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■18109 / inTopicNo.41)  ◆ゆららさんへ
  
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(25回)-(2007/02/24(Sat) 02:41:59)
    ここら辺は、
    ホント読んでいても面白くないと思います。。
    それでも後々、見逃せないキーになってくるので、
    またその時にでも読み返して下されば・・。
引用返信/返信 削除キー/
■18110 / inTopicNo.42)  ALICE 【48】
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(26回)-(2007/02/24(Sat) 02:53:29)
    その人は、


    記憶の中で、
    私を取り囲むように見つめていた。





    ―――ああ、あの時、

    所長が私の胸にかすみ草を挿したあの夕暮れの帰りの車内、


    運転席の窓から見た、何十枚もの同じポスター。


    そこから私を見つめていた無数の瞳。


    ああ、まさにあの女性、

    名前は、名前は・・


    クレノ・シン。紅野心。


    そう、この有名な女優が、アリスの母親・真白と似ているのだ。



    雰囲気こそ全く違うが、
    顔立ちの特徴がかなり一致する。

    というより、この紅野心、アリスともよく似ている。

    それもそのはず、
    母親と似た顔立ちの人間に、
    その娘が似ているのも無理はない。


    しかし、

    どちらかと言えば、
    アリスと真白を直結して考えるよりも、

    二人の間に紅野心を置いて、
    間接的に三人を繋げる方が、しっくりくる。

    つまり、
    真白と紅野心が似ていて、
    紅野心とアリスが似ている。

    そんな感じなのだ。


    本当に、とてもただの【他人の空似】だとは思えない。
    血の繋がりを感じずにはいられないのだ。

    どうして今まで気付かなかったのだろう。


    こんな事って、あるのだろうか。



    私の腿を枕に、
    無警戒にすやすや寝息を立てるアリスの寝顔を見つめながら、
    私は堪りかねて呟く。


    「何が何だか、分からない」


    本当に、分からない。


    この巨大な迷路の全体図が、朧気にも見えてこない。


    けれど、


    迷路の中心にいるアリスは、

    きっと私に手招きをしている。


    いや、

    そこから連れ出して欲しいと、

    私に訴えかけていると、そう感じるのだ。







    ねえアリス、



    そうなんでしょう?


引用返信/返信 削除キー/
■18112 / inTopicNo.43)  ALICE ☆あおい志乃さんへ
□投稿者/ ゆらら ちょと常連(83回)-(2007/02/24(Sat) 03:45:29)
    やだなぁ☆ずっと読んでますよぉ〜☆
    おとなしく静かに〜そっと☆ひっそりと☆

    真夜中に「アリス」を読めてラッキーでした♪

    今は物語の伏線部分で後々意味を持つ箇所なんですよね☆
    う〜ん♪楽しみながら読んでますから大丈夫です♪

    またまったりと待ってますので☆では・・☆
引用返信/返信 削除キー/
■18270 / inTopicNo.44)  あおい志乃さん♪
□投稿者/ 昴 大御所(347回)-(2007/03/08(Thu) 02:42:47)
http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/
    更新してない時にスレッドが上がってしまう事は
    志乃さんの本意ではないかもしれませんね・・・

    お久しぶりです昴です
    アリスとルイ子の二人でベッドに居ても
    何も始まらない(←そういう意味では)のに
    どんどん複雑になって、いつもハラハラドキドキ

    お仕事がお忙しそうですが体調に気をつけて
    完結まで頑張りましょう
    (最近昴も停滞気味です)
引用返信/返信 削除キー/
■19114 / inTopicNo.45)  ALICE 【49】
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(1回)-(2007/05/23(Wed) 01:13:09)
    2007/06/03(Sun) 10:00:55 編集(投稿者)

    “ 藤鷲塚 紅乃 (fujiwashizuka kureno )”



    なんと堅苦しい名前だ。


    インターネットの検索サイトに “ 紅野 心 ” と打ち込み、

    ヒットしたフリー百科事典に載せられていた彼女の本名に、
    私は思わず顔をしかめた。


    『紅野 心(本名:藤鷲塚 紅乃)―――女優。
     華道の代表的流派【華道家元藤鷲塚】三十二世 藤鷲塚 爵師(fujiwashizuka sakunori)の長女として、
     19**年に生まれ、現在33歳。
     次期家元藤鷲塚 朗(fujiwashizuka rou)を兄に持つ。』



    どこか良家の出であった事を何となく認識してはいたが、
    三十世代も続く華道の家の出身だったとは、知らなかった。

    ブラウン管の中で彼女が放つオーラのようなものは、
    他の女優と比べても群を抜いているという印象があったが、
    なるほど、家柄がそれに一役買っているのかもしれない。


