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■1702 / inTopicNo.21)  魅せられてC−3
  
□投稿者/ t.mishima 一般人(31回)-(2005/02/25(Fri) 21:59:19)
http://pksp.jp/mousikos/
     桃生の屋敷の見事な門扉を後に、そのまま早々と駅までの豪雨の道程を駆け抜けて行きたい心境だった。
     が、
     「家までお送りしますよ、聖さん。」
     待ち伏せしたかのように停車していた黒塗りのリムジン・・・正確にはそれに乗る那智に行く手を阻まれた。
     今一番お目にかかりたくない、その端正過ぎる顔。一番耳にしたくないその冷静な声。
     それを前に私に構うなと詰め寄って殴ってやりたい衝動に駆られたのも束の間、苛烈な憤りを見せても無意味な相手だと妙に心が冷える。そして、目にしなかったとでも言うように、那智等視界に入れず、背を向けようとした聖だったが。
     「陳腐な台詞を吐くようですが、口止めになるかも知れませんよ?」
     脅しを潜ませた那智の言葉に歩を止めざるを得なかった。
     そして、車から降りて来た運転手に仰々しくドアを開けられ、聖は那智の隣に乗り込む。
     (全くもって卑劣な奴。)
     胸中で毒づきながらも聖は平静をを装い、何とか気を紛らわせようと映り行く車窓からの景色に視線をやる。
     お前なんて最悪だ。お前と同じ空気を吸うと思うだけで、私は苛立つ。
     那智へ浴びせたい恨み言は沢山あったが、動じない相手に喚き散らす程愚かではないし、それ以上に今は那智と二人きりという訳でもない。第三者にまで自分の醜聞を提供してやる気もなかった。
     此処は無言を決め込んで、アパートが見えるまで気長に待っていれば良い。ついでに、間違っても美沙みたいなお喋りに打ち明けられる話ではないし、那智がスタッフを辞めるまで延々無視し続ければ良い。
     自分に言い聞かせ、聖は鉄面皮が剥がれない様に、那智の方を見ない用に、豪雨の街角を見る事に専念する。
     考えれば、少々変わり者かも知れないが育ちの良いお嬢様が、わざわざ自分にとってマイナスになるネタを誰かに言い触らす事等有り得ない。そう考えると、素知らぬ振りを決め込むのが一番良い事のように感じられたのだが、例の育ちの良いお嬢様は運転手の目等微塵も気にしていないらしい。
     「そんな態度は、気に入らないな。」
     聖の肩を掴むなり、その身体を那智は強制的に腕の中に浚った。
     「・・・え・・・?」
     余りに突然の出来事に聖は、怒りすら忘れ、目を見開くだけ。
引用返信/返信 削除キー/
■1703 / inTopicNo.22)  魅せられてC−4
□投稿者/ t.mishima 一般人(32回)-(2005/02/25(Fri) 21:59:47)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/17(Thu) 20:17:06 編集(投稿者)

     紹介された時は出で立ちは良く言うと個性的、悪く言うと変わり者ではあったが、柔和で紳士的だと思えた。昨夜は悪魔のような所業をしながら、一方でほんの少しではあったが優しさと言えなくも無い部分が見て取れた。そして、つい半時前は、凍気を纏ったように冷やかで、出て行く自分を引き止めもしなかったのに。
     今は、
     「一晩中、僕の腕の中に居た癖に、あんなに可愛がったのに、他言しなければ良いだなんて・・・連れない人だ」
     恋に狂った騎士のように恭しく、聖の手にくちづけている。
     (・・・こ、こいつは何?・・・)
     猪突猛進型の聖は、TPOは弁(わきまえ)るものの、基本的に竹を割ったような性格だった。類は友を呼ぶという諺通り、そんな聖の周りには、そういう輩が集まっている。自分を売り出す戦略を練るのに長けた策略家も居たが、それも音楽に関してだけで、プライベートは、皆裏表の無い良心的な奴等。
     長らくそういう輩ばかり見て来た聖にとって、那智は異質の存在だった。無論、昨日知り合ったばかりの人間を今日理解する事なんて不可能だが、たった一日でこんなに様々な顔を見せられると、一生理解出来ないのではないかと思う。
     (・・・って、一生のお付き合いなんて、御免だけどさ)
     聖は毒づいて、顔を背けようと思ったが、どうも視線が離れない。
     気づいた時にはもう、自分の女にしても小さな指が、一本一本那智の舌で舐め上げられていた。
     絶世の美少年のような那智の赤い下が、チロチロと指を味わう様は、キスよりずっと扇情的で、
     「・・・やめて・・・」
     ゾクゾクしながら、でも、運転手の目が気になる聖は、小さく拒否するのがやっとだ。
     コイツは危険、そう思う。
     何時も自分で自分の好きな道を探し、決定し、突き進んできた聖は、他者に流される事がどういう事か知り得もしなかった。勝ち進めば勝ち進んだだけのプレッシャーが重みとなる世界だ。圧し掛かる気負いすら楽しみに変えながら、それでも、それに伴う辛さは拭い切れはしない。少しだけ息苦しさを感じていたのも事実だった。
     そんな弱さを見透かした訳ではないだろうが、突然、那智が現れた。こっちの事等気にせずに、那智は行動する。罠を仕掛ける。一番恥じたのは、あんな真似をされながら、翻弄されてよがった自分が居たのも確かだったから。
引用返信/返信 削除キー/
■1704 / inTopicNo.23)  魅せられてC−5
□投稿者/ t.mishima 一般人(33回)-(2005/02/25(Fri) 22:00:19)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/18(Fri) 02:05:28 編集(投稿者)

