| “ 園に捨てられていた ” ・ ・ ・ オリーブの木の下に横たわる、 真白の死体が頭に浮かんだ。 いや、違う。 そうじゃない。 私は自分の抱いたイメージが誤りである事をすぐに悟った。 “捨てられていた” というのは、 死ではなく生の事を意味しているのだろう。 「真白さんは、捨て子だったのね…?」 真白にしても、 アリスの父親にしても、 どうも死の印象が強すぎていけない。 「そう」 ヘアゴムをするりと指で絡め取り、 アリスが髪をほどく。 「母は、園の井戸の脇に、捨てられていたんだ。だから…」 「だから?」 聞き返した私をアリスがじっと見つめる。 「分からない?」 「分からないって、何が?」 「名前だよ」 ドキッとした。 名前。 アリスの名前。 先刻まで解いていたジグソーパズル。
アリスの本名、クレノ。
…いや、違う。これは関係がないはずだ。 名前? 私が返答に窮していると、 「園真井だよ」 と、アリスが諦めたようにそう言った。 「え?園真井?アリスの苗字?」 ここまで言っても分からない?とでも言いたげに、 アリスが首をかしげて私を見つめる。 園真井、 ソノマイ、 そ・の・ま・い、 ああダメだ、分からない。 園真井、園真井、園真井、園真井園真井園真井… 頭の中が、 アリスの苗字を作る三つの漢字で埋め尽くされ、 経文を読まされているような気分になり始めた時、 その文字の樹海の奥に、閃くものが突如現れた。 「園の井戸…」 私の呟きに、アリスが唇の端を上げて、付け加える。 「真ん中」
真ん中…
…ああ、そうか、そうか!!
「園の、真ん中の、井戸…で、園真井!!そうなのね!?」 アリスが、ニッと笑う。 「安易だけど、なかなかセンスのある市長よね」 ああ、そうだ。 棄児が発見された場合、 その市町村の長が、棄児の氏名をつけ、本籍を定め且つ附属品、発見の場所、 年月日時その他の状況並びに氏名、 男女の別、出生の推定年月日、 及び本籍を調書に記載しなければならない。
例のポストが設置された時期に復習したはずなのに、 滅多に取り扱わない事項の為、 戸籍法の第何条だったかを覚えていない。 情けない。 アリスなら、確実に全て暗唱出来るのだろう。 「本当ね。凄く綺麗な響きだもの。じゃあ真白って名前も、同じ人が付けたのね?」 「そう。肌があまりに真っ白な赤子だったから」 なるほど、 それは、分かる。 …ん?でも待てよ、 「アリス、あの園は“偶然”見つけたんじゃなかったっけ…」 「そうだよ」 「でも、園は真白さんが発見された場所なんでしょう…?」
これは、どういう意味なのだろう。
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