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■20408 / inTopicNo.21)  第二章 あじさいもよう (10)
  
□投稿者/ 琉 常連♪(110回)-(2007/12/15(Sat) 23:36:51)
    …っ!?

    何が起こったのか、和沙には理解できなかった。
    ただ、気がつけば背後からとてつもない衝撃を受けて、
    倒れるようにして地べたに這いつくばっていた。
    転んだのではない。
    転ばされたのだ。

    「ご苦労さま」
    とそこに、目の前の少女とは別に声をかける人物がいた。
    見ると、まず最初に細長い脚が飛びこんでくる。
    どうにか顔を見ようと上半身をくねらせて起きあがると、
    そこには…あの御舘篤子が居た。

    どういうこと…?

    どうして彼女がここにいるのだ、という疑問が和沙の頭を駆け巡る。
    「痛っ」
    だが、次の瞬間…背中を激痛が襲う。
    蹴られたのだ、と分かるまでさほど時間はかからなかった。
    しかし、そんな怪我人をよそに、篤子は静かに
    さっきの忘れ物をした生徒に近づいていく。
    二人が並んでツーショットになったところを見て初めて、
    和沙は思い出すことができた。

    ああ、そっか…

    あの生徒は篤子の取り巻きの一人だ。
    篤子はいつも大勢の女生徒を従えて歩いているから、
    彼女一人だけだと気づかなかったのだ。
    篤子は彼女に何やら耳打ちしている。

    そういうこと…

    だんだん読めてきた。
    この状況から、まさか二人がたまたまここに居合わせたのではないことは
    鈍い和沙にもさすがに分かる。
    この二人は『グル』だった。
    そう考えるのが自然だろう。
    連中が何を企んでいるのかは知らないが、
    昼休みにわざわざこんな誰も居ない場所に呼び出してまで
    成しえたかったコトとは、そう良いことのはずがない。

    逃げなきゃ…

    和沙はとっさに立ち上がった。
引用返信/返信 削除キー/
■20411 / inTopicNo.22)  第二章 あじさいもよう (11)
□投稿者/ 琉 常連♪(111回)-(2007/12/15(Sat) 23:49:22)
    「おっと」
    出口に突進しようとする和沙を阻むように、
    篤子は扉の前に立ちふさがる。
    退路を断たれた和沙は絶望的な気持ちを隠しつつも、必死に懇願した。
    「お願いです、どいてください」
    すると篤子は、うっすらと笑いながら和沙の顎を持ち上げた。
    「君さぁ、前から思っていたけど邪魔なんだよね」

    じゃま…

    入学したばかりの頃から、この人に好かれていないことを
    すれ違う時の突き刺さる視線からも何となく自覚はしていた。
    けど、それだけ。
    彼女はいつも睨むようにすれ違うだけで、特に何もしない。
    こんなにあからさまな敵意をぶつけてこられたのは
    今回が初めてだったので、和沙はショックというよりも
    どうして良いのか分からずに固まってしまった。
    「僕はね」
    篤子は急に和沙の顎を持つ手に力を入れてこう告げた。

    ぼ、ぼく…?

    狐に摘まれたような感覚がするのは、そういう風に自分のことを呼ぶ人を
    久しぶりに見たからだろう。
    たぶん、百合園に入学してからは初めてかもしれない。
    「僕は、ずっと生徒会長に憧れていたんだ。
    それでなくとも、この学校の生徒会役員はこれまでも素晴らしい先輩を
    輩出してきた我が校の誇るべき組織なのに、今年の候補生ときたら…」
    まるで我慢ならないとでも言うように、
    篤子は和沙を真っ直ぐに見据えて歯ぎしりをした。
    「いい加減に…放してくださいっ」
    顎を持たれ、ずっと見下ろされて気分が良い人というのは、そう多くない。
    和沙だって、やたらめったら眺められて良い気持ちがするほど
    マゾ気質は強くないのだ。
    精一杯の抵抗力で、何とか腕を振り切ろうと和沙は試みたが、
    依然篤子を追い払うほどの腕力には及ばなかった。

    …こ、この人

    本当に男の人みたい…
    平均的な女子高生の握力など比較にならないほど、
    目の前の彼女が和沙の腕を掴む力は強かった。
    長いだけでなく筋肉質なごつごつした手足、
    女性にしては人目をひくほどの短髪に頭一つ出た身長。
    そして何よりその鋭い眼球に睨まれると、
    さすがに怖いもの知らずの和沙でも一瞬怯む。

    あ…れ?

