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□つちふまず


「行くの?」 「………うん。」 ドアを閉めた後は。 細い通路へ続く道へと。 簡単な決意は。 いずれ変わって行く思い出への。 細いスタートライン。 ここからが。 きっと始まりになる。 思い出してみると。 私はあまり。 数年前までの学生生活。 成績に自信はないな。 もっと努力をしている同級生を何人も知っているし。 投げ出した事も何度もあった。 けれど誰にでも。 得意科目というのがあって。 私にしてみれば、 『美術』 これは好きだったせいも、手伝って。結構いい成績だったかな。 うちには駄作だけど。 私自身が書いた、 海の油絵がある。 『体育』 足は早い方だった。 泳ぐ方が得意だったけど。 無難にこなしたと思う。 今は息切れ起こすけど。 『数学』 計算式や、数列。 嫌いじゃなかったし、 数字の持つ規則性や。 正確性。そして何より。 答えが一つであるという。 シンプルさ。 それが好きだった。 一番得意だったのは。 『国語』 理由として。 国文学の博士課程を、母が卒業している事もあり。 小さい頃から文字に触れる事は、海を見るのと同じ。 当たり前のものとして、 私の隣には。 いつも活字があった。 母の書斎には。 当時の面影そのままに。 文学と呼ばれる作品を。 一通り目を通した。 大学に入り。 方向性の定まらなかった私には、都合のいい教科があった。 『心理学』 数字と人間性。 そして判断力と。 想像力。 心理学と一口に。 言う人は多いけれど。 社会学。 教育学。 統計学。 経済学。 語学。 宗教学。 まだまだある。 全てを網羅しなければ、 心理学という広いカテゴリーに。片足踏み込むだけ。 大学生活を。 必死に勉強したのは。 間違ってなかったと思う。 もちろん遊びもほどほどに。恋愛はそこそこに。 途中留学したりして。 割とありがちな普通の学生生活を送って来たと思う。 そして。 マスメディアの世界へ。 虚構と真実が同居する。 ビジュアルではなく。 敢えて活字の世界に。 マスメディア。 真実を伝えているのは。 どれ位だろう。 報道という分野を、 ほんの少しかじって。 気付いた事。 真実は。 人の作り上げたモノでさえも。真実となる。 心理学の中でも。 大衆心理学、という分野。 私は一番好きだった。 さて。 そろそろ…。 書こうかな。 これを読んで。 どう思うかな? あなたのイメージ。 あなたの思い違い。 あなたのあの時。 私のあの時。 一流の。 エンターティナーは多分。 深い人間性と。 瞬時の行動力と。 嘘を真実と思えるだけの。 ハッタリ。 それが備わってなければならないと思う。 不思議な物で。 人間は他人の生活や、 行動範囲が。 凄く気になるもの。 恋愛もそうだろう。 性も同じ。 旅を通して。 恋愛を体験する番組の制作スタッフと会った事がある。 これを伝えていいかはわからないが、収録のほとんどがヤラセである事を知った時。 その大胆なハッタリは。 そうだろうと前もって思っていた浅い認識も崩れた。 そこには視聴率という、目には見えない利益が絡むとはいえ。 ヒトは造られた恋愛でさえも、切なさを感じ、涙をし。 また共感する。 番組がどうこうではなく。 ヒトの不思議さを。 単純さを。 改めて認識して。 私は何故か感動した。 では真実は? HP上の日記や。 無数に存在するブログ。 「電車男」が。 なぜベストセラー? 人はリアルな物を。 もっともっと自分に、 重ね合わせられる物を。 常に求めているから。 書いていて。 徐々に自分自身への、 興味が向いて来るのは。 感じていた。 狙い通りであったとしても。あまり嘘は感じさせたくない。 幸せを感じるなら。 面白さを感じるなら。 そこでとどまらせる。 なぜなら。 寂しさを感じるのは。 リアルなモノに触れた時だけで、充分だと。 私も知っていたから。
