ビアンエッセイ♪

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■20202 / inTopicNo.1)  色恋沙汰A
  
□投稿者/ 琉 ちょと常連(95回)-(2007/10/17(Wed) 20:34:57)
    …夢を見た。
    遠い記憶のトンネルへ迷いこんだかのような夢だった。
    いつ、どこで、誰と話していたのかは分からない。
    けれど、何だかとても温かくなるような
    お喋りを楽しんでいた…気がする。

    「ほら、もう朝よ!早く起きなさい」

    深い眠りの淵で、誰かの声が聞こえてくる。
    ああ、この声の主があの人だったら良いのにな…
引用返信/返信 削除キー/
■20203 / inTopicNo.2)  第二章 あじさいもよう (1)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(96回)-(2007/10/17(Wed) 20:43:46)
    私にとって憧憬とは、超えたくても超えられない境界線だった。

    あんな風になりたい…
    誰でも一度は同性に憧れたことがあるだろう。
    部活の先輩、学校の先生に職場の上司。
    きっかけは何でも良い。
    大切なのは、それがどれだけ強い気持ちなのか。
    『憧れは所詮憧れでしかない』
    誰かがそう言っていた。
    でも、私はそうは思わない。
    だって、あの人を意識するまでそう時間はかからなかったから。
    憧れと恋慕の境界線。
    …曖昧なグレーゾーンがあまりにも広すぎる


    それは、連日傘をさす梅雨の六月のことだった。
    生まれて初めてお嬢様学校に入学して早二ヶ月あまりが過ぎ、
    和沙もようやくこの女子校独特の雰囲気に慣れつつあった。
    現役生徒会長による異例の生徒会候補生の大抜擢により、
    和沙は相変わらず生徒会に通う日々を続けていた。

    「良いわね〜。澤崎さんは」
    なんて、うっとりした様子で心底羨ましそうな表情をする
    クラスメイトの西嶋さん。
    もう手伝いを始めてから結構経つのに、未だに彼女は羨ましいようだ。
    そんな話を振られた和沙はげっそりしながら、
    「何なら変わろうか?」
    と言いたいのをすんでのところで我慢していた。

    一方、同じく羨望の眼差しを向けられたもう一人の片割れはというと…
    もぐもぐもぐ…
    だったらどうした?と言わんばかりの顔をして
    食べかけのメロンパンを思いっきり頬張っていた。
    低血圧だという希実は、朝食を食べてこないで
    こうやって登校してから自分の席で食べるということが珍しくない。

    「だから、朝はちゃんと家で食べなって…」
    そう呆れながら笑うのは、二階堂菜帆さん。
    彼女は百合園高校の副会長である二階堂斎の実妹である。
    学級委員長を務める彼女は、お姉さんとは違って
    おしとやかで慎ましい…姉本人に向かってはとても言えないけれど。
    菜帆は中学からの持ち上がりらしいが、
    最近は和沙や希実らとよく一緒に居ることが多い。

    入学当初には友達ができるか不安でいっぱいの和沙だったが、
    今となっては要らぬ心配だったようだ。
    もともと賑やかなのは嫌いではないため、
    和沙はこの状況をけっこう気に入っていた。
引用返信/返信 削除キー/
■20204 / inTopicNo.3)  第二章 あじさいもよう (2)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(97回)-(2007/10/17(Wed) 20:48:34)
    教室の窓にはどんよりとした空が顔を覗かしていた。
    今は降っていなくても、天気予報では午後から
    また雨になると言っていた。
    今日でもう四日連続の雨だ。
    日本中の湿度が上がるこの時期は、
    紫陽花が一番綺麗に咲く季節でもあった。
    ここのところ、和沙は大庭園の紫陽花通りへ
    遠回りして帰るのが日課になっている。
    六月生まれの和沙は、花の中で紫陽花が一番好きだからだ。
    赤、青、紫と色とりどりの紫陽花。
    淡い色は変わりやすく、同じ花を何回でも観賞して楽しめる。
    和沙は一人しゃがみこんで、花びらに残る水滴に
    触れながら遠い記憶を回想していた。


    「和沙。ほらこっちよ、和沙」
    一人の少女が手招きしている。

    あれは…?

