□投稿者/ 響子 一般人(2回)-(2010/12/21(Tue) 03:44:31)
| 2010/12/21(Tue) 03:47:08 編集(投稿者)
この部屋には1つも窓が無いから、眩しいと感じることがあまりない。 今も朝の光が差し込む中起きるわけでもなく、目覚ましが鳴ったわけでもなく。 ただ最低限の物が置かれただけのシンプルな部屋の奥のベッドで、今日も目覚めた。 身体を起こし、乱れていた髪を手で適当に流れだけでも正すと、ひんやりした床に裸足を下ろした。 ベッドの中と床の温度差が違いすぎて、少しだけ二の腕に鳥肌が立った。
佐伯優は、ここがどこだか、知らない。アバウトな位置も分からない。 自分が住んでいた場所からの距離も、住所も、何もかもを知らずに生きていた。 ―――――いや、“生きていた”のではない。“生かされていた”の方が正しいかもしれない。
佐伯優は、会社員である父親と、専業主婦の母親の間に生まれた1人っ子だった。 お金持ちでも貧乏でもない、どこにでもありそうなごく普通の家庭だった。 優は当たり前のように幼稚園に行き、小学校に行き、中学校に行き、高校に行った。 優が人と違ったところといえば、なぜか男性が苦手だったことだけだ。 特にトラウマも何もないが、なぜか男性が苦手で、上手く話せないぐらいだった。 だから男子と話す時は友達を間に挟んでいたし、学校側も担任の教師をいつも女性にしてくれていた。 父親とは何も問題なく話せるのだが、どうしても他の男性だと言葉に詰まる。
そんな優の幸せでありふれた生活が一変したのは、高校1年生の時の冬だった。 ある日、優が部活を終えて帰宅してしばらくした頃、1本の電話が入った。 電話の画面に表示されていた電話番号は“公衆電話”。
「はい・・・・もしもし」
『もしもし・・・・貴方、佐伯優さんかしら?』
受話器の向こう側から聞こえてきたのは、綺麗な女性らしい高い声だった。美声だ。 しかし、自分の知り合いの声ではないことは確かだった。誰だか分からない。
「あの・・・・失礼ですが、お名前は」
『あら、ごめんなさいね。私の名前は美麗。美しいの“み”に、麗しいの“れい”で“みれい”』
この声が美しい女性にぴったりの名前だと思った。声も名前も綺麗だ。 だが、やっぱり優の知り合いでも何でもない。そんな変わった名前の知り合いはいない。 優は受話器を反対の手に持ちかえると、なぜか震えてきた声を出し絞って尋ねた。
「あの・・・・・母に何か用でしょうか?」
『クスッ・・・・・いえ、貴方のお母様に用事があるんじゃなくて、貴方自身に用事があるのよ』
「・・・・・?」
母親の友達か何かかと思い、そう尋ねたら、相手は自分に用事があるのだと言う。 生憎その母親は買い物に出掛けており、家には優1人しかいなかった。 相談出来る人が1人もいない状況の中で、優は身体が震えるのを感じた。
『今ね、私、貴方のお友達と一緒にいるのよ』
「友達と・・・・?」
『そう。名前は福居美和。貴方の幼馴染の子よね?』
何でそれを知ってるんですか、という言葉は、喉で引っ掛かって出てこなかった。 美和は幼稚園に通っていた時からの友達で、高校生になってからも仲がいい。 突然出された幼馴染の名前に困惑しつつ、優は必死に頭を回転させる。
「そうですが・・・・なぜ美麗さんと一緒にいるんですか?」
『やっぱり言うと思ったわ、気になる?』
「ええまあ・・・・・」
『それはね、貴方をこちらにおびきよせる為よ』
さらっと、まるで、待ち合わせどこにする?、と言っているかのような軽快さ。 固まって言葉を失った優の鼓膜を、これまた綺麗な笑いがくすぐった。 意味が分からない。頭が停止状態になり、震えも一時的に止まる。
『フフフッ、意味が分からないでしょう?突然知らない人に呼び出されるんですもの、当たり前よね』
「ぇ・・・・・ぁ・・・・」
『クスッ・・・・言葉を失った、ってとこかしら。それが普通の反応ね』
「・・・・・」
『まあいいわ。今すぐ指定する場所に来て頂戴。来ないとお友達が大変な目に遭うわよ』
いまいち状況を飲み込みきれていない優に、美麗は場所を簡単に伝えた。 そして、警察や親に言うなんてことが無いように、としっかり釘を刺された。 受話器を置いて電話を切ってからも、自分の今も状況に頭がついていかず、混乱していた。 とりあえず、美麗に指定された場所に行かなければ、美和がどうなるか分からない。
優は“少しでかけてきます”とメモを残すと、コートを羽織り、家を出た。
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