彼女と出会ったのは。 まだ私が…。 いわゆる右も左も分からない頃。 国際関係の部署に就いていた彼女と知り合うきっかけになったのは。 『分煙化』 のお陰だったと思う。 同じフロアである私達は。 その当時まだ喫煙組だった私が足を向けた喫煙所に。 彼女がいた。 人物像は今まで書いて来た通り。 愛を込めて書いた彼女そのままに。 綺麗という言葉では言い尽せない程に。 けれど外見とは違うその内面の、意外さ、可愛さ、単純さ。 話す機会が多くなり。 距離は縮み。 今ではその距離は。 もうないね。
彼女と知り合ったのは。 確か彩子と…。 付き合い始めたすぐ。 「あ、こっちこっち。」 「ごめん遅くなって。」 「こんにちは。」 「こんにちは♪お噂は聞いてます…。はい。」 「いい噂ならいいけど。座って?」 「はい♪失礼します。」 「美人でしょ?」 「だね〜。目立つ…。」 「やめて下さいって。」 「そんなジッと見ないの。」 「あいて!アタタタ。」 「ふふっ。」 彼女は彩子の同期で。 どうしてかな。 口調も。 髪の長さも。 体つきも。 全然違うのに。 何処か似ていた。 似ているとは。 伝えた事は、 なかったけど。 夜に行われる。 儀式と言うか、 習慣と言うか。 「いたっ!」 「ここ?」 グリグリと。 棒を少し強めに。 「痛い!!んもう!」 「あいて!」 バシ、と頭を叩かれる。 前髪が顔にかかる。 「もうちょっと優しく。」 「はーい。」 えーと。 今の部分は…。 足の図がかかれた、 カラフルな表を見る。 「胃腸だって。食べ過ぎ?」 形のいい、 つちふまずを撫でる。 「逆よ…あんまり食欲ない。」 「あれま。」 「大した事ないわ。」 「んーそう?」 「うん、続けて。」 「了解。」 足つぼマッサージ。 いつもビンヒールを履いていたから。 足がむくむのよ、と。 口癖のように。 綺麗な足だった。 凄くね。 ───────────── 「ふーん。」 「足だけじゃなかったね。色々…マッサージは覚えたよ。」 おかげで。 「足の甲に痣があるよね?」 「うん。良く見てるね。」 「シャワー浴びた後、素足でペタペタ歩くじゃない。」 「はは。そっか♪」 「足跡ってなかなか消えないんだよ。」 「ごめん。」 「小さい足。」 「くすぐったいよ。」 「面白い痣だね。」 「世界地図みたいでしょ。」 「うん。」 「宝の地図なんだよ。」 「………ふふ。」 彩子も。 私の足の痣には。 気付いてくれてたっけ。 ストッキングを履くと。 消えてしまう位の痣なのに。 彼女も。 また彼女も。 この痣に良く、 舌を這わせた。
彼女のベッドは。 いつもひんやりしてて。 夏も冬も同じだった。 それでも行為の後は。 熱を持って。 「睫毛が長い。」 「良く言われるよ。」 「凄い汗ね。」 「シャワー浴びてくるよ。」 「いらないわ。」 「彩子も長いね。」 「ん?」 「睫毛。」 「マスカラいらないかしら。」 「うん。すごく綺麗。」 「もっと言って。」 「はいはい(笑)」 ───────────── 彼女のベッドは。 いつも暖かい。 冬場はペットボトルに残り湯を入れて、前もって暖めてくれる。 夏場は必ず。 前もってクーラーを。 「暑くない?」 「え?」 「暑くないかなって。」 「大丈夫だよ。」 「見えない。」 「何が?」 「何を見てるの?」 「………。」 「何も見てないんでしょ。」 「…………。」 「怒った?」 「ううん。」 「よかった。」 「目を見てたの。どんな色かなって。」 「………目?」 「うん。」 「どんな色に見える?」 「暗くてわからないよ。」 「こうすれば見えるよ。」 「………黒いね。」 「…そう?」 でも。 ここでは。 私は汗をかいた事がなかった。
男性との付き合いも。 それなりに楽しんで来た。 彩子に会うまでは。 「昔は彼氏、いたんでしょ?」 「ん。そうだね。」 「男が欲しい、って思う事はない?」 「男が欲しい?」 「そう。」 「んー竿って事?」 「短的に言うと、そうね(笑)」 「竿ね…。竿。」 「竿竿って言わないの。」 「イテテ。んーいらない。」 「満足出来るんだ。」 「竿と付き合う訳じゃないし。」 「まぁ確かにね。」 「肉まんは好き。」 「…………。」 冗談のように。 でも本当は。 もっと伝えれば良かった。 ──────────── こんな心配は。 きっと誰にでも。 「私がいたら…彼氏、出来ないよね。」 「どうしたの急に。」 