    しかし、
    検索にかけて最初に辿り着いた彼女の公式HPには、
    バイオグラフィ欄にもどこにも、
    本名や出生については載せられていなかった。



    マウスを下へスクロールすると、
    彼女の出演した映画のタイトルがずらっと続いている。


    『Underground』

    というタイトルには、見覚えがあった。



    再び最上面に戻り、
    最初に見た紅野心のプロフィール写真をもう一度眺める。

    一昨日の晩、写真で見たアリスの母親、真白の顔を、
    思い出して頭の中で重ねてみる。

    やはりとてもよく似ているが、
    雰囲気が全く違う。対照的だ。

    真白と紅野心、
    二人はまるで、白と黒、

    いや、

    白と・・





    「あ!!この人!!!!」


    突然の大声に思わずビクッと肩を上下させて振り返ると、
    すみれちゃんが私のすぐ後ろに立って、
    目を大きく見開いていた。


    「この人ですよ!私がこないだアリスに似てるって言った人、この人です!!」


    興奮した様子で、私のパソコンの画面を覗き込む。


    「あ〜なるほどね。確かにね」

    と、昼食の弁当と箸を手に持ちながら、
    リリーも寄って来る。


    「えぇ!?誰って??どれどれ??」

    食後は絶対に横にならねばならないと、
    ソファに寝ころんで漫画本を読んでいた三葉が飛び起きて来、
    私の膝の上に滑り込んだ。


    これで、
    外出で不在のアリスと所長を覗く4Fの全員が、
    私のデスク周りに密集している事になる。


    「紅野心!なるほど〜似てるっすね!怪しいトコだらけってのも、あの謎女アリスとカブる!」

    アリスの事を語る三葉の言葉には相変わらず少し棘がある。

    「本当、紅野心さんって怪しいくらい綺麗ですよねえ」
    「え?怪しいってそういう意味じゃなくて…すみれさん知らないんすか?」

    「ああ、兄殺しの事?」


    「兄殺し!?」 「兄殺し!?」


    リリーの口から飛び出した、とんでもない言葉に、
    私とすみれちゃんの声が綺麗にシンクロした。


    「あれ、ルイ子さんも知らないんすか?まぁ、けっこう前の話ではありますけどね」
    「でもかなり有名だし、大概は知ってると思うけど。ネットで検索すれば死ぬほど引っかかるんじゃない?」

    「いや璃々子さん、それがそうでもないんすよ。数はあっても、どれも噂話の域を出ないレベルばっかなんすよね」
    「へぇ〜そうなんだ。当時の関係者の暴露とか無いわけ?」

    「無いんす。事務所と、それと実家の力だと思うんすけどね」
    「あぁなるほどね。あの家って身内に政治家もいるし、警察の上の方とかも押さえてそうよね」

    「そうそうっ!」


    「ちょっと、二人でどんどん進むのやめてよ」 リリーと三葉の盛り上がりに私は待ったをかけた。

    「そうよ、ねぇリリー、どういう事なの?」 すみれちゃんも堪りかねてリリーの腕を揺さぶる。


    「アンタ達、ほんっと何も知らないのね」
    「うるさいな」

    「まぁまぁ、今説明しますから」 三葉が睨み合うリリーと私の間に割って入った。


    「紅野心には兄貴が二人いたんす。上の方は若くして亡くなってるんすけど。
     年が近い方は、次期藤鷲塚三十三世のイケメンっすよ」

    「藤鷲塚朗?」 私の言葉に、「もちろん」 と三葉が親指を立てた。

    「えっ!?紅野心さんって、藤鷲塚朗と兄妹なのぉ!?」

    「え、すみれさん、そこから説明必要すか・・」 三葉の言葉に同調し、リリーもはぁと溜息のジェスチャーをする。


    すみれちゃんには悪いが、リリーに鼻で笑われるのは癪なので、
    私も実は今しがた紅野心と藤鷲塚家の繋がりを知ったのだとは、
    言わないでおいた。


    「私、昔から彼の作品何回か観に行ってるのよ?本人と会った事もあるけど、でも全然知らなかった」

    「え!そうなんすか!?めちゃくちゃイイ男でしょう?
     最近歌舞伎とか能とかの世界でも、ちょっと顔がイイからってタレント紛いな事する人多いですけど、
     そんなのと比べモノにならないっすよね??」

    「ん〜、顔は特に比べた事がないけれど、でもメディアに露出するのは嫌いみたいね。
     伝統を誇りに思う気持ちは、確かに今の若い人達よりも大きいのかもしれないわ」


    すみれちゃんの言葉を聞きながら、
    私はいつか一度だけニュースで見た彼(か)の若き華道家を思い出していた。
    カメラに向かってニコリともしない整った顔立ち、
    全身から浮世離れしたオーラが漂っている男だと感じた気がする。

    確かに藤鷲塚という名前は有名だが、
    この家の人間は滅多にメディアには登場せず、
    伝統文化という家の敷居を高く持ち、
    常人からは距離を置いている感がある。

    そういう価値観から考えると、
    藤鷲塚の家にとって、“女優”という肩書きを持つ紅野心の存在は、
    あまり喜ばしいものではないのではないだろうか。

    そして紅野心のHPに、藤鷲塚の文字が一つも無いのは、
    彼女の側からも、実家との繋がりを敬遠している事の表れと考えるのが自然だ。

    双方が互いに関係を公にする姿勢を取らないのであれば、
    私やすみれちゃんのように、
    紅野心と藤鷲塚の関係を知らない人間も、そう少なくないのではないだろうか。


    「おっと、今は朗はどうでもいいんだった」

    ようやく私の膝から降りた三葉が、今度は私のデスクの上に腰掛ける。

    「肝心なのは、上の兄貴、ジャクっすよ」


    「ジャック?」 「外人さん??」

    同時に声を裏返した私とすみれちゃんを、
    リリーが冷ややかな目で見る。

    「ばーか。ジャ・ク、だよ。静寂の寂。間抜け」

    「あ、そですか」 外人にさん付けするすみれちゃん程、間は抜けていないと思うが。


    リリーと私のやりとりに三葉がケタケタと笑い声を上げる。

    「もぉ〜コントじゃないんすから。で、その肝心の長男は、問題児だったんすよ。
     問題児っていうか、異端児っていうのかな。頭の方は、恐ろしく良かったみたいっすけどね」

