■11703 / inTopicNo.1) 桜並木 □投稿者/ うめ 一般♪(27回)-(2005/08/04(Thu) 03:08:25)
志穂は唐突に目を覚ました。 いつもは母親に布団を取られ、フラフラとしながら学校に行くというのに。 志穂は、さっきまでみていた夢のことを考えていた。 桜並木の通学路に誰かが立ってわたしを呼んでいた。 満面の笑みを顔中に浮かべ、両手を広げて立っていた。 顔は… 良く思い出せない。 でも、女の人だった。 おぼろげだが、色素の薄い、今にも消えてしまいそうな女性だった。 おかしい。 困惑という字はまさにこうゆう時に使うのだろう。 女性の夢を見るのは別に変な事ではない。 だけど、起きてからも、胸が疼いてる。 なんなんだろう。この疼きは。 女の人にドキドキするなんて変だ。その上夢の中の女の人にだなんて。 考えるのはよそう。 今日から新学期だ。 高校生活3年間の最後の一年。 張り切って行こう。
■11704 / inTopicNo.2) 桜並木2 □投稿者/ うめ 一般♪(28回)-(2005/08/04(Thu) 03:09:17) 「志穂ー。朝よー。朝よー。朝がきたわよー」 やれやれ、今日も朝から元気な母親が起こしにきた。 ガチャ 「あら。珍しい。一人で起きれるなんて。」 「うん。今日は朝ごはん食べてくよ。」 「あら。今日は雪でも降るのかしら。 じゃ、顔洗って降りておいでね。」 という会話からも分かるように、わたしは朝に相当弱い。 朝ごはんを食べていく事なんてないに等しい。 それにしても変な日だな。 胸は疼くし。朝ごはんも食べれるし。まぁ、それは普通だね。 とてもいい天気。 4月1日。 今日から新しい学期が始まる。 別に何が変わるということでもないのだけれど、 なぜか心が浮つく。 4月は人の心を少しだけ軽くする力がある。 「おはよー」 「ひさしぶりー」 なんてありきたりな言葉が飛び回っているが、その言葉も何処か期待を含んで浮ついているように感じる。 「志穂っ」 後ろを振り向くと親友の真樹が立っていた。 今日も綺麗ですね。とついつい言いたくなるほどの美人である。 「おはよ」 無愛想に挨拶をするわたしに、真樹はいつものように話しかけてきた。 「今日から新学期だね。可愛い男の子はいってくるかな」 「興味ない」 「あー。楽しみだな。今日の始業式ホールでやるんだよね。」 「うん。」 「先生もかっこいい人入ってきたりしてね」 隣できゃーきゃー騒いでる。 ははは。朝から元気だね。 相変わらず眩しいくらいの笑顔でひたすらしゃべる真樹。 傍から見てると、真樹が無理矢理わたしに話しかけているように見えるだろうが、 そんな事はない。 真樹はうるさいけど、人の事を第一に考え、何よりもわたしのことを大事にしてくれる。 ひねくれたわたしに助言をしたり、励ましたり、そっと隣にいてくれる子なんだ。 わたしは無口な方で、よくしゃべる真樹といるのが楽だというのもあるけど、 人として、友人として真樹のことが好きなのだ。 だからわたしたち二人は最高に合ってるコンビってことだね。
■11705 / inTopicNo.3) 桜並木3 □投稿者/ うめ 一般♪(29回)-(2005/08/04(Thu) 03:10:12) クラスにつくと女子のクラスメイトが一斉にわたしたちに近づいてきた。 「志穂、真樹、久しぶりー」 「相変わらず二人とも美人ー」 「この間雑誌で見たよ。」 「仕事どうだった?」 質問攻めです。 わたしと真樹はモデルの仕事をしている。 といってもギャル系の雑誌ではなく、至って普通のストリート系ファッションのモデルである。 友人たちが言うには わたしは月で、真樹が太陽だそうだ。 ご丁寧にも月と太陽に例えてわたしたちのことを話してくれた子が言うには、 わたしは月のような綺麗さ。 暗闇の中でそっと輝いている。 色白で月の光のように輝いている。 細くて三日月のように夜空に紛れてしまいそう。 暗闇のクールな王子さま。 とのことである。 こんな事言われて恥ずかしいのなんの。 真樹は太陽のような綺麗さ。 見ている皆に元気を与える事ができる。 笑顔が太陽のように輝いている。 ひまわりが良く似合う。 誰もが認める絶世の美女。 とのこと。 真樹はこのように言われるのは慣れているのか、 ニコニコと普通に話を聞いていた。 「大変だったよー。でも木村卓矢みたよー。彼って美形だよね。」 真樹が女子生徒たちと一緒に盛り上がっている。 やれやれ。 わたしはそそくさとその場から撤退し、自分の席についた。 かばんから何年も愛読している ヘルマンヘッセの「車輪の下」を取り出して読み始めた。 風が気持ちいい。 友人達の笑い声が聞こえる。 その上わたしは大好きな本を読むことができる。 素敵な空間だ。学校というものは。