「いや、何か…。心配になった。と言うよりも…申し訳なくなった。」 「ベッドの中で…そう言われて嬉しい人はいないよ。」 「ん…ごめん。」 「彩子と別れて…男と付き合う気はないの?」 「全く起きない。」 「そうなの。」 「不思議と起きない。彩子と付き合ってる時以上にない。」 「ふーん。」 「不思議だね。」 男とか女とか。 なんかどうでもいいんだ。 だって一人しか。 一人しかいない。 そうでしょ? 遠距離かどうかは。 本人達が決める事。 「ごめん…ちょっと。疲れてる。」 「そう。わかった。」 車のキーを握るのも、 一杯一杯で。 「ごめん。」 「いいって…大丈夫。」 そんなやり取りを。 何回も繰り返すと。 人間は大抵。 「だから…もういいよ。」 「よくない。何でそうやって逃げる訳?」 イライラして来る。 「………。」 「何で何も言わないの?」 口では勝てない。 元々尻には敷かれてたけど。 「勘弁して…。おやすみ。」 「…………。」 切られる電話。 前はこっちから、 かけ直してた。 でも。 …………。 仕事の責任。 連日の出張。 それと…。 ………。 安全に運転出来る、 自信なんてなくて。 久しぶりに会えても、 修復出来ない日々が続いた。 ───────────── 「それはあなたのせいじゃないんじゃない?」 「…………。」 「忙しいのは彩子も…わかってたとは思うけどね。」 「違う。」 「え?」 「行こうと思えば…行けた。」 「そうなの。」 「うん。」 「でも行かなかった。」 「……そうだね。」 「なぜ?」 「浮気したから。」 「…………。」 「シンプルな理由。」 「そうなの。」 言い訳はないから。 はっきり言う。 …浮気したよ。 彩子は、 気付いてたのかな。 責められた事は。 一度もなかったね。 気付いてても、 知らないフリをしてたとしたら。 やっぱりさ。 意地でも会って。 何度も抱き締めて。 する必要のない浮気だと。 確認すべきだったよね。 小説には書いてないよ。 自分の正当性を…。 あるはずのない正当性を。 愛し合った事実だけ残して。 誤魔化したかった。
夢。 そういえば私の卒論は。 夢分析に関する物だった。 見る夢。 望む夢。 叶える夢。 彼女には夢があった。 彩子の持っている語学力。 それは日本の一企業では持て余す程で。 正直私も。 正確に彼女が何ヶ国語話せるかは知らない。 彼女の実家は大きな農園を持っていて。 日本の田園や畑は比にならない。 私も実際にこの目で見て来た。 彼女はその、 眼下一杯に広がるコーヒー園を見て。 目を細めてたね。 彼女の語学力。 経済知識。 そして商品。 ビジネスとして成功する条件は、揃ってた。 いつか、と。 私も思った事があるよ。 けれど伝える事はしなかったね。 それは後悔してるよ。 でも。 彩子の口から。 その夢の話を聞いたのは。 一回きりだった。 だから。 リアルには感じていなかったんだよ。 本当は確実に。 その夢に向かってたんだよね。 “アンディーと走ろう” の最後は。 成田で見送る私そのままに。 帰りの車は。 霞んで前が良く見えなかったのを、覚えてるよ。 馬鹿だよね。 私の小さな頃の夢は。 “イルカの調教師” だったっけかな。 すっかり忘れてたよ。 別れた理由は。 方法として。 それしかなかった。 でも。 「戻ろうと思って。」 「……どこに?」 聞かなくても。 何と無く。 「両親の所。」 想像はついていた。 「…………。」 「聞いてる?」 「聞いてる。…だから?」 素直じゃなかった。 なれなかった。 「どういう意味かは…。」 「わかるよ。」 「……そう。」 実感がなかったから。 即答出来たんだよ。 だって私達は、 どうあったって。 さよならは存在しないはずだと。 「いつ?」 「七月には戻るわ。」 「……仕事は。」 「もう、辞表は出した。」 「………そう。」 あるはずがないと。 さよならなんて。 名古屋と東京。 それだけでも、 無理があったんだよね。 だから。 海を越え、 国境を越え。 時差を越えて、 帰るという事は。 それしか道は、なかった。 でも。 実感はなかった。 ──────────── 「あの時どう言えば、なんて。考えたくないよね。」 「ん?」 「相手に…もう別れようって言われた時。」 「うーん。」 「思うんだけどさ。別れようって言われた時って…選択の余地、ないよね?」 「まぁ、確かにね。」 「だったら何も言わずに…。いなくなればいいのに。」 「でもそれじゃ、自分自身に対してのけじめが付かないんじゃない?」 「………かな。」 「辛いよ、言う方もね。」 わからなかった。 だって。 お互い好きなのに。 何で別れる必要があるのか。 わからなかった。 それさえも。 思い違いだったのだと。 後から気付いた。 ごめんね。
