| 八月も末、日差しの眩しい昼下がりの学校の裏門。 二人の荷物を積み込んだ車が走り去っていくのを姉とおそろいのワンピース姿で見送る。 蝉の声が騒々しかった。
「あとは、これだけ。」
姉の手元の紙を覗き込んで戸惑う。
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8月24日付で以下の二名は寄宿舎より退去いたしました。
イリーナ・ミロノワ 唯・ミロノワ
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「唯・ミロノワ…。」
姓が変わってから既に一ヶ月経ったのに、でもいまだに馴染めない。
「戻るわよ。」
姉に促され戻った寄宿舎。 がらんとしたロビーはエアコンも切られたままで蒸し暑く、 其処にいるだけで汗が滲む。
姉の手で掲示板に貼られる告知。 この名前で掲示される違和感。 皆がこれを見たら、大騒ぎになるだろう…。
蘇る別荘での夏…。
「唯?」
耳元で優しく囁く声が私をがらんとした寄宿舎に引き戻した。 そっと背後から抱きしめられて、姉の手に掌を重ねる。 柔らかな金糸の束が頬を撫でて揺れていた。 微かな甘い汗の匂いが、あの感覚を呼び覚ます。
「どうしたの?」 「なんでもない…。」
記憶を振り払うように小さく首を横に振った。
「可愛い…。」
腕が解かれ、姉の手が私の手に重なった。白い指に無意識に指を絡める。 私を見詰める青い瞳が優しく細められた。
「行きましょう、新しい家に。」
其の言葉に誘われるように、姉の腕に縋るように腕を絡めた。 日差しの中に出て、寄宿舎を振り返った。
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