ビアンエッセイ♪

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

[ 最新記事及び返信フォームをトピックトップへ ]

■19404 / inTopicNo.41)  第一章 さくらいろ (34)
  
□投稿者/ 琉 一般♪(38回)-(2007/07/05(Thu) 21:16:32)
    しばらくの間、和沙がボーっと見とれていると、
    ふと肩を叩かれた。
    「気になるの?」
    振り向くと、そこに居たのは希実ではなかった。
    彼女は確か…学級委員長を務めている子だ。
    しかし、とっさのことだったので和沙は名前が思い出せなかった。
    「あの人は、御舘篤子先輩。バスケ部のエースで、
    この学校では生徒会役員に次ぐ人気があるの。
    お母様は、百合園学校の総合理事長をしていらっしゃるわ」
    「そ、そうなんだ…」
    説明はありがたいが、何故にこんなに詳しいのかと
    不思議に思っていると、彼女は笑いながらこう続けた。
    「ああ、ごめんなさい。ボールを持ったまま凝視しているから」
    にこやかに笑う彼女は、何だかおっとりしていて、
    お嬢様というよりお姫様みたいだ。
    「私は、同じクラスの二階堂菜帆です。よろしくね」
    「あ…ああ、よろしく」

    …二階堂?

    一瞬、アレと思い首をかしげていると、すかさず彼女が説明してくれた。
    「姉がいつもお世話になっています。私、斎の妹なの」



    「ええっ!?」
    一呼吸おいてから、和沙は思いっきり仰け反った。
    クスクス…
    リアクションが良い和沙の反応が面白かったのか、
    菜帆は笑っていた。
    いや、確かに少し大げさに驚きすぎたかもしれないが、それも仕方ない。
    何故なら、彼女と斎は全然似ていないからだ。
    斎が王子様なら、菜帆はお姫様。
    もちろん姉妹なのだから、顔立ちとか色白な肌とかは
    なんとなく似ている気がしないでもないけど…
    それでも、長身で筋肉質の斎と小柄で華奢な菜帆は、
    ほぼ対照的なタイプに位置するのではないか。
    おまけに、菜帆は天然パーマのふわふわした髪型が特徴的で、
    どちらかというと真澄の妹と言われた方が信じてしまいそうだった。
引用返信/返信 削除キー/
■19405 / inTopicNo.42)  第一章 さくらいろ (35)
□投稿者/ 琉 一般♪(39回)-(2007/07/06(Fri) 00:06:13)
    ひとまずボールを回収してから、和沙と菜帆はコートに戻った。
    すると、そこでタイミング良くホイッスルが鳴ったので、
    試合をするチームと入れ替わりで和沙たちの班は壁際に移動した。
    出番まではまだ時間があるため、二人は自然と先ほどの会話の続きをした。

    「お姉ちゃんも昔は小柄だったのよ」
    フフフッと笑いながら、菜帆はそう言った。
    あの斎が小柄だったなんて…正直信じられない。

    いったいどんな肉体改造をしたのか…

    「幼い頃はそっくり姉妹なんて呼ばれていたんだけど、
    お姉ちゃん、中学に入ると同時にバレー始めたから…」
    それまで長かった髪をバッサリ切り、背はみるみる伸びて、
    部活の筋トレで身体が鍛えられていったのだと彼女は説明した。

    「本当は姉も女の子らしい格好、嫌いじゃないのよ。
    ただ、今はバレー一筋で顧みる余裕がないだけで…」
    そのことには、和沙も納得できる節があった。
    ボーイッシュな外見から注目されがちだが、
    本人はいたって普通の女子高生だ。
    携帯電話には、さりげなく可愛らしいストラップをつけているし、
    私物も全体的に暖色系の物が多い。
    ただ、あまり柄物や派手目な物は好きではないようで、
    シンプルで落ち着いた機能性を重視しているらしい。
    結果的には、それらが女の子らしさを強調するには至っていないだけで、
    持ち物は寒色系ばかりで余計な装飾は一切しない和沙よりは、
    幾分乙女らしいのだった。

    「高校に入学したばかりの頃は、毎朝靴箱を覗くのが
    憂鬱でたまらなかったみたい」
    斎には本人非公認のファンクラブなるものまである。
    おそらく、昼休みに目撃した西嶋さんを含めた一団のことだろう。
    現在では最高学年のため、もっぱら会員は下級生が多いようだが、
    入学した当初は上級生の会員の数も負けてはいなかったらしい。
    ファンクラブの活動とは、主に所属するバレー部の試合観戦らしいが、
    もちろんそれ以外の学園生活でも、朝の出迎えの挨拶をしたり、
    個人的にプレゼントやファンレターを渡したりと様々なようだ。
    昨日も斎が生徒会室にやって来た時には、
    山のようなファンレターが入った紙袋を抱えながらの登場だった。
    きっともう、生徒会の間ではプレゼントを貰うことが日常的になりすぎて、
    役員はみな慣れっこになってしまっているのだろう。
    百合園ではさも学園の王子様のような扱いを受けている斎だが、
    そんな待遇に自身は少し困惑気味のようだ。
    理想の男性像として求められる自分と、現実の自分では
    斎なりの隔たりを感じているのかもしれない。
引用返信/返信 削除キー/
■19406 / inTopicNo.43)  第一章 さくらいろ (36)
□投稿者/ 琉 一般♪(40回)-(2007/07/06(Fri) 11:14:40)
    キャー!!
    二年生の隣のコートから、再度大きな歓声が聞こえてくる。
    どうやら、早くも例の先輩が二点目を先取したらしい。

