DISTANCE 作者:古都さん
キーボードを打つ無機質な音が室内に響き渡る。 規則正しく打つその音は、何故かメロディを奏でているような気さえ起こさせた。 「先生、ここどうしよう?」 大きな鳶色の眼を持った少女が声を掛ける。 少女と言うべきなのか、少年と言うべき格別がつかないほど、その娘は間性であった。 「重複する感想は書かなくていいから」 白衣を着た女はそう答える。 もう日も暮れて、辺りは闇に包まれていた。 運動部でさえ帰り支度についており、学校にはこの二人しか残ってない。 「無理しなくていいから」 教師、佐伯要が生徒に言い聞かせる。 「さっさと終わらせたいし・・・家に帰ったらやらないから」 と、要に笑顔を向ける。 保健委員会の部長、須々木真琴である。 今まで殆ど実行に移せなかった計画を、この須々木真琴が全てそれを可能にしてきた。 実行委員にやる気を起こさせ、事も見事に生徒を指導していた。 それが、あまりにも巧みで教師全員舌を巻いていたほどだ。 「先生ってさ、なんか私の我儘聞いてくれますよね?」 二人きりになると、敬語を使わないと言うのがこの二人の暗黙の了解になっていた。 それがいつ始まったのかは定かではないが、 この会話になることを密かに二人とも待ち望んでいた。 「一生懸命やる生徒に、やるなとは流石に言い切れないわよ」 「ふぅん、そうなんだ」 話していても、真琴は手を休めずにアンケートの集計を行っている。 「先生、なんで私に保健委員には入れって誘ったんですか?」 「入って欲しかったからよ」 「・・・なんで?」 「活動が今まであまり出来なかったし、 あなたならどうにか出来るって思ったのよ。 現にいい結果を出してくれてるしね」 真琴は照れくさそうに笑った。この笑顔が凄く可愛らしい。 「にしても・・・先生、なんで彼氏居ないんですか?」 要は容姿には全くと言っていいほど非の打ち所がない。 それほど美しいにも関わらず、浮いた噂が全く流れないのだ。 「いい人が居ないからねー、って真琴も居ないでしょうが」 「あははっ、そうですねー♪」 真琴はクルクルと椅子と一緒に体を回す。 ぴたっと止まると再び手が動き出した。 「にしても、先生好きな人居ないんですか?」 この頃の年代の子は、悪気があるわけでもないのに自分の奥にあるものを引っ張り出すことが良くある。 この少女とて例外ではない。 一番性質が悪いのは、その好きな相手が本人であるという事。 ここで告白してしまえば、真琴に白い眼で見られる可能性が高い上に、噂が広まってしまう。 したくても出来ない、その現実にいつも要は悩まされていた。 「真琴は居ないの?」 「先生が好きですよー」 あっけらかんとした感じですらりと言ってしまう。 「好きって・・・どういう意味?」 「好きは好きですよ。友達としてとか、恋人としてとかいちいち区別するのも厭だし」 静かな眼で、要を見据える。 「先生のこと、好きです」 真っ直ぐに要を見る、全く視線を外そうとしない、外したくても外せない。 真剣そのものの眼で見られ、要は言葉を失った。 すたすたと自分が座っている椅子の前に来ると、上を向かされ唇を奪われた。 「怒るなら怒って下さい」 大胆不敵な真琴の行動が理解できない。 確かに要も彼女が好きである。 なのに、何故理解できないのだろうか? 教師と生徒という枠組みが自分を縛っているから。 道徳と倫理が自分を戒める。 逃げれない。 真琴がチャンスを与えてくれている。 自分が今どうしたらいいのか、自分と向き合う時間をくれた。 しかし、その時間は限りなく短い。 「・・・ごめんなさい」 真琴は罰の悪そうな表情を浮かべると、再びパソコンの前に座った。 無言がかなり続いた。 が、その無言を破ったのは要。 「今さっきの質問の答えはね、ずっとあなたを見ていたかったからなの」 くるりと真琴がこちらを向いた。 「体育の時間、サッカーしている時も・・・ずっと目で追ってた。廊下ですれ違っても・・・ あなたが怪我したとき、本当に心配でいつもハラハラしてて・・・」 少し間を落ちて口を開いた。 「入学してきたときから、ずっとあなたを見てた。私は真琴が好きなの」
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