    何か違和感を感じると思いきや、そういえば彼女は制服を着てはいるけれど
    スカートを穿いていない。
    代わりに、膝まであるスカートと同じ柄の半ズボンを着用していた。
    ボーイッシュな域を超えて、あまりにも中世的な雰囲気を醸し出す彼女は、
    そのまま和沙の前髪を鷲掴みにするように持ち上げ、さらに顔を接近させた。
    間近で見ると、案外…端正な顔立ちをしている。
    これなら何人もの取り巻きにちやほやされるのも分かる気がするが、
    肝心の篤子の方は目尻をつりあげて強い眼差しにさらに力を込める。

    ドンッ…
    鈍い音がしたかと思うと、途端に和沙の腹部を再び痛みが襲った。
引用返信/返信 削除キー/
■20455 / inTopicNo.23)  第二章 あじさいもよう (12)
□投稿者/ 琉 常連♪(112回)-(2008/01/14(Mon) 22:01:37)
    「ゲホッゲホッ」

    苦しい。お腹が痛い。
    でも、何より暴力でしか訴えてこない目の前の彼女の行動が哀しかった。
    和沙は膝蹴りされた腹部を抱え込むようにして、その場にしゃがみこむ。
    「口ほどにもないね」
    ため息をつきながら憐れにこちらを見据える姿に、
    何故だか怒りの他にも沸々と湧き上がってくる感情が和沙にはあった。

    どうして、彼女はこっちを見ていないのだろう?

    それは、疑問にも近い。
    篤子は確かに和沙を視界にとらえている。
    しかし、言い換えればそれはただ眼に映しているだけの状態と
    ほとんど変わらないのだった。
    そして、さらに踏み込んでいうのなら、彼女は和沙を通して
    その後ろに生徒会…如いては真澄の姿を投影しているらしかった。
    その証拠に、篤子の取り巻きの女生徒は、先ほどからちっともこちらを見ようとはしない。
    こちらをチラリとも見ようとしない理由…それは紛れもなく
    篤子を想い慕っているが故の嫉妬だから。

    「何がおかしい?」
    急に素の表情を取り戻した和沙の態度が気に喰わないようで、
    篤子はさらに眉間のしわを深くした。
    「いえ、ただそろそろ次の授業が始まるので、
    教室に戻っても良いですか?」
    それは、和沙の本音だった。
    彼女がどういうつもりかは知らないが、これ以上ここで騒ぎ立ててことを荒立てたくない。
    特に殴られた痕跡を真澄に目撃されるなんて…それこそ勘弁してほしい。
    多目的教室は、和沙の放った一言からしばらく
    凍りついたかのように時間が止まった。
    何度かの時計の秒針を聞いている間、和沙はずっと瞬きもせずに篤子だけを見ていた。
    このまま眼を逸らせば負ける…そんな駆け引きでもしているように。

    「良いだろう」
    意外なほどあっけなく出た快諾に、和沙は拍子抜けした。
    もう少しくらいは面倒臭い展開になって、話がもつれて、
    第二ラウンドを期待していたわけではなかったけれど、
    こんなにもすぐに提案が通ると、それはそれで猜疑心を高めるのだ。
    「会長に、よろしく伝えてくれ」
    それだけ言うと、篤子ともう一人の女生徒は無言で部屋から退室しようとする。
    篤子の方は、最後までキザで、クールに。

