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■19329 / inTopicNo.21)  第一章 さくらいろ (14)
  
□投稿者/ 琉 一般♪(18回)-(2007/06/25(Mon) 07:00:57)
    「今日は風が強いようだから、制服のスカートには気をつけるのよ」

    出かける前に、和沙の母は確かにそう言っていた。
    しかし、和沙がそのことを思い出したのは、もう帰宅した後だった。

    うぅ…なんで今日に限ってあんな柄…

    高校生にもなって、母親が買ってきた服や下着ばかり着ている和沙も和沙だが、
    これまで勉強漬けだった人生では仕方がない。
    けれど、さすがに今どきの女子高生で子供用のマスコットやキャラクターが
    プリントされた下着を愛用している人は少数だということは和沙も認識していた。
    だが、今回はあまりにも相手が悪かった。
    真澄は…今朝和沙と鉢合わせした時にでも偶然目に入ったのかもしれない。
    おそらく、彼女の性格からこの弱みにつけこんでくるだろうことは
    充分に想像できる。

    疲れた…

    和沙は今日一日がとても長く感じられた。
    本来なら入学式が終わったらさっさと帰るつもりだったから、
    そんなに疲れるはずはないのだが。
    気分的には体育祭やマラソン大会などでも終わったかのような
    倦怠感でいっぱいだった。

    和沙は、明日の準備をしてから今夜はもう早めに寝ることにした。
    鞄の中身を整理しているうちに、
    学年カラーについての説明用紙が目に飛びこんできた。
    どうやら二年生が紺で、三年生が黒だったらしい。
    「あ」
    注記とされているので危うく見落としてしまいそうだったが、
    それは下の方に確かに小さく記されていた。
    『なお、生徒会役員はこれとは別に白色を着用する。
    生徒会役員候補生に選抜された者も同様である』
    今朝には知らなかったが故の悲劇。

    なんだって、昨日確認しなかったのか…

    真澄が生徒会関係者だって知っていたら…あまり関わりたくないから、
    少なくともあのような行動はとらなかったはずなのに

    なんだって、今朝道を間違えたのか…

    入試の際には、他にも志願者が居たため送迎車で校内に入ったが、
    その窓から確認しておけば闇雲に迷うこともなかったのに
    和沙の心には、後からあとから後悔の念が押しよせてくる。

    とにかく…今日はもう寝よう

    布団の中に入っても、和沙の胸の内が晴れることはなかった。
    しばらくは、悶々と今日あった出来事を回想していた。
    ふと、目に映るのは…明日着ていく予定の下着。

    ハア…

    思わぬアクシデントもかさなり、
    口からこぼれるため息はより一層深いものになった。
    和沙は重苦しいため息を数回ついた後、
    今度からは自分で買い物に行こうと決意した。
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■19331 / inTopicNo.22)  第一章 さくらいろ (15)
□投稿者/ 琉 一般♪(19回)-(2007/06/25(Mon) 09:15:04)
    翌日、登校した和沙を待ち受けていたのは、
    同級生からの真相の追究だった。
    昨日の放課後、教室に残っていたクラスメイトには
    見られていたから、そこから一気に伝わったのだろう。
    「どうなっているの?澤崎さん」
    挨拶もなしに顔を見るやいなやこの質問である。
    「どうって…別に何も…」
    どうなっているかなんて、和沙にだってうまく説明できない。
    昨日は、訳も分からず生徒会室に引きずりこまれたので、
    和沙はどちらかというと被害者の立場なのだが。
    「だって、生徒会長が直々にお迎えにあがるなんて…」
    そう言いながら、一同はみな顔を赤く染める。

    あのう、もしもし?
    …だめだ。イッちゃってるよ、この人たち。

    「そ、そんなにすごい人なの…?」
    和沙の口からは思わずそんな言葉がこぼれたが、
    それは逆に、火に油を注ぐ結果になってしまったらしい。
    「すごいなんてもんじゃないわ!
    今年度の生徒会長、高柳真澄先輩といえば…
    お父様はお医者さまでありながら、医療系メーカー産業の
    トップシェアを誇る大企業経営者でいらっしゃるの。
    その高柳家のご令嬢でありながら、品行方正、博学多才、
    スポーツ万能、それに加えてあの美貌!
    あの方は全校生徒の憧れですわ」
    息継ぎしないで、こんなに長い説明をよく言えるものだと感心する。
    でもやっぱり、興奮しすぎて息を荒げていた。

    しかしねぇ…さらに性格極悪という肩書きもあるんだけど…

    こればかりは『知らぬが仏』である。
    和沙だってできれば知りたくなかった。
    しかし、昨日の一件だけでこの調子だと、
    あったことを馬鹿正直に話したらどんな目に遭うのか。
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■19332 / inTopicNo.23)  第一章 さくらいろ (16)
□投稿者/ 琉 一般♪(20回)-(2007/06/25(Mon) 14:16:19)
    「今年の生徒会候補生は、どなたが選ばれるのかしら?」
    クラスメイトは、早くも違う話題に夢中だ。
    これでやっとひと安心…とも言っていられない話題である。
    『生徒会役員候補生』

    嫌な響きだ…

    昨日の放課後、まさに指名された自分。
    いや、指名というより実際は押し付けもとい強制に近いが。
    「噂では、今年は五月の選抜会はやらないそうよ」
    「まあ!私、来月はぜひとも立候補するつもりでいましたのに…」
    「あら、私だって…」
    彼女たちは心底残念そうな顔をしている。
    確かに、斎の話だと来月まで待っている余裕がないのは本当らしい。
    また、彼女の説明によると百合園高校生徒会というのは、
    学校の創立当初から学園の中枢母体に位置づけられ、
    役員に就任することはこの上ない名誉なことだという。
    生徒会の歴代役員だけが参加できる同窓会も開催され、
    まだ歴史の浅い学校ということもあってか、
    輝かしい実績を持つOGとの交流も盛んなのだそうだ。
    生徒会役員はもちろん全校生徒の投票により決定されるが、
    前年度の候補生は抜群の知名度と豊富な経験から、
    立候補すればほぼ確実に当選できるようだ。
    だから、クラスメイトが悔しがっているのも
    単に今年の生徒会役員に憧れているだけではなくて、
    そういう利点も含まれる。