    「突然だけど、澤崎さん。
    あなた…御舘先輩に何か意地悪されてない?」
    菜帆の質問は、本当に唐突だった。
    けれど、和沙が驚いたのは質問したタイミングではなくて、その内容だった。
    「えっ!?」
    「…やっぱり」
    和沙はまだイエスともノーとも答えてなかったのに、
    菜帆は早々と結論づけた。

    …なんで分かったの?

    あの時、二人の側に居たのは篤子の取り巻きと希実だけだった。
    でも、和沙以外には誰にも聞き取れなかったくらい小さな声で、
    あれはもう呟きに近い。
    それなのに、どうして見ていたかのように分かったのか…
    まるで全く解明できない手品を目の前で見せられたかのように、
    和沙の頭は謎だらけだった。

    「どうし…」
    「あ〜、もううるっさい!」
    和沙の言葉を遮るように発言したのは、何と西嶋さんだった。
    彼女の声には、少し迷惑そうな怒号が混じっている。
    「うるさいって…アレのこと?」
    和沙が隣を指差して訊ねると、西嶋さんは吐き捨てるように言った。
    「ええ、そうよ。いくら体育とはいえ、授業中なのに
    御舘先輩のクラスとご一緒するといつもこうなの」
    数十メートル先には、篤子を応援している同級生や先輩方が
    ひしめいているというのに、気にすることなく発言する彼女の姿に
    和沙はヒヤヒヤさせられた。

    「西嶋さんは、御舘先輩が好きではないの?」
    「どちらかというと、嫌いね」
    はっきりと答える彼女が、和沙には少々意外に思えた。
    それもそのはず、西嶋さんが好きだという斎は、百合園ではかなりボーイッシュで
    その点では篤子も共通していることから、何故そこまで毛嫌いするのか
    理由を聞いてみたくなるというものだ。
    「私は、二階堂先輩のあの奥ゆかしい性格も含めて好きなの。
    御舘先輩も確かに外見は魅力的かもしれないけど、
    発言や振る舞いがどこか男性的すぎて…乱暴に感じるの。
    おまけに、素行に関しても良い噂は聞かないわ。
    私の友達にも何人も泣かされた子が居るし…
    理事長のご令嬢だか何だか知らないけど、
    結局は親のすねかじりじゃない」
    これは…随分と辛口な意見である。

    でも、これではっきりと分かったことがある。
    学園の王子様候補の斎と篤子は、本人たちがどうかはともかく、
    二人のファンの仲が悪いのはほぼ確実のようだ。
    見学している生徒たちは、ほとんどがおしゃべりに興じているか、
    はたまた隣の篤子に釘づけか、どちらかに二分しているようだった。

    「悪いことは言わないから、あの人には気をつけてね」
    授業が終わってからの菜帆のこの一言が、和沙の耳について離れなかった。
引用返信/返信 削除キー/
■19503 / inTopicNo.44)  第一章 さくらいろ (37)
□投稿者/ 琉 一般♪(41回)-(2007/07/20(Fri) 01:18:00)
    ここのところ、疲れている…

    和沙は自分でもそう感じていた。
    春休みまではのんびり自分の趣味に時間を割いたりできていたはずなのに、
    最近は毎日のように生徒会室に通いつめている。
    今日だってそうだ。
    別段放課後来るように強制されていたわけではないのに、
    気がついたらこの部屋に居た。

    そうこうしているうちに、和沙の手元は留守になっていた。
    「うわっ!和沙、手、お茶!」
    「…へ?」
    希実の呼びかけもむなしく、和沙が淹れている紅茶は
    すでにカップから溢れていた。
    「ああっ」
    後悔してももう遅かった。
    『覆水盆に返らず』とはよくいったもので、
    テーブルはビチャビチャ、角から滴りおちる紅茶が床まで濡らしていた。
    「あぁ、勿体ない!」
    希実が急いで布巾を持ってきてくれたため、
    幸いにも和沙の手まで汚れずに済んだ。
    「ご、ごめん」
    「良いんだけどさ…どうしたの?昨日からちょっと変だよ?」
    神妙な面持ちで訊ねる希実の言葉が和沙の胸に響いた。
    友人にも見抜けてしまうくらい、顔に出ていたのだろうか。
    でも、本当は和沙自身も気づいている。
    なんだかんだ言っても、すっかり候補生の立場に納まっている日常。
    そしてそのことに違和感を覚えこそするものの、
    耐え難いほどの拒絶感に苛まれたことは一度もない。
    ただ、白黒つけないと気が済まない主義だったはずなのに、
    今の自分は何てはっきりしないのだろう、
    という諦めにも似た憤りだけが和沙を支配していた。

    変…って言えば

    一番変なのは、こんな時にでも頭に浮かぶのは真澄のことばかり、ということ。
    昼休みの彼女が今も脳裏に灼きついて離れない…
    真澄の顔を、表情を、涙を、これまで見たことのなかった彼女の本質を、
    和沙はあの時確かに垣間見た気がした。

    何で?どうして?

