| 橘 結子、私が今夢中の先生の名前。 彼女は昨秋の10月、臨時教師として私の、と言うより一つ上3学年の現代国語教師として現れた。
「ねえ、あなた。篠女の生徒かなあ・・?」突然声をかけてきた女性は、とても綺麗な人だった。 「はい、・・・・そうです」と言うのも、恥ずかしいくらいドキドキした。なんてまつ毛が長いのだろう。カールしたまつ毛、二重の瞼、鼻梁がくっと高い美しい鼻、それ以上に私を釘付けにした唇の形の美しさだった。レディコミのヒロインのような完璧な輪郭の顔だった。
「良かった。私今日が初勤務なの。現国の橘結子、よろしくね。貴方は?」 「・・・ええ・・・と、はい、2年C組の伊藤由香です。」と、しどろもどろの私。 「へえ・・・、由香ちゃんね。・・・結子と由香か。・・・ステキな組み合わせかも」 と言った直ぐ後、結子先生は人差し指を自分の唇に当てチュッとすると、その紅の着いた人差し指を私の唇に押し当てたのだ。 「あっ・・・??!!??」突然のことで、脳内麻痺のように真っ白になってしまった。結子先生の唇が、下弦月のように僅かに吊り上がっていて、目も唇も微笑んでいた。キ・レ・イ・・・
あの初対面の指キスから1週間たった朝、下校しようと校門まで来た時、 「伊藤さん、・・由香さんだったよね。」 後ろから声が聞こえた。えっ、あっ・・と、振り向くと、帰りメイクばっちりの結子先生が小走りに駆け寄ってきた。この1週間、私はいつもドキドキと高鳴る胸を感じてきた。それは恋だ。食堂で食事中の結子先生の姿を、何枚も携帯カメラで撮り貯めててきた。
「先生今ですか?」 結子先生は、駆け寄って来て私の横に並んだ。好い匂いが私を包んだ。 「今日は不動産屋さん廻りなの。急に臨時教員が決まったでしょ、まだウイクリーマンションなのね。半年勤務の予定だったらか、ウイクリーマンションでいいと思っていたんだけど、何となくこの学校やこの町が気に入ったみたい。それと由香ちゃんとも出会ったし・・・・・」
えっ・・・・なに?・・・どういう意味? 私の脳みそは演算不能、解析不全に陥ってしまった。 「先生部屋探しなんだ。大変ですね。駅前に10軒くらいありますよ」 私は、結子先生のピンク色の唇を見ながら言っていた。並んで歩くのはあの時以来だ。オレンジの花のような甘酸っぱい先生の美香(びこう)が私を蕩かせていく。 「貴方はどこから通っているの? 」 「私は柳町です。歩いて帰っても20分くらいです。」 「そう、柳町かあ・・・。並木通りね。いいなぁ、静かな街だよね。小川が流れていて、・・・、私も柳町で探そうかなぁ。でもお家賃が高そうな街ね」
「先生は彼氏は?・・・・・」私はどうしてこんなことを聞いたのだろう? 気がついたら、口から出てしまっていた。 「気になる・・・・? う〜ん、いた。でも別れた。」 私は無意識に笑みを浮かべてしまっていることに気がつかなかった。 「ねぇ、土日デートしない? って言うか、部屋探し手伝ってくれると助かるのだけど。どう??嫌っ?」 「えっ、いいんですか? ご一緒しても。行きます。行きます。・・・・』私は、無意識に結子先生の左腕に抱きついていた。先生は、何も言わずゆっくり腕を絡ませてくれて、ありがとう、と言った。
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