中に入れて、スイッチをオンにした。 あとは放って置けば、 乾燥もやってくれるから…、 「カズ、おいで。」 ウォッシャーの向こうから。 声がした。 え。 あ、そうだ…。 オーナー。 帰ってなかったんだ。 って事は…。 ぐるっと。 周りを見渡した。 ふ、ふたりっきり!! 「…カズ!」 ホールの向こうから。 さっきより大きな声。 「はい!い、今行きます!」 パタパタとサロンを揺るがせて。厨房を走る。 ガチャン─ 「いた!…い。」 カランカランと。 大きなボウルを。 ひっくり返してしまった。 ひゃあ〜(涙) 痛い痛い、と。 スネをさすりながら。 ホールへと出ると。 バーカウンターに。 ナツさんがいた。 私を見ずに、リキュールのボトルを片手に。 “来い来い” と、白いシャツの手が。 揺れていた。 あ……。 もしかして。 「おいで。」 カウンターの中を指差した。 教えて…くれるのかな! きゃーっ!! どどどどうしよう。 ドキドキドキドキ。 「は、…はい。」 緊張しながら。 ナツさんの隣に立った。 何本かのボトルを。 テンポ良くトントンと。 そしてシェイカーを。 用意する。 ナツさんは私よりも。 頭一つ分位背が高い。 私はチビッ子。 見上げると彫りの深い綺麗な横顔。 形のいい耳に。 薄いピンクの石。 綺麗なピアス…。 「カズ。」 見上げていた横顔が突然。 こちらを見た。 「えっ!あ!…はい!」 「まずは…。」 ナツさんは指を自分の頬に当てた。考えている時の癖なのは。 私も良く見ているから知ってる。 「でも…。」 「…はい?」 「カズ、小さいね。」 カウンターの高さと。私の頭を交互に見て。 「フッ。」 小さく笑った。 (携帯)
そんなぁ。 もー。 クックッと。 ナツさんは笑いを堪えるように。 「チビッ子は無理ですか…?」 悲しい…。 「そんな事ない。教える。」 流台の蛇口をひねって、 ナツさんは手を洗っていた。 良かった…。 ホッ。 「まずは…と。簡単な物から。」 綺麗なブルーのボトルと。 透明の液体が入ったボトル。 それと冷蔵庫から。 グレープフルーツジュース。 「何ていうカクテルですか?」 テキパキと。 分量を計り、 手早くシェイカーの中に。 それを注ぐ。 「チャイナブルー。」 小さな声で。 ナツさんは手を休める事なく。 作業を進めた。 「チャイナブルー。飲んだ事あります。ふふ。」 「分量は後でメモ取って。」 「はい。」 全てを注がれたシェイカーに。 キャップをして。 ゆっくりそれを持ち上げた後。 「これが知りたいんでしょ。」 と一言言った後。 上下に。 リズムよく。 ナツさんの腕がしなって。 シェイカーが振られた。 か。 か、 カッコいい…。 クラクラしてきた。 もう、なんていうか。 「振ってごらん。」 「え。」 はい、とシェイカーを。 手渡された。 びっくりする位冷たい。 「こう…ですか。」 見よう見まねで。 振ってみる。 「もうちょい。」 スッとナツさんは。 私の背後に回って。 後ろから手を回す形で。 私の両手に手を沿えた。 「ん。そう。」 密着する体。 白いシャツから伸びた腕。 肘の辺りに、 小さなかさぶた。 傷なのかな。 ちょっともう…。 振られるシェイカー。 その中で踊るのは。 氷じゃなくて。 私の心臓そのもの、かな。 (携帯)
シャカ、シャカ、と。 店内に響く。 すごくすごく。 一秒一秒が、 ゆっくりな気がする。 好きな人が、 真後ろで私を包んでる。 リアルに思えない程、 胸が高まった。 「もう、いいよ。」 ナツさんの手が離れて。 私はキャップを外した。 「……注いで。」 声を合図に。 グラスに注ぐ。 トポトポトポ…、 「わぁ…綺麗…。」 海の色? 空の色。 どっちだろう…。 私を守るように、 カウンターにもたれていたナツさんの腕の存在も…。 忘れる位。 とっても綺麗だった。 「飲んでごらん。」 「はい。」 恐る恐る。 グラスを持ち上げて。 口に含んだ。 「おいしー…。」 ライチの甘みと。 ちょっとのアルコール。 「ん。」 頭上からナツさんの声。 今更ながらに…。 ドキドキ。 店内に優しく響く。 ダイアナ・ロス。 「ナツさんも、どう、ぞ。」 遠慮がちに。 前を向いたまま。 グラスを持ち上げた。 「…私は車だから。」 フッと耳に。 息がかかったのは。 気のせいだったのかな。 you're everything … everything is you… 優しく響く。 ダイアナの声に混じって。 「もう遅いね。」 頭上で響く、 ナツさんの声。 「…はい。」 このままでいたい。 もっと話したい…。 「今日はおしまい。」 フッと頭のてっぺんを。 左手で撫でられた。 それと同時に、 割と近い位置にあった。 ナツさんの体が離れた。 ドキドキの夜。 ナツさん。 眠れる訳が、なかったよ。 (携帯)
“教えを乞う” とりあえず…○? これを期に。 ステップアップしたい。 作戦その弐─ “ナツさんを知る” とりあえず。 この前のお礼をしよう♪ 次の木曜日─ いきなりチャンス到来☆ 雑誌の取材があったので。ナツさんがお店に現れた。 土曜日の事もあり。 ナツさんがお店に来た瞬間。やっぱり胸がドキドキして。 全然集中出来ません。 「ええ。じゃ、写真はそちらで。」 料理を並べたテーブルに、ナツさんは案内した。 なんていうのかな。 ナツさんって…。 見た目怖そうなんだよね。 笑わない人だからかな。 出版社の人とのやりとりを。オープンの準備をしながら。 私は見ていた。 パシャ、パシャ、と。 フラッシュがたかれる。 「ええ。そうですか。あ、それなら…。」 背中に聞こえる。 ナツさんの声。 どうやってお礼…。 なんてったってナツさんだし。 どんなお礼をすればいいか…。 想像つかないなぁ(涙) 「カズ。おいで。」 「え?あっはい!」 いきなり名前を呼ばれて。 びっくりした。 「写真取るよ。」 「ええっ!?」 「すみません…スタッフの顔写真も欲しいので。」 出版社の人は。 少し申し訳なさそうに。 「カズ、テラスで。」 ナツさんは出版社の人を無視して、私の背中を両手で押した。 「えっ!ちょっ!オーナー?」 やだやだ。 写真なんてー! 恥ずかしいよ!! 「頼むよ。オウムじゃダメだって言うからさ…。」 甘い声が。 耳元で聞こえて。 「えー…。」 「看板娘。お願い。」 「オーナーが写った方がいいですよ〜。ううー。」 言いつつも体を押されて、 夕陽の差し込むテラスへと。 「…写真は苦手。」 正面にナツさんは向き合った。 今私の手に。 カメラが有ったら。 写したい。 夕陽と。海と。ナツさん。 「カズ?」 「え…あ、はい。」 「お礼するよ。今日の仕事はこれで終わりでいい。」 ポン、と。 肩を軽く叩かれて。 ナツさんは店内へと。 入って行った。 え?今…。 なんて? お礼? 今日の仕事は終わり? 本当に? 変なニヤケ顔で。 雑誌に写ってしまったのは。 言うまでもない。 (携帯)