    …泣いていたの?
    思ったことを素直に口にして問いただすことができたなら、どんなに良いか。
    これまでなら、そうしてきた。
    何ら躊躇いもなく、ズケズケとものを言う性格だったから。
    けれど…
    たぶん、今回は聞くことができない。
    湿っぽいのが似合わないと思っていた真澄の、
    別の一面を知ってしまったから。
    愁いを帯びた彼女はどこか儚げで、いつにも増して綺麗で、
    見ているこちらまで息が詰まりそうだったから。
    和沙は、少し前の自分を懐かしくすら感じていた。
引用返信/返信 削除キー/
■19517 / inTopicNo.45)  第一章 さくらいろ (38)
□投稿者/ 琉 一般♪(42回)-(2007/07/24(Tue) 01:47:51)
    翌日は、朝から身体測定が行なわれた。
    百合園高校は学級単位で回るのが決まりとなっている。
    「はい、じゃあ廊下で二列に整列して」
    担任の合図で、A組の面々は教室から出た。
    「これ後ろに回して」
    ほどなくして、前から配られる一枚のプリントを受け取った。

    何、これ!?

    手渡された用紙には、本日の巡回順序が学級別に
    細かく書いてあるわけだけれど…
    『歯科検診→身長→体重→胸囲→血圧→…etc』
    あるわ、あるわ。
    ごくオーソドックスな検査はもちろん、CT撮影なんて
    普通にあるものなのだろうか。
    内視鏡こそないものの、その他にも聞きなれない専門用語が満載で、
    お金がかかっていることだけは手に取るように分かった。
    さすがは、お嬢様学校。
    身体測定というよりは、大人がやる人間ドックに近い。
    まさに…検査のフルコースだった。
    そもそも、校内のどこにそんな精密機械を保管しているのかも疑問だが、
    これでは一日を費やさないと終わらないはずだ。
    和沙は、昨日希実が言っていた意味がようやく理解できた。

    「まずは…歯科検診からだから、第一保健室だね!」
    ぐだぐだ言っていても、仕方ないわけで。
    希実の勢いのあるかけ声で、和沙をはじめA組の集団は歩き始めた。
引用返信/返信 削除キー/
■19522 / inTopicNo.46)  第一章 さくらいろ (39)
□投稿者/ 琉 一般♪(43回)-(2007/07/24(Tue) 18:38:25)
    「158,2cm」

    あぁ…

    去年より0,5cmしか伸びていない。
    はい、と手渡された自らの記録用紙を握りしめながら、
    和沙はつい見入ってしまった。
    一年で身長の伸びが1cmを切ると、成長が止まってしまったかのように
    切なく感じるのはどうしてだろう。
    今年十六歳になる和沙には、まだまだチャンスがあるはずだが、
    女性の伸び盛りが比較的早く終わってしまうのもまた事実だ。

    「わ〜い!去年より5cmも伸びた〜」
    嬉しそうに満面の笑みを浮かべているのは、隣に居た希実。
    163cmの彼女は、現在が成長期の真っ最中らしい。
    一年前は和沙とあまり変わらなかったようだが、
    今は目線が少し上に感じる。
    しかし、驚くことに百合園高校では平均身長が彼女くらいあり、
    160cmを超える生徒はそう珍しくない。
    栄養状態が極めて良好育ちばかりが結集した
    お嬢様学校ならではの傾向だろうか。

    高柳会長は…何センチなんだろう

    平均が高い百合園高校の中においても
    生徒会役員はそれを上回る人が多いから、
    おそらく…170cm前後はあるはずである。
    周りよりも頭一つ分高い身長は、
    当然視覚的な印象がだいぶ違ってくる。

    なんだか…

    自分なんかがこの人の側に居ていいのだろうか。
    勉強さえ出来ていれば良い、と信じて疑わなかったのに、
    ヴィジュアル面での引け目を感じてしまうのは、
    その価値を認めてしまったからなのかもしれない。
    和沙は、初めて外見は全く気にしないと言う人が
    嘘つきのように思えた。
引用返信/返信 削除キー/
■19524 / inTopicNo.47)  第一章 さくらいろ (40)
□投稿者/ 琉 一般♪(44回)-(2007/07/25(Wed) 01:35:52)
    「次は胸囲だね」
    希実の声に、和沙は足を止める。

    これまでの測定結果は、どれも昨年度からほとんど変化がなかった。
    強いていうなら、体重が3kgも増えていたことがショックだったのだが…
    和沙自身にはその要因として思いあたる節があったので、
    さしずめ受験時のストレスによる食べすぎだろう、と推測した。
    胸囲の測定が終わったら、保健室を後にして
    第二体育館へ移動することになっている。
    つまり、これが第一保健室で行なう最後の測定なのだ。

    ドンッ
    「あ…すみません」
    考え事をしていた和沙は、胸囲用の生徒が出入りする簡易更衣室で
    ふいにすれ違う生徒にぶつかった。

    うっ!!

