| (まさか保健室で寝過ごすなんて思ってなかったなぁ…。マナもカナミも起こしにきてくれたみたいだけど気が付かなかった)
保険医から伝えられた後、菜月はガックリとうなだれて保健室を後にした。 ひどい風が窓を揺らしている。 薄暗い校舎には人の気配がせず、菜月は静かに校門へとつながる廊下を歩いていた。
(早く帰ろう…。何だか身体が怠いし)
そう思い、玄関に続く角を曲がった時だった。 大粒の雨が玄関の窓ガラスを濡らし、たくさんの雫を流している姿を見て、菜月は下駄箱から動けなくなってしまった。
『まいったなぁ…。』
独り言を呟き、取り敢えずローファーに靴をはき換えて外を眺める。
携帯を開き、バスの時刻を確認するが次のバスは一時間後。 ため息を吐き電車の時刻も確認すると、20分後だった。 『今出れば余裕で間に合う…けど…。』
ザーザーと激しく降る雨に決意が削られていく。
カラカラっと扉を開けて外に出る。 その瞬間に一際きつい風が舞い、菜月のスカートをめくりあげた。
『きゃあっ!』
よろよろと風に押されながら再び校舎の中に戻ると、さっきまではいなかった人影が下駄箱の前に立っていた。
『……』
突然現われた人物に驚いたことと、まだ校舎に生徒が居たこと、その人物が菜月の好きな由美先輩だった事が絡み合って菜月は言葉をなくしている。
由美は何も言わずに菜月の方へと近付き、菜月を挟むように窓ガラスに片手を付けた。
「ちょっと外に出ただけでずいぶん濡れたのね…。あなた二年の菜月ちゃんでしょ?」
綺麗な顔が柔らかい笑顔に変わる。
『…え?…何で…』
自分の名前をいわれ、鼻先に由美の顔がある状況に焦る菜月に、またも由美が微笑みかけた。
「どうして知ってるかって?菜月ちゃん可愛いし綺麗じゃない。何人も菜月ちゃんに告白しに行ったのに…みんな菜月ちゃんの事注目してるわよ♪」
つんっと綺麗な指で頬を押され、菜月の体温が上がっていることが菜月自身分かっていた。
『先輩に知られてるなんて…知りませんでした。』
濡れた髪を整え、前髪を耳に掛ける。
「ふふ、だって目で追っちゃうくらい私も…」
『え……?』
そこまで言い掛けたとき、残業をしていた教師が玄関にやってきた。
「あなた達傘無かったらこれ使いなさい」
ふっくらとした女教師が気前のよさそうな笑顔で二つの傘を菜月達に手渡して再び校舎の中へと消えていった。
「……バスが来るわね。菜月ちゃんは電車?」
携帯の時間を確認した後由美が菜月の方を見る。
『あ、私もバスが来ます。もしかして同じバスですか?』
小さな期待を持ち、由美に尋ねると由美は校舎から見えるバス停を指差した。
「あそこから乗るの。17時10分のバスよ」
チラっと時間を気にしたように再び由美は携帯の画面を見つめる。
『あぁ…違うバスですね。私は15分なんで…。すいません、引き止めてしまって…先輩行って下さい。』
淋しそうに傘を差しだし、由美を見送ろうとした。
急に肩に手を置かれ、振り向くと由美の顔がすぐ近くにあった。
「私、由美っていうのよ♪だから呼ぶときは…」
『し…知ってます。相沢由美先輩は、みんな…。すごく綺麗だから。』
そう言うと、由美は驚いた顔をしたのち笑顔で菜月に手を振った。
「明日メアド聞きに行くから教えて♪」
『はっ、はい!さよなら』
可愛い笑顔を向けられ、菜月も笑顔で手を振った。
これが、菜月と由美の初めての会話だった。
(携帯)
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