    「でね、前評判では一年生では澤崎さんが有力らしいわ」
    自分の名前が出た途端に、和沙は一気に視線が向けられるのを感じた。

    うっ…

    どうやら、彼女たちの中でこの話題はまだ終わってなかったようだ。
    こうやって注目されることに慣れていない和沙は、
    さりげなくを装って教室の席から離れようとした。
    …が。
    「澤崎さん!」
    側に居た生徒に肩を掴まれる。
    「は…はい」
    反動で、思わず和沙は仰け反ってしまった。
    「ねぇ、もしかして候補生のお話を打診されて、もう了承なさったの?」
    それは、イエスであり、ノーであるから何とも返答しずらい。
    候補生に指名されたのは確かだが、まだ本当の意味で了解したつもりはない。
    だが、昨日の一件からもおそらく役員は
    もう決定したものだと解釈しているだろう。
    遅かれ早かれ、この話がクラスメイトに伝わるのは時間の問題なのかもしれない。
    「ええと…昨日はちょっとした用事で生徒会室にお呼ばれしただけで、
    そういう話は生徒会から正式発表があるまで他ではしないでほしい
    と言われまして、ここでの発言は控えさせていただきますわ」
    和沙は、こう答えるだけで精一杯だった。

    「今日はできるだけ教室には居ない方が良いかもしれない」
    小声でそっと伝えてくれた希実からの忠告は的得ている。
    昼休みになると、和沙はお弁当を持ってそそくさと教室を離れた。
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■19334 / inTopicNo.24)  第一章 さくらいろ (17)
□投稿者/ 琉 一般♪(21回)-(2007/06/25(Mon) 18:51:59)
    百合園高校には、普通でいうところの学食にあたる
    大きなカフェテリアがある。
    和洋中はもちろん、本格的なイタリアンからエスニック、
    有名店から直送される色とりどりのスイーツまでも充実していた。
    ただ、さすがはお嬢様学校。
    学食とはいえ、どれもかなりお値段が張る。
    学割されていても、平均して千円弱はかかってしまう。
    この学校に通う生徒なら普通はたいしたことのない金額だが、
    庶民生まれの和沙にしてみれば、高校生のうちから
    昼食にお札を払うほどの食事など考えられなかった。

    これだから、金持ちのオジョーサマは…

    百合園に進学を決意した時、ある程度のカルチャーショックは
    覚悟していたが、こういう歴然とした差を見せつけられると
    つい皮肉めいてしまう。
    つくづく場違いな学校に入学した、と思う。
    普通のサラリーマンの父に、専業主婦の母。
    ごく一般的な家庭に生まれ育った和沙が百合園に合格した時、
    両親は馴染めるかとても心配していた。
    来年には、百合園女子大学が設立される。
    このまま特待生選抜の成績を維持できたら、
    自分はまたも学費免除の優先入学を決めることができる。
    和沙の将来の夢を実現するためには、その入学が不可欠だった。
    だからこそ、高校生活などたかが三年間。
    そう思わずしてはやっていけないのであった。

    意気込んだところで和沙は我に返り、
    校舎からは随分と離れたところまで来てしまったことに気づいた。
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■19335 / inTopicNo.25)  第一章 さくらいろ (18)
□投稿者/ 琉 一般♪(22回)-(2007/06/25(Mon) 23:35:06)
    この場所は大庭園の敷地のようである。
    薔薇の香りが辺りに広がるから、小庭園が近いのかもしれない。

    やがて視界が開けると一つの温室が見えてきた。
    規模からするとそこまでバカみたいに巨大ではないが、
    それでも真新しくて洗練された温室であることが見て取れる。
    中に入ると、水のせせらぎと小鳥のさえずりが聞こえてきた。

    ここは…?

    小川状になって流れている水は、この温室の至るところで目撃した。
    アメリカンブルーにマリーゴールド、そしてパンジーに胡蝶蘭。
    高いヤシの木や大きな蔦は眼を見張るものがある。
    ここだけで植物園のテーマパークと化していた。
    どうやら滝のような音は噴水から聞こえていたらしい。
    中央の円状広間には、小さな噴水と反対側につながる
    唯一の通路を取り囲んで一面にびっしりと百合の花が咲いていた。
    いったい何本くらいあるのか。
    等間隔で植えられた百合はどれも綺麗に花開かせている。

    「誰…?」

    和沙がしばらく百合に見とれていると、奥の方から声がした。
    振り向くと、そこには一人の生徒が立っていた。
    よく見るとその人は紺色の体育着を着ていた。
    体育着のカラーはそのまま学年カラーであるから、
    どうやら二年生らしい。
    彼女の声色から、ここは立入禁止の区域で自分は
    入ってはいけなかったのか、と和沙は不安になった。
    「あ、ごめんなさい。今、出ます」
    「あら、どうして?澤崎さんよね?
    後姿が見かけない人だったものだから声をかけただけよ」
    そう言って呼び止めたその人はにこやかに微笑んだ。

    あ、なんか可愛い…

    上級生と思しき人に対して失礼かもしれないけど、
    やわらかい雰囲気からそんな印象を受けた。
    和沙よりちょっと背が高くてベビーフェイスのその人は、
    反対側のテーブルと椅子が置かれているスペースへと案内した。
    お腹が空いていたこともあり、
    二人はそこでお弁当を広げて昼食にすることにした。

    温室には簡易キッチンも設置されているようで、
    飲み物は温かい日本茶をご馳走になった。
    話をして、彼女はさっきの時間が体育だったので
    着替えずにそのまま来たのだと語った。
    「だから終わったら素早く着替えなきゃ」
    そう言って彼女はカラカラ笑う。

    百合園にもこんな先輩が居るんだ…
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■19338 / inTopicNo.26)  第一章 さくらいろ (19)
□投稿者/ 琉 一般♪(23回)-(2007/06/26(Tue) 10:04:47)
    他愛ない話をして場の空気が和んできた頃に、
    彼女は唐突な質問をした。
    「私のこと、覚えていない?」
    「へ?」
    何の脈絡もない質問に、和沙は少々面食らった。

    覚えているも何も、彼女とは今日が初対面…ではないのか?