■11706 / inTopicNo.4) 桜並木4 □投稿者/ うめ 一般♪(30回)-(2005/08/04(Thu) 03:11:11) 「それでは新入生のみなさん、入場してください。」 これから、新入生歓迎会である。 例のごとく、隣で真樹が騒いでいる。 男好きの真樹が女子生徒から嫌われないのは、オープンすぎる性格のためだろう。 憎みきれない性格の持ち主なのだ。 「みてみて!あの子!可愛いー。」 「そうだね。」 「もう。志穂ったら全く興味ないんだから。」 「いいじゃん。ほら、あっちにかっこいい子いるよ。」 「え、どこどこ」 真樹は全く単純なんだから。 そんなところも好きなんだけどね。 真樹にも良く指摘されるけど、わたしは生まれてこの方恋というものに興味がない。 誰かを好きになるという感情が分からない。 家族、友人、ペット。もちろんそれぞれ好きだ。 だけど、狂おしいほど一人の人を求めた事がない。 高校3年生と言ったら、恋の一つや二つというだろうけど、 わたしには全くないのである。 良く男の子に告白される。 かっこいい子ももちろんいる。 でも、興味がわかない。 手を繋いだり、ましてやキスなんてしたくない。 たまに真剣に考えてしまう。 自分にはそういった感情が欠落しているのか、と。 「それでは、新任の先生を紹介します。」 そんな事を考えていたら、新任の先生を紹介するところまで進んでいた。 ザワッ 一瞬ホール内がざわついた。 「こちら、美術担当の谷崎由紀先生です。」 ホール内の生徒達の視線が一気に谷崎先生へと注がれた。 「すげー」 「わー」 感嘆の声が生徒達から漏れている。 考え込んでいたわたしも谷崎先生とやらに視線を向けた。 一瞬… 動けなくなった… まだ…体が動かない。 「夢の中の…人だ…」 「え?夢の中?」 その声に気付いた真樹が反応する。 「志穂?大丈夫?」 呆然としているわたしをみて真樹が心配そうにする。 「あ、うん。大丈夫。」 わたしは何事もなかったかのように、谷崎先生から視線をはずした。 冷静を装う事が得意なわたしは、しらっとしていたけれど、 胸が… また… 疼きだした…。
■11707 / inTopicNo.5) 桜並木5 □投稿者/ うめ 一般♪(31回)-(2005/08/04(Thu) 03:12:14) 「どうしたのー?なんか志穂、今日変だよ?」 真樹が帰り道、心配そうに声を掛けてくれる。 無理もない。 谷崎先生を見てから、わたしはぼーっとしているのだから。 いつも無口なわたしだけど、 今日は無口な上、ぼーっとしていて、相当変だったことだろう。 家についてからも、わたしはぼーっとしていた。 夢の中ではおぼろげな顔だったが、 確かに谷崎先生だった。 今朝、夢に出てきた女の人は確かに谷崎先生だった。 本人を目にした瞬間、夢の中の女性が誰だったのかはっきり分かったのだ。 そして、 また、 夢を見た。 誰? 何でわたしの頭を撫でているの? なんでわたしの涙を舐めてくれてるの? ―ごめんね。 ―ごめんね。 ―頑張ったね。 パチッ 今日も目が自然に覚めた。 今回の夢ははっきりしていた。 抱きしめてくれていた人は谷崎先生だった。 そして、 谷崎先生がわたしの涙を…。 「おはよー。志穂ー。朝だよー。」 下の階から母が上がってくるのが分かる。 ガチャ 「おはよ。」 「あら。今日も起きてる。どうしたの?ネジ外れちゃったんじゃないの?」 「違うよ。なんか目が覚めるの。」 「あんた、どうしたの?泣いてたの?」 びっくりした。 目尻を触るとうっすらと涙の跡が残っていた。 「あっ。ううん。あくびしただけ。」 咄嗟に嘘をつき、目をゴシゴシとこすって顔を洗いにいった。
■11708 / inTopicNo.6) 桜並木6 □投稿者/ うめ 一般♪(32回)-(2005/08/04(Thu) 03:13:07) 今日から授業が始まる。 始業式が終わった翌日から授業だ。 全くうちの学校は厳しい。 都内で有数の進学校であるわけだから仕方がないと言ったら仕方がないのだけど。 でも、わたしは楽しみだった。 今日は火曜日は美術の授業がある。 偶然にも谷崎先生は3年生の美術担当だった。 もしかしたら、谷崎先生とわたしは出会う運命だったのかな。 そんな子供じみた考えをしてしまう自分に少し笑えたけど、 そう考えないと夢の中に現れた人が、実際にわたしの前に現れるはずがないのだ。 わたしのクラスの男子達も相当盛り上がっている。 美人教師の授業が受けられることが嬉しいのだろう。 3時間目。 とうとう美術の時間になった。 男子達は一目散に美術室に向かう。 わたしはそんな男子生徒たちを尻目にゆっくりと歩いてゆく。 校舎の窓からは校庭に咲いている満開の桜が見えた。 夢の中でも桜が咲いていた。 笑顔でわたしを見ていた谷崎先生…。 どんな声で話すのだろう。 どんな動きをするのだろう。 どんな声で怒るのだろう。 どんな声で…。 声が聞きたくて、聞きたくてたまらなかった。 おかしい。 夢の中であった人物に思いを寄せている。 ましてや女の人。 おかしい。 わたしは、おかしいのではないだろうか。 「おはようございます。 皆さんはじめまして、今年一年3年1組の美術を担当する谷崎由紀と言います。 皆さんよろしくお願いしますね。」 谷崎先生は時間ぴったりに教室に入ってくると自己紹介を始めた。 綺麗…。 声も想像していた通りだ。 眠たくなるような声。 