    ボフッという妙な音が聞こえた瞬間、
    何かに圧迫されて目の前が見えなくなる。
    ぶつかったお相手はどうやら胸囲測定をしていたようで、
    和沙はあろうことか彼女の胸元にのめりこんでいた。
    辛うじてブラジャーはしているものの、
    上着がない分、素肌の感触がリアルに伝わる。

    ギャー!!!

    和沙は声にならない悲鳴をあげていた。
    心臓はバクバクして、うるさいくらい音を立てる。
    顔に熱が伝わり、頬が紅潮していくのが自分でも分かる。
    「ご、ご、ごめんなさいっ」
    謝りたかったのに、謝罪の言葉すら滑らかに出てこない。
    慌てて密着していた身体を引き離して、
    相手の顔を確認すると…今度は絶句した。

    「大丈夫?」
    少し高めのその声は、紛れもなく真澄のものだった。
    身長差が十数センチある二人は、向き合うと
    ちょうど真澄の肩の高さが和沙の顔にあたる。
    「へ…平気です。し、失礼します」
    声がどもって、全然平気ではなかったけれど、
    和沙はとりあえずその場を後にした…つもりだった。
    「あら、奇遇ね。和沙じゃない!」
    ぶつかった時点で誰かは分かっているはずなのに、白々しい。
    「ど、どうも。急ぎますので、それでは」
    それはもう、そそくさという仕草ではなかった。
    和沙は一刻も早くそこを去りたくて、
    回れ右してわき目も振らずに走った。
引用返信/返信 削除キー/
■19525 / inTopicNo.48)  第一章 さくらいろ (41)
□投稿者/ 琉 一般♪(45回)-(2007/07/25(Wed) 07:00:22)
    ドクン…ドクン…

    まだ心臓の鼓動は続いている。
    息を吸って吐いて、を繰り返して。
    人間は、衝撃的な瞬間の直後には
    何があったのか分からないものだけれど、
    さっきの出来事をすぐには思い出したりしない方が
    良いことくらいは今の和沙にも理解できる。

    「あ、来た来た!遅いよ〜」
    和沙がA組の着替え場所に着いた時には、
    希実はもう衣服を脱いで準備万端のようだった。
    「ご、ごめん」
    和沙も慌てて自分の上着に手をかけた、その時。
    「ねぇ、真澄先輩は何の用だって?」
    「えっ!?」
    つい、和沙は大声をあげてしまった。

    なんで…

    希実が知っているのか、という疑問は比較的早く解けた。
    その訳は彼女の人差し指が教えてくれたから。
    後ろ、と暗示している指先を辿れば、
    そこには真澄が立っていた。

    「あら、和沙は去年よりも3kgも太ったのね」
    「なっ…」
    途端に周りからクスクスという笑い声が漏れる。
    どうやら、先ほど和沙は記録用紙を落としてしまっていたらしい。
    真澄の手には、見覚えのある厚手の紙がヒラヒラと踊っていた。
    彼女はわざわざこれを届けようと後を追ってきたようだが…

    頼むから…

    個人情報にはもっと気を配ってほしい。
    よりにもよって『体重』なんて。
    そりゃ、真澄のように見るからに羨ましいほどの
    プロポーションをしていれば、公共の面前でも恥ずかしくないだろうさ。
    でも、こっちはごく普通の女子高生なんだ。
    彼女がもう少し引け目を感じている後輩の気持ちを察してくれたらな、
    と思いながら、和沙は自らの用紙を奪還した。
引用返信/返信 削除キー/
■19526 / inTopicNo.49)  第一章 さくらいろ (42)
□投稿者/ 琉 一般♪(46回)-(2007/07/26(Thu) 03:53:16)
    それにしても、和沙は先ほどから真澄の
    チラチラと送る目線が気になって仕方なかった。
    いや、ただ見るだけなら別に何の問題もないのだ。
    けど、真澄の場合、何だか視線が下を向いているような…

    「今日はクマ柄のぱ…」

    !!!!!

    次の瞬間、和沙の両手は真澄の口を塞いでいた。
    どうりで舐めるような眼差しが気になったはずだ。
    彼女は、和沙の『例の趣味』をからかいたかったのだ。
    これ以上、このおしゃべり虫に赤っ恥をかかされてはたまらない。
    和沙は、早いところ退散していただくために、
    真澄の体育着の裾を引っ張って更衣室の外へと連れ出した。

    「ちょっと!やめてくださいよっ!」
    和沙は必死になって懇願した。
    「あら、どうして?」
    とぼけるような仕草で、真澄は不敵な笑みを浮かべる。
    タチが悪い性格は相変わらず健在のようだ。
    「もう…ああいうのは、卒業したんです」
    それは、精一杯の強がりだった。
    半分は本当だけど、半分は嘘。
    買い物にも行ったし、大人っぽい下着も購入した。
    でも、部屋着としては愛用している。
    そんなところだ。
    けれど、この人には知られたくない、隠し通したい。
    そんな思いだけが和沙の心を渦巻いていた。
    変な見栄を張りたくなるのは、これが初めてだった。
引用返信/返信 削除キー/
■19527 / inTopicNo.50)  第一章 さくらいろ (43)
□投稿者/ 琉 一般♪(47回)-(2007/07/26(Thu) 10:45:12)
    「あれはあれで、あなたの良さなのよ?」
    どんな追求が待っているのか、覚悟を決めたというのに、
    真澄の返事は意外なものだった。
    「でも…」
    ああいうのお嫌いでしょう?
    と続けそうになった自分に、和沙は驚いた。