    そんな和沙の態度にがっかりした様子の彼女は、
    お茶が入ったポットを持って席を立った。
    向こうは和沙のことを知っているらしい。
    しかし、いくら思い出そうとしても、
    ヒントが百合園高校の二年生ということだけでは限界がある。

    昨日、自分にコサージュをつけてくれた先輩とは違うし…

    「お茶のおかわりをどうぞ」
    差し出されたお茶を見て、和沙はふと昨日の放課後を思い出した。

    そういえば、生徒会室でお茶を出してくれた人はこんな感じだったような…

    「ああっ!」
    「思い出した?」
    満足そうに微笑み、彼女は嬉しそうな声をあげた。

    そうだった…

    和沙は昨日、一応紹介されていたのだ。
    彼女は二年A組の欅谷杏奈先輩。
    生徒会の書記を務めている。
    昨日は眼鏡をかけていて、黒くて長い髪は三編みにしていたから
    すぐには思い出せなかったのだ。
    それにしても、杏奈は昨日とは随分印象が違う。
    今日は眼鏡も三編みもしていなくて、
    美しいロングヘアがさらさらと揺れている。
    おまけに生徒会役員も通常の学年カラーの体育着を着用するため、
    なおのこと特定しにくい。
    一見しただけでは同じ人物だとは分からないはずだ。

    「それにしても…和沙ちゃんは私のことを忘れていたのね」
    残念そうに言う杏奈を見ていると、
    和沙はだんだん申し訳なくなってきた。
    「すみません…」
    「ふふっ。でも、良いのよ。
    私も面白がってよく髪型を変えるのだから」
    悪戯な笑みを浮かべている杏奈は、やっぱりすごく可愛かった。
引用返信/返信 削除キー/
■19339 / inTopicNo.27)  第一章 さくらいろ (20)
□投稿者/ 琉 一般♪(24回)-(2007/06/26(Tue) 13:36:05)
    「欅谷先輩は、栽培委員なんですか?」
    「え?」
    「だって、ここって…」
    和沙の質問にきょとんとしていた杏奈は、
    やがて意図を汲みとってくれたらしく説明を始めた。
    「この温室のことについて知りたいのね?
    ここは…確かに栽培委員会が手入れをしている場所だけれど、
    高柳会長が委員長でもあることから生徒会もお手伝いをしているの。
    とはいっても、我々はこうやって昼休みのお目付け役程度でしかないけど。
    貴重な動植物が多いこともあって、温室から半径百メートルを含めて
    関係者以外は出入り禁止になってはいるけど、
    申請すれば生徒は誰でも入室して鑑賞ができるわ」
    「…そうなんですか」
    温室のことはもちろんだが、真澄が栽培委員だということも
    和沙には初めて耳にする情報だった。
    「これが、大庭園の見取図よ」
    杏奈はそう言って、テーブルの小さなひきだしから
    薄っぺらな紙を取り出した。
    どうやらそれは校内の地図らしい。

    うわ…

    「大きい…ですね」
    「でしょう?外部受験生にとってはまさに密林よね。
    私も去年、百合園高校へ入学したばかりの頃はよく迷ったわ」

    …あれ?

    「あの…欅谷先輩は百合園中学のご出身ではないのですか?」
    「え?」
    和沙は、生徒会役員はみな中学から百合園に通っている
    由緒正しいお嬢様だけで構成されているものなのだと
    ずっと思い込んでいた。
    だって一応…学校の代表なのだから。
    でも、どうやらそれは違うらしいことがこの後の杏奈の話で判明した。
    「うちは両親が公務員だけど…いたって普通の家庭よ。
    だから、和沙ちゃんと同じ特待生として入学したの。
    まあ…まさか自分が生徒会役員候補生に選ばれるなんて
    思ってもみなかったけれど、やってみると
    案外楽しくて今では良かったと思っているのよ」
    和風美人の容貌からするといかにもお嬢様らしいのに、
    意外と自分と似た境遇であることを知って、和沙は嬉しくなった。
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■19341 / inTopicNo.28)  第一章 さくらいろ (21)
□投稿者/ 琉 一般♪(25回)-(2007/06/27(Wed) 09:16:38)
    「ほら、見て。ここが…この温室よ」
    杏奈が指差したのは、地図の真ん中だった。
    なるほど、ここは通称『三角通り』の内側であり、
    大庭園のほぼ中央に位置していることが分かる。
    温室を囲うようにして三方に小庭園が置かれていて、
    それらをさらに木々が覆っている。
    どうりで森みたいに見えたはずだ。
    三角通りにはそれぞれに二本の分かれ道があって、
    一本は温室へ、もう一本は校舎へと続いている。
    イチョウ通りだけは大学キャンパスが建設中に伴い、
    今は行き止まりになっているようだ。
    校舎側へと続く通路は、しばらく進むとさらに校門や駐車場、
    運動場やテニスコートなどへつながる複雑な分岐点になっていた。

    「このエリアは生徒会専用の区域なの」
    杏奈が弧を描くように示す先には、桜通りから少し温室側に
    外れたところにあるトラック一周分ほどの場所があった。
    殺伐として見えるが、中には桜木とベンチが発見できた。

    ここって…

    和沙は、もしかしたら入学式に自分が迷った場所
    かもしれないことを悟った。
    「生徒会…専用ですか」
    「うん、そう。ここは一般生徒も原則として立入禁止になっているわ」

    マズイ…

    冷や汗が出るような感覚というのはこういうことをいうのか。
    和沙の脳裏には瞬時にあの朝のことが蘇ってきた。
    確かあの時…真澄は「ここでは」携帯電話をマナーモードにしろ、
    と言っていた。
    それは、紛れもなくあの場所が生徒会専用の場所であった証拠ではないか。
    可能性では済まされないほど高確率で自分が犯したミスに、
    和沙は今さらながら気づいた。
引用返信/返信 削除キー/
■19362 / inTopicNo.29)  第一章 さくらいろ (22)
□投稿者/ 琉 一般♪(26回)-(2007/06/29(Fri) 00:29:06)
    「そう。そんなことがあったの…」
    一通り説明を聞いた杏奈は、笑ってそう答えた。
    同時に、和沙の真澄に対する刺々しい態度のワケが分かったらしい。
    こちらとしては、笑い事ではないのだが。