人を安心させるような優しい声だった。 「先生!彼氏はー?」 「先生何歳ー?」 好奇心旺盛な生徒達が次々に質問を浴びせる。 先生は困ったような顔をしたけど、 「彼氏は内緒。年齢は23歳よ。」 「えーーー。」 案の定ブーイング。 男子共は彼氏がいるのかいないのか、どうしても聞きたいらしい。 先生を狙っているのか。 なんだか… イライラする…。 23歳ってことは、大学を卒業下ばかりなんだ…。 今日は手始めにモデルを決めて、皆に描いてもらうということになった。 「じゃあ、モデルは、あなた。 えっと、黒木さんでいいかな?」 びっくりした。 あ、遅くなりましたが自己紹介。 わたしの名前は黒木志穂と言います。 「わたし…?」 「ええ、黒木さんお願いできる?」 「はぁ、いいですけど。」 女子、男子が黄色い声を上げる。 「ひゅー、やっぱり、モデルは黒木だよな。」 「美しいー」 男子共。 綺麗ならば誰でもいいのか。 真樹も一緒になって騒いでいる。 まったく。 わたしはため息をつきながら、中央に置かれたイスに座った。 顔のモデルだったら、真樹の方がいいのではないだろうか。 ふと、そう思ったけど、気には留めなかった。 わたしの方が前の方に座っていたしね。 シャッシャッシャと、紙に鉛筆を走らせる音がする。 珍しく男子生徒たちも真剣に描いている。 先生に気に入られたいがためか…。 皆に見られながらそんな事を考えていた。 後ろの方を見たら、谷崎先生がわたしのことをじっと見ていた。 思わず目が合う。 すると谷崎先生は目をそらす。 なるほど。 先生も描いてるんだ。 谷崎先生に見られていると思うと、また胸が疼いて仕方なかった。
■11709 / inTopicNo.7) 桜並木7 □投稿者/ うめ 一般♪(33回)-(2005/08/04(Thu) 03:14:36) いつもの昼休み。 真樹と屋上でお弁当を食べるのがわたしと真樹の日課だった。 「おいしー。やっぱり日本人は米よねー。」 と、わけの分からぬ理論を話す真樹。 愉快な子だな。 「ねえ。」 「ん?」 もぐもぐと口を動かしながら真樹は視線を上げた。 「わたし、もしかしたら恋…しちゃってるのかもしれない。」 「ぶー」 思わず真樹がジュースを噴出した。 「ええええ?誰に?凄い!志穂を落とす男がいたのね!」 真樹は何だか興味津々だ。 だけど、誰とは言いづらい。 だって、相手は先生だし。 まして、女性だし。 恋というものをしたことがないわたしは、この胸の疼きを恋と呼ぶのか確信を持つ事が出来なかったけれど、 これを恋と呼ばずに、何を恋と呼べばいいのかわからないほどの、胸の疼きだった。 毎週火曜日の3時間目が楽しみで、 その日、学校へ行くのが楽しみで、 谷崎先生の顔を見るのが楽しみだった。 家に帰ってからも谷崎先生のことを考える始末だ。 わたしは恋をしている。 そう自覚していた。 「すごく、言いづらいんだけど。」 「うんうん。だれだれ?」 少しの間沈黙が流れる。 「谷崎先生」ぼそっ 「え?」 「谷崎由紀先生」 「…。っえーーーーーーーー?」 むぐっと真樹の口を押さえる。 「ちょっと。あんまり大きい声出さないでよ。」 「ぎょめん。こほん。…本気?」 「うん…。」 また、沈黙になる。 やっぱり、気持ち悪いと思われるかな。 でも、真樹ならわかってくれる。 そう思って話す決心をしたんだ。 うつむいていた視線を真樹に戻すと、 そこには、 満面の笑みで真樹が腕を広げていた。 バフッ 「うわっ」 いきなり抱きつかれた。 「志穂!良く言ってくれたね。 あのね、うまく言えないけど、 人を好きになる気持ちって何であれ素敵なものだと思うよ。 志穂の場合、相手が女の人っていうだけ。 それだけだよ。 応援するよ。」 ワシャワシャとわたしの頭を撫でながら、 こう言ってくれた。 不覚にも… 泣きそうになった。 「ありがとう。真樹。」 「こちらこそー。志穂ー。」 私たちは益々友情が深まったようです。笑 なんて素敵な親友を持ったんだろう。 抱きしめあいながら二人して、ありがとうと言い合うわたしたちを屋上のほかのグループが不思議そうに見ていた。 そりゃそうだ。 ピーンポーンパーンポーン 『3年1組黒木志穂さん、黒木志穂さん。職員室まで起こしください。』 ん? なんだろう。 「ごめん、真樹。ちょっと職員室いってくるね」 「うん。いっておいで。」 にこにこと素敵な親友に見送られわたしは職員室へと急いだ。 ガラガラ 「失礼します。」 「あ、ごめんね。いきなり呼び出しちゃって。」 なんと、わたしを呼び出したのは谷崎先生だったのだ。 わたしの顔は赤くなる。 ポーカーフェイスのわたしが…。 「どうしても、今日中にお願いしたい事があって。 呼び出しておいて、またお願いなんだけどね。 わたしコンクールに作品を出す事になったの。 それで、今わたしが力を入れてるのが人間なんだけど、 そこで、是非黒木さんにモデルお願いできないかと思って。 だめかな…?」 突然の申し出だ。 なぜわたしなんだろう。 モデルはやっているし、顔は確かに整っているけど、 他にも綺麗な子は沢山いるはずだ。 「なんで、わたしなんですか?」 「なんで?んー。 描く側ってね。自分が興味あるものじゃないと本当にいいものってか描けないのね。 一番初めの授業で黒木さんモデルやってくれたでしょ? あの時も、パッとあなたの顔が目についたのよ。」 「目についた?」 「ええ。なんでと言われると難しいんだけど。 あなたに目がいったのよ。 だめかな、こんな理由でモデル頼んじゃ。」 「ご存知の通り、わたしファッション系のモデルやっていて、 あまり時間取れませんが大丈夫ですか? それでもよければ、やらせていただきます。」 かくして、わたしは仕事のない放課後、谷崎先生と二人きりの時間を持つようになったのである。