    なんだって、目の前の彼女の顔色を伺う必要があるのか…

    そんな和沙をよそに、真澄は淡々と話し始めた。
    「私は…まあ、ああいうのは持っていないけど、
    あれも個性の一つとして面白いと思っただけよ。
    同時に、和沙らしいとも思ったわね」
    そう言いながら真澄は和沙の髪の毛に触れ、
    今度は突如髪のことについて語りだした。
    「そうね…あくまで私の一意見として言わせてもらうなら…
    和沙は今のようにおかっぱ頭も似合っているけど、
    伸ばしてみるのも悪くないんじゃないかしら」

    本当に?
    …本当にこんな自分でも似合うのだろうか

    にわかには信じがたかったが、彼女の口から聞かされると
    そうなのかもしれないと思うから不思議だ。
    決してオシャレに興味がないわけではない。
    ティーン誌も一冊くらいは持っている。
    けれど、それ以外に優先すべきことが多すぎて、
    二の次三の次と後回しているうちに、
    いつしかそれは似合わないものとして
    敬遠する要因になってしまった。

    「私は、そっちの方が好きよ」
    屈託のない微笑を浮かべる真澄からは、
    自然と嫌味を感じなかった。

    今週末、美容院を予約しようかな…

    単純でも構わない。
    和沙は、真澄に好く思われたい気持ちに、
    そして何より自らの本音に正直になってみることにした。
引用返信/返信 削除キー/
■19531 / inTopicNo.51)  第一章 さくらいろ (44)
□投稿者/ 琉 一般♪(48回)-(2007/07/27(Fri) 04:58:38)
    しばらく真澄と話していたせいで、随分と遅くなってしまった。
    「あっ!やっと来た!和沙、お〜そ〜い」
    いつもはのんびりしている希実も、腕組しながら仁王立ちしていた。
    「ごめっ…」
    「謝るのは後っ!ほら、早く上を脱いで。
    あとは和沙だけだよ」
    言われるままに高速スピードで服を脱がされ、
    あっという間に測定を済ませた。

    「はぁ〜。バストも去年より小さくなってる…」
    ボソッと和沙が独り言しているところに
    「ちょっと良い?」
    と呼びかけながら希実が近づいてきた。
    はい飲み物、と角に備え付けの紙コップを手渡しながら、
    それは突然発せられた。
    「真澄先輩に何て言い寄られたの?」
    「ぶっ」
    幸い中に入っていたのが水だったから、
    和沙が口に含んだばかりでも惨事を免れた。

    ゴホッゴホッゴホッ…
    ただ、運悪く気管に詰まらせたようで、
    和沙はしばらくむせ続けていた。
    しかし…何て言われたの、ならまだ分かるが
    何て言い寄られたの、だ。
    似ているようで、醸しだすニュアンスは全然違ってくる。
    「ねぇ、教えてよ!」
    やけに真剣に問いつめる希実には悪いが、
    和沙は真澄に言い寄られてなんかいない。
    「希実、何言っているの?
    私はただ高柳会長と話してただけだよ」
    「怪しい…」
    疑いの目を向けてくる希実は、
    その後もしつこいくらいに食い下がった。
    「もういいよ!和沙の馬鹿っ」
    仮にも学年主席である和沙に対してその言葉はあんまりだが、
    希実は何事もなかったようにスタスタと教室に向かって歩いていった。

    …何を怒っているんだろ?

    「待ってよ〜!希実」
    今は友のご機嫌とりに専念しなくては。
    あっちに気を配ったり、こっちに配慮したり…
    生徒会の手伝いをしていくうちに、
    こうやって板ばさみになる経験が増えたことを
    和沙は改めて感じた。
引用返信/返信 削除キー/
■19790 / inTopicNo.52)  第一章 さくらいろ (45)
□投稿者/ 琉 一般♪(49回)-(2007/08/18(Sat) 08:01:04)
    身体検査日ということもあり、お昼は教室で食べた。
    思惑どおり、希実は玉子焼き一切れで許してくれたが、
    和沙には怒っていた理由が未だに理解できないでいた。

    午後からは、多目的教室にて測定の続きだ。
    淡々とこなしていくうちに、残るは…いよいよ
    歯科検診と内科検診を済ませるだけになった。

    今年も…また

    最後に所定の個室に入り、看護士らしき人に促されて席に腰かける。
    医師が聴診器をあてるのをじっと待つ一瞬の緊迫感からか、
    和沙の額からは汗がこぼれた。