    どこから見たことがあるような…でもすぐには思い出せない。
    「おねえちゃん待ってよぉ」
    もう一人の少女はそれを必死に追いかけている。


    …ああ、そうか。

    これは幼い頃の自分だ。
    そして、たぶん前の彼女は…
    和沙がどれだけ必死に走っても、後姿はどんどん離れていく。
    追いつけなくてついには泣き出してしまった。
    「泣かないで。ほら、可愛い顔が台無しよ」
    いつの間に戻ってきたのか、
    少女は白いハンカチを差し出して和沙の頬にあてた。
    そう。
    優しく拭ってくれたあの感触を忘れるはずがない。
    彼女は和沙のただ一人の姉だった。
引用返信/返信 削除キー/
■20205 / inTopicNo.4)  第二章 あじさいもよう (3)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(98回)-(2007/10/17(Wed) 23:20:33)
    「やっぱりここに居たのね」
    まるで長い間探していたかのような真澄の声だった。
    和沙は、呼ばれるまで小雨が降り始めていたことにすら
    気づいていなかった。
    雨に濡れた制服はしっとりと湿っている。

    「どうしたの?傘を忘れるなんてあなたらしくない」
    どうやら教室に傘まで置き忘れてしまったことに、
    和沙は真澄に指摘されて初めて気がついた。
    「先月のまだ花が咲かないうちから通っていたようだけど…
    あなた、そんなに紫陽花が好きなの?」
    真澄が言ったことは本当だった。
    和沙は、五月から開花するのをまだかと楽しみにしていた。
    けど、そのことを真澄が知っていたとは驚きだった。
    「まあ…それなりに好きなんですけど」
    こういう時、返答に困るものだ。
    好きなことは好きだが、それが何故かって訊かれても
    何となく言いたくないものは言いたくない。
    「ほら…いいから私の傘に入りなさい。
    これ以上濡れると、風邪をひいてしまうわ」
    絶対に何か追及されると思ったのに、
    真澄はこちらが気抜けしてしまうほど
    あっさりと引き下がった。

    何も訊かないの…?

    「そう…和沙は紫陽花が好きなのね」
    真澄はつぶやくように言うと、温室の方へと導いた。
引用返信/返信 削除キー/
■20206 / inTopicNo.5)  第二章 あじさいもよう (4)
□投稿者/ 琉 ちょと常連(99回)-(2007/10/17(Wed) 23:26:37)
    温室の中は、冷たい雨露をしのぐのに充分だった。
    真澄はいつものベンチに和沙を座らせると、
    簡易キッチンの方へお茶を淹れに向かう。

    ザアァァァ…
    外の雨音はだんだん強くなってきた。
    二人しか居ない空間には、ちょっとした物音でもよく響く。
    けど、噴水の音や小鳥のさえずりですらも、
    今の和沙には癒し効果をもたらしてはくれなかった。

    何で、あんなこと思い出したんだろう…

    とっくの昔に封印したはずの記憶だったのに、
    先ほどは驚くほど鮮明に蘇ってきた。

    ハアッ…ハアッ…
    まだ、胸の動悸がおさまらない。
    いやそれどころか、考える時間ができた分、
    それは余計と激しさを増していった。

    「大丈夫?」
    ふと横から真澄が声をかけた。
    ちょうどお湯が沸いたようで、ティーカップを二人分
    用意しているところだった。
    「平気…です」
    和沙は無意識に自らの胸に手をやった。
    「本当に…?」
    真澄が近づいてきて、和沙の手に自分の手を重ねる。
    「鼓動が早いのね…私の手にまで伝わってくるわ」
    添えられた手は温かくて、しばらくすると
    和沙は自然と落ち着いていくのを感じた。
    「落ち着いた?」
    再び真澄が和沙に尋ねる。
    気がつくと…ずいぶんと近くに彼女の顔があった。
    「あ…もう落ち着きましたから、大丈夫です!」
    動揺していることを知られないように、
    和沙は大げさなリアクションをとった。
    「そう?なら、良かったわ。
    待っていなさい。今、紅茶を淹れてくるから」
    そう言うと、真澄は屈んでいた腰を起こし、
    和沙に背を向けてキッチンへと戻っていった。