     気取られてはいけない。馴らされてはいけない。そう思う。
     「有耶無耶にしないで」
      身の奥に昨夜の火種を思い出しつつも、けれど、聖は眦(まなじり)を決して厳しく言い放つ。
     「育ちの良いお嬢様が、あんな事言い触らす趣味等ある筈がない。昨夜の事は事故だったと忘れる。私も他言しない」
     自分を律するように言い放つが、未だ聖は那智の腕に囚われたまま動けずにいた。
     意を決して何とか逃れようとするが。暴力沙汰の喧嘩には、そうそう巻き込まれたりしないが、同性とは思えない力強さだ。モデルで通りそうな細身の身体に鋼のような筋肉が隠されているのだろう。びくともしない。
     「この期に及んで、油断ならない人だ。敵わないって分かっている癖に」
     言うが早いか、ぎりりっと那智は聖の手首を掴み、圧迫してみせる。
     「・・・っ!」
     瞬時に聖の顔は苦渋に満ち、肩で息を吐くの強要された。
     「良いですか? 貴女は確かに僕に反応した。最初は薬によってだったかも知れない。でも・・・」
     華奢な身体がギリギリ耐えられる加減を見定めて力を加えたまま、那智は無防備に仰け反る白い首筋に唇を押し当て、
     「貴女は確かに感じていました。安心して僕に身を任せ、無防備に寝息を立てた」
     所有の印を付ける。
     聖は言葉が見つからなかった。大体話が出来過ぎている。バンド等星の数程存在しているのに偶然那智が自分を気に入ったのも偶然。美沙の妹だったのも偶然。那智の部屋に催淫剤があったのも偶然。そして、昨日知り合ったばかりとは思えない那智からの執着。余りに不可解だった。
     「何故・・・私なんだ?」
     苦しげに眉根を寄せながら問う聖に、那智は意味深に笑うだけ。
     それどころか、
     「運転手は雨宮と言うのですが、僕に本当に従順なんです。だから、彼の目は気にする必要はありません。このまま貴女を浚って、貴女が納得するように、昨日の続きをしても構わない」
     等と物騒な事を言い始める。
     「ですが、貴女ならその後も歯向かい兼ねませんし・・・一度だけチャンスを上げましょう」
     「チャン・・・ス?」
     悲痛な面持ちで言葉を紡ぐ聖を目に、もう逃げないだろうと、那智は小さな身体を解放する。
引用返信/返信 削除キー/
■1705 / inTopicNo.24)  魅せられてC−6
□投稿者/ t.mishima 一般人(34回)-(2005/02/25(Fri) 22:01:10)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/17(Thu) 20:19:05 編集(投稿者)

     「ええ。一ヶ月で良い。僕から逃げてみせて下さい。一ヶ月その唇を僕から守り切ったら、僕は二度と貴女に干渉しません」
     聖はシートに凭れ、未だ咽ていたが、しっかりと那智を見据えた。
     そして、目にした。
     「もし出来なかったら、貴女の時間を三日間、僕に差し出して頂きます」
     死刑執行人のように凍気を孕んだ那智の瞳が、狂気に彩られるのを。

    (STAGE5へ続く)
引用返信/返信 削除キー/
■1766 / inTopicNo.25)  魅せられてD−1
□投稿者/ t.mishima 一般人(35回)-(2005/03/04(Fri) 19:34:02)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/17(Thu) 20:23:40 編集(投稿者)

    STAGE5 悪魔の潜伏期間

    --------------------------------------------------------------------------------
     「あの馬鹿野郎!」
     その日のバイトの休憩中、聖は何時に無く不機嫌だった。口紅を付け直したばかりだというのも忘れて、今朝の別れ際の那智からのキスの感触を消し去りたくて、手の甲で幾度となく唇を拭う。
     アパート近くで桃生の車を降りる時、「貴女が寂しくならないように」と那智はたっぷりと五分もの間口腔を嬲った。「寂しくならないお呪い」だと、蛇のように執拗な舌で、歯列を割り、貪るように長々と聖の唇を味わった。
     最初は不意打ちだった。手を引かれ、振り向いたら有無を言わさずといったお約束のパターンで。だが、逃げられなくは無かったか?と、聖は自問せずには居られない。
     少なくとも身体の自由は奪われていなかった。ただ、那智のあの瞳に囚われていた。その鮮烈なまでに酷薄な那智の眼差しに、射竦められて聖は動けなかったのだ。
     突然キスをされた経験なら何度かある。子供時代、親友だと思っていたクラスメイトの女子に名前を呼ばれ振り向いた途端マウストウマウスのキスという目に遭ったのも一度や二度ではない。そんな時、聖は余りの驚きに一瞬呆然自失の状態に陥るものの、決まって寸時に理性を取り戻し、はっきりと拒否の気持ちを顕に、毅然とその場を立ち去ったものだった。
     男とのキスの経験だって、中学生でももう少しはするのではないかという位、お子様のもので。思い返せば、あんなディープなものは昨夜が初めてだぞーって、聖は屈辱的な一夜を思い出し、今まで以上にげんなりと肩を落とす。
     那智は嫌な奴だった。何を考えているのか思っているのか掴めない。さっぱり分からない。何故あれ程育ちの良い如何にも頭が切れてますって感じのお嬢様が、あんなにも破廉恥で姑息で卑怯な真似をするのか全く以って理解不能だった。
     周囲をあっと驚かせたり、引っ張ったりするのは常に自分の専売特許で、だからこそ、逆に胸中を引っ掻き回されたりするのは何となく好い気がしない。
     それに幾ら他言出来ないような真似をされたからといって、昨日今日の付き合いの人間にこうも心を乱されたくはない、と聖は頭を振る。
     「はあ・・・」
     またも、特大の溜息が一つ、遣り切れなさで落ちてゆく。
     所は、新宿の駅ビルの休憩室。聖の母親の旧友が店長を勤める化粧品店に週に四日の割合で聖はアルバイトとして雇ってもらっているのだが。
引用返信/返信 削除キー/
■1767 / inTopicNo.26)   魅せられてD−2
□投稿者/ t.mishima 一般人(36回)-(2005/03/04(Fri) 19:35:02)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/17(Thu) 20:42:41 編集(投稿者)