    「はい、良いですよ」

    ホッ…

    この瞬間、いつも和沙は緊張から解き放たれるのだった。

    「その後は順調かしら?」
    そう訊いてくるのは、百合園高校係りつけの女医さんらしい。
    この学校の場合、そういった契約をしている医師が
    あと数人は居るというから驚きだ。
    「はい、何とか…」
    和沙はか細い声で答えた。
    こういう応答には慣れている。
    だからもう少し…あと少しで自分も同じ土俵に立てるのだ。

    「ありがとうございました」
    診察室を出てから、和沙は自らの手のひらに汗をかいていることに
    ようやく気がついた。
引用返信/返信 削除キー/
■19791 / inTopicNo.53)  第一章 さくらいろ (46)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(50回)-(2007/08/18(Sat) 08:03:57)
    一日中、学内を右に左にと動き回っていたから、
    さすがに和沙も希実もクタクタだった。
    それでも、放課後にはこうやって生徒会室に足が向くのだから不思議だ。
    きっともう習慣にさえなってしまっているから、
    和沙だって毎日仏頂面しながら通うわけにもいかない。
    「あ、ねぇ何か貼ってあるよ」
    そう言いながら、希実は前方を指差した。
    「本当だ…何て書いてあるんだろう」

    『今日の生徒会活動はありません。
    一年生は速やかに帰るように!』

    生徒会室前にはこんな張り紙がされてあった。
    おそらく、真澄や斎をはじめとする上級生役員がやったものだろう。
    「仕方ないか。明日は新入生歓迎会だもんね」
    そう。
    明日はいよいよ、生徒会役員の大一番が待っている。
    きっと今頃…役員たちは準備に終われているはず。
    「しょーがない。私たちは帰りますか」
    いくら和沙や希実の生徒会室への出入りが容認されているからとはいえ、
    二人も一応は一年生。
    明日のゲストの一人としては変わりないから、
    人手が足りない生徒会でもさすがに手伝わせるわけにはいかないのだ。

    和沙は駅まで一緒に、と申し出てくれた希実の誘いを断って、
    一人桜通りへと向かった。
    今は何となく一人っきりで散歩したい…
    そんな気分だった。
引用返信/返信 削除キー/
■19795 / inTopicNo.54)  第一章 さくらいろ (47)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(51回)-(2007/08/18(Sat) 22:43:41)
    ザワザワ…

    桜並木が風に揺れるたびに、辺りを花びらが舞う。
    まだまだ最盛期だけど、身体測定というイベントがあった後では
    人通りがまばらだった。

    あの時とおんなじ…

    いや、正確にはあの時…つまり入学式の日よりも
    だいぶ桜が咲き乱れ、また散っていた。
    和沙はゆっくりとした歩調で、一人並木道を散歩することにした。

    「…なんです」
    何やら奥の方から声が聞こえる。
    誰かは分からないけど、二人の生徒が立ち話をしているようだった。
    性格上、お喋りに交ぜてほしいなどとは微塵も思わない和沙だったが、
    困ったことに帰り道の方向からどうしても無視できない。
    校舎側への通り道は、この一本しかないのだ。
    そうっとそうっと足音に気を配りながら、
    和沙は忍び足で草陰の方へとにじり寄った。

    あれは…

    この距離から見てもはっきりと映る手前側の一人に、
    和沙は見覚えがあった。
    スラッと伸びた手足に、短い髪の毛が印象的な生徒会副会長、
    二階堂斎その人だった。

    な、何で?

    彼女がここに居るのだ。
    今頃、役員は準備に終われているのではなかったのか。
    そういう旨の張り紙がされていたんだから、
    和沙の疑問はもっともだろう。

    しかし、和沙をさらに驚かせたのは、その後の二人の会話だった。
    「私…ずっと先輩が好きでした。
    だから、その…もし良かったら付き合ってください!」
引用返信/返信 削除キー/
■19799 / inTopicNo.55)  第一章 さくらいろ (48)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(52回)-(2007/08/19(Sun) 12:53:58)
    後から舞い散る桜吹雪の中を沈黙が流れる。
    しかし、それは決して心地よい沈黙とはいえず、
    時が止まってしまったかのような空間のようで
    張りつめた空気のような、不思議な光景だった。

    い、いま…

    好きです、って言った、この人?
    和沙はたった今発言した張本人の顔をマジマジと見つめた。
    なるほど、斎の背の高さに隠れて見えなかったが、
    彼女は同じクラスの西嶋さんたちと
    たまに話したりしていた村田さんだ。
    確か…二階堂ファンクラブの一員だったはず。
    大人しそうな印象だったのに、
    放課後に先輩を呼び出して告白するなんて、
    意外と大胆な性格なのかもしれない。

    …って

    そうじゃない!
    和沙が驚いたのは、やはり女子校でこういう情事を目撃してしまった、
    ということ。
    それはイコール、女性同士の恋愛が存在する、ということに他ならない。
    昨今においては、同性愛であってもそれほど珍しくない時代に
    なってきたが、それでも現実として目の前にすると
    人知れぬ動揺と興奮を覚えるのだった。