    やっぱり…

    そのわずかな時間に、和沙は確信するものがあった。
    泣きはらしたように真っ赤な眼に、少しだけ自信を無くしたような背中。
    さりげなさを装いながらも、彼女たちの間はきもちギクシャクしているように
    取れてしまうのは、和沙だけではないはずだ。
    この昼休みの時間、もし格闘技の勝負事をしていたとしたら…
    どちらが負けたのかは明らかだった。
引用返信/返信 削除キー/
■20568 / inTopicNo.24)  第二章 あじさいもよう (13)
□投稿者/ 琉 常連♪(113回)-(2008/02/13(Wed) 23:58:28)
    ジャー

    水道水の水が冷たくて気持ち良い。
    バシャバシャ…
    「くそっ」
    いくら洗練されたお手洗いの洗面台とはいっても、
    備え付けの石鹸だけではブレザーの上着についた汚れは落ちそうにない。
    まだワイシャツ一枚で過ごすには肌寒いという季節だというのに、
    午後からは上着を諦めるしか選択肢はないようだった。
    鏡に映る自分は妙に疲れているようだったが、
    今の和沙はそんなことがどうでも良いと思えるくらい
    先ほどの回想にふけていた。

    この学校に入学して、早くも三ヶ月が経とうとしているが、
    あんなにも真剣な眼差しを向けられたことがあっただろうか。
    それは、希実を含めたクラスメイトや生徒会役員を合わせても、だ。
    おそらく彼女は、彼女が好きだ。
    …と思う。
    普段、そういった誰それが誰それに恋をしているなどという恋愛事情に疎い和沙は、
    これまでに経験したことがないほどの速さで、篤子の行動を分析していた。
    予想外に、彼女は策略家だ。
    後輩を使ってまでわざわざ小細工を仕込むなんて、
    口では言っていても普通の高校生にはきっと出来ない。
    篤子の成績がどれくらいかなんて知りようがないが、
    そういうものとは関係ない次元の話で、彼女は頭が良いのだ。
    予想外に、彼女は情熱家だ。
    一見クールを気取ってはいるが、瞳の中に秘められた熱意は、
    紛れもなく本物だった。
    未だかつて自分は、これほどまでに自分以外の誰かを想って
    他人に感情をぶつけたことがあっただろうか。
    そして、それはどういう気持ちなのだろうか。

    それが和沙にとっては、初めての葛藤となった。
引用返信/返信 削除キー/
■20700 / inTopicNo.25)  NO TITLE
□投稿者/ あき 一般♪(1回)-(2008/03/04(Tue) 13:29:39)
    色恋沙汰最初から全部読みました。すごいドラマチックなのでハマりました(^-^)これからも頑張って下さい!応援します

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20714 / inTopicNo.26)  あき様
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2008/03/07(Fri) 00:02:04)
    初めまして。そして、お読みくださいまして
    ありがとうございます!
    久しぶりの書き込みに、感想をいただけたので
    嬉しさで舞い上がっています(笑)
    本当に、ゆっくりの更新でごめんなさい。
    ご期待に添えるよう、今後も少しずつですが
    話を書いていきますので、見守っていただけると
    ありがたいです。

引用返信/返信 削除キー/
■20715 / inTopicNo.27)  第二章 あじさいもよう (14)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2008/03/07(Fri) 00:23:27)
    「どこ行ってたの?」
    サンドウィッチを頬張りながら、希実は先ほどから
    その一点張りだ。
    重箱のような弁当箱は相変わらずだが、
    彼女の胃袋を持ってしても食べ終えそうなところから
    昼休みも終盤に差し掛かっているとみて間違いない。

    グゥゥ…

    ふと、和沙のお腹が鳴った。
    そういえば、今日は呼び出しに遭ったりなんかして
    昼食をまだ食べていない。

    「次の時間、体育だよ?」
    それも…そうだった。
    忘れていたわけではないが、昼休みの出来事があまりに印象深くて
    今になってからしか気づけなかったのだ。
    「何なら食べてあげようか?」
    調子に乗ってまさに開いたばかりのランチボックスに
    手を伸ばそうとした希実を、和沙は冷ややかに制した。
    「自分で食べるよ」
    そう言って、和沙はそっぽを向いておにぎりを一つ取り上げ食べ始めた。
    まったく…油断も隙もありゃしない