    「顔もね」 とリリーが付け足す。

    「問題児って、不良だったの?」


    ・・ふ、不良・・。
    久しく聞かないすみれちゃんのその表現にリリーも反応したらしく、
    笑いを堪えるように口元がひくついている。

    「不良〜・・まぁそういう表現もありっすかね。なんていうか、とにかく変わり者だったんすよ。
     天才と馬鹿は紙一重って言いますしね。とにかく並の協調性を持ち合わせてなかったようで。
     子供時代はかなり陰気だったって噂ですし、十代に入ると派手に遊び出したみたいっすけど、
     それでも、気味悪い男だったって。普通じゃない、狂った感があったとか」

    「てかさ」 とリリーが私の隣のアリスの席に腰掛けながら口を挟む。

    「三葉って何でそんな詳しいわけ?10年前に長男の事件が起こった時、私は高3だったし、
     嫌でもワイドショーの特集とかで藤鷲塚家の事情通になったけど、アンタ当時小学生でしょ?」


    ―――え?


    「まぁまぁ、興味ある分野ってのは人それぞれっすよ」


    三葉がランドセルを背負いながらゴシップを追い掛けていた事など、
    この際どうでもいい。

    10年前に高校3年生?

    と、いう事は。という事はだ。
    リリーって今、28歳??

    当然の如く自分と同じか、もしくは下だと思い込んでいた。

    実年齢を知っていたところでリリーに対する私の態度が今より丁寧になったとも思わないが、
    それにしてもリリーにしてみれば生意気な新人だっただろうなと、
    私はほんの少し反省した。
    ほんの少しだが。


    「で、」 と三葉がワイドショーを再開する。

    「璃々子さんが今言ってしまいましたが、今から10年前に事件は起きました。
     当時寂28、紅野心23っすね。
     ある晩ホテルの一室から110番があったんです。そして、そこに警察が辿り着くと…」





    すみれちゃんの、

    コクッと唾を飲み込む音が聞こえた。
引用返信/返信 削除キー/
■19115 / inTopicNo.46)  ◆ゆららさんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(2回)-(2007/05/23(Wed) 01:14:06)
    ゆららさん、お久しぶりです。
    お元気でしたか。

    もうすぐ梅雨入りですね。
引用返信/返信 削除キー/
■19116 / inTopicNo.47)  ◆昴さんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(3回)-(2007/05/23(Wed) 01:14:58)
    停滞気味、ではなく、
    完全停滞、になっていました。

    ははは。
引用返信/返信 削除キー/
■19120 / inTopicNo.48)  NO TITLE
□投稿者/ 凌 一般♪(1回)-(2007/05/23(Wed) 08:02:46)
    続きが読めることとても嬉しいです。
    無理せずに、ですよ。
    実はずっと待ってました。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■19155 / inTopicNo.49)  あおい志乃さん♪
□投稿者/ 昴 大御所(384回)-(2007/05/28(Mon) 01:11:07)
http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/
    人様のことは言えません
    昴も似たようなもんです(爆)
    投稿数リセットに首の皮1枚で繋がっている感じでしょうか
    ボチボチでいいので完結を目指しましょう(←自分に言ってる)

    ゆっくりでも楽しみにして
    ちゃんと拝読してますよ
引用返信/返信 削除キー/
■19163 / inTopicNo.50)  ALICE 【50】
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(4回)-(2007/05/29(Tue) 02:41:49)
    2007/06/03(Sun) 10:17:50 編集(投稿者)
    2007/05/30(Wed) 22:49:35 編集(投稿者)

    「“まるで血の雨が降ったようだった”」


    三葉が声を低くして、そう言った。


    「新聞の一面に載った一文っすよ。
     警察が駆けつけると、そこには喉を掻き裂かれて既に絶命している寂と、
     血塗れの紅野心がいたんです」





    ―――“血の雨”



    その言葉に、私は頭をガンと殴られた気分になった。



    それはまさしく、アリスの、アリスの夢。
    偽のペンキを塗られた薔薇のガーデンで。
    アリスに降り注いだ雨。


    先月出張で一泊したホテルの部屋を思い浮かべ、
    血に染まって呆然とこちらを見る紅野心をそこに立たせてみようと試みたが、
    その人物がどうしても、アリスの顔に描かれた。


    「紅野さんが寂さんを殺したのだったら、どうして捕まらなかったの?」


    すみれちゃんの言う通りだ。いったい何故・・?