それでも。 徐々に実感を。 いい加減。 焦り始める。 「遠いね…。」 「遠いわね。」 「行った事あるから余計にわかる…。遠い。」 「……そうね。」 「すぐに行ける距離じゃないね。」 「…………そうね。」 距離は大切だと思う。 努力して伝えられるだけの、 ぬくもりを伝えられる距離。 彼女と私の距離は。 多分この時点でもう。 離れ過ぎてた。 ───────────── 人は都合がいい。 「耐えられない。苦しくて。」 「…………。」 「せめて…。東京と名古屋位だったら良かったのにね。」 人は都合がいい。 「そうだね。」 「ここから掘ったら…会えるかな。」 「………。ぷっ。」 「裏側だし。スコップ買って来ようかな。」 「買っとくよ。」 「本当に?」 「うん。」 「固いやつね。」 「わかったわかった。」 人は都合がいい。 忘れる生き物だから、と。 色んな人が言うけど。 多分そうじゃない。 都合がいいのは。 忘れる方法を他人に求めるからだと思う。 もうダメだと。 これはいよいよ終わりだと。 実感したなら。 「行かないで。」 「…………。」 「行かないでよ。」 「…………。」 「苦しいよ。こんなに苦しいの…嫌だよ。」 「…………。」 「…彩子!」 「一人じゃないんだから。」 「…………やめてよ。」 「ね、聞いて。」 「離して。」 「あなたの周りには。」 「…………。」 「人が集まるの。」 「…何でそんな事。」 「大好き。」 「………嫌だ。」 「大好きよ。」 「……嫌だよ!」 あがいて。 あがいて。 泣いて。 泣いて。 またあがいて…。 ───────────── 「また泣いてる。」 「………ごめん。」 「いいよ。」 「どうすれば…止まるかな。」 「今はまだ無理でしょう。」 「かなぁ。」 「食べなさい。とりあえず。」 「お約束みたいにお腹が減らない。」 「でも食べるの。」 「…………。」 朝食は。 食べなくなったよ。
彩子がいなくなってから。 割と私も普通の人間だった。 認識した。 酒。 夜遊び。 男。 女。 既婚。 未婚。 『手辺り次第』は。 いい日本語だと思う。 寝る必要がなかったから、 体重が1kgずつ、 減って行くごとに。 不可解なモノを見るようになる。 見えないはずのもの。 床が歪む感覚。 手足の痺れ。 ある日耳なりが止まない事に気付いて。 初めて耳鼻科に行った。 ショックだった。 ここじゃないと。 “精神科”だと。 学生時代に学んだ事は。 一体なんだったんだろうと。 帰宅途中。 空っぽだった胃の中の液体を吐いた。 けれど。 医者ってやっぱり凄い。 詳しくは書かないけど。 耳なりが止んで来た頃。 彩子の友人から。 連絡を貰った。 肝臓もやられていたので。 もううんざりしていたから。 正直彼女と。 どうこう、とは。 考えていなかった。 彩子を思い出させる、 モノは。人は。 何モノにも触れたくなくて。 でも。 人は都合がいい。 彼女の。 心配を愛情へと。 変化させるまで。 そんなに時間はかからなかった気がする。 …ひどいよね。 けれど彼女は。 私から離れようとは、 しなかった。 むしろ踏み込むタイミングを。 充分に心得ている大人で。 細い肩も。 鼻にかかる声も。 知的な口調も。 魅力に見えた。 失恋は。 人にしか癒せない物だと。 いつか言ってくれたね。 友人に会った。 ただし失恋の相手を。 『女』とは言わずに。 「ふーん。」 「ふーんて…。もうちょっと慰めるとか…ないのかな。」 「言葉のかけようがない。」 「確かにそうかもね。」 「やめなよ、そういうの。」 