    「ねぇ、和沙」
    先ほどまでのおどけたような口調とはうって変わって、
    希実の声はとても静かだった。
    どうしたことかと、和沙が振り向くと、
    彼女はまっすぐにこちらを見つめながら話し始めた。
    「何があったか知らないけど、辛いことがあったら
    いつでも相談してね?」
    「え…あ、うん」
    破壊的なキャラクターが定着しつつある彼女だが、
    こんな顔もできるんだ、などと妙に驚きながら、
    和沙は促されて呟いたような返事をした。
    でも、希実に言われたからではないけれど、
    確かに今日はいろいろなことがあったとはいえ、
    何故にこんなにくだらないことに悩まなくてはいけないのか。
    自分は決してこの程度のことで食欲がなくなるタイプではない。
    現に、身体は空腹を訴えているのだから。

    もっと、動じない人になりたい…

    そんなことを考えながら、和沙は口の中の米粒を強く噛み締めた。
引用返信/返信 削除キー/
■20729 / inTopicNo.28)  第二章 あじさいもよう (15)
□投稿者/ 琉 一般♪(3回)-(2008/03/10(Mon) 23:58:19)
    午前中の快晴もつかの間、午後から少しずつ曇り始め、
    放課後になる頃にはぽつぽつと降りだしてきた。
    梅雨時の天気とはこういうものだ。

    コンコン…

    ノックをして間もなく、生徒会室に先客がいるだろうことが
    和沙にも分かったのは、その人がとても温かな笑顔で出迎えてくれたからだ。

    「雨、降ってきちゃったの?」

    読みかけの参考書もそのままに、うっすらと濡れてしまった和沙の
    髪の毛や頬にタオルをあてる女性は、和沙より一つ年上の先輩。
    生徒会の会計職を務める彼女は、二年A組の梅林寺鼎。
    巷では、旧財閥会長の孫娘だとか我が校始まって以来の秀才だとか、
    はたまた外資系最大手の御曹司と婚約しているだとか…とにかく、
    華々しい経歴が噂される彼女だが、実際に話すと全然印象が違う。
    常に冷静沈着で有言実行、少し寡黙な性格だが、協調性がないわけではなく、
    たまに手作りお菓子を作ってきては差し入れしてくれたり、
    自己主張が激しいこの生徒会メンバーの中では、とても貴重な存在である。
    おまけに、後輩の面倒見もよく、優しくて穏やかな人当たり…と
    まさにパーフェクトな理想の女性だ。
    もちろん、和沙の憧れの先輩でもある。

    「あ、ごめんなさい。勉強の邪魔をしてしまいましたか…?」

    こちらからでもチラリと見えるその参考書には、
    日本語でも英語でもない文字列がぎっしりと並んでいた。
    「あ、ううん。そんなんじゃないの。
    私が一番乗りだったみたいだったから、
    時間になるまで読書でもしていようかな、なんて」
    はにかみながらも遠慮を忘れない心配りに、和沙はつい見とれてしまった。
    かなり良いところのお嬢さんなのだ。
    小さい頃から英才教育やら何やらで、
    相当な教養を積んでいると聞いたことがある。
    その細い身体に受けるプレッシャーは如何ばかりなものなのか計り知れないが、
    すでに海外の大学への進学も考えていてもおかしくない。

    優等生だからこそ、憧れる存在。
    そんなことを言ったら、彼女は気分を悪くするかもしれないが、
    堅実で努力家な姿勢は、和沙を含め確かに後輩たちには魅力的に映っていた。
引用返信/返信 削除キー/
■20978 / inTopicNo.29)  続き気になります
□投稿者/ あき 一般♪(1回)-(2008/07/05(Sat) 02:19:17)
    こんばんは☆続きが気になって気になってっていう状態です(+_+)お願いします

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20980 / inTopicNo.30)  あきさま
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2008/07/06(Sun) 19:41:38)
    こんばんは。コメントの方、どうもありがとうございます。
    最近全く更新していなかったにも関わらず、
    お読みいただきましてありがとうございます。
    今後は、書き溜めていた分を少しずつ更新していく予定です。
    暑い日が続きますので、あき様もお体にはご自愛ください。