「乗って。」 真っ赤な。 アルファロメオ。 これに乗る日が来るなんて…。 思わなかったよー!! わ〜ん(涙) 「……カズ?早く。」 不思議そうな顔で。 ナツさんは中々車に乗らない私を見ていた。 「あ、失礼します…。」 バタン、バタン、と。 二人で車に乗り込む。 レザーの匂いが。 鼻をかすめた。 外の波音と喧騒が。 無くなる瞬間。 何も言わずにナツさんは、キーを差して車にエンジンをかけた。 発進しながらシートベルトをスルスルと絞める動作を見て。 私も慌ててベルトを付ける。 海沿いの国道に。 車はスムーズに合流した。 「…………。」 何。 話せば…。 いいのかな、なんて…。 ドキドキが。 聞こえちゃいそう。 恥ずかしくて嬉しくて。 窓の外の海しか見えない…。 「クックッ。」 「え?」 笑い声が聞こえて。 運転席を見た。 「カズ、変な顔してたね…。」 雑誌の事…(涙) 「CG加工、とかしてくれないですかね…。」 くすん。 悲しい…。 「売り上げ上がる。きっと。」 クックッと。 ナツさんは口の端を持ち上げて。また少し笑った。 「ああもう…海に飛び込みたいです…。」 「大丈夫。可愛いよ。」 「……………。」 今。 可愛いって聞こえた。 可愛いって…。 「……カズ?また変な顔。」 可愛いって言われちゃった…。 いやーんどうしよう!! ドキドキするよ〜! 「何が食べたい?」 「え?」 「好きな物でいい。」 運転席を見ると。 ナツさんは前を向いたまま。 口の端を持ち上げた。 好きな物…。 ハンバーグ? やだやだ。子どもみたい。 カレーライス? 違うよもう〜(涙) 好きな物…。 かつナツさんに、 ふさわしい食べ物…。 ダメ。 ぜんっぜん思い付かない。 ふるふると。 頭を振って。 泣きそうになっていると。 「ラーメン食べようか。」 甘い声が。 また車内に響いた。 ラーメン!? ナツさんが? い、意外…。 「嫌い?」 「すっ好きです大好きです三食ラーメンでも生きられる位…。」 「…………。」 クックッと。 またナツさんは笑った。 (携帯)
割と小汚い(お店の人ごめんなさい)ラーメン屋さんに。 入った瞬間─ 注がれる視線。 男女共に…。 注目を浴びる、ナツさん。 め、目立つ…。 気付いているのかいないのか。 ナツさんはカウンターの丸椅子に、すぐに着席した。 「ネギミソチャーシューと餃子一つ。」 甘い声で。 言わないで〜(涙) しかもそんな濃いメニュー! 「カズは?」 「あ、私もそれで。」 ああ。 流されやすい私…(涙) 「カズ、学校は?」 ナツさんはジャケットのポッケから、カラフルなパッケージの煙草を取り出した。 「あ、はい。楽しいです、すごく。」 「そう。良かった。」 一つを取り出して、 トントン、と先っぽをカウンターに。煙草を鳴らした。 「はい。ありがとうございます。」 「早いね。もう二年生か。」 うちのお店のマッチを。 早い動作で。 すぐに火が着く。 「そうですね…早いです。」 ナツさんには。 返しても返しきれない。 恩が実はある。 「今年は好きに使いなさい。去年と同じ金額が振り込んであるから。」 「そういう訳には…行かないです。」 ナツさんには。 学費を借りていて。 それには訳がある。 私には両親がいない。 正確にはいるけれど。 いないのと同じ。 ここでは詳しくは言わないね。 どうしても大学に行きたかった私は。 バイト先のオーナーであるナツさんに。 「学費を稼がせて下さい。」 と、相談した。 私にしてみれば、シフトを増やして欲しい、という意味で言ったんだけれど。 ナツさんの答えは違った。 「学費の面倒は見る。その代わり、卒業までは働いて欲しい。」 という答えだった。 それからはバイト代から少しずつ、学費を返している。 私の住む小さなアパートも。 住宅手当てという形で。 半額に近い値段で借りていて。 普通のバイトなら。 ありえない位の待遇。 私はバイトでどんなに疲れていても。 絶対に単位を落とす事がないように、学校に通っている。 今年一年終れば。 栄養士の資格が取れる。 「本当にありがとうございます。」 頭を深く下げると。 「……食べよう。」 運ばれたネギミソチャーシューからは。 とってもいい匂いがしてた。
「美味しかった…ネギミソチャーシュー。」 お腹いっぱい。 苦しいくらい…。 帰りの車中。 隣のナツさんを見た。 満足したように、口の端を持ち上げている。 んー。 やっぱりやっぱり。 素敵…。 綺麗?カッコいい? 全部当てはまってしまう。 こんな人がいる事自体。 何だかやっぱり信じられない。 また海沿いの道に出る。 「口の中が…。ネギ。」 ぼそ、と。 ナツさんが呟いたので。 「ふふっ。アハハ。」 思わず笑った。 確かに口の中が。 ちょっとネギ臭い(笑) 「あ、そうだ。」 確かガムが…。 バッグの中を探った。 板ガムを見付けて。 「いりますか?」 「ん。」 はい、と手渡そうと思ったら。 ………。 手は差し出されてなくて。 ナツさんはハンドルを握ったまま。 小さな口を開けていた。 これは…。その。 「頂戴。」 あ、とまた口を開ける。 入れてって事ですか!? きゃあー!! 慌ててガムのパッケージを、ペリペリと捲って。 おそるおそる。 端を持って。 ナツさんの口に入れた。 「サンキュ。」 モグモグと。 形のいい口が動いて。 ああ。 もう…。 め、めまいが。 「どうしようか。…まだ七時だ。」 ナツさんは右手にしていたフランクミューラーを見た。 え!? まだ。 まだいて、いいのかな。 どうしようどうしよう。 またドキドキしてきた…。 「うっ。」 「カズ?どうした?」 「す、すみません。」 「食べ過ぎたかな。」 「いえ、何か…。めまいが起こり過ぎて気持ち悪くなりました。」 体が付いて行かない〜。 「そうか。帰ろうか。」 「えっ!!違います違います!元気ですー!」 「クックッ。…ふっ。」 ナツさんから見たら…。 私絶対変な女だ。 間違いない(涙) ナツさんの。 含み笑いと。 私の溜め息が。 アルファロメオの中で響いた。 (携帯)