■11831 / inTopicNo.10) 桜並木8 □投稿者/ うめ 一般♪(34回)-(2005/08/06(Sat) 21:25:31) 真樹と雑誌の仕事で外にでていた。 「すごいじゃない。 夢のことといい、もしかしたら、運命かもよ!」 真樹には、あの不思議な夢の話も全てしていた。 バカにすることなく真剣に話を聞いてくれる真樹。 わたしはなんて恵まれてるんだろう。 親友というものは、一生に一人出来れば運がいい。 「真樹は最近どうなの?いい人できたの?」 「それが、全く。」 帰り道、真樹とこんな会話をしていた。 以前なら、誰々が素敵だとか、誰々が気になるだとか話していたのに、 ここ最近は何もないらしい。 真樹にも本当に好きな人できたら、話をちゃんと聞いてあげたいな。 そう思っていた。 放課後。 トントン 「はい。どうぞー」 「失礼します。」 美術室の奥の方には谷崎先生用の部屋がある。 わたしはそこに入っていった。 「ごめんね。色々散らかってて。 さ、どうぞここに座って。」 先生は長い少しウェーブのかかった髪の毛を一つに束ねていた。 白くて細い手、 わたしの顔を真剣に見つめる黒目がちの目、 なによりも 「もう少し、横向いてくれる?」 そう、 その声がとても好き。 恋とは突然やってきて、 理不尽にもわたしを落としてしまう、 とてもすごい力を持ったものだった。 先生の中身を知っているわけじゃない。 授業中に生徒達に語りかける先生しか知らない。 なのに、 わたしは先生に恋をしてしまった。 なんでだろう。 見た目? 中身? ううん。違う。 その人が出すオーラだ。 「どうしたの?」 はっとした。 ついつい先生に見とれていた。 「変なの。」 くすっと笑うその表情。 この笑顔にわたしの心は持っていかれてしまった。 夢の中でも、 今こうしている、現実の世界でも。
■11832 / inTopicNo.11) 桜並木9 □投稿者/ うめ 一般♪(35回)-(2005/08/06(Sat) 21:26:43) 放課後のモデルは日課になっていた。 わたしは仕事としてやっているモデルの方はおざなりにしてしまっていた。 先生に会うことの方が大切だった。 色んな人にわたしを見てもらうことより、 先生だけにわたしを見てもらいたかった。 放課後の日課をこなしてくうちに、 わたしと谷崎先生の距離は縮まったような気がする。 廊下で会うと、笑ってくれるようにもなった。 あの天使のような笑顔をわたしだけに向けてくれる。 なんともいえない幸福な気持ちだった。 「ねえ、先生?」 「ん?」 「先生は好きな人いるんですか?」 シャッシャッシャ シャッシャッシャ 「先生?」 「いるわよ。」 「そっか。初めての授業の時、男子達に質問されてましたよね。 彼氏いるのって」 「そうね。」 「その好きな人が今の彼氏とか?」 「違うわよ。 彼氏はずっといないもの。」 思わず、喜んでしまった。 「何よ。笑っちゃって。 黒木さんこそ、恋人いるんじゃないの?」 「いませんよ。」 「じゃあ、好きな人は?」 先生が手を止めてわたしの方を見た。 先生と目が合う。 いや、視線が絡まるといった方が正しいのかもしれない。 言葉につまってしまったわたしは、 「…います。」 やっと、それだけ口にした。 「そう。」 ばれたかな。 谷崎先生のことが好きだって。 授業中いつも目が合って、 わざとらしく逸らしたりしてることで、 ばれてやしないだろうか。 「わたし、多分だけど、両思いだと思う。」 「…え?」 「わたしの好きな人と、わたしは多分両思いだと思うってこと。」 何をいきなり。
■11833 / inTopicNo.12) 桜並木10 □投稿者/ うめ 一般♪(36回)-(2005/08/06(Sat) 21:27:52) シャッシャッシャ いつもの放課後。 何度も何度も、この教室を訪れているというのに、 入る時のドキドキ感、高揚感は日に日に大きくなっていった。 実際、先生とわたしの間に流れる何かも確実に変化していた。 「黒木さん」 「はい?」 「ちょっと下むいて?」 「ああ、はい」 「…」 「…」 「まつ毛、長いのね。」 「あ、そうですか?ありがとうございます。」 「黒木さんの顔って、いろんな角度から見ても、整ってるし、 ずっと見てても飽きないのよね。なんでかしら。」 「あ…、そうなん…ですか。」 ちょっと待って。 そんな目で見つめないでください。 