    お、落ち着け…

    何で告白されたわけでもないのに、こんなに熱くなっているのだと、
    和沙は自分で自分にツッコミを入れながらその場を後にした。
引用返信/返信 削除キー/
■19813 / inTopicNo.56)  第一章 さくらいろ (49)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(53回)-(2007/08/20(Mon) 19:33:12)
    「澤崎さんは、どこに進学するの?」
    中学時代、決まり文句のように浴びせられる質問に、
    和沙は淡々と事実を語っていた。
    「えっ!百合園なんだ〜」
    「さすが澤崎さんだね〜」
    などと、賛辞を述べる者も居た。
    「え〜?女子高でしょ?あたし、無理かも」
    「お嬢様学校とかオカタクない?」
    などと、率直な意見を言ってくる者も居た。
    それらに対して、和沙は耳を傾けるような素振りをしつつも、
    内心では誰が何と言おうと知ったこっちゃない、とタカをくくっていた。

    だって、関係ないでしょ、女子校とか。

    ただ男が居ないだけ。
    そんな環境の変化が思春期に及ぼす影響なんて、微々たるものだ。
    思うに、今時の女子高生はむしろそういうことを気にしすぎるのではないか。
    出会いがどうこうって、共学に進学すれば必ず彼氏ができると
    保証されるわけでもあるまいし…

    こういう心配をいちいちしていたら、キリがないのだ。
    だから、結局のところは入ってみないと分からないものは分からない。
    和沙はその意気込みだけで、懸案事項を全て払拭させたのだった。
引用返信/返信 削除キー/
■20050 / inTopicNo.57)  第一章 さくらいろ (50)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(54回)-(2007/09/17(Mon) 22:55:47)
    結局、和沙は斎たちを横切ってまで帰ることはできなかった。

    何だって校舎側で話すの…温室の方ですれば良いのに

    思いがけない『愛の告白』との遭遇に、和沙の不満が噴出していた。
    それもそのはず。
    三角通りから校門までは、この道以外はないからだ。
    こうなったら、中学校舎へと続く紫陽花通りへと
    回り道しないと外に出られない。
    時間は、午後二時半。
    ちょっとだけ散歩するつもりが、思わぬところで足止めされてしまった。
    少し急ぎ足にしないと、帰ってやるつもりだった
    数学の演習問題に取り組む時間が減ってしまう。
    何といっても、百合園の大庭園は広大な上に
    回り道するのにも時間がかかるのだから。
    …今からだと三十分は余計にかかるくらいに。

    紫陽花の見ごろはまだ先のようだったが、
    花が好きな和沙は初めて他の植物通りにまで足を運べたことには満足していた。
    普段はあまり外出を好まず、近所の公園へもでかけることが
    めっぽう減ってきた和沙にとって、
    この学内専用の森のような庭園は癒しの場所になりつつある。

    ハア…
    勢い余って突進したのは良いけれど、
    桜通りから先に足を踏み入れたのはこれが初めて。
    いわば未開拓の地である。
    まだ中学校舎への別れ道には差しかかっていないから、
    間違っても道に迷った…なんてことはないはず。

    疲れた…

    長い長い一本道は、それだけで体力を消耗するものだ。
    情けないと思いつつも、和沙は手ごろなベンチを見つけて腰かけた。
引用返信/返信 削除キー/
■20051 / inTopicNo.58)  第一章 さくらいろ (51)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(55回)-(2007/09/17(Mon) 22:59:55)
    2007/09/17(Mon) 23:01:17 編集(投稿者)

    ん…?

    よくよく見ると、向こう側には自販機が置かれていた。
    ダストボックスと紫陽花に隠れて分かりにくいが、
    まだ陽が沈むのが早い春先には、時間的にもその蛍光灯が目立って見えた。
    そういえば、すでに校舎を出てから一時間近くは歩き回っている。
    もうクタクタで体力に自信のない和沙は、真っ先にそれに飛びついた。

    「何、コレ…?」
    ダージリンのストレートにアッサムのミルクティー、
    キーマンのブレンド。

    …全部、紅茶じゃない!

    この自販機の驚くべきはそれだけではなかった。
    「520円、580円、630円…」
    やっとで紅茶以外の飲み物を見つけ出したと思ったら、
    缶コーヒーでこの値段である。
    ラベルの説明によると、何でも厳選された茶葉に国内屈指の清水を使用し、
    低温抽出したプレミアム品らしい。
    そんなことにはこだわらなくても良いから、庶民でも買えるような
    いたって普通の自販機を設置してほしいものである。
    一番安い商品ですらワンコインでは購入できない。
    毎月決まった小遣いをやりくりしている平均的な高校生である和沙は、
    泣く泣く財布から千円を取り出した。
    普段ならばこのような贅沢品は絶対に買ったりできないが、
    異様な喉の渇きには耐えられなかった。

    「熱っ」
    自販機から取り出した時にはそれほどまでに気にならなかったが、
    どうやら中の紅茶はそうとう高温のようである。

    冷めるまでもう少し待とう…

    そう思いながら、和沙が缶につけた口を離したその瞬間、
    目の前を一組の女生徒が通り過ぎて行った。

    「そしたら、真澄先輩がね…」

    その二人が横切った瞬間、和沙には確かにそう聞こえた。
引用返信/返信 削除キー/
■20052 / inTopicNo.59)  第一章 さくらいろ (52)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(56回)-(2007/09/17(Mon) 23:05:50)
    『マスミセンパイ』