     常にバイトはバイトで集中する聖には似つかわしくなく、今日は注意力散漫で、どうかしたのかと心配気に聞いてくる美容部員は一人や二人ではなかった。
     京都府の端にある片田舎から上京して来た当初は、冗談抜きで気が狂いそうだった。右も左も分からず、四畳半の一部屋のアパートは、アパートとは名ばかりの下宿先と変わらぬ住まいで、会話するのも近所の八百屋のおじさんや銭湯の番台のおばさんだけ。
     そんな日々が続く中、ライブハウスやスタジオにメンバー募集の紙を貼って歩きながら、オーディションに落ちれば折角予定を開けた日が一円にもならないモデルのバイトで生計を立てた時期は、撮影は楽しかったものの、三ヶ月と持たなかった。その後のバイトもそのまた後にしたバイトも二ヶ月続けられたらマシな方だった。
     だが、此処だけは違った。勿論バイト中のみの話だが、目立ちがりやの聖がこの駅ビルに居る間は、少々奇抜なオリーブブラウンの地毛を、ナチュラルブラウンのウィッグで隠している上、シックなスーツに身を包み、立派な販売員に成りすましている。結局このバイトが長続きしているのは、生活の為だという以上に、仕事先の店長に恩義を感じ役に立とうと思えたというのが、その理由の大部分を占めていた。
     どんな人間だって仮面を被らなければ、社会では生きていけないとはいえ、聖はどうもそんな世の中の仕組みが好きになれなかったがし、その自己主張の激しさから考えて、時流や人に流される事の方がよほど無理な話ではあった。
     だが、そんな灰汁の強い性格が邪魔せずとも、この不況下、そこそこ名の知れたバンドマンを雇ってやろうという人間は然う然ういなかった。ライブなら三ヶ月前には予定は分かるものの、ツアーで地方のライブが重なる間は、店にとって聖は全く使い物になりはしない。
     当然、店長である浅野美佳は古くからの親友の娘だからという温情だけで、自分の店とは無関係のスケジュールに目を瞑ってくれている訳ではない。
引用返信/返信 削除キー/
■1768 / inTopicNo.27)  魅せられてD−3
□投稿者/ t.mishima 一般人(37回)-(2005/03/04(Fri) 19:35:35)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/17(Thu) 20:49:30 編集(投稿者)

     浅野店長自身が若い時に単身で東京に乗り込み踏ん張った結果、今の座に昇り詰めた経歴を持つ持ち主だから、アグレッシブな聖に特別目を配り、こうして雇ってくれているというのが真実で。また聖にしても、若い時期に自分と同じように理想に向かって一人で行動し、夢を叶えるまで努力した店長は尊敬出来る人物だったし、雇ってくれた期待にも応えたかった。
     浅野店長とは幼い頃から面識があったわけではなく、バイト先をころころ変える一人娘を心配した母・陽子が突然上京して来て、「新宿の駅ビルなんかで聖と買い物してみたいわ」等と言うからしかたなく付き合ってみたら、そこに浅野店長が居た・・・正確には母が呼びつけていたのだった。娘ですというが早いか、陽子はいきなり聖を睨み、「頼んであるから、あんた、今日から此処で働きなさい」と凄まれ仕方なくっというバイトの始まり。
     積極的な性格ではあったが一般的な専業主婦の母に、まさか地方出身者で夢に向かって万進する親友がいようとは思いもしなかったが。新宿の駅ビルの二階に店を構えるアンジェの浅野店長とはすぐに親しめた。事仕事に関しては厳しかったが、不要なテスターをくれたり、食事に連れて行ってくれたり、とても良くしてくれていた。
     お蔭で聖は、「こんな良い人の為なら頑張ろうじゃないか」という持ち前の人情に脆い性も手伝って、見事自分の「バイトがこれだけ持ちました記録」を更新している最中なのだった。
     それから今に至る訳だが、スーツとウィッグで変装中の聖は、これぞ日本女性のお手本という位慎ましやかな雰囲気を醸し出している。
     追っかけの子も何人かアンジェに訪れたが気付かれた試しがない。それどころか、彼女の偽りの見てくれに騙されて、恋人のプレゼントを探しに来たのだと嘯いて聖に接近を試みる会社帰りの男性も少なくない程だった。
     音楽しか興味がない聖は、付き合う男も皆ミュージシャンで、サラリーマンにモテても別段浮かれたりはしないのだが。ほんの少しだけ、アンジェのアルバイトとして働いている間は、女らしい何ともくすぐったい気持ちになる。
引用返信/返信 削除キー/
■1769 / inTopicNo.28)  魅せられてD−4
□投稿者/ t.mishima 一般人(38回)-(2005/03/04(Fri) 19:36:06)
http://pksp.jp/mousikos/
     一般的な24歳の女性になった気がして、いつもより笑顔が穏やかになったり、バンドマンっぽい髑髏のペンダントではなくシンプルなトパーズの指輪で身を飾り立てたりして、乙女チックな気分に浸れた。他人には内緒の気持ちだが、忙しい状況に置かれてはいても、神色の口紅をいち早く試して、鏡の自分に女の自信を持つ事が出来た。女である事を楽しめた。
     人は、特に女性は身に纏う物一つ、手にするもの一つで、やはり気分は変わるものだから。
     ・・・勿論、今日はそんな女性らしいときめき等爪の先程も湧いて来なかったが。
     今日は朝から、失敗の連続だった。ブルーのネイルのテスターの後ろにレッドを並べてしまったり、釣銭をうっかり渡し損じそうになったり。そんな聖の如何にも具合が悪そうな顔色を目にした正社員に、いつもより一時間も早く休憩を言い渡されてしまった程だった。
     (情けない・・・)
     聖は、何度目かになる溜息を零す。
     お昼なら他の店舗の者でごった返す其処は今はしんとしていて、余計に聖をやるせない気分に追い詰めている。
     (大したことじゃないじゃないか)
     と、悪夢のような出来事を頭から追い出そうとすればする程、擦るだけ逆に色濃くなっていくシミのように、屈辱感で胸がいっぱいになっていく。
     犯された訳ではないと頭では分かっている。どれだけ男振ろうと那智は女で、肉体同士を繋ぐ事等不可能で。
     (・・・でも・・・)
     だからこそなのか、心を酷く乱暴に犯されたような気になる。
     男にすら、年上にすら貶められたくはないと何時も自分を律してきたというのに、あろう事かか弱いという目で見てきた女性というジェンダー相手に、しかも未成年に、あんな風に自分の淫らな側面を暴かれ、あられもない姿をしていたなんて。思い出しただけでもおぞましい。
     (ああ・・・余計な事は考えるな! 思い出すな!)
     暗示をかけるように心で叫んで、そろそろ店に戻ろうかと思った時だった。
     「聖ちゃん、一体どうしたの?」
     聞き慣れた声が心底心配そうに聖に問い掛けてくる。
     振り向くと、花柄のワンピースを自然に着こなしている、黒髪ロングの、「大和撫子」を地で行く女性が一人。少女漫画のスクリーントーンの花でもしょってますって雰囲気で、味気ない休憩室を華やがせていた。
     「徒の風邪ですよ、麗佳さん」
引用返信/返信 削除キー/
■1770 / inTopicNo.29)   魅せられてD−5
□投稿者/ t.mishima 一般人(39回)-(2005/03/04(Fri) 19:36:42)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/17(Thu) 20:58:15 編集(投稿者)