引用返信/返信 削除キー/
■20981 / inTopicNo.31)  第二章 あじさいもよう (16)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2008/07/06(Sun) 19:50:58)
    結局、鼎はおろか真澄や斎ら生徒会役員が集結した後でも、
    みな和沙が放課後からブレザージャケットを着ないまま
    会合に出席していることについて触れる者はいなかった。
    いや、もしかしたら気づいているのだけれど言わないだけなのかもしれないが。
    とにもかくにももうすぐ衣替えも近いということも手伝って、
    和沙は明日以降も上着は着ないまま登校しようと決めたのだった。

    「それじゃ、今日はここまでね」
    斎の声で、本日の会議は終了したようだった。
    情けないことに、和沙はほとんど全くといって良いほど内容を覚えていない。
    配られたプリントに目を通してみると、
    『図書棟地下室の有効活用法について』と書いてある。
    しかし、いつもなら議論が活性化するたびにメモを書きこむため、
    紙面が赤ペンやら青ペンやらでぎっしり埋まっているというのに、
    今日にいたってはほぼ白紙の状態である。

    無理もない…

    珍しく、和沙は自らの心の中で言い訳をしてみた。
    昼休みのあの一件以来、午後の授業の体育でもバスケットボールの実技試験で、
    落ち着いて冷静に分析する時間など持てなかったのだから、と。

    「ちょっと!」
    ただ、それでは済まされないと警告を訴えてきた人物だけは話が別のようだ。
    「ちゃんと聴いていたの?ほら、来週はいよいよ
    各部へ支給する予算を決定する大議題が待っているんですからね」
    そう言いながら、こちらに近づいてくるのは…やはり真澄だった。
    気のせいか、彼女の顔は少しだけ眉間にしわが寄っている。
    まあ、生徒会長として後輩の動向を懸念するのは当然であるが。
    「あ」
    けれど、和沙は、今日初めて見る真澄の姿に違うことを思い出した。
    「何が、あ、なのよ?」
    訝しげな表情を向けながら、彼女はより眉をつり上げていく。
    「傘っ、ありがとうございました!」
    いきなり席を立ち上がったかと思うと、そのまま入り口にある傘立てから
    一本の黒い傘を持って走ってきたのだから、真澄だけでなく
    その場に居た他の役員の関心まで集めてしまった。

    「ああ、どういたしまして」
    意外にも真澄は、にこりと微笑みながらゆっくりと傘を受け取った。
    その仕草があまりに優雅で、和沙をはじめ二人のやりとりを見ていた
    他の役員も瞬きをしながらその場に立ち尽くしている。

    …こんな顔もするんだ

    それが、その場に居合わせた者たちの率直な感想だろう。
    それ以前に、彼女が和沙に傘を貸していた事実すら知らなかった様子の
    斎にいたっては口をぽかんと開けたままこちらを見ている。
    「この傘、素敵ですね」
    そんな中、和沙の口をついて出たのは意外な本音だった。
    昨日、手にした瞬間からずっと感じていたこの傘の印象。
    「あら」
    微笑みを浮かべる真澄は、どきっとさせるような笑みを浮かべ、
    さも見る目があるわねと評価したいかのごとく返事をした。
    「この傘の魅力がわかるなら、あなたにプレゼントしてあげても良いわよ」
    「い、いえそんなつもりは…」
    こんな高価なものを頂戴した暁には、今後二度と生徒会に(というか彼女自身に)
    頭が上がらなくなるのを恐れて、和沙は慌ててその申し出を断ろうとしたが、
    真澄の方はすでに渡すつもりのプレゼントのことで頭がいっぱいのようだった。
    「もう少し明るい色のタイプがお似合いかしら…」
    何やら傘を見つめながらぶつぶつと独り言を漏らす彼女を
    もはや和沙には、阻止できる術はなさそうである。

    「それじゃあ、お先に失礼します」
    タイミングよく声をかけるのは、
    すでに鞄とドアの取っ手に手をかけようとする杏奈だった。
    いつの間にか真澄と和沙を取り囲んでいた輪は解け、
    集団はそれぞれ談笑したり帰宅の準備をしたりと忙しそうだ。