車はお店を通り過ぎて。 逗子から葉山へと。 海沿いを走る。 音を抑えたBGM。 こんなチャンスない。 絶対ない…。 急遽変更して。 作戦その弐─ “ナツさんを知る” 「ナツさん。」 「ん。」 「あの…彼女さんとは上手く行ってるんですか?」 小さなテーマ。 “彼女とはどうですか?” 「彼女?」 「はい。去年連れて来てたじゃないですか…綺麗な人。」 忘れもしない。 そういう人に限って。 細かく覚えてる。 「去年…。」 ふむ、と長い指で頬に触れた。 これ、ナツさんのクセ。 すっごい好き…。 「彼女はいないよ。」 ハンドルを握り直す。 右に大きく、 車は曲がった。 「え?」 何!? 「多分カズが見たのも…彼女ではないと思う。」 言いながらナツさんは。 防波堤近くまで車を寄せると。 サイドブレーキを引いて。 エンジンを止めた。 「彼女じゃないんですか!?」 「違う。…降りよう。ここは綺麗だから。」 「え……あ。」 慌てて車から降りる。 「飲み物買ってくる。」 スタスタと。 自販機に向かうナツさん。 え、あ。 待って〜。 アイスコーヒーを二本買って。 ナツさんは防波堤の上に。 ヒラリと登った。 見上げると。 ………高い。 無理だよナツさん(涙) うーん、とうなだれると。 「おいで。」 手を差しのべられた。 か。 カッコいい…。 だめだめ。 めまいしないように…。 「んっ……と。」 ナツさんの手を取ると。 強い力で防波堤の上に。 すぐに持ち上げられた。 「やーっ綺麗〜!!」 右手に。 私達が辿って来た海沿いの国道。 小さく何台も、車のテールランプが流れて…。 正面に。 小さな江ノ島。 「ん。」 ポン、とアイスコーヒーが渡されて。 ナツさんはスーツなのもおかまいなしに。 防波堤に座った。 「あ、りがとう、ございます…。」 ナツさんは答えずに。 煙草を取り出して。 それに火を着けた。 ナツさんの一つ一つの動作は。ゆっくりだから。 すごく見とれる。 あ、いけない。 作戦その弐。 まだ途中だったっけ…。 (携帯)
■和美のBlue 13 □つちふまず 「彼女さんじゃなかったんですね…。」 じゃあの人は一体…。 トイレで泣いたんだけどな。 っていうか暫く、 バイトするのも辛かった位…。 「と、言うよりは…。」 「はい?」 「カズが…どの娘の事を言ってるのか、見当が付かない。」 え。 本当に!? 隣のナツさんを見ると。 『普通』の顔。 「あの、今まで、何人位…いるんでしょうか。」 一体…。 「ん?ん〜。」 ナツさんは。 小さな頭を傾けた。 やだ…。 変な質問するんじゃなかった。 胸が滅茶苦茶痛い。 そりゃそうだよ…。 こんな素敵な人だもん。 彼女の100人や200人…。 「そういうの、もういい。」 小さく呟くのが聞こえた。 「………え。」 「無理してたし。」 “無理?” 聞いた事のない。 溜め息が聞こえた。 「疲れちゃったんだよ。」 フッとこちらを見て。 ナツさんは微笑んだ。 彫りの深い二重が、 細く。 あ。 あ……。 なんか。 悔しい。 見た事のない表情を見る事が。 余計に。 “好き” を感じさせる事に。 気付いた気がして…。 私はうつ向いた。 「もうすぐ夏だ。」 ナツさんの声の後に。 また煙を吐いた気配。 言葉が…。 出ないよう(涙) でも。 あんな顔見ちゃったら…。 「あの…なんていうか。」 「ん。」 「うまく…言えないんですけど。」 いや、まだ早いよね。 これを言うのは。 作戦立ててないし。 「ん?」 えーとえーと。 どうしよどうしよ(涙) 作戦…作戦。 作戦その参は何だっけ? えーと。 あ、そうだ! 「カズ?」 「あの!番号…教えて下さい!」 「え?」 あ、あれ。 やだ私…。 ああ…んもう。 何言って、 「教えてなかった?」 そうか、と。 ナツさんはジャケットのポケットから、携帯を取り出した。 え。 ホント? 「赤外線で送る。携帯出して。」 はい、とナツさんは。 携帯を私に向けた。 う、嘘でしょ…。 こんな簡単に。 「早く。」 「あ、は、はい。」 慌ててバッグから携帯を取り出した。 赤外線。 アドレスもゲット(歓喜) (携帯)
■和美のBlue 14 □つちふまず 「じゃ。」 「はい、土曜日に…。」 私のアパートの前で。 アルファロメオは止まった。 車のエンジン音は静かだったけれど。 私のテンションは上がりっぱなしだった。 …だって。 ナツさんの車に乗れた事。 ラーメンを食べた事。 綺麗な夜景が見れた事。 携帯の番号とアドレスを、 聞けた事。 嬉し過ぎて。 「ありがとうございました。」 「ん。」 煙草を右手の指に、 挟んだまま。 ナツさんは口の端を持ち上げた。 車から降りると─ ナツさんのアルファロメオは静かに、去って行った。 はー。 胸を抑えて。 天を見た。 心臓が…。 口から出るかと思った。 よろよろと。 アパートの階段を登る。 なんか。 なんか…。 凄い日だった。 “好きな人”と。 一緒に居る事が…。 こんなに…。 ─カチャ、バタン、と。 部屋に入る。 「ふふっ。…ふふ。」 電気も付けずに。 何故だか笑えて来て。 すごくすごく、 嬉しすぎて。 「は〜。」 トコトコ、ドサ、と。 そのままベッドに。 倒れこんだ。 ナツさん…。 やっぱり好きだよー。 「う〜っ!!」 バタバタと。 ベッドの上で泳いでみた。 ふう…。 寝返りをして。 天井を見上げる。 今日は…。 いわゆる夢みたいな一日。 だったな…。 けど。 さっきまで一緒に居たのに。 あ。 …あれ。 あれれれ。 “もう会いたい” 会いたい(涙) 私…こんなに好きなんだ。 改めて感じてしまった。 途端に。 切なくなる。 ─作戦その壱。 “まずはコミュニケーション” …クリア? ─作戦その弐。 “ナツさんを知る” 一応クリアかな? ─作戦その参。 “携帯の番号を聞く” …クリア! じゅ、順調過ぎて…。 何だか怖いかも。 いいのかな、なんか。 でも、 ─バッグに手を伸ばして、 携帯を開いた。 さっき赤外線で受信したデータを、表示させた。 んー。 うん。 聞いたからには…。 やっぱり今日のお礼をしよう。 メール新規作成、 の画面を表示した。 (携帯)