     人が入って来た事にも気付かなかった自分の余裕の無さに驚きはしたが、すぐに気を取り直し、聖らしくない穏やか過ぎる笑みで、そう取り繕った。
     麗佳は、美佳の一人娘で今春卒業予定の大学生ではあったが、頻繁に店を訪れて手伝いをしていたので、聖とは顔見知り以上の仲だった。とはいえ、店長の娘とだからという理由以上に自分よりずっと大人びていたので、どれだけフレンドリーに接して来られても、聖は常日頃から畏まった態度で接していた。
     「ふうん」
     然も納得が行かないという様子の麗佳に一礼して、アンジェに戻ろうとした聖だったが、
     「無理しちゃ駄目!」
     抱きついてきた麗佳にそれを遮られてしまった。
     (昨日も今日も・・・女難の相でもでているのかな?)
     と冗談めかしに心中で肩を窄めて見せたが、勿論、レズビアンとかいうセクシャリティーが世の中に蔓延していない事くらい、女の子受けする聖だって知っている。
     麗佳に雑誌やテレビ番組にちょくちょく登場する将来有望のヘアーメイクアップアーティストの恋人がいるのを知らなかったとしても、過度とも言える位スキンシップが普段から大好きな麗佳なら、本当に心配してくれているだけだと思えただろう。
     だからこそ、別段嫌がらずされるがままになっていたのだが、麗佳の体温と、薔薇の香水に包まれて、聖が少し落ち着いた時だった。
     「まさか・・・誰かに無理矢理抱かれたとかじゃないわよね?」
     麗佳はピンクに象った唇から、聖を気遣う気持ち以上に静かな怒りを込めて、信じられない言葉を発した。
     「・・・何言ってるんです? そんな風にからかうのは麗佳さんらしくないですよ」
     聖は麗佳を振り払い、驚きを隠すように静かに笑ったのだが。
     「気付いてないの?、聖ちゃん。首筋にキスマークあるじゃない!」
     麗佳の悲痛な叫びに、聖の顔から貼り付けた笑みは、綺麗に掻き消された。
     「ママは最初は注意しようと思ったんだって。でも、聖ちゃんは浮かれているどころか、思い詰めているようで何も言えなくて」
     麗佳の悲痛な声に、聖は返す言葉を失っていた。
     確かに那智が男だったら、犯されたと言うのがしっくりくる。
     「一体、誰にされたの? 麗佳、そんな卑怯な男、絶対許さない!」
     麗佳の叫びが、他人事のように鼓膜に響き、それでいて、那智の冷やかな笑みが異様な現実感を伴って、聖の脳裏に浮かぶ。
     だが、
引用返信/返信 削除キー/
■1771 / inTopicNo.30)   魅せられてD−6
□投稿者/ t.mishima 一般人(40回)-(2005/03/04(Fri) 19:37:17)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/07(Mon) 02:27:29 編集(投稿者)