    かくして、真澄のプレゼント攻撃の標的と中身だけは決定した日となった。
引用返信/返信 削除キー/
■20982 / inTopicNo.32)  第二章 あじさいもよう (17)
□投稿者/ 琉 一般♪(3回)-(2008/07/06(Sun) 19:57:29)
    数日後、中間考査の試験日程や各教科の範囲が発表された。
    入学してまだ間もないということもあり、一年生はさほど広くない。
    廊下の掲示板に貼りついている試験範囲の要項が記された紙を前に、
    和沙はメモを取るのに夢中だった。
    「えっと、化学は四二頁まで…っと。
    …英語は?あ、リーダーは二日目か」
    「ねぇ、和沙」
    ぶつぶつ独り言を言いながら、ひたすら壁と手帳とを見比べている和沙に
    希実が声をかけたのは、数学の確認に移ろうとしていた時だった。
    「ん?なに?」
    「何でそんなに必死なの?」
    学年主席なのに…って明らかにそう訊きたそうな希実を、和沙は制止する。
    「だからだよ」
    きっぱりとそう答える和沙に、希実はきょとんとした表情をした。

    …だって、だって

    今年からは、こんなに強力なライバルが現れたのだから。
    隣に居る本人に面と向かっては言いにくいものだが、
    和沙と希実の成績は実はそんなに変わらない。
    入学試験にしても、主席と次席の点差はわずか十点。
    死に物狂いで努力して満点を勝ち取った和沙からすれば、
    未だ真の実力が計り知れない希実の存在は充分脅威になるのだ。
    ただでさえ、自分は候補生としても引け目を感じているというのに…
    これ以上、自らを貶めるようなことだけはしたくない。
    それが、和沙の秘めたる熱意の源だった。

    まだ何か言っている希実を無視して、和沙は引き続きメモを取った。
    「そんなことしなくたって…聞いてる、和沙?」
    反応がほとんどない和沙の異変に気づいたのか、希実がこちら側を見る。
    「私、決めたの」
    メモを終えた手帳をパタンと閉め、和沙は希実に向き合った。
    一方、彼女の方はというと…またも意味不明といった様子で
    怪訝な表情を浮かべる。
    「中間テストが終わるまで、絶交ね」
    それだけ言うと、和沙はさっさと教室に戻っていった。
引用返信/返信 削除キー/
■20984 / inTopicNo.33)  お久しぶりの更新で
□投稿者/ みゅう 一般♪(1回)-(2008/07/07(Mon) 17:53:37)
    うれしいです。
    ちょうど今はあじさいが美しい季節。
    今後の展開も楽しみにしています。
引用返信/返信 削除キー/
■21000 / inTopicNo.34)  みゅう様
□投稿者/ 琉 一般♪(4回)-(2008/07/15(Tue) 01:05:36)
    初めまして。感想をお寄せいただき、ありがとうございます。
    ひっそりと書き続けてきたこのお話ですが、現実では
    いつの間にか初夏から本格的な夏の到来になってしまいました。
    のんびりな更新で申し訳ないです。
    次章で思い切り真夏のお話が書けるまで、
    もう少しこの章にお付き合いいただけると幸いです。

引用返信/返信 削除キー/
■21001 / inTopicNo.35)  第二章 あじさいもよう (18)
□投稿者/ 琉 一般♪(5回)-(2008/07/15(Tue) 01:10:44)
    「問二は?」
    「√3です」
    「そう、正解…」
    和沙の試験勉強は昼休みから始まり、放課後の生徒会室でも続いていた。

    「…どうしたの、アレ?」
    生徒会室に真澄や斎が入ってきても一向に止める気配がないので、
    思いきって二人は同じクラスの希実に尋ねてみることにしたのだ。
    「…」
    しかし、絶交を言い渡されたショックを未だ引きずっている希実が
    返事できる元気もあるわけなく…真澄たちは離れた席に座っている
    和沙に、再び向き直った。
    杏奈は今日、欠席している。
    つまり、和沙に教えているのは必然的に鼎ということになる。

