ビアンエッセイ♪

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■18617 / 2階層)  味噌汁
□投稿者/ れい 一般♪(22回)-(2007/04/15(Sun) 03:49:28)
    携帯が鳴る。

    23時40分。
    あいつからの着信。

    わたしはちょうど、お風呂あがりだった。
    仕事で付いた油のにおいがとれて、
    凝り固まったからだと心が解れる時間。


    「どした〜?」


    この時間ということは、
    きっと彼女は仕事帰りなのだろう。


    ――由布子、明日休み?


    数ヶ月に一度かかってくる、
    金曜日の夜の電話。

    彼女は土日休みだから、
    これからわたしを
    飲みにでも誘おうと思ったのだろう。


    わたしの、好きな人。

    彼女には振り回されてばかり。
    出会ったのは、大学1年の春。

    今年で6年目を迎える友情が、
    わたしの中で、恋愛感情に変わってから
    どれくらいの月日が経つのだろう。

    大学3年生の頃にはもう、
    きづくとわたしは彼女が好きだった。


    「ん〜?明日?午後出勤だけど」

    ――じゃあさ、これから由布子んち行っていい?

    「えっ!?うち?!」

    ――うん。だめ?


    飲みのお誘いなら、
    断る気だった。

    でも、彼女の意外なお願いに、
    思わず部屋を見渡す。

    見渡しながら、
    彼女は今週もハードだったんだな、と思った。
    彼女の声は、疲れていたから。

    4月から、部下が4人付くことになった、彼女。

    学生時代から思っていたけれど、
    仕事はできる、らしい。

    そして本人曰く、
    男女問わず、
    モテるらしかった。

    思わず納得してしまう。

    端正な顔立ち、
    長く美しい黒髪、
    長い手足、
    顔に似合わず、男前な性格。


    かっこよく、美しい彼女。


    「いいけど…。沙紀、こっち着くの、何時?」


    彼女に会える、そう思って心ときめく自分がいる。
    何ヶ月ぶりだろう。

    目の前にあった姿見に顔を映し、
    パジャマの襟を整えて、
    頬に手をあててみる。

    ノーメイクだけど…
    ま、いっか。

    いつも忙しい彼女は、
    突然わたしを無理に呼び出すから。

    わたしはしょっちゅう、
    彼女にノーメイク姿を見せている。

    彼女に比べて、わたしは童顔で、
    それがノーメイクだと際立って困る。


    ――まだ検索してない。

    「わたし、お風呂上りだから駅まで迎えいけないよ」

    ――たぶん、だいじょぶ。


    由布子は沙紀に甘すぎだよ、
    そう言われたのは
    大学4年の秋。

    それから、なるべく彼女を突き放すようにしている。

    突き放しても、
    今度は彼女が今まで以上に甘えてくるから。
    結局距離感は変わらなかった。


    わたしの気など全く知らず、
    「本当に沙紀は由布子が好きだね〜」と
    わたしたちの共通の友人が
    半ば呆れたように
    わたしたちのべったり具合を冷やかす。

    「うん、好きだよ。ね〜、由布子」
    そんなことを言って。
    わたしの気も知らないくせに。

    わたしはただ、
    「はいはい、そうね」と言って
    流すことしか出来なかった。

    彼女はわりと軽く、
    そういうことを口にする。
    誰にでもそういうことが、言える人。

    わたしの気も知らないくせに。


    「…あんた、ご飯たべたの?」

    ――んー?あんまおなかすいてない。

    「もう。食べなきゃだめだよ、いつも言ってるでしょう」


    わたしは仕事柄。
    不健康な彼女を諭すことが多い。


    ――じゃぁ由布、作って。

    「えー、うち、何も材料ないよ」


    普段、仕事で作っているものだから、
    あまりわたしは家で料理はしない。

    そういいつつ、
    冷蔵庫を覗いてみる。

    冷蔵庫にあったのは。


    「お味噌汁、くらいしかできないなぁ」


    長葱と、豆腐。あとは味噌。


    ――おみそしる!いいね、いいね。
    由布の料理、あたし好きだよ。


    ああ、もう。だから。
    そういうことが、どうして言えるのか。


    「とりあえず、作っとくから。
    何時くらいに到着予定か、分かったらメール頂戴ね」

    ――はーい。


    そうして電話が切れた後。
    わたしは味噌汁のセットだけ先に済ませ、
    猛然と部屋の片づけを始めたのだった。




    「ああ、幸せ。美味しい。ありがとう、由布」


    彼女ほど、作らせ上手、
    食べ上手な女も珍しい。

    いつも凛としている彼女の顔が、
    ふわっと柔らかくなり、
    オシゴトモードが
    崩れるのが分かった。

    彼女のこの笑顔が見たくて、
    わたしは料理を仕事にした、
    と言っても過言ではないと思う。


    「ただのお味噌汁だよ」

    「ふふふ。なんか落ち着く」


    わたしの照れ隠しを
    知ってか知らずか。

    彼女は嬉しそうに笑って、
    味噌汁を飲み干した。




    「由布子ってさ、なんかお味噌汁似合う」

    「は?」


    彼女がそんなことを言い出したのは、
    わたしが器をキッチンで洗っている時だった。


    「なにそれ。あんまし嬉しくない」

    「えー、褒めてるのに」

    「えー?」


    所帯染みてる、
    とでもいうつもりか。

    それは褒め言葉じゃない。


    「なんかね、落ち着く」


    彼女の顔を見ると、
    彼女はにこにことして
    わたしをじっと見ていた。

    思わず顔が赤くなり、
    慌てて下を向いて、
    食器洗いに精を出すふりをした。

    もう洗うものは無かったけれど。


    「あ、そ?それ、いいこと?」

    「うん、すごくいいこと」


    嬉しそうに彼女が言うから、困る。
    期待をしたくなってしまうから。


    「そ。じゃあいいや」

    「え、嬉しくないの?めちゃめちゃ褒めてるのにー」

    「嬉しいけどさ…お味噌汁って…微妙」


    そう言って、
    ちょっとはぐらかして。


    「ほら、わたし明日仕事なんだから!
    寝るよ。シャワー浴びといでよ」


    そうやって彼女を追い立てる。

    彼女のシャワーを浴びる音を聴きつつ、
    わたしはベッドに倒れこんだ。


    ――なんかね、落ち着く。


    さっきの彼女の言葉が、
    わたしの頭の中で反芻する。

    いつも周りに気を張っている彼女。

    その彼女にとって、
    恋人は無理でも、
    せめて安らげる場所になりたい。

    そう思っていた。

    ずっと、学生時代から。



    ああ、わたし、沙紀が好きだ。

    とてつもなく、それを実感する。

    たったあれだけのせりふで

    こんなに幸せな気分になれるなんて。



    これ以上の関係になりたいなんて、
    贅沢は言わないから。

    ねえ、かみさま。

    沙紀にとって、わたしのもとが
    ずっと、一番安らげる場所でありたいです。


    と、普段はお祈りもしないのに、
    勝手にかみさまにお願いしてみる。


    わたしはこれからも、
    きっと彼女に
    振り回されるんだろうなと。

    そんな風に思って、
    ちょっと笑みがこぼれてしまうわたしがいた。



    ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

    長く、なってしまいました。眠いです。

    次回は「宅配便」でお願いします。
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