    「でも…そういえば高柳会長は随分と早い時間に
    登校しているって話よ」
    「あの時は本当にびっくりしましたけど…
    結果的に先輩が居てくださったおかげで助かりました」
    「まさか、体育館まで案内してくれた人が
    生徒会長だとは思わなかったんだ?」
    クスッと笑いながら、杏奈が訊ねてくる。
    「…はい。恥ずかしながら」
    返事をしながら、和沙は自分の頬が紅潮するのを感じた。
    でも、あの状況で生徒会長かどうか判別するのは、
    内部生でもなければかなり難しいはずだ。

    「大丈夫よ。真澄先輩は、そんなことで怒ったりしないわ」
    片目を閉じて、杏奈はこちらを見つめてくる。
    「だけど…」
    それでも、と和沙が続けようとすると、再び杏奈がそれを遮った。
    「おそらく、和沙ちゃんと出会ってからだと思うけど…
    真澄先輩は笑うことが多くなってね。
    あなたと一緒に過ごす時間が楽しいのよ、きっと」
    そりゃ楽しいだろう。
    いじりがいがあるおもちゃ、程度にしか考えてないはずだ。
    恨めしそうな口調で和沙が小さく反論すると、
    杏奈はそうじゃない、とだけ告げた。
    「まだ、気づいてないのね。あなたも真澄先輩も」
    最後にその呟きだけが、和沙の耳に入ってきた。

    昼休みも半分を過ぎると、そろそろ戻った方が良いと杏奈が促す。
    時間が過ぎるのは早いもので、昼休みはあっという間だった。
    「今日の放課後も必ず来てね」
    杏奈は、和沙に念押しておくことも忘れていなかった。
引用返信/返信 削除キー/
■19363 / inTopicNo.30)  第一章 さくらいろ (23)
□投稿者/ 琉 一般♪(27回)-(2007/06/29(Fri) 01:09:33)
    午後の授業は化学と日本史だった。
    どちら授業もまだ一回目ということで、
    教師の挨拶と授業の進行についての説明、
    各自の自己紹介などで終わってしまった。
    退屈が嫌いな希実は、自分の番を済ませると、
    さっさと夢の中へとトリップしてしまった。
    希実には内職の才能があるかもしれない。
    まあ、何回もクラスメイトの自己紹介を聞いても仕方ないのだが。
    和沙はいつもの優等生ぶりで淡々と授業をやり過ごし、
    気づけばもう放課後になっていた。

    昨日のこともあるため、和沙はさっさと帰りたかったのだが、
    クラスメイトがそうさせてはくれなかった。
    「澤崎さん、今日は生徒会の会合があるのでしょう?」
    彼女は今朝も声をかけてきた…確か西嶋さんといったはずだ。
    西嶋さんは自他共に認める生徒会役員のファンだ。
    特に二階堂先輩が好きらしい。
    自己紹介で言っていた。
    和沙は最初、新参者の自分が生徒会に出入りしているのが
    気に喰わないので文句でも言いに来たのかと思っていた。
    ところが、西嶋さんの真意は違ったようだ。
    「先ほど、生徒会の欅谷先輩が放課後に来るよう
    申しつけていらしたわよね」
    そうだ。
    杏奈は生徒の往来が激しい連絡通路で話をしていた。
    いつ、同級生に見られていてもおかしくない。
    たぶん、彼女はそれすらも狙ってあの場で言ったのだ。

    確信犯だ…

    和沙はやられた、と思った。
    さすがの和沙も、上級生の誘いを無視して帰る勇気はない。
    ましてこの状況においては、すぐにでも複数のクラスメイトたちに
    生徒会室へ連行されそうな雰囲気だった。
    西嶋さんは、和沙が逃げないよう牽制したかったのだ。
    そして杏奈は、最初からそうなることを意図していたのだ。
引用返信/返信 削除キー/
■19364 / inTopicNo.31)  第一章 さくらいろ (24)
□投稿者/ 琉 一般♪(28回)-(2007/06/29(Fri) 01:39:37)
    「いらっしゃ〜い」

    生徒会の面々は、和沙が来ることをまるで当然のことのように
    嬉々として出迎えた。
    ただ一人、真澄を除いては。
    今日の真澄は何故か不機嫌だった。
    「お茶のおかわり!これ、もう一枚コピーして!」
    イライラした口調でお茶やコピー印刷を要求する様は、
    ほとんどオジさんのようだ。
    理由は分からないが、どうやら昼休みに和沙と杏奈が二人で
    昼食をとったことに関係あるらしい。
    斎がこっそりと耳打ちして教えてくれた。

    役員は必ず生徒会室で食べないといけない決まりでもあるの…?

    和沙が不思議そうに首をかしげていると、
    斎はまだまだだね、とため息をついた。

    二度目の訪問ということで、生徒会役員は和沙を
    まだ客人のように扱って何もさせなかったが、
    真澄はそんなことお構いなしのようだった。
    「和沙!肩揉んで!」

    パシリかよ…

    和沙は白い目で見ながら、口ごたえせず
    この美女の姿をした中年オヤジの肩揉みをした。
    認めたくはないが、一応外見だけは文句つけようがないため、
    姿勢の良い後姿は惚れぼれするものがある。
    今日の真澄は髪をアップにしているため、首もとがすっきりしている。
    当然、立ち位置の関係で和沙には真澄のうなじが見えるわけで…

    肌、白いなぁ…

    って、そうじゃない!
    こんなに凝視したら、どっちがオヤジ臭いのか分からなくなる。
    彼女のファンにこんな場面を見られたら、
    たぶん袋叩きにされるだろう。
    いや、その前に豹変した真澄に幻滅するか。
    しかし、無償で奉仕しているというのに、
    やれもっと上だの、もっと強くだのと注文が多いこと。
    本来ならやってられるかと腹を立てるところだが、
    何故か彼女が相手だとそれができない。

    ああ、こんな自分が一番嫌だ…

    和沙は、沸き起こる興奮と苛立ちに
    折り合いをつけられないまま憤りを感じていた。
引用返信/返信 削除キー/
■19365 / inTopicNo.32)  第一章 さくらいろ (25)
□投稿者/ 琉 一般♪(29回)-(2007/06/29(Fri) 15:12:34)
    話し合いの結果、和沙は期間限定で生徒会を手伝うことを了承した。
    最初はその提示条件すら拒否していた和沙だったが、
    役員の泣き落としに根負けしてこうなった。
    特に杏奈は…女優になれるかもしれない。