■和美のBlue 15 □つちふまず ん〜っと…。 暗い部屋。 光る携帯。 〉今日はありがとうございました。 出だしはこれでいっか。 後は…、 〉今日はありがとうございました。また連れてって下さいね! ………。 んー。 違う気がする…。 何か図々しくない? カタカタ、とクリア。 えーと。 〉今日はありがとうございました。これからも頑張ります!売り上げアーップ! …。 違うなぁ(涙) あーん何て書けばいいの〜! 「うーっ!!」 ジタバタと。 またベッドの上を泳いだ。 その時。 〜♪〜♪ ………。 突然の、メール着信。 慌てて携帯を持ち直した。 ま、まさか。 ゴクリ。 震える指で、 メールを確認するボタン。 ピ、と押すと。 差出人─ 『村上 奈津』 ぎゃあ!! ナツさん! 顔、が。 にやける。 さらにドキドキして…。 メールを開く。 〉ネギミソ気に入ったかな?今日はお疲れ様。 〉カズさ。土曜日、出来たら早く出勤出来ないかな? 〉新しいユニフォームを試着して貰いたいんだ。 〉来れたら来てねヾ(*'-'*) ………。 え。 あ、あの。 土曜日…は。 もちろん早く行くけど…、 最後の。 これ。 ヾ(*'-'*) これよ。 ナツさん…。 顔文字とか、使うんだ。 意外………。 っていうか…ね? 「かわいいーっ!!」 ジタバタジタバタと。 また泳いだ。 好き。 本当に好き。 こんなに好きになった人。 今までいない。 メールの返信を、急ぐ。 〉はい!行きます! 〉ご馳走様でした♪(^人^)♪ 送信完了。 携帯を見ては。 閉じては。 見ては。 ウフフと。 ニヤニヤと。 ナツさんからのメールを表示したまま。 握ったまま眠った。 (携帯)
■和美のBlue 16 □ちふまず 金曜日─ 作戦その四。 “自分を磨く” まずは…。 ここから。 ─いらっしゃいませ 「17:00に予約してます…。相川です。」 “はい、承っております…お荷物、お預かりしますね?” まずは。 美容院。 「いらっしゃい。」 小さく頭を下げながら。 私の頭の形から、 髪質まで知り尽した…。 美容師のマイさん。 ベリーショートの銀髪が。 色白の肌に。 キマってる人。 「今日はどうする?」 私の背後に回って、 手を後ろ髪に差し入れる。 どれ位伸びたか確認してくれている。 「あの…マイさん。」 「ん?」 「ガラっと変えちゃって下さい。」 あの人に。 あの人にもっと、 気付いてもらえる位…。 「ガラっと?」 「お願いします…。時間がないんですよ〜。」 「あれ、今日は急ぎ?」 背の高いマイさんは、 私の顔を覗き込んだ。 「あ、ううん今日は急いでは…ないけど。」 「そう?んーガラっと。ガラっとか…。」 そうだなぁとマイさんは。 苦笑いした。 「はい。イメージチェンジってやつ、したいんです。」 「イメチェンか。…ばっさり切る?」 似合うと思うよ、と。 マイさんは私の肩に乗った髪を。持ち上げた。 「ショート…は。幼く見えそうだから、ちょっと…。」 ただでさえチビっ子だし(涙) だから怖くて、 ショートにした事ない。 「短くした事ないよね?」 いつも毛先だけだもんね、 と、マイさんは手ぐしで。 私の髪を整えた。 「うん。ないです。」 似合うのかな〜。 全然想像つかない。 「切っちゃダメ?」 ふふん、とマイさん。 え。 本当にショート? 「ショートですか?」 「うん。絶対似合う。前からずーっとそう思ってたよ。」 「本当ですか?」 ショートかぁ。 うーん。 「任せて。大人っぽくしてあげる。」 どうぞ、とシャンプー台に。 案内された。 大丈夫なのかな…。 ううん。 マイさんの腕、信じようっと。 だってマイさんの言った…、 “大人っぽい” これ。 作戦その四の…。 キーワードだもん。 超重要! (携帯)
シャンプーが終わり。 「でもまた何でイメチェン?」 シャキシャキと。 マイさんのハサミは。 テンポ良く私の髪を切る。 「んー。んー。」 「恋かね?」 確信してます、とばかりに。鏡越しのマイさんは微笑んだ。 「あい。ふふ。」 「いいねーいいねー。」 切りがいがある、と。 マイさんはまた笑った。 「すっっごい大人なんです。」 生きてる世界さえも…。 きっと違うんだけど。 「大人、かぁ。」 「うん。でもやっと…少しだけ。ほんのちょっとだけ近付いたような気がして。」 ほんのちょぴっとだけど。 「あら、まあ。」 「わかんないですけどね?」 「大丈夫。可愛く仕上げましょう。」 鏡越しに。 またマイさんは微笑んだ。 「大人になりたーい。」 「動かない動かない。」 「はーい。」 どんどん減っていく、 髪を見て。 ちょっと不安になったけど。 「伝わるといいね。」 「うん。伝わるといいな。」 胸の中に。 暖めていた小さな想い。 少しずつでいいから。 伝えて行きたい。 二時間後─ 「はい、終了…。」 タオルで服に付いた、 小さな毛を。 マイさんは払ってくれた。 「…………。」 「どう?」 「………。」 初めて見た。 私のショート。 こんな感じになるんだ。 ………っていうか。 いい。 いいじゃん!! 長い前髪を残して。 オレンジ系のカラーを入れて。 重く見えない。 「小悪魔ショートボブ。」 いっちょ上がり、と。 マイさんは鼻を擦った。 「小悪魔…。」 す、素敵な響き。 「柔らかい上に細いから、ペッタンコにならないようにね。」 内側からドライヤーかけて、と。マイさん。 「仕上げにスプレーワックス軽くかけたらツヤが出るから。」 かけますかけます! 「お疲れ様でした。」 「あ、ありがとうマイさん!」 「いいえ。」 小悪魔…、 いい♪ 会計を済ませて─ 「ありがとうございました。」 閉まる自動ドア。 小悪魔でも…。 相手は多分。 閻魔様なんだけど★ でも。 頑張ろうって気になった。 早くナツさんに見せたいな。 (携帯)