     だが、
     「まさか、メンバーなの?」
     麗佳の言葉に、聖は弾かれたように我に返り、
     「うちのメンバーを愚弄するような言葉は止めて下さい」
     一睨みすると、まとわりつこうとする麗佳の手から逃れるように、足早にその場を立ち去った。
     友達だと思っていた麗佳の瞳が、確かな嫉妬に染められているのも気付かずに。

     それから一週間。
     キスマークが消えるまでは化粧下地で嫌な思い出さえ覆い尽くすようにそれを隠して、麗佳が現れなかった事もあって、聖は何食わぬ顔でアンジェに通っていた。その間、ライブも一本こなしていたが、那智からは表立ったアクションは未だなかった。
     強いて言うなら、美沙からアドレスを聞き出したのだろう、那智から「お元気ですか」から始まる短文のメールがケイタイに届きはしたし、那智がデザインしたライブのアンケート用紙を見せられたりはしたが、それ以外、本当に不気味な位何もなかった。
     ただ、消しても消しても毎日送られて来るメールは、聖に那智の存在を意識させ、桃生の屋敷での事を思い出させるには十分だった。聖は、日に日に内側から自分の心が蝕まれていくような怖気に襲われていた。
     眼前にいる訳でもない那智のイメージから逃れるように、今まで以上に聖は個人錬にも励み、それ以上に先輩後輩のライブの打ち上げに連日参加し、好きでもない酒を浴びるように飲み、騒いで気を紛らわせていた。
     そんなバンド内の花を案じて、常にメンバーの内の誰かが聖に付き添っていたものだったが。
     だが、今夜は生憎レディースバンドの女性限定ライブで、ファンばかりかゲストまで女性に徹底していた為、聖は単身で打ち上げに来ていた。
     レディースバンドで仲の良いミュージシャンは少なかったが、聖に憧れて音楽を始めたバンドマンもいて、それなりに今夜も楽しんでいたのだが、どうも身体がだるかった。風邪の引き始めなのか、少々悪寒を感じて、早々と聖は主催者に頭を下げて、聖は帰路についていた。
     時間はまだ、0時を回った頃で、まだ電車のある時間帯だった。人通りは、サラリーマンや明らかに高校生らしき十代がいて、まだ疎らという程でもない。
     高田の馬場のライブハウス・ヘブンを出て、二、三分歩いていた時だった。
     如何にも遊び人風の十代後半の少年二人が、聖の前に立ちはだかった。
     「君、可愛いね。俺達と遊ぼうよ」
引用返信/返信 削除キー/
■1772 / inTopicNo.31)   魅せられてD−7
□投稿者/ t.mishima 一般人(41回)-(2005/03/04(Fri) 19:37:51)
http://pksp.jp/mousikos/
     もっとマシな誘い方はないのかと突っ込みを入れたくなる程、堂に入ったお決まりのナンパ男の台詞に、ほろ酔い気分も手伝って思い切りけなしてやりたい衝動に駆られたが。大人なんだからと危険な衝動を押さえ込んだ聖は、無視を決め込み、立ち去る事にした。
     だが、聖が右に行こうとすると、男達も右に立ちはだかり、左でもやはり左に立ちはだかり、聖は進路を絶たれてしまった。相手は、二人というのも厄介だった。
     「無視する事ないじゃん。一人って事は暇してるんだろ?」
     下卑た笑い声を立てた、男の一人に、大人の余裕は何処へやら、最近荒れ気味の聖は容易に切れてしまった。
     「ほんと、ウザイんだよ、貴様等。子供はさっさと家へ帰って寝な」
     鍛えられた腹筋から本気で出された声は空気を切る程大きくて、通行人がちらちら窺い出した程だ。
     「まさか、俺達に喧嘩売ってるんじゃないよね? それに、同じ年位だと思うけど、こう呼んで欲しいのかな?、”お姉さん”」
     聖の可憐な顔に似合わぬ・・・まあ、身に付けている皮ジャンには似合っていたが・・・威勢の良さに、顔をしかめはしたが、ナンパ男達は別段気に止めた様子もない。勿論、通行人はその様を歩きながら眺めてはいたが、見知らぬ女を庇ってくれるようなご親切な人間は居ないようだ。
     男達も外野の視線等お構い無しで、
     「良い事してあげるからさ。付き合ってよ」
     と聖の肩を掴む。
     大抵のナンパ男は、無視すれば放って置いてくれるのに、今夜は運が悪かったらしい。
     (あー。こんなんなら、朝まで飲んでおけば良かった)
     心底聖は悔やみ、「チャラ男」とはいえ自分より三十センチ近く長身の男を前に怯むことなく、
     「汚い手で触るんじゃね―よ」
     自分にとって「汚い手」を払い除けた。
     可愛らしく女らしく、怯えた声で「困ります」と言えば、状況は少しはマシだったのかも知れない。叫び声でもあげれば、同情した誰かが警官を呼びに行ってくれたのかも知れない。
     けれど、聖はそういう女ではなかったし、ここ一週間、鬱憤はやたらと堪っていたから、軽薄そうな男達の心理を思い切り逆なでしてしまった。
     軽々しい遊び人の男達の顔は、元々造りの良い方ではなかったが、怒りで思い切り歪み、二人の拳がどちらが先に聖の頬にヒットするか競うように襲い掛かって来た。
引用返信/返信 削除キー/
■1773 / inTopicNo.32)  魅せられてD−8
□投稿者/ t.mishima 一般人(42回)-(2005/03/04(Fri) 19:38:55)
http://pksp.jp/mousikos/
    2005/03/04(Fri) 20:00:56 編集(投稿者)