    ビックリした…

    和沙は再度、胸に手をあてる。
    もう制服のワイシャツは皺ができていた。
    忘れるところだった。
    彼女は絶世の美女で…ドアップの顔には迫力があることを。
引用返信/返信 削除キー/
■20209 / inTopicNo.6)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(2回)-(2007/10/18(Thu) 02:20:32)
    第2章突入おめでとうございます。 続きを、楽しみにしています。 頑張ってください(^0^)/

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20210 / inTopicNo.7)  のん様
□投稿者/ 琉 常連♪(100回)-(2007/10/18(Thu) 07:05:41)
    こんにちは。励ましのお返事をありがとうございます。
    読んでいるとお気づきになるかもしれませんが、
    第一章の後半にかけての話は、文章量がやたら多くなります。
    スレッドの関係で、せかせかしてしまいました…
    初めて投稿するので、未だよく分からないことばかりですが、
    完結を目指して頑張ります。
    第二章は、初夏のひとときが舞台です。
    これから更に登場人物が増え、いろんなことが巻き起こっていきます…ので、
    和沙たちの成長を見守っていただければありがたいです。
引用返信/返信 削除キー/
■20211 / inTopicNo.8)  第二章 あじさいもよう (5)
□投稿者/ 琉 常連♪(101回)-(2007/10/18(Thu) 11:27:18)
    真澄が淹れてくれた紅茶は、ふんわりと甘い香りがした。
    フレーバーティーというらしい。
    「おいしい…」
    思わず和沙はそう呟いた。
    いつのことだったか、初めて真澄とここで会った日にも感じたが、
    彼女が淹れてくれるお茶はまろやかな中にもアクセントがあって、
    おそらく表現するなら通好み、とでもいうべきか。
    とにかく、とても美味しいのだ。
    「そう言ってもらえるのが何よりよ」
    真澄も自分のカップに口をつける。
    優雅に紅茶をすする姿は、まさにお嬢様のようだ。
    いや、彼女は正真正銘のご令嬢なのだけど。
    けれど…こういう何気ない仕草の一つひとつにまで、
    目がいってしまうのはどうしてだろう。

    「来週は…あなたの誕生日ね」
    真澄がふと漏らす。
    和沙には、自分の誕生日を彼女が覚えていたことが驚きだった。
    「何で知って…?」
    「そりゃ覚えているわよ。だって私は会長ですもの。
    あなただけじゃなくて、生徒会役員はみな把握しているわ。
    四月が斎、六月があなた、七月が杏奈で、九月が鼎と希実ちゃんね。
    私は…三月の終わり頃だから、誕生日が来ることには
    卒業していてみんなからは忘れられているかもしれないけど…」
    ちょっとだけ残念そうに話す真澄を見て、
    和沙は気持ちが和らぐのを感じた。
    「そんなこと…ないと思いますよ」
    フォローのつもりだったのだが、真澄の反応は意外なものだった。
    「やっと笑ってくれたわね」
    「え…」
    「最近、何だか浮かない顔ばかりしていたから…心配していたのよ?」
    「…あっ、えっと」
    こういう時、どんな顔をすれば良いのか分からなくなる。
    「別に…何があったか追求したいわけではないわ。
    ただ、あなたが紫陽花を眺める横顔は、私が桜を見ていた姿に
    どことなく似ていたように感じただけよ」
    そう言うと、真澄は遠くを見つめているような目をした。
    二人の空間は、心地良い沈黙とカップからたちこめる湯気に満ちていた。
引用返信/返信 削除キー/
■20219 / inTopicNo.9)  第二章 あじさいもよう (6)
□投稿者/ 琉 常連♪(102回)-(2007/10/20(Sat) 09:54:09)
    「今日はもう、お帰りなさい」
    真澄がそう言って、自らの傘を持たせた。
    本当は、何か生徒会関連の用事があったのではないか。
    それに、これでは彼女の方に傘がなくなってしまうのではないか。
    けど。
    「良いから、ね?」
    「…はい」
    この頃、真澄は駆け引きが上手くなってきた。
    …いや、正確にはそれに乗せられる和沙が単純になってきたのか。
    いずれにせよ、ただ闇雲に帰れの一点張りだということは同じなのに、
    口調とか声の質感とかその他のシチュエーションとかで、
    真澄の場合、醸し出す雰囲気が大きく変わってくるのだ。
    そして、そういう場の空気に流されやすい和沙には、
    絶大な効果を発揮する…という塩梅のようだ。