先生…、胸が苦しくなるよ。 「ちょっと、触ってもいい?」 「え?」 先生の柔らかく繊細な手がわたしに触れた。 顔が赤くなる。 「顔、赤いわよ?」 くすくすと笑いながら、わたしの頬を撫で続ける。 この人は、なんでこんな自然に、こうゆうことができるんだろう…。 とても恥ずかしいけど、 先生の手から、温かな何かを感じ取れて、 とても、心地よかった。 ある日、突然先生に誘われた。 「今日、ご飯食べに行かない? 手伝って貰ってるし、お礼したいから。」 「いいんですか?」 「ええ。でも、もちろん皆には内緒ね。 生徒と個人的に仲良くなるのは良くないみたいだから。」 先生のこの言葉に、 少しショックを受けてしまった。 もちろん、食事に誘われて嬉しかったけど、 先生に「わたしとあなたは先生と生徒なのよ」と言われているようで、 少し傷ついた。 先生にとって自分は特別な存在だと思っていたわたしは、 なんだか、現実はそうではないと言われているようで、悲しくなった。 わたしはこんなに子供だったのか。 先生の一言一言で元気になったり、落ち込んだりしている。 いつものクールなわたしは、 先生の前だと、ただの弱い女になったようで、すこし怖かった。
■11834 / inTopicNo.13) 桜並木11 □投稿者/ うめ 一般♪(37回)-(2005/08/06(Sat) 21:29:02) 「はい、焼けたわよ」 ジュージューと煙のたちこめる焼肉屋。 先生は焼いた肉をわたしの取り皿に載せてくれた。 レモンも絞ってくれて、 サラダも取り分けてくれた。 細かいところまで先生の気遣いは行き届いていた。 わたしは撮影で貰った洋服を着て、 先生と焼肉を食べにいった。 夜に、制服とスーツを着た二人組が歩き回るのはおかしい、 ということで、 ロッカーに入れてあった洋服に着替えたのだ。 「おいしい?」 にこにことわたしの顔を覗く。 綺麗だな。 「はひ、おいひいです。」 「もう。」 口の周りについたタレを拭ってくれた。 「あ、すいません。」 自分がとてつもなく子供になったようで、恥ずかしくなった。 それと同時に、胸が苦しくなった。 細くて白い腕がわたし頬をかすめた。 こんな人を抱きしめられたら、と思ってしまった。 もっと、ぬくもりを感じたかった。 「美味しかったです。本当におごってもらっちゃっていいんですか?」 「気にしないの。いつもありがとね。」 「いえ。(嬉しいですから。)」 嬉しいですからの部分は先生に聞こえないくらいの小さな声で言った。 「そろそろ、絵も完成すると思うわ。」 「え。」 それは、もう少しで、先生とのあの時間がなくなってしまうってこと? 嫌だ。 嫌だっっ…。 結局、そんなことを先生に言えるはずもなく、 わたしは変に意地を張り、 「それでは。」と、そそくさと、その日は足早に帰っていった。 わたしは、全く素直じゃないな。 帰ってからも、先生とのあの放課後の日課を思い出し、 とても幸福になり、 そして、その幸福の時間があと少しだということ思い、 とても悲しくなった。 恋は、相当難しいみたいです…。
■12011 / inTopicNo.16) 桜並木12 □投稿者/ うめ 一般♪(40回)-(2005/08/11(Thu) 21:38:12) 昼休み。 真樹と一緒にご飯を食べる。 今日は、真樹の様子がおかしい。 さっきから何も話していない。 いつもの明るい真樹の姿はどこへ?と思うほどの静かさだった。 「真樹?」 「どうしたの?」 「あっ、ごめんごめん。すこし考え事。」 「ふーん。どうしたの?何かあった?」 さりげなく、真樹の悩みを聞いてあげようと、言葉を選ぶ。 「ううん。別に…」 「嘘つけ。何があったのか言ってご覧。言いたくなかったらいいけどさ。」 「あのね。」 「好きな人できた…」 お弁当に全く口をつけていない真樹が口を開く。 いつもよく食べる真樹にしては相当珍しい。 ご飯も喉を通らないほど、思いつめているのだろうか。 「そうなんだ。でも、嬉しそうじゃないね。何か問題のある恋なの?」 そう口にした瞬間にハッとした。 涙がにじんでる。 元気一杯の真樹の目に涙が浮かんでいるのを見るのは始めてのこと。 相当相手のこと好きなんだろうな。 でも、何かあるのかな。大丈夫だろうか。 そんなことを考えて、 ズーッとパックのコーヒー牛乳を飲みながら真樹の返事を待っていると、 突然コーヒー牛乳をひったくられた。 「わっ、なに…」 一瞬何が起きているのか分からなかった。 やわらかいものがわたしの口に触れた。 そう、キスだ。 わたしと真樹はキスをしている。 突然のことに少々パニックになり、 真樹を軽く突き飛ばしてしまった。 「ちょっ、ちょっと、どうしたの?」 真樹はうつむいている。 目には涙を浮かべたまま。 そのとき、遅いけど、確信した。 真樹は、わたしをすき…? 「真樹、もしかして、好きな人って」 「そうだよ。」 「あたし、志穂のことが好きだよ。」 「気付くの遅かった。志穂が先生のこと好きって言われて、 なんかあたしショックだった。 