「え?」 「見ててあんまり良くない。」 「………。」 「ヤケになって働いて、呑んで、暴れて。」 「暴れてはないって。」 「ボロボロなんでしょ?」 「今は平気。」 「何ていうかさー。」 「ん?」 「本にでもしちゃえば?仮にも文章書いてるんだから。」 彼女は物書きだ。 いわゆるプロ。 「……やだよそんなの。」 私の仕事は構成だし。 それに。 「意外と面白いかもよ。」 「アンハッピーエンドなのに?」 「悲しい方がウケるのよ。今の時代。」 「うーん。私文章力ないし…。」 「口は上手いくせに。」 「…………。」 彼女の思い付きは。 意外な方向性へと。 「うーん。」 書いてみる、か。 考えもしなかった。 けど…。 意味があるのかな? 余計辛くないかな。 “人が集まるのよ” 「………。」 そうかな。 プロの彼女に。 何と無くネタを取られそうな気がして。 ちょっと悔しかった。 彼女は私の気まぐれで、 『桜子』と名前を変えて、 イメージそのままに。 後に書く事になる。 …………あ。 …もしかしたら。 …書いてみるか。 ふとした思い付き。 これが始まりだった。 テレビよりも。 新聞よりも。 電車男よりも。 リアルな物を。 時間軸を。 私が操っている事に気付いたのは。 二つの作品を書いた後だった。
この子を書いたのは。 間違いではなかったと思う。 「相変わらずですね。」 「そう?」 彼女の特徴。 モデルを職としていた学生時代。 細くてしなやかな体。 細いだけでなく。 “匂い”があった。 「おいしい〜!」 「だね♪」 顔の傷は。 きっと彼女の心にも、 傷を残したはずなのに。 おいしい物はおいしいと。 楽しい事は楽しいと。 寂しい時は寂しいと。 そして甘え上手。 駅ビルのポスターだけでは、多分見えない事だったんじゃないかな。 写真の知識はあったから。 何枚か撮らせて貰ったね。 「大丈夫ですか?」 そう。 この子はするどい子だった。 レンズ越しに見る目は。 柔らかな視線だったけど。 「……大丈夫だよ。」 そう答えるしかなくて。 それでも。 「無理はダメですよ。」 お約束なセリフでも、 例えば一度は愛した人なら。 心に響く。 単純に思った。 まずはこの子から書いてみようか。 好きではないと言ったら嘘になる。 彩子と彩子の間に。 愛したこの子。 多少の誇張は。 許してね。 まだあの写真は。 私の部屋にあるよ。 失敗は。 自分を。 主人公にした事かな。
意外な事がわかった。 記憶を辿り。 多少の誇張や、 シチュエーションを加えて。 書いた私の物語。 “続きが読みたいです” “すごく面白いです” マジで。 うーん。 ここまでは…。 良かった。 調子に乗った私は。 「それなら。」 続きを、 書いてしまった。 breakfastと。 題を打ち。 彼女と私が。 一番大切にしていた時間。 朝食、の時。 書き終えて。 またたくさんの反響。 びっくりした。 自分の過去が、 ここまで誰かに…。 さて。 この時は確か…。 ああそうか。 去年の冬は。 彼女の実家へ。 遊びに行ったっけ。 行ってもらおう。 その方が。 リアリティがある。 思い出から抜け出せないのなら、いっその事。 そこにいればいい。 少なくとも。 生き続けるには。 想いを思いのままに。 遠く離れた。 戻らない恋人へ。 年が明け。 私が書いたのは。 “冬のエトランジェ” タイトルはいつも、 適当に当てはめる。 このタイトルにした理由は。私の置き忘れたCD。 いつもかけてたよね。 「この曲いい。」 と、その一言で。 その日の内に。 タイトルを決めた。 結構影響力があるんだと。 書き終えた後に感じたよ。 あなたの言葉。 愛してないと思ってたのに。 小説の中にも。 あなたを。 結構人気があったよ。 悔しかったのかな。 何故か私と彩子も。 お遊びで登場させた。 不思議だったね。 書いてて面白くなった。 思い出の中に生きようとした私は。 自分自身の書いた物の中に。 錯覚し始めた。 その渦に入る心を。 必死に食い止めてた。 結局は逃げだったんだね。 それに気付いて。 フィクションにする為に。 割と書き変えたよ。