    言いつけどおり、今度は並木道へは寄り道せず、
    校門から駅までもまっすぐ歩いて帰った。
    帰りの車内の中、電車に揺れながら和沙はそっと真澄から借りた傘を見た。
    正直、最初はどれだけゴージャスな高級傘を渡されるのだろう、と
    心なしか不安ですらあった。
    しかし、意外なことに真澄が普段愛用しているというお気に入りの傘は、
    モノトーンでシックな黒の落ち着いたデザインだった。
    もちろん、レースやフリルといった女性らしい細やかな装飾や、
    いかにも材料にこだわっていますという厳選品らしき断片は、
    そこかしこに発見できるけど…
    でも、おそらくこれが一般人には到底購入することができないような
    高級品だというのはこれまでの経験からいくらでも推測できる。
    よく分からないけれど、最近はそういう複雑な補償制度も
    細部にわたって見直される傾向にあるようだし。
    万が一のことを考えると…
    とてもじゃないが、高校生活のお小遣いを全部はたいてまで
    こんな傘一本を弁償するなんて採算が合わなすぎるのだ。

    ガタン…ゴトン…
    座席にはまだ余裕があったけど、
    たまにこうして乗車口の前に立っていたい時もある。
    和沙は今がそんな気分だった。
    きっと、高柳家に嫁いでからは電車に乗ったことはもちろん、
    お嬢様以外の者が使ったことすらないであろう、この傘。
    そんな違和感がある風景も、三十分も経てば
    自然と悪くないものに感じてくるから不思議だ。

    「まもなく、到着します」
    …ようやく和沙の家の最寄り駅に着いた。
    車内にお忘れ物をなさいませんよう…と親切なアナウンスを聴くまでもなく、
    和沙は鞄と傘を忘れずに持って下車した。
引用返信/返信 削除キー/
■20221 / inTopicNo.10)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(4回)-(2007/10/22(Mon) 01:21:08)
    琉さん

    第二章の突破をおめでとうございます(*≧m≦*)
    そして、和沙が生徒会役員になったことを祝いですね(^-^)/~~
    これからもぉ〜楽しみ待っていますんでぇ応援しますんで(`∀´σ)σ

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20225 / inTopicNo.11)  スマイル様
□投稿者/ 琉 常連♪(103回)-(2007/10/22(Mon) 20:14:22)
    こんばんは。いつも応援してくださり、ありがとうございます。
    ようやく、次章に進むことができました。
    これから第二章、第三章…第六章って続いていくことを考えると…
    やっぱり長いですね、この話。
    当初の計画では、春夏秋冬を起承転結みたいに展開したいと思っていたのですが、
    書きたい事柄がまとまらなくて、四季では収まらなくなりまして…
    本当は現実の季節感にリンクできれば理想的だったのですが、
    世の中うまくいかないことも多いです。
    まあ、そのような感じでこれからもゆるやかに更新していきますので、
    よろしくお願いします。
引用返信/返信 削除キー/
■20238 / inTopicNo.12)  第二章 あじさいもよう (7)
□投稿者/ 琉 常連♪(104回)-(2007/10/27(Sat) 08:32:21)
    翌日の朝、和沙は校門に入ってすぐのところで希実に呼び止められた。
    「おっはよ〜う!…あれっ?どうしたの、その傘?」
    大きく手を振って、満面の笑みで近づいてくる彼女を誰が無視できようか…
    「…おはよう」
    風邪でもひいた?なんて見当違いな心配をしてくれている希実の目線は、
    さりげなく傘の辺りをいったりきたり。

