| 学内に動物が侵入しているらしい、という怪事件は、 その日のお昼休みには全校生徒の間でもっぱらの噂になっていた。 ただ、和沙が見たのは間違いなく愛くるしい子猫のはずだったのに、 お弁当を突きながら耳に入ってきた同級生たちの会話では すでに檻から脱走してきた珍獣扱いになっているところは女子校らしいが。
に、してもだ…
温かいお茶をすすりながら、和沙は心の中でこっそり考えていた。 伝言ゲーム並みに事実が誇張されつつある噂とはいえ、 校舎内でもあの子猫が目撃されたことだけはどうやら本当らしい。 こうなってくると、今朝すぐに外に出るだろうと 浅はかな予想をしていた自分が恨めしくなってくるものである。
道に迷っているのかな…
早く母親に逢えますように。 どことなく頼りない子猫の身を案じながらそわそわとしている和沙に、 めざとく希実が声をかける。 「あの、ね。和沙は…気になる?」 和沙の様子をそわそわと喩えるなら、いまの希実はどこかよそよそしい。 やはり絶交を告げられたことが原因なのか。 「うん。気になるよ、やっぱり」 絶交も一時休戦。 和沙はぼんやりと呟いた。 「そのことなんだけどね、今日の放課後、緊急で生徒会の捜索会議が 開かれることになったんだって」
「え?」
あまりに突然の剣幕で一気に話し終えてしまったため、 和沙はきょとんと聞くしかなかった。
「というわけで、各自で思い当たる場所をこれから探してきてもらうわ」 気がつくと、まるで自分こそがこの会議の中心人物だと云わんばかりの 様子で陣取り、上座の高級椅子に深々と腰掛ける生徒会長がいた。 「え、ええ?」 いつの間に放課後になってしまったのか、生徒会室にいるのかも はっきりしないまま和沙は昼間と同じようにぼやいた。 会長である真澄のかけ声とともに、はーいと威勢の良い返事をしながら 生徒会の面々が部屋をでていくのを横目に和沙は未だ席を立てずにいた。
「何をしているのよ?早く行きなさい」 腕組みをしながら優雅に命令する彼女に、恐るおそる訊いてみる。 「あ、あの…真澄先輩は?」 「私はここであなたたちが見つけるのを待っているわ」 あまりに堂々と言うので、和沙もこれ以上何かを言うのをやめた。 さながら真澄は、対策委員会総本部、というところだろうか。 「あ、じゃあいってきます」 「待ちなさい」 和沙が入り口のドアに手をかけようとすると、真澄がすぐに呼び止める。 「夕方から降ると、天気予報が言っていたわ。傘を忘れないで」 そうやって握らせたのは、やっぱり彼女の傘だった。
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