土曜日─ シフトは17:00からだったけれど、一時間早めて。 ドキドキしながら出勤。 「おはようございま〜す。」 バーカウンターの近くで。 リキュールの入った段ボールを抱える人影。 「おはよ、…あ!カズ?」 髪切ったね、と。 ヤスさんは両手をチョキの形にして。チョキチョキと。 「はい〜ふふ。」 「いいじゃねぇか。ダハハ。」 照れながら厨房へ。 「おはようございまーす。」 と、誰もいない…。 休憩時間か。 ナツさんは…と。 いないなぁ。 まだ来てないのかな。 厨房を抜けた先に。 スタッフルーム。 その向かいに。 オーナールーム。 現場主義のナツさんは店内にいる事が多いから、 このオーナールームに居る事は少ない。 でもドアが少し、 開いている事に気付いて。 コンコン、と。 ノックして。 「おはよう…ございま、」 あ。 あらら。 ナツさんがいた。 でも。 来客用のレザーのソファに。 もたれるように。 寝てる。 寝てる…。 きゃーっ!! ドキドキと。 ウキウキが。 混じり合った心で。 そっとオーナールームに。 入って後ろ手にドアを閉めた。 とても低くて、 大きなソファ。 店内と同じ物。 肘置きの部分に。 もたれるように。 体にフィットした、 黒のロンT。 ビンテージ物かな。 色褪せた細身のジーンズ。 シンプルが。 高級に見える人。 ホントに本当に。 素敵な人…。 吸い込まれるように。 ソファの下に敷かれたラグの上に、ちょこんと座って。 その寝顔を見つめた。 スースーと。 聞こえるか聞こえないかの。 寝息…。 白い頬に、細い顎。 あ、ソバカス発見(笑) 二重の瞳。 長い長い睫毛。 外人さんみたいな…。 ゆるゆるパーマのかかった、 ショートカット。 疲れてるのかな…。 ふふ。 寝顔は意外と、幼いかも。 普段はギラギラ、 してる感じだけどね…。 触っても、いいかな。 触りたい、な。 そーっと。 手を伸ばして…。 短い前髪に。 触れ、 「…………!」 スッとナツさんの右手が伸びて。 私の手首を掴んだ。 (携帯)
あ……。 え。 掴まれた右手が。 熱い。 「ナツ、さん…。」 目を少しだけ開けて。 「ん………。」 眠そう、な、顔。 視線が絡まって。 思わず目を反らした。 やだ。 ナツさん。 無防備は見たことないから。 恥ずかしくて見れない。 「………誰。」 えっ。 あ、そうか。 髪、切ったから…。 「…私です、カズ、です。」 「………。」 「え。」 グッと手を引かれた、 と思ったら。 ナツさんの上にいた。 訂正。 ナツさんの上に重なるように。 乗ってた(涙) う、 うわーっ!! ちょ、ちょっと。 これ。 どしたら…。 グッとナツさんの手に。 力が込もって。 抱き締め…られて、る。 っていうか、 ほそっ、細いーっ! ちゃんと食べてるのかな? それ、 どころじゃないけど。 ナツさんの腕の中。 暖かい腕の中。 いい匂い…。 顔が首筋に、 埋まるように。 ナツさんの跳ねた短い髪が。私の鼻をくすぐる。 「な、…ナツさん。」 出来るだけ小さい声で。 呼んだ。 「ん………。」 寝惚けてる。 完全に。 誰と…。 間違えてるのかな。 ひーん(涙) でも…、 間違いでもいいや。 もうちょっと…、 こうして…。 「髪…切ったの…。」 え。 閉じていた目を開けた。 体を起こすと。 眠そうな目をしたナツさん。 手を伸ばして。 私の前髪に触れた。 「あ、切りまし、た。」 目を反らして、 体を離そうとしたら。 「いいね。」 触れていた手は。 両手に増えて。 前髪と。 私の耳にかかっていた髪に。 そっと触れた。 ………。 顔、に。 血が登る。 「お、起きてたんですか。」 上から見下ろす。 ナツさんの彫りの深い顔。 「起きてた。」 よ、とナツさんは言った。 「おはよう、ござい、ます。」 なんでこんな体制で(涙) 私が押し倒したみたい…。 「カズ。」 え。 髪に触れていた両手に、 力が込もって。 上から下に。 頭が移動したと思ったら。 ナツさんの顔が超近い…、 訂正。 唇が重なった。 (携帯)
目の前に─ 綺麗な鼻筋。 長い睫毛。 形のいい耳。 柔らかい、唇。 あ。 う。 キス、してる。 キスだ。 リアルに。 何秒かして─ ナツさんの顔が離れた。 「ユニフォーム、着ようか。」 いつものように、 口の端を持ち上げて。 しかも。 ちょっと意地悪そうに。 左の眉だけが上がってた。 「あ、は、はい。」 何がなんだか。 パニック状態。 慌ててナツさんから。 体を離して、 ソファから降りた。 キス…。 しちゃった。 っていうかされちゃった。 きゃあ〜!!! 顔を両手で抑えて。 興奮を落ち着かせようと。 「………と。これね。」 振り返るとナツさんは。 いつの間にか、 デスクの横にあった段ボールから、ラップされた袋を手にしていた。 「カズ。ほら。」 着て、と。 手を伸ばして。 あの、 ナツさん? なんでそんな、普通…、 あのー…。 「あの、ナツさん?」 キスって。 どうして。 「ん。」 何?という顔。 その時─ コンコン、と。 背後にノック音。 「あ、もう来た。どうぞ。」 あれれ。 「ハイ、ナツ。」 振り返ると。 ガチャ、と開くのと同時に。 背が高くて。 髪が長くて。 いわゆる美人が。 そこにいた。 ジーンズにノースリーブを、二枚重ね着して。 華奢な腕がすっごく白い。 カラーのエクステンションが、よく似合う。 「これから着る所。待ってて。」 かけて、と。 ナツさんは。 ソファに促した。 「どうも。」 小さく頭を下げられたので。 「あ、ど、どうも…。」 私もぎこちなく挨拶。 「カズ、着替えて。」 袋を立っていた私に。 ポンと差し出されて。 「あ、はい。」 慌てて部屋を、 出ようとした時。 ドアの取っ手を回して、 また閉めようとした時。 「………」 「………」 何かを囁き合う声がして。 そこに視線を向けると。 デスクにもたれて立つナツさんの首に。 美人さんの腕が絡まって。 キスしてた。 こちらに体を向けた、 ナツさんの目が、 私の目と合った。 ナツさんは。 笑ってた。 (携帯)
