| 各々のデスクに山積みになった業務に、
私達は明らかに注意を集中出来ていない。
リリーは右斜め向かいに、
すみれちゃんは真向かいに、
そして私は左横に、
神経の恐らく半分を占領されている。
3人の雑念の矛先は、同一だ。
リリーの右斜め向かい、 すみれちゃんの真向かい、 私の左隣、
とはつまり、
アリスのデスクを意味する。
今その場所は、
危険な化学変化を試みる実験室と化しているのだ。
―――アリスと、三葉。
この異様な組み合わせの2人が、
一つのデスクに向かって、身を寄せ腰を下ろしている。
気にならないで、いられようか。
このところ内勤が増えており、
(といっても暇な時期だという訳ではなく、 4Fの人間がメイン案件の掛け持ち数を減らし、 階下のフォローを大幅に受け持つという、 今は体制の変化を試みている状態なのだ。 つまり、暇な訳では、全くもってない)
この機会を活かして、
本日は丸一日、 三葉の教育係に、所長直々アリスが任命されたのだ。
突然の朗報ならぬ妙報に目を白黒させる部下達のリアクションを、 満足げに眺めながら、
女ボスは言い捨て御免で出張に立ったのだった。
妙報が発せられた今朝、 当初のそれぞれの反応といえば、
三葉は「ぐぁ!」という蛙のような奇声を上げ、
すみれちゃんは『第二キャビネットの施錠徹底』という注意書きを、 30枚プリントアウトし、 (第二キャビネットは1つしか存在しない)
コンタクトをはめている最中だったリリーは、 あっけにとられた隙に片方を落とし、 しかもそれを自分の足で踏みつけ、
ブラインドタッチで打ち慣れた自分の氏名を入力したはずの、 私のPCの画面には、
『だぃるいじ』
という意味不明な文字が並んでいた。
仕事場では無表情・無反応が売りのアリスでさえ、 (別に売りではないが)
所長の声に片方の眉を上げるのを、私は見逃さなかった。
アシスト時のポイントや、 司法試験に向けての要点などを学ぶようにという、 所長の大雑把な指示通り、
初めのうちは明らかにやる気の無い態度で、 途切れ途切れに呟くような質問を投げていた三葉だったが、
それに対するアリスの的確で明確、かつ奥深い回答を重ね聞くにつれ、
だんだんと真剣な顔つきで、 次第にメモをとるまでに変化していった。
私は自分の作業に打ち込むフリをしながら、 このストレンジ・ペアに意識を傾けずにはいられず、
自分以外の2人も同様である事は、 時折空中でぶつかる視線から充分伺えた。
しかし、 少し前から、
三葉の言動に新たな変化が現れていた。
少しずつ、アリスに反論をし始めたのだ。
主張はそこまで強くないが、 アリスの意見に何かと小さく異議を唱える声が、 私の耳を刺激する。
と、
「納得いかない!!!!」
突然、三葉のヒステリックな声が響いた。
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