    「殺人を犯しても、罪に問われない最も簡潔な理由は?弁護士諸君」


    リリーの質問に、私とすみれちゃんは声を揃えた。


    「正当防衛」 「正当防衛」


    「大正解っす」 三葉が指を鳴らす。

    「紅野心自体、危なかったんすよ。下腹を深く刺されてて。
     抑えるのに使ったシーツが、全部真っ赤に染まってたって言いますから、相当でしょうね」


    聞いているだけで貧血を起こしそうな話だ。


    「凶器になったナイフも、寂が購入した物だと裏付けが取れたようっす」

    「つまり寂さんは、紅野さんを本気で殺そうとしていたって、いうこと?」

    「それはそうよすみれ。じゃなかったら、正当防衛になる訳ないじゃない」

    「そんな、実の妹なのに・・動機は?」



    そう、肝心なのは動機だ。


    「問題はそこっすよ。その動機っていうのが、動機っていうのが・・」

    「何なのよ」 私はもったいぶる三葉を急かす。


    「動機は、ずばり・・・不明です」


    「はぁ!?」

    「えーーー分からないの?」 すみれちゃんも気落ちした声を出す。


    「まじ、はっきりした事は分からないんすよ。まぁ、色々マスコミの間で説は出たんですけどね。
     結局核心を突いたものは無くて、真相は闇の中ってヤツっすよ。ねっ、璃々子さん?」


    「そうだったわね」

    残り2年で三十路街道を走り出すとは到底思えない、
    クリクリした大きな黒目を上方に向けて、
    当時を思い出すようにリリーが相槌を打つ。


    「動機もハッキリしないのに、よく正当防衛ですんなり片付いたわねぇ。死人に口なしって事かしら」

    さすがはヤリ手弁護士。
    おっとりしていて抜けている事が多いが、
    すみれちゃんのこういう切り口は鋭い。


    「まぁそれもあるけど・・・なんとなく分かりそうなもんじゃない?」

    リリーが試すような目で私をチラリと見る。


    「寂の人格、生前の評判が悪かった。そしてそれゆえに、藤鷲塚の家が、彼を見捨てた、って辺りかな」

    「ルイ子さん、ご名答」 三葉が片目を閉じ、リリーがフンッと笑う。


    「藤鷲塚の人間が、どういう証言をしたのか、その詳細は不明ですけど、
     とにかく寂を庇うような意見は無かったって事っすね。
     全員一致で、紅野心の側に付いたってわけっすよ」


    それは、十分納得のいく展開だ。
    藤鷲塚といえば、先刻リリーも言っていたように、
    身内に政治関係者もおり、
    それに確か、家元の妻の実家が、
    大手製薬会社、青葉グループだったように思う。

    金の亡者にスキャンダルは禁物。
    身内の人間に不名誉が降りかかるのを防げないのなら、
    その対象は二人よりも一人の方が良い。

    そしてどちらを選ぶかとなれば、
    それが幼少期から異端とされていた、寂の方になるのは当然だ。
    長男という立場ゆえ後継者とはいえど、
    すでに代わりは決まっている。
    もしかすれば、
    弟の朗が三十三代目となる事は、
    寂が死ぬ前から決まっていたのかもしれない。
    そうであれば、目の上のタンコブを取り除く機会である。
    とまで思ったかどうか、
    藤鷲塚の人間の心を私は知らないが、
    とにかく寂は切り捨てられたのだ。


    少し表情を寂しげにしたすみれちゃんが話を変える。

    「ホテル側に、何かを見たり聞いたりした人はいなかったのかしら」
    「ああっと、言い忘れてたんすけど、実は殺人の現場には、もう一人いたんですよね」

    「なんっでそんな大事な事を言い忘れるのよ」
    「だって仕方ないんすよルイ子さん、全然参考にならないんですもん」

    「で、それは誰よ?」


    答えを急かしながら、
    私は耳を塞ぎたい気分だった。

    血塗れのガーデンの夢を見始めたのは、
    10年前からだとアリスは言った。

    もし、その殺人現場に10歳のアリスが居合わせたなら・・


    「親戚か誰かだったと思います。確か・・30前後くらいの女の人だったんじゃないかな。
     詳しい情報は無いんすよね」


    三葉の言葉に私は胸を撫で下ろした。

    考えてみれば、
    ただ紅野心に容姿が似ているというだけで、
    アリスがこの事件に関わっているなど、
    可能性の低い話だ。

    いやしかし、
    もし血の繋がりがあるのなら、
    多少の関わり合いはあるのだろうが。

    けれど、
    もしアリスが藤鷲塚家の一員なら、
    あれほどまでにお金を必要とするのは不可解だ。


    だが、
    ただの遠い親戚なら。

    その事実をどうやって確かめる?


    アリスの苗字が“藤鷲塚”だったなら、一気に事が進むのに。



    「園真井・・か」


    無意識に、私はアリスの姓を呟いた。


    ―――“園真井 アリス”


    初めてそのサインを書類の隅に見つけた時、

    作られたように綺麗な名前だと思った。


    “ソノマイ”と読むのだと知った時、

    音楽のように美しい響きだと思った。



    「アリスの名前がどうかした訳?」

    「え、あ、いや、藤鷲塚とか、園真井とか、漢字三文字の苗字って富豪っぽいなと思って」

    「“加賀美” もっすよ!」 すかさず三葉が付け加える。

    「ガキっぽい発想」 すかさずリリーが憎まれ口を挟む。


    「うるさいわね」



    ・・・ダメだ。こんなやりとりをしている場合ではない。


    ここは一旦アリスの事は頭の隅に置き、

    紅野心の過去に話題を集中すべきだと、私は思い直した。


    「話戻すけど、部屋に居たその女性がどうして参考にならないワケ?本来なら重要参考人でしょ」

    「まぁ、そうなんすけどね。なんたって唯一の目撃証人ですから。見た事を、話す事ができれば、ですけど」

    「それってまさか・・」


    すみれちゃんが呟いた “まさか” の続きが、
    自然と私の口を突いて出た。


    「彼女も、死んでいたの・・?」


    「彼女は、生きてました。でも、彼女の“脳”が、死んでたんです」

    「植物人間ってやつね」 リリーが補足する。


    三葉とリリーの説明によれば、
    その女性は元々そのような状態だったのではなく、
    殺害の場面を目の当たりにしたショックで、
    発作を起こし、正気を失ったという。

