| 桃生の屋敷の見事な門扉を後に、そのまま早々と駅までの豪雨の道程を駆け抜けて行きたい心境だった。 が、 「家までお送りしますよ、聖さん。」 待ち伏せしたかのように停車していた黒塗りのリムジン・・・正確にはそれに乗る那智に行く手を阻まれた。 今一番お目にかかりたくない、その端正過ぎる顔。一番耳にしたくないその冷静な声。 それを前に私に構うなと詰め寄って殴ってやりたい衝動に駆られたのも束の間、苛烈な憤りを見せても無意味な相手だと妙に心が冷える。そして、目にしなかったとでも言うように、那智等視界に入れず、背を向けようとした聖だったが。 「陳腐な台詞を吐くようですが、口止めになるかも知れませんよ?」 脅しを潜ませた那智の言葉に歩を止めざるを得なかった。 そして、車から降りて来た運転手に仰々しくドアを開けられ、聖は那智の隣に乗り込む。 (全くもって卑劣な奴。) 胸中で毒づきながらも聖は平静をを装い、何とか気を紛らわせようと映り行く車窓からの景色に視線をやる。 お前なんて最悪だ。お前と同じ空気を吸うと思うだけで、私は苛立つ。 那智へ浴びせたい恨み言は沢山あったが、動じない相手に喚き散らす程愚かではないし、それ以上に今は那智と二人きりという訳でもない。第三者にまで自分の醜聞を提供してやる気もなかった。 此処は無言を決め込んで、アパートが見えるまで気長に待っていれば良い。ついでに、間違っても美沙みたいなお喋りに打ち明けられる話ではないし、那智がスタッフを辞めるまで延々無視し続ければ良い。 自分に言い聞かせ、聖は鉄面皮が剥がれない様に、那智の方を見ない用に、豪雨の街角を見る事に専念する。 考えれば、少々変わり者かも知れないが育ちの良いお嬢様が、わざわざ自分にとってマイナスになるネタを誰かに言い触らす事等有り得ない。そう考えると、素知らぬ振りを決め込むのが一番良い事のように感じられたのだが、例の育ちの良いお嬢様は運転手の目等微塵も気にしていないらしい。 「そんな態度は、気に入らないな。」 聖の肩を掴むなり、その身体を那智は強制的に腕の中に浚った。 「・・・え・・・?」 余りに突然の出来事に聖は、怒りすら忘れ、目を見開くだけ。
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