     聖はそれを予想して、後ずさり、鞄に忍ばせてある傘の柄に手を忍ばせた。男の急所を傘で突いてやるつもりでいた。
     なのだったが、その機会は永遠に訪れなかった。
     ゆらりと一つの人影が、聖の前に現れたかと思うと、身軽な身のこなしで、的確に男達の急所に狙いを定め、あっという間にその巨体二つを伸してしまった。
     「やれやれ。貴女程可愛い方に軽々しく声をかけるなんて、世の中には身の程知らずが多いですね、僕の姫君」
     突っ伏した男を足先で突付きながら、嫣然と笑ったのは、他ならぬ那智だった。

     (STAGE6 へ続く)
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■1816 / inTopicNo.33)  椿様o(;・。・;)o
□投稿者/ 茜 一般人(1回)-(2005/03/12(Sat) 04:29:41)
    初めまして☆茜と申します椿様ぁo(;・。・;)o最近どうされたのですかぁ?とってもとってもとっても楽しみにしてるのに(T-T)本当の小説読んでるみたいに引きずり込まれてしまいます(;>_<;)がんばって書いてくださいっo(;・。・;)o

    (携帯)
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■1818 / inTopicNo.34)  茜さんへ
□投稿者/ t.mishima 一般人(43回)-(2005/03/13(Sun) 01:19:29)
http://pksp.jp/mousikos/
     嬉しい言葉をどうもありがとう(〃゚▽゚〃)&遅くなってごめんなさい♪ 今から追加しますねヾ(^- ^〃)
     自分のHPにSTAGE6を追加したのも昨日だったんですよ。汗 那智が序章で「今度は逃がさない」って言ってた意味がSTAGE6で分かります。STAGE7は今日から書き出して近日中にupしますが、Hシーン有です、多分。笑

     感想、今後ともヨロシク(゚0゚)(。_。)ヘペコッお願いしますvv
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■1819 / inTopicNo.35)  魅せられてE−1
□投稿者/ t.mishima 一般人(44回)-(2005/03/13(Sun) 01:22:50)
http://pksp.jp/mousikos/
    STAGE6 過去を知る者

    --------------------------------------------------------------------------------
     聖は動けなかった。道行く人々が足を止めざわめいている声さえ、まるで耳に入っていなかった。ただただ今見た映像を頭の中で反芻する。闇に舞い降りたしなやかな黒豹のような那智の動きを何度も思い描く。
     デジャビュのように不確かな、しかし確かな記憶の中の人物が、今しがた見た那智と重なった。
     一年以上も前に、今夜程度のほろ酔い状態ではなかったが、同じように深夜酔っ払った時、聖は同じように男に絡まれて、同じように助けられていたのだ。冷やかな眼前の麗人に。出会いだと思っていた日は再会だった。尤も、その時は男だと思い込んでいたが。
     「お前・・・どうして言わなかった?」
     先程までの威勢はすっかり消え失せ、聖は掠れた声で夜気を震わせるだけ。
     「僕だけ貴女を憶えていて探していただなんて、癪に障るじゃないですか」
     那智は遣り切れないとばかりに肩を竦め、「車を待たせてありますから」と聖の手を取ると、人前だということにも別段気に止めることなく、聖を抱き上げる。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
     「ちょ・・・! 降ろしてって」
     流石に我に返って、聖は暴れ出すが、那智は何食わぬ顔で、人通りの少ない所まで歩みを進めた。間もなく、頃合を見計らうかのように表れたリムジンに男達から掠め取った・・・もとい救い出した姫君を抱いたまま、乗り込む。
     聖は相変わらずもがいていたが、
     「暴れるのやめないなら、唇を頂きますよ?」
     那智の危険を孕んだ声音に、ぴたりと体を強張らせた。

     記憶の箱というものがあるとするのなら、誰にでもどうしても掴み出したくないものの一つや二つある。
     聖にとっては、それは一年前の冬、ずっと信頼し続けた恋人に別れを告げられた事が発端だった。
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■1820 / inTopicNo.36)  魅せられてE−2
□投稿者/ t.mishima 一般人(45回)-(2005/03/13(Sun) 01:23:58)
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     当時の恋人・五十嵐司は、聖が上京してから組んだ最初のバンドのギターであると同時に初めて深い付き合いをした男だった。ルックス的に特別イイ男という訳ではなかったが、才能と人望を併せ持ち、気さくな彼の性格は聖を和ませてくれた。そして何よりロックを始めるきっかけになったバンドが同じだったこともあって、初対面から四時間以上も話し込んだ程、フィーリングが合っていた。
     とはいえ、当初はメンバーだった為、一度関係を持ったものの、それ以降は暗黙の了解で仲間を貫いた。聖も司も他の異性を自分の恋人にしてはいた。
     だが、メンバーには二人の徒ならぬ雰囲気が伝わっていたのだろう。メンバーチェンジの繰り返しに、ライブ活動がままならなくなった二人のバンドは解散に追いやられ、その後付き合うようになった。
     交際自体は二年余り続いた。負けず嫌いの聖が初めて弱音を吐いたり甘えたり出来たのが司だった。お互い別のバンドを組んで、お互い立つステージは違ってはいたが、同じロッカーとしても、恋人としても上手く行っていると思っていた。
     だが、めきめきと頭角を表し個人的なファンを増やしていく聖とは違い、司のバンドには全くファンが付かなかった。幾ら司に才能があっても、表現する場所がなければ、当人の心は狂う。聖は後から人伝に聞いて知ったのだが、当時の司は、新しいバンドのコンセプトに合わないからと曲一つ書かせて貰えなかったそうだ。
     聖に罪等ない。だが、好きでもない曲をアレンジし、誰が聴いてくれる訳でもないギターを奏でていた自分と違い、華やいだステージで黄色い歓声を浴びる聖。当然、聖に対する妬みが生まれていた。別れた日から遡り半年間は同棲していたが、その時の聖はアパートに寝に帰るだけで、忙しくて司のそんな気持ちに気付く余裕も無かった。久々に丸一日の休みがとれて、何処かデートへ行こうと珍しくめかし込んだ日に、聖は司に乱暴に犯されて、事が終わった後、捨てられた。
     聖は裂けたワンピースを纏ったまま、女性にとって最も大事な器官から血を流したまま、司の去ったドアの周辺を一晩中見ていた。泣き声を上げる事さえ無く呆然と。部屋がぼやけて見えたのは、自分の流す涙だという事にも気付かずに、肩を震わせながら。
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■1821 / inTopicNo.37)  魅せられてE−3
□投稿者/ t.mishima 一般人(46回)-(2005/03/13(Sun) 01:25:16)
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    2005/03/17(Thu) 21:10:21 編集(投稿者)