何。 何………? なんで。 どうして? ナツさん笑ってた。 意味がわかんない。 更衣室に入って。 荷物をロッカーに入れる。 ラッピングされたそれを。 カサカサと開ける。 中には。 ベージュのパンツと、スリットの入った細身の麻のロンスカ。 2パターン出来るのかな。 そしてサロン。 上は…。 ノースリーブの。 アジアンな模様、 綺麗なオレンジと紫の。 ラインが無数に入った、 ノースリーブのサマーニットだった。 かっこいい。 夏っぽい。 ナツっぽい? ナツさんのセンスかな。 着てみよう。 手早く服を脱いで。 ロンスカに手をかけた。 全てを身に付けて。 鏡の前に立った。 アジアンだ。 うん、可愛い…。 靴はサンダルにするのかな。 上から下まで。 見てみた。 あ。 顔。 私…。 見ると私の顔は。 涙で溢れそうに。 情けない顔をしてた。 「う。」 何でキスなんか。 あの人は…。 誰? 鏡の前で。 混乱した胸の内が爆発しそうに。 なったけれど。 「…………だめ。」 泣かない。 泣かないもん。 まだ泣かない。 ゴシゴシ、と。 両方の瞼をこすって。 私は更衣室を出た。 ─コンコン、 「失礼します。」 恐る恐る開けたドア。 ホッとした。 ナツさんはソファに。 例の美人さんは。 向かい合うように別の椅子に。 二人は離れて座ってた。 「やっぱり私の腕、いいのね〜。」 美人さんは立ち上がると。 嬉しそうに私に近付いて。 肩の辺りや、 スカートの出来を。 確かめていた。 あ、わかった。 デザイナーさんだ、この人。 「カズ。こっち。」 来て、とナツさんは。 手招きをして。 私はデザイナーさんから離れて、ナツさんの前に立った。 腕を組んで。 私の体を。 上から下までチェック。 「うん……。」 真剣な目。 ナツさん。 ね、ナツさん。 何でキスしたの? ただの挨拶? 「うん。これで注文する。」 ナツさんは立ち上がると。 「お疲れ様。戻って。」 私の肩をポンと叩いた。 リセットボタンを。 押されたみたいだった。 (携帯)
p.m20:00─ 「いらっしゃいませ…。」 ナツさんは。 デザイナーさんとの打ち合わせを済ませた後。 “出かけてくる” と言って。 お店を去ってしまった。 「お待たせしました…。」 どんな動作も。 なんだか手に付かなくて。 自分で言うのも何だけど。 上の空。 「ありがとうございました…。」 顔が。 どんどん。 歪んでくのがわかる。 ナツさんとキスした。 ナツさんは違う人と、 キスしてた。 ナツさんにとっては。 多分キスは。 「いらっしゃいませ。」 と同じ位の。 コミュニケーションの一つ。 …なのかな。 …やだ。 やだな。 はぁ……。 テラスで。 夜の闇の中。 小さく砕ける波音を聞いた。 今頃ナツさん…。 あの人と。 ………あ。 ダメ。 抑えてたものが…。 出ちゃう。 「…ちょっと、抜けます。」 パタパタと。 更衣室に駆け込んだ。 ナツさん。 好きだよ。 すっごい好き。 滅茶苦茶好き。 でもナツさんのレベルに。 中々付いてけない。 ナツさんの、 “当たり前” が、私には…。 “当たり前じゃない” 全てが基準外で。 全てが大人。 ダメなのかな。 やっぱり私は、 子どもかな。 こんなに泣けちゃう位…。 好きになっちゃうなんて。 「うぇ……。」 泣いて泣いて。 フロアに立つのは。 30分経った後だった。 (携帯)
作戦その伍…。 家に帰って。 日記を開く。 今日の日付と。 お天気を書いたけど。 その先が進まない。 作戦その伍。 その伍、は…。 ダメ(涙) バッテンを書いて。 作戦その伍を消去。 完全に。 ふりだしにリターン。 作戦なんて…、 もう立てられないよ〜! ジタバタと。 またベッドの上で泳いだ。 はぁ…何やってんだろ。 馬鹿みたい…。 手を伸ばして。 バッグから携帯を出した。 ナツさんが入れてくれた、 この前のメール。 何度も読み返してみる。 「ふぇ〜ん。」 バサ、と枕に撃沈。 今頃ナツさんは…。 あのデザイナーさんと。 …ダメ。想像すると頭おかしくなる。 考えないようにしよう。 ベッドから降りて。 キッチンまで歩く。 小さな冷蔵庫を開いて。 ミネラルウォーターのペットボトルに口を付けた。 ふぅ…。おいし。 シャワー浴びて、 寝ようかな…。 〜♪〜♪ 携帯。メールだ。 開いて中身を確認する。 あ、ヤスさんだ。 件名:ブルーポイントクルーの皆様へ。 “今度の月曜日。急遽BBQ開催。用事ない人は来てね〜♪(余り物処分&リキュール再搬入の為)” バーベキュー。 か。どうしよう。 月曜日は授業はない。 だから土曜日と日曜日は。 大抵ラストまでバイト。 んー。 でもなぁ。 何かバーベキューなんて行く気分じゃ…。 ん? カタカタ、と。 画面を下へと移動した。 転送された文章に。 ヤスさんが付け足したのか。 “オーナーも来るよ、カズ☆” とだけあった。 ………。 あ。 ほ、本当に? 「くーっ!!」 またジタバタジタバタと。 ベッドで遊泳。 ナツさん来るんだ! 珍しい〜! 絶対行く!! …っていうかヤスさん。 知ってるのかな(汗) バーテンダーには。 人を見る目が。 すごーく備わってなきゃ出来ない仕事だって…。 いつかヤスさん言ってたけど。 ……よし。 作戦は、やめよう。 サラサラと。 日記にペンを走らせた。 “嫌な事は気にしない” その一行をでっかく書いて。 「むん!」 バスルームに入った。 (携帯)
月曜日─ 雨じゃなくて良かった〜。 快晴! サンサンと。 照り付ける太陽。 梅雨時とは思えない、強い日差し。 アパートからお店までは。 歩いて五分。 海で行われるバーベキューの為に、ビーサンを履いて。 お店までペタペタと走った。 「おはよーございます!」 テラスを駆け上がりながら。 勢い良く店内に入ると。 ヤスさんを始め、 キッチンの人。 フロアの人。 合わせて八人位が。 バーベキューの準備をしてた。 「おーカズ、手伝え〜!」 兎がたくさん跳ねているアロハシャツを着たヤスさんが、 クーラーボックスにザラザラと、製氷器から氷を移していた。 「は〜い!」 お店の目の前は海だから、 夏のハイシーズン前には。 よくこうしてバーベキューをする。 クルーの親睦を深める為に、ヤスさんが毎年。 企画するんだって。 いつも突然だから、全員は集まれないみたいだけど(笑) 下ごしらえをキッチンで。 クーラーボックスを抱えて。 テラスの階段を降りようとした時。 一台の車が。 お店に入って来た。 あ。 ナツさん、だ。 車が違ったから。 一瞬わからなくて。 黒のマセラティ。 セクシーな車…。 一瞬だけ見えた。 白のノースリーブに。 サングラス。 か。 カッコいい…。 思わず地下に入る車を。 目で追い掛けてしまった。 階段を全部降りて。 地下に続くスロープを見ると。 バタン、と。 ドアを閉めるナツさんが見えた。 スタスタ、と。 白いベルトをした。 ベージュの細身のパンツの足が、こちらに向かって来る。 「おはよう、ございます。」 何だか会うたび。 緊張しちゃう。 「おはよ。」 サングラスを外さずに、 ナツさんは私の前を通り過ぎて。 トントン、とテラスの階段を登って行った。 背中を見ると。 パンツを腰履きしている為か。 腰の辺りに地肌が見えた。 あ。 …タトゥー。 チラッとでもわかった。 結構大きな、 タトゥーが入ってる。 ナ、ナツさんらしい…。 きゃあ〜っ。 ドキドキしながら。 クーラーボックスを持ち直して。海へと向かった。 (携帯)