志穂は親友だったから、独占欲なんだと思ってたけど、 あたし、 あたし、志穂が誰かを好きだなんて思うの、凄く嫌だって思ったの。」 間をおき、真樹はついに 「あたしは、志穂と一番近い存在でいたいの。これからもずっと。」 「だから…先生の事は見ないで。お願いだから、あたしだけを見ていてよ。」 そう、口にした。 真樹の涙からは言葉とともにあふれ出した涙が、次々と零れ落ちていった。 幸いにも、屋上にはわたしと真樹の二人しかいない。 「真樹…。」 うずくまり、涙を流す真樹に向かって、言葉をかけた。 「真樹は、わたしにとって、すごくすごく親友だよ。 真樹が苦しい時に何でも話を聞いてあげたいし、 そばにいて、チカラになりたいよ。」 「でも、」 「でもね…。わたしは、谷崎先生が好きなんだよ。」 親友を失うかもしれない恐怖感と戦いながら、わたしは真実を口にした。 ここで優しく、あいまいな言葉を言っても、益々真樹を苦しめるだけ。 「わたしには、真樹は友達にしか見えないんだ。」 「ごめん。」 真樹の顔はみるみる赤くなり、嗚咽を上げ、より一層激しく涙を流した。 「ごめん。志穂…。いきなりキスしちゃって。」 「ごめんね。」 途切れ途切れに、真樹は口にした。 なんて、悲しい午後の光だろう。 そして、なんでわたしは谷崎先生でないとダメなのだろう。 わたしを好きだといってくれる、真樹では、なんでダメなのだろうか。 真樹の唇は涙で濡れて、少ししょっぱかった。
■12012 / inTopicNo.17) 桜並木13 □投稿者/ うめ 一般♪(41回)-(2005/08/11(Thu) 21:38:53) いつもの放課後。 真樹とは、少し疎遠になっている。 真樹は他の友達と楽しそうに話している。 少しは元気になったかな。 心配…。 今日で絵が完成する。 今日で、この幸せな時間が終わってしまう。 先生とわたしの間に流れていた何かも、今日で終わってしまうのだろうか? 真樹との一件で感情が波打っていた。 「長い間ありがとう。 いいものができると思うわ。」 「いえ、お役に立ててよかったです。」 「寂しくなるわね…。」 先生が後姿で、小さな背中で、そんなことを言うものだから… 「せんせ。」 「んっ」 先生がこっちを振り向いた瞬間に抱きしめてしまった。 「先生…。いやだよ。」 「…」 「先生とのあの時間が、すごくすごく好きだったのに。」 「…」 「先生。」 「黒木さん…。あたしも…。」 「え…?」 「あたしも… あなたが好きよ。 …… 分かってたわよ? あなたが授業中あたしのことずっと見てるの。 その視線に特別な光があったことも。 なんとなく気付いてた。」 「せんせ…、じゃあ」 「でもね。」 じゃあと言った言葉にかぶせるように先生は話を続けた。 「でもね、どうしようもないの。 あなたとわたしは先生と生徒でしょ。 それに、これからあなたの人生が大きく動く時に、 わたしのせいで、間違った方向に行って欲しくないの。」 「そんな。 あなたが、あなたがいればいいよ…。」 「だめよ。 今はだめ。 そうね…、 大人になったら、逢いましょう?」 「大人って、 大人っていつから大人なの? 自分で食べていけるようになってから? それってすごく先のことだよ? 先生はもしかしたら、違う誰かを好きになってしまうかもしれない。 そんなのっ、 そんなの嫌だよっ。」 その時、先生は少し笑ったように見えた。 そして、こう言ったのだ。 「大丈夫。 あなたも分かってるでしょ。 大丈夫よ。」 そういって、 先生はわたしの唇にそっとキスをくれた。 真樹のキスとは違い、 甘い味がした。
■12013 / inTopicNo.18) 桜並木14 □投稿者/ うめ 一般♪(42回)-(2005/08/11(Thu) 21:39:36) 夢に出てきたのは谷崎先生で、 実際にその夢の中の天使に会うことができて、 両想いだって分かった。 それって、奇蹟のようなことじゃないだろうか。 そして、その天使はわたしの最初で最後の天使…。 わたしに住所と電話番号を書いたメモを残して、 先生は学校を辞めてしまった。 学校を辞める事は前から決まっていたことで、 新しい美術の先生がくるまでの間という条件だったらしい。 突然のことで、生徒達も混乱していた。 あの素敵な美術教師がいなくなるということは、 思春期の男子生徒にとっては大変なことだったらしい。 先生が辞める日、 美術室には多くの生徒が集まっていた。 男子生徒の中には携帯番号をしつこく聞いていたらしいが、 先生は誰にも教えなかった。 わたし以外の誰にも。 自立した今なら分かる。 大学の時、恋に溺れて挫折していった子を何人も見てきた。 恋とは、人の人生を左右してしまうほど、大きな力を持っている。 まして、学生であったわたしたちには、相当強敵だといえるだろう。 恋をして、本当の自分に気が付いた。 自分は恋愛体質の人間であること。 実際に、先生との日課のためにあの頃していたモデルの仕事も断っていた。 先生とあの頃付き合っていたら、 わたしはきっと先生だけのことしか考えない人間になっていたと思う。 それは今でもかわらないけど、 バランスというものをこの何年間で身につけた。 自分を確立すること。 恋をするためには、そのことを身に付けなければならない。 溺れようと思えば、いくらでも溺れられる。 でも、それはわたしの志とは違う。 そのことを先生はわかっていたんだと思う。 そんな風にして、 現在、わたしは一人暮らしている。 自宅には猫を飼い。 仕事も充実していた。 ある日。 また。 突然目が覚めた。 高校3年生の新学期の時のように。 唐突に目が覚めた。 夢の中で、 また、 女の人が笑っていた。 谷崎先生…。 今回見た夢は、 あの時の続きだった。 腕を広げて待っていた先生に、 駆け寄り、 抱きしめあっている夢だった。
