ビアンエッセイ♪

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■21750 / 親階層)  首元に三日月
□投稿者/ なな 一般♪(1回)-(2013/06/16(Sun) 01:30:04)
    #1 ハル、出会い

    太陽が沈む放課後。

    学校の門てのは物騒な事が起きない限り、授業中でもいつも開きっぱなしだ。この高校もそうだった。
    いつもながら門を潜り抜けて、ハルはこっそりと例の場所に行く。ここは誰も通らない校舎の裏側で、教員らですら通らない。安心して目的を果たせた。


    …カンッカンッカンッカンッ…

    リズムに乗せて金属と何かがぶつかる音が聞こえてくる。その音の正体はわからないが、聞こえてくるのは決まって音楽室だ。それから…
    「ちがう!何回言えばわかるんだよ!」
    恐らく女性の音楽教師であろう声が、校舎を揺らす勢いで怒鳴った。姿は見た事はないが、よく通る声でいつも生徒を叱っているようだった。そうしてしばらくすると、綺麗な歌声と吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。カンカンカン…という金属音も聞こえなくなり、音が校舎を包みハルも包んだ。
    この学校の合唱部と吹奏楽部は関東では、ずば抜けてレベルが高い。ハルはこの春自分の通う中学を卒業した後、この学校に進学する気でいた。校舎中に響いている合唱部の美しい歌声につられて、ハルも歌い出した。
    ―あ、なんだか今日はすごく調子が良い。きっと何か素敵な事が起こる、そんな気がしてハルは心を躍らせた。


    …そうしていつの間にか夜を迎えていた。ハッとしてハルが慌てて腕時計を見る
    と、あれから二時間が経過していた。どうやら寝てしまっていたようだ。
    辺りは真っ暗で、校舎の窓から漏れる光にたくさんの虫が集っている。
    夕方になると慌しくなるカラス達の鳴き声も、響き渡る合唱部の歌声ももう聞こえてはこない。
    そこには夜の生暖かい風の音だけが聞こえた。
    ―また寝ちゃったんだ…
    それは今回が初めてではなかった。自分も歌っていた筈なのに、その心地良さに溜まらずつい寝てしまう。溜め息をついてから、ハルがそそくさと立ち上がって退却しようとした時だった

    「こら!」
    「っ…ごめんなさいっ…」
    突然誰かに怒鳴られ、驚いて顔をあげると、ハルの目の前には綺麗な女性が、怪訝な顔をして立っていた。肩に触れる位の長髪ボブ、顔立ちも声も中性的な女性だったが、貫禄が何よりも際立っていた。相手は少し小柄な女性なのに、ハルは彼女から大きな威圧感を感じた。
    「何やってんの」
    「歌を…聞いていました…」
    ―どうしよう…。
    ハルは怖くなって涙目になった。
    「あ、そう。歌が好きなの?」
    「…はい。」
    女性はハルが見当していた事とは全く別の話に触れた。
    「ふ〜ん。さっき歌ってたのはあんた?」
    「…え、あ、そうです。」
    歌声を聞かれていた事に、ハルは顔を赤くした。女性はハルを凝視すると、思い立ったように切り出した。
    「ちょっとおいで」
    「えっ?!」
    「それともこのまま家族を呼ぶ?」
    意地悪そうに不適な笑みで言う女性。 ハルは何も言えず、彼女についていく事にした。スリッパを履いて、校舎内へ一緒に入る。綺麗な作りの校舎は廊下や壁が輝くようにキラキラとしていて、蛍光灯の光を反射させていた為、中は思っていたよりもずっと明るかった。
    女性は先導するように先を歩き、ハルは後ろについていった。
    「あの、いいんですか?」
    「大丈夫。それより何歳?」
    「15です」
    「ふーん。学校はどこ?部活は?」
    「七蔵中学の、コーラス部です」
    「すぐそこだね。部活はやっぱり合唱だったんだ。部活は楽しい?」
    「はい。私にとって音楽は幸せそのものなんです」
    つい乗り気になり蔓延の笑みで話してしまったハルに、女性はやけに頬笑ましそうだった。その表情が余りにも美しかったので、少し照れて顔を赤くしたハルはそれを隠すように俯いた。それから少しして、気になっていた事を聞こうとハルは彼女に話しかけた。
    「あの…何かの先生ですか?」
    「あれ?分かってると思ってた。音楽だよ。で、合唱部と吹奏学部の顧問。」
    「え!じゃあ、いつも生徒に大声で叱っているのは…」
    「あー…あたしだね」
    先生は苦笑した。
    「そうだったんですか。」
    日頃、憧れを抱いていたあの合唱部の顧問でもある音楽の先生だと聞いた瞬間、ハルの心が躍り出した。
    「先生、名前はなんて言うんですか?」
    「んー…」
    先生は少し考えたように黙り込み、しばらくして口を開いた。
    「まどかって呼んで。」
    意外にも下の名前を言われた事にハルは少し驚いた。
    「え…えっと、まどか先生…私は、久吹ハルと言います。」
    「じゃあ、ハルって呼ぶよ。」
    まどかが微笑んでそう言うので、ハルはまた照れてしまった。