それから─ 「元気そうじゃない。」 「冬は半分位だけどね。」 車椅子に乗った友人は。 古い付き合いで。 以前公共のプールでバイトしてた時に知り合った。 「ご飯奢ってね。」 「ええっまた?」 「稼ぎが違うんだからいいでしょ。」 「ううーむ。よし!」 何でも言い合える友人は少ない。 年下なんだけどいつも…。 私の方が彼女の説教を存分に聞いて。 何故か私がご馳走する。 不思議な関係。 でも。 「笑える。」 と、言ってくれるたび。 何処かで癒されていた。 私は彼女の生きる姿勢。 その何もかもが。 カッコ良くて。 素敵で。 儚げで。 凄く凄く尊敬している。 「肩に乗ってそうだから。」 と、彼女が連れて来たリスは。随分大きくなったよ。 小説にも書いたね。 その後の言葉は書かなかったけど。 彼女をモデルに。 “アンディーと走ろう” を書いた。 これはかなり短時間で書いたと思う。 ケイへの尊敬の気持ちを。 そのまま文字に起こした。 大人になってしまうと、友情を伝える事は少ない。 けれど。 こういう表現の仕方もありかなと思うんだよ。 リスを貰った本当の理由は。 「失恋祝い」 だったね。 今では大分、 私になついてるよ。 (携帯)
nasty girlを書き終えた頃は。 彼女が過去へと。 時間が連れて行ったなと。 認識し始めていた。 いい意味で前向きに。 小説の中では、 生き続けていたけれど。 それは別個の人として。 私もリオとは別個の作者として。 レスに対しては。 リオで答える時と。 私が答える時と。 使い分けていた。 自分自身を出すのが。 益々怖くなって行った。 でも不思議と。 今の彼女との関係も、 良くなっていった。 距離は時間と。 いい関係にある。 会えない距離は。 忘れる時間を増やして行くのに、好都合だった。 彩子。 何度叫んだかな。 でも少しずつ…。 前へ進んで行く感じが。 してたんだよ。
彩子と別れて数ヶ月。 彼女とはうまく行っていた。 比べないと言ったら嘘にはなるけれど。 関係を切る理由もなかった。 虚構の世界は。 次第にリアリティを、 更に増す事になる。 HPを持つ事は。 危険性もあった。 でも。 “恋がしたくなりました。” “好きな人に想いを伝えます!” “凄く面白い!” 嬉しかった。 自分の文章が徐々に。 影響力を持ち始める。 真実は脇へ置いておいて。 元気になって行く、 この世界の誰か。 暫く活字を目にしていない、何処かの人。 それならいい。 もっと近い距離で。 見せよう。 幸せはそこから、 私も少し貰おう。 落ち着き始めたある日。 彩子から連絡があった。 日本に住む弟が。 亡くなったと。 驚いた半面。 どうしようもなく、 胸がざわついた。 ごめん彩子。 連絡をくれた事は。 正直嬉しかったよ。 戻って来るって事だから。
「いつまでこっちに?」 「さ来週までいるわ。色々後片付けもあるし。」 「残念だよ。何ていうか…。」 悲し過ぎるお葬式だった。 「アンタが泣く事じゃないでしょ。」 「でも…やりきれないよ。」 「またこうして会う事の方が…不思議よ。」 「え?」 「……なんでもないわ。」 「彩子。」 「ん?」 「もし時間が出来たら…。」 「うん。」 「会おうよ。笑わせるのは私の…得意分野だし。」 「泣いてるじゃない(笑)」 「今は…ちょっと。」 「また連絡するわ。」 「うん。……じゃ。」 「………あ、そうだ。」 「え?」 「……なんでもない。」 「…………。」 それから。 一週間後に。 私は彩子に会えた。 ───────────── でも。 「いらっしゃい。」 「…………。」 「どうしたの。会えたんでしょ?」 「………うん。」 「捨てられた犬みたいな顔して…。…ちょ、ちょっと!」 「ああ。」 「どうしたの。」 「………っ。」 「…………。」 「わからない。もうわからないよ。」 「………何が。」 「どうして。」 「………何があったの。」 「妊娠したって。」 「…………。」 ねぇ、彩子。 私にはまだ分からないんだ。 聞いても、 教えてはくれないよね。 でも。 『それ』を聞いた時。 不幸の後の幸せだと。 だから喜ぶべき事だと。 必死に笑って。 笑えてたかな。 どうだろう。 予定日は。 来年の年明けだと。 聞かされた。 苦しかったよ。