    紅野心は寂に呼ばれてホテルの部屋に行ったというのだが、
    彼女の証言ではその時すでに、
    その女性は自由を奪われた状態にあったという事で、
    寂が何らかの理由で、
    紅野心と彼女を拉致し、危害を加える計画を立てていたと、
    当時のメディアは伝えたらしい。


    「ま、一般家庭で育った人間なんかにはわかりっこない、複雑な感情のもつれがあったんでしょうね。
     肉親同士の、恨みとか、妬みとか、そういう黒〜い何かが」


    三葉はそう言うと、
    私のPCのマウスのカーソルを右上に動かし、
    ネタは全て出し尽くした、という合図のように、
    開きっぱなしになっていた紅野心のウインドウを閉じた。



    三葉の口調からすれば、
    恐らく彼女はこの事件に関して出来る限りの調査をし尽くしたようだし、
    10年も前の事を今更私がネットサーフィンをして掘り起こそうとしたところで、
    そこから藤鷲塚家とアリスの繋がりを見つけ出す事は、
    不可能だろう。


    『女優の紅野心と似てるよね』と、アリスに直球を投げたらどうなるだろう。

    『誰それ、知らない』とあっさり返されて、
    結局他人の空似・赤の他人という結果で終わるかも知れない。

    だったら、紅野心なんかについてあれこれ考えを巡らすのは、
    ただの取り越し苦労である。


    今のところ結局、
    私はアリスの夢の解き明かしを少しも前進させていないのだ。


    溜息をつく代わりに、


    私は椅子に腰掛けたまま手足を広げて伸びをした。
引用返信/返信 削除キー/
■19164 / inTopicNo.51)  ◆凌さんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(5回)-(2007/05/29(Tue) 02:42:53)
    いつもいつもありがとうございます。
    見放さないでいて下さって・・。
引用返信/返信 削除キー/
■19170 / inTopicNo.52)  あおい志乃さんへ。
□投稿者/ 凌 一般♪(2回)-(2007/05/29(Tue) 21:24:33)
    覚えていて下さったんですねo(^-^)o

    なにがあったのかわからないし、僕にはなにもできないのかもしれません。

    でも、あおいさんが、あおいさんの書いてくれるこの物語が大好きだから、

    僕は何十年後になったってここであおいさんをずっと待ってます。



    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■19187 / inTopicNo.53)  はじめまして
□投稿者/ myaon 一般♪(1回)-(2007/05/31(Thu) 02:34:22)
    待ちに待った更新、思わずレスです。
    かなり前からあおいさんの小説を読ませてもらってます。
    ほんとうに嬉しいです。テンション上がります↑↑
    普通にあおいさんのファンといっても過言ではないと思います。
    人として興味がありますね。
    SNSとかって参加してますか?
引用返信/返信 削除キー/
■19197 / inTopicNo.54)  ◆凌さんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(6回)-(2007/06/01(Fri) 01:47:00)
    いやいや、特にそんな何かがあった訳ではないのですよ。
    あまりにおそ〜い更新なので、愛想つかされても仕方が無いなというだけです。

    何十年後って、さすがにそこまではお待たせしないです。
    いや、断言はできないか。
引用返信/返信 削除キー/
■19199 / inTopicNo.55)  ◆myaonさんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(7回)-(2007/06/01(Fri) 01:50:15)
    はじめまして。コメントありがとうございます。
    ファンですって?そんなそんな。もったいのうございます。

    SNSですか。
    mixiなら登録していますよ。
    最近とっても多いですよね、参加者が。
    トラブルも、ですけど。
引用返信/返信 削除キー/
■19204 / inTopicNo.56)  Re[4]: ◆myaonさんへ
□投稿者/ myaon 一般♪(2回)-(2007/06/02(Sat) 01:21:09)
    ミクシィわたしも参加してるんです。
    もし、あおいさんさえ良ければミクシィの中で会いたいです。
    あおいさんのIDを教えるのが無理ならわたしのIDを言いますので、
    覗きに来て欲しいんですけど、だめでしょうか。
引用返信/返信 削除キー/
■19211 / inTopicNo.57)  ALICE 【51】
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(8回)-(2007/06/03(Sun) 02:27:35)
    「んーーーーっ。それにしても、そんな血生臭い事件を起こしておいて、
     紅野心はよく芸能界に生き残れたわね」



    首を捻って関節を鳴らしながら私がそう言うと、


    すみれちゃんがいつの間にか持ち出して来ていた、

    プレッツェル菓子の箱を開けながら頷く。



    「確かにそうですよね。私生活がオープンなハリウッドとは対照的で、
     日本の芸能界って、ちょっとした人間臭さが命取りになったりしますもんね。
     お酒の席で一般の人に軽い怪我をさせてしまって、
     そのせいで、人気の絶頂から瞬く間に転落したり」