    まどかの後ろをついて行って着いた先、そこは音楽室だった。
    「…」
    ハルは言葉に出来ない程の感動に浸った。
    「ハル、早速だけどこの曲はわかる?」
    突然名前で呼ばれ、まどかはピアノの蓋を開けると、椅子には座らずに立ったままピアノで伴奏を弾き始めた。その姿を見たハルは、自分の心臓が''ドキン''と激しく跳ねたのを気にしながら、彼女の弾く伴奏に合わせて歌いだした。
    『心の瞳』という、学校で教わる合唱曲としてもかなり有名な曲だ。まどかはハルが歌ってる最中に伴奏を止め、ピアノから離れた。
    「ハル、もっと喉を開けて。腹使って。」
    まどかの目付きが変わったのがハルにはすぐに分かった。そしてハルのお腹をぐっと強く押した。
    「うっ」
    「なんでもいいから声出して。」
    お腹を強く押されながら声を出す。するとハルの声はまるで、魔法が掛かったように声量を増した。
    「ぅぁ…凄い声出た」
    確かに声楽にも吹奏楽にも腹式呼吸は不可欠であって、学ぶにあたって誰もが身につけなければならないものではあった。無論、ハルも随分前から腹式呼吸については知っていたし、日頃トレーニングも欠かさない。ところが、まどかが押して発せられた声は、自分でも聞いたこともないような深いボリュームのある声だった。ハルは自分の腹式の価値観を覆す程に驚いた。
    「それでもう一回歌ってみて」
    まどかは伴奏を再開した。突然リズムに合わせてカンカンカンッと響かせたのは、まどかの右手に嵌めている指輪がピアノにぶつけるあの音の正体だった。
    ハルの瞳はより一層輝きに満ちた。校舎内にはまどかのピアノの音と、ハルの深く美しい歌声が響く。二人は真っ直ぐに互いを見つめ合い、音楽という至福の時間を堪能した。
    いつも遠くからしか感じれなかったものが、今現実にすぐ目の前にある。ハルはまだ15年という短い人生で、永遠に輝く何かを見つけたような、そんな気がした。

    …暫らくして気が付けば、音楽室の窓から見える空は更に暗くなっていた。
    「あ、やべ。やっちった」
    「なんだか、真っ暗っていうより真っ黒って感じですね」
    「ごめん。教師のくせにこんな時間まで。」
    まどかは申し訳なさそうだった。無理はなかった。なぜなら時計の針は既に22時過ぎを指していたからだった。けれどハルは何も気にしていなかった。時間の事よりも伝えたい事を言った。
    「それよりも先生、私今とても幸せです」
    「…そっか」
    ハルのその言葉を聞いてまどかは安堵したように微笑むと、ハルの頭をポンポン、と撫でるように叩いた。
    「送るよ。」
    そう言ってハルの頭から手を優しく離して、帰りの支度をした。ハルはまどかのその後ろ姿を見つめたまま、また顔を赤くした。

    音楽室の角隅にはどうやらもうひとつ部屋があったようで、まどかはそこにあるドアを開けて中に入っていった。

    ―あの部屋には何があるんだろう。

    それは単なる好奇心だった。そして今が絶好のチャンスでもあった。ハルはそのドアにそーっと近付いて、中にいるまどかに気付かれないよう静かにドアを開けた。入ってすぐ目の前には見た事もない楽器の数々や、大量の楽譜が床に散らばっている。