    …やっぱり、誤魔化せないか

    「ああ、これ?」
    昨日から一転して、今朝は気象予報士もびっくりの快晴である。
    和沙の母も溜まった洗濯物が片づくと言って喜んでいた。
    そういうわけで自分の傘を使わずに済んだ和沙は、
    今日は借りた傘を持参するだけで事足りる。
    和沙が普段愛用しているビニール傘と違って、真澄の傘は目立つのだ。
    外観や造形というより、それを差してみてしっくりとくる感じが。

    …何かが違う。

    貫禄とはまた違った、小手先のような微妙な感覚だ。
    だから、希実でなくとも真澄がそれを使用しているところを
    見たことがある人には分かってしまう。
    先ほどから他の生徒が追い越す度に振り返るのは、そのせいだろう。
    和沙はそういう思惑を含めて、態度を一変したのだ。

    「それって…」
    「うん、そう。真澄先輩の」
    早めに自己申告。
    和沙は早口でまくし立てた。
    ちなみに、和沙たち候補生の一年も、最近は役員の呼び名が変わってきた。
    きっかけは斎だったか杏奈だったかが、
    下の名前+先輩を要求してきたから…のはずだ。
    名字だと堅苦しいとか他人行儀みたいとか、
    はたまたお近づきのしるしにとか理由はいろいろのようだ。

    「どうして、和沙が真澄先輩の傘を…?」
    おっと。
    まだ会話の最中だった。
    というか、希実はいよいよ核心に迫る質問をぶつけてきた。
    今までの前フリは全て序章に過ぎない。
    これからする話の内容によっては、今後の学園生活が大きく変わる…
    和沙はそんな気がしていた。
    「う、うん。ちょっと…借りちゃった。
    昨日、傘を持たずに下校しようとしたら…さ」
    嘘は言っていないけど、本当はもっと複雑だ。
    だけど、実際にあったことをイチイチ詳細に話していたら、
    始業時間になってしまう。

    さて…

    どうでる?どうくる?
    話し相手の反応がこれほどまでに気になるというのは、
    和沙のこれまでの経験上とても稀なことだ。
    しかしながら、案外こういう時に限ってその相手は
    気にも留めなかったりするわけで…
    「ふ〜ん。そうなんだ…」
    希実同様、それまで足を止めてこちらの様子を伺っていた生徒たちは、
    なんだ…といった素振りをしながら再び目指す校舎の方向へと歩き出した。

    「そんなことよりさ…」
    内心は落ち着いてはいられなかったほどの告白を
    そんなこと呼ばわりされたことに軽く傷つきつつ、
    和沙は希実の次の言葉を待った。
    「そろそろ中間テストの範囲が発表される頃だよね」

    中間テスト…

    そうだった。
    再来週には、いよいよ高校入学してから最初の中間テストが行なわれる。
    百合園高校は、夏季講習を含めると八月初旬まで授業があるため、
    中間試験はわりと遅めの六月中旬になる。
    ただ、一年生は高校に入学してからまだ間もないということもあり、
    授業内容があまり進んでいなければ範囲も少ない。
    実質、高校受験の応用問題が大部分を占める。
    つまりは、特待生である和沙の真価を発揮する絶好のチャンスなわけで、
    いやがうえにも気合が入るのだった。
    本当に、真澄の傘の言い訳など、そんなことである。
    優等生の最重要行事であるといっても良い中間・期末の試験の前には、
    先ほどの悩みなんて霞んでしまう。
    和沙は自らの靴箱の蓋を勢いよく開け、思いっきり上履きを取り出した。

    パサ…

    「…ん?」
    ふと、床に落ちている一枚の紙切れが眼に入る。

    …何、コレ?