ズンチャ、ズンチャ、と。 レゲエのリズム。 砕ける波音。 「始めるぞ〜!」 「カンパーイ!」 イエーと。 グラスを片手に。 BBQスタート。 タープ(日陰を作る為の屋根ね)の下で。 即席とは思えない位。 豪華なバーベキュー。 食べ物と飲み物のプロが集まってるから…。 とっても美味しい♪ 私はメンバーの中では、 一番歳下という事もあり。 お肉を焼いたり、ヤスさんを手伝ったりと。 そんな中でもやっぱり…。 目で追ってしまう。 折り畳みのビーチチェアに座って、料理長と目を細めて話してる。 やっぱりいいなぁ♪ ナツさん…。 目が離せない。 「カズよそ見しなーい!ほら、氷!」 「あ、す、すみません。」 金髪のモヒカンで。モミアゲと髭が繋がっている、ヤスさん。 シェイカーを振る腕は。 ポパイみたい♪ ブラックフライの緑のサングラスをしてるけど。 本当は人の良さそうな優しい目をしてるんだよね。 「オーナーにこれ、持ってって!」 トン、と即席で設置した木製のバーカウンターに。 ヤスさんはグラスを置いた。 「はーい。あ、これ何ていうカクテルですか?きれーい。」 ヤスさんはふふんと笑うと。 「セックスオンザビーチ!」 「す、すごいカクテル…。」 何てハレンチな…。 「ちゃんとオーナーに、カクテルの名前言ってから出すんだぞ!」 イヒヒ、とヤスさんは嬉しそうに笑った。 「ええっやだ〜!」 「ほらほら温くなる!」 「ひ〜ん。」 グラスを持って。 チェアに座るナツさんに近付く。 ヤスさんを見ると。 “言え、言え、” と。ニヤニヤしてる(涙) 「あ…飲み、物です。」 座るナツさんに屈んで。 グラスを渡すと。 「何?これ。」 ナツさんもニヤニヤと。 やりとりを聞いていたのか。 「あ、セッ、セッ、」 「せ?」 「セックスオンザビー…チで、す。」 ボソボソと言う。 恥ずかし〜(涙) ナツさんはクックと笑った後、 グラスに口を付けて。 「カズ。…これはロングアイランドアイスティーだよ。」 ふっとナツさんは笑った。 「たまってんなーカズ!」 ワハハと料理長は笑った。 んもうヤスさん!!(怒) (携帯)
「ワハハハ!」 「キャー!!」 お酒も回って来て。 みんないいカンジ。 私はというと…。 みんなに飲まされて。 ヘロヘロ。 うい〜。 「よーっし今年も禊、するぞ〜!!」 上半身裸のヤスさんが。 気合いだーっ!と。 叫んでる。 背中から腕にかけて。 ファイアーパターンの、 いかついタトゥー。 おおっ来たな〜! とみんな大騒ぎ。 ミソギ? って…なんだろ? 「今年は…。カズ!お前だぁー!!」 ザッザッと砂を舞い上がらせて。 向かってくる熊…。 間違えたヤスさん。 えっ。 「あ〜和美!頑張って!」 可哀想に、と。 みんなパーッと散ってく。 え!? ……きゃあ!! アッと言う間に。 ヤスさんに抱えあげられて。 「いやー!!」 ジタバタジタバタと。 バシバシ叩いて見たけれど。 アッという間に。 波打ち際。 ま、まさか!! 「カズ。覚悟せい。」 「いやいやいやー!!」 ザブザブと。 海に入るヤスさん。 浜の向こう。 ナツさんを見ると。 クックッといつも以上に、口を抑えて笑ってる。 「和美のミソギー!おりゃ!」 「きゃあっ!!」 ふわっと体が浮いた後。 ─ザブン。 多少加減されたのか。 ヤスさんのほぼ真下に。 落下。 「ぷわっ!!」 顔を上げると。 「今年の夏はいい事あるぜ。」 ニッとヤスさんは。 全身濡れた私に。 笑顔。 ワッハッハと。 浜の向こうでは。 大爆笑。 「んもー!ヤスさん!!」 体を起こして。 後ろから大きなヤスさんの背中に。 思いっきりしがみついて、 引っ張った。 「うわっ!!」 ─ザブン。 「ふふーんだ。」 「このやろ〜!」 「きゃあー!!」 真夏日だったから良かったけど。 良かったけどさ?(涙) 水を吸って重くなった服を引きずりながら。 「おーカズ最高!!」 みんな盛り上がり過ぎ。 ふぇ〜ん(涙) 「シャワー浴びて来いや。カズ近いんだから。」 料理長がワッハッハと。 豪快に笑った。 「ふぁーい。」 ビーサンを片手に。 一旦おうちに戻る事になった。 和美のミソギ……。 いい事あるかなぁ(涙) (携帯)
うう〜。 ち、ちべたい。 ペタペタと。 上から下まで水分を含んだ体を引きずって。 ゴーホーム。 まぁ近いからいいけど。 いいけどさ(涙) ふぇ〜ん。 よれよれと。 アパートの階段を上がり、 鍵穴にキーを差し込んだ時。 「男前。」 下から声が聞こえた。 え? 下を見ると、 トントンと。 階段を登る…。 外人さん。 間違えた。 ナツさんじゃん! 「あ。」 「シャワー貸して。」 スタスタと。 私の正面に立つ。 「え。」 「カズの次でいいから。」 ひどい頭、と。 ナツさんは長い指で。 私の前髪を撫でた。 「あ……はい!」 慌てて鍵を開ける。 シャワー? シャワーって!! 「どどどどうぞ。」 「ん。」 ナツさんが。 うち。 うちにーっ!! パタンと閉めると。 ナツさんはサンダルを脱いで、 中に入って行った。 「す、すみません散らかって…、」 慌てて私も。 ビーサンを脱いで、 部屋に入ろうとすると。 「そのまま。ゴー。」 バスルームを指差して。 ナツさんは口の端を持ち上げた。 「ははは、はい!」 また慌てて。 バスルームへ入る。 濡れた服を。 最速で脱いで。 すぐにお湯を出した。 ちょ、 ちょっと待って。 変な物なかったかな…。 部屋の中。 ああっ! 食べかけのピザ…。 そのまんまだ(涙) トリートメントもそこそこに。 多分8分位で、 バスルームを出た。 あ。 やば。服…。 着替えがない(涙) うぇ〜ん。 バスタオルを巻いて。 「失礼、します…。」 自分の部屋なのに。 無茶苦茶緊張して。 ドアを開けると。 わわっ!! ベッドに寝そべる、 ナツさんがいた。 何かをジッと見て。 「あ、シャワー、どうぞ、」 ナツさんを見ずに。 前屈みで。 クローゼットを開けると。 「ん。」 ナツさんは体を起こして。 私の横を通り過ぎようとした時。 「可愛いパンツ。」 ええっ!! ナツさんを見ると。 あれ、と。 指を差した先に。 下着干し。 水玉のパンツが。 そこにはあった。 撃沈↓ (携帯)