     『お前なんて女はうんざりだ!』
     まるで、この世で最も汚らわしいものでも目にするかのような司の目を、最後に聞いたその声を、聖は今でも鮮明に憶えている。
     司と別れて以来、恋愛はしていない。親にも「聖は、悩み一つ話してくれなかった」とぼやかれていたような気丈な聖にとって、初めて弱さを見せられた存在の損失は、大きな打撃だった。恋人なのに親友で仲間で、ずっと一生司とは一緒に居られるとまで思っていたから。
     暫くは男に恐怖を憶えて、メンバーの存在さえ無視して、スタジオの練習もそっち退けて、女性しか集まらない・・・所謂レズビアンのイベント会場やレズバーへ赴いて、飲んだくれた。やつれても尚輝きを放つ聖の見た目の可憐さに言い寄る女は何人もいたが、その度に聖は瞳を吊り上げ無言で追い払い、唯ひたすらにイベントの箱や店の隅で酒を煽った。
     部屋に居ればメンバーがアパートの戸を叩くし、嫌でも司を思い出すから、そうして夜を過ごすしかなかった。少なくともお金さえ払えば早朝までは其処に居る事が許されたから。
     女だけの空間に身を置いても、心に安息等なかったが、それでも、其処にいるのが一番マシで、僅かながらに生きている心地は蘇った。街角で男達を見れば、男達の中に身を置けば、嫌でも司だと錯覚して錯乱しそうになるから、其処に居るしかなかった。
     酒を煽る夜が二週間程続いただろうか。お決まりの習慣のようにその日も朝五時に店を出て、新宿二丁目を歩いていた。何時にも増して半端なく酔って、足取りもおぼつかなかった聖は、チンピラに運悪く遭遇してしまったらしかった。
     『ねーちゃん、ぶつかっておいて、無視か?』
     視界はぼやけているし、どすの利いた声は脳味噌をグワングワンと響かせるだけで現実感がなかったが。掴まれた肩に言いようのない不快感を覚え、聖は焦点の定まらぬ目を嫌悪感を剥き出しにするや否や、力の限りに叫び暴れ出した。
     『離せ!・・・男は嫌・・・! 近寄らないで』
     自分は確かそんな言葉を口走りながら必死にもがいていた。そして何度目かの抵抗が的中し、チンピラの皮膚に一週間切っていなかった爪先が突き刺さった。それに腹を立てた凶暴な拳が振り下ろされ、虚ろな意識で殺される覚悟を決めた時だった。
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■1822 / inTopicNo.38)  魅せられてE−4
□投稿者/ t.mishima 一般人(47回)-(2005/03/13(Sun) 01:26:50)
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     文字通り空気をも切るような速さで、別の腕が伸びて来て、チンピラの体を聖とは対極の位置に投げ飛ばしたのだ。
     鞭のようにしなやかな動きを見せた黒ずくめのその人間を、だからこそ、聖は男と決め付けた。その恩人に体を担ぎ上げられた時、男に感じる恐怖感は微塵も感じなかったのに。その腕に恐怖感がなかったからこそ、知らぬ間にその腕の中で久々に深い眠りに落ちて行けたのに、その強さが、男だと聖に勘違いさせてしまったのだ。
     聖が記憶を取り戻したのは、夕方だった。其処はやたらと豪勢なホテルの一室で、見たことのない聖でもスイートルームと認識出来た。獰猛な獣の手から辛くも逃れられた安堵感がもたらした睡眠で精神も肉体も回復したらしく、二日酔いながらも、気分はすっきりしていて、聖に正常な判断力を呼び戻していた。ホテルであることに焦った聖は、ベットのサイドテーブルに『夜の七時には戻る。ゆっくりしてて』としたためられたメモを見つけたものの、男+ホテル=犯されると見事な方程式を頭の中で作り上げ、お礼の文章を走り書きでしたためるや否や、さっさとその場を立ち去ったのだった。
     その日を境に、「夜遊びは帰りは朝とはいえ危険」と自粛した聖は、やっと自分に向き合い始めた。ホテルに連れ込んだとはいえ、一応チンピラから自分を守ってくれたのは男だったじゃないかという思い込みも手伝って、「メンバーは私を傷付けたりしないんだから」と、メンバーの一人一人に頭を下げ、このままでは辞めるしかないと思っていた音楽を続けられたのだ。
     恐怖が薄れた時、音楽に携わる人間以外の男性には、助けた人間をも狙う嫌悪すべき存在という意識は残ってしまったものの。