    和沙は、実はそこまで言うほど生徒会候補生に
    なりたくないわけではない。
    生徒会の役員は親切だし、部活にも入っていない
    和沙にとって、内申で有利に働くところも魅力的だ。

    ただ、問題は…

    「はい、あ〜ん」

    ここは一年A組の教室で、現在は昼休み。
    和沙と希実は自分たちの席でそろってお弁当を広げていた。
    そこまでは別に何てことないお昼休みの光景である。
    しかし、今日はもう一人同席する者がいた。
    それが…この三年A組の高柳真澄。
    云わずと知れた本校の生徒会長である。
    昨日約束を交わしてから…まだ半日しか経っていないというのに、
    早速逃げないようにわざわざ言いにきたようである。
    真澄はあろうことか、和沙のお弁当の中に
    あるロールサンドが刺さった爪楊枝を持ち上げ、
    和沙の口へ直に食べさせようとした。

    教室からは悲鳴があがった。
    それもそのはず…同じ学校に居ても目にする機会が少ない一年生たちは、
    この突然の訪問に軽いパニックになっていたからだ。
    普段は教室で昼食を食べないクラスメイトも、この日ばかりは
    学内併設ベーカリーでパンを買いこんで自分の席で食べていた。
    教室の外には、すでに遠巻きに見る生徒で溢れている。

    「食べないの?」
    正面に座っている希実がそう尋ねた。
    相手の肩書きなんてほとんど気にかけない彼女は、
    この状況に居てもいつもと全く変わらない。
    むしろ、楽しんでいる節さえある。
    一方、和沙の右横に座る真澄はというと…
    期待していた好反応が得られなかったようで、
    みるみる不機嫌になっていった。
    「チッ」
    早くも舌打ちしている。
    変にサービス精神旺盛な接客に似た態度というのも気味が悪いが、
    へそを曲げて睨む顔もとても恐ろしい。
    ただ、遠巻きにこちらの様子を伺っている多くの生徒には
    死角になっているため、彼女たちには楽しくおしゃべりを
    しているようにしか見えないはずだった。
    羨ましいといったらこの上ない。
    和沙は、だんだん頭が痛くなってきた。
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■19370 / inTopicNo.33)  第一章 さくらいろ (26)
□投稿者/ 琉 一般♪(30回)-(2007/06/30(Sat) 18:40:54)
    「何で一年の教室に…?」
    「あら、心外だわ。こうして可愛い後輩を訪ねてあげているというのに。
    それとも、上級生が下級生の教室でお昼を食べてはいけないという
    校則でもあるのかしら?」

    …いえ、ありません

    ないけど、普通は遠慮するものだ。
    下級生に絶大なる支持を持つ生徒会長が来たりしたらどうなるか、
    ちょっと考えたら分かることだろうに…
    真澄はたまに、こういう常識が通じないところがある。
    おまけに、さっきの行動なんて彼女らしくなさすぎて、
    気味が悪いのを通り越して寒気すら覚える。
    どうせ、昨日放送していたテレビドラマにでも影響されての行動だろう。
    確かあの番組は…高級クラブのホステスが主役で、
    水商売を取り巻く人間模様をテーマにした人気ドラマらしい。
    和沙の場合、たまたま夕食時についていたテレビに
    映っていたのを見かけただけなのだが、あまりテレビを
    見ない希実ですらこれは毎回楽しみにしているらしい。

    真澄には全くといっていいほど関係ない世界だが、
    でもそんな縁のない職業だからこそ真似してみたくなったのかもしれない。
    しかし、和沙がふくれっ面しただけで気に喰わないというのなら、
    もっと悪質な客にはどう対応するのか。
    例えば…そう、よくドラマで描かれている下品な中年オヤジが、
    お店のお姉さんの脚を触っては言い寄る場面などだ。
    大抵ならば、適当にかわしてその場を上手くやり過ごすようだが、
    真澄に限ってはそんなことができるはずがない。
    きっと腹を立てて顔を引っ叩いては、客を置いたまま帰るくらいのことは
    平気でやりそうである。

    この人が入った店は、すぐ潰れそう…

    そこまで想像した和沙は、可笑しくなって吹き出してしまった。
    「何がそんなに面白いのかしら?」
    置いてきぼりをされたことが面白くなかったのか、
    真澄が不機嫌そうな崩さぬまま尋ねた。
    そろそろ、この女王様のご機嫌とりに伺った方が良さそうである。
    そうしないと…後がとても面倒なことになりそうだから。
    「和沙には妄想癖があるんですよ」
    と、そこに口をはさんだのは希実だった。
    さすがは友達と感謝したいところだが、
    よりにもよって『妄想癖』って…
    フォローになっているのか微妙な回答だった。
    でも、真澄を満足させるには充分だったようで
    「そうよねぇ…和沙ったら、たまに何を考えているのか
    分からないところがあるものね」
    なんて失礼なことを言ってくれる。
    奇人ぶりを遺憾なく発揮する面では、
    真澄も良い勝負だろうに。
引用返信/返信 削除キー/
■19371 / inTopicNo.34)  第一章 さくらいろ (27)
□投稿者/ 琉 一般♪(31回)-(2007/06/30(Sat) 23:39:15)
    「氷田希実ちゃん…だったかしら?
    和沙と仲が良いのね」
    真澄はどうやら希実と気に入ったらしい。
    人気者の生徒会長相手に臆することなく、
    かといってふてぶてしすぎない素振りで自然体の希実は、
    確かに百合園では珍しい存在だ。
    和沙はしばらく、二人の会話に耳を傾けていた。
    会話の内容は、どちらかというと真澄が一方的に質問をして
    希実がそれに答えるといったやりとりが続いていた。
    …だが。
    「希実ちゃんは部活動に入っているのかしら?」
    真澄のこの発言には妙な聞き覚えがあった。

    というか、昨日と全く同じ質問じゃないか!

