□投稿者/ K. 一般♪(2回)-(2014/08/21(Thu) 05:27:28)
|
「初めまして、あなたが間宮凛さん?」
彼女を目にした途端、私は彼女に思考も感情も全てを奪われた。
結局、林間学校のプリントの時と同様に、次の日の放課後、天城さんに半ば無理矢理音楽室へと連れてこられた。 音楽室に入るなり、天城さんが自分のことを見学者だと紹介したお陰かどうかは分からないが、周りの部員からの好奇の目が痛い。 そんな中、大勢いる部員の中から、ひとりの生徒が自分とその隣の天城さんの元へとゆっくりと歩んできて、自然と部員は道をあけた。 音楽部の集団の中から現れたのは、微笑みを浮かべた、腰近くまでのふわりとした長い髪をなびかせた美しい生徒だった。
「初めまして、あなたが間宮凛さん?私は音楽部の部長、高等部3年の月見翔子(つきみしょうこ)です。よろしくね。今日はゆっくりしていって」
白いカチューシャで頭をかざった部長、月見先輩は可愛らしいよく通る声でそう挨拶した後、部員に準備に取り掛かるよう指示を飛ばした。 正式な音楽部の部員のひとりである天城さんも楽譜や譜面台なんかの準備へと行ってしまい、入口の前にひとり取り残された。 とりあえず近くにあった椅子を持ってきて、邪魔にならないよう、入り口付近の教室の隅の方で座って部活動の様子を眺めることにした。
(月見、先輩)
準備を終えた音楽部の部員たちは発声練習を済ませた後、それぞれが楽譜を持って、部員であろうピアノ演奏者の演奏に合わせて練習を開始した。 月見翔子だと名乗った自分よりも2学年上の部長はソプラノパートを担当しているらしく、時々彼女のソロパートがあったりなんかもした。 部長を務めているだけあって彼女の歌声は透き通っていて美しく、またよく響く歌声であり、合唱に興味がない自分でも魅了されるような声だ。 それは他の部員にとっても同じらしく、彼女は常に憧れの熱を持った目で見つめられており、他の部員たちに慕われているのがよく分かった。 天城さんはアルトパートの担当のようだったが、やはり部長である月見先輩のことを尊敬しているらしく、表情がとても柔らかい。
「どう?、音楽部は」
ぼうっと練習風景を見ている最中、突然背後から声をかけられ、大げさなぐらい肩が跳ね上がってしまい、勢いよく身体を半回転させた。 後ろには満面の笑みを浮かべた背の高い、ショートヘアの生徒が立っており、その格好はセーラー服ではなく、学校指定のジャージ姿だった。 その隣には逆に背が低く、天城さんのように色素が薄い髪を下の方で緩く三つ編みにした病弱そうな印象を受ける、優しく微笑んだ生徒が立っていた。
「林先輩に木下先輩、こんにちは」
「こんにちは、彼女は見学者かな?」
ショートヘアの生徒は林響子(はやしきょうこ)、三つ編みの生徒は木下絵美里(きのしたえみり)と名乗り、共に高等部3年だった。 彼女たちは今日、自分たちのクラスで用事があったために遅れてきたらしく、荷物を置いてすぐに合唱の練習に加わった。 林先輩はメゾパート、木下先輩は指揮者兼伴奏者を担当しているらしく、2人とも月見先輩同様に上手く、また後輩に慕われているようだ。 合唱のことはよく分からないし知識としても知らないが、音楽部の部員たちは本当に楽しそうに歌うのは見ていてすごく伝わってきた。
「・・・・・・はい、じゃあ顧問の先生に私から渡しておくわね」
担任は学年、クラス、出席番号、氏名が書かれた入部届をしっかりとチェックした後、その入部届を自分の机の引き出しの中にしまった。 本当は自分で顧問の教師に渡してもよかったのだが、運悪くその顧問の教師が昨日から出張に出かけているというので、担任に任せることにした。
「それにしても突然ね、どうして7月というタイミングで音楽部に?」
担任であり英語担当の教師でもある松田先生は、次の授業の準備だろうか、クリアファイルを引っ張り出しながら尋ねてきた。 あの後結局私は音楽部に入部することを決めたのだが、それはまだ先輩方にも、天城さんにでさえ伝えていない。 なぜ今まで全く興味を持たなかった音楽部なんかに入部しようとしているのかは、自分でもよく分からない。
「・・・・・・何となく、です」
そう、と自分の担当するクラスの生徒のひとりに控えめに微笑んで見せた松田先生は、どこか嬉しそうだった。
|
|