    持ち上げて至近距離で見ると、何やら真っ白な封筒のようだと判明する。
    推測するに…今さっき和沙が靴箱を開けたことにより飛び出したわけだから、
    この手紙は自分の靴箱に入っていたのだろうということは理解できるが。
    糊どめされている部分を開くと、中からは一枚の便箋が出てきた。

    『昼休み 多目的教室』

    宛名も差出人の名前も書いていないその手紙には、
    封筒と同じく真っ白な便箋に映えるように真っ黒な字で
    はっきりとこう書かれていた。
引用返信/返信 削除キー/
■20299 / inTopicNo.13)  第二章 あじさいもよう (8)
□投稿者/ 琉 常連♪(105回)-(2007/11/18(Sun) 00:25:10)
    「どうした?」

    ふと、背後から肩を叩かれたような感覚があった。
    何事かと思いそちらを振り返ると、希実が心配したような顔で立っている。

    「へっ?…ああ、何でもないよ」
    和沙は手紙を胸元に押し当て、希実の死角になるように慌てて隠した。

    …いけない、いけない

    こんな人通りの多い朝の靴箱で立ち止まったりしたら、不審に思われてしまう。
    現に、希実は何事かと訝しげな顔を崩していない。
    「何かあったの?」
    「別に〜?希実こそどうしたの?」
    疑問系には疑問系で。
    和沙が焦って何かを隠そうとする時、本能的にとってしまう行動だった。
    「さっ、教室へ行こう」
    両手で肩を押しながら、希実を近づけさせないという荒業をしてまで、
    和沙は無理やり彼女を遠のけた。
    希実は心配性だから…
    特に、和沙のこととなると見境がなくなる。
    友達を思っていろいろおせっかいしてくれるのは、正直嬉しい。
    けれど、だからこそ今回は彼女の手を煩わせたくないのだ。

    授業が始まってからも、和沙は時々例の紙を取り出しては考え事をしていた。
    あまりにも不可解な内容。
    はっきりいって、未だこれが何を意味しているのか
    和沙には伝わらなかった。
    昼休みと多目的教室って…
    主語と述語と目的語が抜けている。
    これじゃ、大抵の文章は成り立たない。
    このメッセージはここで何かがあるというのか、
    それとも来いと呼び出しを要求しているのか、
    はたまた間違って投函されたか。
    新手のラブレターにしては斬新すぎる。
    というか、ラブレターだったらまだどんなに良いか。
    少なくとも…そこに好意はあるのだから。
    問題はこれが悪意を含んだ嫌がらせだった場合だ。
    その確率は決して低くないが、
    それにしてはあからさまな嫌味を感じない。

    ラブレターって…

    自分で考えたものの、和沙は途端に可笑しくなってしまった。
    ここは女子校で、今は平成だ。
    これだけ女生徒だけで溢れかえっている中で、
    これだけメールやらチャットやらが発達している中で、
    誰が自分になど恋文を出すというのだ。
    とにかく、ラブレターどうかは置いておいて、
    もしもこれが間違いなく自分宛で、
    おまけに用があってのものだった場合を考えて、
    和沙はとりあえず昼休みに所定の場所に向かうことにした。

    キーンコーン…

    授業が終わるチャイムが鳴る。
    決戦の時は、もう近い。
    和沙はおもむろに立ち上がり、誰にも気づかれないよう
    教室の後方ドアからそっと出ていった。
引用返信/返信 削除キー/
■20300 / inTopicNo.14)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(1回)-(2007/11/18(Sun) 02:49:21)
    更新されてる!続きが気になります 体調に気を付けて、頑張ってください。

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20307 / inTopicNo.15)  のんさま
□投稿者/ 琉 常連♪(106回)-(2007/11/21(Wed) 19:59:47)
    こんばんは。
    そして、またまた嬉しいお便りをありがとうございます。