    私もすみれちゃんの言葉に頷き返す。


    確かに日本という国は、
    物や企業や団体や人物に対して一度付いたマイナスのイメージに長く執着する嫌いがある。
    良く言えば潔癖(これが誉め言葉と言えるかは微妙なところだが)、
    悪く言えば不寛容。

    芸能界などは、
    汚名を返上しようと懸命になればなるほど、
    その骨折りの姿に聴衆は興を冷ますのだ。

    費用と時間を大量にかけて振る舞った料理でも、
    “お粗末様でした” と言って謙遜するのが美徳とされるこの国では、
    優雅に泳ぐ白鳥の水面下の努力を晒す事は、タブーなのである。

    激太りしたスターが、
    自身のダイエット生活をノンフィクション番組として放映し、
    その話題性で更に飛躍する、
    なんて事も珍しくない米国とは、まさに真逆である。


    「ところがむしろ、紅野心は兄殺しをきっかけにその地位を確立したようなもんっすよ」

    そう言った三葉は私のデスクの上からアリスのデスクへ座ったままズリズリと移動し、
    長い腕をすみれちゃんの方に伸ばした。


    すみれちゃんは微笑んで一袋、菓子の包みを三葉の大きな掌に載せた。


    「そう、確か彼女が助演で出てた映画の公開の時期と、事件がちょうど重なったのよね。魔性の女の役」

    「璃々子さんも見ました?【Underground】。
     あれ、一時上映禁止になったんすよね。紅野心の無実が決まるまで。
     それが逆に皆の興味をそそって、一気に紅野心の名前が日本中に知れ渡ったんすよ」


    バリっと軽快な音を立てて、三葉が菓子のビニールを破る。


    「それまでは無名だったの?」

    「知る人ぞ知るって感じっすかね。藤鷲塚家の名前も出してなかったみたいっすから。
     演技の定評はマニアの間では凄かったらしいっすけど。
     【Underground】の中の紅野心が、これまた過激に美しくて。オールヌードだったんすよ。
     実際に兄を殺したっていう背景が、マイナスじゃなくプラスになる程、妖艶なイメージでファンを虜にしたんすよ。
     まぁ、大した女っすね」


    言い終わるか終わらないかのうちに、
    三葉は大きな口を更に大きく開いて、
    5、6本束にした15センチ程の細長い菓子を半折りでその空間に押し込んだ。



    と、その時入り口のドアが開き、


    今まさに話の中心だった女優の若かりし頃を連想させる顔が現れ、

    私達の方を一瞥してみせ、



    慌ててアリスのデスクから跳ね降りた三葉は「ググッ」と妙な音を立てたかと思うと、

    物凄い勢いでむせ始めた。


    「きゃーーー!お水お水!!」

    すみれちゃんが慌てて給湯室へ駆け出し、
    三葉も真っ赤な顔をしてそれに続く。


    「何やってんだか」 

    リリーもアリスの椅子から腰を上げ、自分のデスクへ戻って行く。


    そんなドタバタ状態など耳に入っていないかのように、
    アリスはいつもの涼しげな顔で歩いて来、
    私の隣りの自分の席へ腰掛けた。


    そしてパソコンの電源を上げる。



    一昨日の夜、
    アリスの不可思議な寝言を聞いた後、
    私は結局アリスに膝枕を貸したままの態勢で眠ってしまい、

    翌朝9時過ぎに目を覚ますと、

    既にアリスの姿は消えていた。


    ただ今回は、
    一度目にアリスを泊めた時とは違って、
    綺麗に畳まれた服の上に、
    一枚の書き置きが残されていた。


    『心地良い枕をありがとう』


    簡潔で、何か少し色っぽいその文章の美しい楷書体に、
    寝起きの私はしばし見とれたものだ。

    その文字を残した指が、
    今は私の隣で軽やかな音を立ててパソコンのキーを打っている。

    爪には淡いグリーンのマニキュアが施されていて、
    その色より少し濃い目の半袖のブラウスと、
    よく合っている。

    下はローライズのプリーツスカート。


    アリスの装いには、おおよそ好みという名の偏りが見られない。

    シックだったり、アヴァンギャルドだったり、
    ストイックだと思えば、次の日には大胆なセクシースタイル。


    まるで専属のスタイリストが付いてるようで、
    本当いつも、芸能人みたい。

    そうそう、芸能人といえば、女優の紅野心とは親戚か何か?