■12014 / inTopicNo.19) 桜並木15 □投稿者/ うめ 一般♪(43回)-(2005/08/11(Thu) 21:40:15) 「おはよ」 同僚の真樹に朝の挨拶をする。 わたしと真樹は、同じ会社にいる。 真樹には現在付き合っている人がいて、 今年中には結婚をするそうだ。 真樹に告白されたあの時、先生がわたしのことをどう思っているのか、 とても不安な時期だった。 正直嬉しくて、甘えたくなってしまったが、 今となってはこれでよかったのだと思える。 今も真樹は大切なわたしの相棒だ。 「おはよー、志穂ー。」 二人で元気に出社する。 二人でやってきたモデル業というものを生かして、 現在同じ業界の仕事をしていた。 自分でもモデルをやり、 事務所も運営する。 大学では経済学といったその他もろもろを勉強して、 現在では、自分達だけで食べていけるようになっている。 「ねぇ、志穂。 志穂はまだ、谷崎先生のこと好きなの?」 朝の通勤途中に突然聞かれた。 「ん。好きだよ。 どうしたの急に。」 「んー、なんか急に思い出したの。 それにずっと志穂付き合っている人いないし。」 「そうだね。」 「どうして、そんなに思っていられるの?」 「いつも、わたし夢を見てるって話してるよね。 谷崎先生が両手を広げて待っていてくれている夢。 それを見ると、先生が待っていてくれるって、 なんとなく分かるんだよね。」 「そう。」 「今日ね。 また夢を見たんだ。 いつもの途中までの夢じゃなくて、 その続きの夢。」 「そうなの?」 「うん。 続きを見れたんだ。 きっと、もうすぐ会えるんだよ。 先生に。」 事務所につき、 その日の仕事をこなしていると、 電話がかかってきた。 わたしにはわかってた。 誰からの電話なのか。 どうしてなのか、とか。 そんな理由はないけど、 その電話は谷崎先生からだと。 分かったんだ。 「もしもし…」 「…」 「もしもし?」 「黒木さん?」 「そうだよ。先生」
■12192 / inTopicNo.26) 桜並木16 □投稿者/ うめ 一般♪(47回)-(2005/08/20(Sat) 18:54:59) わたしはドキドキしていた。 いつか会えるという確信があったため、心の準備はこの何年間でいつもしていた。 しかし、実際に会えるとなると、心の疼きはとめられないものなんだね。笑 今日、 夜、 高校時代の良く使っていた駅の改札の前で、 先生に会える。 夢にまでみた、あの愛しい女性に、胸を張って会いにいける。 ドクドク…と、わたしの胸は仕事中であるにもかかわらず、疼いていたんだ。 ―先生? ―先生もドキドキしてる? ―わたしに会えるの、楽しみにしててくれた? 早く、会いたいね。先生。 「何よー。志穂ったら顔がだらしないわよ」 机に座って、仕事をこなしていたわたしに向かって真樹が言った。 突然話しかけられて少々驚いた。 「ん?顔だらしなくなってた?」 ほっぺたを触りながらわたしは逆に聞く。 「もう、ニヤニヤしっぱなし。何?いいことあった?」 「…あっ!分かった!先生でしょ?さっきの電話。」 「なんで分かったの?」 「電話してる時、志穂、見たことないくらい優しい顔してたもの」 「はて?」 ―そんな顔してたんだ。無意識でしたよ。恥ずかしいなぁ。 「はてじゃない!仕事ちゃんとしてくださーい」 「はいっ。厳しいな真樹は。」 憎まれ口を叩きながらも、わたしたちはいつも笑顔だ。 午後7時。 今日は我侭を言って、定時に帰らせてもらった。 口は厳しいけど、真樹は「さっさといきなさい」と、わたしを送り出してくれた。 本当はとても優しい真樹。 もうすぐ結婚だね。おめでとう。 今日は、谷崎先生に会えるからだろうか。 全てに対して優しい心を持つ事ができる。 わたしは案外単純なんだな、と一人ニヤニヤしながら電車に揺られていた。 そわそわしながら、改札にスイカを押し付け、 待ち合わせである、駅前の噴水広場へ走った。