サー、サーと。 水が流れる音。 「…………。」 服を着た私。 ベッドであぐらをかいて。 考え中…。 ナツさんが。 シャワーを浴びてる。 いやナツさんだって人間だから…汗ばんだらシャワー位。 浴びるんだろうけど。 うわ〜っ!! バタン、とベッドに横たわると。 クンクン。 あ。これ、 ここに寝てたから…。 いい匂い。 甘いようでいて。 柑橘系。 あーこのまま。 死んでも…、 「眠いの?」 えっ! 顔を上げると。 いつの間にバスルームを出たのか。 バスタオルを頭から被って。 黒のフレアパンツ。 上も。黒。 ホルターネックタイプの。 キャミソール。 シルバーのチェーンタイプの、ベルトをしてる。 「あ、あれ?」 服が違う…。 良く見ると手に。 白い袋があった。 「さっぱりした。」 化粧水、借りるよ、と。 小さな鏡台の前に。 ナツさんは立った。 「は、はい。……あ。」 背中が大胆に開いているデザイン。 初めて見る、 背中のタトゥー。 「すご…い。綺麗…。」 鏡越しにナツさんは。 ん?と眉を上げた。 「人魚、ですね。」 こちらを振り返るような、 姿勢の。 セクシーなマーメイド。 「ああ…これ。」 ナツさんも背中の人魚みたいに。こちらを振り返った。 「はい。」 「ん。」 とだけ言うと。 私の隣に。 ゆっくり近付いて。 座った。 わわわわ。 「焼けたね。」 頬の辺りを。 長い指の腹で。 触れられた。 「あ、は、はい…。」 恥ずかしくて。 うつ向いた。 だって凄く凄く。 湯上がりで。 かっこいい服で。 全然なんだか、 違うんだもん。 「あの、どこか…行くんですか?」 ナツさんの格好は。 さながら。 パーティー仕様。 「うん。ちょっとね。」 外していたフランクミューラーを。右手にした。 「そうですか…。」 寂しいな。 今日は夜まで一緒に…。 いられるかなって、 ちょっと期待…。 「カズ。」 「え?」 「カズも行くか。」 だな、という顔。 「ええっ!」 「行こう。」 ど。 何処行くんですか?? (携帯)
夕陽に染まった。 海岸線。 静かに進むマセラティ。 窓を開けていたから、 風になびくのがわかる、 私の髪。 口に入った長い前髪を、頭を振って払った。 「私です。…はい。」 ナツさんはハンドル片手に。電話中。 「ええ。カズ、連れて行きます。…はい。」 相手は…ヤスさんみたい。 それにしても。 道路交通法なんて。 ナツさんには。 関係ないんだろうなぁ。 だけどね?ナツさん。 マセラティ。 外車ってよくない。 すれ違う、車、車。 みんなこっちを見るのが。 助手席からありありと。 「はい、失礼します。」 ヤスさん…。 ニヤニヤ顔が。 目に浮かぶ(涙) ナツさんはBGMの音量を。 少し上げた。 なんか。 え、映画みたい…。 感動(涙) 「少し走るよ。」 見るとナツさんはサングラスをしてるので、 口の端が持ち上がるのだけ。確認出来た。 「あの…何処に行くんですか?」 「ん。レストラン。」 レストラン。 って…。 ナツさんが言う、 レストラン、とは? ガストじゃないよね…。 「こ、こんな格好で、いいんですか?」 私の格好。 裾を絞れるタイプの。 楽なカーキ色の綿パンと。 青いタンクトップ、と。 サンダル。 「いい。カズらしい。」 よ、と。 こちらを見ながら。 ナツさんは煙草をくわえた。 う。 うわわわわわ。 まためまい、が。 私最近こればっかり(涙) 「どこまで、行くんですか?」 車は海岸線から離れて。 大きな道路へ。 合流していく。 「都内。」 とだけナツさんは言った。 都内…。 こ、これはもしや。 デートというやつでは。 「お腹は空いてる?」 「空いてます!」 ミソギのせいで全然食べてないし(涙) 「期待していい。」 と言って。 灰皿にトントン、と。 灰を落として。 またそれをくわえた。 何処まで行くんだろう。 流れて行く景色。 静かに流れるサウンド。 何処までも連れてって。 なーんて言えるはずもないけど。 大・興・奮! (携帯)
車は高速に入り。 チャカ・カーンが静かに響く。 暫く沈黙だったけど。 「カズさ。」 ナツさんが口を開いた。 「はい?」 なんでしょう。 「卒業したら、どうする?」 あ。…進路かな。 「ん…それ話そうと思ってました。」 そうだ。 ナツさんには話さなきゃ、と思ってた。 「ん?」 「今のお店で…働いちゃダメですか?」 栄養士の資格を取ったら。 フロアだけじゃなくてキッチンもやってみたい。 「…………。」 ナツさんは長い指を。 頬に当てた。 「やっぱダメ、ですか…。」 「…いや、そうじゃない。」 「え?」 ナツさんを見た。 「やりたい事、やりなさい。」 「…………。」 「うちに縛られる事はない。」 学費の事…かな。 「違います。働きたいんです。ダメですか?」 私あのお店、 凄く凄く。 好きだもん。 「そうか。」 ナツさんはフフ、と。 一つ笑った。 「はい。…ふふ。」 「ありがとう。」 え…。 “ありがとう” やだ。 なんか凄く。 嬉しい…。 「頑張ります。」 もっともっと。 「ん。」 ナツさんは満足したように、微笑んだ。 「あ、ナツさん。ナツさんのお店って…、他にもあるんですよね?」 あと二店、あるって聞いた。 「ん。中目黒…。恵比寿。…と、鎌倉。」 中目黒。 お洒落っぽーい。 「行ったみたいです。」 どんなお店なんだろ。 「………ん。」 あれ。 ナツさんの答えが。 一瞬遅れた、ような。 「今度ね。」 「はい!」 やったぁ。 車はいつの間にか、 高速を降りて。 市街地へと入った。 海とは違う。 人の波と。 たくさんの車。 ナツさんは本当は。 こっちがホームなんだよね。 海も似合う人だけど…。 「何処に停めるかな。」 少しスピードダウンして。 ナツさんはタイムズを見付けて、そこに入った。 「到着。」 ナツさんはすっかり暮れた回りを眺めた後。 サングラスを外しながら、 車を降りた。 ビルの谷間。 黒いセクシーな服に、 身を包んだナツさん。 やっぱり何処でも。 カッコいい。 (携帯)
続く 面白かったらクリックしてね♪ Back PC版|携帯版