    ・・・なんて、バカみたくあっさり言ってしまえたらイイのに。



    そんな事を考えていると、

    さり気なく見ていたつもりが、
    私はいつの間にかアリスを凝視していたらしく、

    いささか怪訝そうに、彼女は私を覗き返してきた。


    「・・今日の服、可愛いね」


    咄嗟に出た私のセリフにまず反応を示したのは、
    アリスではなく、

    私達の向かいに座るリリーだった。

    目を大きく見開いて、
    物言いたげな顔つきで私を睨む。


    「何よ」

    「別に」


    リリーが書類に目を落とすのを見届けてから、
    私は再びアリスに向き直った。


    「アリスって、色んなタイプの服着るよね」


    またもやリリーの視線を感じたが、
    今度はそちらを向かないでおいた。


    「そう、かな」

    逆にアリスが、
    リリーの存在を気にするように、視線を泳がせて答えた。


    第三者が居合わせる場で、
    仕事以外の話を振られるのが、初めてだからだろう。


    「そうだよ、感心するくらい。服、好きなの?」

    私が構わず続けると、
    早くもこの状況に適応したのか、
    アリスは動揺をすっかり無くして、

    「んーー特には」

    と、いつものポーカーフェイスで返してきた。


    「特に興味無いって?でも、同じ服着てた事ないじゃない」

    と、私はすみれちゃんが以前言っていた事を思い出し、
    受け売りでそう述べた。


    「絢が大量に買ってくるから」


    私は思わず三葉の居所を確認した。
    給湯室からすみれちゃんと笑い合う声が聞こえてきたので、
    一安心する。


    「そうなんだ。所長、優しいじゃんね」

    私がそう言うと、
    アリスは微かに困惑した顔をして、
    考えるような間を少し空けた後、

    「そうだね」

    と言った。



    ―――やっぱり。

    アリスは否定しないと、思っていた。


    『うん、絢はすごく優しい』

    なんていう返事が来るとも思っていなかったが、

    けれど、こういう時アリスは、

    『頼んでもいないのに』
    『ただの自己満足でしょう』

    などと、皮肉る事はきっと無いと、
    私には分かっていた。


    アリスのこういうところに、

    私はすごく惹かれてるんだと、自覚する。


    アリスの心が真っ直ぐな事、

    瞳が澄んでいる事、


    アリスの虜になる人間は、

    それに気付かない。


    そしてアリス自身も、気付いていない。


    恋人を自分の所有者としか見ないアリス。

    相手が感情的になればなるほど、
    自分はどんどん機械的になる。

    自分に向けられる憎しみや怒りを無表情で吸収するのは得意で、

    けれど温かさや愛情を認識する事は、

    アリスにとっては不可能に近い、不得意分野なのだろう。


    それでも、

    相手をけなす事はしない。


    アリスにとって、
    その純粋さは、邪魔でしかないのかもしれないけれど、

    そういう特質って、
    いざ手に入れようと思っても、
    なかなか上手くいくものじゃないんだよ。


    なんて、

    そんな事を言えば、
    アリスはもっと困った顔をするんだろうな。



    私自身、

    そんな道徳の教科書みたいな事を考える自分に、



    困惑してしまう。

引用返信/返信 削除キー/
■19212 / inTopicNo.58)  ◆myaonさんへ
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(9回)-(2007/06/03(Sun) 02:35:03)
    こんばんは。
    お酒の席から帰宅した足で、
    気分がノッたので、そのままキーを打ちました。
    酔ってるつもりはないのですが、
    ALICEの本文と共に、
    文章がおかしかったらごめんなさいね。

    mixi、myaonさんも登録されてらっしゃるんですね。
    IDですか、そうですね。
    一応防犯の為に、日記は制限をかけているんですが、
    それでもよろしければ。
    お言葉に甘えてmyaonさんのIDを教えて頂けたら助かります。

    っと、ここで1つお願い。
    このコメント欄に書き込む事は、避けて下さいね!
    危ないですから。
    E-Mail Addressを付けておきますので、そちらで知らせて頂けたらと思います。
引用返信/返信 削除キー/
■19274 / inTopicNo.59)  NO TITLE
□投稿者/ 昴 大御所(390回)-(2007/06/14(Thu) 01:46:08)
http://id34.fm-p.jp/44/subarunchi/
    ↑また気づいていらっしゃらないんでしょうね
引用返信/返信 削除キー/
■19281 / inTopicNo.60)  ALICE 【52】
□投稿者/ あおい志乃 一般♪(10回)-(2007/06/15(Fri) 11:01:39)
    三葉とすみれちゃんが給湯室を出て来たので、
    私は話題を変えた。


    「アリスお昼何食べた?」
    「何も」

    「何も?」
    「何も」

    「なんで?」
    「なんとなく」

    「なんとなくって・・そんなんだからガリガリなんでしょ。栄養あるもの食べなよ」


    私のデスクの隅に置かれた、
    コンビニのパスタの空容器をアリスがチラリと見る。


    「なによ、家ではこんなもの食べてないわよ」
    「何も訊いてないけど」

    「本当なんだから」


    嘘じゃない。

    ただ、料理をするのはユニだけれど。
    でも私だって週一くらいでキッチンに立つ。


    アリスは物凄いスピードで、
    山になった種類に押印をしながら、
    こちらを見もせずに、

    「ご立派」

    と言った。


    普段事務的な事しか喋らないクセに、
    私には、随分皮肉を言うじゃないの。


    「分かったわよアリス、あんたの為に栄養たっぷりの弁当、作って来ようじゃないの」


    私のセリフを聞いているのかいないのか、
    アリスは黙って立ち上がり、

    書類の束をバンッとデスクの板に落として揃え、
    ノートパソコンと一緒に小脇に抱えて、
    出入り口に歩いて行った。




    ああ、そう、無視ですか。


    まぁ、アリスが他人の手作り弁当なんて、食べるワケないよな。
    私だって、他人の為に早起きしてせっせと料理なんて、柄じゃないし。

    でもまぁ、アリスが可愛い顔で「お願い」と言えば、
    やってやれない事もないのだけど。

    そんな事、死んでも言わないだろうけど。


    ぶつぶつ考えていると、

    ふいに、


    「ルーイ」


    と呼ばれ、私は眉間に皺を寄せたまま声を振り返った。



    「キャベツは抜きでね」





    ・・え? え??


