| 「私のこと、愛してる?」
アリスがそう言った時、
草原に風が吹いた。
5メートル程の距離を置いて向かい合っている私達の他には、
揺れる草花しかここには居ない。
質問はどうやら私に向けて放たれたようだ。
「愛しているわ」
というセリフが私の口から自然と零れた。
どこからか鳥のさえずりが聞こえ、
草原を日差しが優しく包んでいた。
なんて穏やかなところだろうと、
私は思う。
「私のことを愛しているなんて、ルーイはきっと言えなくなる」
アリスが言った。
その表情を読み取ろうとするが、 逆光で彼女の顔は見えない。
輪郭を日食の輪のように光らせたアリスは、
「きっと言えなくなる」
もう一度そう繰り返し、後ずさり始める。
「私の本当の姿を知ったら。愛してるなんて言えなくなる」
「“本当の姿”って何?」
私がそう訊いても、アリスは何も答えずにどんどん私から離れて行ってしまう。
気が付けば、
穏やかに晴れていた空はいつの間にか、 灰色の分厚い雲に覆われ、
草原には黒い影が立ちこめていた。
「アリス!“本当の姿”って何なの!?」
答えの代わりに降り出した、
冷たい雨が私の頬を打つ。
「待って、アリスお願い!待って!!」
いくら叫んでも走っても、
一向に追いつけない。
激しい雨風が音を立てて吹き荒れていた。
「私は・・」
微かにアリスの声が耳に届いたが、
それは不吉な風の音に遮られ、
彼女の姿と共に暗闇に掻き消された。
「アリス!アリス!!アリス!!!!」
叫びながら私は目を覚ました。
体がうっすらと汗ばんでいる。
・・夢を、見ていたのか。
今でも耳に夢で聞いた不吉な風音が焼き付いているようだ。
・・・いや、気のせいではない。
確かに、まだ聞こえる。あの音が。
私はハッとして上体を起こし、
手探りで枕元のライトを灯した。
「アリス!?」
不吉な音は、風などではなく、 アリスの呻き声だったのだ。
隣で目を閉じるアリスは、 苦しそうにもがき、必死で呼吸をしていた。
私は名前を呼びながら、アリスの頬をぴしゃりと叩いた。
その肌は汗で冷たく濡れていた。
「アリス!アリスどうしたの!?アリス!!」
私の呼びかけに、アリスがパッと目を開いた。
薄明かりでも分かるほど、顔面が蒼白だ。
「大丈夫!?」
すると突然、
彼女が私の胸に縋り付いて来たので、
その勢いに押された私はベッドのヘッドボードにぶつかり、 背中に小さな痛みを感じた。
一部分を擦り剥いたらしかった。
戸惑いつつ、
私はアリスの痩せた身体に腕を回し、
彼女を抱き締めた。
速まった私の鼓動の速度に合わせて、
背中の傷がツキンツキンと痛んだ。
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