    「それが入っていないんですよ〜。
    たくさんお誘いは受けるですけど…」
    希実は運動神経が良い。
    中学の頃は陸上部だったらしい。
    午前の体育の授業でも、それは証明済みだった。
    だから、昨日も今日も運動部の勧誘が後を絶たないのだが、
    本人はあまり興味がないようだ。

    ああ、でもそれ以上喋らないで…

    和沙の密かな懇願も通用せず、真澄はついに核心に迫った。
    「この時期、生徒会でも候補生を募集しているのよ。
    どうかしら?希実ちゃん、遊びに来ない?
    今ならもれなく紅茶とスイーツのティーセットもついてくるわよ」
    何が今ならもれなく、だ。
    そんなの、生徒会が集まるたびに食べているくせに。
    和沙はすでに二日連続で出されたから知っていた。
    けれど、希実をおびき寄せるには充分な餌だったようで、
    早くも満面な笑みを浮かべていた。
    「行きます!絶対に行きます!今日の放課後から伺っても良いですか?」
    「もちろん、大歓迎するわ。生徒会室で待っているから…
    希実ちゃん、和沙も必ず連れてきてね!」
    そう言って真澄は席を立ち、颯爽と退室した。
    時間はもう昼休みが終わる十分前になっていた。
    台風のような真澄が去ってから、
    ようやく一年A組にも平穏が戻った。
引用返信/返信 削除キー/
■19372 / inTopicNo.35)  第一章 さくらいろ (28)
□投稿者/ 琉 一般♪(32回)-(2007/07/01(Sun) 00:21:04)
    「希実ぃ〜!頼むから断ってよぉ」
    和沙は無念そうにぼやいた。
    「え、だってティーセットだよ?行くでしょ、普通」
    そうでした。
    希実は百合園では平均身長くらいであるが、驚くほどよく食べる。
    今日だって重箱みたいなお弁当をペロリと平らげたあと、
    菓子パン二個をあっさりとデザートとして食べていた。
    一体、食べたものはこの細い身体のどこに蓄積されているのか
    不思議なくらい、羨ましい体型をしていた。
    生徒会ならケーキにしても紅茶にしても、
    選りすぐりの品を好きなだけ用意しそうだ。

    別に希実が生徒会に手伝いに来るからといって、和沙には
    直接的に何の利害もないはずだ。
    それに、同じ一年からもう一人推薦されるのならば、
    だんぜん見知った友達である方が良いに決まっているから
    本来なら喜んで然るべき状況のはず…なのに。
    何故だか、自分だけだという優越感にも似た感情を壊されたような、
    そんな複雑な想いが胸の中で燻り続けていた。

    「氷田さんも生徒会候補生に選ばれたんですってね」
    西嶋さんが笑顔でこちらに近づいてくる。
    「おめでとう!氷田さん」
    彼女の友達…斉藤さんと梶原さんも同調して声をかけた。
    しかし、和沙にしても希実にしてもまだ候補生に正式に推薦された
    わけではないというのに、クラスメイトの盛り上がりは
    すごいものがあった。

    「あ、あの…私たちまだ決まったわけじゃ…」
    和沙のそんな呟きにも西嶋さんは一笑した。
    「いいえ。高柳会長はあの見目麗しいお姿もあって、
    めったに人を寄せつけないの。
    それなのに…今日はわざわざご自身が下級生の教室に
    出向いただけではなく、さらにお昼を一緒に召し上がった
    というのはすばらしい快挙よ!」
    「あの美しいお顔を間近で拝見できるなんて…羨ましい」
    クラスメイトは口々に感嘆の声をあげ、羨望の眼差しを向けた。
    「うん。近くで見たら、すごく綺麗な人だったよ」
    希実はのんびりと感想なんかを言っていたが、
    和沙からしたらあの女王と同席しなかった人たちが羨ましい。
    みんなはあの人の本性を知らないからそんなこと言えるのだ…ってね。
    『生徒会役員候補生』なんて名前だけは響きが良いけど、
    実際は役員の下僕および雑用パシリのようなものだ。
    和沙は、昨日の肩揉みでよく知っている。
    間違っても喜んで手伝いに行くわけじゃない。
    和沙と希実は仕方なく、ティーセットにのせられて手伝うだけだ。

    でも…本当にそれだけ…?

    和沙は心を霞めた小さなざわつきには気づかないことにした。
    世の中には、深入りしない方が良いこともある。
    最初はちょっとした火遊びのつもりの好奇心でも、
    夢中になっていつしか全てを捧げるほど依存することは
    よくあることなのだ。
    まるで麻薬のように。
    だからこのまま目を瞑って、何事もなかったことにして
    しまった方が良い。

    この人にこれ以上近づくと抜け出せなくなる…

    それは、内なる警告だった。
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■19384 / inTopicNo.36)  第一章 さくらいろ (29)
□投稿者/ 琉 一般♪(33回)-(2007/07/02(Mon) 14:33:51)
    放課後、和沙と希実は帰り支度を済ませてそのまま生徒会室に向かった。
    百合園高校の校舎は、ひし形をしていて中央棟をはさんで東西南北に
    それぞれ別棟が置かれた設計になっている。
    中央棟には、職員室に生徒指導室、保健室、視聴覚室などが
    設置され、学園の中枢として機能している。
    もちろん、生徒会室もこの棟の最上階にある。
    生徒の教室は、一年生と二年生が南棟にあり、三年生は東棟にある。
    三年生だけ別にあるのは、受験面からの配慮ということらしい。
    残りの二棟は、西が理科室や被服室をはじめとする研究棟で、
    北が資料室併設の図書館になっていた。
    それぞれの棟間には、各階に連絡通路が張り巡らされているので
    比較的容易に移動できるが、いかんせん校舎自体が大きいこともあって
    連絡通路まで行き着く廊下が長い。
    和沙がようやく入り口にさしかかろうとした時、
    前方からこちらに向かって歩いてくる集団が眼に映った。

    何、あれ…?