    「問三は?」
    「途中まではできたんですけど…」
    「それで良いから、見せてみて」
    「はい」


    「…ああ、ここね。ほら、この公式を使うまでは悪くないんだけど、
    代入した数字の計算が間違っているでしょう?」
    鼎が指差す先には、確かにごちゃごちゃした計算式の中に、
    明らかに数字が変わっている段があった。
    きっと暗算しているうちに、何らかの思い違いでもしたのだろう。
    原因は簡単な計算ミスだった。
    和沙がもう一度間違ったところから計算してみると、
    今度はサラサラ解答できる。
    「答えは…七分の三です」
    「正解よ」
    にっこりと微笑む顔が、和沙をさらに嬉しくさせた。

    「はい、そこまで」
    「ちょっと休憩しましょ、お二人さん」
    珍しく会長と副会長がお茶を淹れてくれたのか、
    真澄と斎はそこでやっと口を挟んだ。

    「…それにしても」
    煎餅をバリバリかじりながら、斎は話し始めた。
    今日は和菓子とほうじ茶が振舞われている。
    本当は、華道部員である杏奈が直々に抹茶をたててくれる予定だったのだが、
    風邪で休んでいるため、急遽ほうじ茶に変更したようだ。
    「何で数Bなんて、解いているの?」
    思ったよりも口にしたほうじ茶が熱かったのか、
    それとも一回に口に含む量が多すぎたのか、
    お茶で咽ている斎に代わって真澄が質問した。
    「え?」
    いつも行列が絶えない銘菓の袋を選ぶのに迷っていた和沙は、
    一瞬何の話か忘れてしまった。
    「ベクトルなんて、数学Aではまだ扱わないでしょ」
    「ああ…」
    そこまで言われて、和沙はやっと質問の意図を理解した。

    百合園高校は、この近隣では指折りの名門校であるが、
    それは要点を絞った授業と受験まで徹底した支援体制の
    カリキュラムが評価されての人気だ。
    そのため、他の進学校もまたそうであるように、
    授業の進度は通常に比べて幾分速い。
    二年生終了時までには、一通りの全必修科目を終えるのが原則だが、
    それでも入学間もない一年生はまず基礎基本の確認からきっちり
    教わるため、学年の壁を越えた内容にまで触れることはさすがにない。
    つまりは、一年生の和沙がこの時期に数学Bに手を出していることは、
    学習計画の上では有りえないことなのだ。
    和沙だって、最初は試験範囲の問題から勉強を始めた。
    古典、化学、英語に数学、そして日本史…
    計算問題ではケアレスミスが命取りになるから、復習は念入りに。
    けれど、それも数時間続けているとさすがに飽きてくる。
    もともと中学で習ったことの延長線上みたいなものだ。
    これまで何百回と繰り返してきた問題なら、
    眼を閉じた状態でも脳裏に焼きついている。
    だから、そろそろ休憩に入ろうかと思い始めた…まさにその時、
    タイミング良く目の前に居る鼎の参考書の表紙が飛び込んできた。
    『数学V』
    医学部を受験するには、必修の科目だ。
    途端に頭の中で自分だけのサイレンが鳴るのは、
    優等生にはもはや職業病だろうか。
    そんなこんなで、和沙は鼎の教科書を借りながら、
    自ら門下生に名乗りを挙げたのだ。

    しかし。
    「最近では、すでに今のうちから受験を視野に入れた
    意識の高い新入生も増えています」
    二年生の教科書を開く和沙の隣で、三年生の教科書を開く鼎が
    すかさず援護してくれた。
    一年前の彼女もまたそうだったのだろう。
    特待生ではなくとも二学年の主席を維持している鼎に、
    和沙は尊敬の念を抱いていた。

    「受験ね…」
    対して関心が薄い真澄も、同じく特待生ではない三学年主席なのだが、
    彼女の場合…希実と似た天才肌なので、あまり参考にはならない。
    真澄の進路については聞いたことがないが、
    おそらく彼女の成績ならどこの大学でも何学部でも申し分ないはずだ。
    「まあ、将来に向けての努力は生徒会も応援するわ」
    それだけ述べて、真澄はこの話を終わらせた。
    会話の流れからして、和沙はどこの大学を目指しているの?
    なんて訊かれる可能性だって充分にあったはずだが、
    思いのほか、そこまで突っこまれることはなかった。