    ―汚い…

    左側を見ると奥にはデスクがあるようで、まどかはこちらに背を向けて帰り支度をしていた。デスクは日頃から整頓しているとは思えないほど、乱雑に楽譜やら筆記用具が散らばっていた。
    ー忙しくて片付けれないか、元々片付けれない人か。…うん、多分絶対後者だ。
    ハルは一人心の中でクスクスと笑っていた。
    「こら!」
    「ひっ!はぁ、びっくりした…もしかして、気付いていましたか…?」
    背中を向けたままのまどかの声に、ハルは苦笑した。
    「まぁね。背中にも目があるって生徒達からよく言われてるからねぇ」
    ハルは笑った。
    「お待たせ!さぁ、帰ろう。」
    そう言ってハルの前に立つまどか。その姿にハルはキョトンとした。
    「先生…いつもそんな格好なんですか?」
    「うん」
    しれっと言うまどかが羽織った上着は、正に映画に出てくる悪役ヒロインの女性の様だった。細身の、足先まで見えなくなりそうなほどの丈の真っ黒なロングコート。
    「先生…」
    「なに?」
    「とっても格好良いけど、とっても目立ちますし、暑くないですか…?」
    「全然。これ、いいでしょ?」
    まどかは得意気にへへっと、笑った。
    「先生って、なんだか存在が素敵な人ですよね」
    ハルが笑顔でまどかを見つめて言うと、まどかは照れたのを誤魔化すかのように、ハルの頭をクシャクシャと撫でた。二人の明るげな笑い声が、静かな音楽室に響いた。

    しばらくして二人は門を出た。

    「本当に良いんですか?」
    「当たり前でしょ。危ないし、心配だし…それ以前に教師の務めだよ」
    「んー…はい、じゃあお言葉に甘えさせて頂きます」
    ハルとまどか、二人は同じ歩幅で歩き始めた。
    「ハルは、いつから歌う事が好きだった?」
    「うん〜…お母さんが言うには幼稚園の時からだったそうです。」
    「へぇー」
    「うちの幼稚園て少し…というよりズバ抜けて変わった幼稚園だったんですよ。」
    「どんな風に?」
    「私の通っていた幼稚園はキリスト教だったので、先生はみんなシスター様方でした。その長のシスタークレア様はゴスペルがとっても大好きなお方で、そのクレア様ご自身も加入している海外のゴスペル集団を、わざわざ日本の幼稚園に招き、園児達に歌を披露して下さったんです。」
    「それはすごいね。」
    「はい。私はそのクレア様とゴスペルの団体に魅了されました。圧倒させられ、私は釘付けになりました。あの深くパワフルで感情豊かな歌声と、彼女彼らから感じる生命の強い強いエネルギーは、まだ園児だった私の中にある何かを、目覚めさせたんです。」
    「絶対に忘れられないね。ハルの身体が覚えてると思う。」
    「はい、私の音楽への愛の始まりとなりました。」
    「ハルは本当に素敵な経験をしたね。あ、ここ?家。」
    「あ、ここです。」
    話しをしている内にどうやら着いたようだった。
    「まどか先生、今日は園児の時の気持ちがより一層強くなりました。幸せなお時間を頂いて、ありがとうございました。」
    「あはは、丁寧だなぁ。あたしにはタメ口でも、名前だけで呼んでもらっても良いよ。」
    「それは…時間をかけて頑張ってみます。」
    「ははっ!じゃぁ、今日は本当に悪かったね。」
    「全然大丈夫ですよ。お気を付けて帰って下さいね。」
    「ありがと。あ、忘れ物」

    まどかはそう言って、ハルに近寄り両腕を抑えた。突然の状況に、ハルの息がぐっと止まる。お互いの鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの近い距離。まどかは自分の唇を、ハルの耳元へ持っていくと、囁くように小さな声で耳打ちをした。まどかはハルの耳元から唇を離して、ハルの顔を一層近くで見ると、満足そうな顔をして掴んでいた両腕を離し、サっとこちらに背中を見せて、帰路を歩いた。

    「じゃ!」
    背中越しに手をヒラヒラさせて、バイバイをするまどかの後ろ姿を、ぼーっと見つめるハル。
    今日で一番真っ赤な顔をした。



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