彩子に妊娠を告げられたのは。 皮肉にも。 “Motherland” 書き終えた後だった。 これを書いたのは。 彩子が過去の人へと変わって行った証でもあり。 笑いながら書けた事によって。 彩子は虚構の中で。 生き続けると。 そう感じていた矢先だった。 彩子の帰国の日。 私は見送らなかった。 二度目の別れは。 あまりにも辛すぎて。 でも。 もう会わないと。 認識した時。 そこからが別れであり、 想い出へと変わるための。 ……………。 ああ。まだ少しは。 思い出すと。 胸が痛むかな。 つい最近の事だしね。 けれど。 もう会わないと決めてから。 不思議と一回目の別れよりも。 リアルな出来事として。 徐々に受け止めた。 虚構の世界は。 一旦休んだ。 雨は上がると。 還る場所があると。 顔も知らない人に。 応援して貰った。 彩子さ。 妊娠は。 私があなたを諦める。 最高の理由だったよ。
HPを立ち上げた時。 正直迷いがあった。 リオで行くか。 私で行くか。 たくさんの顔の知らない人達の反応を見て。 であるなら。 リオで行く事にした。 遊びは完璧でなければ。 気が済まなかった。 虚構の世界は、 さらに真実味を増して。 もう一人の自分は。 彩子との付き合いを。 その中で、続けていた。 正直私は。 怖かったんだと思う。 真実を書けば。 イメージは壊れる。 だってHPを立ち上げた頃は。 彩子の妊娠を聞かされた後。 何もかもがどうでも良くて。 真美にも手を出した。 今の彼女も、 散々泣かせた。 また耳なりに悩まされ。 全てはまた巻き戻され。 曖昧な関係を。 はっきりさせる事もなく。 でも。 リオはただ綺麗に。 生活してくれた。 ナツを書こうと思ったのは。その辺に理由があった。 変わらなければ、と。 心の奥で感じていたから。 日記まで虚構にしなければ。 成り立たないHP。 リアルさは増しても。 私の心はスカスカだった。
それから。 私は頻繁に。 海に行くようにした。 もういい加減にしようと。 限界が近付いてたんだと思う。 波乗りをする事で。 落ちていた体力や。 自然に敏感に反応する感覚。 食べる事への欲求。 少しずつ取り戻した。 彼女に対しても、 出来るだけ時間がある時は。 会うように。 二人の時間は。 お互いを尊重し合い。 最近やっと、 付き合いのリズムや。 環境が。 整った気がする。 彼女は初めから。 彩子を忘れられない私を。 受け入れていて。 彩子と友人であった事もあり。 お互いを知り合うのに苦労はいらなかった。 むしろ最初から、 甘えてばかりだったから。 もっともっと。 思い遣りを持って。 接したいと思う。 読み返せば。 わかると思う。 リオは掴み処がない。 それは書いていた私自身が。 そうさせてしまったから。 彼女に対してもそう。 ごめんね。 もう彩子の代わりなんて。 させちゃいけないね。 何年かかっても。 一生懸命、 返すからね。
次は。 夏に向かって…。 “和美のBlue” を書いた。 和美の恋愛に対する姿勢は。 彩子を見てるだけだった、 喫煙所のあの頃と同じ。 それが生きて。 片想いの切なさを。 振り向いてくれた時の。 震える心を。 想い出になりつつある自分に驚きながらも書いた。 正直、彩子が妊娠しているのを知ってから。 “Motherland” は読めなかった。 どうしても、 我慢出来なかったのかな。 短編には。 この私の世界のトリックを解く、ちょっとした鍵がある。 でも。 さくらんぼは送らなかったよ。 私が送るべき相手は。 リアルに存在する。 今の彼女に対してだと。 気付いたから。 彩子。 今は彩子は。 何をしてるだろう。 私は大分。 元気になったよ。