■12193 / inTopicNo.27) 桜並木17 □投稿者/ うめ 一般♪(48回)-(2005/08/20(Sat) 18:55:45) 「先生。」 ハッハッハ…。息が上がる。 「先生?」 ―何処? 先生の姿が見当たらない。 腕時計に目をやる。 7時10分。 10分遅刻だ…。 「黒木志穂さん!」 「わっ」 突然後ろから大きな声で名前を言われたものだから、背中を丸めてしまった。 そろそろと後ろを振り返る。 「先生。」 後ろには、以前より綺麗になった谷崎先生が立っていた。 真っ白なカーディガンに真っ白なロングスカート。 髪の毛は、以前より短く、セミロングになっていた。 ふわふわのパーマが以前と変わらず、 相変わらず、笑うと天使のような笑顔だった。 黒目がちの目、真っ白な肌。 綺麗な歯。 だめだ。 触れたくなっちゃうよ…先生。 「遅刻ですよ?」 ふわっと笑って、わたしに言う。 「あっ」 思わず抱きついた。 女同士なんてことは気にしない。 わたしが好きなのはあなたなんだよ、谷崎先生。 谷崎先生がつけている香水の香りが鼻腔ん広がる。 クラクラしそうだ。 「大きくなったわね、黒木さん。」 「先生が小さいんだよ。」 高校を卒業してからわたしの身長は174cmまで伸びた。 「男の子の成長期みたいね。」 わたしの腕にすっぽりと包まれた先生はクスッと笑いながら言った。 先生は158cmくらいで、わたしが先生の頭にアゴをのせるには最適だった。笑 2,3分くらいそうしていただろうか。 「さ、ご飯食べに行きましょ。」 あの、わたしの大好きな声で先生は言う。 「やだ…。」 ちょっと我侭を言ってみた。 「もう」 先生はぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。 手をはずし、先生の小さな手を取って、二人並んで歩き出した。
■12194 / inTopicNo.28) 桜並木18 □投稿者/ うめ 一般♪(49回)-(2005/08/20(Sat) 18:56:18) 「久しぶりね。」 「はい。お久しぶりです、谷崎先生。」 「もう、先生じゃないわよ。」 「そうでしたね。」 二人して笑いあう。 ああ、なんて居心地がいいのだろう。 先生と過ごしたあの美術室の風景が頭の中に広がる。 「この店。 あの頃と変わっていないわね。」 「ええ。そうですね。 相変わらず。いい店です。」 「黒木さんは、変わったわね。 あの頃より、もっともっと綺麗になった。」 「先生こそ。 とても綺麗です。」 懐かしい、あの焼肉屋で私たちは再会した。 美術室のあの頃の恥ずかしい記憶がよみがえってくる。 唐突に先生を抱きしめた、 あの頃の幼い自分。 今では、お酒も呑める歳になり、 先生と仕事の話までできるようになった。 「もう。」 先生はわたしの口についたタレを、あの頃と同じように拭ってくれた。 「あ、すいません。」 二人して笑ってしまった。 あの時と全く同じだったから。 でも、今回は違うことがあった。 先生はわたしの頬に触れたままだ。 「志穂…」 「なに。先生。」 「会いたかった。」 「うん。わたしも。」 「せんせ?」 「ん?」 「今日は、ずっと一緒にいてくれる?」 谷崎先生は、笑顔でうなずいた。 あの天使のような笑顔で。
■12195 / inTopicNo.29) 桜並木19 □投稿者/ うめ ちょと常連(50回)-(2005/08/20(Sat) 18:56:59) 帰り道。 わたしの部屋まで、桜並木の下を歩いていた。 自動販売機で先生の分と自分の分のお茶を買った。 「黒木さーん。」 「ん?」 振り向くと、先生は両手を広げて、 一番立派な桜の木の下に立っていた。 フラッシュバック。 夢の中と同じだ…。 「志穂。おいでー。」 もしかして。 先生も見ていたの? あの夢を? わたしたちは、ずっと夢の中でも繋がっていられたの? ああ、 「せんせ…」 由紀…。 買ったお茶はそっちのけで、 先生の下へ駆け出していった。 満開の桜の木下で、 わたしと先生は無我夢中でキスをした。 甘い、桜の匂いと混じって、 溶けてしまいそうなほど、 甘いキスだった。
■12196 / inTopicNo.30) 桜並木20 □投稿者/ うめ ちょと常連(51回)-(2005/08/20(Sat) 18:57:46) ぴったりと身を寄せ合い、 ベッドまで行くのももどかしく、 玄関でもキスをした。 ベッドにようやくたどり着くと、 今更ながら、先生がわたしのものになるのだという安堵感と、幸福感が溢れ出し、 わたしは涙してしまった。 「好きだよ。由紀… ずっとずっと好きだった…」 「ごめんね…。 ごめんね…。 頑張ったね…。」 またフラッシュバックだ。 夢と同じだ。 夢の中と全く同じ台詞を先生は口にしている。 ねえ。 やっぱり、あなたと出会うのは運命だったんだね。 あなたはわたしの運命の人だったんだね。 ベッドの中にいる先生は、 月明かりに照らされて、綺麗だった。 「せんせ…」 「名前で呼んで?」 わたしは… 溶けてしまいそうだった。 由紀の体に… 溶けてしまいたかった。 由紀は、 泣いているわたしの頭を抱きしめ。 わたしの涙を舐めてくれた。 「由紀…」 「志穂…」 「これからはずっと一緒だね。」 「これからはずっと一緒ね。」 夢の中での先生との出会い。 現実の世界での先生との出会い。 運命以外の何て言えばいいんだろうね。 先生とわたしはこれからも一緒だね。 夢では見れなかった、先生とのこれから先のことは、 実際に二人で並んで作っていこうね。 二人でずっとずっと一緒に。
完