| 何が起きたのか、全く分からなかった。 ただ、急に悲鳴がしたかと思ったら、途端に周囲が静まりかえったのだ。 しかし、それも一瞬だけ。 すぐに辺りは騒がしくなり、その場は一時混乱と化した。
え…?何?どうかしたの?
和沙の立っている位置の真後ろというと、B組の方向である。 それも、随分と列の後方から聞こえてきたはずだ。
「すみません、ちょっとそこ通して!」 大声を上げながら、人ごみを掻き分けていくのは、 一番近くに居た真澄と斎。 少しの間、呆然として動けずにいた和沙や希実、 そしてその他の役員が次にその場に向かったのは、 それから遅れること数十秒が経過してからだった。
人ごみを掻い潜って進むと、やがてほっそりとした白い腕が 横たわっているのが見えた。 …いや、違う。 正確には、腕だけではなく、身体全体で倒れているのだ。 「あなた、大丈夫?…聴こえる?」 上半身を真澄に抱きかかえられても反応がないその人は、 もはやぐったりとしていて完全に気を失っているようだった。 「この子のお名前は?誰か知っている?」 辺りのクラスメイトに求めるように、真澄は尋ねた。 でも、和沙は誰かが言い出す前にその生徒の顔を見て仰天した。
彼女…さっきの!
和沙以上に顔面蒼白になっていたのは、横に立っている希実だった。 忘れていたが、彼女は希実の家の取引先令嬢である。 「須川…早苗さん」 ボソッと呟くようにだが、希実は確かにそう告げた。 「え?」 もう一度聞き直そうとしていた真澄の返事を突っ切って、 希実は彼女のもとに駆け寄った。 「しっかりして!須川さん!」 何度もそう言いながら、希実は彼女の肩を掴んで離さない。 「氷田さん、落ち着きなさい」 真澄の呼び声も、今の希実には全く聞こえていなかった。 それどころか、次第に肩を持つ腕力が強くなり、 彼女をユラユラと揺すっていく。 「止めなさい」 再三の忠告を無視する希実の頬を、真澄は平手で叩いた。
パシン… 乾いた音が、温室内に響き渡る。 「落ち着きなさい」 真澄の言葉が、和沙にも染み入るように突き刺さった。 たぶん、冷静さを失って取り乱していたのは、この場に居る全員も同じなのだ。 「はい…すみませんでした」 希実の切なげな謝罪が、逆に周囲の者を安堵させた。 例え応急処置の方法が解らなかったとしても、 失神している人を極端に揺さぶる行為が おそらく危険なのだということは、きっと皆理解していたのだ。
「良い?須川さんが倒れてしまったことで、 周りまで騒ぐと余計な負担になるの。 彼女が心配なのは分かるけど、まずは冷静になりなさい。 そして、その上で自分ができる最善の処置をすることが、 彼女を救うことにつながるのよ」 真澄は早苗を支えるのを斎と交換して、 立ち上がりながら、こう言った。
何か、カッコイイ…
生徒会長の実力を、和沙は初めて痛感した。
「まずは、保健室に行って先生を呼んできてくれる?」 今度は、先ほどまでの怒号とは違って、優しそうな口調だった。 「はい、すぐに」 そう言うが速いか、希実はすぐさま温室から出ていった。 「和沙も一緒に行ってきなさい」 「はい」 真澄の命令が、今は全然嫌じゃなかった。
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