    一人の生徒を取り囲むように、数人の生徒が群がっているように見えた。
    中心にいる人物には見覚えがなかったが、どうやら二年生らしい。
    一人だけずばぬけて背が高いので遠目からでも学年カラーが確認できた。
    それにしても…取り巻く生徒たちの黄色い歓声のすごいこと。
    少し離れたこちらの校舎にも反響していた。
    真ん中の彼女は、少し斎に似ている。
    顔がというよりは、雰囲気などの面影がそっくりだった。
    ただ、褐色の肌やベリーショートの髪型、
    立ち振る舞いなどは王子様というより男の子みたいだ。
    和沙と希実がその集団を通り過ぎようとすれ違ったその瞬間…

    「チョーシニノルナヨ」

    それは、和沙にだけしか聴きとれないくらい小さい声だったが、
    確かにそう言っていた。
    一瞬、何を言われたのか分からなかった和沙は、
    その場に立ち尽くした。
    「…どうかした?」
    不審に思った希実は、怪訝そうな顔をして尋ねる。
    「いや…何でもないよ」
    そう言って、和沙はもう一回だけ振り返ってその人を見たが、
    後ろ姿はもう随分と小さく、朦朧として映った。

    和沙と希実は、ほどなくして生徒会室に辿り着いた。
    ギイィ…
    引き戸が今日はやけに重たく感じる。
    「どうしたの?そんな顔して」
    開口一番、真澄は和沙にこう言った。
    「いえ、ちょっと体調が優れないだけです」
    言い訳にしてはありきたりすぎるかとも思えたが、
    和沙にはそう弁解するしかなかった。
    しかし、真澄はこういう時にとても目ざとい。
    昼休みには、こっちがやきもきするくらい鈍感だったのに、
    今は別人のような洞察力だ。
    でも、さっきのことをどう伝えていいものか上手く説明できないので、
    和沙はひた隠しにするしかなかった。
    「和沙、大丈夫?」
    希実が気遣ってくれる。
    自分にはこんなにも善くしてくれる友達が居るのだから、平気だ。
    …でも。

    あの目つき…鋭かったな

    睨まれたように感じたのは気のせいではないと思う。
    けれど、根拠はない。
    第一、和沙はあの人が誰だか知らないし、
    恨まれる覚えもない。
    だから…気のせいだと思い込むことにした。
    その日は、ずっとうわの空だったせいで思いのほか
    早く帰宅できたというのに、和沙は何故か素直に喜べなかった。
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■19397 / inTopicNo.37)  第一章 さくらいろ (30)
□投稿者/ 琉 一般♪(34回)-(2007/07/03(Tue) 12:47:36)
    和沙が高校に入学してから、一週間が経とうとしていた。
    先週は、まだ桜通りのソメイヨシノも三分咲き程度しか花開いてなかったが、
    今はもうほぼ満開だった。
    並木道には五十本ほどの桜が植えられているが、一度に咲き誇る様は圧巻である。
    そのせいか、今週に入ってからは登下校時やお昼休みの時間にも
    桜通りは花見目当ての生徒の往来が激しかった。
    和沙は、桜は好きだが人ごみは苦手だ。
    だから、見ごろを迎えてもう三日が経過しようというのに、
    未だに入学式以来、桜通りには足を運んでいなかった。

    しかし、今日のお昼に役員は生徒会専用スペースに集合することになっていた。
    もちろん…和沙と希実も招待されている。
    「やったね〜」
    お花見しながら食べるお弁当は格別とばかりに、
    希実は大喜びしていた。
    確かに…この時期に生徒会専用スペースにお邪魔できるなんて、
    特に一年生からしたらもったいないくらいの幸運と言えなくもないが。
    でも、だからこそ特別扱いされているようで気がひけるし、
    何より役員と一緒に行動していれば必ずや目立つだろうことが
    容易に想像できるのだった。

    「高柳会長よ!」
    「二階堂副会長もいらっしゃるわ!」
    「欅谷先輩に梅林寺先輩まで!」
    「生徒会役員の皆様は揃ってお昼を召し上がるようよ」
    お昼休みの桜通りは、黄色い歓声が鳴り止まなかった。

    …ほら、ね。

    和沙のこういう予想は、たいてい的中する。
    それどころか、噂が噂を呼んで駆けつけた生徒が後を絶たず、
    今日の桜通りは、さながら都心の花見名所に負けず劣らずの
    盛況ぶりだった。

    「あの、すみません。そこ、良いですか?」
    人だかりに向かって、おそるおそる声をかける。
    道を開けてほしいと頼むのだって、今の和沙からしたら命がけだ。

    ザワッ…

    一瞬にして空気が変わる。
    どこを向いても突き刺さる視線に、和沙は怯んだ。

    うう…

    憧れの生徒会に近づける候補生でもない一年生。
    立場上、おそらく歓迎されていないだろうことだけは分かる。
    ヒソヒソ声をよそ目に、和沙は奥へと進んだ。
    まるで、集団遠足と化した通りを抜けると、
    やがて見えてきたのはこじんまりとしたスペース…
    入学式の日のあの場所だった。
引用返信/返信 削除キー/
■19399 / inTopicNo.38)  第一章 さくらいろ (31)
□投稿者/ 琉 一般♪(35回)-(2007/07/03(Tue) 14:47:18)
    そこは、まるで異空間のようだった。
    確認できるのは、地図にも記されていた中央の桜の大木と、
    その木陰に寄り添うように真っ白なベンチが佇んでいるだけ。
    ただ、桜はまさに見ごろを迎えていて、
    時折枝が風に揺られては…花びらを辺り一面に撒き散らしていた。
    桜通りの木々も悪くないが、どっしりと構えた一本の大木も
    なかなかのものだ。
    和沙は、ここに来るまでの憂鬱を早くも一掃しかけていた。

    「はい、これ差し入れだから。どんどん食べてね!」
    そう言って斎が指したのは、三段重ねのランチボックス。
    中には、オードブルと見紛うほどの豪華なおかずがぎっしりあった。
    何でも、外食産業を家業とする二階堂家からの、
    新商品開発の一環と称する試食会らしい。

    弁当は持参しなくて良いと言ったのは、このためだったのか…

    「やった!いっただっきま〜す」
    早速飛びついたのは、希実。
    彼女はあろうことか、お箸と取り皿が支給される前に
    素手で唐揚げを取り上げ、頬張っていた。
    …さすがに、はしたないと叱られていたが。
    「遠慮しないで、和沙もお食べなさい」
    真澄が珍しく気遣う言葉をかけてくれるが、
    こうギャラリーが多いと…食欲も失せるというものだ。
    そう。
    ここは、桜通りからわずかにしか離れていないため、
    周りを取り囲む柵と絡まる植物の間では、
    ひしめき合うように生徒が顔を覗かせていた。
    きっと役員の様子が気になるのだろう。
    まあ、和沙にだって中学時代憧れの先輩なる人物がいたので、
    多少浮かれる気持ちも理解できなくもない。
    でも…和沙が憧れた相手とはたいがいは勉強ができる
    神童タイプの優等生に限ってだったが。