    「それじゃ、続きを始めようか?」
    今日はもう、仕事にならない。
    そう判断した他の役員は、早々と帰路についたり部活に向かったりして、
    二人だけ残った和沙と鼎はひたすら問題を解き続けていた。
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■21171 / inTopicNo.36)  がんばって
□投稿者/ あき 一般♪(1回)-(2008/11/05(Wed) 23:19:27)
    続き読みたいです☆がんばって下さい。応援してます

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■21179 / inTopicNo.37)  あき様
□投稿者/ 琉 一般♪(1回)-(2008/11/17(Mon) 22:51:24)
    こんばんは。励ましのお返事をどうもありがとうございます。
    なかなか更新できなくて、申し訳ありません。
    世間ではもうすぐクリスマスだというのに、未だ初夏のお話で恐縮です。
    今後もゆっくりな更新が予想されますが、お付き合いいただけたら幸いです。

引用返信/返信 削除キー/
■21180 / inTopicNo.38)  第二章 あじさいもよう (19)
□投稿者/ 琉 一般♪(2回)-(2008/11/17(Mon) 22:58:49)
    中間テストの試験範囲が発表されてから早くも数日が経過し、
    和沙はその週末にも黙々と試験勉強を続けていた。
    そして、紫陽花通りの花々は、まさに見ごろの盛りを迎えた中の
    翌月曜の朝のことだった。
    連日、雨が降り続けていたが、その日に限ってはたまたま
    朝からすっきりとした青空がひろがっていた。
    いつもどおりの時間に起き、いつもより少し早いくらいの時間に
    学校に着いてしまった几帳面な和沙がぼんやりと空を見上げながら
    三角通りに差し掛かったちょうどその時、
    何故か足元に何かが触れるようなぬるりとした感覚が走る。

    「えっ?」

    驚いた和沙がふと自らの脚を見つめると、
    そこには一匹の猫が足早に駆けていく最中のようだ。
    もうずっと前を走って姿を確認できるのがやっとという距離になって、
    その猫は首だけでこちらを見るように振り返る。

    …何で、猫?

    まだ若干おぼつかない足どりの子猫のようだった。
    けれど、和沙の興味をひくには十分で、その姿が遠く見えなくなるまで
    和沙はずっとその猫を凝視し続けていた。
    「…あっ」
    ようやくその場から一歩だけ動けたのは、それからさらに数分後のことで、
    黙々とどうして校内に猫が侵入してきたのか、だの
    首輪をしていたようだが近所に誰か飼い主がいる迷子だったのか、だのと
    考えが尽きずにいたため、とりあえず先ほどの猫を捕獲しておくという
    生徒会の役目を失念していたのだった。

    まあ、良いか…

    だって猫だし、さほど大騒ぎする必要もない。
    それに、緑豊かなこの百合園女子の大庭園は、私有地ながら近隣ではわりと有名な
    自然保護地区でもあった。
    夏休みなどの生徒が比較的少ない時期には、よく大学の研究調査をさせてほしい
    との依頼を受けるそうだ。
    そのため、こうやって朝早い時間ともなると、珍しい野鳥に遭遇することも
    珍しくないのだが、さすがに首輪つきのいかにも飼い猫を見るのは初めてだった。

    たぶん、すぐに外に出るよね…

    そう考えながら、その後の追及をやめるように
    和沙は子猫の後を追うようにして校舎に向かった。
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■21250 / inTopicNo.39)  NO TITLE
□投稿者/ 攀ナ 一般♪(1回)-(2009/01/31(Sat) 16:03:05)
    続きの連載待ってます♪

    (携帯)
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■21263 / inTopicNo.40)  NO TITLE
□投稿者/ みー 一般♪(1回)-(2009/02/24(Tue) 02:29:01)
    続き気になります。連載ファイトです

    (携帯)
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