    最近、寒くなりましたよね。
    私の部屋も毛布をだしたり、コートを用意したりと
    やっと冬支度らしいことを始めました。
    この時期になってくると、街中がイルミネーションに
    彩られている風景をよく目にします。
    そうすると、ついつい後々の章について考えてしまうのですが…
    まずは二章を完結させなければ、ですね。
    ちなみに、この物語では、第五章にクリスマスの
    お話を書きたいと思っています。
    それに辿り着くのが一年後になってしまったら、すみません。

    長くなりましたが、のん様も風邪をひくことがなきよう、
    今後ともよろしくお願いします。
引用返信/返信 削除キー/
■20308 / inTopicNo.16)  第二章 あじさいもよう (9)
□投稿者/ 琉 常連♪(107回)-(2007/11/21(Wed) 20:09:19)
    2007/11/21(Wed) 21:12:00 編集(投稿者)
    2007/11/21(Wed) 21:11:40 編集(投稿者)

    多目的教室の中は薄暗かった。
    入学してから三ヶ月も経つと、新入生も校内にある施設の位置を
    覚えてくるものだが、和沙は未だにこの部屋には入ったことがなかった。

    パチ…
    とりあえず、暗いままというのも何なので、電気をつけてみる。
    蛍光灯によって照らされると、なるほど結構広い部屋なのだと確認できた。
    おそらく、五十畳ほどはあるだろうか。
    給湯室の部分も合わせると、生徒会室とさほど変わらないだろう。
    ここは確か…演劇部や放送委員会、各種同好会が交代で使っているという話だ。
    先月の予算編成をまとめる作業を手伝った際に、
    生徒会役員の誰かが言っていた。
    ちなみに、百合園高校の部活動にはそれぞれ活動に必要な最低限の
    スペースは与えられている。
    並大抵では払えない学費がかかる学校なのだから、
    当然といえば当たり前のことなんだけど。
    いつだったか、役員に連れられてインターハイで毎年上位を獲っている
    新体操部の部室を覗いてみると、この部屋の数倍はあった。
    実際の練習は別に第三体育館を貸しきって行なうというのに、だ。
    大所帯の部活になると、それだけ活動場所も予算も規模が大きくなるというワケだ。
    けれど、小規模な部活、細々と活動する委員会にだって、
    普通の学校でいえば充分すぎるほどのスペースは確保してもらえる。
    演劇部や放送委員会はもちろん、同好会だって独自の部屋を所有しているのだ。
    だから、この多目的教室を借りるのは、大半が一年生。
    部活がない日でも熱心に練習している先輩を邪魔しないように、
    または一日でも早く彼女たちに追いつくようにと、
    いつの時代からか下級生はここで集まりを持つようになった。
    台本のような冊子が机の上に忘れられていることから、
    昨日ここを借りたのは演劇部だろうか。
    でも、中をめくると漫画の下書きのような絵が書かれているから、
    最近できたコミック同好会の可能性もある。
    百合園高校で最も大きいクラブ棟に、さらに新しく別館が建設される話が
    持ち上がっているのは、きっと彼女たちの努力の賜物なのかもしれない。

    来ない…か

    左手の腕時計を見ると、ここへ来てからすでに十五分は過ぎていることが分かる。
    昼休みは五十分しかないのだから、いくら他人と面会する機会を捻出するといっても
    割ける時間には限度がある。
    おまけに、今日はお弁当も食べないで教室を飛び出してきた。
    成長期は…もう終わってしまったかもしれないが、今は食べ盛り。
    大食い女王の異名を持つ希実でなくとも、
    ランチ抜きで午後の体育をこなすのはキツイ。
    これはもう、勘違いだったことを認めて早々と引き返した方が良さそうだ。
    そう思って、電気を消そうと再び押そうとした時…
    急に出入り口の扉が開いた。