    今の和沙にとっては、聞き捨てならない単語である。
    プラス…
    この特徴あるトーンが高くて柔らかい声には聞き覚えがあった。
    後ろ姿からもはっきりと美人だと分かるサラサラの黒髪の持ち主は、
    大方の想像通り…杏奈だった。
    隣を向いている彼女の横顔から和沙は確信に至ったが、
    もう一人の生徒は特定できないでいた。
    比較的背が高く、恵まれた体格をしていることから
    運動部の生徒だろうか。
    また、学年カラーまでは見えないが、
    落ち着いた風貌から上級生だろうか。
    …が、和沙が最も気がかりに感じた問題はそんなことではなかった。
    あの二人の様子をからは、かなりの親密ぶりが伺える。
    腕を組んだり、肩に手を回したり、時々見つめ合っては微笑んだり…
    どういう関係かは分からないが、一言でいうならば
    どういう関係なのか、と尋ねたくなるような関係である。

    こんなことをやっている場合ではないとか、早く帰らなきゃとか、
    幾つもの警告が和沙の頭を駆け巡ったが、
    先ほどの桜通りでの出来事と「マスミ」が決定的な決め手となった。
    尾行することには慣れていないながらも、
    何とか二人が誰もいない静かな場所に落ち着くまで見失わずに済んだ。
引用返信/返信 削除キー/
■20053 / inTopicNo.60)  第一章 さくらいろ (53)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(57回)-(2007/09/17(Mon) 23:11:18)
    ガサッ…

    枯れ葉を一枚踏んだようだ。
    迷ったあげくに、和沙は結局お決まりの盗聴パターンにでた。
    テレビや漫画によく登場する例のアレである。
    二人が座っているベンチ裏の森林に回り、
    紫陽花を隔ててすぐにある木陰に隠れた。
    鞄を両手で抱えながら息を押し殺して、
    もちろん携帯が鳴ることがないようとの確認は念入りにした。
    和沙がここまでしないといけないことには理由があった。
    この場所は中学生徒会専用のスペースなのだ。
    つまり、いくらここの生徒である和沙でも本来ならば立入禁止区域。
    どうして高校生が中学の施設を借りることが出来るのか
    ということは和沙にも分からなかったが、
    一応同じ百合園の附属校なので、相互の生徒会で
    こういったスペースの貸し借りにまつわる交流があってもおかしくない。
    今日のこの時間を杏奈が予約していたとしたら、
    高校からの申し出とあってほぼ確実に断られないだろう。
    けれど、そうまでして人目につきたくない用事とは何か、
    そしてなぜそれを遂行するのにあの二人なのか、など
    和沙にとっては余計に好奇心を駆り立てる一因ともなっていた。

    「で?」
    「だから〜、明日は新入生歓迎会やるでしょ?」
    「それはさっきも聞いたよ」
    「でね、それを主催しているのが私たち生徒会なの」
    「マジ?何か超めんどそう…」
    「そんなことないよ。だって一応生徒会全体が関わっていることになっているけど、
    内容はほとんど会長が企画したから、私はただ任務を遂行するだけなの」
    「…ふ〜ん」

    どうやら、二人は明日の行事についての話をしているようだ。
    しかし、杏奈が楽しそうに話題を振るのに対して、
    もう一人の彼女はあまり口数が少ない。
    最初のうちは相槌をうったりして聞いていたようだったが、
    次第にそれすらもしなくなっている。
    「ねぇ、ちょっと!聴いているの?」
    ついに痺れをきらした杏奈が少し尖った口調で抗議した。
    「あ〜、もう高柳会長のことは分かったから…別の話してよ」
    彼女はいかにも面倒くさいといった態度で答えた。
    おまけにその表情は、若干へそを曲げているようにも見える。
    「もう…なに拗ねているのよ」
    「拗ねてなんかない!」

    …何か

    横で聴いているこっちの方が恥ずかしくなってくる台詞である。
    一時は雲行きの怪しい会話になりかけたが、
    これではただの痴話喧嘩だ。
    というか、こんな挨拶代わりのようなじゃれあいが出来るということは…
    ほぼ決まりだろうか。
    これ以上詮索するのは野暮なように思えてきた和沙が
    そろそろ立ち去ろうかと考え始めたまさにその時、
    二人の影が重なって映った。

    え…

    …まさか抱き合っている?
    それから後はまさにスローモーションのごとく見えた。
    軽く抱擁を交わした二人は、密着していた身体を離して
    杏奈が校舎の方へ戻ろうとする彼女を見送っていた。
    映画のワンシーンのような美しい世界に
    ボーッと見とれていた和沙に災難が降りかかったのは、
    彼女の姿が見えなくなって間もなくのことだった。

    「熱っ」
    持っていた缶の紅茶を誤って手にこぼしてしまったのだ。
引用返信/返信 削除キー/

<前の20件 | 次の20件>

トピック内ページ移動 / << 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 >>

[このトピックに返信]
Mode/  Pass/

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 発言ランク ファイル一覧 検索 過去ログ

- Child Tree -