     「恐くはありませんでしたか?」
     半時程、過去に思いを馳せていた聖を酷く優しい那智の声が現実へと引き戻す。ずっとその腕に抱かれたままであった事に、聖は一瞬身じろいだ。
     「男が恐いんでしょう?、少なくとも一年前の貴女はそうだった」
     「・・・そんな事・・・!」
     強がるのが癖でそう言っては見ても、那智の余りに優しい眼差しに、それ以上は言えず、聖は押し黙った。
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■1823 / inTopicNo.39)  魅せられてE−5
□投稿者/ t.mishima 一般人(48回)-(2005/03/13(Sun) 01:27:34)
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    2005/03/17(Thu) 21:18:48 編集(投稿者)

     (とにかく、一応コイツは恩人なんだ・・・)
     等と考えると、那智が更に不可解な者に思えて、混乱する。確かにあんな屈辱的な仕打ちは受けたが、ただ卑怯なだけの輩が、わざわざ見ず知らずの人間を助けたりするだろうか? ついさっきだって、またも自分は那智に助けられたのだ。と思い出したところで、
     「・・・って、なんで、あんなにタイミングよく、あんたが現われるんだ?」
     無意識に聖は子供がせがむような無邪気な表情を那智に向けていた。
     おや、と那智は心中でだけで眉をひそめた。
     聖が礼儀正しい口調は、その人間との距離に比例する。TOPは大切だという意識もあるにはあるが、礼儀を通すにしてもライブハウスやスタジオで働く人には、「ういっす」だとか砕けた物言いをする。バンドの仲間内では、年上だろうと平気でお前呼ばわりだし、逆に年下で身近だろうと美沙に対しては、名前でなくマネージャーとその肩書きで呼ぶ。砕けた物言いと言っても、「貴様」や「お前」は完璧に侮蔑を含んだ敵視で、「あんた」は気の置けない仲間だという意識の現われだったりするのだ。
     聖は気に介していなかったが、那智は違う。
     初めて見る素の聖を目に気を良くしながら、
     「雨宮に尾行させていたんですよ、貴女が荒れ模様だと姉から聞いていたので。僕はここのところ舞台稽古で忙しかったので、貴女のライブへも行けませんでしたがね」
     雨宮の事は言いましたよね?と運転手を視線で示す。
     そして意味ありげに目を細める。
     「勿論、姉が貴女のバンドのマネージャーだったのは偶然ですが、それ以外は違いますよ。然う然う都合の良い偶然なんてありませんから。雨宮は元々探偵事務所の人間なので、使えるんです。で、貴女が単身で打ち上げに出ていると聞いて、都会は物騒ですし心配になって外で待ってたんです」
      そう言い終わっても那智は何処か不自然にではあったが、微笑んでいた。だが、聖は冗談じゃないと言わんばかりに一気に不愉快さを露にする。
     「尾行だって? 一人だから物騒だって?」
     この一週間、不機嫌極まりない心境だったが、誰にも聞いてもらえるような話ではなかったし、薬物どころか煙草にさえ手を出したことの無い聖は、酒を飲んで憂さを晴らすしかなった。
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■1824 / inTopicNo.40)  魅せられてE−6
□投稿者/ t.mishima 一般人(49回)-(2005/03/13(Sun) 01:28:13)
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    2005/03/17(Thu) 21:33:38 編集(投稿者)

     徒でさえハードなロッカーの生活に加えて、煩わされる必要など無い悩みを抱える嵌めになったのは、他ならぬ那智の所為でだ。
     「あんな真似をした輩が心配するから待ってたなんて信じられない。大方、私を誘い出す口実を窺っていたんだ」
     那智がどうして自分に拘るなんて分からなかったが、そう考えるのが自然だった。冷静になって考えると那智との初めての出会いがスタッフとバンドマンとしてではなかったと分かった以上、桃生家での一夜だって、予(かねてからお膳立てされていたとしか考えられない。そしてそれからの一週間も美沙まで自分の目として使っていたのかも知れない。
     確かに、二度も救われたのは事実だったが、この男装の麗人は掴みどころがない。表情の細部や雰囲気にまで、天使の優しさと悪魔の巧緻さを巧みに使い分けているのだから。
     (恩人をそこまで疑うなんて、私の器が小さいだけかもしれないけど・・・)
     那智は確かに偶然を否定したのだ。もしそうならと、訝る聖を目に、那智はシャワーを浴びた後の爽快感すら漂わせて、一言、言い放った。
     「まあ、確かに、あのくどいナンパ男その1とその2は、僕の信仰者の劇団員ですがね」
     文字通り悪びれた感等微塵も感じさせずに、だ。
     「奴等が劇団員だと・・・?」
     聖はただ驚くだけだった。一年前、自分をチンピラから守ってくれた腕をただ見詰める。軍人に扮するハリウッド役者のように無駄な肉等ない細身ではあったが、引き締まったその腕は今、其処にあるのに、那智の瞳の奥には絶対零度の氷のような光がある。
     窮地から再び生きる力を奮い立たせるきっかけになった人間が、そこまでの企てを実行するなんて、信じたくなかった。
     だが、
     「貴女って、意外とロマンチストなんですね。さっきも言ったでしょう?、然う然う都合の良い偶然が重なる筈がない。そんなにタイミングよく何度も正義のヒーローが窮地を助けてくれる訳がないでしょう?」
     からかうような那智のその声音に、聖は真実を認識する。
     敵だと認識しさえすれば、聖の行動は早かった。半時以上前に襲い来る男の股間にお見舞いしようと握った傘の柄を握り、鞄から取り出すや否や那智にその突先を向けた。
     それは、護身用として売っていた傘で、先端は正真正銘鉄製の矢尻のそれだった。
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