    ガチャッ…

    突然のことだったので、和沙はビクッと身体を震わせた。
    「あ…」
    ドアノブを握っていた少女が最初に呟いたのは、それだけだった。
    「あ、どうも」
    とっさに挨拶をしてしまうところは、普段の性格がでる。
    何がどうもなのか、和沙は自分でも分からなかったが、
    とりあえず今は彼女の反応を待つことにした。
    果たして、彼女があの手紙を投函した張本人なのか。
    どこかで見たことがある顔のような、ない顔のような…
    あるとしても校内ですれ違ったとかその程度のものだ。
    そんな相手ではあるが。

    「あれ?…ないっ!」
    どうもキョロキョロして落ち着かないと思ったら、
    彼女はどうやら先ほど和沙が見つけ拾った
    台本のような冊子を探しているらしかった。
    机の棚を漁ってみたり、眼を凝らして椅子の下ばかりを
    見ていたらひょっとしたら…と考えるのが筋だろう。
    「あのう、もしかして…」
    「あっ…それ」
    和沙が声をかけるのとほぼ同じくらいのタイミングで、
    彼女はようやく和沙の手元に気づいた。
    放課後にでも生徒会室に持っていって、
    落し物倉庫で管理しようかと思案していた和沙としても
    持ち主が見つかってくれたことで手間が省けて助かる。

    「これ、そこのテーブルに置かれてました」
    ちょうど良かったとばかりに彼女に近づこうとした途端、
    突如和沙の身体は宙に舞い上がった。
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■20312 / inTopicNo.17)  NO TITLE
□投稿者/ のん 一般♪(2回)-(2007/11/22(Thu) 06:20:34)
    長いお返事、ありがとうございます。
    最近、本当に寒くなりましたよね。私の住んでいるところは、もう雪が降りました。
    第五章のお話、楽しみにしています。
    琉様のペースで、頑張ってください(^0^)/

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20345 / inTopicNo.18)  NO TITLE
□投稿者/ スマイル 一般♪(1回)-(2007/12/08(Sat) 12:32:26)
    琉サン
    だいぶ寒くなってきましたねぇ(*_*)
    風邪などに気をつけて、投稿ほう頑張って下さい!
    応援しますね(^0^)/

    (携帯)
引用返信/返信 削除キー/
■20406 / inTopicNo.19)  のん様
□投稿者/ 琉 常連♪(108回)-(2007/12/15(Sat) 23:29:25)
    こんばんは。お返事ありがとうございます。
    そして、更新が遅れてしまい、すみません。

    和沙が宙に浮いた状態で約一ヶ月…
    やっとのことでその続きを明らかにできました(笑)
    この『色恋沙汰』シリーズは、各章を季節別に綴っているわけですが、
    実はその全てに裏テーマがあったりします。
    第2章の場合は…秘密です(ごめんなさい)
    そのうち明らかにできればと思います。

    余談ですが、最近友人と我が家で鍋をしました。
    鍋料理って、私は毎日でも飽きません。
    のん様がお住まいのところは、もう雪が降っているとのことですが、
    そういう中で食べる鍋はまた格別なんだろうな…
    美味しいものをいっぱい食べて、風邪知らずで冬を越せたら良いですよね。
    それでは、またできるだけ近いうちに更新します!
引用返信/返信 削除キー/
■20407 / inTopicNo.20)  スマイルさま
□投稿者/ 琉 常連♪(109回)-(2007/12/15(Sat) 23:32:50)
    こんにちは。レス、どうもありがとうございます。
    更新が遅くなってごめんなさい。
    私は寒いのは嫌いじゃないんですけど、
    この頃の冷え込みで、毎朝起きるのがツライです。

    物語の方は、ようやく進めることができました。
    …今回、正直表現などの問題でいつもよりも反応が怖いです。
    ただ、私は何か伝えたいメッセージ性を決めてから話を書くタイプなので、
    その辺をご理解いただければと思います。
    さて、これから年末にかけてますます忙しくなるので苦しいですが、
    年内にあと一回は更新したいと考えています。

    長編なので、膨大な時間を要しどうしてものんびりな執筆になりますが、
    全六章、責任を持って仕上げますので、今後もよろしくお願いします。
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