| ――かく浅ましき殺生の家に生まれ、 明け暮れ物の命を奪う悲しさよ
純白の半紙の上に青みがかった刀身が現れた時、ただでさえ静まり返った座敷の空気が止まった。 外気に触れた刃は冷たい硬質の光をちらりと放ち、僅かに青みがかったそれは波間の魚の鱗を思わせる。ひんやりと静かで、どこか厳しい‥それは今、刀身に目を落とし検分する鑑定人の佇まいにも通じていた。 「‥どないですか?」 傍らから膝を進める年配の同業者を見る事もせず、恐らくは私と同年くらいの女鑑定人は呟いた。 「業物ですね。村井さんのお見立て通り、江戸末期の作でしょう」 「ほな、やっぱり‥?」 頼りなげな声音に端で見守る私達も身をすくませる。しかし女鑑定人は音もなく刀身を鞘に納め、畳にそっと下ろして首を振った。 「確かに浅右衛門のお墨付きはありますが、四つ胴や六つ胴ではありません」 「あの‥」 私は恐る恐る口を挟んだ。 「四つ胴とか六つ胴って‥何ですか?」 「人を二人重ねて断ち斬れば四つ、三人重ねて斬れば六つになります」 女鑑定人は淡々と答えた。 「刀の斬れ味を保証するために、実際に試し斬りをした刀につく呼び名です‥だから、売買の際に由緒書きには必ず記載されます。価格に直結する付加価値ですから」 素人には腰が引けそうな説明に私はたじろぐが、隣の庵主さんは心からほっとしたように口を開いた。 「ほな‥人を斬った刀ではないゆうことですか? ほんにもうそれだけが気に病めて‥」 女鑑定人はいくらか和らいだ口調でそれに答えた。 「浅右衛門が武家や富裕層に推薦した数ある刀の一つ、でしょう。刀工は関の世古春俊。収集家なら垂涎ものの一財産ですよ」 「せやから、あんたはんにわざわざ来てもろたんですわ」 土地の古美術商がしきりに額の汗を拭う。 「こちらさんが日本刀もようさん持ってはるのは承知どしたけど、春俊の業物で由緒書きは浅右衛門、しかもこちらに来たのが明治末‥これは誰かて、まさかと思いますわ」 女鑑定人は同業者を見てちらりと笑った。どうだか、と言いたげな笑いだった。 「首斬り浅右衛門、それも最後の浅右衛門使用の刀なら、刀剣マニアでなくても高値をつける人はいるでしょうしね」 ‥この国の死刑が明治の初めまでは斬首であった事や、それに従事した家系があった事も、長らく生家を離れて暮らし、これからその家を継ぐことになる私には無縁の話だった。
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