    遅れて気付いた、アリスの返事の意味に、
    耳の内側からその効果音が聞こえてきそうなほど、
    私の脳内温度が急上昇するのが分かった。


    「い、イエッシューー!」


    私の口から飛び出した言葉に、
    アリスが片眉をひそめる。


    「や、だから、“Yes,sir”と、キャベツの“chou”を掛けてさ、ほら・・」




    ・・・穴があったら、埋まりたかった。

    舞い上がったあまり、
    テンションをコントロール出来ず、
    こんなくだらない駄洒落を口走るとは・・。


    いたたまれず下を向くと、


    「くっだらない」

    と、アリスの乾いた声が飛んできた。


    正直、助かった。


    厳しいツッコミに反論する振りをして、
    照れを誤魔化そうと、

    私は顔を上げた―――








    そこで、私の目に映ったのは、


    あの、笑顔だった。



    世界中に春の嵐を巻き起こすような、

    アリスの笑顔。


    久しぶりに、この光のような笑みを見た気がした。



    「くだらないよルーイ」


    もう一度そう繰り返したアリスは、

    そして部屋を出て行った。






    「何すか今の!?」


    感慨に耽る暇もなく、
    三葉が私に迫る。

    そうだ、皆、居たのだ。


    「アリスのあんな顔・・初めて見ました」

    幻でも見たような、惚けた表情ですみれちゃんが呟く。


    リリーの反応が少し怖かったのだが、

    「アリスも人間だったのか」

    と、いつも通りの彼女らしい皮肉を言っただけだった。


    「つーか、ルイ子さんいつの間にアリスと仲良くなってんすか!?“ルーイ”って、何すか!」

    「私も、驚いちゃいました」


    仲良く、か。

    そうか、そう、見えるだろうな。


    「別に、普通に喋ってただけじゃない。話しかければ答えるし、冗談言えば、笑うさ。アリスだって」


    『アンタ達がアリスを無視してるからでしょう』

    という意味を込めて、私はそう言った。


    “無視”

    という程、悪意のあるものではないけれど、

    時たまアリスが休憩時間に事務所に居合わせても、
    皆は自然と彼女がそこに居ないかのように振る舞うのだ。


    所長もそれを黙認、というより、
    むしろアリスの孤立を快く思っているように見える。

    そしてアリス自身、
    自分のそういう位置を、恐らく少しも気に掛けていない。


    無視する側、される側、
    共に不満が無いのなら、
    その状態は“平和”といえるのかもしれない。

    が、私は何だか気にくわない。


    「それって、あたし等にもアリスと仲良くしろって事っすか?無理無理!
     会話続かないですもん、絶対」


    三葉の言葉に、私は言い返す事をしなかった。
    確かにその通りではあるのだし、
    それにただ釈然としないというだけで、
    私のエゴを押しつける事は出来ない。


    「いやーーでもルイ子さん、その調子でお願いします。所長からアリスを引っぺがして下さいよ!」

    「私はそんなつもりじゃ・・!」


    「三葉ちゃん、それは言うべき事じゃないんじゃない?」

    すみれちゃんが、穏やかに、しかし厳しい眼差しで言った。


    「そう、だいいち例えルイ子がそのつもりだったとしても、
     物事が三葉の都合の良いように進むとは限らないだろうに。
     私達にとって確実なのは、仕事がやりにくくなるって、事だけよ」

    「いいんです!!!」

    リリーの言葉の前半部分に私が異議を唱える隙を与えず、
    三葉が声を大にした。


    「誰がどんなつもりであろうと、あたしは何だって利用しますから!
     所長が振り向いてくれるんなら、何だってするんだから!!」

    半ば自分に言い聞かせるようにそう叫んだ後、
    三葉は私達からフイッと顔を背けて頑固さを演出するような仕草をし、
    背筋を大げさに伸ばしてスタスタと早足で部屋から出て行った。


    ドアの閉まる乱暴な音を聞いた後、
    すみれちゃんが困ったように笑って、

    「ルイ子さんがそういうつもりじゃ無いって事は、みんな分かってますからね」

    と言った。


    「ありがとう」 と一応そう返しておいたが、
    正直、微妙な気持ちだった。


    確かに私は所長からアリスを奪い取ろうとはしていないし、
    そんな欲求も無い。

    それじゃあ私の望む事は何なのか。


    一昨日の晩、同じ事を悩んだ時は、
    ついぞその答えは出なかった。

    ただ漠然とアリスに近付きたいと思っている自分が見えるだけで、
    その具体的な形を掴む事が出来ずに終わった。

    だが今は一つだけ、
    新たにハッキリした事がある。


    ついさっき、
    アリスの笑顔を見た時に気付いたのだ。



    私は、アリスが笑うと、堪らなく嬉しいのだと。


    私の望みは、

    アリスが沢山沢山、笑顔でいられること。


    多分それは、

    真冬に桜が咲くよりも難しい事。


    だからそれだけ価値がある事。



    私は所長とアリスの仲を引き裂く気は無いが、

    所長の存在がアリスの笑顔を曇らせる大きな要因であるのならば、


    それを黙って見ている気も、


    無いという事だ。
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