意外な事が起きた。 想定内ではあったけど。 ちょっと早いなと思った。 “あなたに近付きたかった” 始まりは確か。 谷崎潤一郎。 だったかな。 たくさんのレスの中。 私に対して。 個人的な何かを、 求めているようなレス。 特に気にもしなかった。 あの頃は。 桜子という主人公。 学生生活を辿りながら、 書いている時。 だったと思う。 書いている私を。 文字を通して。 見ようとするその人は。 ある日。 物語を書いた。 正直。 面白かった。 驚いた。 それからは少し…。 距離を置いた。 何故なら。 私はつちふまずであり。 リアルではない。 触れられるのは嫌だった。 私が今まで造り上げて来た。 トリックを。 夢を見れるちょっとした…。 魔法を。 いとも簡単に解かれるような。 不安があった。 けれど、 ポストを付けたのは。 失敗だったかな。 でも私はいつも。 たくさんのお礼や。 たくさんの励ましを。 貰っていから。 何かしら返したかった。 というのと。 白状するよ。 この人に興味があった。 挑発とも言える、 数々のレス。 告白とも思える。 言葉達。 でも。 危ない賭けだった。 なぜなら。 “小説はどうでもいい” “あなたが知りたい” やっぱり。 そうだったか。 そっけない口調は。 多分癖なんだろう。 いつかはこういう人が。 出てくるかなとも。 予想していた。 最初は。 虚構をリアルに感じ。 いずれ、 リアルはまた虚構に変わり。 その先は、 書いている人間の。 感受性。 人間性。 見てみたいと。 ちょっと物事を、 角度を変えて見る人間。 私もその一人だ。 そろそろネタを。 明かすかなと。 思っていた頃だった。 リアルな暖かさを。 私も必要としていたから。
その人とのやりとりは。 とても不思議な物で。 いつからこんなに…。 惚れられていたのかなと、 思う位。 甘い言葉。 上手なわがまま。 適度な距離。 年下とは思えない位。 多分潜在的に、 似てるんだと思う。 ごめんね。 確かに私は、 無器用なフリ。 してたかもしれない。 けどね。 隣人を愛する事は。 本当は難しい事なんだよ。 確かに付き合い始めの、 甘いやりとりは。 長い付き合いの中では。 失われて行く事もあるだろう。 でも。 所詮言葉は言葉。 そこから発せられる人間の、 一部にしか過ぎない。 どうするかは。 ……………。 やりとりの中身は。 私達だけが知ってる事だから。 ここでは明かさない。 一対一のゲームは。 結構苦手なんだよ。 つちふまずでは、 なくなる訳だから。 私は現実主義者なんだよ。
ねぇ。 彩子。 たくさんの出来事。 たくさんの笑顔。 たくさんの思い出。 たくさんの涙。 その全てが現実で。 私の全てだった。 彩子さ。 どうだろう。 こんなにたくさんの人に。 失恋に共感してくれる事もないと思うんだよ。 だってさ。 少なくとも私の小説を読んだ人は。 リアルに。 想い出を共有してたんだから。 これを読んでいる人は。 きっと今、辛いんだろう。 だってみんなは、 あなたの事が大好きだった。 すごく愛されてたよ。 私の失恋は。 これで。 私だけの物じゃなくなったよ。 馬鹿かなぁ。 でもさ。 こういう愛の残し方もありかなって。 ずっと書いて来たよ。 全てをハッピーエンドにしてきたのは。 あなたを失ったのが始まりだったから。 幸せな文章を。 書いて書いて書いて…。 錯覚するんだよ。 “ああ好きになって良かった” ってね。 愛に溢れてるでしょ? 私の右目は。 視力がほとんどない。 それでも彩子は。 ずっと右側にいてくれたね。 “目で見なくていいから” と。 あの言葉は忘れないよ。 微かに見えた彩子が。 今はもう見えないけど。 左側にいてくれる人。 大切にしたいと思う。 私の右目は、あげるよ。 過去は今に。 やっと繋がる。 今なら未来も。 見えるかな。 ありがとう。
日曜の夜。 「行くの?」 「うん。」 「気を付けて。」 「うん。…またね。」 「うん。」 「See you。」 「………うん。」 「あ、そうだ。」 「ん?」 「いつもありがとう。」 「………ううん。」 「…リョウさん。」 「ふふ。またね。」 さぁ。 リアルか。 そうでないか。 過去か。 今か。 あなたが判断して下さい。 数々の…。 「イメージ」 どこまであなたに…。 依存していたかな? 「今」何を考えてるかって? 書いちゃったな、と。 思ってます。 一番面白いでしょう。 つちふまずは。 あなたの側にいます。 Fin. http://www.hamq.jp/i.cfm?i=tsuchifumazu
完 面白かったらクリックしてね♪ Back PC版|携帯版