    キャー!!
    真澄や斎の一挙手一投足にイチイチ歓声があがる。
    それらにも軽やかに応じる役員たちに、ますます生徒たちはヒートアップする。

    ああ、でもそんなに押しかけると…

    怪我人が出やしないだろうか。
    和沙はとっさに心配した。
    わずかな隙間からこちらの様子を伺おうと必死になりすぎて、
    その場は静かな熱気に満ちていた。

    「斎せんぱ〜い!」
    一際大きなかけ声が聞こえると思いきや、
    出所は何とクラスメイトの西嶋さんだった。
    彼女はあろうことか、制服の上にプリントされたTシャツを着て
    鉢巻をし、さらには手作りと思しき旗まで抱えている。
    いや、厳密にはそういう格好をしているのは彼女だけでなく、
    西嶋さんの周辺の十数人も同様だった。
    Tシャツに印字されていたのは…
    『二階堂斎ファンクラブ』

    ハァ…
    その後、和沙はため息をついてから食事に手をつけるまでに数分を要した。
引用返信/返信 削除キー/
■19401 / inTopicNo.39)  第一章 さくらいろ (32)
□投稿者/ 琉 一般♪(36回)-(2007/07/05(Thu) 15:11:56)
    斎の差し入れは、とても美味しかった。
    春野菜をふんだんに使ったパスタに、酸味が効いたマリネ。
    熱々の揚げ物は衣がサクサクで絶品だった。
    デザートのティラミスは、甘さ控えめでさっぱりとしていた。
    新たに展開する宅配事業で取り扱う商品らしいが、
    これはもう弁当というより立派なランチだ。
    お金持ちの食生活とは何とも羨ましい。
    それでいて、斎をはじめ生徒会役員はみな
    スリムな体型を維持しているから感心する。

    斎が提供した昼食は、豪華なだけでなく、量も多い。
    しばらくすると、お腹も満たされてきて、
    役員は箸休めのようにおしゃべりに興じた。
    「明日は身体測定があるね」
    ふいに斎が会話を切り出す。
    和沙たちも、先週のうちで担任から報告を受けていたため、
    そのことは知っていた。
    「百合園の身体測定は、一風変わっているらしいよ」
    隣の希実がコソッと耳打ちして伝えた。

    一風変わっている…?

    何だ、それは。
    身体測定なんて、どこの学校でもそう変わりないのではないか。
    身長、体重、視力、聴力…に加えて、学校によっては
    座高や胸囲まで細かく記録するところも、
    また歯科検診、心電図、血液検査まで一緒にやってしまうところも
    あるようだけど。
    一貫した事務的作業の繰り返しに、いったいどんな個性が
    発揮できるというのだ。
    共学一筋だった和沙からしてみれば、そこいら辺の事情がさっぱり
    推測できなかった。

    「ちなみにあさっては新入生歓迎会があるからね」
    杏奈がさらなる情報を教えてくれた。
    「ええっ!?」
    それは初耳だった。
    「聞いてないですけど…」
    「当たり前でしょう?
    新入生を楽しませる会なんだから、
    ゲストには驚いてもらわないと」
    こんなにギャラリーが居る中では、
    もう暴露しているようなものだ。
    「おっと、杏奈。これ以上は喋っちゃだめだよ」
    ふいに、斎が牽制する。

    ザワザワ…

    辺りは、一段と騒がしくなってきた。
    けど、和沙はその喧騒よりも真澄の視線が気になった。
    彼女は先ほどから桜ばかり見ていて、会話にも入ってこない。

    …!?

    ほんの一瞬、真澄の頬に涙が流れた…ように見えた。
    確証が持てなかったのは、その後すぐに強風が吹き荒れたから。
    「きゃ!」
    「うわっ!」
    「痛っい〜」
    役員をはじめ、その場に居たみなが口々に叫ぶ。
    和沙が次に目を開けた時には、もう真澄は桜を見てはいなかった。
    それどころか、解散にしましょうなんて宣言して、
    彼女は早々と引きあげていった。

    勘違い…?

    和沙はそう思いかけた。
    でも、教室に向かう真澄の手にハンカチが握られていたのは、
    後ろ姿からもはっきりと確認できた。
引用返信/返信 削除キー/
■19402 / inTopicNo.40)  第一章 さくらいろ (33)
□投稿者/ 琉 一般♪(37回)-(2007/07/05(Thu) 15:37:24)
    楽しい会食の時間はあっという間に終わってしまい、
    和沙と希実は他の先輩よりも先にその場を後にした。
    午後の授業は体育だからである。
    着替えを持ってから来た二人は、教室に戻ることなく
    体育館の更衣室へ直行した。

    「はい、それじゃあ練習を始めて!」
    体育教師の合図と同時に、A組の面々は班別に動いた。
    今日の授業はバレーボール。
    コートの中央に大きなネットを張っているので、
    和沙のグループはそれを挟んでトスの練習を始めた。
    百合園高校の第一体育館はとても大きく、普通の学校の二倍はある。
    そのため、半分に区切って二クラスで使用することが大半だったが、
    それでも二面のコートが確保できるので授業にあまり支障はない。
    ただ…
    「ごめ〜ん、ボールがそっち行っちゃった!和沙、取って」
    希実は強く打ちすぎたらしい。
    バレーボールは勢いよく転がり、やがて境界線として使っている
    仕切り用の薄い透明状の幕にまで届きそうだった。
    「ちょっと待っていて!」
    和沙は慌ててボールを追いかける。
    仕切りはあくまで形でしかないため、場合によっては
    飛び越えてしまうことも充分に考えられるのだ。
    ちなみに、お隣は二年B組。
    先輩に迷惑かけてしまうくらいなら、と和沙は走ったのだった。

    キャー!!
    目の前のコートから聞こえてくる黄色い歓声。
    それも、ものすごい数だ。
    何だろう、とボールを取り上げた和沙が顔を上げた先には、
    まさにバスケットの試合でシュートを決めたばかりの二年生がいた。

    あれは…

    みんなの注目を一身に集めるその人に、和沙は見覚えがあった。
    女子校ではかなり目立つその角刈りのような髪型。
    周りを圧倒するほどの学内でも大柄な体躯。
    褐色の肌に涼やかな切れ目。
    間違いない…
    彼女は、あの生徒会室へ向かう途中ですれ違った時の先輩だった。
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